鬼滅の刃~胡蝶家の鬼~   作:くずたまご

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第11話 怯まず進め

 ――緊急の鎹鴉がやってきたのは、日没のすぐ後だった。

 

 

「鬼達ガ複数ノ集落ヲ襲撃シテイルゥ! 至急、救援ヲ求ムゥ! カァァッ!」

 

 

 カナエと共に巡回に出かけようとした弦司達の元に、その知らせは届けられた。

 鬼の複数同時出現。通常の巡回では手が足りなくなり、至急でカナエ、しのぶ、弦司の三名の救援を求められた。

 弦司達が請け負うのは、五カ所。

 すぐに弦司達は集合すると、駆けながら話し合う。

 

 

「罠の可能性は?」

「関係ありません。全ての集落を救いに向かいます」

 

 

 弦司の質問に、カナエは間髪入れずに答える。

 カナエが続ける。

 

 

「最も遠い集落は、速度と体力のある弦司さんが向かって。一番近い集落はしのぶに任せるわ。救援後は随時連絡を取り合って、合流を目指しましょう」

 

 

 弦司の受け持ちが一。

 しのぶも一。

 そうなると、残る三つは――。

 

 

「残りは私が行く……また会いましょう」

 

 

 言うが早いか、カナエは一瞬で風となった。本当に足が速い。

 とはいえ、弦司もこの数カ月の間、順調に身体能力は上がっていた。理由は分かってはいないが、有用なのは確かだ。単純な速度は、おそらくカナエより速いだろう。

 

 

「不破さん、気を付けて」

「ああ。しのぶ、生きてまた会おう」

「……はい」

 

 

 弦司はしのぶと別れると、全力で走った。先導していた鎹鴉が遅れてしまうほど、懸命に走った。

 緊張はあった。背負った日輪刀(散弾銃)。そして、鬼殺隊の隊服。正式な鬼殺隊隊士としての初任務に加え、初の単独任務。それでも、弦司は足を鈍らせる事はない。

 襲撃があってからの連絡だ。今、この瞬間。人は鬼に殺されている。新たに不幸が生まれている。それを一つでも減らすため、弦司は全力で駆け抜けた。

 辿り着いた集落は、血の匂いでむせ返っていた。惨状に空腹を覚える己が憎かったが……今、()()()()()()()()()()()()()()

 転がった死体は、誰も彼も表情を絶望と苦痛に歪めていた。それもそのはず、首には痛々しい()のような跡がしっかり刻まれていた。窒息死だ。最後まで苦しかったのだろう、顔を始め、穴という穴から体液が溢れ出している。これを仕出かした鬼は、命だけではない……人の尊厳まで奪っている!

 あまりの凄惨な光景に、怒りに視界が真っ赤に染まる。誰がやったのだ。叫びたかった。それでも面覆いの下で、歯軋りして耐えた。己の仕事は、怒りの発散ではない。この無慈悲を、ここで止める事だ。

 鬼の感覚を最大限に広げる。この体が未だ()()だと認識する動くものはあるか。

 すぐに見つかった。人数の詳細まで分からない。さらに、近くに()()と思われる気配を、はっきりと感じ取った。

 方向を定め駆けると同時に、悲鳴が上がる。間に合わなかった。だが、諦めてはならない。諦める理由にはならない。そこに悪鬼がいるなら、滅殺するまで終わらない。

 すぐに見つけた。集落の外れ。生きているのは、たったの四名。年嵩の少年が、三人の少女を庇うように立っている。

 そして、鬼。毛髪のない頭と、恐ろしく細身の体をした、袴だけを履いた男だった。

 鬼から何かが高まる気配を感じる。血鬼術を発動するつもりか。散弾銃では距離が有りすぎる。

 

 

「待て!」

 

 

 弦司は声を上げて、鬼の気を引いた。鬼の落ち窪んだ眼が弦司を捉え、()()()驚愕に見開かれる。その隙に、弦司は一気に距離を詰めた。

 拳を振りかぶる。手には散弾銃と共に作成を依頼した、特製の籠手。頑丈さと重さに特化した、まさに鬼専用の武具だった。

 弦司は無遠慮に鬼を殴りつけた。弦司の膂力と籠手の頑健さにものを言わせた殴打。鬼は咄嗟に腕で防御したものの、弦司はその腕ごと骨をバラバラにへし折りながら、鬼を吹き飛ばした。

 

 

「隠れろ!」

 

 

 弦司はそれだけ叫ぶと、再び鬼へ向けて殴りかかる。相手は血鬼術を使える可能性がある。使う暇を与えない。近距離戦闘に弦司は持ち込むつもりだった。

 

 

「待――」

 

 

 鬼が何か言う前に、顔面を拳で打ち抜く。顎が丸々飛んでいき、首の骨が折れた。弦司はそのまま鬼の腹を蹴り飛ばし、地面に転がす。

 

 

(とった――っ!?)

