紛物語   作:空海鼠

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切りどころが見つからず、長々となってしまいました。


かなみタートル 其ノ伍

 

 

 

007

 

 

 

 

「なるほど、なるほど。つまり───霞田くんは、その虚亀のお嬢ちゃんが一人で助かる手伝いをしたいわけだね」

 

そのおっさんは、忍野メメと名乗った。いや、勿論こんな胡散臭さが爆発しているおっさんの言うことなので、偽名ということも十分に考えられるのだが、一々疑っていたらきりがないので一応、信用しておくことにする。

 

「ん、まあ、そんなところかな。少し言い回しが気になるけど、その辺はどうでもいいだろうし」

 

「人は人を助けないよ、人は自分で勝手に助かるだけだからね」

 

忍野は小汚いサイケデリックなアロハ服を軽く払うと、「あ、そこ段差になってるから気をつけてね」と注意を促す。ただ、その注意はもう少し早く言ってくれたら僕が躓いて転ぶこともなかったのではないかと思うと、些か残念に思えて仕方がない。

忍野メメ。

怪異の専門家。

自称、バランサー。

萌えキャラみたいな名前をしておいて、その実態は小汚いおっさん。

僕が知っている情報は、今のところこれくらいだ。

階段を登りながら、忍野が話しかけてきた。

 

「しかし───霞田くん」

 

「ん?」

 

「わかっていないようなら言っておくけど───このお嬢ちゃんは無意味に、理不尽に、亀に入られた訳じゃあないんだよ。怪異には、それに相応しい理由があるのさ。───と言っても、霞田くんの蜘蛛は理由もなく背負わされるものだけどね」

 

「消えたいと思っている、だろ」

 

「へぇ」

 

忍野は僕は答えたのが意外だったのか、少し目を広げて驚いて見せた。どことなく、わざとらしい動作だった。実際わざとだったのか、忍野はすぐに見透かしたような気味の悪い笑みを浮かべると、

 

「いや、わかってるならいいんだ。それなら僕から言うことはないよ。僕からは何も、言うべきじゃないね。霞田くんはお人好しで目に付く困っている人を全員助けるようなタイプにも見えないし、それが自己満足とか偽善であることも───よく知ってるだろうしね」

 

と言った。よけいなお世話だ、という感想が浮かんだが、手伝ってもらう立場としては文句をぶつくさ言えるようなものじゃないだろう。

 

「……ん?」

 

不意に、間の抜けた声が口から漏れた。

教室の隅の方に、金髪で、ゴーグルを被った幼女が体育座りをしていたのだ。誰だってそんな反応をしてしまうだろう。

幼女は拗ねたような顔をしていて、『話しかけるな』と全身の雰囲気を使って、器用に表現していた。忍野が誘拐でもしてきたのだろうか。

僕の疑惑を悟ってか否か、忍野が言葉を発する。

 

「ああ、その娘なら気にしなくていいよ。ただの吸血鬼の絞りかすさ」

 

全くと言っていいほど、気にしなくていい要素が見あたらなかった。

質問や詰問をしたい衝動に駆られるが、僕はそこまで野次馬根性が強くない。

謎の金髪美幼女吸血鬼(絞りかす)には後ろ髪を引かれる思いだが、今はそんな場合でもないだろう。

しかし、さっきから描写していなかったが、人一人背負いながら階段を登ってここまで来るのが理系の僕にはキツいことは言うまでもない。あと、さっきは文系だとか言っていたとかそういうツッコミは受け付けていない。

 

「さっきは文系だとか言ってなかったかい?」

 

「受け付けてないと言ったはずだ」

 

いや、言ってないけど。

というか、人の心を勝手に読むな。

 

「甘いね霞田くん。餡蜜に砂糖を投入して、それからメープルシロップと練乳をかけて水飴と蜂蜜をぶちまけたぐらい甘い」

 

「そりゃ甘そうだ」

 

「えーと……、何の話だっけ?そうそう、甘いものだよね。僕としてはポン・デ・リングの甘さがちょうどいいくらいだと思ってるけど、霞田くんはどうだい?」

 

「待て、そのまま甘いもの談義を続行させようとするな。それに、ミスドではオールドファッションが最強だ」

 

