鬼滅の刃~胡蝶家の鬼~   作:くずたまご

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お久しぶりです。
心残りがありましたので供養も兼ねて投稿します。


蝶の章
第1話 苦悩


 ――(カナエ)が鬼となり数年が経った。

 蝶屋敷襲撃の際、胡蝶しのぶは逃げるしかできなかった。救いたい者のために戦う事も出来ない弱者だった。

 だが、今や胡蝶しのぶは鬼殺隊を支える()となり『蟲柱』として唯一無二の貢献している。

 昼はその豊富な知識と優れた頭脳で怪我をした隊士、さらには血鬼術に犯された人々を癒し。

 夜には努力の果てに手に入れた()()()()()()()()として技と毒で恐ろしい鬼を討伐する。

 積み重ねた努力を以って人々を救い続ける、本当に尊敬できる人物――。

 

 

(なーんて言われたりするけど、肝心な所は本当にダメね……)

 

 

 夜。

 蝶屋敷の屋根に立ったしのぶは、内心で自嘲する。その視線の先には一人の少年――竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)。全集中・常中を習得するため、一人静かに屋根の棟に座り瞑想を続けている。

 

 

(今も戦ってる……()()()()()()

 

 

 彼と初めて会ったのは那田蜘蛛山だ。出会ってから1カ月も経っていない。だが、しのぶは炭治郎の事を他人と思った事は一度もない。

 姉を鬼から治すために医療を学んだ。その一環で、鬼の被害者以外にも医療を行った事もあった。

 そういった医療行為を繰り返すうちに築き上げた人脈。そのうちの一人の医者。彼からある日、聞いた事のない症例があると相談を受けた。

 共有された診断。伝え聞く積み重ねた事実。患者――炭治郎の妹・禰豆子(ねずこ)――が()()()の人を喰らわない鬼だとしか思えなかった。そして、唯一残された家族が……炭治郎は自身と同じく家族が鬼となり。妹を治すために鬼殺隊に入隊し戦っていた。

 自身と同じく鬼殺隊で家族を治すために戦っている……それを聞いて他人と思う事などできなかった。

 彼を見る度に、自身と重ねてしまう。だからこそ、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――しのぶさん?」

 

 

 そうして迷っている間に気配が漏れたのか。炭治郎は瞑想と止め、しのぶの方を振り返っていた。

 意味もなく気配を乱し、炭治郎の鍛錬の邪魔をする――。

 

 

(本当に……情けない)

 

 

 もう何度目になるか分からない自嘲をしてから、しのぶは唇を引き結ぶ。

 炭治郎の鼻は特殊だ。匂いで人の感情すら読み取れる。きっと、しのぶの迷いも苦悩も炭治郎に読み取られた。炭治郎に気づかれてしまっては、最早引き返す道もない。

 

 

「頑張ってますね」

 

 

 とはいえ。

 頑張っている少年にいきなり、自身の胸の内をぶつけるのも良くない。

 しのぶは覚悟を決めつつも、まずは軽く世間話をしながら炭治郎の隣に腰を下ろす。

 

 

「全集中・常中はできるまで相当な努力が必要です。でも、頑張れば必ずできる技術です。このまま続けましょうね」

「はい! できるようになって善逸と伊之助にも教えられるようになります!」

「ふふ、えらいえらい」

 

 

 しのぶは自然と笑顔になる。本当に心が綺麗で優しい少年だった。

 ――だからこそ、自身の身勝手さが嫌になる。

 

 

「しのぶさん」

「はい」

「大丈夫です」

 

 

 炭治郎は笑顔で言った。

 しのぶは思わず炭治郎を見遣る。彼は笑顔のままでしのぶを見つめた。

 

 

「何に怒って迷っているのか俺には分かりません。でも大丈夫です。だって……しのぶさんですから」

「……もう、答えになっていませんよ?」

「しのぶさんがすごい頑張って頑張って頑張ってきたのは分かります。俺にはしのぶさんの苦労が分かるから」

「……そう、ですよね。分かっちゃいますよね」

「分かっちゃいます。分かっちゃうからこそ、俺はしのぶさんを信じられます。だから、大丈夫です」

「炭治郎君……」

 

 

