紛物語   作:空海鼠

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むしゃくしゃして書いた。
今は反省している。


かなみタートル 其ノ壹

 

 

 

 

001

 

 

 

 

佐伯哉美(さえきかなみ)は、物語で例えるとするならば主人公である。

彼女を言い表すような言葉は山ほどある。

容姿端麗。

文武両道。

気韻生動。

質実剛健。

そして───主人公。

まるっきり、完璧超人といったやつだ。クラスメイトである羽川翼が、委員長の中の委員長だとするならば、こちらは主人公の中の主人公である。

困っているような人がいれば誰でも助けてしまうようなヒーロー。

僕は佐伯哉美のことを、そう聞いている。

同じ私立直江津高校のクラスメイトとして、話したことが無いというわけではないけれど、僕のような一般モブ以下の生徒とは、中々縁遠いものがあるのは確かだ。

事実、僕が彼女と話した内容については僕も、おそらく彼女もすっかり忘却の彼方へと送り出しているだろう。

彼女には、沢山の───それこそ、異常なまでに沢山の噂話がある。

どうにもならなかった学祭の準備を一人で成し遂げたとか、不登校の生徒を見違えるように変貌させて登校させたとか、教育的指導の激しすぎる教師を清く正しい道に押し戻したとか、コンビニ強盗を捕まえてみせたとか、暴力団の皆さんを全員自首させたとか、どんな絶望的な状況でも助けてと彼女の名前を呼べば助けに駆けつけて来てくれるとか。

勿論噂話ということもあって、全部が全部本当ということはないのだろうが、根も葉もない噂話だと一笑に付すには、佐伯哉美を知っている人間から見れば笑えないと言ったところだろうか。

根も葉もなくとも、茎や花はある噂話なのだろう。

後輩の神原駿河などの噂は、全く統一性が無いのに対して、佐伯の噂は一貫して、いい噂話ばかりだ。悪い噂は───全く聞かない。

いや、僕が単に話をする相手がいなくて聞けないのかもしれないけど、それでも、全く聞かないのだ。

佐伯は、自分の関わった事件や問題を、全て解決してしまうのだ。

まるで───主人公のように。

まるで───お伽話の英雄のように。

そんな完璧すぎる佐伯だが、意外に男女問わず人気は高い。

ここまで完璧だと、逆に同姓からは嫌われそうなものなのだが、僕の妹曰く「完璧すぎるからこそ、非の打ちようがないからこそ、そこに痺れたり憧れたりするものですよ。それに、周りがもてはやすものを否定しても、自分のイメージを落とすだけですしね」だそうだ。前半はともかく、後半は女子高生の闇を垣間見た気がした。きっと、この闇はつつけばつつくほど出てくるのだろう。

……いや、聞きたくはないが。

閑話休題。

佐伯はとにかく完璧で、完全で、十全で───どこか、作り物めいた少女だった。その笑顔は人工的で空虚なものに見えてくるし、その正義感は後付けで紛い物に見えてくる。

彼女の名誉の為に言っておくと、これは完全な僕の私見であり、推察にも考察にも届かないような───ただの妄想である。

男子高校生の、卑猥ではない妄想である。

僕がそんな風に彼女のことを捉えるのは、案外、単に僕が捻くれていて嫌われ者で、みんなから好かれている主人公を羨ましく思う───嫉妬からくるものなのかもしれない。

まあ、僕じゃあ間違っても───正しくても主人公になれないことは自明の理だ。そこは簡単に割り切れることだろう。

だから、そんなモブ以下の僕が佐伯と関わり合いになるなんて、思ってもいなかった。

思っていたとしても、その思考は一秒もしない内に途切れるだろう。

だが、そんなことが、思考ではなく現実として起こってしまった。

具体的には、僕が私立直江高校に転入して半年ほど経った、ゴールデンウィークが過ぎたばかりのことだ。

佐伯から放課後の教室へと呼び出しを受けた。

どんな相手でも、相手からの好感度はマイナスから始まる僕は当然、告白なんぞに期待してはいなくて、身に覚えのない罪を突きつけられるのではないかと内心ビクビクしていた。

勿論、そんな心配は杞憂に終わったわけだが、結果としてはそうなった方がいくらかマシだったと言わざるを得ない。

それほどまでに最悪で。

それほどまでに災厄だった。

そしてその日僕は、何でも一人でできてしまうような、誰の助けも必要としないような完全無欠の主人公から、耳を疑うような言葉を聞かされた。

耳ではなく、これが現実かを疑った。

あろうことかこの僕は、主人公から助けを求められたのだった。

 

 

 

 

 

 

002

 

 

 

 

「………そうだ、これは夢だ。夢なのである」

 

「私の決死の懇願を勝手に夢オチにしないで」

 

伝家の宝刀、夢オチが封じられた。

そりゃあ、夢だとも思う。というか、夢にも思わなかった。クラス内での僕の立ち位置は、阿良々木や戦場ヶ原のように俗世との関わりを断ったような人物ではなく、ただの嫌われ者───ぼっちなのである。主人公の中の主人公に助けを求められるような立場ではない。

そんな僕の考えをスルーして佐伯が続ける。

 

「こんなこと、神田(かみた)くんにしか頼めないの……」

 

「……僕の名前は霞田(かすみだ)だ」

 

今の間違いで、一気に懇願の内容が胡散臭くなったぞ。他の人にも同じこと言ってるんじゃないだろうな。

佐伯はしばらく「えっ……霞田?えっ……、えっ?」と自分の失礼極まった間違いに赤面した後、こほんと咳払いをしてぺこりと謝罪をしてきた。

 

