紛物語 作:空海鼠
004
「正直、特定しきれない、というのが感想ですかねえ」
霞田花崗は顔に表情を貼り付けずに、そう言った。
忍野メメのように怪異の専門家ではなくとも、その悪趣味により怪異のことを独自に調べている花崗に、放課後見たドッペルゲンガーを話してみたのだが、芳しい反応は得られなかった。
「だってほら、古今東西人に化ける怪異なんて、それこそ腐るほどいますし、黒い影が化ける話にしたってまだ情報が少なすぎます」
「最近は個人情報の保護が著しいから仕方がないと考えてくれよ」
「使えませんね」
端的に僕を罵倒してくる花崗。彼女は自称ブラコンなのだが───正直、僕には彼女がブラコンだとは到底思えない。蜘蛛のこともあるし───僕のことが大嫌いだと言われた方が、まだ真実味があるくらいだ。
「まあ、いいでしょう。兄さんが使えないのは、いつものことですし。使えないのも含めて、私の大好きな兄さんですからね」
能面を無理矢理笑わせたかのように笑う花崗。表情に乏しいというわけではないのだけれど、何故か機械的と言うか───人間的でない印象を受ける。
僕の足りない頭で表現するとするならば───爬虫類が人間の形をとった、とでも表現すべきだろうか。あと、目が爬虫類っぽい。
我が妹ながら、正直、不気味でさえある。
「ところで兄さん」
「ん?」
「窓から見ていたんですけど、何で兄さんは佐伯さんと一緒にあははうふふとラブコメ風味な隠し味を入れつつ下校してきたんですか?馬鹿なんですか?死ね」
相変わらず、回りくどい日本語だ。
ラブコメ風味な隠し味って……。
「命令形かよ……。せめて疑問系にしてくれ」
「何で死なないんですか?」
「生きてるからだよ」
僕が思っていた用法と違うのだけれど、そこまでして彼女は僕を亡き者にしたいのだろうか。これからは服の下にジャンプ等の雑誌を着込まなくてはいけないかもしれないな。……まあ───花崗にそんな陳腐な手が通用するとは思えないけど。
「仕方ないですね、ここは私が誘惑をすることで兄さんを悪の道から引き戻しましょう」
「世間的に見るとそっちの方が悪の道っぽいんだけど」
花崗は僕の言葉を鼓膜で反射しているのか、耳を傾けることは一切無く、
「では兄さん。あそこにベッドがありますから、……あ、シャワー浴びます?いや、その前にゴムを買ってくる……必要はありませんね、ええ。ヤれば出来ると言いますが、別に出来ても問題は無いわけですし……」
と、自己完結以外の意味を含まない言葉を吐き出した。
というか、前言を撤回して彼女は本当にブラコンでしたーと言うべきか、これは僕に対する嫌がらせなのだと初志貫徹を貫き通すべきか。女心を解さない僕には、花崗の心は複雑怪奇すぎて、末端さえも理解できそうにない。
理解したらそれはそれで、狂気に走りそうな擬似的邪神構造ではありそうだけれど。
「では、兄さん。ヤりましょうか」
「しねえよ。どこがどうなって『では』になったのか今の僕には理解不能過ぎて、今この瞬間どこかの塔に雷でも落ちたんじゃないかと疑いそうになってきたよ」
「む、私と兄さんの間でリトルバビロニアですか。言葉が通じないなら本能で語り合うしかないですね。では、ヤりましょうか」
「拳で語り合うという手もあると思うよ。本能に訴えるのはまだ早」
殴られた。
手加減無しで───思いっきりぶん殴られた。
綺麗に体重の乗った、いい一撃だった。
一瞬意識が落ちかけた僕は部屋の隅へと体を飛ばして、壁に後頭部を強打した。殴られた頬がじんわりと熱くなり、痛む。口内に血の味が広がって、僕に鉄分摂取の大切さを教えてくれる。どうやら、頬の内側を切ったようだ。
脳が揺れたのか、未だにぐわんぐわんと揺れている視界の中に、花崗の姿がラスボスっぽく映る。逆光だからかな。
「語り合った結果、やはり本能に任せるのが一番いいと判断が出ました」
「……今のこれは語り合ってなんかいない。一方的な意志による暴力だ」
喋る度に頬に激痛が走る。どんな力で殴ったのだろうか。花崗の腕の細さは僕とどっこいどっこいのはずなんだけど、明らかにパンチ力は僕よりも強いぞ、これ。
「やはり拳では上手く伝わりませんね。では、ヤりましょうか」
「もうお前それしか言えねえのかよ」
「……え?何ですって?兄さんの言ってる言葉の意味がわかりません。ただいまリトルバビロニア中ですので」
「帰りたい。今家にいるはずなのに、もの凄く帰りたい」
「おかえりなさい。私にしますか?私にしますか?それともわ・た・し?」
「よしきみの言っている意味がわかった殴って欲しいんだな!」
僕は本当に花崗を倒しきることが出来るのか、戦いの行方は次回へ続く───!
