【幕間】海賊の在り方   作:Mr.ゲンキ

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時系列は1.5部の幕間風短編になります。


悪性投影 偽・星の開拓者

こんにちは。マシュ・キリエライトです。今日はとある事情から、工房スペースまで赴いてダヴィンチさんに相談に乗ってもらっています。

「ふむ、男の趣味と友情について......ねえ」

「すみません、ダヴィンチさん。貴重な休憩時間にこんなことを...」

「構わないとも。君からの相談というのはそれだけで感慨深いものがある。それにまあ、女性なら疑問を持つのも無理からぬことだ。一応聞いておくけど、彼絡みのことだね?」

「はい。......最近時々、先輩の話していることがよく分からなくて......」

私の話を受けて休憩中のコーヒーを傾けながらダヴィンチちゃんは、んー、とちょっと珍しい難しい顔をしています。

「先輩が男性のサーヴァントの方とお話しする時、とても活き活きした顔をされる時があるんです。バベッジ卿の新バージョン変形機構についてや、アヴィケブロンさんの新型ゴーレムの特別仕様、モードレッドさんの兜の機能、金時さんのゴールデンベアー号についてなど......もちろん私も、たしかに格好いいとは思うのですが」

「疎外感を感じてしまう、と?」

「......はい。今挙げた話題を先ほど、黒髭さんと先輩が比べるべくもないほどに凄まじい熱量で語り合っているところを目撃してしまって...」

「ああ、なるほど。あの二人かい」

エドワード・ティーチ、通称黒髭さんは隙あらば軽口を飛ばしあうくらい先輩と仲が良くて、レイシフトでも必ずと言っていいほど同行しているサーヴァントです。同性とはいえ先輩のマイルームにフリーパス状態なことに、夜這い未遂で出禁を食らっている清姫さんなどは呪詛を吐いています。

かくいう私も、先輩と言葉を交わすことなく意思疎通ができることを目標にしているのであの距離感は是非見習いたい......のですが。

「やめておきたまえ。マシュが黒髭みたいな接し方をしてきたら彼は卒倒してしまうよ?」

そういえばさっき、少しでも理解を深めたいあまり、先輩に黒髭さんのようになりたいとこぼしたらものすごい顔で詰め寄られておでこの熱を確かめられました。それ自体はとても嬉しかった反面、どうも多大な勘違いをされているようで少々複雑です。

「要するにマシュ、君はマスターである彼と距離感が近い同性とのやりとりが羨ましくてやきもきとしている訳だ」

「そう......なのでしょうか」

「アドバイスをしておくと、そういう趣味の話は別に無理して理解をしようとする必要はないさ。相手が異性ならば尚更ね」

この性別を踏破した天才ダヴィンチちゃんが言うんだから間違いないね!と、太鼓判を押されました。すごい説得力です。

「どんなに仲が良い関係でも相互不理解なポイントというのはどうしてもあるものだ。それでもそういうところに互いに目を瞑れて尊重し合える者が良い関係を築けるのさ。......ま、一方で激しく衝突しながらも何故か憎めないという関係もあるから一概には言い切れないけどね。ねえホームズ?」

「......それは誰と誰のことを言っているのかね?」

水を向けられたホームズさんは、少し離れた位置のデスクで作業をしていた手を止め言いました。

「大体ミケランジェロをはじめとした稀代の天才たちと罵り合いながら競い合った君ほどではないさ、ダヴィンチ」

「ふふふ、はいはい。マシュ、この名探偵のように言わない方がいいことは言わない、分からない振りをする、というのも良いが、そう器用に振る舞えるなら君はここに来ていないだろうし、ここは発想を転換してみようか」

「転換、ですか」

「そう、彼らの話に入れないからやきもきしてしまうのが悩みなら、その輪に入るのではなく、逆に君と彼とで共有できるテーマを見つけて楽しい輪を作ってみるのはどうだい?」

先輩と、私との、あんな風に熱く語らえるテーマ......どういうものがあるのか想像もつきません。

「できるでしょうか?」

「できるさ、それは男女での嗜好の差はあれど、誰もが持っているものなのだから。それに、ちょうどよくもうすぐ開催されるんだろアレ?なんだっけ、サバフェス?去年は色々と大変だったみたいだけど、彼も黒髭もまた参加するみたいだしどんな本を作ったり買ったりするか聞いてそれを探ってみるのもアリなんじゃないのかい?」

「なるほど......名案です!」

両の拳を握る。男同士の友情にはひょっとしたらかなわないかもしれませんが、黒髭さんのように先輩と趣味の話ができる糸口が見えてきました。

「では不肖このマシュ・キリエライト、今より全力であたりたく存じます!」

そう勇ましく宣言した時。

何か、マイルームの方角から銃声と悲鳴が聞こえたような気がしたのですが気のせいでしょうか。

 

 

「先輩!ご無事ですか!?今こちらから銃声が!」

「来るなマシュ!」

大急ぎで駆けつけた先輩の部屋の扉を開けた途端、見知った背中と後ろ手で遮られました。

先輩、良かった、何とかご無事のようです。しかし......。

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ーー!」

視線の先には会話不可系バーサーカーのような鳴き声を上げて銃をこちらに向けている、とんでもなく危険なオーラを放つ存在がいました。あれは...

「も、もしかして黒髭さん?何故そんな血涙を流して...?」

「ダメダメ近づくなこいつ完全に暴走してやがる!マジで撃ってくるぞ!」

私は事態がうまく飲み込めないまま、口元を押さえました。まさか、先輩と一番仲が良かったはずの黒髭さんが銃口を向けているなんて。

「おいヒゲ!お前どういうつもりだノーモーションでいきなり撃ってきやがって!」

いきなりすぎて先輩も動揺した様子で声を荒げて、私を後ろにやりながら後ずさりつつ令呪を構えています。ダメだ、私が先輩を守らないと......!でも、今の私には戦う力が......!

 

「アレか!?そんなにそのうすい本ダメだったのか!?」

 

「............はい?」

「ーーーーちげぇよ。マスター......そうじゃねえんだ......そうじゃねえんだよ......」

黒髭さんは血涙をこぼしながら怨嗟に満ちた目を向け、歯をギリギリと噛み締めて前進してきました。いつものよく分からない言動ではないせいか凄まじい迫力ですが......今、何と?

「マスター、よくもこんな......こんな、み、水着をよぉ......オボェ」

「先輩......あの、うすい本とか水着って......」

「いやちがうってマシュ!あれ!あれ!」

先輩が指差した先をよく見ると、黒髭さんの傍らのテーブルに白い原稿用紙が何枚か散乱していました。走り書きの絵のようなものがチラリと見えます。

「もしかして、あれは先輩がご自分で作った?」

「ああうん、その、去年何回もループしてる内に俺もそこそこ描けるようになったから、今回はオルタの手伝いだけじゃなくて自分一人でも出そうと......いやそんなことはどうでもよくて!おい黒髭!結局お前感動してるのか怒ってるのかどっちなんだよ!」

「あのなあ、マスター。おめえよぉ......色んな女の子たちの水着イラスト集ってのはいい。特に最初の1枚目なんか最の高だった......えっちさは控えめだがめちゃくちゃ可憐で愛を感じるでござる。特にうなじの線が至k」

「マシュの前でうすい本ソムリエすんのやめて」

「失敬。だがなーー」

ああっ一瞬だけ正気に戻りかけたのに先輩なぜ!というか見たいです!どんな絵ですか!

