仮面ライダーエグゼイド 【裏技】 友情のNEW GAME!   作:度近亭心恋

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真の友情というものは、災難に遭遇したときにはじめてわかる。
イソップ(B.C.619~B.C.564)


Part3 集いゆくDOCTORS

 青葉はCRに戻ると、コウの病室に駆けこんだ。

 枕元ではまだりんが、苦しそうなコウの手を握っている。

 

「りん、もういいよ……。ちょっとは休んできなよ」

 

「駄目。コウちゃんがいなくなったら、私、私……」

 

「だからさ……」

 

 コウが何か言いかけた時、青葉がりんの肩に軽く手を置いた。

 

「遠山さん」

 

「青葉ちゃん……?」

 

「八神さんの看病、代わります。だから休んできてください」

 

「ありがとう。でもね、私……」

 

「このままだと遠山さんの方が倒れちゃいますよ! そうなったら八神さんがどれだけ悲しむか……。ゲーム病はストレスで進行するって言ってました。遠山さんが倒れたら、きっと八神さんのストレスが!」

 

 それを言われると、りんも多少躊躇うような顔をした。

 

「お願いだよりん、休んできて。私の為にりんがそんな辛そうな顔してるのなんて、見てられない。辛いよ」

 

 その一言が決め手となったようだった。りんは枕元に置いていた鞄を持ち、立ち上がって部屋を後にする。勿論、最後にコウをまたちらりと見るのは忘れなかった。

 

「コウちゃん、安静にね。青葉ちゃん、お願いね。何かあったらすぐに私の携帯に」

 

「はい!」

 

 りんが去ると、青葉はコウの枕元の椅子に座った。ベッドが大きい為少し距離はあるが、会話するには十分な距離だ。

 

「八神さん、体調は?」

 

「うん、相変わらず熱が……。実は、りんが休むってわかったらちょっと症状軽くなった。ホントりんがあんな顔してずっと傍にいたらさ……辛くって苦しくって、それこそストレスだったよ」

 

「ひふみ先輩、はじめさんやゆんさんも代わるって言ってたんですけどね。取り敢えず皆さん、感染してないか精密検査を受けてるみたいで」

 

「青葉は? 受けなくていいの?」

 

「私は最初に……。検査が終わってご飯食べてきたところで。そろそろ皆も終わるんじゃないかな」

 

 ご飯、というワードを聞いたところで、コウが一瞬苦しそうな顔をした。青葉は驚いたが、その後コウのお腹がきゅうっ、と鳴ったことで少しばかり安心した。

 

「なぁんだ……。お腹、空いてたんですね」

 

「なぁんだじゃないよなぁんだじゃ! 昨日から何も食べてないから、それで……!」

 

 そこまで言いかけて、またコウは苦しそうに呻いた。

 『ご飯を食べられない』というストレスが、彼女のゲーム病に作用しているのだ。

 ちょっと待っててくださいね、と青葉は病室を出る。そして少しすると、彼女はリンゴとナイフを持って戻ってきた。

 

「永夢先生に聞いたら、果物や消化の良いものなら大丈夫だって……。剥いてあげますね」

 

 そして、青葉はまた座るとリンゴを剥き始めた。

 だが、あまり剥いたことが無いのかその手つきはぎこちなく、しゃくっ、じゃくくという感覚と共に皮が剥けてはいくが、身が皮の方についていたり、明後日の方向にナイフの刃が行ったりしてうまくいかない。

 

「あ、あれぇ~? おかしいな……」

 

「見てらんねえな、貸せ」

 

 不意に声がし、青葉の後ろから誰かがリンゴをひったくった。

 驚いてその方向を見ると、背の高い男が剥きかけのリンゴを持って立っている。

 ウッドランドの迷彩を施されたパンツスタイルの上から白衣を羽織った、ガタイの良い男だ。

 

 特に特徴的なのが、その髪である。

 彼の髪は基本的に黒だったが、向かって左側だけが真っ白になっていた。手塚治虫の『ブラック・ジャック』を彷彿とさせる。

 

「あなたは?」

 

「花家大我だ。ゲーム病の専門医としてクリニックやってる(モン)で、新型のバグスターウィルスだっていうエグゼイドからの連絡で駆け付けたんだが……ブキッチョすぎて見てられなくてな」 

 

 言いながら、大我はベッドを挟んで青葉の向かい側にパイプ椅子を広げどっかと座る。

 そして、何か言いたげな目で青葉を見た。

 

「? 何か?」

 

「何かじゃねえだろ、ナイフと皿貸せ」

 

 言われるままに、青葉はナイフと皿を大我に渡す。

 渡されるが早いか、大我は慣れた手つきでリンゴを剥き始めた。

 

「器用ですね」

 

「あんたが不器用すぎんだよ。……まあ、手のかかる相手と一緒に暮らしてるとどうしてもな」

 

 その言葉が終わる頃には、リンゴは剥き終わっていた。しかも、

 

「ウサギさんになってる……」

 

 起き上がったコウが感嘆して大我の剥いたリンゴを見た。

 確かに大我の剥いたリンゴは、青葉の不器用に剥いたリンゴから後処理をしたとは思えない程に綺麗に切り分けられ、『ウサギさん』の飾り切りのおまけ付きだった。

 

「何だよ、嫌ならいいんだぞ」

 

「いやいやそんな! いっただっきまーす!」

 

 コウは嬉しそうな顔でリンゴに噛りついた。

 美味しい、とまた嬉しそうな声を上げたところで、大我は半ば呆れて彼女を見た。

 

「『ナイトオブサファリ』のウィルスに感染したんだってな……。何かストレスを感じるような悩みとか無いか?」

 

「悩み? うーん、悩み……」

 

「無さそうだな」

 

「ええ、まあ」

 

 八神さんは明るい人ですからね、と青葉がフォローを入れる。その時、上のミーティングルームから永夢の呼ぶ声がした。

 

「じゃあ八神さん、私たち行きますね。すぐ戻りますから」

 

「何かあったら呼べよ」

 

 二人はそう言い残すと、病室を後にしミーティングルームへと入ってきた。

 そこでは、りんを除いたイーグルジャンプの面々とドクター達全員が顔を揃えていた。

 その中に、青葉は見たことが無い顔が二人ほどいるのに気付いた。

 青葉と同じくらいの少女と、パーマがかった髪が目立つ大柄な青年だ。

 

「あの、そこのお二人は……?」

 

「あたしは西馬ニコ。大我の病院で働かせてもらってるの、よろしく」

 

「俺はパラド。まあ、こいつらの仲間ってとこかな」

 

 男の方の名を聞いた時、青葉はびっくりして永夢の方を見た。

 

「永夢先生! パラドってバグスターの幹部だったんじゃ……!」

 

「うん。そうだったんだけど、今はもう仲間なんだ。……実はね、僕が感染しているバグスターがパラドなんだよ」

 

 青葉はまた驚いたが、それ以上の会話は無かった。

 永夢が一刻も早く話を始めたいといった様子で、資料を机の上に広げたからだ。

 

「大門桐子の目的が何かはまだ解りません。けど、彼女の今までの行動に何かしらの手がかりがあるんじゃないかと思って……。そこで、衛生省に頼んで警察に捜査と資料請求をお願いしました。朝一で頼んで昼には纏まってましたよ」

 

「仕事が……早い、ですね」

 

 ひふみが資料をじっと見ながら呟く。

 

「ええ。Dr.パックマンの事件の時に出来た知り合いの知り合いに、刑事さんがいて。泊さんって言うんですけど……。その人が先導してくれたおかげで、迅速な対応ができたみたいです。それより本題に」

 

 永夢は資料のうち何枚かをめくると、やがて一人の男のプロフィールを見せた。

 

里見城一郎(さとみじょういちろう)。元ネクストゲノム研究所の副所長……。Dr.パックマンこと財前美智彦の親友だった男で遺伝子医療の研究をしていましたが、7年前のデータ化事件よりずっと前に辞めています。財前のやり方についていけない、と周囲には漏らしていたみたいです」

 

「こ、この人!」

 

「どないしたん、青葉ちゃん」

 

 ゆんが青葉を見た。青葉は資料の中の男の写真を、目を見開いて見つめている。

 それは、確かに先程彼女が顔を合わせたあの老紳士だった。

 

「さっきこの人……病院の前で話したんです」

 

 一同はどよめきたった。

 

「本当なら、敵の手が思ったより近くまで伸びていることになるな……」

 

「うかうかしてらんねえんじゃねえのか。早くこっちからも手を打たないと」

 

 飛彩と大我が厳しい顔をする。

 

「でも! 娘さんが入院してるとか言っていましたし、それに……」

 

「それに?」

 

 貴利矢が問う。青葉は言い淀んだが、やがてその続きを口にした。

 

「すごく……優しい目を……してた……」

 

 その場の全員が呆れたといった顔を見せた。

 

「気持ちは解るけどさ……」

 

「そう言うあおっちが優しいからね~」

 

 さしものはじめとねねも、青葉の言葉は荒唐無稽だとばかりの態度をとる。

 

