鬼滅の刃~胡蝶家の鬼~   作:くずたまご

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いつも誤字脱字報告、感謝の極みでございます。

今話はこれで終了となります。
それではお楽しみください。


第14話 選択・後編

 ──鬼と話さなくなったのは、いつからだったか。

 鬼を救いたい。

 鬼と仲良くなりたい。

 そんな想いから、鬼と話す事はよくあった。弦司を見つけてから、しばらくはそれが顕著だったと思う。

 だが、鬼が人の心を持つ苦しみや哀しみに触れる度、現実を知った。弦司という存在が貴重で尊いと知った。そして、弦司を理解していく度に、鬼と話す事は減った。

 人を喰っているか喰っていないのか。一目見ればそれぐらいは気配で分かる。どいつもこいつも、人を喰らっていた。弦司と同じ苦しみを知っているなら、そんな事できるはずがない。できるという事は、弦司のように仲良くできるはずがない。

 そいつが仲良くできるかできないか、一目で判断するようになった。人を喰らっているのか、いないのか。それだけを感じ取ればいいから簡単だ。

 今はもう、鬼と話す事はない。話す必要もない。

 もうとっくの昔にカナエは変わっていた。気づかない内に変わっていた。

 弦司が来てから、こんな事ばかりだ。

 また変わってしまうのか。

 次はどう変わってしまうのか。

 ──今は変わるのが怖い。

 だから、変わらない様に心がけていた。

 救いたいと、彼と仲良くなりたいと。その原点に立ち戻って、弦司が辛ければ抱きしめて、人として生きられるよう努めた。

 だけど。気づいたのは何が切っ掛けだったか。

 休暇を取ろうと、忙しい日々を送っていたある時。ふと、弦司の視線を感じたのだと思う。何の気なしに振り返った。目が合った。

 ――熱を帯びた目が、カナエを見ていた。

 必死になっていたので、今の今まで気づかなかった。

 カナエは弦司の特別になっていた。

 ――弦司も変わっていた。

 自分は変化が恐ろしいくせに、彼が変わって嬉しい。

 そんな身勝手な感情がまた嫌になる。

 

 

 

 

 カナエは全力で駆けていた。

 弦司達の戦力不足は明らかだ。弦司は戦闘経験が浅く、雨ヶ崎は剣の才能が乏しく、カナヲはまだ体ができていない。彼らをそのまま戦わせたら、犠牲が出る可能性が高い。その前に、何とか合流しようと、カナエは必死に走っていた。

 この時、カナエの元に戦闘が開始したとの情報はなかった。だから、カナエはとにかくアオイが指し示した方向に駆けた。

 戦っていないなら、まだ弦司達は捜索中のはず。それまでに追いつけば、戦闘前に合流できる……そういう判断だった。

 だがこの時、弦司達は道場にいた。彼らは血鬼術に巻き込まれ、存在が希薄化していた。

 ――もし、カナエが『捜索中である』という先入観なく探していたら。

 ――合流を急ぐのではなく、しっかりと気配を探りなら進んでいれば。

 柱のカナエならば違和感を覚え、弦司達を見つけられただろう。しかし、存在の希薄化など、事前情報のないカナエには思いつきもしなかった。だから、とにかく急いで駆け抜けた。

 カナエは希薄化した道場の前を通り過ぎ、戦いに参加する事ができなかった。

 カナエもまた、選択を間違えていた。

 

 

 

 

「本性ってのは、どういう意味だ」

 

 

 詰問した声が震える。心が乱れて、言葉が頭に入ってこない。状況が理解できない。なぜ、自身が刃を向けられているのか分からない。

 風能は弦司を睨みつけると、事切れた雨ヶ崎を見遣り、

 

 

「とぼけるな。雨ヶ崎を殺したのはお前だろ」

「………………はっ?」

「鬼がいて、血塗れの隊士が倒れているんだ。当然の結論だ」

 

 

 言葉の意味が分からなかった。

 殺した? 弦司が? 雨ヶ崎を?

