仮面ライダーエグゼイド 【裏技】 友情のNEW GAME!   作:度近亭心恋

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誰ひとり尊敬する相手がなくなると、人は愛することをやめ、愛を持たぬようになる。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(1821~1881)


Part4 「また会いましょう? 青葉ちゃん」

 ナイフは鈍い音を立てて突き刺さった。

 紅葉は激痛を覚悟したが、意外にも痛みは全く無い。

 痛みを通り越して自分は死んでしまったのだろうかと思った時、彼女は自分の前で人が悶える感覚を聞いた。

 

 ゆっくりと目を開けると、

 

「あッ、い、痛い……! 痛いいいいいいいいいいいいい!!」

 

 斎藤の腿に、ナイフが突き刺さっていた。

 

「えっ、ど、どういう……」

 

 紅葉が狼狽した時、彼女と斎藤の間に割って入る影があった。

 

「大丈夫!? モモちゃん!」

「えっと……」

「ポッピーだよ! 急にこんなことになってるなんて、ピプペポパニックだよぉ!」

 

 ポッピーだった。彼女は紅葉の肩に手をやると、素早く庇うようにその場から離れさせる。

 5メートルほど離れたところで、紅葉は応援が来たのをやっと頭で理解した。

 

 斎藤のナイフを逸らしたのは貴利矢だった。彼は斎藤が「首に一突き」しようとしたナイフを持った手を柔道の要領で掴みかかって逸らしたのだった。

 ……腿に刺さったのまでは予想外だったようで、「やっちまった」という表情を見せていた。

 が、相手の正体が解った時にはその表情は消え失せていた。

 

「痛いいいいいいい!! 痛いいいいいいいいいいいいいい!!」

「……驚いたな。お前、斎藤栄一郎だろ? かわいい女の子ばかり5人も殺した、イカれたサイコ野郎。裁判中にゼロデイで消滅して騒ぎになってたのは知ってたが……まさかバグスターになってたとはな」

 

「痛い痛い痛いいいいいいいいいいい!! あッ、な、なんで、『おれ』がこんな目に……」

「答えてもらうぜ。お前、何で紅葉ちゃん達を襲った?」

 

「痛い! 痛い! 痛い痛いいいいいい!!」

 

 そこで貴利矢は、屈んで痛みに悶えている斎藤の頭を蹴り飛ばした。

 あああッ、と叫んで斎藤は地面に転がるが、貴利矢は馬乗りになってその胸倉を掴んだ。

 

「それしか言えねえのかよ。てめーの快楽の為だけに女の子たちに痛い思いさせといて、都合の良いこと言ってんじゃねえぞ!!」

「あッ、お、お前、なん、なんだ、よォ……! 痛いいいいいい……」

 

「自分は九条貴利矢。お前と同じバグスターになった人間で……研修時代にお前の犠牲者の検死に立ち会った、元監察医だ」

 

 この答えに、斎藤はベソをかきながら困惑した表情で貴利矢を見た。

 

「かん、さつ、い……?」

「ご遺体は見慣れてたがよォ、あの時ばかりはヘドが出るかと思ったぜ。相手の命を奪おうとする為の傷とか、そういったモンじゃない……。ただ相手の身体を壊す為だけの傷が、死んだ後にいくつもいくつもつけられてたんだからな」

 

 それだけ言うと、貴利矢は気持ちの悪い虫でも見るかのような目で斎藤を一瞥し、掴んでいた胸倉を離して相手を地面に叩きつけた。

 

「お前が何でバグスターになってるのかとか、聞きたいことは山ほどあるんだ。話してもらうぜ、『真実』をよ」

 

 貴利矢は立ち上がりながら、相手を見下ろしてそう言った。

 

「痛い……痛い……」

「お前なぁ!」

 

「痛い、から……お前、にも、痛みを、与え、なきゃ……」

 

 そう亡霊のように呟くと、斎藤は懐からある物を取り出した。それは、

 

「ガシャット……!?」

 

 ポッピーは驚愕し声を上げた。

 斎藤が手に持っていたのは、10本のガシャットの中でも一番強力な狩猟ゲーム、『ドラゴナイトハンターZ』のガシャットだった。

 永夢達のガシャット攻略の中では最初の壁となった一本であり、現在はCRの戦力として保管されているはずだ。

 

「何で、あなたがそれを……!」

「あッ、その、大門さん、は、ゲンムの、ディレクター、ですから……。一度、作られた、ガシャットを、複製、する、ぐらい、訳ない、です」

 

 斎藤はそれだけ答えると、ガシャットを起動した。

 

 “DRAGO KNIGHT HUNTER Z!”

 

 ゲーム画面が背後に浮かび、ゲームエリアが展開されていく。

 

「あッ、かっ、かっ、狩ってやるッ!」

 

 彼はそう叫び──ガシャットを胸に挿した。

 ガシャットはみるみるうちに彼の体内に取り込まれ、やがて機械のような無機質な肉体をベースに、竜の装飾を施された異形の怪人へと彼は変わった。

 

「こいつは……ドラルバグスターか」

 

 実は、貴利矢はバグスター化した人間がガシャットを直接取り込んだ相手と戦うのは初めてではなかった。

 Dr.パックマンの事件が起こった際、ネクストゲノム研究所の面々は強奪したプロトガシャットを使い、そのデータを自らの肉体に取り込むことによってガシャットの特性を持つ怪人へと変貌し襲い掛かってきた。

 

 そしてその中の一人、竜崎一成はプロトドラゴナイトハンターZガシャットを使って変身した“ドラルバグスター”へと変貌していたのだ。今斎藤が変身している姿は、姿かたちはそのドラルバグスターと瓜二つだ。

 

 ただ一点違うのは、ドラルバグスターでは銀色だった頭部が黄金に輝いているところだった。

 

「おい、ここでいいのか?」

 

 紅葉は不意に声を掛けられ驚いた。

 見ると、パラドが意識を失いぐったりとしているひふみを抱きかかえ、紅葉の傍らに立っていた。

 

「ひふみ先輩!」

「……降ろすぜ」

 