 

 

 そのまま散弾銃を引き抜こうとし、その中途、突如として弦司の足が引かれる。何が、という暇もなく、弦司は足を引っ張られ振り回された。

 

 

「ガッ!?」

 

 

 そのままの勢いで地面に叩きつけられる。さらに二回、三回、地面に叩きつけられて、ようやく足から何かが離れた。

 全身が痛い。体の至る所で骨折しているのだろう。それでも、立てるし拳は握れる。背中にある散弾銃は、あの衝撃でも歪んだ様子もない。まだ戦える。

 面覆いの中で血を吐き出しながら立ち上がる。

 鬼は顔も腕も再生を終えていた。そして、両腕にはそれぞれ縄が握られていた。これが鬼――いや、縄鬼の血鬼術で人々を殺めた武器であろうか。

 何にせよ、弦司の当初の予定は崩れた。弦司が頭を巡らせながら拳を構えると、ぎょろぎょろと縄鬼の落ち窪んだ眼が弦司を見据える。

 

 

「お前、鬼だなぁ」

「だったらどうした」

「そうか、お前が()()()()()()()()かぁ」

 

 

 縄鬼の口元が邪悪に歪む。なるべく素性を隠して戦ってはいたが、やはり弦司の情報を鬼達は共有していたようだ。それに縄鬼の言葉を聞く限り、それだけではないような気がする。

 弦司は敢えて敵の話に乗り、軽口をたたく。

 

 

「何だ? ご褒美に飯でも奢ってくれるのか? あの方もお優しい所があるな」

「馬鹿を言っちゃいけないよぉ。あの方はお怒りだぁ。心底お怒りだぁ」

「おいおい、再放流しておきながら、自由にしたら怒るってやめてくれよ。で、そのお怒りを鎮める方法はあるのか?」

「無理無理。あのお方はお前を許すつもりはないぃ。だが、あの方の前にお前を連れて行けば、お喜びにはなられるぅ。なあお前……俺に縛られろぉ!」

「っ!?」

 

 

 言うなり、縄鬼は縄を振り回し弦司に襲い掛かってきた。色々重要な情報が聞けたが、それは後回し。まずは奴の頚を落とすのが先だ。

 縄はまるで生き物のように、前後左右、さらには上下にうねりながら迫る。これで人々を縛り、命を奪ったのだろう。

 弦司の中に怒りの炎が灯る。人々の命を尊厳を奪った奴を、必ず屠る。

 弦司は真っ直ぐ縄鬼へ向かった。左右から挟み込むように縄が迫る。駆けながら獣さながらに姿勢を低くし縄を避ける。縄の通った後から暴風が吹き荒び、体を撫でる。縄と思って甘く見ると、痛い目を見るだろう。距離を取るのは危険だ。弦司はさらに脚に力を入れ、縄鬼へ迫る。

 

 

「逃げるなぁ!」

 

 

 今度は足下から縄が襲いかかる。小さく飛び避けると、もう片方の縄が弦司へ向かう。空中にいるため、動く事ができないが弦司は慌てない。

 籠手で縄の方向が変わるように、上手く受け流す。縄が弦司を捕らえる前に、地面を蹴って縄を完全にいなした。

 そして、弦司の間合いに入る。驚き目をむく縄鬼の顔面に向けて、低い姿勢から拳を振り上げる。再び両腕に阻まれたものの、骨を粉砕した。さらに拳を振り上げた事で、縄鬼の体は宙に浮く。そこを散弾銃で狙おうとして、背後から来た縄を宙返りして避ける。着地する前に、縄を蹴って距離を取った。

 墜落する縄鬼。弦司は追撃をしようにも、縄は鬼の周りを漂い、迂闊に近づけなかった。

 受け身も取れなかった縄鬼は、体を戦慄かせながら立ち上がる。

 

 

「何なんだよ、お前ぇ……! 縛られろよぉ……縛られろよぉ!」

 

 

 激昂する縄鬼。咆哮と同時に左右の肩から、それぞれ一本ずつ腕を生やす。新たに生えた手の中にも縄。

 弦司は小さく舌打ちをする。

 

 

「お前ら鬼ってのは、腕を生やすのが好きだな」

「オイラが好きなのは、縛る事だぁ!」

「そうかいそうかい。それじゃあ、()()()()()は違うって教えてやるよ!」

 

 

 上下左右、計四本の縄が弦司に迫る。弦司は恐れず、前へと踏み出した。

 

 

「ハッハァ! 馬鹿がぁ! 前に出てきたぁ!」

 

 

 弦司の選択を愚かと見たのか、縄鬼は嘲笑する。

 先の攻防で一つ分かった事がある。縄鬼は縄を使う事に慣れている。だが、当然ながら()()()()()()()()()()()()()。自然と縄の動きは、人体を拘束しようと動く。弦司は鬼だ。鬼は筋肉とは、別の理で体を動かす。でなければ、鬼達はあの細腕であれほどの力を容易には出せない。縄鬼はその理を分かっていない。

