紛物語   作:空海鼠

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かなみタートル 其ノ貮

 

 

003

 

 

 

 

『それで、どうしたんだい?まさか逃げ帰ってきたわけじゃないんだろう?』

 

電話越しに、気取ったような甲高い声が軽快な口調で問いかけてきた。

僕は今現在、学校と家の中間にある学習塾跡の廃墟の近くにある私有地に、無断で出入りしながら北海道にいる友人と通話をしている。

 

「うんにゃ、逃げてきた」

 

『は?』

 

ううむ、どうやら聞き取れなかったようだ。ならば、もう一度言ってやることも吝かではない。

……吝かって何だろうか。

よく聞く表現でも、その意味を知らないという典型的な日本人であった僕は、こっそりと後で辞書を引く決意をした。

 

「逃げてきた。それはもう『うまく 逃げ切れた !』とかメッセージが背後に出てきてしまうような見事な逃走だった」

 

『…………いや、昴。どう考えても怪異がらみだろう?』

 

怪異。

怪しくて異なるもの。

人間ではなく、動物でもなく、植物でさえなく、鉱物にもなり得ない───所謂、妖怪。

近代化が進み、瞬時に世界中の誰とでも通信ができて、家にいながら世界中のあらゆる情報を入手できるこの現代において、そんなものは馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすのは容易いが、それでも───科学では証明できない、異常がある。

それが───怪異。

 

『助けてやればいいじゃないか。いや、助けないにしても───花崗(みかげ)ちゃんを紹介するくらいのことはできるじゃないか』

 

「他人を、家に入れるのはちょっと……」

 

花崗───妹もおそらく、あまりいい顔をしないだろう。あいつが怪異を調べているのは単なる趣味であり、怪異関係の事柄を解決するためじゃないのだ。

 

『……これを機に、可愛い女の子とお知り合いなろうとか、考えなかったのかい?』

 

「僕がそういうの無理だってことはわかってるだろ?それに、可愛い女の子なら花崗と或羽(わくば)で足りている」

 

『かっ、かかか、かわかわ、可愛いってそんなこと言っても僕は全く、動じない…からね!』

 

……めちゃくちゃ動じてるじゃねえかよ。

或羽一葉(ひとは)は、僕っ娘だ。

現代社会に僕っ娘など生き残っているのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、本人曰く、小学校の頃一人称を僕にするのが流行っていたそうで、それを直していないだけらしい。

或羽の容姿が普通以下であれば痛々しいだけだったが、生憎、美少女だ。

気取ったような喋り方も合わせて大変似合っているのが、容姿における印象格差を痛感させる。

そして、或羽を語るにおいて、抜いてはいけないこと。

狐。

狐に産み落とされた少女。

それが───或羽一葉だ。

 

「きみが褒められ慣れてないのはよくわかったから、とりあえず、深呼吸でもして落ち着け」

 

『ひー…はー…』

 

「テンション高そうな深呼吸だな」

 

『コー…ホー…』

 

「黒っぽい外装を身にまとってそうだな」

 

ボケでやっているのか、素でやっているのか、判別がつけにくい。

 

『……うん、落ち着いた。とにかく、助けを求められたんでしょ?なら、助けないと』

 

「いや、一応弁明はしておくと、話の詳細は聞いておいたんだ」

 

『え?そうなのかい?』

 

意外、と地味に失礼な呟きを漏らす或羽。或羽の中で、僕がどんな奴に思われているのか知りたくなってきた。

 

「当たり前だろ。一応話を聞いていれば、『八方手は尽くしましたけど、どうしようもありませんでした』っていう言い訳が使えるじゃないか」

 

『……うわあ』

 

「おい、やめろ。本気で引くな。大体何で僕が明らかに善人そうな主人公様を助けなきゃいけないんだよ。前提がおかしいだろ。それに僕は一言も了承していないんだ。勝手に依頼されてそれを受けろって言われても僕にはどうしようもないね」

 

『……いや、どうしようもないのはきみだと思うけど……』

 

「それは言わない約束でしょ」

 

『そんな約束はしていない!』

 

「酷いじゃないか、僕との約束を忘れるだなんて。この調子だったら、きみの妹の結婚式が終わってもきみは帰ってこないんじゃないか?」

 

『大丈夫さ、セリヌンティウス。僕は必ず戻ってくる。我が家に』

 

「だそうだ、セリヌンティウス」

 

『きみは一体誰なんだ!?』

 