 パラドは紅葉の目をじっと見たまま、優しくひふみを地面に降ろした。

 紅葉はそれを見た時、自分の目からたらりと涙が伝っていることに気づいた。極限の状況を脱したことへの安堵が、彼女に涙を流させていた。

 何を言えばいいのかわからない。何をすればいいのかわからない。そんな心境の中、彼女はやっと声を発した。

 

「助けて……」

 

 パラドは既に戦闘準備万端といった様子の貴利矢とポッピーの横に並び立つ。

 そして、三人は同時に紅葉の言葉に答えていた。

 

「当たり前だ!!」

 

 斎藤のドラルバグスタ──―“ネオドラルバグスター”は、右腕の鉤爪を振って戦意を見せた。

 

「あッ、い、痛い、ぞ……? 知らない、ぞ……?」

 

「上等だ。乗ってやろうじゃねえの」

「元人間でも、人間を傷つけるバグスターにはポパピプペナルティだよ!」

「俺の心を滾らせやがって……」

 

 三人のバグスターは怒りに燃えていた。

 

 一度失った命を、歪に蘇らせた存在。

 人を楽しませる為に造られた存在。

 たった一人の少年の願いの為だけに産まれた存在。

 

 とても歪で不可解な存在たる彼らだが、ただ一つ彼らは思っていた。

 目の前で生きる純粋な命を、守るぐらいはできるのだと。

 紅葉にはその背中が、どんな山よりも大きく、頼もしく見えた。

 

「ゼロ速。変身!」

 “BAKUSOU BIKE!”

 

「変身!」

 “TOKIMEKI CRISIS!”

 

「マックス大変身!」

 “デュアルガシャット!”

 

 各々のガシャットを起動すると同時に、貴利矢とパラドはゲーマドライバーを、ポッピーはバグスター専用のベルト、“バグルドライバーⅡ”を巻き、変身の準備を整える。

 それぞれのガシャットをドライバーに挿入すると、彼らはガシャットの力を解き放った。

 

 “爆走! 独走! 激走! 暴走! 『BAKUSOU BIKE』!”

 

 “ドリーミングガール♪ 恋のシミュレーション♪ 乙女はいつも『TOKIMEKI CRISIS』♪”

 

 “赤い拳強さ! 青いパズル連鎖! 赤と青の交差! 『PERFECT』『KNOCK OUT』!”

 貴利矢が変身したのは、彼がバグスターとなった後に手に入れた力、“仮面ライダーレーザーターボ バイクゲーマー レベル0”。

 レースゲーム、『爆走バイク』の力でバイクに変身できた従来のレーザーとは違い、最初から人型での戦闘を想定した形態だ。

 

 ポッピーが変身したのは、“仮面ライダーポッピー ときめきクライシスゲーマー レベルX”。

 恋愛シミュレーションゲーム、『ときめきクライシス』の力で好感度を武器に戦うトリッキーな面を持つ戦士だ。

 

 パラドが変身したのは、“仮面ライダーパラドクス パーフェクトノックアウトゲーマー レベル99”。

 パズルゲーム、『パーフェクトパズル』と格闘ゲーム、『ノックアウトファイター』の力が融合した、純粋な戦闘力なら他のライダーを圧倒する超強力な戦士だ。

 

「あッ、い、行くぞおおおお!!」

 

 ネオドラルバグスターは鉤爪を振りかぶってライダー達に先制を仕掛けた。だが、身軽なレーザーとポッピーはこれを躱す。

 

 “ガシャコンパラブレイガン!”

 

 パラドクスは逆に専用の斧を取り出すと、バグスターの鉤爪にがしっと食い込ませた。

 バグスターは焦るが、パラドクスは相手の力のバランスを見て自らも力を入れたり抜いたりして、それが離れないようにうまく調節している。

 

「あッ、はっ、離せ、よっ!」

「じゃあ離してやるぜ」

 

 パラドクスは一気に力を抜き斧を引っ込める。そしてバグスターがよろけた一瞬で、

 

 “三連打!”

 

 ガシャコンパラブレイガンの「B」ボタンを三回押し、刃を相手の腹部に叩きこんだ。ネオドラルバグスターはまた痛みに泣き叫ぶが、今の彼らには躊躇も容赦も全くない。

 

「犠牲者達の痛み、二乗にして返してやるぜ! 爆速!」

 

 “SHAKARIKI SPORTS!”

 

 レーザーターボは黄緑色のガシャットのスイッチを入れると、それをゲーマドライバーのもう片方のスロットに挿し、一度レバーを閉じた。そして再び、それを開く。

 

 “爆走! 独走! 激走! 暴走! 『BAKUSOU BIKE』!”

 ”A-Gotcha!“

 “シャカリキ! シャカリキ! バッド! バッド! シャカッとリキッと『SHAKARIKI SPORTS』!”

 

「ば……バイクの人が自転車着てる……」

 

 紅葉は思わず見たままを声に出してしまった。

 

 スポーツゲーム、『シャカリキスポーツ』のガシャットを使い、レーザーは自転車型の“スポーツゲーマ”を召喚しそれと合体したのだ。

 『仮面ライダークロニクル』の際にはプロトシャカリキスポーツを彼は用いていたが、消滅者達のデータの為に今は正規版を用いている。一度貴利矢がバイクに変身するのを見ているだけに、その事実が紅葉にはどうにもシュールに見えた。

 

「あッ、ふ、ふざけるな、よォォォォォォ────ー!!」

 

 バグスターは鉤爪を振るい、合体変身直後のレーザーに一撃を食らわせた。

 一瞬ウッ、と呻いたのを見るとバグスターは調子づき、やたらめったらと滅茶苦茶に鉤爪をレーザーに食らわせる。

 

「あッ、どっ、どうだ!? 痛い、だろ? 痛いだろォォォォ──ッ!?」

 

 先程の意趣返しだとばかりに、バグスターは叫んだ。だが、

 

「痛みを与える? この程度かよ……」

 

 レーザーの心は、微塵も屈していない。

 

「この程度なぁ! お前に殺された人達の痛みに比べたら、なんでもねえんだよ!」

 

 “ガシャット! キメワザ!”

 

“SHAKARIKI CRITICAL STRIKE!”