 弦司は姿勢を低くする。獣のそれよりも、さらに低く。そして、両の手足で地面を弾く。それは鬼にとって、埒外の動き。弦司は四本の縄を一気に潜り抜けた。

 低姿勢のまま腕を払う。鬼の両足を掬い、地面に転がす。

 今度こそ散弾銃を構えようとした所で、鬼が四本の腕を振り回す。うねった縄が迫り、弦司は鬼の上を飛び越えて躱した。

 再び、縄鬼から距離を取る。あと一手だというのに、その一つが遠い。しかし、弦司は焦らない。時間はこちらの味方なのだ。何も焦る事はない。

 

 

「またオイラを馬鹿にしたなぁ……! 縛るぅ……! 縛ってやるぅ!」

 

 

 怒りに身を震わせながら、鬼は立ち上がる。対して、弦司は長く息を吐き、冷静に仕切り直そうとする。

 確かに、弦司の見立ては間違っていなかった。ただ足りないものがあった。それは――戦闘経験。

 

 

「――もう許さねえぞぉ!」

「許さなかったら、どうするんだ?」

「あのガキどもから、やってやるぅ!」

「っ!?」

 

 

 鬼に言われ、周囲の気配を探る。隠れろと叫び、十分に時間を稼いだと思っていた。しかし、四名の子どもはまだ弦司が到着した時から動いていなかった。

 これが戦闘経験豊富なカナエであれば、瞬時に彼らが動けない事を看破した。もしくは、彼らを庇いながら戦った。しかし、弦司には全てに気を配りながら戦えるほど、戦闘経験がなかった。

 

 

「ほぉら、ガキが死ぬぞぉ!」

「くそっ!」

 

 

 弦司が動くよりも先に縄が四本、子ども達へと向かう。弦司は遮二無二駆け、子ども達の前に立ち塞がった。

 そこから、一本、二本、三本目まで籠手で縄を弾く。が、ここまでだった。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 弾ききれなかった四本目が、弦司の左肩を激しく打ち、骨がひび割れる。左肩の再生が終わる前に、弾いた縄が動き出し、弦司の両腕に巻きついた。

 縄鬼の顔に喜色が浮かぶ。

 

 

「やった! 縛ってやったぞぉ!」

「ごめんなさい……わたし達のせいで……!」

 

 

 弦司の背後から謝る声が聞こえるが、今はそれに答える余裕はない。

 弦司は逆に引き寄せようと右腕を引くが、手応えはなく縄が伸びるだけだった。薄々感づいていたが、血鬼術により長さも動きも自由自在らしい。

 逆に左腕が引っ張られ、左肩に激痛が走る。さらに隙をついて、弦司の両足を残った縄が締め上げる。

 弦司が引けば縄は伸びて、力が緩めば縄鬼が引く。完全に相手の土俵に引きずり込まれてしまった。

 

 

「どうだ、俺の縄の味はぁ!」

「気色悪いんだよ! ぐっ……!」

 

 

 縄はまるで万力のように、弦司の両手足を締め付ける。激痛が走る。

 このままではジリ貧だ。弦司は歯を食いしばり前に出る。縄鬼は近距離を嫌って、弦司を振り投げようとする。それが狙い目だ。

 振り投げようと縄を強く引いたのを機に、弦司は両手足に力を込める。瞬間、縄が強く引き合い、四本の縄がピンと張る。

 綱引きのような形となった。ここが勝負所だと、弦司はさらに力を入れる。このまま近接戦に持ち込んでみせる。

 膂力は弦司の方が上回っていたのか、僅かずつ縄鬼が引き込まれた。

 

 

「無駄な抵抗しやがってぇ……! じっくり縛りたかったけど、もういい! 潰れちまえぇ!」

 

 

 弦司の抵抗に苛立ったのか、縄鬼は縄に力を流し込む。

 

 

「ぐあっ……! やめ、ろ……!」

 

 

 瞬間、縄は弦司の両手足に食い込む。力を込めるもそれでは止まらず。呆気なく、両手足は締め潰された。

 

 

「ああああああああっ!!」

 

 

 皮膚は破れ、肉が飛び散り、骨が擦り潰される。大量の血液を手足から噴き出しながら、弦司はその場に倒れ伏した。

 

 

「いやぁぁっ!!」

 

 

 子ども達の悲鳴が木霊する。

 その様子に縄鬼はニタリと笑うと、弦司の前に腰を下ろした。

 

 

「へっへっへ。さすがに、手足を失ってすぐには再生できないだろぉ? このまま縛る前に……あの方はお前の素性に興味深々だぁ。その素顔、見せてもらうぞぉ」

 

 

 縄鬼は弦司の面覆いに手を掛ける。手足を失った弦司に抵抗はできない。弦司の面覆いは、いとも簡単に取り払われる。

 そして素顔が――露わにならなかった。

 そこにあったのは、()()()()()の面。

 

 

「……はぁ?」

 

 