「ーーーー最後の1枚だけがどうしても許せねえ!解釈違いですぞ!解釈違いですぞ!あなたを詐欺罪と傷害罪で訴えますぞ!理由はもちろんお分かりですね!?」

「最後?ドレイクとお前のツーショットを水着で描いたヤツじゃん、絶対喜ぶと思ってーーーー」

「野゛郎゛ブッ殺゛し゛て゛や゛ら゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああ!!!!」

「うおあああああ?!」「きゃあああああ?!」

完全に地雷を踏み抜いてしまったのか、黒髭さんは鬼の形相で銃をバンバンと連射して私たちの足元に叩きこんできました。あわわ。

「拙者に水着でデレるBBAとかいう別人の夢絵を描かれ見せられるとかいう屈辱!こんな仕打ち受けるくれえなら船首に生首吊るされた方がマシでござる! もうマスター殺して拙者も死にます!!いややっぱテメエ一人で死ねぇええ!!」

「待って待って黒髭、いくらなんでも限界オタクをこじらせ過ぎじゃない?!」

「そ、そんなに激昂するほどのことなのですか!?私なら先輩との、み、水着の絵を描かれたらちょっと恥ずかしくはなりますが嬉しく思いますが!」

「マシュ殿ちょっとノロケは後にしてくれます?今からマスターにナマモノのカップリングは超慎重にやらないと即アウトだと分からせる必要がありますので。ああ、悲しいぜマスター......。いや相棒。お前だけは俺を理解してくれていると思っていたのによ......」

「こんなアホなシチュで何をエモいこと言ってるの?!いくらお前と俺でも地雷カプなんか教えてくれなきゃ分かるわけないだろンぐごご!?」

ああ、黒髭さんが銃身を先輩の口に!

まさかダヴィンチさんの言っていた相互不理解なポイントがこんな形でなんてーーーー

「うるさああああい!何の騒ぎだいアンタら!」

「ブヒィイイイイイイイイイイイイイーッ!?」

マイルームの扉が開くと同時に、黒髭さんに向かって弾丸が何発も撃ち込まれ、その体は回転しながら壁まで吹っ飛んで行きました。この声は!

「ゲェー?!BBA!」

「ドレイク船長!」

颯爽と私たちを救ってくれた世界一の海賊は、硝煙をフッと息で飛ばして私たちを見やりました。

「まったく、せっかく賭けに勝って気分よく酒飲んでたのにやかましいったらないよ。無事かい?マスター、マシュ」

「はい、何とか。先輩、こちらに」

咳き込む先輩を介抱しながら、ドレイク船長の後ろに移動して胸を撫で下ろします。良かった、この状況で一番頼りになりそうな人が来てくれました!

「げほっ、げほっ、だ、ダメだマシュ......あの原稿を......ドレイクに見せちゃ......」

え?先輩?今なんと......

「で、ティーチ。一体何をそんなキレてんだい」

「はーッ!?BBAには何の関係もありませんけどぉー!?」

一応銃弾を何発もまともに食らった黒髭さんですが流石はカルデアでも五指に入るしぶとさ......もといタフネスを持っているサーヴァントです。立ち上がりこそしないもののピンピンしています。

「ああそうなのかい?さっきちょっとだけアンタが私のことギャーギャー言ってたように聞こえたからアタシ絡みと思ったんだけどねえ」

「なななななな何言ってんのBBAってば自意識過剰乙ーー!そんなことあるわけ「ああ、絵とか何とか言ってたけどこれのことかい。へー、全部マスターが描いたのかい?上手いじゃないのさ」

 

ピシッ。

 

今何か、黒髭さんの方からひび割れるような音が......

「ん?こりゃあ......私とティーチかい?」

「ホア」

「あっはっはっは!こりゃ照れるねえティーチ!このアタシが水着だってさ!しかしアンタも結構似合ってるじゃないのさ。こりゃあ今年の夏は一緒に水着デビューってのもいいかもいいかもしれないねえ?」

ああ......先輩、察しの悪い私を許してください。

さっきの時点でドレイクさんが絵を見ないよう回収していればこんなことには......

 

「△〓☆⌘∴◆‰£¥≦■◎¢ーーーー!!!!」

 

黒髭さんは白目をむいた後、壊れた人形のようにガタガタと震えながら、この世のものとは思えない断末魔を上げて泡を噴いてしまいました。致命傷です。

「ごめん、黒髭......俺はなんてことを......うあああああああああああああっ」

それを見ていた先輩は手で顔を押さえ、自身の行いを心底後悔した号泣をし始めてしまいました。

「......なんなんだい本当に......」

何一つ理解できないまま取り残されてしまったドレイク船長の困惑をよそに、私、マシュ・キリエライトは男性同士の友情というのも生半には行かないものなのだと痛感するのでした。

 

 

「治療は既に終了しています。外傷の縫合、消毒、殺菌、保護も完了していますが、暴れ癖があるようなので注意深く見ておく必要があります」

気絶した後もうなされて暴れる黒髭さんを、ナイチンゲール婦長が力ずくで医務室のベッドにくくりつけて制圧し、ようやく事態はおさまるかと思われましたがどうやらそんなに簡単な話ではなかったようです。

「うーん、これは酷いね」

ダヴィンチさんの重い雰囲気を伴った言葉に、あれから一向に回復しない黒髭さんの容態を他に診ていた方々、アスクレピオスさん、サンソンさんはそれぞれ頷きました。

「傷は大して深くないにもかかわらず衰弱状態にある。まるで重度の熱中症にでもかかったのかという有様だ。サーヴァントでもこんなことになるとは興味深いな。症例に加えておこう」

「精神的なショックで体調を崩すことはままありますが、ティーチ氏のこれは少々度を超えていますね」

診察内容を聞いていた先輩がおそるおそる詳細をたずねます。

「あの、つまり黒髭は今どういう......」

「うん、端的に言うと"霊基がヒビ割れている"。非常に不安定な状態で現界していると言ってもいい。精神の根幹を揺さぶられたことによるものだろう」

ダヴィンチさんの宣告に、私と先輩は同時に頭を抱えてしまいました。それほどのショックを受けるキッカケを与えてしまったのですね......。

「まあ、こちらで適切な処置を続ければその内に安定するだろう。しかしまた精神をポッキリいったねえ。原因は彼の名誉にかかわるとのことだから、とりあえずたずねはしないけど」

「何を甘いことを。そこに治療の糸口があったらどうするのです。早急に明らかにするべきです」

「同感だな。どのような類の精神的ショックだったのかを記録しておくのは重要だ」

しかし少しの手心も許してくれないお二人に、先輩はやめてやってくれ!と泣きつきました。私も何度も首を振って遮ります。それは流石に不憫が過ぎるというものでしょう。

「まあまあお二人とも。それについてはまた後でも良いでしょう。だからマスターもマシュも、もう遅い時間ですから先に休んでおいてください」

「そうそう。治療ガチ勢の二人は私とサンソンが説得しておくからさ。色々あって疲れただろ?」

「お気遣い痛み入ります......」

私も先輩も先ほどのてんやわんやの後に、このお二人の頑固さをぶつけられては目を回してしまいます。心苦しいですが、ここにいてできることはもうないようです。

「先輩、黒髭さんを心配されるのは分かりますがお言葉に甘えましょう」

「......そうだね。ごめん、黒髭のこと、よろしく」

「まーかせて」

そうして、後ろから聞こえる四人の話し合いを背中に受けながら、私たちはマイルームを後にしました。

廊下を並んで歩いていると先輩が申し訳なさそうに頭を下げてきます。

「マシュも、巻き込んじゃってごめん」

「とんでもありません。私こそお役に立てずすみませんでした」

慌てて両手を振って止めました。実際、私はあの場で一緒になって翻弄されていただけですし、ドレイク船長が来てくれなければ大変なことになっていました。

「いや、大丈夫だよ。最後の時だけど、あの銃に弾入ってなかったし。床を撃った時に尽きてる」

「あ......そうだったんですね」

いつも黒髭さんを伴って戦っている先輩ならではでしょう。あの銃の装弾数を把握していたとは......。

「あいつキレてて自分で気づいてなかったみたいだけどな」

自嘲気味に笑ってみせる先輩ですが、私には黒髭さんも分かっていたからこそ、あんな一見危険なことができたような気がします。

「あー、あいつ起きたら何か詫びしないとなあ」

そのどちらであっても、先輩は先輩で黒髭さんが回復した後も今までと変わらず接するつもりでいるようです。

それは、信頼の表れでしょうか。

ダヴィンチさんが言っていた衝突し合っていても何故か憎めない関係。このお二人は、相互不理解な点さえもそこに落ち着いていられるのでしょうか。

「先輩。私、黒髭さんと先輩の関係を羨ましいと思っていました」

「え?」

「いつものお二人がとても楽しそうだったのと、

今の先輩が黒髭さんに少しも悪感情を抱いているように見えないのが、とても素晴らしい関係だなと改めて感じました。だから黒髭さんも、目を覚ましたらいつものように先輩と話してくれますよ、きっと」