 

 ガシャットのデータが、レーザーの肩の自転車のタイヤに流れ込む。

 目にも止まらぬ速さで回転しだしたタイヤは、エネルギーのオーラを纏いながらフリスビーのようにバグスターに直撃した。またバグスターは痛みに喚くが、レーザーは知ったことかと一喝した。

 

「よし! 私の番だね!」

 

 ポッピーが意気込むのを見て、紅葉はふと考えた。

 『ときめきクライシス』という名前、あの戦士の容姿からして、おそらく恋愛シミュレーションゲームの力を彼女は使っているのだろう。

 ならば、戦闘やアクションとは無縁のゲームジャンルから一体どのような攻撃を繰り出すのかという話だ。

 

(『ラブレターハートばくだ~ん!』とか……? 愛のバクダンもっと沢山落っことしてくれー!みたいな……)

 

「あッ、よ、よ、弱そうなのから、先に……!」

 

 ネオドラルバグスターは体勢を立て直すと、ポッピーに向かっていった。

 

 “Gotchaaa……n! キメワザァ……!”

 

 ポッピーはバグルドライバーⅡにグリップを合体させると、武器を作り出した。それは、

 

「チェ、チェーンソー……!?」

 

 

“CRITICAL SACRIFICE!”

 

 「B」「A」の順にボタンを押し、チェーンソーの刃にエネルギーを込めてポッピーは下から突き上げるような形で、向かってきたバグスターの腹から顎にかけてを切り裂いた。

 

「弱そうだなんて失礼だよ! 見た目で決めつけないで!」

(本当にね……)

 

 バグスター相手に憤るポッピーを見ながら、紅葉は恋愛シミュレーションからは想像もつかないバイオレンスな武器の使い方に軽く引いていた。

 ポッピーは相手が怯んで動きが止まったのを見ると、バグヴァイザーⅡをまたドライバーに戻す。

 

「フィニッシュは必殺技で決まりだろ!」

 

 パラドクスはそう言うと、変身時に展開されたゲームエリアに散らばっていたエナジーアイテムを空中に寄せ集め、並べ替える。『パーフェクトパズル』が持つ、エナジーアイテムの組み合わせ能力だ。

 彼はライダーそれぞれに三つずつ、エナジーアイテムを与えた。

 

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 

「いいねえ!」

 

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 

「ノリノリで行っちゃうぜ~!」

 

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 “マッスル化!”

 

「私もぉ!?」

 

 全員が「マッスル化」によるパワー強化のゴリ押し。

 だが、弱った相手に確実に最後のダメージを与える方法と考えれば効果的ではあった。

 

 “キメワザ!”

 

 “キメワザァ……!”

 

 “ガッチョーン! ウラワザ!”

 

 ネオドラルバグスターはヒイイイイ、と怯えた声を上げ、逃げようとした。

 だが元よりそれほど広い道でもなく、おまけに三角形を描く形で周りを詰められていては逃げられるはずもない。

 

 

“BAKUSOU CRITICAL STRIKE!”

 

 

“CRITICAL CREWS-AID!”

 

 

“PERFECT
KNOCK-OUT CRITICAL
BOMBER!”

 

 三人のライダーは飛び上がると、自分達の中心にいたバグスターに強烈な飛び蹴りを食らわせた。

 バグスターは今までで一番の痛みを感じながら爆発し、身体からドラゴナイトハンターZのガシャットが排出され斎藤に戻ってしまった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「な、何ですってぇ~~……!」

 

「残念でしたね!」

「今頃皆が、逆にお前の仲間を倒してる頃だ」

 

 桐子は狼狽えた。彼女にとって、ひふみ達の許にライダー達が駆け付けるというのは完全に予想外だった。何故なら、

 

「こちとらデータ化してネットに潜り込んで、緊急通報を妨害してたって言うのに!」

 

 彼女はバグスターになった自らの肉体を利用し、データとなってインターネットに潜り込んでいた。

 そして、緊急通報を妨害して助けを呼ぶのを防ぎ、逆にそれを自分がCRに飛び込む合図にしていたわけだ。仮にライダー全員を相手にしたとしても、勝つだけの自信が彼女にはあった。

 

「覚悟しろ、大門桐子!」

 

 永夢は叫ぶと、ゲーマドライバーとガシャットの準備を整えた。

 

 “MIGHTY ACTION X!”

 “GEKITOTSU ROBOTS!”

 

 “ガシャット!”

 

 永夢は『マイティアクションX』に加えて、ロボットバトルゲーム、『ゲキトツロボッツ』のガシャットを挿した。

 

 “Gotchaaaaaaan!! LEVEL UP!!”

 

 “マイティジャンプ! マイティキック! マイティ! 『MIGHTY ACTION X』!”

 “A-Gotcha!”

 “ぶっ飛ばせ! 突撃! 激突パンチ! 『GEKITOTSU ROBOTS』!”

 

 エグゼイドは、『ゲキトツロボッツ』の力で召喚されたロボットゲーマを装着し、ロボットアニメにでも出てきそうなフォルムの“仮面ライダーエグゼイド ロボットアクションゲーマー レベル3”へと変身した。

 

「患者の運命は、俺が変える!」

 

 エグゼイドはロボットゲーマが変形した巨大な拳を振るい、次々とバグスターウィルスを蹴散らしていく。

 捕らえられていたりん達を解放したのを確認すると、彼はゲキトツロボッツのガシャットを腰のキメワザスロットに挿した。

 

 “ガシャット! キメワザ!”

 

 

“GEKITOTSU CRITICAL STRIKE!”