「優しい目をしていることと、彼が今回の事件に関わっていることは全くの別問題だと思いますが」

 

 うみこが追い打ちをかけるように正論を吐く。

 だが、青葉はまだ納得できてはいないようだった。

 

「そもそも! その人が一体どうしたって言うんですか?」

 

「うん。大門桐子は幻夢にいた頃から、度々この男と会っていたみたいなんだ……。『先生』と呼んでて結構仲が良かったみたいで」

 

「単に老け専だったんじゃないの?」

 

 ニコが冗談交じりに返した。

 

「なら良いんだけどね。けど、そうじゃないとしたら?」

 

「……何が言いたいのよ」

 

「里見がいたネクストゲノム研究所は、遺伝子医療の研究を進めていた。現に財前と戦った時、財前は自分の遺伝子を改造して怪人になった。そんなところで研究を続けていた人物に、ゲーム会社のディレクターが何の用があると思う?」

 

「私はストーリーの取材の為にたまに会ったりするけどね。またキレイな人が多いんだよねぇ~、ああいうとこは……」

 

 しずくが茶化したその刹那、うみこの構えたモデルガンの弾がしずくの眉間を捉えた。

 あだっ、というしずくの声を無視し、うみこは淡々と彼女を見た。

 

「真面目な話をしているんですよ、葉月さん。ふざけ……」

 

「ふざけてんのはてめえだ! どういうつもりだ、医者の目の前でモデルガン人に向けて撃つなんざ!」

 

 大我が机を叩いて怒った。

 言われてうみこはどこか面食らったような顔をし、それから小声ですいません、と呟き縮こまった。

 

「まあ確かに……」

 

「うみこさんがモデルガン撃つの、当たり前になってたもんね」

 

 ツバメとねねがしみじみと言葉を交わすが、大我はますます憤った。

 

「てめえらの職場は一体どうなってるんだ! 怪獣無法地帯か!」

 

「ほら大我~、話進まないじゃ~ん」

 

 ニコに肩をびしびしと甘く殴られ、大我も大人しくなる。

 場が静かになったのを見計らい、永夢は結論を述べた。

 

「いずれにせよ、新種のバグスターウィルスの存在といい遺伝子的な見地からこの男が何らかの形で関わっているのは間違いないと思います。敵なのか、敵に利用されているのか……とにかく、話を聞いてみようかと」

 

 言い終わるとしばらく全員が黙っていたが、やがてパラドが拍手を始めた。

 

「すげえぜM! まるで名探偵だ!」

 

「推理ゲーも得意だからね。まあ、まだ憶測の段階ではあるし……何もなければ、それが一番良いよ」

「そうですよね!」

 

 青葉が付け加えるように答えた。

 彼女は先程の老紳士──里見の言葉や態度が、嘘だとは信じたくなかった。

 娘の余命について考える彼の表情は、本当に相手のことを想うものだった。それを信じずして、何を信じれば良いのだという話だ。

 彼女自身も、そんな表情をしているというのに。

 

「聞きたいんだが……里見は娘について何と?」

 

「え? ええ……。がんで、終末期ケアの為にこっちに転院してきた、とか……」 

 

 青葉の答えに、飛彩は少し考えこんだ。やがて立ち上がると、彼は白衣の襟を正した。

 

「少し気になることがある。院内にいるから、何かあったらPHS(ピッチ)に連絡しろ」

「解った。ミズキさんとサツキさんには連絡しておくね」

 

「サンキューだ、ポッピーピポパポ」 

 

 ポッピーの迅速な対応に飛彩は礼を言うと、ミーティングルームを後にする。

 後に残されたメンバーはしばし集められた資料を読み込んでいたが、やがてねねがふと顔を上げた。

 

「ねえ」

 

「どうした? ねねちゃん」

 

 貴利矢が資料から目を離して彼女を見る。

 

「何で、パラドってここにいるの?」

 

 それは単純(シンプル)ではあるが、的確な疑問だった。

 確かに、パラドはバグスターの幹部で檀黎斗を消滅させ、『仮面ライダークロニクル』では数多くのライドプレイヤーを狩ったと聞いている。

 そこまで聞けば、何故彼がここにいるのかは当然の疑問として湧いてくるだろう。

 

「それに……永夢先生が、感染、してるって……」

 

 ひふみが恐々と永夢とパラドを見比べた。

 ゲーム病の実態を聞かされていれば、その反応も無理は無いだろう。

 

「そうだね。僕は黎斗さんの言う通り、世界で初めてのバグスターウィルスの感染者で……パラドは、ずっと僕と繋がっていたバグスターだったんだ」

 

 それから永夢は、パラドについて語り始めた。

 

 パラド。

 

 永夢が仮面ライダーになった当初、彼は檀黎斗と結託し事を進めるバグスターの幹部だった。

 その真意は誰にも掴めず、まるで難解なパズルのように彼の気持ちを読み解けるものはいなかった。

 黎斗の暗躍と仮面ライダーの戦いをいつもどこか楽しむように見つめていて、無邪気に笑う。「心が躍る」というのが彼の口癖だった。

 

 時には彼自身が動くこともあったが、自分が仮面ライダーゲンムの正体であるかのように見せかけ「黒いエグゼイドの正体は幻夢の社長だ」と告げた貴利矢の信用を失墜させたり、ネクストゲノム研究所の襲撃の直後にDr.パックマンに扮して、パックマン、ファミスタ、ゼビウスと“レジェンドゲーム”のガシャットを永夢達に使わせてその性能を試したりと、どこか遊び半分のようなところが不気味さを見せていた。

 

 そして貴利矢の消滅後、彼は二つのゲームの力を使える“ガシャットギアデュアル”を黎斗から与えられ、“仮面ライダーパラドクス”となってライダー同士のゲームへと参戦した。

 当初はゲンムと一緒になってそのゲームを楽しんでいた彼だったが、やがてゲンム──黎斗へと不信、不満を募らせるようになった。それと言うのも、黎斗がバグスターを軽んじ道具としか思っていない言動を度々見せ始めたからである。

 小星作という幻夢コーポレーションの社員が『ジュージューバーガー』のガシャットを作った一件の際、黎斗は作に感染していた良性のバグスター、バガモンを虐殺していた。

 しかも、バガモンはその時点で既に作と分離され完全に無害化されていたにも関わらずだ。

 

「ちょっと待って! バグスターを無害化して分離!?」

 

 はじめが驚いて手を挙げた。

 

「作さんって確か、今は幻夢の社長さんやろ? ってことは、感染しても消滅せずにバグスターを分離できるんと違うんですか?」

 

「そんな事が出来るなら、最初からやっていれば……」

 

 ゆんと紅葉にぼやかれるも、永夢は動じず答えた。

 

「バガモンの場合はゲームのジャンルが違うからね。『ジュージューバーガー』は、食いしん坊でわがままなモンスター、バガモンにハンバーガーを作って喜ばせたらクリアのゲーム。その通りにやれば、バガモンを傷つけずにクリアして分離することができたってわけ」

 

「バガモン自体、悪意も敵意も無いキャラだったしね。今回のバグスターって『ナイトオブサファリ』のヤバンナでしょ? あいつカッペ口調のクセにやたら強いし好戦的だから、バガモンと違って倒すしかないよ」

 

「ニコちゃん詳しいね?」

 

 ポッピーが首をかしげる。

 『ナイトオブサファリ』は幻夢コーポレーションの開発したゲームだがガシャット化した際に何者かに盗まれ、結局企画が流れて一般発売には至っていないはずだ。

 

「作のおじさんに頼まれてガシャットにする前にテストプレイしたんだよ。大門ってヤツともその時会ってる。やたらとダジャレ言ったりおどけたりして、コドモみたいな人だなーっとは思ったけど」

 

「あの女素であんな感じなのか……」

 

 貴利矢がしみじみと呟く。彼もバイクに変身して大門の様子は見ていたが、どこか芝居がかってウソ臭いと思っていたからだ。

 

「っていうか! 酷くないですか!? 人のキャラクターを、何もしていないのに気に入らないから殺すなんて……!」

 

 青葉が憤ってドレミファビートの筐体を睨む。

 黎斗は昨日から、何か考えているのか姿を見せずにいた。

 

「正直、私もあの人だけは信じられないですね」

 

「涼風さんはキャラデザだし……そう思うかもね」

 

 永夢はそう締めると、脇道にそれかけたパラドの話をまた語り始めた。

 

 青葉の感じた憤りは、この話を進めるうえである意味正しかった。バガモンを倒した一件以降、パラドは黎斗への不信感を露骨に見せ始めた。

 そしてその直後、黎斗がバグスターを自らの囮に使ったことで──二人の仲は決裂した。

 黎斗が敗北した後、彼を消滅させクロニクルを開始したのは前に語られた通りだ。そしてその中で、パラドは永夢と一対一の対決をすることとなる。

 その際に語られた事実こそ、パラドが永夢に感染しているバグスターであり、7年前のネクストゲノム研究所の実験の際に産まれ出たというものだった。

 それまでも、永夢には不可解な点がいくつもあったが、それらは全てパラドが関係していた。彼は変身する際に「天才ゲーマーM」というオラついた人格へと変化するという習性があったが、これはゲーム医療を行う際、彼の中にあるパラドの残滓が影響していたのが原因だった。