 予想外の物に縄鬼の思考が停止する。

 ――それを弦司は待っていた。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

 右腕以外の再生能力を遮断し、瞬く間に右腕だけを元に戻すと、散弾銃で抜き打ち様に縄鬼の頭を叩き割る。

 地面に叩きつけられた縄鬼の頚に、寝転がったまま狙いを定めると――轟音。

 鬼の腕力で固定された四つの銃身は決してブレることなく、特大の四つの弾丸は寸分狂わず頚へと吸い込まれ、文字通り頚から上を挽き肉にした。

 体を再生させながら、中央部を折って銃身から排莢する弦司。元に戻った左手で弾を込めながら、何が起きても構わないように油断なく縄鬼へ照準を合わせる。

 そうして数瞬後、縄鬼の体は灰へと変わる。弦司は初めて単独で、鬼を討ち滅ぼした。

 

 

「勝った……か」

 

 

 弦司は再生を終えると、長い溜息を吐きながら立ち上がる。反省点や検討事項は諸々ある。だがそれよりも、最初にこなさなければいけない事がある。

 

 

「お前たち――」

 

 

 振り返りながら掛けた言葉が途切れる。弦司の頭に拳大の石が当たったからだ。石が飛んできた方向には――子ども達がいた。

 視線をゆっくり向ける。そこには、三人の少女を守る様に立ちはだかる少年がいた。

 そして、彼は言った。

 

 

「来るな……この、()()()!!」

「……」

 

 

 少年は震える体で石を拾うと、弦司に向けて投げる。面に石が当たる。予想以上の衝撃に頭が揺れる。

 弦司は呆然としながらも、少年の言葉に心の中で頷いていた。両手足が捻り潰され、それが一瞬で治る。確かに()()()だ。

 今までも、人を助ける機会はあった。だが、人と接する時は誰かが一緒に居た。正式な鬼殺隊の隊士ではなかったため、必ず誰かが間にいた。

 助けたのに、とは思わなかった。助けたって、それが報われるとは限らない。当然の事だ。こんなの前世の創作ではよくある話とも思った。ただ……想像以上に痛かった。

 しのぶにアオイ。後藤に雨ヶ崎。一度は受け入れてくれた家族と環。そして……カナエ。自身がどれだけ善意の上に立っていたのか、今更ながら痛感した。

 今後は、一人の時も増える。その度に、こんな想いをしなければならないのか。鬼だから、こんな想いをしなければならないのか。

 それでも、人に戻るまで歩みは止められない。

 弦司はその場に身を屈めると、面を取り彼に微笑みかけた。少年は益々顔を強張らせる。

 

 

「させない……! ()()()()()()も、兄ちゃんの分まで俺が守るんだ!!」

「そうか。頑張ったんだな。本当に、遅れてごめんよ。すぐに他の大人達が来るから、ここで待っているんだ」

 

 

 弦司はそれだけ伝えると、集落の方へ向かう。彼らの傍にはいられない。ならばせめて、誰か別の者を彼らの傍にいさせてやらねばならない。

 背を向ける弦司の足元に、再び石が転がる。

 それが二つ、三つと続いた所で、

 

 

「ダメだよ、健三郎お兄ちゃん!」

「あのお兄ちゃんは、助けてくれたんだよ!」

「投げちゃダメです!」

 

 

 少女達の制止を求める声が上がった。

 弦司は思わず振り返る。三名の少女が、必死に少年を止めようとしていた。

 

 

「ありがとう。今度は君達がお兄さんを助けてあげるんだ」

 

 

 最後に一言だけ弦司は伝えた。三人の少女が涙に崩れていく。

 今度こそ、弦司は立ち去る。

 

 

「本当に、ありがとう、ございます!」

「ごめんなさいー!」

「このご恩は忘れません!」

 

 

 少女達は口々に感謝を叫ぶ。その言葉で十分だ。弦司は胸の内に走る痛みを、感謝で誤魔化した。

 

 

 

 

「不破さん!」

「しのぶか。良かった無事で」

 

 

 集落へ向かう途中、しのぶと合流した。彼女の向かった集落には、血鬼術を使える鬼はいなかったらしく、すぐに討ったらしい。

 ただ、すでにその時には、カナエは一つ集落を救援して次へ向かっていたらしい。しのぶはカナエとの合流は諦めて、弦司の方へと向かったとの事だった。

 しのぶは弦司の血塗れの手足を見て、心配そうに顔を覗き込む。

 

 

「不破さんは……苦戦したみたいね。大丈夫?」

「傷は平気さ。ただ――」

「ただ?」

「子ども達を助けられなくて、困っていたところさ」

 

 

 弦司は少年に警戒され、少女達を泣かせてしまった事を伝えた。

 しのぶは悲壮に表情を変えると、

 

 

「分かったわ。私が子ども達の所へ向かうから。その子達の事は、心配しないで」

「ああ、助かる」

「それと、不破さんは姉さんとすぐに合流する事。いい?」

「……分かった」

「姉さんが来るまで、もう少しだけ気張って」

 

 

