誠十郎が直仁から軽い稽古をつけてもらう
二日後の夜、誠十郎は夜の見回りを早めに終わらせ、支配人室に来ていた。そのドアをノックすると返事が返ってくる。
「誰だ?」
「神山です。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「おう、入りな」
「失礼します」
直仁は自ら書類を見ており、あと三枚で終わるくらいのタイミングだったようだ。これで、鍛錬を欠かしていないのだから凄いと誠十郎はいつも思う。
「少し待ってくれ、この書類に印鑑を押せば終わりだからよ」
「はい」
直仁は書類に印を押し、束を整えるとファイルに閉じ、整理を終えて一息吐いた。長時間、集中していたのだろう直仁は目を少しマッサージするかのように目を軽く揉んでいる。
「それで、どうした?こんな時間に珍しいじゃねえか」
「はい、実は・・・支配人に剣でお相手して頂きたくて」
「?稽古は自分でやってんだろ?」
「はい、ですが・・・一度、支配人に手合わせをして欲しいんです」
「本気か?」
「本気です」
誠十郎の目は本気だ、直仁は少し目を閉じると決意を固めたように立ち上がった。
「少し待ってろ。準備してくる・・・場所は中庭でいいな?」
「はい、分かりました」
それから15分後。直仁は剣術用の和装姿で現れ、二本の刀を持って誠十郎と共に中庭へと向かった。外は夜の為、空は真っ暗だが満月であった為に充分過ぎる程の明るさがある。
「受け取れ、コイツは鍛錬用の模造刀だ。だが、重さや形なども本物と変わらねえ・・・実戦形式で行くからな」
「!ええ、構いません」
「推して参る・・・!」
直仁から受け取った模造刀は、確かに本物と変わらない重量を持ち、扱いが変わる事はないと感じる。直仁も活動写真などで観た事のある侍のように、刀を脇に差すと刀を鞘から抜いて構えを取った。左手を峰に触れるようにして構えるとそのまま滑らせ、刀を横向きにする。これは直仁が得意とする防御の型の構えだ。
誠十郎も渡された刀を抜き、構えを取る。二人は動かずに相手が踏み込んでくるのを待っているが、誠十郎は全身から汗が少しずつ出てきていた。
「っ・・威圧感が、半端じゃない・・・これが、直仁支配人の剣」
半端な覚悟で挑んだつもりはない。だが、天宮が真宮寺さくらの演技を見た時のように誠十郎も今の自分と直仁との間にまだまだ、大きな壁があり天と地ほどの差があると実感してしまった。
「・・・・・」
「っ・・・・」
木の葉が一枚、地面に落ちた瞬間に二人はほぼ同時に走りだし、剣を合わせた。鍔迫り合いを起こし互いに押し合う。
「・・・・ふ」
「っ・・・!(重い・・!)」
お互いに刃を弾き離れ、構え直し再び静寂の時間が訪れる。その時間が誠十郎にとって重圧となる時間であった。
「良い剣だ。だが・・昔の俺のように素直すぎる」
「え?」
「少し戦い方を変えるぞ・・・」
瞬間、直仁が構えたまま、しばらく目を閉じ・・深呼吸する。そして目を開いた、それは話に聞いていた剣鬼の目になった直仁の姿であった。
「!さっきまでと・・まるで雰囲気が違う!?」
「誠十郎・・・ある剣術の古い本に『剣は抜かずに済めば無事太平・・・抜いたからには打と意地を以て、立ち塞がる敵を倒せ』という言葉がある。剣は抜かず居ればそれが一番だが、抜いたなら必ず勝てという意味だ・・それと特別にお前へ修羅を見せてやる。お前が堕ちない様にな・・・良いか?神経を研ぎ澄ませろ、一瞬も油断するな・・・瞬きさえしないつもりでいろ」
直仁の警告に一瞬だけ驚くが次の瞬間、直仁から唐竹の一撃が振り下ろされ、誠十郎は咄嗟に受けに回った。それは刹那の一瞬で近づいて来たのではと思えてしまう程であった。
「は・・速い!?ぐっ!?」
「言ったはずだぞ?修羅を見せると・・・」
直仁は一瞬だけ離れると唐竹、袈裟斬り、逆袈裟を連続で打ち込み、更には逆風までも繰り出してきた。誠十郎はその全てを受け返すが、斬撃の一つ一つが重く速い。無慈悲かつ冷酷な斬撃に誠十郎は恐怖に侵食されていく。唐竹で反撃を試みるが柳の枝の如く受け流され、間合いを開かれてしまった。