 

 また、檀黎斗が永夢に多大なストレスを与えて破滅させようと、それまで自らがゲーム病だと知らなかった永夢にその事実を周りが止める中大声で暴露した際には、想定通り多大なストレスで消滅しかけた永夢を自らが支配することで、「永夢」の人格を一時的に抑え込み、ストレスから守って消滅を防いだこともあった。

 

 本来、バグスターは何かしらのゲームキャラの容をとる。だが、パラドは常に大柄な青年のままの姿で、何のゲームキャラなのかは解っていなかった。それもそのはず、彼は永夢が幼少期に思い描いていた「一緒にゲームを遊んでくれる相手」から生まれたバグスターだったのだ。

 それまでの戦いの中でもパラドは、度々「永夢と遊ぶ」ことを望んでいた。そこまで望んでいたのは、彼の存在意義そのものが「永夢と遊ぶ」だったからに他ならない。

 彼は永夢と本気で戦って、決着をつけることで自身のアイデンティティーを確立しようとしていたのだ。その際には復活した檀黎斗の乱入があって戦いは中断されたものの、彼は永夢と決着をつけることにこだわり続けた。

 

 だが、彼の心を乱す存在が現れる。それが、『仮面ライダークロニクル』の運営権を奪い取った仮面ライダークロノス──檀正宗だった。

 正宗が参戦時にラブリカを完全に消滅させたのは前にも述べたが、パラドはその一件以来「バグスターが死ぬ」という事実を恐れていたのである。

 元々パラドがどこか万能感を持って戦いに臨んでいたのは、バグスターは倒されても復活できるというコンティニュー可能な命であるからだった。

 しかし、クロノスの登場は彼のその無敵の牙城とも言えた心の支えを突き崩してしまったのだ。

 

 その中で、永夢達ライダーは『クロニクル』のラスボスであるゲムデウスへの攻略の道を進めていた。そして、ニコがゲムデウスのゲーム病に罹ったことで彼らはゲムデウス到達への方法、すなわち、全てのバグスターのゲームをクリアし、その証である“ガシャットロフィー”の収集を実践せざるを得なくなった。

 だが、パラドを倒すということは永夢の変身能力の喪失を意味していた。本来、仮面ライダーに変身するには「適合手術」と呼ばれる、バグスターウィルスの抗体を作る方法を実践しなければならない。

 だが、永夢は世界初の感染者であった為、元々バグスターウィルスを保有している為それ無しに変身できていたのだ。

 

 しかし永夢は──躊躇いなくパラドと戦いこれを倒した。

 既に死の恐怖に怯えていたパラドに、見事なまでに力の差を見せつけつつ彼は止めを刺したのである。

 

「えげつなっ!」

 

 あまりの内容に、ツバメが引き気味に叫んだ。

 

「先生って……名前とは逆に、S?」

 

 ひふみの冗談なのか本気なのか解らない言葉に、永夢は苦笑いした。

 

「え、でもちょっと待って! じゃあ今のパラドは?」 

 

 ねねの当然の疑問を受け、また永夢は語り始める。

 

 実は、パラドは完全に消滅させられたわけでは無かった。

 永夢はすんでのところでパラドを自身の肉体に内包し、生かしていたのである。

 

 それは、パラドを説得する為の策でもあった。ぎりぎりまで死の恐怖を体験させることで、命を奪われることがどんなに恐ろしいことか、厭なことかを身に沁みさせる。

 かなり極端なやり方ではあったが、実際のところこれがよく効いた。

 パラドは涙ながらに詫び、自らの今までの行いを悔いた。それに対して永夢はパラドの気持ちを受け止め、本来自分の望んだ友達として産まれたパラドの存在と付き合っていくと言ってくれた。

 その直後の二人の“超キョウリョクプレー”は……それはそれは鮮やかで、見事なものだったと記憶している。

 

 この時からパラドは、永夢達と共に命の為に戦う本当の意味での“仮面ライダー”となったのだった。『クロニクル』終盤では、彼はラスボスであるゲムデウス、そして正宗との戦いで一度はゲムデウスを道連れに消滅したこともあった。それは彼にとって、自らの命を懸けての奪ってきた命への償いであった。

 

 

「短い間だったけど、お前とゲーム出来て最高に楽しかったぜ……! M……!」

 

 

 その言葉を遺して、一度は彼は消滅した。

 だが最期の一瞬、永夢は彼の手を取りかけた際に再度“感染”していた。それ故に、パラドは再び肉体を得て戻ってくることができた。

 

 そして、今に至るというわけである。

 

「す……すっごく良い話ぃ~~!」

 

 最後の方は泣きながら聞いていたねねは、涙を拭いながらパラドの方を見た。パラドは照れ臭そうに頭を掻く。

 

「なんだかな。Mにそう改まって話されると照れるんだよなあ」

 

「良い話だよぉ~、子供の頃からずっと心の中でいっしょにいた友達と、わかりあっていっしょに生きていくなんて……!」

 

 ねねはまた感動して、じわりと目を潤ませる。

 パラドは立ち上がり、彼女の肩を優しく叩いた。

 

「泣くなよ! 俺は俺さ。小難しいカンドーの理屈とか要らないからさ、一緒に楽しくゲームしようぜ!」

 

「……よし! ゲームしよっか、パラっち!」

 

「いいぜ! 心が躍るな、ねねっち!」

 

 二人は立ち上がると、ゲーム機の準備を始める。

 

「ねねっち、この流れでゲームする!?」

 

「呑気だねえ」

 

 青葉とツバメは呆れ笑いで見ており、永夢も仕方ないな、と笑った。

 

「まあ、パラドは好きにやらせてる方がいざって時に頼りになりますから……。それに、桜さんって会った時から何となくパラドと波長が合いそうだな、って思ってましたしね」

 

「確かによく似ていますね、あの二人は……。子供っぽいところとか」

 

「おや? 桜君を取られてヤキモチかなうみこ君……だァッ!!」

 

 またうみこのモデルガンの弾がしずくに当たる。

  それを見た大我は怒り心頭で、とうとううみこからモデルガンを奪い取ってしまった。

 

「か、返してください!」

 

「返せるわけねえだろ! 人がやめろっつったら、一回でやめろ!」

 

 ぎゃーぎゃーと二人がモデルガンの取り合いになり始めた時、ひふみが心配気に紅葉に声をかけた。

 

「もも……ちゃん? 大丈夫? 体調、悪くない?」

 

 ひふみが心配するのも無理はないと青葉は思った。彼女はずっと俯いていて、言葉すらろくに発しない。

 

「いえ、その……大丈夫です。大丈夫」

 

「全然大丈夫そうじゃないよ! 何かあるなら言って?」

 

 ポッピーに急に顔を覗き込まれ、紅葉はぎくりとして慄き……立ち上がるとなにか言おうとしたが、うまく言葉にできないのかそのまま部屋を出てしまった。

 ポッピーは唖然としたが、やがてしゅんとして座り込んだ。

 

「私……嫌われてるのかな……。ピヨる~~……」

 

「大丈夫ですよ、ももは……」

 

「紅葉ちゃん、気持ちを前に出すのあまり得意じゃないから」

 

 ツバメと青葉がフォローを入れる。

 

 望月紅葉は、イーグルジャンプにインターンとしてやって来た青葉の後輩だ。彼女は青葉同様に、八神コウに憧れてこの業界に飛び込んだといういきさつがあった。

 ツバメとは幼い頃からの友人で、一緒にゲームを作るということを目標に共に北海道から上京し、専門学校に通い、憧れのイーグルジャンプにインターンに行くところまでこぎつけた。

 

 誰よりも憧れた、「八神コウ」がいる会社に。

 

「改めて考えるとすげーな八神さん。青葉ちゃんに紅葉ちゃん、二人とも八神さんに憧れてきたわけだろ?」

 

「すごい……ですよ。コウちゃんは」

 

 感嘆する貴利矢に、ひふみがどこか嬉しそうに返した。

 

 紅葉がインターンに来た頃には、もうPECOのキービジュアルも発表され、世間にその存在が告知されていた。

 『フェアリーズストーリー』シリーズの葉月しずく、八神コウのタッグ。

 それを見た紅葉は嬉しさを感じると同時に、一つ違和感を覚えていた。

 PECOのキャラデザは確かに良いものだったが……どことなく「ばかっぽい」印象を受けたのだ。

 

 そしてインターンに来た際、彼女はキャラクターデザイン自体は青葉が殆ど手掛けていることを知った。自分と同い年でキャラクターデザインを任されている青葉に、紅葉は密かにライバル心を燃やした。

 彼女は内なる闘志を胸に、青葉にしっかりと宣言したのだった。

 

 