「オールドファッション派かい、中々珍しいね。僕の知り合いの中では見かけなかったよ」

 

それは単に忍野の知り合いが少ないだけではないだろうか。あんなにおいしいもの、他にはない。

 

「オールドファッションの亜種って少ないんだよな。ポン・デ・リングはあんなに亜種があるのに、不公平だと思わないか」

 

「人気の差じゃないかな。それよりも、話は変わるけど───」

 

「何だよ」

 

「ステルスマーケティングって知っているかい?」

 

「何一つ話が変わってねえよ。あと、僕らの日常会話を企業の策略にしようとするな」

 

それに、ステルスと言っていいほど隠れてもいない。

ダイレクトマーケティングだ。

その後も佐伯の話題を放ってドーナツ談義に花を咲かせること十数分。ようやく本題に戻る。

僕が花崗から受けた説明を、所々端折って説明する。

そして、解決策も。

 

「それで、解決策だけど───一応、どうにかする方法は見つけてるんだ。蜘蛛を使えばなんとかなる」

 

僕が花崗に教えてもらった方法は、とても簡単なものだった。

病み蜘蛛の能力を使う。

病み蜘蛛を背負った者は、指先や歯から、毒を分泌することができるのだ。

毒───相手を自分と同じ状況にする毒を。

自分の傷を相手にも背負わせ、

自分の心を相手にも背負わせ、

自分の蜘蛛を相手にも背負わせる。

どうしようもないような───最悪の毒だ。

だが、毒も使いようによっては薬にもなる。相手に、劣化とはいえ蜘蛛を背負わせるということは、蜘蛛の能力も使うことができるのだ。

蜘蛛は、怪異からの影響を受けない。

そして、虚亀は移動するときに全てを吐き出す。

幸い、蜘蛛から生まれた子蜘蛛は、若干の後遺症が残るとはいえ、本体とは違いお祓いが可能らしい。

だから、花崗曰く、背負わせて祓えば、亀は勝手に出て行く。らしい。

 

「はっはー。確かに、その方法ならなんとかなるかもしれないね。でも、その方法を使うことに、お嬢ちゃんは同意したのかい?」

 

「しているわけがないだろ。佐伯はみての通りだし、そもそもこの方法は妹が提案したもので、実行しようとしたときにはもう佐伯は『心』の大部分を食べられてたんだぜ?」

 

「ん?」

 

忍野は素っ頓狂な声を上げた。『妹』という単語に反応したのだろうか。このおっさんロリコンっぽいし。

 

「ん。んん。ああ、そういうこともあるのか。なるほどなるほど」

 

忍野は相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべて何度か頷く。

 

「勝手に一人で納得するなよ。ちゃんと僕にも話せ」

 

「ああ、そうだね───うん。きちんと、最初から話した方がいいのかもしれないね。どうやら、このお嬢ちゃんが消えるまでには、まだ二、三日の猶予があるみたいだし。霞田くんの妹ちゃんは一週間って言ってたっけ?やっぱり話を聞いただけじゃあ、正確な判断はできないからね。仕方ないことだよ。さて、最初から話していこうか」

 

その前に。と忍野は前置きをして言う。

 

「───いつまで狸寝入りをしているつもりだい?お嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

008

 

 

 

 

「やっぱり───気づかれてましたか」

 

僕の背中から降りた佐伯哉美は、そう言った。

どういうことだ。

佐伯は虚亀に『自分』を食われて、会話をすることもままならなかったのではないのか。

佐伯の右目や左腕などを見て、亀に食べられた穴があるのを確認する。どうやら───亀が出て行ったわけではなさそうだ。

 

「えーと、霞田くん、だっけ。ありがとう、私を助けようとしてくれて」

 

その言葉には、空虚さも、偽物臭さも、微塵もしなかった。とても───空っぽの少女の言葉には聞こえない。

僕の名前がうろ覚えなのはやはり、先ほどの忍野との会話を聞いていて覚えたからだろうか。『記憶』を食われているのは確かだろう。

 

「おい、忍野。どういうことだよ。僕にもわかるように説明してくれ。何が何だかさっぱりだ」

 

「虚亀」

 