 しのぶは弦司の背中を強く叩くと、笑って子ども達の元へ向かった。どうやら、心配させてしまったらしい。意地を張らず、ここは甘えさせてもらう事にした。

 集落へと戻ると、すでに事後処理部隊・隠がいた。

 むせ返る血煙と糞尿の混じった異臭。苦悩に歪む人々だったモノ。あまりの凄惨な集落の様相に、時折すすり泣きさえ聞こえる。誰も彼もが悲痛に胸を痛めながら、遺体を一つ一つ丁寧に処置していく。

 その中に見知った顔がいて、弦司は声を掛けた。

 

 

「後藤」

「不破か。ご苦労さん。お前が鬼を討ってくれたんだよな? 本当に助かったぜ」

「いいさ。それより、生存者は俺の確認した限り四名だ。今、しのぶが向かってるから、誰か援護にやってくれ」

「本当か!? 幸い……って言っちゃあ悪いな。ともかく、生存者がいて何よりだ。すぐに援護に向かわせるわ」

「助かる。それと、カナエはどこにいる?」

「それなら、全部の集落解放して、こっちへ向かってる途中だ。もうすぐ着くから、ここで待ってた方がいいぞ」

「ああ」

「それじゃあ、そこら辺で休んでてくれ。俺は近くにいるからな」

 

 

 後藤は弦司の視界の範囲内で、別の隠に話しかけに行く。彼にも気を遣わせてしまったようだ。嬉しかった。おかげで、思考に余裕が生まれる。

 カナエを待って、色々と相談して……情けないが、愚痴でも聞いてもらおうか。そんな事を考えていると、

 

 

「まだ鬼が残っているじゃないか」

 

 

 緩やかな時間をぶち破るように、一人の隊士が現れた。一纏めにした長髪。他者を寄せ付けない鋭利な視線と三日月型の口。しのぶと雨ヶ崎より伝え聞いた、風能だった。

 彼の右手は、左腰の鞘に納められた日輪刀に、手が掛かっている。隠達に緊張が走る。

 気分転換も今日は許されないらしい。悪い事はとことん続く。

 弦司は溜息を吐くと、風能に向かい合う。

 

 

「それは俺の事か?」

「他に鬼がいるか?」

「いないが、俺は隊士だぞ。その刀を抜いたら、花柱様に泣きつくから覚悟しろ」

「女の威を借る鬼か。鬼とはどこまで卑劣になれるんだろうな」

 

 

 風能の切れ長の目が弦司を射抜く。

 弦司は違和感を覚えた。この男もご多分に漏れず、不死川実弥のような鬼という存在に恨みを持つ人間だと思っていた。しかし、この視線は実弥と違う。弦司を通して鬼を見ていない。弦司そのものを憎悪している。

 人間だった時の恨みとも思ったが、風能という名に覚えはない。ましてや、鬼になってからはどれだけ鬼殺隊に気を遣っていたか。風能に恨まれるような記憶は、全くなかった。

 苛立ちが落ち着きに変わる。何かがおかしい。風能の真意を知らなければならない。

 

 

「卑劣とは随分だな。少なくとも、他の鬼と同じ真似をした記憶はないぞ」

「……あくまでしらを切るか」

 

 

 言い、風能が日輪刀の柄を強く握り締める。弦司からはその様子に偽りを見つけられない。内容はともかく、風能の感情は本物としか思えない。

 弦司は焦る。

 

 

「待て待て待て! 本気で心当たりがない!」

「藤の花の家。これでも思い出せないか!」

「そんなの、たくさん世話になったから分かる訳ないだろ!? 人……いや、鬼違いじゃないのか!?」

「……そうか、もういい」

 

 

 風能の目が据わる。彼は弦司が何かを仕出かしたと決めつけている。これでは話し合いにならない。

 

 

「風能様! 隊士同士の戦闘は隊律──」

「黙っていろ! こいつは俺が断罪する!」

 

 

 後藤の制止も風能は振り切る。最早、戦闘は避けられない。覚悟し、弦司が構えを取った所で、

 

 

「──何をしてるの?」

 

 

 楽しげな女性の声音。弦司と風能までも動きを止めた。あまりに調子外れの声なのに、なぜか怒っていると分かる。別に弦司が咎められた訳でもないのに、緊張で体が動かせず、目だけで音源を追った。

 鬼殺隊服に、蝶の翅のような羽織。艶やかな長髪に蝶の髪飾り。

 胡蝶カナエがいた。ただし、声音とは裏腹にいつもの微笑みはない。目を怒らせ、明らかに憤った様子で風能を見ていた。

 このカナエは不破邸で少しだけ見た事がある。環に突っ掛かられた時の彼女だ。今のカナエは感情の制御ができないほど、大きな怒りを抱えている。

 風能はそれを知ってか知らずか、それとも敢えて無視したのか。カナエの前に跪いた。

 

 

「胡蝶様のお耳に入れていただき報告がございます」

「私、忙しいんだけど?」

 

 

 聞く気はないと、カナエは言外に伝える。それでも、風能は頭を上げて、

 

 

「その鬼は、胡蝶様に隠れて人を殺しました──」

「…………へー」

 

 

