鬼滅の刃~胡蝶家の鬼~   作:くずたまご

32 / 35
第3話 会いたかった

 しのぶが退室した後、悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)により、合同強化訓練が発案された。

 禰豆子が太陽を克服してから、鬼の出現はパタリと止んでいた。おそらく、鬼舞辻無惨率いる鬼たちが禰豆子強奪のため準備を進めているのだろう。であれば、ただ座して待つのではなく柱主導で鬼殺隊に訓練を施すべきである。

 ――そうして、柱稽古が始まった。

 

 

 まずは宇随天元・煉獄()寿()()による基礎体力の向上。

 甘露寺蜜璃による柔軟、時透無一郎による高速移動の稽古。

 ――ここまでが基礎訓練。

 伊黒小芭内による太刀筋矯正から()()()()()()()()()

 不死川実弥の無限打ち込み、悲鳴嶼行冥の筋力強化。

 胡蝶弦司による血鬼術対策に、胡蝶カナエの恐怖の無差別襲撃(※柱も対象)。

 

 

 ()()()()()()()、鬼二体を加えた過酷な訓練……それが柱稽古であった。

 本来ならここに加わるべきしのぶだが、珠世の研究協力に専念する事となり参加しない事となった。

 

 

「準備はこれで……いいかしら」

 

 

 しのぶは蝶屋敷で客間の整理をしていた。

 研究は結局、蝶屋敷で行う事になった。数年に及ぶ研究で気軽に動かせない器具も増えたため、研究の効率を考え珠世をそのまま招待する事になったのだ。

 蝶屋敷はいつもより静かになっている。

 いつ蝶屋敷が戦いの舞台になるか分からないため、すみ・きよ・なほは避難した。アオイも三人の付き添いでいない。弦司とカナエも柱稽古のため出ずっぱり。

 家にいるのはしのぶとカナヲだけだった。

 静かな縁側を歩いた先。ちょうどカナヲがしのぶの方へ向かっていた。

 

 

「師範。この後、風柱の稽古に向かいます」

「そう……ねえ、カナヲ。話したい事があるんだけど、少し時間はある?」

「は、はい……あります」

 

 

 縁側に腰を下ろすと、カナヲが真隣に座る。

 今は早朝。太陽が二人に降り注ぐ。

 温かい。

 姉と義兄が決して浴びられない、温かな光。でも、それもあと少しで――。

 

 

「……」

「どうかしたの?」

 

 

 一瞬、カナヲから意思を外していた間に、彼女が気恥ずかしそうにモジモジし始めた。

 

 

「あの……師範の稽古はいつになるんですか?」

「今回の柱稽古に私は参加しません」

「えっ」 

 

 

 驚き悲しみに眉尻を下げるカナヲ。感情が表に出せる様になって嬉しい限りだが、悲しい表情だけは今も慣れない。

 

 

「あの……私、師範ともっと稽古したい、です……」

「そう思ってくれてありがとう。カナヲが素直に気持ちを言えるようになって、とっても嬉しい」

 

 

 以前からカナヲに感情が芽生えていた事は分かっていた。だが、それを素直に出す事が中々できていなかった。

 それがいつからか、素直に表現できるようになった。

 ――いや、いつからなど曖昧ではない。炭治郎に会ってからだ。

 本当に不思議な少年だった。彼が来てから、どんどん周りが変わっていく。きっと、これからもいい方に。みんな変わっていく。

 

 

(だからこそ、()()()()()()

 

 

 鬼殺隊になった時。鬼を殺して殺して殺して。人を助けて死んでしまってもいいと思っていた。

 鬼は嫌いだから。生きているだけで許せないから。身を焦がすような憎しみと怒りがそれを支えていた。

 ――弦司に会った。

 ――姉が鬼になった。

 ――心の底から人を救いたくなった。

 ――そして、幸せを見届けたい。

 怒りはまだ胸の内にある。だが、それ以上に姉たちを救ったその先を、手に入れたくなった。

 だからこそ……死ねない。

 しかし、生き残るには避けては通れない()がいる。

 