 徐々に頭が言葉に追いつく。風能は弦司を今もなお疑っていると理解する。

 何が視界を曇らせるのか。何が彼をそこまで駆り立てるのか。分からない。全く分からない。

 唯一分かるとすれば、それは弦司の千切れた心を風能は全く理解していないという事だけだ。

 弦司の中で、今まで溜まっていたものが一気に弾けた。

 

 

「そんな訳ないだろ!! 俺が雨ヶ崎を助けられなくて、どれだけ打ちひしがれていると思っているんだ!! 友を喪って、鬼の体のせいで正しく悲しめなくて!! どれだけ悔しいと思っているんだ!!」

「うるさいな。喚くなよ、鬼が。大事なのは、お前が雨ヶ崎を殺していないという証拠だけだ。ほら、どうやって雨ヶ崎を殺していないって証明する? 目撃者か? はっ、そこの役に立ちそうにもない、子どもの証言なんか、誰も聞かん」

 

 

 風能のあまりの言い草に、弦司の中で理不尽が募る。今まで決して言えなかった、溜まっていた感情が爆発する。

 

 

「何でお前はそんな事が言えるんだよ! 人間なんだろ! 俺がどれだけ切望してもなれない、人間なんだろ! 陽の光も浴びられて、人を見ても腹が減らないんだろ! なのに、何でお前はそんなに残酷なんだ! 何で人の心が分からないんだ! 何で俺が人間じゃなくて、お前が人間なんだよ!」

 

 

 それは今までずっとずっと弦司が抱え込んでいた憤りだった。

 こんなに自分は人間になりたいのに。人間であろうとしているのに。残酷なのは鬼だけではない。人間でも、平然と残酷になれる奴らがいる。

 何で己が人ではなく、鬼のような奴らが人なんだ。それが悔しくて、涙が流れた。

 

 

「何で人間のお前が、鬼のように残酷なんだ! 人間やめろよ!!」

「一々イラつく鬼が……! まあいい、何にせよ証明できないなら、俺のやる事は変わらない」

 

 

 風能は小さく息を吐くと、日輪刀を構えた。弦司の体が強張る。

 風能は強い。しのぶより強いとの噂もある。そんな相手に、弦司はどこまで抵抗できるか。

 体は消耗しきっている。血鬼術はもうほとんど使えない。それでも、弦司と雨ヶ崎の絆を鬼だからと踏みにじられて、蹲っているだけでは終わらせない。

 その時、拳を構えようとする弦司の袖を、そっと引く者がいた。

 

 

「カナヲ……」

 

 

 あれだけ叫んだためか、カナヲは目を覚ましていた。カナヲはじっと弦司を見つめるだけだった。だが、少女の柔らかな眼差しのおかげで、少しは頭が冷えた。

 戦うのは悪手だ。敵わないというのもあるが、理由はもう一つ。風能が来たのだ、他の隊士だって近くにいる。彼らが来るまで時間稼ぎをする。それが、生き残る最善の術だ。

 だが、風能がそれを許すのか。許さないだろう。

 弦司はカナヲの頭をそっと撫でる。少なくとも、カナヲを巻き込む事だけは弦司が許さない。

 

 

「カナヲ、部屋の隅に行ってくれ」

「……っ」

 

 

 カナヲの動きが鈍い。

 

 

「部屋の隅に行くんだ」

「……」

「早く行け!!」

「――っ!」

 

 

 弦司が強く命令して、ようやくカナヲは動いた。その際、彼女の小さな手が震えているのが見えた。

 カナヲからすれば雨ヶ崎が目の前で殺され、今は同居人が殺されようとしている。弦司が殺されでもしたら……もし、カナヲが心の声を聞けるようになった時、今日という日をどう思うか。

 死ぬ訳にはいかない。カナヲのためにも、一緒に戦ってくれた雨ヶ崎のためにも。

 カナヲが退いてから、弦司は拳を構えた。

 