先輩は不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせてからこう言いました。

「マシュは俺とあんな感じになりたいの?」

「はい、当面の目標はあのように先輩と熱く語り合えるものを探し当てることにしています。未だ一般知識の少ない私には難しいかも知れませんが是非先輩と共通の趣味で花を咲かせたいなと!」

「......そっか。俺も、マシュとそんな風に語り合えるのを楽しみにしとくよ」

ぱあっ、と視界が晴れた気がしました。さっきまで体にのしかかっていた疲れも吹き飛ぶようです。先輩のマイルームに着いてしまったのが名残惜しく感じてしまいます。

「はい、それでは先輩、おやすみなさい。また明日も、よろしくお願いします」

うん、おやすみ。と先輩はドアが閉まり切るまで手を振ってくれました。

良かった。先輩も、黒髭さんのことも心配でしたが今日は気持ちよく眠れそうです。

 

 

前言を撤回せざるを得ない事態になるのが早すぎると私は思います。寝入りこそ早いものでしたが、これでは意味がありません。

「先輩、先輩!すみません起きてください!」

「ん......?マシュ?」

私の傍らにいた先輩を揺り動かし、目を覚まさせます。大変申し訳ない気持ちですが、異常事態です。

「何かあったの......?って、ああー......なるほど。これはアレかあ。いつものパターンのヤツだ」

「この事態にもそんな風に順応してしまうほどに慣れきってしまっている先輩の境遇が悲しいですが、ご理解が早くて助かります......」

私たち二人がいるのは、明らかにベッドでもなければマイルームでもなく、カルデアでもありませんでした。

「夜......だけど、見覚えのある浜辺だね」

「はい、既に修正され消滅したはずのあの特異点...ルルハワのものと酷似しています」

リゾートホテル群を背に、月光を写した瑠璃色のビーチ。あの繰り返し続けて何度も訪れたハワイの砂浜。まぶたを開けると私たちはいつの間にか、そこにいたのです。

おそらく夢を媒介とした精神のみの擬似レイシフト.......下総国の時などと同様、眠っていた先輩にまたしても悪いものが干渉してしまった結果のようです。

「人の気配がしない......助けは求められないな」

「はい、でも嫌なものがいる感じはあります」

今回は私も巻き込まれる形で先輩に同行できてはいますが、まずいことに今現在、戦闘力のない私では先輩をお守りすることができません。ここがどういう空間なのか分からない以上、適性体に襲撃される可能性を考える必要がーーーー

「マシュ、伏せて!」

周囲を警戒していた矢先、先輩に強く腕をつかまれて強引に屈む形をとらされると、頭上を強い旋風が突き抜けて行きました。

「あ、ありがとうございます先輩」

「ああ、逃げるよ!」

先輩に手を引かれて走りながら振り返ると、さっきの攻撃の発生源と思しきところに宙に浮いた魔術書タイプのエネミーがバサバサと紙をはためかせているのが見えました。それも一つや二つだけではありません。

ビーチを逃れて公道を走る私たちへ、先ほどの旋風に加えて猛る炎や巨大な氷塊などの攻撃魔術が一斉に発射されました。

すんでのところで直角に曲がって脇道へ入り、何とかやり過ごしますが魔本たちは止まる気配なく追ってきています。

「ダメだ、どこかに隠れないと!」

「でしたら先輩、リゾートホテルの中でやり過ごしましょう!あの中なら隠れる場所はいくらでもあります!」

壁や車などの遮蔽物を使って魔本の攻撃から逃れながら、私たちはすんでのところでリゾートホテルの中へ入りました。相変わらず人の気配はしないのに電気は通っているのか、煌々と光る大きなシャンデリアが照らす、広々とした二階ぶち抜き天井のエントランスホールに迎えられます。

とにかく奥へ行って、隠れないと......!

「!?そ、そんな......!」

驚愕を隠せません。ホールから奥に続く廊下と、二階へとつながっている階段から魔本が現れたのです。挟み撃ちの形を取られた私たちは必然、広間の角に追いやられました。完全に袋小路です。

「......後ろにいて、マシュ」

「ーーダメです、先輩!」

それは、絶対にダメです。

あなたが自ら、矢面に立って傷つくことだけは、絶対に私の前で許しはーーーー

()()()

絶体絶命の窮地に動揺していた私を一瞬で落ち着かせてくれる、力強い言葉にハッとさせられる。

私の前へと一歩踏み出した先輩、それをごく自然に私は受け入れていました。

一度は人理を救ってみせた私のマスターが、その背中でただ、"信じろ"と、何よりも雄弁に語っていたから。

猛禽類じみた飛行速度で殺到してくる魔本たちを正面に見据えながら、先輩はマスターたる証を眼前に掲げる。

 

「全ての令呪をもって命ずる、()()()()()()!」

 

空間が歪む。およそ一秒後には詰められていたはずの私たちと魔本たちの、わずかな距離。その間に三画もの令呪という膨大な魔力を費やした結果が結実しました。

 

「ーーやれやれだ。療養中だってのに人使いが荒えぜマスター」

 

臓腑を揺るがすような低い声が空間全体へと響き、直後、凄まじい魔力の嵐が巻き起こり、それだけで魔本の何体かが壁際まで吹き飛びました。

そして、とても大きな背中が、マントをはためかせながら私たちを守るように魔本たちの前へと立ち塞がるように立っています。あれはーーーー

「......ほんの少しでも魔力パスを感じられたのがお前だけだったから賭けだったよ。呼んでもまだヘタッてないように令呪を全部ベットしたんだ、応えてみせろよカリブの海賊王」

「デュフフハハハハハハハマジですかwwwww!!三画全部とは奢りますなあwwwww!!ーーーーああ、本当に、上等じゃねえかマスター!」

「黒髭さん!!」

令呪による強制転移召喚で現れた黒髭さんは、昏倒していた様子など見る影もないほどで、まさに海賊というもののイメージを決定付けた象徴存在に相応しく堂々とした威風を放っていました。

「はろー、マシュ殿。ねえねえ今の拙者めちゃくちゃカッコよくない?惚れた?惚れた?」

「ああ、この台無し感、本物です!」

「うわ、ひどーい。半分マッチポンプじみた大ピンチとはいえ、トキメくのはマスター殿に対してだけとか拙者、己の主人公補正の無さに涙が出るでござるよ」

「おい。今の発言で大体もう察しついたけど、やっぱこの騒動自体お前が原因かよ」

「あ、バレちった?いやー、マスターに霊基をズタズタにされたから拙者せっかく癒えるまで引き込もってたのに、サーヴァントの夢って形でマスターどころかマシュ殿まで入ってくるんだもん。拙者のプライバシーどうなってるでござる?これは訴訟も辞さなーーーー」