 しのぶが自身と炭治郎を重ねたように。きっと炭治郎も自身としのぶを重ねたのだろう。だからこそ、鬼になった家族のために鬼殺隊の中で戦い続ける苦悩が()()()()()()()()

 炭治郎の言う通り、しのぶは頑張ってきた。すごい頑張ってきた。少なくとも、炭治郎の倍以上の時間……悩んで苦しんできた。

 そんなしのぶの軌跡が分かるからこそ信じられると、炭治郎は教えてくれる。

 しのぶは微笑みを炭治郎に返す。

 

 

「ありがとうございます」

「俺と禰豆子がゆっくりできるのも、しのぶさんのおかげです。お礼なんていいですよ。それで何に迷ってるんですか?」

「どうしても伝えたい()()が二つあるんです」

 

 

 しのぶは笑顔を消す。

 ここから先はとても笑顔では伝えられない。ともすれば、彼に嫌われるかもしれない。誠心誠意話さなければならない。

 

 

「もし、私達のどちらかが先に倒れた時……残った方が相手の家族を守って欲しいんです」

「! それは――」

 

 

 ――しのぶが口にしたのは、最悪の未来。

 

 

「まるで諦めている様で良くない事だとは分かっています。でも、もしも……もしもが起きてしまった時……本当に心の底から一点の曇りなく後を託せるのは()()()()()()()()()()

「でも俺は……弱いです。まだ全集中・常中もできなくて……」

「強さの問題じゃないんです。私が道半ばで倒れた時、安心して託せる……君が私を信じたように、私が信じれるのは炭治郎君なんです」

 

 

 鬼殺隊の中には信頼に値する人はいる――いや、鬼殺隊でなくてもいい。託せば応えてくれる人は絶対にいる。

 それでも、本当に最悪の事態が起きて……何もかも託せる人となると炭治郎以外考えられなかった。

 強さや絆の問題ではない。感情が、炭治郎以外の答えを出してくれなかった。

 炭治郎は悲しそうに眉尻を下げると、二度三度と深呼吸を繰り返し……頷いた。

 

 

「俺に何ができるか分かりませんけど、その時はしのぶさんの家族を守ります」

「ありがとう我儘に付き合ってくれて。その言葉だけで心が軽くなる……」

「いいんです」

 

 

 それに、と炭治郎は言葉を続ける。

 

 

「もしもの時は俺の想いも背負ってくれるんですから。俺だって、しのぶさんの言葉で心が軽くなりました」

「そう、ですよね。私達なら気兼ねなく一緒に背負えるから……二人で持てば安心できる」

 

 

 心の底からの言葉だった。

 自身の重ねられる人が、例え何が起きても自身と同じ想いを背負ってくれる。想いを継いでくれる。これほど安心できる事はなかった。

 だからこそ、我儘の二つ目――しのぶの()()――を伝えるのが苦しい。

 

 

「二つ目の我が儘ですが――」

 

 

 それでも、今度こそ迷いなく炭治郎に向き合い、しのぶは頭を下げた。

 

 

珠世(たまよ)さんに繋ぎをとってくれませんか?」

 

 

 ――それはしのぶが蟲柱になった直後の事だ。

 しのぶは鬼殺隊の長である産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)に呼び出された。そして、しのぶの義兄・弦司の遥か昔に人を喰らわない鬼となった()()()が存在した事を聞かされていた。

 ――鬼殺隊になったばかりのしのぶであれば。

 ――弦司を知らなかったしのぶであれば。

 ――姉・カナエを殺されたしのぶであれば。

 きっと、()()()が来るまで耀哉は存在すら知らせなかっただろう。だが、数々の経験を経て蟲柱となった今のしのぶであれば珠世を受け入れ、さらにその先に進める……そう確信したからこそ、耀哉はしのぶに珠世の事を伝えていた。

 そしてまるで何かに導かれるように炭治郎は珠世と繋がりを持ち、今、しのぶの目の前にいる――。

 

 

(希望が目の前に転がってきたのに、こんなに苦しくなるなんて思いもしなかった)

 

 

 この提案に至るまでにしのぶは散々悩んだ。

 鬼殺隊と同じく鬼舞辻無惨・打倒を抱える珠世が、なぜ鬼殺隊に接触しないのか……それを考えた時に義兄・弦司が鬼殺隊に来たばかりの事を思い出した。否、今も忘れる事はできていなかった。

 それだけではない。何度、鬼というだけで尊厳を踏みにじられてきた事か。

 あの時の事を思えば珠世の対応は当然で、むしろ炭治郎と繋がりがある事が奇跡だった。

 ――もし、自身の提案で珠世に不信感を持たれ、繋がりが断ち切られてしまったら……!