 

「ほう。子どもを逃がすぐらいの良心は残っていたか? それとも、()()()()()の一環か?」

「ははっ」

「……何が可笑しい」

「これが笑わずにいられるか」

 

 

 カナエと会ったあの日。あの獣のような鬼も同じ事を言っていた。茂吉を守った弦司の行動を、人間ごっこだと揶揄していた。

 そしてまた、弦司はカナヲを守ろうとした。人である風能が、それを人間ごっこだと嘲笑った。

 人と鬼が同じ言葉遊びをする事も。あの日と同じ行動を取った弦司が、またもごっこ遊びだと言われる事も。

 人にこれだけ憧れているのに、人が鬼と同じ言動をする……笑いでもしないと、全てを放り出したくなりそうだった。

 だが、風能にはそんなもの一切伝わらなかったらしい。殺気を漲らせる。

 

 

「言いたい事はそれだけか……!」

「んな訳ないだろ。接触禁止とか、そもそも、何がお前をそんなに駆り立てるのか、とか」

「まだとぼける気か……! 俺はお前が藤の花の家の人間を殺したのは知っているんだ。いい加減、認めたらどうだ?」

「だから、それだけで分かるか! そもそも、お前の話は正式に鬼殺隊で却下されただろ」

「……お前は知らなかったかもしれないが、あの家には他にも人がいた。彼女が、家族が死ぬ前に、お前を見たと言っていた」

「はぁっ? そんなの聞いてないぞ」

「それはそうだろう。その子はとある体の特徴で、家庭内で虐げられて生きていたんだからな。生きていた証拠は何も残っていない」

 

 

 生きていた軌跡のない人がいて、鬼殺隊の調査では見つからなくて、風能だけが情報を見つけた。そんな話があるのかと思う。

 

 

「信じられないと思っているだろうが、隠の格好をした鬼だと、彼女ははっきりと証言した」

「……」

「さっきも森とかいう奴が、お前が雨ヶ崎を殺したとはっきり証言したな。そいつのおかげで、ここまでたどり着けたんだが……まあ、それは今はどうでもいい。これでも、まだとぼける気か?」

「森……!」

 

 

 さっきから、嫌に攻撃的なのは森の証言もあったからなのだろう。本当に昔から弦司の嫌がる事を率先してやる男である。

 そして、会話もこれで終わりという事だろうか。風能の呼吸が変わる。ここまで付き合う男だとは、案外、律儀な奴だったのかもしれない。

 

 

「それじゃあ――死ね」

「――っ!」

「風の呼吸壱ノ型・塵旋風・削ぎ」

 

 

 道場の床さえ巻き込むような激しい突進。一瞬で風能はまさしく風になる。

 弦司は必死に横跳びするのが精一杯で、すぐ間近を一陣の風が通過する。

 

 

「まずは一本」

「くっ!」

 

 

 避けきれず、弦司の右腕が斬り飛ばされる。弦司の体勢が崩れる。

 風能は攻撃を緩めない。

 

 

「風の呼吸陸ノ型・黒風烟嵐(こくふうらんえん)

「がっ!?」

 

 

 ほとんど暴風かと思う、荒々しい振り上げ。弦司は仰け反る事しかできず、胴体から二つに体が泣き別れになる。

 上半身のみ剣圧で吹き飛び、弦司の半分は道場を二転三転として止まった。そして最悪な事に、止まったのはカナヲの目の前だった。弦司から大量に噴出した血液が、カナヲを赤く染める。

 カナヲは血を浴びながら、全身から異様なほど汗をかいていた。半身のみとなった弦司をただただ眺める。

 

 

「離れていろ……!」

「……なんで」

「危ないから、離れろ!! 命令だ!!」

「――っ!」

 

 

 カナヲは一歩だけ離れた。突然来た反抗期なのか。今はとにかく危ない。

 

 

「もっと下――!」

「死ね」

 

 

