天宮さくらの葛藤。
「っ・・・!」
天宮は支配人室を飛び出し、出て行ってしまった。直仁の厳しい言葉もあったが、何よりも前歌劇団と自分の実力が、天と地以上の差があると自覚してしまったのだ。
「さくら!」
「追うな!誠十郎!!」
「ですが・・・!支配人!」
直仁の表情は厳しくなっており、天宮を追おうとした誠十郎を引き止めていた。それが、彼なりの成長のさせ方だと頭では納得できているが、心境では納得出来なかった。
「アイツは、天宮の奴はこれでようやく、トップスタァへのスタートラインに立てた。己と憧れの相手の実力差を知ったんだ。これだけはアイツ自身で乗り越えなくちゃならない・・・」
「なぜそこまで厳しく出来るんですか!?相手は年端も行かない女の子なのに!」
「甘ったれた事を言ってんじゃねえ!」
「っ!?」
「公演はな、ただ演技をしていれば良いというものじゃねえ・・・舞台に立った以上、お客に夢のつづきを見せなくちゃならないのが、歌劇団なんだ。俺は色々な舞台で色々な舞台女優を観てきた。正直な話・・・今の歌劇団はさくらさん、すみれさん、マリアさん、紅蘭さん、アイリス、カンナさん、織姫さん、レニの足元にも及んでいねえ・・何故だか解るか?誠十郎」
「それは・・・分からないです・・・」
「アイツ等は舞台への情熱が薄いんだよ・・・。本気で女優をやろうとせず、その場、その場で楽しませれば良いって思ってやがる・・・」
「そんな・・・事は」
直仁は前歌劇団と比べるような事を口にした。だが、現実を突きつける為に敢えて比べるような発言をしたのだ。誠十郎は直仁の言葉を否定したかったが、出来なかった。
「かつての栄華を取り戻したい訳じゃねえ・・・。
「支配人・・・」
「行くぞ・・・そろそろ、アイツ等が俺に向かってくる頃だ。先手を打っておく」
直仁は立ち上がると、誠十郎を伴って全員が居るであろう中庭へと向かった。
◇
「・・・ひっく・・・ぐす」
飛び出した天宮は中庭の隅で膝を抱えて泣いていた。悲しいからではなく、映像で観た前・帝国歌劇団の舞台とレビュウに圧倒され、押しつぶされかかってしまったのだ。
だが、天宮自身も理解は出来ている。念を押して支配人である直仁は映像を見せる前に重さに潰されるかもしれないと忠告していたのだから。
自分は女優にというものに自信を持っていた。だが、自分が憧れていた相手は想像以上の実力を持っており、届く事すら難しいと感じてしまったのだ。
「私じゃ・・・届かないのかな・・・」
「さくら!?どうしたんだよ、こんな所で!何泣いてんだ?」
「初穂・・・?それにみんな・・・」
泣いている天宮の前に現れたのは親友である
望月あざみ、アナスタシア・パルマ、クラリス(本名・クラリッサ・スノーフレイク)の三名も天宮を心配そうに見ている。
「さくら、何があったの?」
「思いつめているように見えるわね?」
「私達で良ければ、聞かせてください。仲間なんですから」
「うん・・・実はね・・・」
天宮は支配人室で前・帝国歌劇団の映像を見せられ、それによって自分との差を感じてしまった事を素直に話した。自分じゃ憧れには届かないという思いもある事を隠さずに。
それを聞いた四人はそれぞれ、複雑な表情をしたが初穂だけが怒りの感情を表に出していた。
「なんだよそれ、そんなもんを見せるなんて何考えてんだ!」
「初穂、怒るのは筋違いよ?・・・支配人は見せる前に忠告していたんだから」
「ですが、重圧になってしまうのは当たり前ですよ!」
「それだけの差・・・私達は全く及んでいないとも取れる」
それぞれが言葉を出していると同時に、直仁が誠十郎を伴って中庭に現れた。一斉に視線が集中するが、初穂だけが納得いかないといった様子で直仁に近づいていく。
「おい!さくらに以前の帝国歌劇団の映像を見せたそうだな?」
「ああ」
「なんでそんな事をしやがった!?」
「天宮の奴に憧れの人を超えて欲しいと思ったからだ。重みに耐えられないようならそこまでだがな・・・」
「!・・・・」
「ふざけんなよ、さくらは泣いてんだぞ!?お前が追い詰めたんだろうが!!」
「!ダメ!初穂!!」