忍野は僕の疑問を完全に無視する方向のようで、続ける。

 

「北陸の方での民間伝承だね。別名はさっき霞田くんが説明してくれたように、虚ろ亀、虚入亀。それに、空亀(からがめ)ってのもあるね。内容も、地方によって多少違いはあるけど、大筋は大体一緒だ。心を持たない者の中に入って、その者の『消えたい』という願いを叶えるために存在を食らう───といったところかな。一部の地域では、何か一つの願い事を叶える代わりに存在を食らう───というのがあったけど、その話のオチも結局『消えたい』で終わったわけだしね」

 

「……願い事の代わりに存在を、って何だか悪魔みたいだな」

 

「いや、悪魔とは大分違うよ。その話の中でも、亀が入るのは願望も自己も全部希薄な人間だからね。二択を迫るのさ。自己を手に入れて恐怖を抱きながら消えるか、何もしないで恐怖とは無縁で消えるか。みたいにね」

 

悪魔みたい、と言ったのは訂正しよう。

まるっきり悪魔の所業だ。

 

「でも、どの伝承にも、『心』を食われるなんて記述はないんだ。みんな───恐怖することもなく、安堵して消えていく」

 

忍野は佐伯を一瞥して、格好つけたようにニヤリと笑った。

 

「霞田くんの妹ちゃんも、素人にしてはよく調べたけどね、やっぱり素人は素人だ。虚亀が『心』を食うことなんてないんだよ。ないものは、食えないじゃないか」

 

「じゃあ、何で佐伯は───」

 

「それについては、お嬢ちゃんから説明してもらおうよ」

 

僕の言葉を遮り、忍野が佐伯の方を見ながら言う。

人と話すときは相手の方を見ろと小学校で教わらなかったのだろうか。

佐伯はふっ、と笑うように息をついて、話し始めた。

 

「初めは、単なる違和感だったの」

 

どこか、自嘲するように。

どこか、懺悔するように。

 

「物心ついた頃から、私は他の人とは違うなって思ってて、でもそれが嫌で、周りの真似ばっかりしてたの。それで───はっきりとわかったのは、お母さんが死んだとき。周りではたくさんの人が泣いてた。でも、私は泣いてなかった。泣けなかったし、何でみんなが泣いてるのかもわからなかったの」

 

話す佐伯の表情を見ると、ぞっとするくらいの朗らかな表情だった。

口調は諦観の入り交じったものだというのに、顔だけは───笑っていた。

気持ちが悪い。

佐伯に本心からの嫌悪感を覚えたのは、これで二度目だった。

 

「それで、私は自分の欠陥がわかった。忍野さんや霞田くんが話してた言葉を使うとすると、中身が希薄ってことになるのかな。私は───それがたまらなく、気持ち悪かった。あは。おかしいよね、感情は希薄なくせに嫌悪感を抱くなんて」

 

世間話でもするかのような様子の佐伯。

笑いながら話を続ける彼女は───笑っているのに、どこか物悲しげに見えた。

これは、単なる感傷だろうか。

他人の心の内なんてわからないけど───受け取り方は自由だと思うのは、僕だけなのだろうか。

 

「私はね。それからお話の中に出てくるような『善人』として振る舞った。みんなから嫌われたくないっていうのが三割くらいかな?あとの七割は、自分が普段から人助けをしていればみんなも私が困っているときに助けてくれるかなーっていう打算。でも、少し疲れちゃってね」

 

そんなときに、あの黒い亀が現れたそうだ。

言葉にはしなくとも、心から願っていたそうだ。

消えてしまいたいと。

僕に助けを求めたのは、『実験』だそうだ。自分が必要とされているのか、自分を助けてくれるのかを───確かめたかったらしい。

 

「……僕は最初は助ける気なんてなかったけどね」

 

『主人公』なんて助けたくなかった。

 

「それでも、助けてくれるんでしょ?」

 

僕が佐伯を助けるのに理由があるわけではない。

佐伯の哀れな境遇に同情したり、

立場から同族意識が芽生えたり、

助けを求められたからという理由だったり、

空っぽな少女が心配になったりしたわけではない。

こんなのは単なる───嫌がらせだ。

 

「お嬢ちゃん」

 