 

 左腕にマウントされた巨大な拳、ゲキトツスマッシャーが、ロケットパンチの要領で発射され飛んでいく。飛んで行ったそれは残っていたバグスターウィルスを吹き飛ばし──最後は、桐子に直撃した。

 げうっ、と声にならない声を上げて飛ばされた彼女は、青葉の足下に叩きつけられた。

 青葉が驚いた瞬間、彼女はゆらりと立ち上がった。

 

「クソ……クソったれェ……!」

 

 その呪詛の言葉に青葉は戦々恐々とし、慌てるあまり我を忘れた。

 

「う……あ……あああ~~!!」

 

 青葉は思わず、右拳を突き出していた。慌てるままに放ったそれはパンチとも呼べぬほど浅いものだったが、弱っていた桐子は、一瞬ふらつき青葉の方に倒れこみ──頬に、それがジャストミートしてしまった。

 桐子はサンドバッグのごとく、殴られた勢いのままに再び床に倒れ伏した。

 

「い……いったいわねェ……」

 

 桐子の呻きを聞き、青葉は思わず自分の右拳を見つめた。

 だが、それについて考えるよりも先に桐子が立ち上がった。

 

「ここはひとまず逃げるが勝ち! 拙者ドロンするでござる、なーんてね! ハリケーンニンジャも欲しいんだけどなァ~~……」

 

 叫んだ後、桐子はじろりと青葉を見た。青葉は思わず、硬直し身構える。

 

「また会いましょう? 青葉ちゃん」

 

 そう言い残すと、桐子は再び粒子化し電子機器を伝ってネットワークに消えた。

 後に残された一同は、あまりの事態にしばし放心していたものの……すぐに我に返ると、真っ先にコウのところに駆け寄った。

 

「コウちゃん!」

 

 りんは半泣きになってコウにすがりつく。コウは、自分も苦しいながらにりんの肩を優しく抱いた。

 

「ごめんね、りん……。心配ばかりかけちゃって。でも、もう大丈夫だから」

 

 そして、コウは青葉の方を見た。

 

「ありがとう。青葉がいなかったら、私きっと消えてた」

「いえ、そんな……」

 

 遠慮がちに手を振ろうとした青葉の肩に、後ろから誰かが手を置いた。

 

「涼風君」

 

 しずくだった。その表情は、たまに見せる真剣なものだ。

 

「君の勇気ある行動に、皆本当に感謝してるんだよ。……本気の感謝には、しっかりと応えなさい」

 

 しずくにやんわりと諭され、青葉は背筋を正す。彼女は真っすぐにコウを見た。

 

「どういたしまして! 八神さんを助けることができて、良かったです」

「ありがとう、青葉ちゃん」

 

 りんにも涙ながらに感謝され、青葉は照れ臭そうに微笑んだ。

 そこに、変身を解除した永夢が傍らに立つ。

 

「患者の心も救うドクターでありたい、それが僕の願いです。けれどさっきの僕は……八神さんに何もできなかった。八神さんの心を救ったのは、涼風さんです」

 

 永夢はそう言うと、青葉に頭を下げた。

 

「ドクターとして、僕からもお礼申し上げます。ありがとうございました!」

「どういたしまして……。で、でも! やりすぎですよ、顔を上げてください!」

 

 永夢が頭を上げると、青葉と目が合った。

 

「私一人じゃ、あの人には敵わなかった。先生が戦ってくれたおかげでもあるんです。こちらこそ、ありがとうございました!」 

 

 そこで二人は、顔を見合わせて笑った。

 

 夢を追いかけて、ゲームを作る少女。

 誰かを救う為に、ゲームで戦う青年。

 

 本来決して交わらなかったその二つが──本当に、一つになって交わった瞬間だった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 しばらくして、CRに戦闘を終えた面々が戻ってきた。

 

 飛彩、大我、はじめ、ゆんのヤバンナと戦ったグループ。

 貴利矢、ポッピー、パラド、ひふみ、紅葉の斎藤と戦ったグループ。

 

 それぞれボロボロではあったが、誰一人欠けること無くCRに揃うことができた。

 

「しっかり……しなよ! もう着いたから!」

 

 ニコが紅葉と一緒に、ひふみに肩を貸しながらミーティングルームに入ってきた。

 彼女は大我についてサポートのつもりで出てきていたが、出た先で叫び声を聞いて駆けつけ、途中で大我と別れた結果戦闘が終わったバグスターチーム側に合流することになった。

 そして、何か役に立とうと薬で眠らされたひふみに肩を貸したというわけである。

 

 ひふみは意識を取り戻してはいたが、まだかなりしんどそうではあった。

 

「ゴメン……ね。ありがとう、ニコちゃん」

「当たり前のことしただけだって。ほら、横になりなよ」

 

 ニコと紅葉はゆっくりとひふみをソファに寝かせる。

 

「もも!! ちょっと、大丈夫だった!?」

 

 ツバメが慌てて紅葉に駆け寄った。服がところどころ擦り切れ、土に汚れた彼女を見ればその反応も無理はないだろう。

 

「大丈夫。それより皆さんが……」

「ももだってそんなんじゃない! ほら、座って!」

 

 ツバメに言われるがまま、紅葉は座らされ介抱が始まる。

 

「お前達の行動は褒められたものじゃないな。いくら何でも無謀すぎる」

 

 飛彩は淡々と、しかし厳しくはじめとゆんを諭していた。

 ヤバンナ相手に舌戦を繰り広げた話を道中で聞き、相手を刺激するようなその行動を彼は咎めていた。

 

「ごめんなさい……」

「で、でもまあ! 結果的に当たらなかったんですし! 奇跡が起きたっていうか……いだっ!」

 

 言い返したはじめに、大我の拳骨が落ちた。

 

「『当たらなかった』んじゃねえよ、『当てなかった』んだ」

「……え?」

 

「お前がバグスターの前に飛び出した瞬間、開業医がガシャコンマグナムで奴の手元を撃って狙いを逸らした。……俺たちが間に合わなかったら、お前の頭は吹き飛んでいた」

 

 飛彩に言われ、はじめは二人が間に合わなかった時のことを想像し、ぞっとして二人の顔を見比べた。

 

「奇跡なんてな、そうそう起きるもんじゃねえんだよ。だから、俺達が命張って戦ってんだ」

 

 大我にそう言われた時には、はじめは自分の行動を思い返し俯いた。

 

「ごめんなさい……」

「だが」

 

 飛彩の声色が少しだけ優しくなった。

 

「自分の側にいる相手を大切に思うこと。……その気持ちだけは忘れるな」

 

 最後にそう付け加えると驚いた顔のはじめを残し、飛彩はひふみの処置を行う為に大我と席を立った。

 一方で永夢は、戻ってきたパラドと話している。

 

「じゃあ、バグスターは逃げたってわけ?」

「ああ。あいつはバグスターになった人間だった。あいつの名前なんだったっけ、レーザー?」

 