 風能が言い終わると同時に、空気が重たくなる。カナエが無表情になった。その重圧をまともに受けたせいか、弦司の目から見ても分かるほど、風能は汗を流し震え始める。

 カナエは口だけ弧を描くと、風能の耳元に近づく。

 

 

「弦司さんには常に監視がついています。鎹鴉、隠、隊士に……()

「……は、はい」

「彼の喜びも彼の悲しみも彼の絶望も彼の希望も全部全部見てきました。まだまだ知らない彼はいますよ? でも、この半年近くの彼なら()()()()()()()()()。あなたは、私の知らない彼を知っているのかしら?」

「……奴は、人を、殺しました……」

「つまり鎹鴉、隠、隊士に……そして、私。その全てを潜り抜けて、彼が犯行に及んだと? 私の目は節穴だってあなたは言うの?」

「いや……そうでは、なく……」

 

 

 カナエは笑う。一段と美しく、嬉しそうに。そして、より一層、風能の耳元に近づくと、

 

 

 ──柱を舐めるな

 

 

 その一言にどれだけの感情を込めていたのか。風能が腰を抜かし、地面に転がる。その瞬間、重い空気は霧散した。情けない事に弦司の体はこの時、ようやく動くようになった。

 

 

「……後藤、後は頼んだ」

「うえっ!? いや、その、お前こそ頑張れ……」

 

 

 後藤に一言だけ残すと、弦司はカナエの手を引いて場から離れた。カナエは抵抗しなかった。

 充分に集落から離れた所で立ち止まった。振り返ってカナエと手を繋いだまま顔をのぞき込む。感情を抑えようとしているのだろう、俯いて深呼吸を繰り返していた。瞳から、怒りの色はだいぶ落ちていた。

 

 

「カナエ」

「……ごめんなさい。私、弦司さんが斬られそうなの見て。頭の中、真っ白になって。止められなかった」

「いや、それはいいんだ。カナエがガツンと言ってくれなきゃ、もっと酷い目に遭ってた。本当に助かった」

「でも、冷静さを欠いてはいけなかったわ……今までこんな事、なかったのに……」

「……」

 

 

 目に見えて落ち込むカナエ。弦司は彼女を励まそう――とは、この時思っていなかった。なぜ、カナエがこれほど激昂したのか。そればかり考えていた。

 カナエの激昂を見るのは二度目。不破邸と、現在。あの時と何が共通するのか。

 弦司はカナエの大きく愛らしい瞳を見た。弦司を映した曇りなき瞳は、真っ直ぐ見返してくる。カナエの頬が少し赤くなる。

 

 

「カナエは――」

「な、何?」

「……いや、何でもない」

 

 

 思い至った感情に弦司は言葉を濁し、目を逸らした。そして、あからさまに話題を変える。

 

 

「これからどうする? しのぶと合流するなら、もう少し落ち着く必要があるぞ」

「……どうして?」

 

 

 弦司はカナエにも、少年に畏れられた事を伝える。カナエが再び落ち込んでいく。

 

 

「ごめんなさい。弦司さん、辛いのに、私、自分の感情をぶつける事しか、考えてなかった」

「だから謝るなって。俺のために怒ってくれたんだろ。それに、帰ったらしっかり発散に付き合ってもらうからな。それで、しのぶとは合流できそうか?」

「……やめておくわ」

「そうかい。それじゃあ、どうする?」

 

 

 そこへ、鎹鴉がやってくる。

 

 

「近辺ニ鬼ガ潜ンデイル可能性アリ! 増援ガ来ルマデ巡回セヨ! カァァッ!」

「了解」

 

 

 鎹鴉の指示に従い、巡回を始めようとする弦司。だが、動けなかった。カナエが弦司の手を握って離さなかったからだ。

 

 

「カナエ?」

「その……発散って、今からやった方がいいよね?」

「? 何だ、歩きながら愚痴でも聞いてくれるのか?」

 

 

 カナエが首を横に振る。

 

 

「弦司さん、愚痴なんて言わないわよね。相手が子どもなら尚更。どうやってあなたの傷を癒すの?」

「……それはそうだけど」

 

 

 弦司は答えに窮する。隠れて子どもの陰口など、確かに言いたくない。

 だったらどうすればいいのか。考えが顔に出たのだろうか、カナエが微笑んで手を強く握る。

 

 

「だからしばらくの間、こうしておきましょう」

「手を繋いで巡回しろと!?」

 

 

 コクリと頷くカナエ。

 弦司は嫌とかではなく、困惑が先行する。彼女の思考が今一つ理解できない。

 それをどう思ったのか、カナエは口を尖らせる。

 

 

「もう私とは繋がりたくないんだ……」

「だから言い方……! いや、そもそも何で手を繋ぐって事になる!?」

「人の体温が感じられるって、落ち着かない?」

「……そういうものなのか」

 

 

 弦司は溜息を吐くと、カナエの手を引いて歩き始めた。背後から、カナエの上機嫌な雰囲気が伝わってくる。

 

 

