紛物語   作:空海鼠

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かなみタートル 其ノ肆

 

 

006

 

 

 

 

 

「……うわーお」

 

形容のし難い思いを言葉にしようとして、失敗した。

らーらーらー、ららーらー。ことーばにー、できなーいー。

学校で配布されるプリントを参考に、佐伯の家があると思われる場所へと行こうとしたら、巨大な───僕の身長をゆうに超える、巨大で真っ黒な亀がいた。

その亀は佐伯の家の方向から逆方向へとゆっくりと動いている。

歩いている図だけを見ると、ズシンズシンなのに、実際は全く音を立てずに歩いているところを見ると、質量はないのだろうか。

大騒ぎにもなっていないし、僕以外には見えていないのだろう。

佐伯は、亀が現れる度に何かが食べられていくと言っていた。おそらく、さっき『現れた』ばかりなのだろう。

だが、予想よりもずっと大きい。花崗の予想だとあと一週間は保つんじゃないかと言っていたが、それも怪しいところだ。花崗からは『虚亀は大きさに比例して食べる量が増える』と言っていた。

となると、佐伯の残っている部分は、随分と少ないのかもしれない。

 

 

「さて……佐伯探すか。もう消えてたりしたらシャレにもならないけどね」

 

シャレにならないというか、冗談でもない。

首や肩をコキコキと小気味よく鳴らし、調子を整える。

大事なのは、自分を人間だと思わないこと。

自分は特別な存在だと思い込み、

自分は特異な存在だと思い込み、

自分は異常な存在だと思い込み、

自分は異様な存在だと思い込む。

僕は───蜘蛛だ。

僕は手近な家の壁をスパイダーマンのように上り、屋根を飛び移って移動した。

病み蜘蛛を背負う代償の能力、その二だ。

壁を自由に登れ、跳躍能力が著しく上昇する。

……それほど、役に立つとは言い難い能力だ。できることはスパーダーマンごっことかくらいだからな。

屋根から屋根へと飛び移りながら、花崗の言ったことを思い返す。

 

「虚亀は、虚ろ亀。虚ろな亀───空ろな瓶ですよ?いいですか?虚亀は、『中身の希薄な人間が、本心から消えてしまいたいと願うときにのみ現れる怪異』です。だからレアですし、珍しいんです。虚亀に入られるような中身の希薄な人間なんて、そうはいませんしね。空っぽの中身に入って、容器ごと食べてしまうから、虚入亀です。空ろな瓶の中に入る───亀です。虚亀は願いを叶えようとしただけです。ただ、その『消えてしまいたい』と願った記憶も食べてしまったのでしょう」

 

中身が希薄で───空っぽ。

虚ろな───瓶。

だからこそ、佐伯は自分のことを顧みず、常に他人優先で『主人公』をやれていたのかもしれない。

何でも解決してしまえるのは彼女の才能だったのだろうが、だが、誰でも助けようとしたのは、中身が空っぽだから───人間として、あるべき欲や自己愛が足りないから、できていたのかもしれない。

もしくは、自分の価値がわからなくなっていたのかもしれない。

人助けをしないと、自分の価値を証明できない。色んなものが足りなくて、自分が人間であるかが証明できない。そんな思考から人助けをしていたのかもしれない。

身勝手な推測ではあるけれど、あり得ない───とは言えない。

 

「だけど、消えてしまうかもしれないという恐怖は食べられなかった。だから、僕に頼んできた訳か」

 

だから───助けてばかりの主人公が、助けを求めた。

 

「おそらく。でも、虚亀を兄さんがやっつけたとしても、すぐに佐伯さんは中身の希薄な自殺志願者に逆戻りです。このまま死なせてやる───いえ、消えさせてやるのが人情というものではないかと思いますけどね」

 

「…………」

 

「兄さん、どうしますか?佐伯さんに生きる希望も何もなく、自分というものもなく、そんな現実を兄さんの勝手かつ一方的な考えで生きさせて、佐伯さんが長く長く苦しむようにしますか?それとも、このまま一時の恐怖のみで、楽にさせてあげますか?」

 

「……僕は───善人じゃない」

 

そう、僕は善人じゃない。

僕の命を投げ捨てれば、別の誰かの命が助かると言われても、僕はその誰かを見捨てるだろう。踏切の中に誰かがいたとしても、僕は飛び出して助けるなんてことは出来ない。

お金が落ちてあれば迷わず拾うし、積極的に、他人を助けることなんてしない。

僕は、善人じゃない。

だから───

 

「だから、僕以外の人間が楽をするのは───絶対に見過ごせないな」

 

「ふふっ、そう言うと思ってました。それでこそ兄さんです。いいですか?対処法は一度しか言いませんよ?よく聞いて聞き逃さないようにして下さい」

 