「!黒髭さん後ろーー」

警戒して手を出して来なくなっていた魔本たちが、いつものカルデアにいる時の雰囲気を醸し出す黒髭さんを好機と見たのか、再び魔術を発射してきていました。しかし、

「うるせえ」

黒髭さんはそちらを見もせずに銃の引き金をしぼり、全ての攻撃を撃ち落としていました。のみならず、続く連射で次々と魔本を撃ち貫いていきます。

「解釈違いの本どもが雁首そろえて出てきやがって。弱ってた時ならいざ知らず、生憎俺ぁ今絶好調だ。推しカプの二人を追いかけ回した罪は重いぜ、ここでまとめて梵書してやらあ!」

次々と現れる魔本たちの魔術攻撃をさばき切るのは本来容易ではないはず。にもかかわらず私はこの時、油断こそしないものの、不安は一切ありませんでした。

ああ、どうしてでしょうか。

海賊の代名詞。カリブ海を手中におさめた世紀の大悪党。たとえ地獄に堕ちるとしても飽くなき欲望のままに栄光を喰らい続け、愉悦と愉快の坩堝の中で殺し殺されることを良しとした反英霊。

生前はそんな悪逆と理不尽を形にしたような存在だったはずなのに、先輩のサーヴァントとして現界した彼は、こんなにもーーーー

「オラァアア!!!!」

一瞬で本の群れへと肉薄し、一蹴りで破裂させ一突きで断砕させ、紙屑と化させるその大きな背中があまりにも頼もしく、私には格好良く見えるのです。

「禁断の頁も落とさねえでウスイホンを名乗ってんじゃねえぞクソが!」

……時々挟まれるよく分からない啖呵で差し引きゼロにしてくることを除けば……。

「おい黒髭、結局この本は何なんだ?」

「んー、拙者もまあ、正確なことはよく分からんでござるが。たぶん拙者をマインドクラッシュした原因がマスターの同人誌ってのは少なからず関係してるでしょ。ここ夢ん中だし」

魔力パスの繋がったサーヴァントとマスターは時に互いの夢を垣間見ることがあると言います。

さらに今まで先輩はあの頼光さんやジャンヌさん、アビーさん、エドモンさんなどなどサーヴァントの夢に招かれる形で激しい戦闘に巻き込まれたという記録が多々あるため、これも同様の事態でしょう。

夢の中とはいえ、サーヴァントの夢は位相がズレた現実に等しく、過度のダメージを負うのは推奨しないとダヴィンチさんとホームズさんは言っていました。やはり油断はできません。

「とはいえなあ、いくら何でもこんな夢見てマスターたちを襲う本が現れるなんざ、いくら思い出したように味方にドンパチかます拙者でもちょっと心外でござるよ。何かが悪さしてるに違いねえ」

「つい数時間前に俺らそれ食らったんだけど?」

先輩の抗議に黒髭さんは口笛を吹いて受け流しています。しかし、嘘は言っていないようです。

何故なら、元凶らしき存在が自ら現れる予兆があったから。

「っ、何だありゃぁ……?」

あらかた片付けたはずの魔本のカケラが、一点に集中するように渦を巻き始めました。そして魔力の塊を形成し始めると、ソレは姿も曖昧な歪みのまま、こちらに語りかけてきました。

「久しぶりだな。本家カルデアのマスター」

こ、この声は……。

「き、清姫さんとエリザベートさんを洗脳してくっつけようとした!」

「こっちの世界を色々アレな形にして乗っ取ろうとしてきた捏造カプ百合キモオタの魔本!」

「……お二人とも頭変になった?」

あの騒動を知らない黒髭さんだけが頭にクエスチョンマークを浮かべています。

し、しかしあの「私の決めたカップリングこそ至高!」などとのたまいながら、現実を改変しようとしてきた正体不明の妄想怪物をどのように説明すれば⁈

「元凶はお前か。あの時は考え直したのに、またちょっかいを出しに来たのか!」

そうです、あの魔本はあの時私たちに撃退され、ダヴィンチさんの諫言に改心して消え去ったはず。

「それは誤解だ。私はそこの大男、黒髭の嘆きに呼ばれたに過ぎない」

「え、拙者?」

「そうだ。あの時の私が犯した過ち、すなわち自らの萌えが誰かにとっての禁忌であるという事実を無視し他人に押し付けるという行為。それと同じものに対する怒りと悲しみを、よりによってあの時教えられたこの世界から感じ取った」

……そう、言えば。あの時何か再びそういうことが起こったらきっとまた会えるとか何とか、ダヴィンチさんが言っていたような……

「その絶望があまりに深かったのでな。そんな仕打ちをした者を、わざわざ黒髭の夢に誘って清算の機会を作ってやろうとした結果がこれだ」

「まさか俺の水着イラスト本のこと言ってんの⁈ていうか霊基割れるだけじゃなくて別世界の存在まで呼び出すレベルの嘆きとかお前どんだけショックだったんだよメンヘラヒゲ!」

「ジャンル分けと検索除けで決して地雷を踏まないように自衛してた拙者は悪くないですぅー!

それでもマナーを守らない奴のせいでクソ地雷が視界に入ったらそいつが悪いのではぁー⁈」

「ありゃ最初にお前が見せろっつったんだろ!」

先輩と黒髭さんが魔本と私そっちのけで言い合いを始めてしまいました。こ、ここにきてお二人の溝が再び……さっきまであんなに心を通わせていたのに……。

「……まあそういう訳でだカルデアのマスター。お前が描いたイラスト本とやらは、いわばこの夢の媒介になっている。ゆえに本に描いてあったものーーーー夢の主人である黒髭の"解釈違いの推し"を完膚なきにまで消滅させない限り、この空間からは出られない」

そこで二人はピタっと罵り合っていた口の動きを止めました。おそらく、今の私と同じくもの凄く不吉な予感がしたのでしょう。この魔本が言っているのはつまりーーーー

嵐の夜(ワイルドハント)太陽を落とした女(キャメロットエルドラゴ)。生きたまま世界一周を最初に成し遂げた星の開拓者フランシス・ドレイク。偽りの霊基ゆえのシャドウサーヴァントだが、ステータスはほぼ完全に再現されている。気をつけることだ」

ーーーーホールの入り口より中に足を踏み入れてきた、膨大な圧を伴いながら暗黒の靄を全身に纏う存在が、敵に回るとどれほどの脅威となるのか否が応にも体感せざるを得なかったのですから。

「「「っ……!」」」

顔は見えず声を発さずとも分かります。あれは、間違いなく大海賊フランシス・ドレイクの"影"です。ゴクリ、という唾を飲み込む音は誰のものでしょうか。きっと、私だけではないはず。

「……おいおいマジか。マスター、拙者もう一回帰って引きこもってていいでござる?」

「却下だ!推しなんだろ目を背けるな!」

あれを私たちだけで打倒しなければならないという事実に、先輩も黒髭さんも震えていました。

シャドウサーヴァントは本来、英霊の外側の形のみが現れてしまったいわばハリボテです。意思を持たないまま、元となった存在の思いの残滓を動力にしているに過ぎません。

ですが、あの影はそもそもの成り立ちからして違うのでしょう。座から呼び寄せたのではなく黒髭さんの記憶を元に作り上げた、この空間でのみ成り立つ偽りの霊基。先輩から受けた心的外傷の仮想顕現。

それは、つまり、

 

"ーーーー踊ろうじゃないか、ティーチ"

 

黒髭さんにとって、二重の特攻力を持っているに等しいということ。

「え?」

言葉を交わすのにお互いが声を張り上げないといけないほどの距離を、たった二歩。まるで恋人のような自然さで黒髭さんの懐に一瞬で肉薄したドレイク船長の影に、私たちは反応が遅れました。