「・・・っ!」
「・・・」
直仁からの左横薙ぎを受け止めるが、誠十郎は身体の震えが止まらない。これが剣の道の一つである修羅という存在、誠十郎にとって初めてであり未知の相手だけに歯がカチカチと鳴り始める。それを振り切って次の攻撃に備えた瞬間だった。
「・・・!」
「うっ・・!」
刺突を目の前に繰り出され、誠十郎は受けきれず動きが止まった。その鋒は寸止めされており当たってはいない。誠十郎はその場で座り込んでしまい、直仁は刀を鞘へ収めると手を差し出した。そこには先程まで修羅になっていた直仁はおらず、和装だがいつもの支配人である直仁が居た。
「立てるか?誠十郎」
「は、はい・・・支配人・・さっきまでのは?」
「アレが戦いしか考えない者・・・修羅って奴だ。剣の道に踏み込んだのなら誰もが一度は至る・・。だが、修羅になった時、強い力を持った自分になってはいるが、それと同時に大切なものも失っている」
「大切なもの・・・?」
「戦いや傷に疑問を持たなくなるという事だ。それと少しずつ優しさを失う」
「!?」
「戦う為だけに戦いを求め、己が傷だらけになろうと戦いに疑問を持たなくなっていく・・・そして優しさすら失っていく」
直仁は強くなる事自体は悪い事ではない。だが、強さを追い求め続けた先にあるのは修羅の道だという事を伝えていた。
「ですが・・・支配人は修羅になっていたのに何故、優しさを失わなかったんですか?」
「俺には止めてくれた人達が居たからな、修羅としての自分を受け入れる事ができたんだよ」
「・・・・」
「誠十郎、修羅になるなとは言えねえ。だがな、何の為に戦うのか?この疑問だけは常に持っておけ。戦う為に戦うと考えた瞬間、簡単に修羅へ堕ちるぞ?俺はお前に堕ちて欲しくはない・・・寧ろ、乗り越えた先に行って欲しいんだよ。お前はまだ白でも黒でもないからな」
「支配人・・・」
「さて、オアシスにでも行くか」
直仁は着替えてくると言って、鍛錬用の模造刀を回収し地下へと向かっていった。その背中を見送った誠十郎は自分の手を見つめる。
「俺の中にも・・・修羅が?」
グッと手を握り締め、直仁との稽古を思い返す。確かに修羅としての直仁は強かった、だがそれ以上に何かを守ろうとする直仁の方が修羅になった時以上に強いと思えた。
「何の為に戦うのか?・・・か」
◇
その後、直仁はオアシスに電話し個室席を取ってくれるよう頼み込んでいた。誠十郎が剣の稽古を自分に申し込んできた時点で何かあると読んだのだ。
「じゃあ、頼みますよ」
「任せておけ」
電話の受話器を置くと誠十郎と共にオアシスへと向かった。直仁は誠十郎の内にある葛藤を聞くために誘ったのだ。
「今日は個室部屋なんですね」
「此処でなら誰にも聞かれねえからな・・・酒も飯もある。遠慮するなよ」
直仁は誠十郎と共にオアシスの個室部屋の席に座り、彼が初めて飲んだ酒である薄いウイスキーのシングル水割りを作ると差し出し、自分はダブルの水割りを作って置いた。直仁は酒に手をつけずに直球で質問する。
「誠十郎、お前・・・何か悩んでんのか?」
「え?」
「俺に稽古を申し込んでくる時点で、何かあったと思うのが当然だろ?」
「支配人には叶いませんね・・・」
簡単な食事をして、誠十郎は水割りに手を付ける。どうやら酒の力を借りないと話せない事のようだ。誠十郎は水割りを多めにグイッと煽った。
「おいおい、飲み慣れてねえのに煽るなよ」
「っ・・・支配人は俺が艦長をしていたのは知っていますよね?」
「ん?ああ・・確か特務艦、摩利支天だったか?すみれさんから見せてもらった資料にあったな」
「ええ・・・俺が沈めたようなものですけどね」
「何が言いてえんだ?」
誠十郎の煮え切らない態度に直仁は少しだけイラつきが出たが、それはすぐに収まった。水割りの入ったグラスを持つ誠十郎の手が震えていたからだ。
「俺は怖いんです・・・確かに俺は花組隊長を請け負っていますが・・・また、あの時のようになるんじゃないかと」
「・・・・それは、摩利支天を沈めたようにアイツ等を死なせてしまうかもしれない、そう言いたいのか?」