 

「上弦の弐・童磨を覚えていますね」

「っ!」

 

 

 あの惨劇を忘れられないのだろう。カナヲの頬は引きつり、しかし目の奥には確かな怒りが燃え上がった。

 

 

「あの日、間違いなく童磨の狙いは義兄さんでしたが、同時に姉さんや私たちを執拗に狙う姿勢も見られました」

「それは……どういう……意味……?」

「…………」

 

 

 最終決戦が近づいてきてから――いや、正確にはカナエが鬼になってからしのぶはずっと考えていた事がある。

 もし大きな戦いが起きた時、あの上弦の弐は誰を狙うだろうか、と。

 

 

「あいつは女を喰らう事に執着している。優秀な身体能力を持つ()()()()()()()がいれば、間違いなく狙ってくるでしょう」

「っ!」

 

 

 カナヲの表情に絶望が浮かぶ。

 あの日、上弦の弐の強さは嫌というほど味わった。まだ力の差は縮んでいない。そんな中、大切な人が狙われる。希望が持てるはずがない。

 しばらく沈んだカナヲは突如、はっ、と顔を上げる。

 

 

「師範……! 二人で戦えば――!」

「卑劣な鬼どもが私たち二人が揃うのを待つ、とでも? そもそも、私たち二人で当時の姉さんと義兄さんの力に達していません。そのような甘い考えは捨てなさい」

「……っ」

 

 

 このままでは来る決戦で()()()()()()

 だからこそ――。

 

 

「以前から()()()()()()()()()()()()を、共同研究の間に形にします」

「えっ」

 

 

 ずっと考えていた。しのぶが死なずに未来を掴む方法。

 僅かな可能性を探り続けた。出来る事は全てやった。

 回り道も沢山した果ての、拾った欠片の数々。そうして考え抜いた二つの策。

 

 

「お館様は非常にか細い可能性だと仰られました。私が頑張るだけは足りない。いくつもの限界を超え、奇跡を積み重ねて初めてたどり着く道だ、と……でも、やっと入り口に立てました」

「っ!」

 

 

 しのぶは瞼を閉じると、先が見えなかった数年前を思い出す。

 あの時は我武者羅に頑張っているだけで、何も見えなかった。一度は()()()()()()()()()()()()()()()()()などと自棄になる事もあった。

 瞼を開けると朝日が眩しい。明るく眩しい太陽だ。

 

 

「未だ構想ですが、全てをカナヲに伝えます。あなたが柱稽古を遂げるまでに、必ず全てを形にします」

「…………」

「だから……あの糞野郎に会った時は私を信じて戦って」

「……はいっ!!」

 

 

 今にも泣きそうな顔でカナヲは笑って頷いた。

 ――死にたくない。

 

 

 

 

 日が沈むとしのぶはそわそわしだした。

 部屋の時計を見ると、ついに約束の刻限が迫ってきていた。

 忘れ物がないか、都合三度目の確認をした所で玄関先から妙な気配がする。

 玄関先に向かうと、そこにいたのはしのぶと背丈の変わらない和装の小柄な美人な女性――と目つきの悪い男。

 感覚は間違いなく、彼女が鬼だと伝える。だが嫌な感じはせず、むしろ清々しい。

 

 

「……」

 

 

 咄嗟にしのぶは声が出なかった。

 何度も文通はした。話したい事もあった。だが、こうして彼女を目の前にすると、中々言葉が出てこない。

 家族ではない。弦司の様に本当の意味で鬼の被害者ではない。人も喰らった事がある。だけど……友達だ。全てを飲み込んで仲良くなりたいと思った友達だ――!