「ごめんなさい。これから頼み事をするっていうのに、失礼だったね」

 

頼み事をする前でなくともそんな間違いは失礼だとは思うが、おそらくそういう意図で言ったのではないだろう。そう思い、開きかけた口を閉じる。

 

「失礼と言うか、失言だったね」

 

「その物言いこそが失言だ」

 

まるで、僕の名前を心の中では間違ってもいいみたいな言いぐさだった。

 

「でも名前の方は憶えてるよ、確か、陽向(ひなた)くん、だよね」

 

「……掠りもしてないよ。僕の名前は霞田(すばる)だ」

 

「…………」

 

「…………」

 

僕は佐伯という人間を誤解していたかもしれない。

主人公だなんて言ったけど、こいつはただのアホにしか思えないなあ。

佐伯の目が、右に左にすいすいと泳ぎ、このまま水につかったら独立して、ヒレが生えてくるのが容易に想像できた。

仕方がないので、話題を振る。

 

「それで、僕が名前を間違えられるくらい存在感がなくて、名前も憶えられないくらい嫌われているのはわかったけど───」

 

「違うよ!霞田くんはクラス内でいつも一人でいるから、すごく目立ってるよ!」

 

食い気味に否定してきた。

 

「フォローに見せかけた罵倒はやめろ。それに、一人というなら阿良々木や戦場ヶ原も一人じゃないか。すごく目立ってるとか言うな」

 

「阿良々々木くん……阿良りゃ木くん…………阿良々木くんはほら、羽川さんと一緒にいるときが多いじゃない」

 

阿良々木の名前を言う際に二度ほど言い直したような気がしたが、気のせいだということにしておこう。

言わぬが花。

秘すれば花なり。

 

「それに、戦場ヶ原さんはいつも本を読んでいるでしょ?でも、霞田くんはいつも何も読んでいなくて、それでも───」

 

慎重に、言葉を選んで。

 

「話しかけられない、よね」

 

「……普通に嫌われているって言っても、僕はそれほど気にしないよ。むしろ、そうやって変に同情された方が癇に障る」

 

「でも…………うん。ごめんなさい」

 

何故か、謝られた。もしかしたら、佐伯はこの世で起きている悪いことは、全て自分が解決できなかったせいだとか思っているのかもしれなかった。

見上げた主人公魂だ。

 

「でも、何で霞田くんは忌み嫌われているんだろう。本当に誰とも、何とも話さないのに」

 

「僕の嫌われ度を勝手にランクアップさせるな。僕が許可したのは『嫌われている』までだ」

 

というか、そこまで嫌われていたのか。

ちょっとショックだ。

ちなみに、僕に関する噂は『目を合わせると呪われる』『話しかけると一族郎党皆殺しにされる』『あの佐伯哉美でさえ匙を投げた』などがある。

……うん。

佐伯には訂正を求めたが、確かに忌み嫌われていると言っても過言ではなかった。

 

「嫌われている、理由とかってないのかな。あったら、どうかすることもできるかもしれないけど……」

 

「……誰かが誰かを嫌う理由なんて、なんとなくで十分だろう」

 

「十分じゃないよ。そんな理由で霞田くんが嫌われているだなんて───私にはとても、見てられない」

 

名前も忘れた相手に、この言いよう。

主人公。

正義感。

作り物じみた───主人公。

後付けじみた───正義感。

紛い物のような───偽物。

そう、思えてくる。

 

「じゃあ、見なきゃいいだろ。少なくとも僕は、きみに助けられることを望んじゃいない。望んでもいないのに勝手に同情されて勝手に助けられるのは、もはや救いでも何でもない。自己満足の極みだ」

 

佐伯の返答を待たずに、一方的に話を打ち切って話題を転換する。

 

「で、頼み事って何だよ。言っておくけど、僕は大抵のことは力になれないぞ」

 

僕は蜘蛛のごとく嫌われること以外は基本、普通の高校生レベルのスペックだ。佐伯のような完璧超人にできないようなことが、僕にできる道理はないのだ。

佐伯は不満げな顔をしてしばらくは悩んだように黙っていたが、話し始めた。

 

「えっと……実は……」

 

実は、などと言いながら、妙に歯切れが悪い。

困ったような顔をして、手を弄ってはもじもじと。まるで告白でもするような様子だ。

だが、ここで期待をできるような人生を送ってきてはいないのが僕だ。

相当頼みにくいようなこと、もしくは恥ずかしいことを僕に要求するらしい。急速に、元々なかったやる気が萎んでいくのがわかる。

佐伯は、しばらく言い淀んだが、やがて意を決したように言葉を紡いだ。

まるで、藁に縋る溺れた者のように。

 

「亀が───『私』を食べていくの。助けて」

 

…………ワニガメにでも噛みつかれたのだろうか。

カーテンを閉めていない窓から、容赦のない夏前の日差しが僕の目を刺して、僕に怪訝な顔をすることを強要させる。

その顔を「何言ってんだ、こいつ」を顔で表したのかと勘違いしたと思われる佐伯が、僕に何やら弁明をしてきた。

 

「ち、違うの。これは頭のおかしい人の頭のおかしい言動とかじゃなくてね。えっと……ああもう、説明って苦手……」

 

佐伯が頭を抱えて説明を放棄し出した。

おい、どうすんだよ、これ。

 

 

 

 

 




稚拙な文章ですが、それでも読んでいただけるとありがたいです。
感想や批評などを書いてくれると、さらに喜びます。
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