 さらに言い募ろうとする弦司に、風能は近づくと一閃。

 仰向けになった弦司の頚に向けて、まるで断頭台の刃物のように日輪刀を振り下ろした。

 力が尽きている、などと言い訳を並べている場合ではない。弦司は再生能力を絞ってでも、血鬼術を発動させた。

 ――血鬼術・宿世招喚・鋼。

 頚が半ばまで斬られた所で、弦司の頚が漆黒に変わり、刃が止まった。

 風能の切れ長の目が大きく見開かれるが、それは一瞬の事。すぐに口角を大きく上げた。

 

 

「やはり血鬼術を隠していたな」

 

 

 さっきできるようになった、と反論したかったが、今の弦司にそんな余裕はない。

 無我夢中で気づかなかったが、宿世招喚の力の消費が恐ろしく大きかったのだ。さらに、状態の維持にも気を遣う。じっと集中しなければ、すぐにでも血鬼術が解ける恐れがあった。

 

 

「これならどうだ」

「っ!!」

 

 

 風能は戦いの空気だけは敏感に感じ取れるのか、弦司の顔を踏みつけにした。

 痛みと苦しみが、弦司の集中を妨害する。血鬼術の安定を阻害する。

 漆黒の頚が揺らぐ。それを見て、さらに風能が弦司を踏みつける。

 なぜだ。なぜ、人のためにこんなにも戦っているのに。最後は、人に踏みつけにされながら、殺されねばならないのか。

 人になるとか。鬼だからだとか。もう全部頭の中が、ぐちゃぐちゃなった。

 俺はどうしたかったのか。俺は何をしたかったのか。どんどんどん、自身に残ったものが削ぎ落されていった。

 そうして残ったのは、死にたくない。そんな当たり前の感情だけだった。

 死ななくて、生き残ってそしたら、どうするのか――。

 まずは、カナエに会いたい。今日の事をカナエと話したい。辛かったとカナエに慰められたい。最後にはお土産を渡して、カナエを笑顔にしたい。

 そして――カナエに伝えたい。この想いを余すところなく伝えたい。カナエを己のモノにしたい。

 死の淵に立って思ったのは、カナエの事ばかりだった。

 止まっていた刃が再び動き始める。漆黒が段々と薄まってくる。もうすぐ力を使い切ってしまう。その時、弦司は死ぬだろう。

 

 

「カナエ」

 

 

 最期と思い、彼女の名を口にした。視界の端に、蝶の翅を幻視した気がした。

 ――その時、何かが爆ぜたかと思うほどの爆音が鳴った。

 同時に、弦司の視界から風能が消えた。何を、と思う前に死にたくないとの感情が先行して、頚から日輪刀を引き抜いた。

 そして、目を巡らすと望んでいた人がそこにはいた。

 

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ――!」

 

 

 だが、それは弦司の知らない彼女だった。

 蝶の翅を連想させる、色彩豊かな羽織。その後ろ姿は間違いなく、カナエだろう。

 しかし、呼吸は激しく荒れて、肩は怒りで震えていた。右手の日輪刀は刃の背面である峰を向けて持っており、そこにはべったりと血がついていた。

 カナエの見ている方角を見れば、右腕を曲がらない方向に曲げた風能が、泡を吹いて倒れている。どうやら、爆音の正体はカナエが風能を叩き飛ばした音だったのだろう。

 弦司の知っているカナエであれば……殴りはする。蹴りもするだろう。だが、人を傷つけるのに日輪刀は絶対に使わなかった。

 おそらく、我を忘れて風能を峰打ちしたのだろう。そして、叩いた事で少しは頭が冷えたのか。だが、彼女の様子を見る限り、それもいつまで続くか分からない。

 弦司は嫌な予感がして、残った左腕で袖にしがみつくのと、ほぼ同時だった。

 カナエの右手が、日輪刀の刃を返していた。峰打ちではなくなっていた。

 

 

「カナエ!」

 

 