涼宮さん……。私……負けませんから」

 

 

 それを聞いた時、ニコは青葉を指さした。

 

「あれ? あんたの名前って……」

 

「? 涼風です。涼風青葉」

 

「はァ? え? じゃあ何? あの娘そんな大事なトコで、相手の名前間違えたの?」

 

 自分で言ってその状況を再確認した時、ニコは心底おかしそうに笑い始めた。

 

「ちょっと待ってよウケる! しかも『涼宮』って……昔の深夜アニメかっての!」

 

「おお! この世界にもあるんだハルヒ!」

 

 はじめがオタク話を始めそうなのを見越して、ゆんが牽制して脇腹をつついた。

 

 紅葉は人と話すのは苦手だった。そして、人の名前を覚えるのも。

 しかしただただ真っすぐに、彼女は自らの夢への道を追いかけていた。

 青葉のことは度々気になっていたし、たまに見せる大きな何かに感嘆することもあった。

 負けたくない。そんな想いはずっとあったが、それを口にすることは殆ど無かった。

 ツバメのように気心知れた相手ならともかく、人前で感情を発露させるのは苦手なのだ。

 

「だから、皆この間はびっくりしたんですよ。ももがあんなに大声で取り乱してるの、初めて見た」

 

 ツバメはそう締めくくった後、しゃがんでポッピーに目線を合わせた。

 

「キライとか、そういうのじゃないですよ。ただ、あんなこと言ったからどうしていいのか解らないんだと思います」

 

「……うん。モモちゃんと話せるように、私頑張るね!」

 

「ももも頑張ってくれないとなぁ~……」

 

 そうやって話を繰り返すうちに、時間は過ぎていった。

 里見のところに行かなくて良いのかという大我の提案が出たが、その頃にはもう夜になっていた。

 

「もし戦闘になった時に、夜だと暗がりを利用されたら何かと不便じゃないか? 里見が既に怪人になってて、初見殺しの能力でも持ってたらヤバいぜ」

 

 貴利矢の言葉は最もだったが、コウを一刻も早く治療する必要があるのも事実だ。

 そこで、今夜は青葉たちが交代で看病をし、夜明けと共にライダー達で戦闘に備えつつ里見を訪ねることが決まった。

 幸いにも里見が今現在郊外の森の中に研究所を作り、そこで生活していることまで警察は調べ上げてくれていた。

 

「ほな、うちら四人で夜食とか買ってきますね」

 

 ゆんがはじめ、紅葉を伴って出かける支度を始めていた。

 

「待ちな。出先で襲われたりしたらコトだぜ」

 

 貴利矢はそう言うと、自分のスマートフォンを取り出した。

 

「いいか? 皆、バグスターに襲われたりゲーム病に感染させられたりしたら、このCRへの緊急通報システムで助けを呼ぶんだぞ」

 

 彼は緊急通報のやり方を軽く三人に見せ、しっかりと覚えさせた。

 

 そしてあと一人、

 

「あれ? ひふみ先輩は?」

 

「まだ八神さんの側におるみたいやで」

 

 はじめの問いにゆんが答える。その言葉通り、ゆんは病室の枕元でコウの手をぎゅっと握っていた。

 

「コウちゃん……。絶対、大丈夫……だからね」

 

 ん、と返事をし、コウはひふみの方を見る。

 

「ありがと、ひふみん。今から買い物?」

 

「うん……。コウちゃん、何か……食べたいものとか、ある?」

 

「そーだなぁー、まだ体調あれだし……カラダの為におかゆでも」

 

「わかった……。卵入れるの、好きだよね」

 

「おっ、わかってるねえ! よろしくぅ!」

 

「任せて……」

 

「あら? 何を『任せる』のかしら?」

 

 突然の声に、ひふみはびくうっと驚き跳ねた。

 しっかりと休んだ後、ラフな格好に着替えて身だしなみも整えたりんが、にこにこしながら病室の入り口に立っていた。

 にこにこしてはいるが、その語気は全く穏やかではない。殺気に近いものすらひふみは感じていた。

 

「な、何でもない……。何でもないから。じゃあ、行くね」

 

 ひふみはそそくさと立ち去ろうとするが、

 

「ひふみーん! おかゆよろしくねェー!」

 

(コウちゃああああ~~ん……!!)

 

 コウが無自覚に追い打ちをかけてきた。

 

「へぇ……。おかゆ作ってもらうの? 良かったね、コウちゃん」

 

「うん! ひふみんちゃーんと私が卵入れたやつ好きなこと知っててさー、楽しみ!」

 

「そう。まあ、『私も』……コウちゃんが卵入れたおかゆ好きなこと、知ってたけどね」

 

(頼むから黙っててコウちゃん……!)

 

 ひふみは半ば逃げるようにその場を後にした。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「結構買い込んじゃいましたね~」

 

「あんたをメンバーに入れたの重いモンも持てそうだからやからな? しっかり持ってや」

 

 四人は買い物を終え、帰路についていた。病院は街外れにある為、彼女らは人通りの少ない住宅街の周辺を歩いている。

 景観重視なのか街灯も少なく、都内とは思えない程薄暗い道を彼女らは歩いていた。

 

「ってゆーかこんなにお菓子いらんかったやろ! 明らかに買い過ぎやって!」

 

「しょうがないじゃん、この世界にしか無いお菓子いっぱいあったんだよ!? ほら、この倉地製菓の『ひとやすみるく』とか……」

 

「ただのミルクキャンディーやろそれ! あとこれ! スーパーの前に来てた移動販売からも買ったなあんた!」

 

「だってオカマの店長がドーナッツ売ってるとか面白いじゃん! ひらがなで『はんぐり~』って名前もなんか可愛いし」

 

 はじめとゆんの仲良さげな喧嘩を眺めつつ、紅葉はぼんやりと歩いていた。

 

「もも……ちゃん?」

 

「な、何ですか? ひふみ先輩」

 

「その……ね? 先生たちに、ちゃんと……謝らない?」

 

 ひふみに言われ、紅葉は表情を固くする。

 自分を連れ出した意味を理解し、彼女は益々俯き気味になった。ひふみはあわわと慌て、直球過ぎたかと反省する。

 

「でも……本当に、どうしたらいいのか……。今更何を言ったって……」

 

「そんなこと……ないよ! 私も……言葉にするのとか、苦手、だけど……」

 

 ひふみは言葉を絞り出す。

 

「でも、ね……言わないと伝わらないこと……あるんだよ! 私も……一緒に、謝ってあげるから!」

 

「そんな! ひふみ先輩が謝る必要ないじゃないですか!」

 

「あるよ! だって……私、リーダー、だもん!」

 

 そう意気込んだ彼女の表情に、紅葉はしばし考えこんだ後頷いた。

 

「解りました。すいません……。先輩に気を使わせてしまって」

 

「いいんだ……よ? 辛い時は、周りに……頼ったって」

 

 紅葉が感謝の言葉を返そうとした時だった。

 轟音と共に、四人が歩いていた道の脇にあったポストが音を立てて吹き飛んだ。

 中に入っていた手紙や封筒が、ちりちりと燃えながら舞い上がっていく。

 

「な、何や一体!」

 

 ゆんが怯えた声を出した時、頭上から声がした。

 

「ほいじゃあ『狩り』の始まりだっぺよォ……! オラから逃げられるかどうか、見ものだべなァ」

 

「ヤバンナ……!」

 

 はじめが声のする方を睨む。民家の屋根の上に、ヤバンナが散弾銃を構えて座っていた。

 

「あんたを倒せば! 八神さんは元に戻る!」

 

 紅葉は声を上げていた。今現在直面している問題の原因が、自分から現れたのだ。

 

「んだば聞ぐがよォ……おめに何が出来んだっぺよ?」

 

 ヤバンナは散弾銃を紅葉に向けて構えた。彼の言う通り、紅葉には何も出来ない。出来る筈もない。

 

「逃げよう! 逃げるよ!」

 

 ひふみは紅葉の手を掴み、走り出していた。

 

「私たちも逃げよう!」

 

 はじめもゆんの手を取り駆け出す。

 

 ヤバンナはその様子をしばらく見ていたが、やがて民家の屋根をぴょんぴょんと飛び移り彼女らの行き先を把握していた。

 

「逃げ回れ逃げ回れ……。獲物が逃げれば逃げるほど、仕留めだ時の感動がデガいからよォ」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「ひふみ先輩!」

 

 ひふみは、後ろからはじめの声が聞こえてくることに気づいた。

 

「な……何ぃ~~!」

 

 ひふみは走りながら答える。

 

「二手に分かれて病院で落ち合いましょう! このままじゃ狙い撃ちです! ……っていうか荷物おっも!」

 

「あんたがお菓子買い込んだせいやろがドアホ!」

 

「喧嘩してる場合ですか! じゃあ、今の組み合わせのまま別れましょう!」

 

 紅葉が素早く提案し、彼女らはひふみと紅葉、はじめとゆんの組み合わせで二手に別れた。

 はじめとゆんは途中で荷物も捨てしばらく必死に走っていたが、やがて追撃の気配が無いことに気づき一度足を止めた。

 