影が手にしていた拳銃が、黒髭さんのおとがいに当てられるのがやけにスローモーションに見えるのを、ただ固まった手足をぶら下げて眺めるのが精一杯だったのです。

耳をつんざく破裂音。弾丸が肉と頭蓋骨を割って弾ける瞬間が確かに網膜に焼きつく。

「何()()踊ろうだ、軽ぃん()()よニセモン」

顔の半分を吹っ飛ばされた黒髭さんはしかし、頰の肉がそげて奥歯まで露出した歯で銃身を噛み捕らえていました。そんなこの世のものとは思えない形相のまま、さらには逆に影に不可避の弾丸を0距離で叩き込んでいきます。

たまらずたたらを踏んで揺らぐ影にそのまま首を強引に刎ねんとフックを振り抜くも、歯から振りほどかれた拳銃でガードされてしまい彼我の距離は再び離れました。

「黒髭さん、だ、大丈夫ですか⁈ く、口が」

「ん?あー、へーひへーひ。ほい永続ガッツ」

本来はサーヴァントでも看過できないダメージ。それが次の瞬間には巻き戻るように、再生して元通りになっていました。カルデアにおいてあの大英雄ヘラクレスやネロ陛下に次ぐ不死性スキル持ちの彼にとってはこの程度、大怪我ですらないーーーーということもないようです。

「ああでもクソ痛えし何より死ぬほど気持ち悪ぃ!拙者にベタつくBBAとかマジ誰得!もうさっさとやっちまおう!マスター、援護くだちい!」

「いきなりスキル剥がされてるんだ、無理はするなよ⁈ マシュ、後ろに!ーーーー礼装起動!」

先輩が黒髭さんの背に手を伸ばすと、瞬時に衣服に搭載されている瞬間強化の礼装が動きました。

風が吹き荒れる。既に令呪によるブーストがかかっている黒髭さんにさらなるステータスアップがかけられ、爆発的に上がった身体能力のままに砲弾じみた速度でドレイク船長の影に突撃していきました。

ぶつかり合う徒手と鉛玉。人間の目では追いきれない攻防。互いの流れ弾がホールの至るところに着弾し、調度品が砕けて壁に穴が空いていく。

いつこちらに攻撃が飛んでくるか分からず、非常に危険な状況です。しかし射撃の名手で遠距離戦を得意とするドレイク船長のスタイルに対し、黒髭さんは銃を使いつつも近接戦が得意なスタイル。つまり距離が開けばそれは勝敗に直結するため、攻撃の余波から私たちを守ることができません。これでは……!

「っ、せめて影でも誰かを呼べれば……!」

「それはできない。邪魔が入らないよう、君が他に契約しているサーヴァントの魔力パスは遮断させてもらっている」

いつの間にかこちらの側にまで来ていた魔本に、先輩は食ってかかりました。

「これもお前の仕業か!大体そういう事情なら何でマシュまで巻き込んだ!?」

「そこは正直すまなかったと思っている。いやほんとに。君に危害を加えるつもりはなかったから盾役に後輩を呼んだが時系列を読み間違えてね。まさかマシュがその状態だとは。ネタバレになるが君らストーリーを進めるの遅くない?」

どうしましょう先輩、魔本が何を言っているのか私にはよく分かりません!

「まあ、前回のよしみだ。私が張っている障壁くらいは分けてやろう」

魔本がそう言うと、私たちそれぞれに魔術障壁らしきものが展開されました。これに守られるのは色々と複雑な状況ですが、これならーーーーと思った次の瞬間。

「ぐはぁーーーーーーっ!?」

猛然とやってきた流れ弾が障壁をものともせずに魔本に直撃し、紙片を撒き散らして吹っ飛びました。私も先輩もあまりのことに声も出ません。

「ぬ、ぬかった……彼女は無敵貫通持ち……おのれチートスキル星の開拓者……ガクッ」

そうして恨み節をこぼしながら、元凶のはずの魔本は光と共に消え去りました。完全に自滅です。

「勝手に巻き込んで勝手に消えやがったー!?」

「地団駄を踏む気持ちは非常に分かりますが先輩!ここは危険です!一度安全圏へ退避を!」

先輩の腕を引いて脱出を促しながら、背後から絶え間なく響く激闘の音に追い立てられるように走り出す。

自らの憧れそのものが、受け入れられない形で襲ってくる。黒髭さんにとってあまりにも辛い戦いを一人強いると分かっていても、私たちはもう彼に託すしかありません。

 

 

ーーーー厄介だ。

己にとって不協和音そのもののような眼前の敵と薄皮一枚を削り合いながら、心の中のまだ冷静な部分が不快感にも恍惚感にも惑わず状況の悪さを訴えてくる。

ただのシャドウサーヴァントならば雑魚扱いであしらえるが、この霊基は違う。忌々しいことに自身の記憶から作られているため、限りなく本物と同等か、下手をすれば誇張も混じった理想的なステータスを与えられている。加えてーーーー

 

"遅いねえ、捕まえてごらんよ"

 

明らかに、あちらが繰り出すダメージが一方的に本来より重く深い。

こちらの頭上を軸にした前転宙返りからの滅多撃ちという、凄まじい身のこなしから放たれる攻撃をかろうじてフックでいなし弾くも、衝撃に腕の芯が揺さぶられ痺れている。

何という出鱈目。マスターとマシュの二人は退避したようだが、不満も文句も言う気になれない。偽物であれ、あれはフランシス・ドレイクの影。周りを気にして戦える相手ではないのだから。

跳ねるように縦横無尽に動く影のスピードは目で追うのがやっとであり、止まったままでは狙い撃ちにされる。ならば、

「オラァア!」

着地のポイントと瞬間を見極め、一歩で距離を詰めて渾身の回し蹴りを叩きこむ。体勢が崩れたところへそのまま一気にフックの滅多刺しと鉛玉の乱射をブチ込んでやろうとするがーーーー

「ーーーーあ、やべ」

誘われた、と気づいても遅い。影の背後、空間が歪んだ波紋から四つの巨大な砲門が全て正確にこちらを向いていたのだ。

黄金の鹿号(ゴールデンハインド)。フランシス・ドレイクの第二宝具が限定開放されカルバリン砲がうねりを上げて火を噴いた。砲撃とは名ばかりの極大の高密度魔力放射が四つ全て、狙いあやまたずこちらに向かってくる。

間に合うことを祈って左腕を全力で振るう。

音が消える。視界が白む。

ホテルが激震を起こし、基礎自体が破壊されかねないほどの衝撃。砲撃が当たった壁の面が全て瓦礫と土煙を上げて崩壊し、外気があらわになる。

「ぐ、お……ッ!」

やらかした。かろうじて自ら前へ加速することで砲門の攻撃範囲から一部を逃れて全弾命中は避けたものの、左腕が肩口から跡形もなく吹っ飛んだ。さらに閃光で左目が焼かれ機能を失っている。

力を込められずに膝が地を打つ。スキルは先ほど使ったばかりで残機はもうないため、治すことは不可能だった。千切れた部位から激しく出血しているがそれすら気にしている暇などないらしい。

 

"痛いかい、ティーチ"

 

影が目の前までやってきて片膝をつき、こちらの首根っこを鷲掴んで無理矢理に顔を上げさせられる。あまりの不快さに、えずきそうになる。

「なーんですか、キスでもする気ですかー?パチモン極まれりすぎでしょコラ」

少しでも感覚と体力が戻るまでは死ぬほど不本意だが会話で何とかするしかない、と口を開くが、

 

"あんたはどうしてそんなになってまで、あのマスターのために戦う?"