忍野が見透かしたように笑って言った。

 

「演技なんてしなくても───きっと助けなんか求めなくても、霞田くんは助けてくれたさ。それこそ、嫌がらせみたいにね」

 

 

 

 

 

009

 

 

 

 

後日談というか、今回のオチ。

結論から先に書くと、佐伯から亀は出て行き、蜘蛛も祓われた。

その結果、佐伯は『自分』を取り戻し、学年の佐伯哉美に関する噂は復活した。と、ここまではいい話。

問題は蜘蛛の残滓だった。

今回の件が一段落してまた数日後、佐伯に関する噂にこんなものができた。

『佐伯哉美はその人物の魂と引き替えに人助けをする』

何とも馬鹿馬鹿しい噂話なのだが、これまで絶えずいい噂しか流れなかった佐伯哉美としては異常である。

悪意のある噂。

害意のある噂。

そんな噂話が、学校に友達が誰一人としていない僕の耳にも入ってくるようになってきた。蜘蛛の毒によって増やした蜘蛛───子蜘蛛は、お祓いは可能だが後遺症として、蜘蛛までとはいかないが、悪意を集めやすくなるのだ。

つまり、僕がしたことは、長年『主人公』として振る舞ってきた佐伯の努力を無に返すようなことだった。佐伯にはこのことは言っていないし、責められても仕方がないと言えよう。

嫌がらせのような救済。

花崗はこの方法を提示して、そう言った。

それはそうだろう。僕が今回したことと言えば、佐伯の『消えたい』という願いを邪魔して、佐伯の長年の努力を台無しにしただけなのだから。

忍野は専門家として協力したのだから、対価を要求してくるかと思ったら、別にしてこなかった。普段何で食っているのだろうか。今度、ミスタードーナツの詰め合わせでも持って行ってやろう。オールドファッション多めで。

 

「あのまま彼女も仲間にしてしまえばよかったのに」

 

頭の中に声が響く。おそらく、僕が怪異というものを知らなければ、心理的な外傷や不特定多数の人間に嫌われたことが原因の幻聴と考えていただろう。

病み蜘蛛。

僕に取り憑いた怪異にして、狂気の体現。

常に僕の頭の中で甘言を吐き続ける、いわば『頭の中の悪魔』だ。

 

「しゃらっぷ。僕が仲間を増やすのはゲームの中だけだ」

 

「あら、ゲームでも大体一人じゃないかしら」

 

「データの中に百五十一匹の仲間がいたりするんだよ」

 

これを他人が見たら、いきなり独り言を言い出した危ない人に見えるだろうが、幸いここは、放課後で部活動時間真っ只中の廊下である。誰もいない。

どうして帰宅部のエースと呼ばれたこの僕が放課後も学校にいるのかというと、これまた、佐伯から呼び出しを受けたからだ。多分、後遺症のことを伝えなかったことの文句でも飛び出すのだろう。甘んじて受け入れる準備はできている。

佐伯に相談を受けたときの焼き直しのような夕焼けを見つめながら時間を確認する。そろそろだろうか。

教室に入ると、既に佐伯が待っていた。

目は透き通るように光っており、セミロングの髪は斜陽を反射して輝いている。以前佐伯を『作り物めいた』と表したことがあるが、この様子は、まるで一枚の絵画のようにも思えた。思わず見とれてしまったが、そのことを隠して佐伯の正面へと行く。

佐伯は僕の顔を見ると、軽く微笑んで口を開く。

 

「ばーか」

 

それだけ言い残すと、佐伯はさっさと扉を開けて出て行ってしまった。

教室に一人残されて、眩しい西日に目を細める。

 

「……佐伯なりの、仕返しのつもりなのかねえ……」

 

佐伯のいた場所を見ると、とても精巧に作られた、亀の折り紙があった。

黒々とした───亀だった。

亀はしばらくこちらを見て止まっていたが、やがて、いつの間にか開いていた窓からの風に吹かれて飛ばされていった。亀が飛ばされたあとには、小さく文字が書いてあった。

 

「……ははっ……」

 

思わず、笑ってしまった。

嫌がらせのつもりかよ、この野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当……化物語って難しいですね。
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