 

 

「……珠ちゃん?」

「それはやめてって、いつも伝えているでしょ」

 

 

 困ってあだ名で呼んでみると、いつものやり取りが声で返ってきた。

 それが嬉しくて微笑んでみると、珠世も同じく微笑んで――目から涙を流した。

 

 

「ごめん! あだ名そんなに嫌だった!?」

「っ、ごめんなさい。そうではなくて」

 

 

 ――まるで友()みたいで。私、鬼なのに。

 

 

「……」

「……すみません。忘れて――」

 

 

 しのぶは思わず珠世を抱き締めた。

 カナエから聞いた事がある。カナエが初めて弦司と話した時、弦司は泣いたのだと。話せて、()といられて嬉しかった、と。人になれないと諦観しているのに。人でいられるのが嬉しくて……とても苦しい。

 ――珠世も同じだ。鬼である事を苦しんでいる()だ。

 

 

「珠ちゃんも同じなんですね」

「……同じとは?」

「義兄さんと同じ()です」

「っ、義兄さんってあの……」

 

 

 珠世の息をのむ音が耳に届く。

 それから、しばらくすると珠世の体が僅かに震えだして……今度は珠世がしのぶを抱き締めてくれた。

 

 

「しのぶさん……!」

「なーに、珠ちゃん?」

「私、たくさん人を、喰らいました」

「うん」

「取り返しがつかない事を、いくつも繰り返しました」

「うん」

「それでも……人、でいいんでしょうか」

「……うーん」

 

 

 珠世の罪。

 人を喰らわなくなるまで、自暴自棄に人喰いを繰り返した過去の告白。

 決してそれは許されないし、珠世自身も許すつもりはないだろう。しのぶも、許しはしない。

 だけど……悔やむ事ができるなら、それはきっと人だ。

 

 

「それじゃあ、罪()って事でいいんじゃないでしょうか」

「……しのぶさんって、時々発言がすごい軽いですよね」

「荷物は軽くしないと歩けないですから。とりあえず、贖罪するなら殺めた人の百倍は助けてみましょうよ」

「緩急つけて重い物を載せないで……! もちろん、背負いますけど」

 

 

 どちらともなく離れ笑い合う。

 

 

「会いたかった」

「私も」

 

 

 お互い一番伝えたかった事を告げて。意味もなく微笑み合っていると、珠世の背後から咳払いが聞こえた。

 しのぶと珠世は視線をもう一人に向ける。

 

 

「その方がもしかして?」

「愈史郎です。仲良くしてやって下さいね」

 

 

 紹介された愈史郎はまるで親の仇の様に、しのぶを睨めつける。とても仲良くできる表情ではない。

 珠世の手紙には滅茶苦茶良い子みたいに書かれていたが、実際に会ってみると印象が全然違う。

 しのぶは何となしに義勇を思い出した。きっと、こいつもそういう面倒くさい男だと勝手に判断して適当にあしらう事にする。

 

 

「いつも珠ちゃんから伺ってましたよ。珠ちゃんの()()()らしいですね」

「!?!?」

(滅茶苦茶照れてる!? えっ、本気?)

 

 

 対応が合っていたのか、愈史郎はそれで俯いた。

 

 

(ちょっろ)

 

 

 敵意がないのであればそれでいいと判断し、しのぶは珠世の手を引く。

 

 

「蝶屋敷を案内しますね」

「ふふ。今日からお願いします」

 

 

 しのぶはこの時を楽しみにしていた。

 鬼殺隊に入隊してからも友人と呼べる人は増えた。だが、こういった生業だ。下手を打てば、友が鬼に襲われる。どうしても、文通以外の交流ができない。蝶屋敷に招き入れ案内するなど尚更難しい。

 だから、こうやって()()を案内するのに憧れていた。

 ――珠世を呼び寄せたのはたくさんの打算があった。

 鬼舞辻無惨打倒のため。

 鬼の治療のため。

 そして――しのぶの未来を掴むため。

 案内を終えたら、それら現実と向き合わなくてはならない。

 複雑に絡んだ事情と背景を孕んだ現実に。

 その上で――。

 

 