 

完全に慮外の質問を突き刺され、思わず声を失った。

「…………あ?」

 

"人類最後のマスター。人理修復。そんなもんに毛ほども興味ないくせに。世紀の大悪党、世界一有名な大海賊ともあろう者が、他人に使われるなんて屈辱じゃあないのかい?"

 

ーーーー何を、言ってやがるんだ。この女は。

 

"生温いやり方だ、と何度考えた? 甘っちょろい奴だと何度思った? 隙だらけな背中に何度手を上げそうになった?"

 

ーーーー耳障りにも程がある。その顔で、その口で、一体誰の言葉を使っていやがる。

 

"奪えばいいじゃないか。殺し殺されることになったとしてもいいじゃないか。そんな腑抜けたまま、なあなあでいいのかい?"

 

ーーーーああ、そうか。よく分かった。

こいつは、何としても消さなきゃいけねえ。

 

腕を上げる。首を掴まれたまま、こちらも影の胸ぐらを握り締め上げる

「何も、分かってやがらねぇ。俺の生きた時代と、呼ばれたこの今とじゃ、違うだろうが」

そう。あのマスターを甘っちょろいと思ったのも、生温いと考えたのも、隙だらけなのも本当だ。確かにいつでも奪うことはできた。だが、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

俺がかつて金銀財宝を求め、栄光や名声を求めたのは、その時はそれがーーーー最早マスターの前では軽々しく口に出すことすら出来なくなったそれが、あったからだ。

‪撃って奪って喰らって犯して殺せ。‬

楽しく生きて楽しく死ね。

愉快に、愉悦に、愉楽に浸りながら、それでもまだ足りない足りないと絶叫しながら暴れ足掻いて死んでいけ。

死を悼む必要などなく、殺害を懺悔する必要もない。

何しろ俺たちは海賊で、地獄に堕ちることなど生まれたときから決まってる。

‪さあ、愛すべき船と共に楽しく愉快に殺されようじゃないかーーーーと。‬ああ、そうだ。それが俺だ。そこは今も昔も変わらねえ。

それでも財宝と栄光は生前で既に手に入れ尽くし、最後は背を向けた。変わったのは、今度は何にそれを求めたのかという一点のみ。

ーーーーそれが、あいつだ。

あのマスターに付いていけば、信じられないことばかりが待っている。

「絶対その方が面白ぇだろヴァーカ!!!こんな居場所、そう簡単に捨ててたまるかよ!!!!」

海賊仲間の小娘二人に会えた。

クソ可愛い女神さまに会えた。

いけすかねぇ変態イケメンにまた会っちまった。

そして、憧れた本物にも出会えた。

 

数え切れない心踊る出会い。それだけでは飽き足らず、そいつらや伝説上の人物たちと肩を並べて未知の世界を冒険するーーーーこれ以上のものがどこにある。それを可能にするヤツに、何の不満がある。

「まあ要するにーーーー心的外傷の具現化だか何だか知りませんが、そんなもんで拙者を揺さ振れると思ってるとかあまりにお粗末! 千年は座でロムれ!!」

 

"そうかい、なら、死にな"

 

「ハッーーーー残念ながら死ぬのはそっちですゥーーー!!!!pgrwwww」

大笑を上げる。こちらの言葉に何かを察した影だが、逃げられないように掴んだ手を離さない。

「しかし何とか間に合ったけど、ちょっと遅いんじゃありませんかマスター、マシュ殿?」

 

 

「気が散るから!」

「少し黙っていて下さい!」

お二人の真上、ホール二階部分ーーーーもはや崩壊寸前の足場から私と先輩は、黒髭さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

先輩が両手で銃を構えて、私がさらに手を重ねて支える形で固定します。そう、絶対に撃ち抜かなければならないモノへの命中率を少しでも上げるために。

そうして、ホールの中央に吊るされた巨大シャンデリアへ弾丸が放たれる。

「やりました!命中です!」

「ーーーーいけっ!!」

数トンもの重さを繋げていた支柱が撃ち抜かれ、真下へとシャンデリアが落ちる先には、無論のこと黒髭さんとドレイク船長の影が。

これが銃を託された私たちに唯一できること。黒髭さんの銃は本人と一緒に召喚されたものとはいえ普通の銃とそう変わりはなく、魔力も込められない私たちが使ってもドレイク船長には通じないでしょう。しかし、こうして間接攻撃によりあれほどの質量をぶつけることはできます。

互いに拘束し合っているため動けない状態にある黒髭さんとドレイク船長ですが先輩はさらに礼装を起動する。

 

"ーーーー!?"

 

「ハッハァー!一人勝手に潰れてろですぞww」

‪ガンドーーーー本来ならば物理的破壊力を持たない呪いの弾丸を放つ魔術が、カルデアの礼装の力により凄まじい出力でドレイク船長を一瞬だけとはいえ停止させました。‬

その隙に黒髭さんだけがシャンデリアが地に激突する寸前で圏外へと脱出し、拘束から抜けられた影が驚愕しているのが伝わってきました。タイミングばっちり、完璧です先輩!

轟音が上がる。シャンデリアが砕け、真下にあるもの全てを砕いて押し潰しました。魔術によらない攻撃とはいえ、それは戦局を傾けるには十分過ぎる一撃です。

「黒髭!」

「分かってますぞ!こいつで決める!」

黒髭さんを中心に超容量の魔力が爆縮する。宝具開放ーーーー今なら必ず当たり、そして倒し切ることができるはず。

が、

「なーーーー」

「ーーーーマジか」

それより先に、大穴が空いた壁の外から巨大な船体がホテルの外郭を砂糖細工のようになぎ倒していきなり姿を現しました。それだけではなく、その後ろには陸地にも関わらず無数の船団ーーーーあれは、ドレイク船長の奥の手。

黄金鹿と嵐の夜(ゴールデンワイルドハント)。ドレイク船長の主船を中心に、彼女が生前指揮した船団を亡霊として召喚する、圧倒的な火力で一斉砲撃を行う攻撃宝具。

シャンデリアの残骸が砕け、飛び出した影が主船の甲板に影が降り立つ。その手が掲げられて砲撃の用意へ入り始めたようです。

「さっきの時にもう展開してやがったか!」

対する黒髭さんの宝具、アン女王の復讐(クイーンアンズリベンジ)の名を冠する海賊船がホテル内部を破壊しながら顕現する。

あちらの砲撃までに間に合いはしたものの、これでは相討ち、いえ、押し負けてしまいます。

何故なら黒髭さんの宝具は本来、船にサーヴァントを乗せている状態で真価を発揮するもの。単騎である今は、絶対的に不利と言わざるを得ません。

「ーーもうやるしかねえ。マスター、マシュ殿、伏せてな!」

最早祈るしかないこの状況で、どちらからともなく私と先輩は身を寄せ合う。先輩と初めて出会ったあの日、カルデアが崩壊し、瓦礫に下半身を潰され、先輩に手を取っていただいたあの時のように。

固唾を呑む。

対峙し合う船に込められた魔力が臨界を迎え、あちら側の無数の砲門に対して、たった四十というこちらの砲門が、激突を迎えようとする。

 

避けられない終わり。降りかかる死。

 

ーーーーその刹那。

 

「それは無茶だろう、黒髭」

 

私たちを守るようにーーーー

 

「本当にその通りですね。あなたはともかく、マスターとマシュさんに危害が及ぶのは看過できません」

「マスター、マシュ。遅くなったね。僕らが来たからもう大丈夫だよ」

 

人類史に名を連ねる最高峰の海賊たちが、黒髭さんの船上へと現れ宝具の出力が一気に膨れ上がっていました。

「バーソロミューさん!アンさん!メアリーさん!」

「みんな……!」

強力な船員が増えたことにより船体そのものまでがさらに巨大化し、破壊された二階にいた私たちはそのまま甲板へほとんど転げ落ちるように招かれるも、三人が受け止めてくれます。