 名前を呼ばれ袖も引かれて、カナエはようやく弦司を見た。

 上半身のみで左腕一本となり、頚も半ばまで斬られた弦司がカナエにはどう映ったのか。

 一瞬、怒りが再燃したかのように目尻が上がったが、徐々に瞳に理性の色を取り戻していった。

 そして、最後には一粒の大きな涙を流すと、日輪刀を手放して弦司を抱きしめた。

 

 

「弦司さん、ごめんなさい! こんなにボロボロになるまで、遅れてしまって!」

「カナエ……しばらく、このままでいてくれ……」

「うんっ……! うんっ……! もう離さないから……! ちゃんと閉じ込めるから――」

 

 

 弦司はそのまま、心地よさに身を任せた。

 カナエの温かい胸の内。そこからは、カナエの肩越しに道場の様子がよく見えた。

 続々と入ってくる隊士と隠。

 その中に、しのぶもいた。しのぶは雨ヶ崎を真っ先に見つけると、縋りついた。道場に反響するほどの大声で、しのぶは泣いていた。

 他の隠にカナヲは世話をされて寝入っていた。

 そして、風能の言は誰に信じられる事もなく、接近禁止を破った処罰を受ける事だけを確約されて、どこかへ連れていかれた。

 

 

 こうして、長かった一日はようやく終わりを迎えた。

 今日、蝶屋敷にとって最高の一日になるはずだった。

 しかし、全ては鬼に奪われた。

 奪われたものはそれだけではない。

 鬼の犠牲になったのは六十三名。それだけの命と幸せが、鬼によって壊された。

 下手人である三体の鬼を見事討ちとり、悲劇は止められた。

 対して、鬼殺隊の被害は一名。悲劇を止めた彼の死を誰もが悼んだ。

 鬼殺隊は勝った。だが、誰もが忘れられない事件となり、蝶屋敷にも深い傷跡を残した。

 

 

 

 

 鬼殺隊の座敷牢。懲罰を受ける予定の者のみが入れられる。風能誠一は三角巾で首から右腕をつるした状態で、一人閉じ込められていた。

 風能は苛立っていた。あともう少しで鬼の頚が斬れるところで、邪魔が入った。その際、右腕を複雑骨折させられてしまった。医者からは、右腕ではもう二度と刀を握られないと告げられた。だというのに、犯人である花柱はお咎めなしだ。その上、今は風能の処罰を話し合っているという。

 風能はおかしいと思った。

 鬼とは、どこまでも卑劣で卑怯で卑しい生き物だ。そこに例外などあるはずがない。その証拠に、()()が奴の悪行を伝えてくれた。

 彼女は健気にも自身を虐げた家族を、それでも敵討ちがしたいと、胸の内を風能に告げた。彼女は止めてくれと言った。それでも、男が女に打ち明けられたのならば、成さねばらならない。

 事件から丸一日経っていた。

 最低限の食事以外、何もない一日に風能の苛立ちが最高潮に達しようとしていた時、

 

 

「鬼の頚を斬れなかった間抜けはここかァ」

 

 

 凶悪な目つきを持った黒い詰襟の男。鍛え抜かれた肉体と、余す所なく付いた傷跡が特徴の男。

 不死川実弥が現れた。

 せいぜい、隠が来ると思っていた風能は、柱の登場に動揺し慌てて跪いた。

 

 

「か、風柱様! この度はご健勝で――」

「そんな前口上なんざ、どうでもいいィ。今日は柱合裁判の結果が出たから、俺が教えに来てやったァ」

「ほ、本当ですか!? 不死川様が直々に!?」

 

 

 風能にとって、実弥は特別だ。同期の胡蝶や雨ヶ崎と異なり、剣士としての才にも溢れていて、そして何より、鬼に対して苛烈なまでに毅然とした対応。その全てが、風能にとって同じ風の呼吸の使い手であると同時に、大きな目標でもあった。

 そんな実弥からの直々の言葉。期待せずにはいられなかった。

 実弥は凶悪に笑うと座敷牢を開けて、

 