(あなたと会えて本当に良かった)

 

 

 この時だけは。それだけを想った。

 

 

 

 

 しのぶと珠世の共同研究。

 ――二人の想像以上の速さで結果が出た。

 しのぶはその結晶である小瓶を殊更丁寧に保存用の棚にしまった。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 

 呼吸は隊士の基本にも関わらず、しのぶの呼吸は定まらない。手の震えも止まらない。

 だけど、仕方ないではないかとしのぶは思う。

 だって――。

 

 

「鬼を治す薬ができた……」

 

 

 生きている間に遂げられると思えなかった鬼を治す薬……それが今、しのぶの目の前にあった。

 こんなにも早く作られたのは複数の理由が考えられる。

 第一の理由は珠世がいたから。やはり、百年を超える研究に勝るものはない。

 第二に環境だ。最新の科学的見地に基づいた研究器具を揃えるのに必要なものは、知見や知識ではない。人脈と財力だ。

 不破家の人脈と産屋敷家の財力を背景に、蝶屋敷は世界でも有数の研究施設となっていた。

 第三に豊富な研究材料だ。ただし、ここでいう材料とは……鬼。

 複数の上弦の鬼の血液に加え、人を喰らわない鬼の珠世・愈史郎・弦司・カナエの四人。さらに、太陽を克服した禰豆子を加えてしまえば、研究材料としては十分すぎた。

 人、環境、物……全てがここには揃っていたのだ。

 理由を挙げれば、確かにこの結果は当然かもしれない。しかし、しのぶはあまり現実味が感じられず思わず隣の珠世に訊ねる。

 

 

「……ねえ、珠ちゃん」

「はい」

「できた……で、いいんだよね」

「できましたよ」

「……信じられない」

「信じて下さい。あなたの成果でもあるんですよ」

 

 

 そう言われても、しのぶは素直に受け取れなかった。

 確かに、現在の共同研究はしのぶにより催されたものだ。だが、自身の手でやったかというと……一体、何人の手を借りたか分からない。薬の調合もほとんど珠世が考え、実施したようなもの。だからこそ、実感がいつまでも湧かない。

 そして何より……弦司の元恋人・熊谷環の絶叫が、より一層実感を遠ざける。絶対に救う事ができないと思い知らされたあの絶望は何だったのかと、思ってしまう。

 そうやって何時までも吹っ切れないでいると、

 

 

「いつまでもうじうじして珠世様の手を煩わすな!」

「うるさい! すぐにもう一つ作ってやるから黙ってなさいよ!」

「すぐに喧嘩をしない! 二人とも何度言わせるの」

 

 

 愈史郎が罵倒して、しのぶが噛みつき返して、珠世が間に入る。すっかり定番のやり取りをしてから、しのぶは宣言通り薬の再作成に取り掛かる。

 言い方は気に入らないが、愈史郎の言葉にも一理ある。いつまでもモヤモヤしても、何も進まない。なら、一分一秒でも早く珠世の技術を吸収すべきだ。

 しのぶは繊細かつ慎重に薬を調合しながら、

 

 

「治療薬を予備を含めて作成した後はどうします?」

「鬼舞辻の血は猛毒です。この薬を応用し、血を注入された際の血清を大量に作成しましょう」

「分かりました。この薬に作り慣れたら、私の方で大量生産します。珠ちゃんはあなたしかできない仕事をした方がいい」

「なら、私は本格的に鬼舞辻専用の毒の作成に移ります」

「でしたら、この薬にかけ合わせるものを作ってくれませんか? 鬼舞辻が治療薬で人に戻れば、そのままぶっ殺して終わり。戻らなければ、分解される事を前提とした罠をしかける」

「例えば?」

 

 

 珠世がねっとりとした笑顔で尋ねてくる。

 やはり、大好きな珠世と大嫌いな鬼舞辻無惨をぶち殺す算段をつけるのはメチャクチャ盛り上がる。

 

 