 そうなったら悔やんでも悔やみきれなくて、うじうじと二の足を踏んでしまった。

 

 

(でも、炭治郎君となら――)

 

 

 そんな迷いは、炭治郎の真っ直ぐな想いで晴れた。炭治郎ならきっと分かってくれて、珠世にも真意を伝えられる――。

 

 

(私は信じられる!)

 

 

 しのぶは炭治郎に応える様に、真っ直ぐ伝える。

 

 

「姉が鬼になってから、寝る間も惜しんで人に戻す研究をしてきました。殺す毒は作れても治す薬は……私の力ではダメでした。きっと、このまま続けても私が生きている間に姉さんは人になれません。炭治郎君、私は生きている間に姉さんを人に戻したい……そのために、珠世さんに()()()()()()()()()

 

 

 ――鬼に両親を殺されたしのぶが、鬼に助けを求める。

 きっと昔のしのぶが聞けば、驚愕どころではないだろう。だが、今のしのぶには嫌な気持ちはなかった。

 鬼に対する憎しみの炎は消えていない。それを曲げなければいけない弱い自分が情けなくて、でも……本当に大切なもののために弱い自分を認められる事が少しだけ誇らしかった。

 

 

「――しのぶさん!」

 

 

 そんなしのぶの心の内を知ってか知らずか。炭治郎はキラキラした瞳をしのぶに向けると、

 

 

「もっと早く言って下さいよ!」

「炭治郎君……」

「珠世さんとしのぶさんが手を組んだら百人力……いや、万人力――!」

「夜ですよ、炭治郎君。静かにしましょうね」

「……はい」

 

 

 顔を赤らめ、シュンとなる炭治郎。全面的にしのぶの提案を受け入れられ、正直しのぶ自身もメチャクチャ嬉しいがそれはそれだ。

 患者の安眠妨害を窘めつつ、しのぶは懐から予め用意していた二つの物を炭治郎に手渡す。

 封筒と液体の入った小瓶――。

 

 

「これは?」

「炭治郎君に褒めていただいて嬉しいですが、まずは私が珠世さんの信頼を得なければ何も始まりません。一つは私の経緯を綴った手紙」

「もう一つは?」

「禰豆子さんとは別の、人を喰らわない鬼――義兄の血です」

 

 

 きっと鬼殺隊の不信感を拭う事は簡単ではない。文字を読んだだけで、しのぶの事なんて分かるはずもない。

 まずは分かりやすい形で信頼を得る――。

 

 

 

 

 しばらく時が流れた。

 弦司が現れた時のように、禰豆子が現れた事でまた激動の日々が始まり。

 自身も気を引き締めねばと、しのぶは日々を懸命に過ごしていると――。

 

 

「しのぶさん!」

 

 

 任務の合間に蝶屋敷に寄る事が増えた炭治郎が、血相を変えてしのぶの部屋に飛び込んできた。その手には、一通の手紙。

 

 

「珠世さんから返信が届きました!」

「っ、まずは第一段階、といった所ですかね」

 

 

 最悪、返信さえ来ない可能性もあった。それを思えば、一通でも返ってきたのは行幸だ。でも、しのぶと炭治郎の望みはさらにその先――。

 しのぶは手紙を受け取ると、緊張した面持ちで手紙を開いた。

 

 

 

 

「この無礼者! こんなものを寄越して――!」

 

 

 帝都の外れにある邸宅。

 珠世が暮らす家屋で愈史郎がまさに怒り心頭という様相で暴れていた。

 彼の手には一通の手紙。飼い猫の茶々丸を通して、炭治郎から届いたものを愈史郎は今まさに破ろうとしていた。

 

 

「愈史郎! 何をしているの!」

「珠世様!? ですがあの馬鹿、とんでもない阿呆を曝しているんですよ!」

「何をしたのか分かりませんから、まずは手紙を見せなさい」

 

 