「はっ、はっ、ちょっ、待ってや……。はじめの、ペースで、走ってたら……息切れるわ」

 

「ごめん! でも、こっちに来てないってことは……ひふみ先輩たちの方かな」

 

「はよ応援呼ばんと、二人が危ないで」

 

「そうだね、とりあえずさっき教えてもらった緊急通報を……」

 

 はじめはそう言いながら、緊急通報を貴利矢に習った通りのやり方で行った。しかし、

 

「……何で!? エラーが出る!」

 

 はじめのスマートフォンの通信の不備も考えゆんも同様に行ったが、やはりエラーが出る。

 

「あかん……。これじゃ助けなんか呼べへんわ!」

 

 そうゆんが叫んだ時、また轟音が響いた。

 

 二人がびくっと反応した刹那、二人のすぐそばに立っていた電柱がメキメキと音を立てて倒れてきた。

 二人は一瞬呆気に取られたが、すんでの所でこれを避けて道の端に転がった。

 あちこち打って痛い中電柱の方を見ると、根元の辺りが撃たれて砕け散っていた。

 

「残念だげんど、こっちだっぺよォ」

 

 ヤバンナが、また屋根の上から銃を構えて二人を見下ろしていた。

 はじめはゆんの手を取るとまた逃げ出そうとしたが、スマートフォンを落としていることに気づいた。見ると、2メートルほど離れたところに転がっている。

 

(走りながら電話するしか……!)

 

 連絡手段を確保せねばと手を伸ばしたが、その瞬間スマートフォンは銃撃で粉々に吹き飛んだ。

 

「ああ~~! 私のスマホ~~!」

 

「言うとる場合か! 走るで!」

 

 怯えて逃げる“二匹”の獲物を、ヤバンナはぎらぎらと光る眼で見つめていた。

 

 一方でひふみと紅葉もひた走りに走っていたが、二人もまた追撃の気配が無いことに気づき足を止めていた。

 

「はじめちゃん達の方に、行った……のかな?」

 

「だとしたら二人が危ないですよ! すぐに緊急通報を……」

 

「うん。それが……ね」

 

 ひふみが何か言おうとスマートフォンを取り出した時、二人はぎょっとしてその画面を凝視した。

 画面の中には、男の顔がいっぱいになって映っていた。

 血走った目。ぼさぼさの髪。無精ひげ。

 出来れば視界に入れるのも御免願いたい気持ちの悪い男が、画面の中にいた。

 ひふみは思わず、潰れたカエルのような声を上げてスマートフォンを放り投げた。

 スマートフォンは地面に音を立てて落ち、衝撃で液晶が粉々になった。

 二人は氷水を背中に流されたように、ゾゾッとして総毛立ちながら顔を見合わせた。

 

「な、何ですか……? 今の?」

 

「し、知らない……! あんな気持ち悪いの、知らない!」

 

「あッ、ひ、酷くない、ですか? そういう、事、言うの?」

 

 聞き慣れない男の声に、二人はまた驚いて目を見開いた。

 そして、自分たちを見つめている気配がすぐ側にいることに気づいた──否、気づいていしまった。二人はゆっくりと、その声のする方向を見た。

 

「あッ、ふ、二人、共……きれい、です、ね」

 

 背の高い男が、月明かりを逆光にして二人を見下ろしていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「このままやと殺される! 殺される!」

 

「ちょっと待ってよゆん! 病院ってこっちだっけ!?」

 

 はじめとゆんは全速力で逃げていたが、そろそろ体力にも限界が来ていた。

 そしてはじめは、自分たちの逃げている方向が正しいのかどうか今更ながらに気になったというわけである。

 

「はぁ!? はじめが最初に走った方向やからこっちちゃうん!?」

 

「いや、私も無我夢中で……」

 

「どないすんの! 別の世界だから道解らへんねーってあれほど……」

 

 また轟音。今度は近くの家のガラスが吹っ飛ばされた。

 

「き、来とる……」

 

「逃げよう!」

 

 そう言ったのも束の間、近くの家の庭木が撃たれる。塀が撃たれる。鉢植えが撃たれる。

 ここまでやられた時、二人は気づいた。

 ヤバンナは、自分たちが怯えて逃げ惑うさまを楽しんでいるのだと。

 しかし、それに対してこまごまと考えているような暇は無い。

 再び二人は走り出すが、ヤバンナはわざと周りのものを撃ちまくって二人を脅かし続けた。そして、

 

「ウソやろ……」

 

「い……行き止まりッ!」

 

 ヤバンナはこれを待っていたのだ。二人がひたすらに走り続けて、“自分から”袋小路に追い詰められることを。

 

「オラは何も悪がねえよなァ……? だっでおめさん達、自分がら行ぎ止まりまで走っだんだがらよォ」

 

 ヤバンナが屋根から飛び降り、彼女らの目の前に立った。

 

「自分がら行ぎ止まりに行っだっで事はよォ……撃っでほじいっで言っでるのと同じだっぺ」

 

「ムチャクチャだよ……!」

 

 はじめは言い返すが、ヤバンナはそれに応えず二人の足下を撃った。

 二人は怯えて、その場にへたり込んでしまう。

 

「ながなが楽じがっだっぺよォ。獲物が逃げ回っで逃げ回っで、『逃げれるがも』っで『希望』を抱いでいだのが……追い詰められで『絶望』に変わるっでのは最高だべなァ?」

 

 二人は、なんて悪趣味なんだろうと辟易した。

 目の前の相手は、相手への敬意も、己の精神への誇りも何も無い悦楽のみに浸る怪物。

 獣を狩るハンターのキャラクターでありながら、その精神性は獣そのものであった。

 

「けんどよォ、その『絶望』がら……『希望』を掴み取ろうと足掻くのはもっど面白いっぺ」

 

 ここでヤバンナは、二人に向けた銃の構えを解いた。

 

「おめさん達よォ、今がらどっぢか一人だげを撃たずに逃がじでやるっぺ。3分でどっぢが撃だれるが決めで……オラの前に出で来るべよォ」

 

「何やて!?」

 

「そんな……そんなことって……」

 

 ヤバンナは内心ほくそ笑んだ。

 限りのある人間の命。それが危機に瀕すれば、人間は自分の命を守ろうと必死に足掻くはずだ。

 自分の命惜しさに相手を罵り、仇敵に媚びへつらい、どこまでも醜くなる。

 そしてその醜さの果てに相手の命を犠牲にし、自分の命を守ったと喜んだところを撃ち殺す。

 

 彼は、そんな『ゲーム』が見たくて見たくてたまらないのだった。

 

「そんなの決まっとるやんか!」

 

「私も! 他の答えなんてありえないから!」

 

 二人の語気が強くなった時、ヤバンナは期待通りの展開を確信した。

 

(来だ! ほら! 早ぐ! 早ぐオラに見せでぐれえええええ!!)

 

「うちが撃たれるわ!」

 

「私が撃たれるよ!」

 

「……あ?」

 

「何言うてんのはじめ! うちが撃たれるからあんた逃げや!」

 

「そんなことできるわけないじゃん! 私が撃たれるからゆんが逃げなよ!」

 

「アホ! ええからさっさと逃げや!」

 

「逃~げ~ま~せ~ん~! ゆんが逃げるって言うまで譲らないから!」

 

 ヤバンナは耐えかねて、上空に空砲を撃った。二人はびくりとして、言い合うのを止める。

 

「あのなぁ、そういうのじゃねえっぺよォ。そんな小芝居いらねんだっぺよ」

 

 その一言に、二人は憤った。

 

「何が小芝居だよ!」

 

「バケモンのあんたには解らんかも知れへんけどな! 自分の命より相手の命を大事に出来る、それが人間なんや!」

 

 ヤバンナにしてみれば想定外だっただろう。だが、ゆんの言う通り──限りある命だからこそ、大切な相手の命を自分の命以上に尊ぶことができる。

 それが人間の強さであり、素晴らしさでもあるのだ。最も、彼には何の面白みも興味もわかない話だったが。

 

「……で? どっぢが撃だれるんだっぺよ? そんなに大事なら目の前で撃ぢ殺しで、泣ぎ叫ぶのを楽じむとすっがらよォ」

 

「だから私だって!」

 

「いいや、うちや」

 

 ゆんはそこで一歩前に出ていた。はじめは止めようとするが、ゆんは振り返ってはじめを一喝した。

 

「よく聞きや! うちとはじめ、どっちが生き残った方が得か考えてみ」

 

「得って……」

 

「うちが死んでも、うちの仕事は誰かが引き継げる。青葉ちゃんがおる。ひふみ先輩もおる。ももちゃんだってこれからや。八神さんだって、いつか帰ってきたら、きっと……」

 

「そんなの私だって!」

 

「あんたは違うやろ! PECOの時の企画の仕事、ええなってうちは思った。はじめにしか作れないモンが、きっとこれからもいっぱいある。そんな人が、ここで死んだらあかんやろ」