「斎藤栄一郎。……最低最悪のゲス野郎だ」

 

 話を振られて、貴利矢は露骨に嫌悪感を示した表情を見せた。

 

「斎藤栄一郎!? それって、ゼロデイで消滅したあの……!?」

 

「ああ。奴はバグスターになって、おまけに大門からガシャットまで貰ってた。……こいつは憶測だが、檀正宗がいた頃から大門があっち側だったってことは、あの頃に奴をバグスターとして復活させて貰っていた可能性が高いな」

「それじゃあ、今朝見つかった変死体も……」

「路地裏で殺されてたって子か。……ありえるかもな」

 

「あの」

 

 紅葉が割って入った。彼女の顔は、帰ってきた時よりも青くなっている。

 

「まさか、あの気持ち悪い人って……」

「奴は殺人鬼だ。君みたいに若くて可愛い女の子ばかり殺して、切り刻むのが趣味のイカれた奴だよ」

 

 紅葉はそれを聞くと、今更ながらに先程の恐ろしい体験を思い返してますます顔を青くした。

 

「飛彩さん! ヤバンナの方はどうなったんですか!?」

「奴も俺たちの技を食らうと、こちらがレベルアップする前にすぐに逃げた。患者が治っていないのが、何よりの証拠だ」

 

 永夢の問いに、飛彩は処置の手を休めることなく答える。

 彼と大我は永夢から一度、ヤバンナがレベル2でも十分に対処可能な相手と情報を得ていた。

 彼らはレベル2よりも高いレベルのガシャットを所有してはいるが、それらのガシャットにはやはりレベル相応の負荷がかかる。

 

 また、あの状況では狭い行き止まりの道で火力の高い高レベルの技を使うのは、はじめとゆんを不用意に巻き込む可能性もあり最初はレベル2で挑んだのだった。

 そういうそれなりの事情こそあるが、やはり相手を取り逃がし患者のゲーム病が治っていないことに変わりはない。それを聞き、永夢は改めて一同に声をかけた。

 

「皆さん! やはり明日、早朝に里見の研究所に向かいたいと思います。奴は『先生に自分の身体を調整してもらった』と言っていました。里見がこの件に関わっているのは、もう間違いありません。戦うにしろ、話を聞くにしろ……状況を動かすには、それしかないです」

 

 一同は合意し、またそれぞれの行動に移り始めた。うみことねねは、ひたすらにプログラムを組んでいる。

 大門がネットを通じてここに現れたことから、再度襲撃されることを危惧して簡易的なものながらプロテクトをかけ、CR全体を防御する腹積もりだ。

 

「桜さん……。やはり、ゲームと勝手が違うのにこれは無茶と言うものですよ」

 

 うみこが思わずぼやいた。元々彼女らはゲームのプログラマーだ。

 セキュリティシステム云々となれば、彼女の言う通り全く勝手が違う為一朝一夕に出来る筈もない。増してや、ねねは素人から始めてやっと契約社員という立場にこぎつけたばかりの段階なのだ。

 

「無茶でもなんでもやるしかないですって! 私達に出来るのはこれぐらい……。相手がバグスターってゲームキャラクターなら、ちょっとは通じるものもあるはず!」

「……まあ、その前向きさは無いよりましです」

 

 うみこは軽く微笑むと、また作業に取り掛かった。

 

 一方で永夢は、ドレミファビートの筐体へと近づいていた。

 

「黎斗さん」

 

 永夢は筐体に話しかけるが、返事は無い。

 

「くーろーとーさーんッ!」

 

 アナログテレビの修理か、とでも言いたくなるような手つきで永夢は手刀を筐体の側面に叩きこむ。

 意外なまでの一撃に周りが呆気に取られた時、画面が明るくなった。

 

「永夢ゥゥゥ! 私のクリエイティブな時間を邪魔するな!」

 

 檀黎斗神は怒鳴って抗議するが、永夢は意に介さず目を細めて画面を睨んだ。

 

「皆頑張ってるんですよ、黎斗さんも何か手伝ってください」

「だったら私をここから……」

 

「檻の中で出来る範囲で、です」

 

 黎斗はそれを聞くと、嘲笑の混じった思い切り意地の悪い表情で永夢を睨み返した。

 

「先生」

 

 突然の声に、永夢は振り返った。

 青葉が怖い顔で、画面の中の黎斗を睨んでいる。

 

「……別に、そんな人の手を借りなくても何とかします」

 

 その声に込められた軽蔑と怒気に、黎斗は不愉快そうに青葉を見た。

 

「永夢、何故私は彼女にあそこまで拒否られているのかな」

「自分のやってきたことを省みたらどうですか? ……バガモンのこと、話したからだと思います」

 

 それを聞いても、黎斗はああ、と面白くもないといった様子で返すだけだった。

 まだ自分を睨んでいる青葉をちらりと見ると、黎斗はわざと聞こえるような声で叫んだ。

 

「あの時は本当に良い気分だったなァ! 『ジュージューバーガー』は私の作ったゲーム! 私のものだ! 勝手に不正なガシャットにされて不愉快極まりなかったのさ。神の才能の結晶を取り戻すためなら、あの程度なんて事はないんだよ!」

 

 それは決して、すべてが本心ではないだろう。青葉の怒りにわざと火をつける為だけの虚言かも知れない。だが──

 

「なんでそんな事が言えるんですかッ!」

 

 青葉は怒り心頭で、筐体に詰め寄っていた。

 

「ゲーム病もバグスターも、私が生み出したもの。……自分で生み出したものをどう扱おうが、私の勝手だ! 全ては、神の才能を示す為!!」

「~~ッ! 檀黎斗!」

「檀黎斗神だァ!!」

 

「神だ神だってうるさいんですよ! 何一つ救わない神様が、どこにいるっていうんですか!」

「知ったことかァ!!」

「もういいです、行きましょう先生!」

 

 青葉は強引に永夢の手を取ると、足早に筐体の前を離れていった。黎斗は何とも言い難い表情をしていたが、やがて筐体の画面は暗くなった。

 

 どこまでも独善。

 どこまでも我が道を。

 他を省みない檀黎斗のその傲慢さは、ある意味では神という言葉はぴったりなのかもしれないと、永夢は青葉に手を引かれながら思った。

 