感情を爆発させてしまった初穂は直仁に殴りかかったが、その拳を手で受け止めてしまった。初穂からすれば自信のあった一撃だった。
「なっ・・・・!?」
「素直に感情を出す事は悪いとは言わねえが・・・・時と場合を考えやがれ・・・!」
直仁は初穂の拳を止めた手の親指に力を入れ、初穂の拳にある親指と人差し指の間にある手のツボに押し込んだ。
「!い、痛い痛い!!!は、離せ!!」
初穂はあまりの痛みに、両膝をゆっくりと地面に着けてしまう。直仁もしばらくして手を離すと、初穂の睨みを目を逸らさずに受け止めていた。
「今度殴りかかってきた時は、このくらいじゃ済まねえからな?」
「ちくしょう・・・」
「実力差を知らずに努力した所で天狗になるだけだ。だから、俺は天宮に映像を観せたんだ。今の自分と憧れの相手との差を理解させるためにな。この場に全員、居るからハッキリ言わせてもらう。お前らは前・帝国歌劇団の足元にも及んでねえ!!」
「「「「!!!!!!!」」」」
誠十郎と天宮はその場で俯いていた。二人は映像を観ていたが故に実力の差を理解できていたからだ。しかし、他のメンバーは納得できていない様子だ。直仁の言葉にアナスタシアが冷静に言葉を返す。
「どういう意味かしら?納得出来る答えが欲しいのだけれど?」
「言葉通りの意味だよ。それと俺からの一つだけ質問だ・・・・お前達は本気で女優を心からやっているのか?」
その言葉に現・帝国歌劇団のメンバー全員が目を見開く。直仁の言葉はメンバー達に本気で舞台をやっていないのだと言っているのにも等しいからだ。
「やっています!現にお客さんだって入っているでしょう?」
「あんな演技は練習すれば子供の年齢でも出来る。俺が知っている前・帝国歌劇団のアイリスは僅か9歳で帝劇の主役もこなしていたぞ?巫女や脚本家を兼ねているのも分かる。だが、舞台に立っている以上、本気で役者をやってくれなきゃ困る」
「未だ実力が足りないという事・・・?」
「そうだな」
あざみの言葉に答え、直仁は冷静に冷酷に言葉を発し続ける。真意を知っている天宮と誠十郎の二人はそれが仮面だとわかる。だが、そんなことを知る由もない四人は直仁に言葉で噛み付く。
「以前の帝国歌劇団と比べてんのか?アタシ達の実力が低いって!」
「そうなるな」
「そんな、ひどいです・・・!」
「事実だ」
「・・・・それは、残念だけど認めるしかないわね」
「冷静だな・・・」
「あざみは・・・まだ出来る!」
「本当にそうか?」
初穂、クラリス、あざみの三人は直仁を親の敵のように睨んだ。アナスタシアだけは第三者視点の考えがあったらしく、客観的な意見を述べている。
直仁は一度、このメンバーに大切なものを失った事はあるか?と尋ね、全員があると聞いた。だが、己の力を過信しているのを見抜き、憎まれ役を自ら買って出る事で実力を上げようとしたのだ。今回の件でその真意を少しだけ知ったのは誠十郎と天宮のみ、だからこそ二人は何も言えないのだ。
「悔しいか?悔しいなら俺が全員鍛えてやる。無論、すみれさんにも演技指導や基本指導を協力してもらうつもりだ。ただし・・・!」
天宮以外の四人が、やる気を見せようとしたのを直仁が見逃すはずがなかった。そこへあえて厳しい言葉を紡ぐ。
「指導は厳しいぞ?俺もすみれさんも妥協は許さない、徹底的に指導する。それでも付いてこれるか?逃げ出す事は絶対に許さん」
「望むところだ!」
「厳しくてもやってみせます!」
「どんな指導になるか、楽しみね」
「やれるだけやってみる」
四人は発破をかけられ、やる気に満ちていた。直仁は顔に出さず、心の内で笑みを浮かべていた。それを見ていた誠十郎もメンバーへの誘導の仕方に舌を巻いていた。
「だが、すみれさんに指導されるのは良しとしても、俺に指導されるのは納得がいかねえだろう?あまり見せたくはないんだが・・・二時間後に舞台へ来い」
「何をする気だ?」
「それは来てからのお楽しみだ」
そう言って直仁は全員を中庭に置いたまま、建物の中へと戻ってしまった。誠十郎すらも頭をひねっている。そんな中で、二時間後に舞台へ行くことにした。