 

「でも……ゆんの家族は? れんは!? みうは!?」

 

 れんとみう、というのはゆんの年の離れた幼い双子の姉弟だ。

 両親も仕事をしている飯島家では、彼女も親と同様に二人の世話をすることが多く、はじめも一緒になって遊んだりすることがあった。

 

「……二人には悪いけどな。でも、おとんもおかんもおるし。はじめ、たまには一緒に遊んだってな?」

 

「ゆん!」

 

「ええ加減聞き分けや! 生き残れるのは『1人』だけや! どっちか選ばなあかんねん!」

 

 そう叫ぶと、ゆんはヤバンナと向き合った。

 

「さっさとせえや。うちの気が変わらんうちにやったらええ」

 

「……ほいじゃ、ぞうざぜで貰うっぺよ」

 

 ヤバンナは銃をゆんの顔の目の前に突き付ける。……ゆんの固く握った拳は、腕ごとぶるぶると震えていた。

 

「怖ェクセに、カッゴつげでんじゃねえべ」

 

「カッコつけでもなんでもええ。怖くったってな、やらなきゃあかん時があんねん」

 

 そう返すゆんの声もまた、震えていた。

 はじめは辛そうな顔をしていたが、やがて覚悟を決めたかのように真っすぐにゆんを見た。

 

「そう、そうだよね……。どっちか選ばなきゃいけないんだよね。怖くったって、やらなきゃいけない時があるんだよね」

 

「せやで。……ありがとな。はじめと仕事できて、うち楽しかったで」

 

「どうでもいいお話はそごまでだっぺ」

 

 ヤバンナがまた、ちゃきりと銃を構える。その指が、いよいよ引鉄にかかった。

 

「ジ・エンドだっぺよォォォォォォ────ー!!」

 

「来いやバケモンがァァァァァァァ────ー!!」

 

 瞬間、ゆんは強い力で突き飛ばされ地面に転がった。

 一瞬の出来事に困惑した彼女が地面から見上げたものは、自分を突き飛ばして銃の前に立ったはじめだった。

 

「ゆん」

 

 はじめは笑顔だった。自分の死を覚悟して、友を生かして、彼女は笑っていた。

 

「大好き」

 

 銃声が響いた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 ひふみと紅葉は絶叫した。

 自分たちを見下ろしていたのは、確かに先程まで画面の中にいた気持ちの悪い男だった。

 

「あッ、だ、大門さん、は、ああ、言った、けど……やっぱり、便利、ですね、ワープ、は」

 

「ワープ……?」

 

「あッ、今日の、改造で、どこから、でも、ワープ、できる、ように、なりまし、た……。ネットを、使って、そっちの、お姉さんの、スマホ、から……」 

 

 二人はそれを聞いて、相手の正体を察した。大門の名を出したこと、ネットを使ったワープ。相手はバグスター化した人間だということを。

 そして、間違いなく敵であるということも。

 

「遁げ……」

 

 ひふみはまた紅葉の手をとって逃げようとしたが、それは叶わなかった。 

 斎藤が薬液を染み込ませたハンカチを、彼女の口元に押し当てたからだ。

 ひふみは暴れて抵抗したが、やがて手足の力がだんだんと抜け──彼女の意識は飛び、ぐったりとその場に横になった。

 

「ひふみ先輩! そんな……!」

 

 紅葉が叫んだが、斎藤は意に介さず紅葉の顎を掴んだ。

 そしてそのままぐいぐいと押していき、彼女を乱暴にコンクリートの塀に押し付けた。

 紅葉は力の限り抵抗しようとするが、斎藤は肉の無い細腕のどこにそんな力があるのかというほど強く、彼女の抵抗を許さない。

 

「あッ、き、筋力も、強化、されて、ます、から」

 

 そこまで言った時、斎藤はにちゃあ……と笑った。

 その笑顔のあまりの気持ちの悪さに、紅葉はぞっとして全身に鳥肌が立つのを覚えた。

 

「あッ、あっちの、お姉さん、は……凄く、良い、から、お楽しみ、に、して、おきます。大門さん、からは、どっちも、殺せって、言われ、てるし……」

 

 紅葉は自分の腿に、何か固いものが押し当てられているのに気付いた。

 その正体に気づいた時、彼女はまたゾゾッと寒気が走るのが解った。

 斎藤は固くなった自分の一物を、ズボン越しに紅葉に押し付けていた。

 男性との交際経験も、痴漢にあったことすら無い彼女にとって、知識として知ってはいた男性のそれをこのような形で知るのは、あまりにも暴力的過ぎた。

 

「何で……! 何でこんなことを!」

 

 彼女は自分の中の気持ち悪さを振り払うかのように、精一杯叫んだ。

 だが、斎藤はこれまた気持ちの悪い角度で首をかしげると、ずずっと顔を近づけた。

 彼の息は生臭く、紅葉は嘔吐しそうになった。

 

「あッ、わ、わから、ないです。何でって、理由が、あれば、安心、します、か? 納得、し、します、か? しない、です、よね? 理由が、あ、あると、すれ、ば、こうしない、と、どうしよう、も、ないから、です。可愛い、女の子が、いたら、殺さないと、気持ち、悪い、から、です。毎朝、トイレに、行って、ウンコ、す、するのと、同じ、です」

 

「あッ、な、ナイフ、を、突き立てて、動かす、のが、僕、に、とって、ペニスを、突き刺して、動かす、セックス、の、代わり、で、です」

 

 その一言だけで、彼女は恐ろしくてたまらなくなった。

 目の前にいる男は、ただ気持ち悪いだけでは無かった。

 自分が今まで積み上げてきた常識、良識、社会的正義、それらが全て通じない完全な狂人なのだと。

 内なる衝動に動かされてだけ生きているその様は、最早獣だった。

 

「助けて……」

 

「あッ、だ、誰も、助けない、です、よ? ライダー達、と、ケンカ、してる、のは、都合が、良い、です」

 

 そう言われて、彼女は心の底から絶望した。そうなのだ。

 助けを呼ぶ時間は無かったし、何より彼女はCRにわだかまりを作ったままここまで来てしまった。

 そんな自分を、一体誰がどうやって助けに来ると言うのだ。

 

「あッ、おっぱい、大きい、です、ね……。そういうのも、好き、です。切り取って、食べる、と、おいしい、です、よね」

 

 斎藤の左手が無遠慮に紅葉の胸を揉みしだく。紅葉の生理的嫌悪感は、もはや限界だった。

 そして斎藤はぱっと紅葉の顎から手を離すと、その手にナイフを構えた。

 

「あッ、く、首、に、一突き!」

 

 紅葉はぎゅっと目を瞑った。

 彼女は悔しかった。かなえたい夢も、目標も、何もかも置き去りにしたまま……一人で、こんな狂人の訳の分からない理屈で殺されなければならない理不尽が、どうしようもなく悔しかった。

 鈍い音がし、ナイフが突き刺さった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「皆遅いな……。大丈夫かな」

 

「大丈夫よ、青葉ちゃん。皆すぐに帰って来るわ」

 

 CRでは、コウの枕元で青葉とりんが帰りの遅い一同を案じていた。

 

「大丈夫ですよ、だって……」

 

 永夢が二人にそう語りかけた時、病室に異変が起こった。

 CRの機器からオレンジ色の粒子が舞ったかと思うと、それらが一つになり──大門桐子が、コウの枕元に現れた。

 

「大門!」

 

「おーやおやおや天才ゲーマー! 夜遅くまで、オシゴトゴクローサマデス」

 

 桐子はおどけて敬礼のポーズを取る。

 永夢は彼女に掴みかかろうとしたが、彼女は再び粒子化すると永夢の背後に回った。

 彼が反応するよりも先に、桐子は横っ腹に打撃を入れて永夢を部屋の端まで吹き飛ばした。

 

「どうやってここに……!」

 

「『先生』に調整してもらったのよォ。今の私たちに行けないとこなんて、それこそ電子機器の一切無いアマゾンの奥地ぐらいよ。♪お~お~ぞらにきけぇ~、お~れ~の~なはぁ~っ」

 

 りんの問いにふざけながら答えると、彼女はバグスターウィルスをバグヴァイザーから呼び出した。ウィルス達は青葉やりんを拘束する。

 

「何をする気!?」

 

「さァ~~? な、に、を、す、る、の、か、し、らねェェ──ッと」

 

 桐子はゆっくりと、ベッドに横たわるコウの枕元まで戻る。そこに残っていたうみこ、ねね、ツバメ、しずくもミーティングルームから飛び込んでくるが、あっけなく捕らえられてしまった。

 

「不覚です……」

 

 うみこは悔し気に呟くが、桐子は終始ご機嫌な調子でバグヴァイザーを振ってはしゃいでいる。

 

「一体……何を……」

 

 ここで、コウが初めて口を開いた。

 ゲーム病故に起き上がる気力もないが、目は桐子をじっと睨んでいる。

 

「八神コウ! やぁぁ~~っとお話できるわねェ? 私が選んだ、最上級の実験台ちゃん」

 