 青葉は怒り交じりにソファーに腰を下ろす。

 最初はまだ怒りが収まらないといった様子だったが、やがて彼女の表情は少しずつ曇っていった。

 

「どうかしたんですか? 涼風さん」

 

 永夢がその隣に腰を下ろした。青葉は、軽く握った自分の右拳をじっと見つめている。

 永夢の問いにも答えず、物憂げに拳を見つめたままだ。

 

「言いたくないなら、いいんですけど」

 

 永夢が苦笑いして場を取り繕おうとした時、青葉はゆっくりと言葉を返した。

 

「さっき、私……」

 

 そこで、青葉は右拳を見つめたまま固く握った。

 

「あの人を、殴りました」

 

 永夢は少し驚いたような顔をしたが、彼女の言わんとするところが解ったのか、彼はあえて視線を床に落とし、彼女の話をただ聞くだけの姿勢を取る。

 

「……そうですね」

「あの人の言葉で八神さんが消えかけた時、あんな人消えてなくなればいいって思いました。無我夢中で飛び出して行って、殴り飛ばしてやる!って憎んでました」

「うん」

 

「でも、でも……本当に偶然だけど殴って、相手が倒れた時……すごく苦しかった。同情なんかできる相手じゃない。憎くて憎くてどうしようもなかったはずなのに、相手の『痛い』って言葉を聞いた瞬間……心が痛くなって、たまらなくなった」

 

 吐き出すように言い切ると彼女はまた拳を見つめ、一際辛そうな表情で永夢の方を向いた。

 その気配を察し、永夢も彼女の方を向いて目を見た。

 

「戦うって、ああいうことなんですか? あんなに苦しくて、辛いだけのものなんですか?」

「……戦う『だけ』ならね」

 

 短いその一言の意味を図りかねたのか、青葉はよくわからないという顔をした。

 永夢は、優しく微笑むと言葉を続けた。

 

「誰かを殴ると自分も痛い。殴った手が痛い。そして心が痛い。……どんな相手だってね」

「クロニクルを終わらせようとしてた時はずっと思ってたよ。本当なら病気である筈のバグスター……ポッピーやパラドと解りあえるのに、何で同じ人間同士で戦わなくちゃいけないんだって」

 

「檀正宗だって、僕は救いたかった」

 

「でも、僕の戦いは医者としての医療行為でもあるから。目の前にも、僕の手の届かないところにもたくさんの苦しむ患者さんがいて……必死に病気と闘ってる」

「その人たちの為には誰かが戦わなくちゃいけない。でも、僕がやらないと、って義務感から戦っているわけじゃないよ」

 

「これは僕が選んだ道。戦いで直面する痛みも、苦しみも受け入れて……それでも、皆に笑顔でいて欲しいんだ。健康で、元気な笑顔に」

 

 永夢の心からの言葉を聞き終わった時、青葉はとても複雑な表情をしていた。

 

 戦いの苦しみを受け入れて、それでも「誰かの為」という「自分の為」の願いを果たす。

 その精神はどこまでも、どこまでも誇り高いと思った。

 

 だがそれと同時に、自分が経験したあの痛みよりもずっと強いものを抱えながら進むその姿が──とても悲しいものにも見えたからだった。

 青葉はエグゼイドのマスクを「イカしてる」と評した。しかし今にして思えば──仮面(マスク)を被り戦うのはその下の涙を隠す為なのではないかと考え、また彼女の中に悲しみの気持ちが沸き上がってきた。

 

「涼風さん」

 

 不意に名前を呼ばれ、青葉は驚いた。

 

「涼風さんの仕事はゲームを作ること。それって、やり方こそ違うけど……誰かを笑顔にするための『戦い』なんじゃないかって僕は思います」

「そう……ですかね?」

 

「ええ。皆さんが元の世界に帰れるように、僕は頑張ります! 涼風さんはゲームを作って、僕はゲームで誰かを治して……お互いの仕事を、頑張っていきましょう」

 

 そう締めくくった永夢を見て、青葉はうんと頷いた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 一方で、ソファーに横たわったひふみの顔や喉を大我は軽く指で叩いたり、目を動かさせたりして反応を見ていた。

 やがて診断が終わったのか、大我はひふみから手を離した。

 

「取り敢えずは大丈夫だろう。ほとんど一瞬で落ちるなんて、結構強い薬だろうからな……脳神経系や鼻粘膜の影響が心配だが、鼻の奥とかどうだ?」

「ちょっと、痛い……です」

 

 ひふみの返答に、大我の表情が曇る。

 

「……炎症が心配だな。ブレイブ、明日朝一で院内の耳鼻咽喉科に回すぞ」

「サンキューだ、ドクターと事務への連絡は俺がやる」

(わり)いな」

 

 ドクター達が手際よく連携を見せていた時、ひふみは悔しそうな目で紅葉の方を見た。

 

「何ですか……? ひふみ先輩」

「ゴメン……ね。私、何も……出来なかった……」

 

 ひふみの悔恨とはそれだった。

 あの場での最年長は、部下を取り仕切るべきはひふみだった。

 だが、彼女はバグスター相手に何もできず、ただ眠らされて周りに世話をかけるだけの結果となった。それが、彼女の心に重くのしかかっていたのだった。

 

「……そうでもないぜ?」

 

 貴利矢が歩み寄ってくると、屈んでひふみと目線を合わせた。

 

「不思議だと思わないか? あいつらが緊急通報は妨害してたのに、何で自分たちがあそこに駆けつけることが出来たのか」

 

 確かにその通りだ。現にはじめ達が通報を行おうとした時はエラーが出る結果となり、助けを呼べずじまいだった。

 

「じゃあ……何で……」

「あんたには教えてただろ? 『新型』緊急通報のやり方」

 

 貴利矢に言われて、ひふみははっとした表情になった。

 

「新型?」

「衛生省と自分で色々考えてたんだよ。今回みたいにバグスターが直接襲ってくるケースも想起して、より手軽かつ即時に呼べるシステムをな」

 