「細胞分裂を異常促進する……所謂、老化の薬とかどうでしょうか。奴が懸命に分解し細胞を治せば治そうとするほど、年を取っていくなんて最高じゃないですか?」

「いいですね。そこから老化に気づいて細胞分裂を遅くしようとした所で、今度は細胞分裂を阻害する薬へと繋げると、さらに効果的でしょう。分裂速度を遅くしたばかりに、分裂自体ができなくなるとか間抜けで滑稽ですよ」

「いいですね! そこまでいけば、細胞が固まって弱りますから一気に壊せます。最後は派手に細胞をぶっ壊しましょう!」

「それじゃあ、その方針で作ってみますね」

「お願いしまーす」

 

 

 お互いに口角を吊り上げて凶悪に笑ってから作成に集中する。

 しのぶの悲願はほぼ達成したが、それさえも通過点だ。鬼舞辻無惨を殺すまで、例え弦司とカナエを人に戻しても平穏な幸せは戻らない。

 ――この時、しのぶの中は想像以上にぐちゃぐちゃだった。

 不可能と思われた薬を作り、それさえも目標の通過点で、環やカナエ、弦司といった大切な人を誰も救う事はできない。鬼舞辻無惨を殺すまでは、何も成しえない。

 正直にいえば辛かった。辛くはあったが……そんな苦しみを百年以上続けた友が隣にいる。それを思えば、まだまだ踏ん張れる。踏ん張るしかないんだと思うしかなかった――。

 

 

 

 

 それから先も驚くほど順調だった。

 しのぶは珠世の助言の元、予備を含めた計()()の治療薬を作成。さらに治療薬の作成を簡略化し、血清に相当する薬も大量生産した。

 珠世も当初の方針通り、治療薬に合わせる三種の毒薬を生成した。

 もう少し実験を行い精度を高める必要はあるが、決戦に向けた最低限の準備はできた。

 実験の合間、息抜きも兼ねてしのぶは食事を摂る。しのぶはおにぎり片手に珠世が作ってくれた野菜たっぷりの味噌汁を啜る。

 ちなみに、当初は食事の時間がもったいないと、しのぶは栄養液(激マズ)を飲んでいたら、

 

 

「馬鹿な真似はやめなさい!」

 

 

 と割と本気で珠世に怒鳴られた。

 『それじゃあ、そっちも息抜きに料理でもふるまってよ』と切り返した事で何とか機嫌を取る事はできた。珠世は怒らせると本当に怖いので、彼女の前ではあまり無茶をしない事にしのぶは決めた。

 しのぶが小さな口でおにぎりを齧っていると、珠世が紅茶を片手に座る。

 

 

「お口にあいましたか?」

「うん。今日も美味しい」

 

 

 答えると珠世は頬を赤く染めてひっそりと微笑む。愈史郎ではないが、本当に今日も可愛いとしのぶは同意する。

 

 

「少量の毒で殺すのは浪漫なんですけど、やっぱり基本は大量に打ち込みたいですよね」

 

 

 ただし、しのぶと珠世の会話はあまり可愛くならない。しのぶは鬼殺のために薬物を研究しているが、元々薬学自体が好きなのだ。どうしても、薬学方面に話題が偏る。

 

 

「考えてみたんですけど、義兄さんの銃に毒薬を詰めてぶち込むってどうですか? どうせ鬼舞辻は体が丈夫でしょうし、弾丸は体内で暴れ回って弾ける様にすれば、あいつも苦しんで一石二鳥――」

「しのぶさん」

 

 

 思い付きを話していたら、珠世が真剣な表情で口を引き結んでいた。

 

 

(どうしたんだろう……?)

「私の事を想って下さって、本当にありがとうございます」

(? いつも大切に想ってるけど、どうして今?)