 珠世は無理やり手紙をひったくると、炭治郎からと思われる手紙に目を通した。

 いつも通り気軽な挨拶から始まった手紙は、いつも通り頓珍漢な同僚と炭治郎の頓珍漢な日常と禰豆子の様子を綴った後、

 

『俺の信頼している柱の手紙も同封したんで読んで下さい。あと、食べ物で栄養補給できる鬼のお兄さんの血も預かったんで調べて下さい』

「えっ」

 

 

 確かに()()()()()()()がついでのように書かれていた。困惑で珠世の眉尻が下がる。

 

 

「えっと……他に何が届けられていたんですか、愈史郎?」

(けが)らわしい手紙が一通と、(きたな)らしい血が入った小瓶が一つです」

「口が過ぎますよ。なぜ……とは思いますけど、暴言はよしなさい」

「はい」

 

 

 愈史郎は全然納得していない顔で赤い液体で満たされた小瓶と桃色の便箋を珠世に手渡す。

 珠世は赤い液体を見ながら思案に耽る。

 

 

(炭治郎さんがこんな大事な事で嘘を吐くはずがありません)

 

 

 竈門炭治郎という少年は素直で真っ直ぐな人物だ。会って、手紙も通して、その人と成りは十二分に理解している。

 何より、炭治郎の前では誰も嘘は吐けない。嘘を吐けば匂いでバレる。柱が嘘を吐いている可能性は非常に低い。

 

 

(ですが、本当にそんな事が禰豆子さんの他にもあるのでしょうか? それも鬼殺隊の()のお兄さんが? ありえない……)

 

 

 だが、どうしても珠世の二百年に及ぶ生が納得しかねる。鬼殺隊、それも柱の身内から鬼が生まれれば、即座に処断するはずだ。

 生きているだけもおかしい。なのに、鬼の珠世に血液を送るなど普通に考えて有り得ない。

 だが事実、炭治郎の手紙と手元の小瓶が珠世の常識を否定する。

 

 

(一体何が起きているの?)

 

 

 そうやって珠世が悩んでいると、

 

 

「男の血なんて汚いので捨てましょうか?」

「よしなさい。それと、私達は血を飲んで生きているのです。悪口はやめなさい」

「はい」

 

 

 やはり全然納得していない顔で愈史郎は頷く。とはいえ、口で否定しながらも納得していないのは珠世も同じだ。

 珠世は未だ封が切られていない手紙を、そのまま懐に仕舞った。

 

 

「どうされるつもりですか?」

「炭治郎さんが嘘を吐くとは思いませんが、それをそのまま受け取る事もできません。まずは事の真偽を確かめるために、血の分析をします」

「手紙の方は?」

「下手に先入観を持ちたくありません。先に分析を済ませてから読みます……って、何て顔をしているの」

 

 

 ゴミにさえ向けないような軽蔑の視線を、小瓶に向ける愈史郎。分析するだけとはいえ、男の血に近づく事さえ許せないらしい。本当に想いが強すぎる。

 珠世は軽くため息を吐くと、愈史郎の視線は努めて無視し研究室へと向かい分析を始め――すぐに驚愕する事になる。

 

 

 

 

 分析の結果――炭治郎の手紙は事実の可能性が限りなく高かった。

 あくまで可能性と銘打つのは珠世と愈史郎、そして禰豆子とも血の成分が明らかに違ったからだ。

 だが、それ以上に手紙を事実と思わせたのは……血に人を喰らった気配が()()なかったらだ。

 科学的知見に全くよらない鬼の感覚に過ぎない。客観性はない。それでも、手紙の真実味を保証するものであった。

 

 

(こんな事例が禰豆子さん以外にいるなんて……!)