「・・はい。あの時の俺はただ命令されるまま客船を助けるために向かって・・・それで」
「(責任感の強さゆえ・・・か)艦長として船を沈めちまった事を後悔していると・・・」
「・・・・・はい」
直仁も水割りを軽く飲むと誠十郎を見た。本当に心から後悔しているのだろう、艦長とは船と共にある存在だ、半身を喪った様になった時期もあり、そんな中で帝国華撃団隊長としての辞令を受けたのだろう。
「誠十郎・・・確かに軍人としてお前は正しい事をした。だが、今でもあの時の自分を許せない・・・その気持ちも分かるが」
「俺の・・・俺の何が解るんですか!?あの時にああすれば、こうすればという後悔ばかりが渦巻いて、そればかりが頭から離れなくて!」
「・・・・」
直仁は誠十郎の感情的になった姿に、かつての自分を重ねていた。こんな風に自分も米田さんや大神さん、そしてすみれさんに当たり散らしていたのだと思いながら。
支配人とは名ばかりで清掃員として自分を戒めているが、現在少しずつ支配人としての仕事をすみれから任されるようになっている。今は代理を勤めている程だが、いつでも返上するつもりはある。
だが、それ以上に思うのは人間は誰しも大きな後悔を背負って生きているという事だ。誠十郎が摩利支天の事なら、直仁はすみれと同じ降魔大戦の事だろう。
仲間と共にいきたかった・・・だが、運命という名の歯車はそれを許さず、直仁を現世に残した。あの時に光武二式が大破していなければ、自分が先行しなければなどの考えは幾千幾万もした事だ。
「気が済んだか?」
「え?」
「思い切り自分の本音を吐けて、気が済んだかって聞いてんだよ」
直仁は怒った様子もなく、ただ誠十郎を真っ直ぐ見ており、そんな彼に直仁は笑いながら話しをする。
「本当にお前は、昔の俺にそっくりだな?後悔した事ばかり考えて、周りが見えなくなってやがる」
「・・・っ!?」
「誠十郎、これは旧・華撃団の李紅蘭さんが言っていた言葉の受け売りなんだけどな?『鉄から生まれたこの子らは人間のように言葉は話せへん、それでも大切なものを守ったり、託すことをしてくれるんや』って言ってたんだ。その言葉は深かった」
「そんな事を言った人が旧・華撃団に?」
「そうだ、誠十郎。確かに摩利支天は沈んだ・・・。紛れもなく覆せない事実だろう、だが摩利支天は死者を出さなかった上、お前に次へ向かう事を教え。それに何をもたらしてくれた?よく考えてみろ」
「摩利支天が俺に・・・もたらしてくれた事・・・」
グラスに残っている水割りを見つめながら、誠十郎は考える。摩利支天が物言わぬ鉄であっても、沈んでった特務艦だとしても己にもたらしてくれた事を。
「帝国華撃団・・・花組のみんな、上海、倫敦、伯林華撃団の皆や、すみれさん、支配人・・・帝劇にいる人達との出会いをくれました!」
「ほらな?少し考えれば分かる事だったろ?後悔なんざ、いくらでもして良いんだよ。そこで立ち止まらずに前へ進めば良い。ただそれだけだ」
「支配人・・・」
「感動してねえで、今日は美味いメシをたらふく食おうぜ?酒は程々にしてな」
「はい!」
それからというもの、二人は腹が一杯になるまで食事をした。途中で酒が入った為、帰りには酒に弱かった誠十郎を直仁が肩を貸し、帝劇へ帰宅したのだった。
この話に出てきた「修羅」とは闘争本能の意味で使いました。誰でも持っているものだからこそ堕ち易くあると思うので。
修羅化した直仁は『るろうに剣心』の『人斬り抜刀斎』への立ち戻りをモデルにしています。
とは言っても、ただ威圧感と動体視力が一時的に霊力で上がるだけで無敗無敵ではありません。スピードが早くなるのは古武道の『膝抜き』と呼ばれる足運びによるもので『縮地』は使っていません。
※結婚ネタは此処ではなく、別途で書きます!
サクラ大戦と言えばヒロイン別ルート!※やはりヒロイン別ルートが必須かと思い次のルートは誰が良いかアンケートします(正ヒロインはエリスですが)
-
倫敦華撃団 副隊長 ランスロット
-
上海華撃団 ホワン・ユイ
-
新・帝国華撃団の誰か
-
風組or月組メンバー