◇
直仁は楽屋に向かい、立ち入り禁止の札をかけると中に入った。記憶を探り仕舞われた箱を見つけ出し、その中にはロングヘアーのウィッグや化粧道具などが入っている。
「久々だから喉の慣らしもやっておくか」
発声練習をしばらくした後、自分を切り替えると直仁はメーキャップと歌劇団に教わったメイクを自分の顔に施していく。すると徐々に美しく化粧を施した女性の顔になっていった。衣装の一つである中世の町娘の衣装に着替え、胸元に軽く詰め物をしウィッグを被るとそれは直仁ではなく、完全に別人・・・女性そのものになっていた。
「舞台の協力を頼まねえとな」
二時間後、誠十郎を含めたメンバー達は舞台に来ていた。舞台の照明は落とされており、誰もいない。休演日でもあるのだが、それでもこのようにしているなど違和感が強い。
「おーい、支配人!約束通り来たぞ!何処にいんだよー!」
初穂が声を出すと舞台のセンタースポットに明かりが灯り、そこには一人の女性が立っている。女性は片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま両手でロングスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げて挨拶した。これはカーテシーと呼ばれるヨーロッパの伝統的な挨拶方法である。
「ようこそ、大帝国劇場へ。わたくし、当劇場の支配人の知人で
「前梨七緒?聞いた事ないな」
「わたくしの演技を皆様に見せて欲しいとの事で連絡を受けて、馳せ参じた次第にございます」
「なんだと?」
「興味深いわね」
「ただの人じゃない・・・けど、なんだろう?何か違和感が」
「台本を持っていませんよ?それで演技を?」
「この女性・・どこかで」
六人の中であざみは何か違和感があると言うだけで、目の前の女性の正体を看破できない。天宮は何かを考え込んでいる。女性はふわりとカーテシーを解くとナレーションを始める。
『そこは中世の街並み・・・街は活気にあふれ人々は生活している』
誠十郎達はそのナレーションを聞いた瞬間、自分達の脳内に中世ヨーロッパの街並みが脳内にイメージされ、その世界に来たような錯覚に陥いる。
『人々が明るく生活している中、私は毎日、母様や義姉様達の服を繕い、洗濯し、食事を作り、掃除をしながら灰色の街を見つめています』
七緒の姿がみずぼらしいドレス姿に見え、掃除をした後にドレスを繕う仕草、洗濯物を干す姿、食事を作る姿が目の前で実際に起きているように見える。
「あっ・・・!ごめんなさい、母様・・義姉様方・・」
目の前で七緒が突然、押されたように倒れ、目の前にはいないはずの母や義姉達が目に映る。その姿は彼女を罵倒や嫌味を言われているようで、それを耐えているようだ。言い返さず、涙も流さず、夜になればベッドに眠る事は許されず、暖炉のそばで灰にまみれて眠ることを強要されていた。
此処まで演技をした後に七緒は全員を現実に引き戻すために、立ち上がると拍手を二回行う。それに気づいた次世代の歌劇団メンバー達は驚いたように七緒を見たが、七緒は再びカーテシーの姿勢で全員に挨拶している。
「いかがでしたでしょうか?わたくしの演技は?これは有名な作品の一部分を演じただけでございます」
誠十郎と天宮は思わず拍手しており、アナスタシアも実力を認めたように拍手し、クラリスとあざみ、初穂も拍手し始めた。
「す、すごかったです!舞台に関しては素人の俺でも情景が浮かびました!」
「はい!一部分だけで、こんなに惹き込まれる演技なんて幼い時以来、見た事ありません!」
「見ている側に背景をイメージさせてしまう演技・・・久しく忘れていたわね」
「はぁ・・・一人の演技だけで全てイメージできてしまいました。すごいとしか言えません」
「うん、幻惑の術かと思ったくらいにすごかった」
「ああ、本気で見蕩れちまった。演技だけで此処まで出来るなんてすげえよ!」
それぞれが絶賛の言葉を上げている。そんな中、天宮が思い出したように声を上げる。
「あーー!思い出しました!私、幼い頃に帝国歌劇団の舞台を見に来た時に役者の方が一人違っていたんです。その時の名前が前梨七緒って・・・パンフレットに」