「ブフォオオオwwwwちょっと何、タイミング出来すぎだろオメーら、実はスタンバッてて見計らってましたー?!www」

「そんなことするわけないでしょう。あなたは宝具の展開だけに集中して下さい変態」

「ついさっきにやっとこの夢に干渉できたんだよ。黒髭と同時代の僕らだけがようやくね」

「お前の夢に入るとか正直気分最悪なのだがね、今回ばかりは仕方ない」

おそらくあの魔術書が消滅したおかげで、魔力パスが僅かながらに繋がったのでしょう。メアリーさんの言う通りなら、下総国に先輩が迷いこんだ時に小太郎さんだけが付いていくことができたのと同じ理屈と思われますが、ともあれあまりに頼もしい増援です。

「はっは!上等でござる!三人まとめて黒髭海賊団の船員にしてやらあ!!」

アン女王の復讐(クイーンアンズリベンジ)に三人ものサーヴァントが新たに船員として搭乗したことにより、凄まじい魔力が充溢する。砲撃の火力、船体の強度、その全てが規格外に上昇していくのが私たちにも目に見えて分かります。

「行くでござる行くでござる!!!!覚悟しやがれニセBBAーーーー!!!!」

そうしてついに対峙していた船同士が砲弾をぶつけ合い始めました。

大気が破裂する。耳を塞いでも鼓膜が破れるかと思うほどの爆発音、背骨から揺るがされるような超振動に私と先輩はたまらず甲板に倒れふす。

「やるよ、アン!もうマスターたちには傷一つ付けさせるもんか!」

「はーいメアリー。狙撃で捌き切れない分の砲弾はお願いしますわ!」

私たちをかばうように傍らに屈み、身の丈の2倍近いライフルを空へと構えたアンさんの放った弾丸は、物理法則上ありえない稲妻の軌跡で降り注ぐ砲撃を撃ち落としていく。

それでも撃ち漏れてしまった砲撃はメアリーさんが曲剣カトラスを、小さくも凄まじい身のこなしで斬り払うことで、宣言通り私たちには一切届かせていません。

「お二人とも、さすがにずっとそれはきついだろう?対空砲を出そう。なに、攻撃はあれに任せておけばいいさ」

さらに周囲に車両型の移動式砲台を召喚したバーソロミューさんが手を掲げると、一斉に対空砲撃が空へと放たれて爆ぜる炎が船の上で咲き乱れーーーーもはや視界に映る全てが網膜を焼かんという有様となっていました。

「マシュ……!だ、大丈夫か……?!」

「は、い。大丈夫です……!」

先輩の声が、こんなにも近いのにあまりに遠く聞こえる。これほどの暴乱の中心地でありながら、もう私たちを苛むものは脳を揺さぶる光と音の衝撃のみとなりました。

あとは、黒髭さんに全てがかかった状態。

そんな彼は、身をすくめる私たちを守ってくれている三人と違い、何と船首で腕を広げて身を反り返し、轟音すら上回る大哄笑を上げていました。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!きかねえ、きかねえ、きかねえなああああああ!殺せ!奪え!喰らえ!ニセモンごときの!まがいモンの宝具で俺を!この黒髭を!破れると思ったのがテメェの間違いだ!ハハッ、ハハハハッ!!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

砲弾の連射が明らかに早まり、破壊力がさらに飛躍的に高まっていく。数で劣っているはずのこちらが圧倒しているのが分かるほどの破壊の嵐がドレイク船長の船団に広がり始め、そしてそれは主船にも及び始めました。

「全く、うるさい船長ですわね」

「すごいねアイツ、もう僕らの存在忘れてない?」

「申し訳ない、勝ち確になった瞬間あれはいつもああなんだ。まあそれでも少々、いや大分今回はハジけているようだがね」

衝撃の嵐の最中、顔を上げる。もはや何が起こっているのかすら分からないただの火力のぶつけ合いで、火と煙を噴いて砕けていく船団に対して、鉄壁じみた防御力を欲しいままに蹂躙していく黒髭さんの船。

そして、あろうことか黒髭さんは船首から大きく跳躍し、砲弾飛び交う空中をかき分けて、劣勢に沈まんとしているドレイク船長の主船へと一気に飛んでーーーーーー

 

「ォオーーーーラァアーーーーッ!!!!」

 

"ーーーーーーーーーーーーッ?!"

 

流星じみた勢いで飛来して、突き出された右腕のフック。影が二丁拳銃を乱射して、その身体へと対空迎撃を行う。ダメです、空中ではあれは避けられなーー!!

 

「ーーーー礼装起動。"メジェドの瞳"!」

 

暴嵐の中、船上の端まで追いかけていた先輩の人差し指が、黒髭さんを指す。その礼装効果はーーーースキルの再使用を早めるもの。

放たれた無数の鉛玉だけでなく、砲弾が黒髭さんの身体に直撃する。肉が全て剥ぎ取られ骨が四散し、血煙が空を汚しーーーー

「死ねぇええええええええええええええっ!!」

礼装の力によって再使用されたスキル"海賊の誉れ"により、空中でその体がドレイク船長へ向かいながら元の形へ巻き戻る。

自棄にしか見えない勇猛さ、突貫を繰り返しながらも生還し続け、活路を開いた逸話の再現のように。

 

ーーーー彼は影の身体を射し貫き、霊核ごと破壊した。

 

勝鬨が上がる。まさに全てを奪って喰らい尽くす、海賊としての姿をありありと見せつけて。

ああ、あれこそがきっと、生前の彼の正しい在り方なのでしょう。悪逆的で、果敢な蛮勇の化身。

砲撃が止む。見れば、ドレイク船長の船団はダメージにより魔力補充が追いつかず、維持ができなくなったことにより消滅していました。

残っているのは、消えかけの影本体のみです。

 

ーーーー終わっ、た。

 

実感がわかないまま、力が抜けてたまらずへたり込むと、先輩が支えてくれました。しかし、その顔は……勝利の喜びとはほど遠い神妙なものでした。

「みんなはーーーー知ってたの?あいつがどうして俺に付いてきてくれるのか」

先輩は吼え笑う黒髭さんを見下ろしてそう言いました。

あの影に啖呵を切った黒髭さんと、今の黒髭さん。どちらが彼の本質なのか、見定めかねているのでしょうか。

「まあね。海賊というのは結局空っぽだからな。その隙間を埋めるために、欲してやまないものを求める。黒髭は生前、どれだけの財宝や栄光を手に入れようと満足しなかったほどだ」

「僕らも同じようなもんだよ、聖杯に求めたのは宝そのものじゃなくて宝の地図。いつだって財宝や栄光じゃなくてその過程が重要だったよ」

「だからこそ、私たちはマスターに付いてきているんです。あなたの道行きには、それだけの価値がありますから」

「……アレが普段はキモオタやっちゃえるレベルでなのか……そうかぁ……」

少しばかり複雑な顔をする先輩ですが、その顔にはさっきのような不安や寂しさといったものは薄れていました。

「はぁ、はぁ、ハッハッハ……イェーイ勝ちましたぞマスター!」

戦いが終わった途端に、血にまみれたまま無邪気な笑顔を向けて残っている方の手を振る黒髭さんに、どこか安心したように息をつきながら先輩は親指を立てる。

そんなお二人がとてもーーーーたとえどこか歪つながらも、私には尊い絆に思えました。

そして、黒髭さんは倒れふす影の前にしゃがみ込む。最早消滅を待つだけの存在に、黒髭さんは介錯の銃口を向けました。

ドレイク船長に一体何を口にしたのかは、ここからは分かりません。それはきっと、彼自身以外は知らなくてもいいことなのかもしれません。

一発の軽い発砲音が上がる。それは戦いの終わりを告げる祝砲と呼ぶには、轟音の最中にあった私たちにはやけに小さく響きました。

 