 首を傾げる紅葉に、貴利矢は自分のスマートフォンを取り出すと、アプリの一覧から赤色のアイコンを選びタップする。

 そこには、「ゲーム病・バグスター遭遇時の緊急通報」と飾り気のない文字で書かれた題字があり、その下に大きなボタンが表示されている。

 

「こいつを押すだけで暗号化された通信がCRに届いて、通報が完了するって仕組みさ。乗りやすくて手軽だろ? まだ暗号化の方がテスト段階で安定しないから、万が一の万が一ってことで責任者のひふみちゃんにだけ教えてたんだが……結果として大正解だったワケ」

「そっか、あの時……」

 

 紅葉はヤバンナから逃げていた時のことを思い返した。

 確かにあの時、彼女はひふみに緊急通報を提案した。それに対してひふみが何か言いたげだったのは、これがあったからだ。

 

 あの時、既に彼女は緊急通報を完了していたのだ。

 

「あの気持ち悪い人の……せいで……失敗したと、思ってた……」

 

 困惑するひふみに、貴利矢は優しく微笑んだ。

 

「あんたの行動が三人を、あんた自身を救ったんだよ。カッコいいぜ、リーダー」

 

 貴利矢のふいの優しさが刺さったのだろう。ひふみはぽろぽろと目から涙をこぼし始めた。顔は必死に泣き顔に歪まないよう耐えている。

 それはきっと、部下の前だからという彼女なりの矜持もあるのだろう。

 

「さ、ひふみちゃんを病室まで連れてくぞ」

「わ、私付き添います!」

「私も!」

 

 紅葉とポッピーが同時に手を挙げた。紅葉は気まずそうな顔をしたが、貴利矢は既に階下に降り、廊下の方でストレッチャーの準備を始めている。

 ポッピーとニコが肩を貸し、二人でひふみが歩けるように手伝ってあげていた。

 紅葉は慌ててその後をついていくと、ストレッチャーに乗ったひふみの傍に付き添った。

 CRから一般病棟に移し、病室に運び込むまでは順調だった。ひふみは病衣に着替えて病室に落ち着くと、ごめんね、すぐ戻るから、と何度も名残惜しそうに紅葉に声をかけていた。

 

 ひふみを残し、三人はCRに戻っていく。半分程度まで歩いたところで、貴利矢が二人に声をかけた。

 

「あ、そーだ……。『俺』、ちょっと他の病棟に用があったんだわ。先に帰っててくれ」

 

 それだけ言い残すと彼はささっとその場を離れ、後にはポッピーと紅葉だけが残された。

 

「じゃあ、戻ろっか!」

「あ、はい……」

 

 調子が狂うな、と紅葉は思っていた。

 自分がここまでやきもきしているのに対して、ポッピーは変わらず明るく振舞っている。

 このまま黙ってやり過ごすか、とも思ったが、その時ひふみの言葉が頭の中に響いてきた。

 

「でも、ね……言わないと伝わらないこと……あるんだよ! 私も……一緒に、謝ってあげるから!」

 

 そうだ。

 言葉にするのが苦手だとか、気まずいとか、そうやって頭の中で考えて踏み出すのが遅れるのはもううんざりだ。

 

 勇気を出さねば意味が無い。

 

「あの!」

「何?」

 

 ポッピーにまじまじと見つめられ、また尻込みしそうになる。だが、紅葉は心の中でなにくそ、と思い息を吸った。

 

「何で、助けて……くれたんですか?」

「何でって?」

 

「だって! 私、その……酷い、ことを……」

 

 自分で言っていて、紅葉は数々の言葉を思い出して苦しくなった。

 

 嘘はつくまい。

 あの時、自分は確かにCRの面々を信用していなかった。コウの病の原因であるバグスターと同質の存在が、自分たちの味方だとはどうしても考えられなかった。

 

 だが今はもう、それらを疑う余地は無い。現に彼女は、ポッピーに命を救われたのだ。

 だがそれを考えれば考えるほど、あんなことを言った自分を何故助けてくれたのかが不思議で仕方が無かった。

 

「そんなに難しいことかな?」

「えっ?」

 

「助けたいから助ける。それじゃ駄目なのかな」

 

「答えになってないですよ! だって……私は、その……」

「……うん。モモちゃんに色々言われて、私ちょっと驚いたし……傷ついた。嫌われてるのかなあって思った」

「……ッ」

 

 ポッピーの言葉に、紅葉はまた首を垂れ俯く。

 

「でもね!」

「えっ?」

 

「自分が嫌な思いしたからとか、そんなの目の前で困っている人を助けない理由にはならないよ!」

 

 意外なまでの一言に紅葉が言葉を失ったのを見て、ポッピーは続けた。

 

「私は人間が好き。私は人間と楽しく遊ぶために産まれた、『ドレミファビート』のキャラクター」

「それは……キャラクターとしての、決まり……だから?」

 

 紅葉のその言葉に、ポッピーは微笑んだ。

 

「それも間違いじゃない。でも、それだけじゃないよ」

「私は私自身の経験から、人間が大好きって思える。エムが、ヒイロが、タイガが、キリヤが、ニコちゃんが、院長が、ヒナタ審議官がいて。それから、クロトがいて……私に色々な事を教えてくれて」

「そんな皆と出会ってきたから、私は人間が大好き。たった一つしかない命を、大切にしてほしいし守りたい」

 

 それを聞いた時、紅葉は感嘆していた。

 

 人間でないものが、こんなにも優しく、人を想ってくれる。

 

 自分の考え以上に大きくて広い心を、彼女は純粋に素晴らしいと思っていた。

 

「それにね」

「えっ?」

 

「モモちゃんのこと……聞いたよ。ヤガミさんに憧れてて、いつかヤガミさんみたいなキャラクターデザイナーになるんだって夢を持ってるってこと」

 

 完全に予想外の言葉だったのか、紅葉は硬直してまた言葉を失った。

 

「命があるから夢が生まれる。その夢が、新しい命の歩く未来を作っていく。人の命は、地球の未来……」

「だから私は絶対にそれを守って、モモちゃんと友達になるって決めたの!」

 

 どこまでこの人は──いや、このバグスターは優しいんだろうと紅葉は思った。

 焦燥と不安にかられて、自分を見失っていた私とは大違いだと。

 