「ウフフ、そんな事もありましたね。私はその一役だけ手伝って欲しいと言われ、協力しただけです。その後、私はこの大帝国劇場を後にしちゃいましたから」
「そうだったんですか、でも・・一度きりでも前の帝国歌劇団の舞台に出ていたのなら納得です!」
天宮の力説を七緒は笑顔で応対する。それはまるでファンに対する女優のようだ。だが、七緒は何かを思い出したかのように舞台に上がった。
「それでは、わたくしは此処でお暇させて頂きます。またの機会にお会い致しましょう」
優雅なカーテシーをした七緒は闇に溶けるように消えて行き、舞台の照明が全て点灯される。目が薄暗さに慣れきっていた花組は眩しさから目を腕で覆い隠した。
「眩しい!あれ?」
「七緒さん、居なくなっちゃいましたね」
「支配人の奴が言ってたのはこの事だったのか、前の歌劇団の経験者の演技を見せられるなんてよ・・」
「でも、これでようやく私達の実力もはっきりしたわね」
「はい、まだまだ私達は演技力が低いって分かりました」
「これを機会に本気で打ち込もうと思う・・・他を疎かにはせず」
それぞれがやる気に満ち溢れ、次世代の歌劇団は自分達も追いつき、追い抜いてやろうという気概を見せて、声を出していた。
◇
立ち入り禁止の札をかけられた楽屋では直仁がメーキャップと化粧を落とし、胸元の詰め物を外し、ウィッグを取って片付けると衣装からいつもの私服に着替え、衣装をハンガーにかけた。それと同時に誰かが楽屋へ入ってきた。すぐに閉められ、鍵もかけられる。
「ふう、久々だったが何とかなったな。誰だ!?」
「随分と懐かしい事をしましたわね?」
「すみれさん、来てたんですか?」
そこへ現れたのは神崎すみれ、10年前は帝国歌劇団・花組の娘役としてのトップスタァであり、大帝国華撃団・花組の隊員でもあった人物だ。帝国劇場の本来の支配人であり、神崎重工の重役を務める職業婦人でもある。
「ええ、幻の女優・・・前梨七緒が出て来たと聞いたものですから」
「正体は俺の女装、ですからねえ」
「焚きつけるためとは言えど、憎まれ役を買って出るなんて。次世代を育てるという意味はわかりますが、やりすぎではなくて?」
「わかってはいますよ。けど・・・俺がやらなきゃいけないんです。そうしないと厳しさが伝わらないんです。それに・・・」
「それに?」
「行方不明って辛いじゃないですか・・・生きているかもしれない希望と・・・死んでいるかもしれないという絶望が同時に来るんですから。それを知ってもらいたいし、厳しさの中の優しさを次世代には知って欲しいんですよ」
「・・・」
その言葉はすみれも口にしそうになった言葉であった。十年前のあの日、二人は置いていかれてしまったのだから。
「貴方を連れ戻した時に約束をしましたわよね、この大帝国劇場という家を守りぬくと」
「ええ、覚えています」
「お互い、不器用ですわね。厳しさでしか自分を出せないなんて」
「本当ですね・・それとすみれさん」
「何かしら?」
「時間が出来た時でいいんです。アイツ等を次世代の帝国歌劇団の指導をしてやってください。お願いします!」
直仁はその場に土下座する形ですみれに頭を下げた。すみれは一瞬だけ呆気に取られたが直ぐに直仁の近くに寄ってしゃがみこんだ。
「指導する時間は取れないかもしれませんが、指導用のメニューなら考えておきますわ。指導は貴方がやりなさい」
「分かりました」
「次世代の育成・・・任せたのですからしっかりやりなさい」
「はい!」
この時の二人は体験入隊時の二人に戻っていた。どんなに時が流れようとも二人の関係はこんな感じなのだろう。しばらく話し込み、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。
次世代を焚きつけた回でした。
体験入隊・・サンダーボルト作戦のネタを使ってしまったので次回どうしよ。という状態です。
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