「そうそう。それでいいの」

「……」

「まだ苦しい?」

「全然」

 

 

 カナエの体温が手を通して伝わる。誤魔化した胸の痛みは、完全に消えていた。

 弦司はこの日、一番の溜息を吐いた。

 

 

「あ~あ」

「む、何なのよ。さっきから溜息ばかり。何かあったの?」

「教えない」

「え~! 教えて~」

 

 

 カナエが弦司の腕に纏わりついてくる。教えて教えてと、空いた手でツンツン腕を突いてくる。弦司は努めてそれを無視する。

 

 

 ――ずっと考えるのを避けていた事があった。

 

 

 不破邸でのカナエの激昂と苛立ち。あれが何だったのか。ずっと()()()()()()()()

 そして、今日。また彼女が激昂した。弦司には見ているしかできず、誰にも止められなかった。

 その二つが何だったのか、ついに()()()()()()()。すぐに分かった。

 あの日の激昂と苛立ちは環に対する嫉妬。今日の激昂は()()()()を奪おうとする風能への明確な敵意。

 

 

 ――胡蝶カナエは不破弦司に好意を持っている。

 

 

 彼女の様子を見れば、単純明快だ。そんなもの分かってる。だが、気づきたくなかったから、無意識下で考えてこなかった。

 理由はきっと、二つ。

 弦司が鬼で、カナエが人だから。彼女の気持ちに応えられない。鬼は幸せになれないのだから……そんな今まで積み重ねた弦司なりの結論。

 もう一つは……唯一無二と思っていた感情――環への愛――が壊れてしまう。そんな予感があったからだ。

 鬼だから幸せになれない。そんな考えは、想いの前に無力だ。環がそうだった。彼女が『稀血』でさえなければ、想いのまま今も一緒に居たはずだ。

 同じように、カナエも想いのまま一緒に居ようとするのではないか。今がまさにそうだ。幸せになれないとあれだけ伝えたのに、彼女は常に傍にいる。

 そして、それは弦司も一緒なのだ。カナエの好意に気づいて、彼女が手を伸ばせば手に入ると知って。不幸になるからと言って、どこまで無視できるのか。

 

 

 ――山にいた半年を思い出す。

 

 

 あの時の弦司は、まさに生きる屍だ。

 ただ生きている。それだけの存在だった。

 笑いもしない。泣きもしない。怒りもしない。鬼舞辻無惨が言った通り、弦司は『不変』となりただただ藻掻き苦しんでいた。

 

 

 ――それを壊してくれたのが、カナエだった。

 

 

 蝶屋敷に連れ帰ってくれて。

 笑顔を思い出した。涙を思い出した。怒りも、悲しみも、全部全部彼女が運んできてくれた。弦司は『変化』できた。

 そして今、隣で笑ってくれているのは? 隣で怒ってくれるのは? 隣で悲しんでくれるのは? 隣で『変化』してくれるのは?

 ……カナエだ。

 全部全部全部カナエだ。今の全てがあるのは、全部カナエのおかげだ。そんな彼女が手に入るとすれば……もう気持ちが止まらない。

 考え始めたら、本当にすぐだった。だから、これまで考えて来なかったのに――。

 

 

「弦司さーん? もしもーし。本当にどうしたんですか?」

「……カナエのせいだからな」

「えっ!? 何々突然!? さっきから本当に何なの!?」

 

 

 また隣で表情を変化させるカナエ。

 弦司はまた溜息を吐いた。吐くしかなかった。

 カナエが愛おしくて、狂おしい。彼女の全てが欲しくなる。

 しかし、想いのまま暴走するのは違う。お互いをただ傷つけるだけだ。

 とにかく今は向かい合おう。己の気持ちにも……そして彼女の気持ちにも。

 

 

「まあ、弦司さんが元気になったみたいだし……良い事にしましょう」

「そういう所だぞ」

「ええっ!? 本当に何なの!?」

 

 

 ――鬼を哀れむ者と人を喰らわない鬼。

 始まりはそんな役割を持った関係だった。

 ――『弦司』と『カナエ』。

 それはすぐに崩れて、人と人との温かい関係になった。

 ――そしてこれからは、男と女として。

 また、二人の関係は変わっていく。

 

 

 

 

 あの日の任務から数日後、蝶屋敷での事だ。

 弦司、アオイ、しのぶ、カナエ、カナヲという蝶屋敷の人員が全員集まった所で、

 

 

「中原すみです」

「寺内きよです」

「高田なほです」

「「「よろしくおねがいします!!」」」

 

 

 三人の少女が勢いよく頭を下げる。

 弦司はしのぶを見た。彼女はそっと目を逸らした。

 

 

「しのぶ……」

「……何?」

「反対はしない。むしろ、お前の判断には諸手を挙げて賛成しよう。だけど……犬猫みたいに拾ってくるのはどうにかならんのか?」

「言われると思っていたわよ!! だけど、しょうがないでしょうがぁっ!!」

 

 