「……ごめんなさい」

 

 紅葉の言葉に、今度はポッピーが言葉を失った。

 紅葉は何か続けようと思ったが、色々な気持ちが渦を巻き言葉にすることが出来なかった。気づけば、熱い涙が両眼から零れているのがわかった。

 

「ごめんなさい……! ヒッ、ごめ、な、さい……!」

「もーっ!! そこは『ごめん』じゃないでしょ!」

 

 ポッピーは紅葉の手を取っていた。不意の行動に紅葉がびっくりした顔をしているのをお構いなしに、ポッピーは続けた。

 

「人に何かしてもらった時は、『ありがとう』だよ!」

「あ……ありがとうございます」

 

 うん、うんとポッピーは頷いた。

 不穏なスタートを迎えた二人の関係は──今ここに氷解し、本当の始まりを迎えたのだった。

 

「ウイニングラン、ばっちりキメたじゃねえか。紅葉ちゃん」

 

 柱の陰から二人を眺めつつ、貴利矢はにっこりと笑った。

 

 病棟に用事があるなど、初めから”嘘”だ。

 敢えて二人きりにすれば何か変化があると思っての行動だったが、それは見事に実を結んだ。

 

(自分は『嘘つき』なんでね。乗せられるのも、悪くないだろ?)

 

 二人が今や笑い合っているのを見てそう思った時──彼は、自分のすぐ近くに誰かがいることに気がついた。

 気配の方向を向いた時──パチッという音がし、次にダイヤルか何かを回すようなカリカリという音が聞こえてきた。

 

「気づいたのか? “仮面ライダーレーザー”」

 

 貴利矢の斜め後ろに、背の高い男が立っていた。男は首からトイカメラを下げ、それを弄っている。

 貴利矢は知る由も無かったが、それはエグゼイドとヤバンナの最初の戦いを見ていたあの男だった。

 

「お前……奴らの仲間か!」

 

「今の俺はどちらの味方でも無いぜ。お前たちの物語を観ているだけの──通りすがりの旅人さ」

 

 貴利矢は男に飛び蹴りを見舞おうとした。だが男はそれを避け、華麗に踊るような仕草さえ取る余裕を見せる。

 男は改めて貴利矢を見ると、どこか満足したように腕を振った。

 

「また会おうぜ」

 

 待て、という貴利矢の声には応えず、男はその場から霞のように消えた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 夜の研究所で、里見は窓の外の星空を眺めていた。

 星の光は、いつ何時でも降り注ぐ。それは病める時も、健やかなる時も。

 

 娘がまだ幼い頃、仕事帰りに亡き妻と迎えに来た時には何度も星空を見た。それはとても美しく、これからの家族の未来への希望を感じさせた。

 だが今は──その輝きは、己が未来への絶望を、よりくっきりと映し出すスポットライトのように見えた。

 

(いけないね、年を取ると感傷的になって)

 

 里見がそう思った時だった。

 

「あー痛い……。ヒリつくわ畜生ォ……」

 

 桐子が頬をさすりながら、室内に姿を現した。

 

「おかえり」

「先生! ちょっと診てよ、あたしの頬」

「……僕は内科医なんだけどね」

「いいから!」

 

 仕方なしに里見は桐子の頬を軽く診る。

 内側で軽い内出血を起こしているらしく、頬の真ん中の辺りにあざが出来ていた。

 

「しかし驚いたね、ライダー達の装備はデータ化した身体なら解析して無効にできるって言ってたじゃないか」

「できてたわよ! 現にエグゼイドのロケットパンチは効いてなかったのよ! ……まあ、衝撃自体は殺せないから、ちょっと吹っ飛んだけど」

「じゃあ、それは?」

 

「一緒にこの世界に連れてきた八神コウの部下に一発貰ったのよ……。ぜってー許さないわ、『涼風青葉』」

 

 息巻く桐子に里見が嘆息した時、また室内に入ってくる者があった。

 

「あッ、くそ、くそッ、なんなんだよォォ……。何で『おれ』がこんな目に……」

「オラの銃を使い物にならなくしやがっでェ! ブチ殺さなきゃ気が収まらねえっぺよォ!」

 

 斎藤とヤバンナだった。ライダー達に負け敗走した二人は、ぼろぼろの身体で戻って来ていた。

 

「ちょっとちょっとちょっと! ヘイヘイヘイ! なァに? あんた達やっぱりやられちゃったってワケ!?」

「あッ、そ、その……」

 

「ジョーダンじゃあないわよッ! 天下のバグスターが二人も揃って、メスガキ一匹ブチ殺せないとか何なの!? あんた達プライドとかないの!?」

 

 桐子は机を叩く。だが、斎藤は恨みがましい目でじろりと桐子を見た。

 

「あッ、だ、大門さん、だって、八神コウを、消せなかったんじゃ、ないですか……。と、年増の、くせに、エラそーな……」

「あァ!? ナメたこと言ってんじゃあないわよ、このヒョロガリモヤシのインポサイコ野郎が!」

「あッ、そ、そういう事……!」

 

「やめないか!」

 

 里見が一喝した。普段は温厚な老紳士の激昂に、二人はびっくりしたといった表情で里見を見た。

 

「僕たちがつまらない事で言い争っている場合じゃ無いだろう? 今日の作戦が失敗したのなら、明日成功させれば良い。取り返しのつかない過去の失敗の事でいつまでも言い争うなど、不毛にもほどがあるよ」

 

「ほほォ。流石は先生様だっぺよォ、オラ感動したっぺ! 亀の甲より年の劫ってのは、言い得て妙だっぺなァ!」

 

 ヤバンナが心底感動したといった具合に拍手する。

 思わぬ方向からの「待った」に、さしもの桐子と斎藤も気勢を削がれたといった具合だ。

 

「……ゴメンね栄クゥン! 明日はいっぱいグロ死体作っていいからね! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死んじまえ~! 黄色い豚めをやっつけろ~!」

「あッ、ふぉ、フォローに、なってるんですかね、それ……」

 

 形ばかりの和解を設け、取り敢えずその場は収められた。

 

「もう休もう。……バグスターの君達と違って、おじいちゃんの僕に夜更かしはきつくてね」




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