「でも……鬼舞辻に毒を打ち込む役目は、私がやります」

「…………」

 

 

 しのぶは表情を悲しそうなものに変える。もちろん、内心は大パニックである。

 

 

(はぁっ!? 珠ちゃんが鬼舞辻に毒を打つって……なんで!? いや、一度に打ち込む毒は多ければ多い程いいし。珠ちゃんが愈史郎の血鬼術で気配を隠して近づいて、直接大量に打ち込むのは理に叶ってる……! でも、その役目って――)

 

 

 しのぶはようやく、珠世が死ぬつもりである事を察した。死ぬつもりであるからこそ、まるで珠世が生き残る方法を提示するしのぶに、珠世は感謝したのだろう。

 

 

(余裕なくて何も考えてなかっただけなのに!! 酷い勘違い!!)

 

 

 全然珠世の事なんて考えてなくって、薬物狂の戯言だった訳だが。バレたらお互いメチャクチャ恥ずかしいやつである。

 しのぶは『察してましたよ』の演技を全力で続ける事にした……とはいえ、羞恥以外の感情に演技は一切ない。本気で珠世には死んでほしくない。

 

 

「どうしても……?」

「毒を打ち終わった後、鬼舞辻を日の出まで足止めする人が必要です。しかし、その役割は私にはできません。鬼舞辻と戦う力が私にはありません。確実に毒を打ち込めて、その後は役に立たずで死んでもいい者となると……私以外いません」

「ねえ、死んでもいい者っていうのは今すぐ撤回して。愈史郎が可哀想だし、私は友人が死んでもいいと思っているとでも言うの? 酷い侮辱だわ」

「っ、ごめんなさい。撤回します、言葉が過ぎました。でも……」

 

 

 珠世の顔が苦しそうに歪む。

 

 

「私は鬼舞辻を殺すために毒を打ちこみます」

「なら、何でそんな顔をするの?」

「……ずっと、死ぬ覚悟をしていました。覚悟した上で、愈史郎とも一緒に居ました」

「…………」

「だけど、友人ができるなんて思ってなかったから。かけがいのない友人をあっさり別れられる程、私は強くなかった……」

「珠ちゃん……」

 

 

 目を伏せる珠世。しのぶは不謹慎と思いながらも、とても可愛いと思ってしまった。

 ずっと寄り添った相手には覚悟を示せても、降って湧いて出た友達に強気に出られない……可愛くて愛おしい。そして、どれだけ想っても何もできない自分が憎らしいとしのぶは思う。

 きっと自身も同じ顔をしていると思いながら、しのぶは言葉を続ける。

 

 

「ずっと決めていたんですよね?」

「……はい。鬼舞辻の呪いが外れた日からずっと――」

「なら、分かりました。悔しいけど、私にはあなたを止める程の力はありません」

「ごめんね、しのぶさん」

「いいんですよ。愈史郎が断れなかった願いを私が曲げるのは……違うような気がします。でも――」

「……」

「毒を打った後なら、助けてもいいですよね?」

 

 

 珠世のできる事が毒を打つ事なら。打った後に助けるなら文句はないはずだ。

 珠世の目が大きく見開かれる。

 

 

「薬の研究を手伝って下さいね。私が一分一秒でも早く助けに行きます」

「しのぶ、さん……!」

「私だけではありません。義兄さんや姉さんにも頑張ってもらいます。他の柱も鬼舞辻無惨を殺した功労者と分かれば、すぐに助けてくれます。だから……鬼舞辻を殺す毒を打って、終わりと思わないで。最後まで戦って。少なくとも、生きて欲しい願っている()は目の前にいる」

「っ!」

 

 

 珠世は立ち上がると、慌てて自室へと走って行った。

 走り去る背中を見ながら、しのぶは過去の己を思い出していた。きっと、昔の自分なら決してかけなかった、かける資格のなかった言葉。

 ただ殺すだけの剣士ではない。救うための言葉――。

 

 

(吐き出した唾は飲み込めない。珠ちゃんのためにも、私は()()を完成させてみせる)

 

 

 しのぶはおにぎりを味噌汁で飲み込むと研究室へ向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。