 

「お前は鬼殺隊を追放だァ」

「……は?」

 

 

 呆然とする風能。実弥は気にせず続ける。

 

 

「当然、隊服も日輪刀も没収だなァ。お館様のご温情で、それ以上の処罰はなしだァ。どうせ刀も握れねえだろうし、どこへでも行けェ」

「ま……待ってください!」

 

 

 背を向ける実弥に、風能は回り込み平伏する。風能には現状が全く理解できなかった。

 

 

「なぜ、私が追放されねばならないのです!? アレは鬼でございます! アレは人を殺している! 何より、鬼殺隊に鬼がいるなど、有り得ない! 私は賞賛される事はあっても、処罰などあっていいはずがない!」

「……言いたい事は、それだけかァ」

「えっ――いっ!?」

 

 

 実弥は平伏する風能の髪を掴むと、その剛腕で頭を引っ張り上げた。実弥が自身の頭の高さ近くまで風能を持ち上げて、間近で睨み付ける。それだけで、風能は震えあがった。

 

 

「俺が鬼の動向を探ってなかったとでも思っているのかァ? 鬼殺隊に鬼がいて、何もしていなかったと思っているのかァ!」

「あ……いえ、そんな……」

「じゃあ、テメエは俺の目が節穴だと、そう言うつもりかァ?」

「ち、違いま――っ!!」

「なら、反論するんじゃねェ」

 

 

 実弥は舌打ちをすると、風能を地面へ叩きつけた。

 風能の体が痛みと怒りに震える。

 何で。なぜ。そんな感情に支配された風能は、言ってはならない言葉を口にした。

 

 

「あなたは、鬼を許すのか!!」

「――」

 

 

 それは親を鬼にされ、親に家族を殺され、親を殺してしまった実弥にとって、絶対口にしてはいけない言葉だった。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 気づけば、実弥の日輪刀が風能の首に突き付けられていた。実弥の気分次第で、風能の首が飛ぶ。

 

 

「鬼を許すゥ? そんな訳ねえだろうがァ!」

「な、ならなぜ、あの鬼を――!?」

 

 

 なけなしの勇気で尋ねる風能。実弥は忌々し気に舌打ちをすると、

 

 

「あいつが何人の命を助けたァ? 何度あいつが体を張ったァ? テメエは何も知らないんだろうなァ!」

「そんなのあいつの偽造――」

「じゃあ、本物のテメエは当然、偽物と同じ事ができるんだよなァ!」

「……っ」

「俺がテメエの何が一番気に喰わねえと思うゥ? 鬼の頚も碌に斬れない上に、その綺麗なお召し物と体だよォ! 体を張って何も守ろうとしないテメエを俺は心底軽蔑してるんだよォ!! テメエのできない事全てを、あの(げんじ)は全部やっているゥ!!」

 

 

 あの実弥が鬼を……いや、不破弦司を認めている。鬼であれば、必ず滅殺すると言外に語っていた実弥が、不破弦司を庇っている。風能には信じられなかった。

 

 

「俺と胡蝶で斬首を主張したがァ……お館様や他の柱が反対したんじゃ仕方ねえェ。テメエは追放で許してやるゥ。だがな、テメエには変な気を起こさない保証がねえェ。だから、よく覚えておけ――」

 

 

 日輪刀が風能の首筋に当たる。一筋、血が流れた。

 そして、実弥は風能の耳元で、

 

 

 ――鬼殺隊(うち)隊士(げんじ)に手を出すな

 

 

 実弥は日輪刀を鞘に納めると、すぐに座敷牢から離れた。

 後には呆然とした風能誠一だけが残された。




ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。

今話で第三部が終わりました。
これまた課題が目立つ内容になってしまいましたが、ラストへ向けての助走はこれで終わりです。

第四部で最後となります。
色々と不安はありますが、最後まで全力で行きたいと思いますので、どうかこれからもよろしくお願いいたします。

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