「私が……実験台……?」

 

 コウの表情が曇った。桐子はそれを見逃さず、ずずいと顔を寄せた。

 

「私は究極のゲームを作る為に、ずっとゲーム病の実験台となる人間を捜していた……。あらゆる世界を越えてね」

 

 そこまで言った時、彼女は心底嬉しそうに喜色満面といった表情を見せた。

 

「その時! その時ねェ! 見つけちゃったのよ! 心に大きなストレスの種を抱えた、ゲーム病の実験台となり得る人間が! おまけにそれが『ゲーム会社』のデザイナー!? 出来過ぎてて怖いぐらいだっわ。だから私はあなたとあなたの仲間を、この『世界』に呼んだ。あなたのせいで、皆この世界に迷い込んじゃったのよねェ」

 

「ストレスの種……?」

 

「……『フェアリーズストーリー2』」

 

 その単語を聞くと、コウのストレスが増大したのか彼女は苦しそうに呻いた。

 その意味を理解したのか、青葉、りん、しずくの表情も曇る。

 ねねとツバメ、永夢は何が何だか解らず、訳が分からないといった様子だ。

 

「ご存じ無い方も何人かいらっしゃる? 知らざあ言って聞かせやしょう! 八神コウのトラウマ一代記、はじまりはじまりぃ~……! よぉッ! ポポン!」

 

 桐子は鼓を打つ真似をする。

 コウの表情は一段と険しくなり、真っ青になっていた。

 

「や、やめろッ……! やめて!」

 

「むかーしむかしあるところに、八神コウという天才だけれども人の気持ちが解らない無神経なデザイナーがいました」

 

 『フェアリーズストーリー2』。

 

 それは、コウの人生にとって最も触れられたくない思い出だった。

 青葉が憧れてデザイナーを目指すきっかけになった『フェアリーズストーリー』の成功を受け、第二作の作成時、コウはAD(アートディレクター)に抜擢された。

 まだ20かそこらの小娘ながら、かなりの大役。実力と実績を評価されてのことだった。

 やる気は十分。そして、与えられた大役への責任感。彼女は燃えていた。

 

 しかし──いつからか、そのやる気は空回りし、全ての歯車は狂いだした。

 元々人と関わるのが苦手な彼女は、距離感を掴めず部下たちにつらくあたりすぎてしまったのだ。

 それが続くうちに周りは誰もついて来られなくなり……遂には、青葉と同じ年頃の新人が半年ほどで退職する事態となった。

 自分の手で他人の人生を大きく左右してしまった。他人の夢を潰してしまった。そのことを気に病み、コウは酷く落ち込んだ。

 ディレクターであったしずくの計らいもあり、ADを別の人物に変えてゲームは完成した。

 この一件はコウの心に傷として残り、青葉も関わった『フェアリーズストーリー3』の際にはADはりんが受け持っている。

 随分な時間が経ったが、それは今でもコウの心に深い傷跡を残しているのだった。

 

「無神経よねェあなた。辞めていった子たちの想いを踏みにじって、フェアリーズ3もPECOも作ってたものね? ヘラッヘラヘラッヘラ笑って、楽しそうだったわよねぇ? そして今度は、自分の都合でフランスで武者修行? どれだけ勝手気ままに生きたら気が済むの?」

 

「それは……違う……。お願い……やめて……」

 

 コウのストレスはどんどん増していき、体中がバグっていく。

 存在もどんどん希薄になり、向こう側が見えそうなほど透け始めた。

 

「八神! 惑わされるな!」

 

「そうよコウちゃん!」

 

 当時の事情を一番よく知るしずくとりんは、コウにとってそれを呼び起こされるのがどれだけのものか解るが故に必死に呼びかけている。

 

「い~い仲間よねェ……。当時を知ってるあの二人も、そこにいる後輩ちゃん達も皆あなたを支えてくれてる。慕ってついてきてくれる。素敵なことじゃあないの。それがあなたの心を支えてる」

 

 そこで、彼女は今までで一番邪悪えな笑顔を見せた。歯をむき出して笑うその様は、悪魔そのものだった。

 

「だ・か・ら! 私はあなたの心の支えをブチ壊して、究極のゲームの礎になってもらうことにしましたぁ~☆」

 

「支えを……壊すって……!?」

 

「今頃私の手駒たちがぁ~? あなたを慕ってついてきてくれる仲間たちを、ブチ殺しちゃってると思いまァーす!」

 

 それを聞かされた時、コウの目は見開かれた。

 

「何だって……! まさか!」

 

「滝本ひふみちゃん! 篠田はじめちゃん! 飯島ゆんちゃん! 望月紅葉ちゃん! 哀れ四人の夢追う少女は、八神コウについてきたばっかりに! うら若きその人生を、ぐっちゃぐちゃの肉塊と化して散らすことになったのでした!」

 

「やめろ! 嘘だ、聞きたくない! 聞きたくない!」

 

「あ~らあら八神ちゃん、目をぎゅっと瞑っちゃってェ。耳もふさいじゃって、そんなに事実を受け入れたくないのォ? じゃあ……」

 

 桐子は手を伸ばすと、手だけを粒子化させコウの頭にそれを突っ込んだ。コウは驚いたが、何か言うよりも先に四人の言葉が直接頭の中に響いてきた。それは、

 

「痛い……! なんでうちがこんな目に合わんといかんの? 八神さんがおらんかったら……」

 

「八神さぁん……。私の頭、撃たれて無くなっちゃった……。返してくださいよ。返して……!」

 

「コウちゃんに、ずっと……ついてきたのに。こんなことになるなんて、私、間違ってた……!」

 

「八神さんに憧れたのが、そもそも間違いだったんです。憧れなければこんな会社にいることもなかった。私の人生、八神さんのせいで終わっちゃった」

 

 コウを呪う怨嗟の言葉だった。

 直接四人がそう言ったという確証があるわけでもない。桐子がいたずらに頭に流しただけの言葉かもしれない。

 だが、弱った心にはそれだけでよく効いた。

 

「これにて終幕、主演の八神コウがいなくなった為……」

 

「あっ……」

 

「次回の公演は無いことを、お詫びいたしまァァーす」

 

「ああああああああああああああああああああああ!!」

 

 コウの絶叫が病室に響き渡った。肉体は嵐のようにバグり続け、電子が渦を巻く。

 ストレスによって彼女が消滅するのは、最早時間の問題だった。

 

「いい! いいわよォ! 最ッ高! 『希望』が『絶望』に変わる瞬間ッ! それこそが、最高のゲームを生み出すのよ!」

 

 昂った桐子は叫んだが、すぐに険しい顔で反応する。彼女の顔面を殴ろうとする気配があったからだ。

 涼風青葉が、バグスターウィルスの拘束から逃れ彼女を殴ろうとしていた。

 だがその拳は、いとも簡単に受け止められている。

 

「あなた、人を殴ったこととか無いでしょ? 殴り方で解るわ。殴るってのはねェ……」

 

 にやにや笑いながら、桐子は青葉の拳から手を離す。そして、

 

「こうするのよッ!!」

 

 キツい一発を青葉に放ち、彼女を部屋の端まで殴り飛ばした。

 

「何が……『最高のゲーム』ですか……。何が『希望が絶望に変わる瞬間』ですか!」

 

 青葉は痛みも忘れ、立ち上がった。

 

「ゲームはそんなことのためにあるんじゃない! 八神さんをこれ以上苦しめないで!」

 

「何言ってんのよォ、『ゲーム』は人の心を昂らせ熱狂させる……。つまりは、人の心を操る道具じゃあないの」

 

「違う! ゲームは、皆で楽しんで、感動して……誰かを幸せにする為にあるの!」

 

「私は、私のゲームで踊らされるバカ共を見れて幸せよォ?」

 

 もう青葉はそれには答えない。

 彼女は駆け出すと、桐子ではなく叫んで苦しんでいるコウの方へと向かった。

 

「八神さん! 聞こえますか!?」

 

 青葉はコウの手を取る。

 

「あっ、ああっ、ああああああああ……!」

 

「やーがーみーさーんッ!」

 

 青葉は、力いっぱいコウの額に頭突きをかましていた。

 その衝撃に、さしものコウも青葉の方を見る。

 

「あお、ば……?」

 

「フェアリーズ3の打ち上げで私が言ったこと! 覚えてますか!?」

 

 

「昔の八神さんがどんな人だったのか、私は知りません」

「でも、少なくとも……少なくとも今の八神さんは、私の尊敬できる上司です!」

「だから八神さんがアートディレクターになっても、私はついていきますから!」

 

 

「子供の頃の憧れだった八神さんと一緒に仕事ができて、私本当に嬉しかった。辛いことだってありました。八神さんと自分を比べて、悔しいって思う時だってありました! でも……」

 

「八神さんが尊敬できる人だって気持ちは、今も変わらないです。八神さんについてきてよかったって、私はそう思えます!」

 