 

みなさんこんにちは。マシュ・キリエライトです。今これから資料を先輩のマイルームへ届けようとしているところです。

あの騒動から既に一週間がたちました。

あの時、私とマスターが異常な眠りに入ってしまったことはすぐにカルデアの皆さんが察知してくれたものの、状況が動くまでは手をこまねいているしか無かったようです。

かろうじてあの三人が魔力パスが再度繋がった後すぐに縁を辿って現界してくれなければ、状況は厳しかったでしょう。そのおかげで私も先輩も黒髭さんも、何ごとも無かったように目覚めることが出来ました。

清姫さんや頼光さん静謐さんが目覚めた先輩に抱きつきに行くも、いつの間にか同衾して添い寝していたジャックさんとあわや戦闘になりかけたり、「よくもいらん手間をかけてくれたねこのチンピラめが」と黒髭さんに笑顔のままダヴィンチさんが詰め寄って「拙者悪くない!」と黒髭さんが声を上げて弁明するも「いやお前が悪い」とバーソロミューさんアンさんメアリーさんに絞られたりと色々とゴタつきはしたものの、全て元どおりの平和な日々です。

そう言えばアスクレピオスさんが、結局黒髭さんの症状の原因は異世界の魔術書とかいう説明にもならないものとは、とボヤいていました。元凶の元凶である先輩のイラスト本から図らずも遠ざかり、黒髭さんの名誉は守られました。しかし、一体どのようなイラストだったのでしょう。

そうこうしている内に先輩のマイルームの前に着きました。襟とネクタイを正して前髪を整えてから、インターホンを鳴らす。

『マシュ?』

「はい、あなたの後輩、マシュ・キリエライトです。資料をお持ちしました。お邪魔してよろしいですか先輩?」

言い終わる前に「入って入ってー」と扉を開けてくれました。中に入ると、先輩はデスクに向かって何か作業中のようです。

「適当に置いといてくれていいよ。お茶出すね」

「いえ、それは私が。先輩は作業を続けて下さい」

椅子から立ち上がろうとする先輩に駆け寄って肩を押さえる。すると、机の上にあるものが目を引きました。

「イラスト……この前に描いていた続きですか」

「あ、うん。あんなことが起こった後だけど、始めた以上はやり切ろうかなって。もちろんあの黒髭がうるさいイラストは封印したけどね」

少し照れくさそうに頬をかく先輩。デスクの上の原稿には、下書きのようなものでいっぱいでした。そう言えば、黒髭さんは他にも完成したイラストを見せてもらっていたはず。そして確か、とても感銘を受けた水着イラストがあると……。

…………あると…………。

「……私も見てもよろしいですか?」

「えっ」

鼻白む先輩ですが、今回は私も引きません。あの一件の後で第三者に見せることに抵抗があるのは分かりますが、とても気になります。

「………………あー、その、まだ途中だし…………」

「是非、見たいんです、先輩!……あ。それともま、まさか……」

ひょっとしてその、見せられないようなセンシティブなイラストを……。

「いや無い!無いから!健全!健全です!」

ブンブン手を振って否定しながら、先輩は観念したように原稿を渡してくれました。

「で、では!拝見します!」

「うう。こ、後悔するからな……」

何かこっちまで緊張しながら原稿をめくると、以前の孤島での出来事や、サマーレースを共にしたサーヴァントの方々との日常を切り取ったような素晴らしいイラストに、私は口に手をあてて感嘆の声を漏らしました。

先輩が皆さんをよく見ているのが分かるような、そんな暖かいイラストです。もっと自信を持って欲しいと思いました。これは、とても、良い、絵、ーーーー、…………。

「ーーーーはぅ」

味わいながら最後の一枚をめくった瞬間。私の小さな心臓が、キュウッとなるのを確かに感じました。

それは唯一、一人だけの対象を描いていて、明らかに他とは一線を画した丁寧な筆致で、水に濡れた後ろ髪をかきわけている、少女のイラストでした。

紫がかった色素の薄い髪に、眼鏡と白い水着ーーーーあ、あの、先輩、これ、美化が多分に盛られてはいますが、う、自惚れでなければ、これは、わたーーーー?

 

"ーーあのなあ、マスター。おめえよぉ......色んな女の子たちの水着イラスト集ってのはいい。特に最初の1枚目なんか最の高だった......えっちさは控えめだがめちゃくちゃ可憐で愛を感じるでござる。特にうなじの線が至kーー"

 

唐突に、以前に黒髭さんがとあるイラストについて寸評していたあのセリフを思い出し、私は耳まで熱くなるほど顔が紅潮して、口をパクパクさせるしかありませんでした。ぁ、ぁわ。

恐る恐る横を見ると、私と同じくらいかそれ以上に真っ赤になった先輩が顔に手を当てて、プルプルと震えていました。

きゅう。

 

 

マイルームの外の廊下に背を預けて、扉の向こうから聞こえるなんとも可愛らしい悲鳴を聞いて、ホクホクした笑顔がこぼれる。

「いやーこれだから創作初心者は。拙者に見られて色々あったばかりなのに全然学習しとらんですなあ、マスターは」

飽きない二人だ。今時あまりにも珍しいほど純粋で、ウブで、守りたくて、壊したくなる。

「あんたのとこの世界もああなんでごさる?」

「ーーーーいや、あまり聞かない方がいい。解釈違いだろうからね」

すぐ傍らに、例の魔術書が浮かんでいる。あの時に消滅したはずだが、どういう手を使ったのか、またしてもこちらにやってきていた。

「元気そうだな。トラウマのダメージは消えたようだね」

「おかげ様で。お節介ご苦労さまでござるよホント。トラウマとまとめて、わざわざ拙者が無自覚に押さえて溜まってた悪性から投影した虚像をぶつけて解消の機会をくれるなんざ、お膳立てからアフターケアまで充実してますなあ」

「…………一時的なものだ。君は生前と座に登録された後とで違う振る舞いをするがゆえ、そういった齟齬が起こる。本質自体は変わらなくとも、召喚されたマスターの影響を受けたのだとしても、本来なら相容れないはずなんだ。理屈の上ではね」

吹き出してしまう。あまりにも今更な話だった。

相容れない?そんなもの、このカルデアに何人いると思っているのか。

相容れないのに、清濁併せて受け入れることが出来てしまうのがあのマスターだ。だからこそ、あれだけのサーヴァントに慕われている。

「ま、一応礼は言っとくでござるよ。下手したらいつかこの性がマスターを殺してたかもってのは笑えない話でござるからな」

「それは良かった。これで以前の借りは返せただろう。あのマスター本人には傍迷惑なだけの存在だと思われているのは遺憾だがな」

魔術書の気配が薄れ、姿も透過していく。どうやら頃合いらしい。

「あの二人を見守ってやってくれ。お互いがお互いにとっての最高の推しなのに、わざわざ共通の話題や趣味を探り出すような不器用と、何げないイラストに好意が丸見えになってしまうような天然だからな」

「言われるまでもないでござるー。拙者にとっても推しカプの二人なんだ、誰にもこのポジを譲る気はないでござるよ」

最後に魔術書は笑ったのだろうか。一筋の光をこぼして、完全に消え去った。同好の士であったかもしれない存在に名残惜しさを感じながらも、振り切るように、死ぬほど甘酸っぱい空間と化しているマイルームへと押し入った。

 

さてさて、今後も楽しく、ふざけて、時に血生臭くいくでござるよ。

 



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