 頭を抱えてうなだれるしのぶ。

 弦司と別れた後、しのぶは生存者とすぐに合流した。小柄な女性のしのぶは、すぐに警戒心を解かれ、無事に保護できた。問題は保護した後だ。

 彼らに行く当てがなかった。悩んだしのぶは診療所の開放に人員がいる……などという最もらしい建前を出して、蝶屋敷で引き取る事にしたのだ。

 鬼殺隊というものを知って、それでも彼女たちが蝶屋敷にいるのであれば、弦司からは何も言う事はなかった。それでも、訊きたい事はあった。

 

 

「他にも君達には選択肢はあったと思う。それでもどうして、蝶屋敷に来たんだ」

「……健三郎お兄ちゃんが鬼殺隊に入るって言ったんです」

 

 

 二つ結いの少女、中原すみが悲しそうに答える。

 それをおさげの少女、高田なほが引き継ぐ。

 

 

「お兄ちゃんが怪我をしたら、私達が治してあげたいんです。それにもしも何かあったとしても……ここなら、すぐに知る事ができます」

「……そうか。あの少年が……」

 

 

 決して、鬼を前に引かなかった少年。もし、鬼に出遭わなければ、勇敢な少年として何かを為しただろう。だが、その未来は閉ざされた。また一つ、鬼が憎くなる。

 

 

「それとですね――」

 

 

 なほがくせ毛のない長髪の少女、寺内きよの背中を押す。彼女は少しモジモジした後、

 

 

「弦司さんに、恩返しをしたいんです!」

「恩返し?」

「はい! あの時、私は死んじゃうって思ったんです。だから、誰か助けてって願ったら……弦司さんが来てくださいました。私は命も心も弦司さんに救われたんです。だから、少しでもこのお気持ちを弦司さんに返したいんです!」

「そうか……きよ、ありがとうな」

 

 

 彼女の言葉に胸の内が熱くなる。それを誤魔化すように、弦司は三人の頭を撫でた。弦司の大きな手が珍しいのか、三人はわーわーきゃーきゃー楽しそうにする。

 アオイは少しだけ表情を緩めると、すぐにキリリと引き締める。

 

 

「しばらくは、日中の家事を手伝ってもらいます。医療関連は私と共に、少しずつ技術を身に着けていきます。とはいえ、医療技術は一朝一夕とはいきません。診療所の開放までに()()()()()()を目指しましょう!」

「「「はい!!」」」

 

 

 元気よく返事をする三人。

 一方、カナエは三人をジトッと見る。そして、カナヲの頭を撫でて今度は自分の手を見て。なぜかカナヲを連れて頭のつむじを弦司に向けてきた。

 

 

「すごく楽しそうだったから、私とカナヲとしのぶも」

「やりません! 姉さんも子どもじゃないんだからやらないの!」

「……」

 

 

 意味が分からない。何なのだ。この女は何なのだ。

 弦司が困惑していると、きよ達は無邪気にはしゃぐ。

 

 

「すっごいおっきいですよ!」

「ゴツゴツして力が強いですよ!」

「ほんわかします!」

 

 

 カナエの真似をして、三人も頭を差し出す。しのぶは分かってるだろうな、と射殺さんばかりに睨みつける。

 さすがに衆人環視の元でやる気は起きず、弦司はきよ、すみ、なほ、カナヲの四人だけ、思い切り頭を撫で回した。

 カナヲを囲んできよ達がはしゃぐ。

 カナエが殊更不機嫌そうに、口をへの字に曲げた。

 

 

「そうですか。私は触りたくもないですか」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

 拗ねるカナエをはね除けられるほど、今の弦司は強くない。ほとんど反射的に、()()()()()()でカナエに接してしまう。

 カナエの耳元に口を近づけると、

 

 

「後で、二人きりの時にな」

「っ!?」

「あっ」

 

 

 場所を間違えた。そう気づいた時には、すでに遅かった。

 さすがに、この近距離では聞かれたのか。きよ達から黄色い歓声が上がる。

 

 

「二人きりの時だって!」

「一体、何するんですか!」

「大人です!」

 

 

 一方、しのぶは青筋を立てて、アオイは眉間にこれでもかとしわを寄せる。

 

 

「不破さん……姉さんと二人きりで、何するつもり……?」

「お二人ともいい大人なんですから、異性交遊を咎めるつもりはありません。しかし、少しは節度を持って下さい」

 

 

 弦司が悪いのか。いや、これは弦司が悪かった。

 少し頬を赤く染めたカナエを見ながら、弦司は蝶屋敷の姦しい声に翻弄され続けた。




いつも誤字脱字報告に、ご評価ご感想とありがとうございます。
よくよく見てみれば、前回の投稿で最初の話から一カ月経っていました。
ここまで続いたのも、ここまでお読みくださった方のおかげです。

ようやく、蝶屋敷のメンバーが全員揃いました。
ですが、三人娘の名前がゲシュタルト崩壊します。年でしょうか。
間違っていたら教えてください。

彼女たちの集合と共に、物語ももう一度大きく動いていくと思います。
それでは引き続き、どうかお付き合いください。

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