じゃあ、と電話を一方的に切られ、仕方なく携帯を閉じる。

スマートフォンは使いにくそうだから、僕は今でも携帯だ。スマートフォンがスマートじゃないと思うのは僕だけだろうか。あれは、むしろ太っている。そのことを考慮して、フラットフォンと呼んでいるのは、おそらく、僕以外にも誰かいるだろう。

きっと、そいつは性格悪いだろうけど。

近くに停めてあった自転車に乗り込み、家への道を直進しながら、先刻のやり取りを回想してみた。

 

「───黒い、亀?」

 

僕の反復に、佐伯は短く「うん」と答えると、小さな身振り手振りを交えて話し出した。

 

「初めて亀に会った日は、確か───一ヶ月半前、だったかな。その時はまだ、手のひらよりも小さい、このくらいの大きさしかなかったの」

 

「待てよ」

 

佐伯の話を中断させて、疑問に思ったこと───まあ、当然思うようなことを質問して、話の腰を折る。こう、バキボキッと。

 

「その時はまだ、ってことは、つまりこれから徐々に巨大化していくんだよな?」

 

「小さくなってったら、よりびっくりしたけどね」

 

たはは、とにこやかに微笑み、僕の質問を肯定する。

何というか、その微笑みは、あくまでも僕の主観だけど───気味が、悪かった。

にこやかで、可愛らしいけれど───空っぽで、何にも向けていないような微笑みだった。必死で嫌悪感を隠し、慎重に、言葉を選ぶ。

 

「つまり、その亀が───例えば、きみの『心』を食べてどんどん成長していった───みたいな話かい?」

 

「あは、やっぱり、霞田くんにはわかっちゃうのかなあ。でも、それだけだったら不正解。確かに私の心も食べられてるけど───」

 

佐伯は自嘲気味に笑った。

 

「食べられてるのは、私の『存在』」

 

事態は僕が思っていたよりも、ずっと深刻だった。

 

「最初は『噂話』だったね。これまで、異常とも言っていいほど流れていた、私のあることないことが次々に消えていって、次に、『印象』。私がどんな人間だったかが忘れられていく。そして、『思い出』、『幸せ』、『心』。全部は食い尽くされてないけど、穴ぼこで───欠陥みたいになってるの。それに、『肉体』まで今、食べられようとしている」

 

そう言うと、佐伯は腕を捲り、そこにある黒ずんだ小さな無数の穴を僕に見せてきた。

虚ろで───底の見えない穴だ。

そんな、まっくろくろすけが出てきそうな穴に佐伯が手を入れると、すうっと、本来ならば入らないような深さまで指を入れた。

イメージできない人は、四次元ポケットが腕の穴についているものだと考えていい。

佐伯は指を穴から引き抜き、人形めいた顔で笑う。

 

「亀はね、たまに私の前に現れては、『もっと食わせろ……もっと食わせろ……』って言っては去っていくの。それも、会うたびにどんどん大きくなって」

 

「……亀に出会った、きっかけみたいなものはないのか?」

 

怪異には、一部を除いて、それに相応しい理由が存在するのだ。

怪異はあくまで現象。

無差別に人を襲うような真似はしないはずだ。

 

「…………わからない。『記憶』とかも、一部食べられちゃってるから」

 

それで、僕の名前を思い出せなかったのだろうか。

……単に知らなかっただけ、ということではないだろう。きっと。そう信じたい。

 

「どうせなら、昔の黒歴史とか、そういうものを食べて欲しかったなあ」

 

自分が消えてしまうかどうかの瀬戸際だと言うのに、空虚に笑って冗談を飛ばす佐伯。

やはり───不気味だ。

きっとこういった印象を受けるのも、亀の所為なのだろう。

佐伯はいつも通りに振る舞っているだけで、それに『心』が伴っていないから───『心』を亀が食べてしまったから、そういう印象を受けるのだろう。

佐伯は笑っているような、泣いているような、不思議な表情で、もう一度懇願してきた。

 

「もう、どうすればいいかわからないの。お願い、私を助けて」

 

 

 

 

 

004

 

 

 

 

「どれにする?」

 

「どれにもしない」

 

「誰にする?」

 

「誰にもしない」

 

「救いはあるよ?」

 

「報いもあるだろ」

 

「ずっとこのまま?」

 

「ずっと個のまま」

 

「仲間をつくらず?」

 

「ひとりぼっちで」

 

 

 

 

 

 




設定やら、文章やらが難しく、悪戦苦闘中です。
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