 

 

 もちろん、最初は驚愕し動揺した。

 珠世の知らない所で事態は動いており、それを知らないまま過ごしていた。炭治郎がいなければ見過ごしていた。鬼を治療する可能性を知らぬ間に減らしていた。

 向き合わないといけない。一体、彼らに何が起きたのか。

 

 

(鬼舞辻を倒す可能性を少しでも上げるために――)

 

 

 そうして手に取り読んだ手紙の内容は想像を遥かに超えていた。

 ――まるで人の様に食物を食べて過ごす鬼がいて。

 ――鬼を鬼殺隊の柱が保護して。

 ――幾多の苦難を乗り越えた先で上弦の鬼に襲われてしまい。

 ――柱を鬼に変えて生き延びた。

 そんな激動の中、柱まで上り詰め家族を治すために奮闘している女性の名前が……。

 

 

「胡蝶しのぶ」

 

 

 珠世の指が、自然と手紙の名前をなぞる。

 丁寧で綺麗な文字……いや、()()()()()()()。一体この手紙を書くだけで何度書き直したのか。

 鬼殺隊でありながら身内に鬼を抱え。治療法を模索しながら柱まで上り詰める……珠世にはその労苦が想像できない。

 

 

「そんな事、あるはずがない」

 

 

 手紙の内容に打ち震える珠世に、まるで冷や水をかけるように吐き捨てたのは愈史郎。

 

 

 

「柱が鬼を保護するはずがない。二百年でようやく俺一人が鬼になれたのに、たった数年で鬼を増やせる訳がない」

「愈史郎」

 

 

 だが、それはただの冷や水ではない。珠世を冷静にさせるための、強い言葉――。

 

 

「何より結婚なんぞ許せん! 俺だって……俺だってぇ……!!」

「愈史郎……」

 

 

 訂正、嫉妬交じりの言葉だった。

 とはいえ、確かに愈史郎の言う通り全てをそのまま信じる事はできない。

 

 

(だけど、炭治郎さんが信頼できると言うのなら……()()()()()()()()。その部分は間違いなく本当なのでしょう)

 

 

 炭治郎が信じるなら。珠世も少し信じてみようと筆をとった。

 

 

 

 

『胡蝶しのぶさん

 お手紙ありがとうございます。』

 

 

『返信が遅れて申し訳ございません。

 あなたが送って下さった血液の分析と、事実を受け入れるのに時間がかかってしまいました。』

 

 

『手紙を読みました。

 本当に苦労なさったのですね。』

 

 

『あなたの深い見識も驚愕の一言です。』

 

 

『会って話したい事がたくさんありますが、それは簡単ではありません。

 私は鬼舞辻無惨に狙われています。

 無計画に会えば、たくさんの人を不幸にします。』

 

 

『今は手紙の交流に留めておきましょう。

 聞きたい事、話したい事があれば書き綴って下さい。

 紙が許す限り、私も応えます。

 珠世』

 

 

 

 

「はぁ~~~~……」

 

 

 読み終えて、しのぶは長く細く弱いため息を吐いた。

 迷いを振り切り、覚悟を決めて手紙を出した。炭治郎も傍にいた。

 でも、だからといって重圧がなくなる訳ではなかった。この返信が来るまで、何度胃痛を覚えたか定かではない。それでも、ようやく大事な第一歩を踏み出せた――!

 

 

「やったー! やったじゃないですか、しのぶさん! ほら、もっと喜びましょうよ!!」

 

 

 隣で炭治郎が騒ぐが、しのぶは脱力して力を抜いた笑みを浮かべるので精いっぱいだった。

 

 

「嬉しいですよ、第一歩を踏み出せてー。嬉しいですけど、ここから珠世さんの信頼を失わない様に手紙を続けてー」

「はい!」

「失望されない様に今までの研究成果をまとめつつ小出しに伝えてー」

「はい!」

「鬼殺しながら隊士の治療してー」

「……うん?」

「追加で義兄と姉さんと禰豆子ちゃんの観察を続けて、治療薬と毒薬の研究もしないといけないんですよー……」

「…………もしかして、仕事が増えた感じですか?」

「そうですよ、はっはっはっ!!」

 

 

 覚悟はしていた。覚悟はしていたが、どうしても愚痴ってしまう。弱い所を曝け出したくなる。

 だって、弱いんだから。弱いから、やれる事をやれる事を全てやらないと。いや、やれる以上を全てやって初めて夢に手が届く――。

 だから、本当に信じられる相手の前ぐらい、ちょっとした愚痴ぐらいは許して。

 

 

「ああもう、夢が近づいたんだから頑張ってやりますよ!」

 

 

 家族と心の底から笑い合える未来に向かって、しのぶは迷いながらも我武者羅に進み続ける。

 ――自然とその口元は緩んでいた。

 

 

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