005
「続かないわよ」
「いきなり何言ってるんだ?」
006
「げ」
「人の顔を見て『げ』とは何だ」
本を買いに行こうと外を出歩いていたら、知り合いほどの関係ではないが、ギリギリクラスメイトと表記していいくらいの知人に出会った。
確か名前は───
ふわりとしたショートボブの亜麻色の髪といい、目立たないながらも綺麗と言うよりは可愛いと言った方が正しい整った顔立ちといい、クラスの男子の中でも『付き合いたい』などの声をよく聞く、地味にモテている女子生徒だ。
「何だ」などとは言ってみたが、出会い頭に『げ』などと言われたのは、実に基本的な反応だ。
基本的というか、一般的というか。
蜘蛛を背負っている身としては───日常茶飯事だ。
というか、蜘蛛を背負っていようと普通に接してくる、花崗や佐伯、或羽や春上姉さんの方がおかしいのだが───まあ、僕が背負っている状態の蜘蛛の効力は比較的小さいらしいし、あくまで『印象が悪い』とか『好感度が上がりにくい』くらいの欠点しか無いらしいから、異常と言うほどのことでもないのかもしれない。
工藤は僕のことを、怯えが混じった目で見て硬直している。そして、彼女が僕の行く道を塞いでいるので、僕も硬直を強制される。
「あの」「ひっ!?」「そこまで怖がられると、さすがの僕も心が折れかねないぜ」
まあ、折れたとしても、僕の心はアンパンマンの頭よりも換えが効くので、問題はないのだが。
「落ち着いてくれよ。別に取って食ったりしないから」
「で、でも……目ぇ合わせちゃったし、あたしはここで純血を失うことに───」
「なんねえよ。いくらなんでも噂を真に受けすぎだろう」
何というか。
彼女が純粋なのか───僕が悪人っぽいのか。
判断に困る。
僕が軽く溜息をつくと、工藤は「ひっ」と身を縮込ませる。そんなに僕は人相が悪いのだろうかと少し考えてしまった。
「特に危害を加える気はないよ。みんなには案外知られていないけど、僕は人畜無害を絵に描いてそれを消しゴムで消すくらいには安全なんだ」
「……本当に?」
工藤が、僕の言った内容を深く考えずに安全確認を行う。
「本当に」
僕の言った具体例は、もう少し具体的にした方がいいのかもしれない。
僕の返答に警戒を多少解いてくれたのか、工藤が体から力を抜く。
「……はあ、良かったぁ。助かったぁ」
……こういう時にこそ、言うべきなのだろうか。
『きみが一人で助かっただけだよ』。
「ふむ、とりあえず僕が進んできみがどけるか、きみが進んで僕がどけるか、はたまたきみと僕が正面衝突してごっつんこからの僕がきみできみが僕な
「えっと……確かに
反応するのはそこなのだろうか。
「サイエンスは『魂』とか概念的なもの認めなさそうだしな」
「あ、でも『魂』の存在を認めている科学機関があるって」
「ソースは」
「目玉焼きに」
僕は醤油派だ。
いや、そんなことはどうだっていい。ここで問題なのは、彼女がどかなかったら僕は本を買えないという一点にのみ集約される。
本が買えないのは大問題だ。
故に、僕は今すぐ本を買いに行かなくてはならない。
「だから本が必要なんだ、どいてくれ」
「…………あれ、今のどこが順接なのか、さっぱりわからない?あたしってそんなに学力低かったっけ?」
「世の中は理不尽なのさ」
「会話が理不尽なのは間違ってると思うけど」
「ドッヂボールが苦手ならセパタクローでもするかい?僕がネットできみがコートだ」
「せめてボールを用意しようよ!?競技にもなってないよ!」
「言葉を蹴飛ばすとか、どうやるのかわかんないしね。蹴飛ばすのは人類共通の友人と空き缶だけで十分だ」
そう言いつつも、工藤が進んでくれないかなあと身を狭い道の端に寄せる。それでも工藤は進まず、相変わらず道の真ん中を陣取って動こうとしない。尊敬する人は武田信玄とか言ってもおかしくなさそうだ。
動かざること山のごとし。
山ならトンネルを掘ればいいじゃない!
下を潜れと?おまわりさんの仕事を増やすつもりか!
おまわりさんこっちに道を塞いでる人がいます。
「……自分で考えておいて何だか、何だかなぁ……」
本当に───何だかだ。
自己完結型の会話を自分の中でやるのって難しい。
工藤は僕の微妙な言動に、少々体をビクッと(まだ僕を警戒しているらしい)させた後、自分の中の思考を纏めるように、独り言に近い言葉を発した。
「……?えーっと、なんとなく怖いし、何か不快だから敬遠してたけど、悪い人じゃないのかねえ?何か不快だけど」
何か不快って。
蜘蛛のせいなんだけどさ。
「そのとーりッス。僕は何か不快だから敬遠される感じだけど、悪い人という評価を頂いたことはないッス」
卑怯者、嘘つき、クズ、外道などの評価はよく頂いているがな。あらやだ目から心の汗がじわりたらりと滲み寄ってくる。
「だからとりあえず、悪人ではない僕に本を買いに行かせてくれ」
「んー……、不快だけど、もう少し話していたい感じかなー?何というか、臭いとわかっててもくさやの匂いを嗅ぎたくなる感じ?」
僕はならないのだが、それは一般的に正しいのだろうか。
「あー、僕ももう少し話していたいんだけど、膝に矢を受けてしまってな」
僕が適当に返すと工藤は、
「そう、それなら仕方がないね」
と言って、自分の体を道の左側にどけた。
やはり不快感の力ってすげーなようで、僕とはそれほど話を続けたいとは思っていなかったようである。
まあ、それも仕方なし。
それが普通。当たり前。
「あ………………?」
と、不意に。
工藤が信じられないようなものを見る目で僕を見た。
いや違う。
僕の後ろの何かを見た。
瞳の色は驚愕から恐怖へと移行している。
つられて、後ろを振り向く。
そこにあったのは───
「「…………僕?」」
僕の姿に驚く、
オリキャラ増やすぜ、どんどん増やすぜ!