 コウの身体は、青葉に優しく抱きしめられていた。

 年下なのに。部下なのに。その抱擁は慈愛に満ち、まるで母のように暖かく優しかった。

 

「お願いですよ……。自分を責めないで……」

 

 青葉がそう言った時には、もうコウの身体のバグりは止まっていた。青葉の存在が、コウの心を救っていた。

 

「ごめん、私……」

 

「謝らないでください! 辛い思い出は誰にだってあります。でも、それを一人で抱え込まないでください。……仲間なんですから」

 

「自分を責めざるを得ないんじゃあないのォォ~~? だって四人は、あなたのせいで死んだのよ。ナムアミダブナムアミダブ……」

 

 桐子の残酷な一言に、コウの顔がまた青ざめる。

 だが、青葉は全く狼狽えていなかった。そこに、永夢も立ち上がって歩み寄ってくる。

 

「気づいてなかったみたいですね」

 

「ああ」

 

「な、何……?」

 

「間に合ってますよね?」

 

「まずい時は何か連絡がある筈だよ。それが無いってことは……」

 

「何よ……」

 

「じゃあ、皆さんに任せて大丈夫ですね」

 

「うん、こっちを何とかしないと」

 

「何よその余裕ぶった態度はァァァ──!!」

 

 一瞬ではあるが初めて取り乱した桐子に、青葉と永夢は揃ってにやりと笑った。

 

「さて問題です」

 

「ここにいるライダーは僕だけですが、残りの皆さんはどこに行ったのでしょうか?」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 銃声が響き──はじめは一瞬目を見開いた後、ばったりとその場に倒れた。

 

「嘘やろ……? はじめ? はじめ!」

 

 だが、横たわったはじめはそれには答えない。

 

「嫌や……嫌や嫌や! はじめェェ──ッ!!」

 

 耐え難い悲しみにゆんが叫んだ時、彼女はヤバンナの苦しむ声を聞いた。

 

「で、ででっ! 離ぜ!」

 

 彼女が驚いてヤバンナの方を見た時、そこには二人の男がいた。

 

「信念も無く、人を傷つけるだけの存在……。貴様は本当に劣悪な病原菌だな」

 

「狩りごっこは終わりだ。お前は、ここで俺たちがブッ潰す」

 

 鏡飛彩と花家大我だ。

 飛彩はヤバンナの鼻を摘んでおり、万力のごとく力を込めていた。

 それを力いっぱい振って離した時、ヤバンナはまたイデェーッと声を上げた。

 

「先生ェ!」

 

「……待たせたな。安心しろ」

 

「行くぜ、ブレイブ」

 

 “TADDLE QUEST!”

 

 “BANG BANG SHOOTING!”

 

 ゲーマドライバーを巻くと、二人はそれぞれガシャットを起動する。

 

「変身!」

 

 ガシャットを挿しこむと同時に、二人はレバーを開いた。

 

 “Gotchaaaaaaan!! LEVEL UP!!”

 

 “タドルメグル! タドルメグル! 『TADDLE QUEST』!”

 

 “ババンバン! バンババン! Yeah! 『BANG BANG SHOOTING』!”

 

 そこに立つのは、エグゼイドとはまた異なった趣を持つゲームの戦士だった。

 

 飛彩が変身したのは、ロールプレイングゲーム『タドルクエスト』の力を持つ“仮面ライダーブレイブ クエストゲーマー レベル2”。

 RPGだけあり、まるで勇者のような中世の鎧の意匠を持つのが特徴的だ。

 

 大我が変身したのは、ミリタリーシューティングゲーム『バンバンシューティング』の力を持つ“仮面ライダースナイプ シューティングゲーマー レベル2”。

 スコープ風のヘッドデザイン、迷彩風の模様など、傍らのブレイブと対照的に現代風の兵士と言った感じだ。

 

「これより、バグスター切除手術を開始する」

 

「ミッション開始……!」

 

 二人はヤバンナへと向かっていった。

 一方でゆんは、横たわったはじめを揺さぶっていた。

 

「はじめ! 目ェ開けや! はじめ!」

 

 だが、はじめは答えない。

 彼女はどうしても、その事実を認めたく無かった。

 「はじめが死んだ」ということを。

 

「何しとんねん……。何勝手に死んどんねんアホーッ!!」

 

「……アホでごめんね」

 

「……は?」

 

 見ると、はじめの指が動いていた。

 やがて肩が動き、息をいっぱいに吸い込むと彼女は目を開き、ゆんに顔を向け──にっこりと笑った。

 

「な……な……」

 

「えへへ、びっくりした……」

 

「びっくりしたのはこっちや! あんた撃たれたんと違うんか!?」

 

「いやそれがさ……当たってなかったみたい、で……。音で気絶してただけでした、ってオチが……」

 

 またはじめが気まずそうに笑った時、ゆんは彼女の胸倉を掴んでいた。

 

「あんた何でうちのこと突き飛ばしたんや! うちが撃たれるって言うたやんか!」

 

「だって、さ……」

 

 はじめは悲しそうな顔をした。

 

「自分の代わりがいるとか、そんな悲しいこと言わないでよ」

 

「それは……」

 

「私の友達の『飯島ゆん』は、世界にたった一人だけなんだよ。ゆんはこの世界にはこの世界の自分がいるかもしれないって言ったけど、次の日に捜した時にはいなかった……。パラレルワールドのどこを捜したって、きっとゆんと同じゆんはいないよ!」

 

 はじめは泣いていた。

 自分の存在価値を低くみていたゆんの考えが、どうしようもなく悲しかった。

 

「……何で死にかけた方が泣いとんねん、アホ」

 

「だってぇ~~……」

 

「けどな。その……はじめにそこまで言われて、嬉しくなかったわけやないで?」

 

 ゆんははじめの涙を指で拭った。ふわっとした手で、はじめの頭を撫でた。

 

「ありがとな」

 

 二人は立ち上がった。

 彼女らの戦いは終わったのだ。

 極限の状態を目の前にしても一歩も屈しない、勇気ある戦いは終わったのだ。

 そして今、怪物と戦う戦士へと彼女らは声を投げかけた。

 

「ありがとう! 頑張れ! 『仮面ライダー』!」

 

「そいつブッ倒して、八神さん助けたって下さい! ……ってゆーか、ボッコボコにされるの見らんと気ィ済まへんわ!」

 

 それぞれ専用のガシャコンウエポンでヤバンナに応戦していた彼らは、その言葉に勇気づけられた。

 ドクターが命を救うのは当たり前のことだ。こと、戦闘すらも行えるドクターライダーに関しては。

 けれど、感謝の言葉が貰えた時──相手の命に尊厳を払って良かったと、いつも以上に思えるのだ。

 

「オラをブッ倒す? ありえねー事言ってんじゃねえっぺ!」

 

 ヤバンナはまた散弾銃を構える。

 だが、構えた一瞬の隙に──散弾銃は、銃身を真っ二つに切り裂かれていた。

 

「は……は?」

 

 ブレイブが専用の“ガシャコンソード”で切り裂いていたのだった。

 得物を失い狼狽えた瞬間、ブレイブは追撃の準備を始めた。ガシャコンソードの「A」ボタンを押すと、刀身がぐるっと回転する。

 

 “コ・チーン!”

 

 それまで炎のような橙色だった刀身から一転、氷のような水色の刀身が現れた。

 ブレイブは剣を逆手持ちに切り替えると、素早く「B」ボタンを三連打する。

 

「活発な悪性腫瘍を、まずは凍結処置とする」

 

 手術に見立てたその一言の後、ブレイブはガシャコンソードを地面に突き立て氷のエネルギーを放った。

 ヤバンナにこれが着弾し凍りつくと、彼は傍らのスナイプをちらりと見た。スナイプはこれを理解し頷くと、

 

「動きの止まったターゲットは、格好の餌食だ」

 

 “ズ・キューン!”

 

 専用のハンドガン、“ガシャコンマグナム”の「A」ボタンを押す。すると銃身が展開されて変形し、あっという間にハンドガンはライフルに変わった。

 スナイプはベルトからバンバンシューティングガシャットを引き抜くと、ガシャコンマグナムにそれを挿した。

 

 “ガシャット! キメワザ!”

 

 

 “BANG BANG CRITICAL FINISH!”

 

 

 ガシャコンマグナムから巨大なエネルギー弾が放たれ、凍ったヤバンナに着弾する。

 爆発を起こし、ヤバンナは凍結から解き放たれ後方に吹き飛んだ。

 

「おめさんら、よぐもォ……」

 

「病巣を摘出する!」

 

 “カ・チーン! ガシャット! キメワザ!”

 

 ブレイブは再び「A」ボタンを押してガシャコンソードの刀身を戻す。

 そしてスナイプに倣って、ガシャットを武器へと挿した。

 

 

 “TADDLE CRITICAL FINISH!”

 

 

 剣の刀身に炎のエネルギーが溜まっていく。

 ブレイブは少し腕に力を入れ、「タメ」をつけると……そのエネルギーを解き放つかのように、ヤバンナに斬撃を以て叩きつけた。




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