脳内であの頃の映像をプレイバックしている内に、佐伯を発見した。

学習塾跡の廃墟がある近くの道をふらふらと歩いていた。歩いていたと言うよりは、動いていたと言った方が正しいかもしれない。

佐伯の目の前にしゅたっと降り立ち、彼女の目を見て驚く。虚亀に食われたとしか思えないような、虚ろな目をしていた。

おそらく、心の大半を食われてしまったのだろう。

というか、右の黒目は実際に食べられてしまったのか、瞳孔が見あたらない。

さらに左腕の大半、右手など、見えている場所でも黒い穴が虫食い穴のように開いている。

佐伯が飾り物としか思えないような目を僕に向けて、どうでもいいように呟く。

 

「あ……樫見(かしみ)……くん」

 

どうやら、記憶も大分食べられているようだった。

きちんと意識があるかすらも危うい。……意識まで食べられてるんじゃないだろうな。

 

「樫見くん……もしかして、空から落ちてくるようなヒロイン……?」

 

「切羽詰まった状況でボケるな」

 

消えそうな声で言われても、反応に困る。何がそこまで佐伯を駆り立てるというんだ。

それに、こっちの声もほぼ聞こえてないように思える。鼓膜でも食われたのだろうか。

何をするわけでもなく、ただそこにいるだけだった。

普段の佐伯の姿からは想像もできない。佐伯の信者にこれを見せてやりたいところだ。

さて。

どうせほぼ聞いていないだろうと思うけど、宣言をする。

 

「佐伯、いいか。僕は極めて自分本位かつ自己中心的な理由できみを助ける。だから、きみも自分本位かつ自己中心的に生きてみろ。そして、できるだけ長く。生きている間ずっと───死ぬまで、苦しみ続けろ。この僕が助けるんだ。僕は善人じゃないから、それを代償としろ」

 

「………………助…け……?」

 

意外にも、今にも消え入りそうな声で、返答があった。

返答があったなら、それで十分。

契約、成立だ。

佐伯は誰でも救ってしまう。

誰もが納得できるやり方で、誰もが幸せになれる方法を模索していた。

だが、僕は違う。

後味はどうやったって悪くなる。

誰もが不幸になってしまうかもしれない。

でも、それでいい。

手段を選ぶ必要性はない。誰かが不幸になったって構わない。僕以外の誰もが納得できなくても問題ない。

だから救う対象が不幸になっても、知ったこっちゃない。

僕が誰に嫌われようと、どうでも───いいのだ。

 

「虚亀は、どんなに食べても満たされない亀の怪異なのです。だから、条件が揃えば誰でも食べるし、どこにだって現れます。でもここで重要なのは、虚亀は、最初は小さいということです。つまり───」

 

花崗の言葉を思い出し、言葉を紡ぐ。

 

「満たされないのは───虚亀が移動するときに、全部吐きだしてしまうからだ」

 

つまり、まだ完全に消えていない内に虚亀を移動させればいい。

佐伯を抱きかかえて───思い直して、背中に背負う。

そしてそのまま全力ダッシュだ。だが、そんな筋力を酷使するような運動は文系の僕には向かず、百メートルほどで息も切れ切れになってくる。

歩けばよかった。

何で僕は走ってしまったんだ。馬鹿じゃないのか。イエス、馬鹿です。

無意味な行動をしてしまったことを後悔しながらのっそりよたよたと歩いていく。

突然、ブィーンと躾のなっている携帯電話が控えめに自己主張をしてきた。

僕の学校の保険教諭、春上明莉(はるかみめいり)からだ。

片腕で佐伯を支えて、よろよろしながら通話ボタンを押す。

 

『もしもし、私メリーさん。今、迷子な』

 

プッ。ツー、ツー、ツー。

切れた。

何をしたかったのかがさっぱりわからなかったが、僕がキレる前に切れて、心から良かったと思った。

せっかくのキャラ付けが台無しになるところだった。

改めて考えると、家までは一キロくらいだろうか、遠い。

家に着くまでに虚亀が佐伯を食い尽くさなきゃいいけど、そういう時に限って運が悪いのが僕だ。油断はできない。

───と。

何の変哲もない道に、そいつはいた。

軽薄そうな、おっさんだった。

アロハシャツを身に纏い、爽やかすぎる気持ちの悪い笑みを浮かべて。

 

「はっはー。こんなところで妙なものを背負っちゃってさ、元気がいいなあ。───何かいいことでもあったのかい?」

 

彼は、僕の背後を見つめて、そう言った。

 

 

 

 

 

 




原作キャラはちょいちょい登場させていく予定です。
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