鬼滅の刃~胡蝶家の鬼~   作:くずたまご

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第4話 胡蝶家・前編

 研究の目途が立った段階で共同研究は産屋敷邸で行う事になった。蝶屋敷ほど機器は充実してはいなかったが、残りの研究を進めるのには十分であった。

 しのぶはその裏に隠された意図というものを嫌というほど感じた。

 ――まるで予め決められていたような移動。

 ――珠世の鬼舞辻無惨を殺すという覚悟と高まる殺気。

 ――産屋敷耀哉の容態。

 ――鬼舞辻無惨の目的。

 考えれば考える程、いずれここが戦場になるのではないかと、しのぶは感じた。

 耀哉の容態は最悪だ。もはや、余命幾ばくもない。だから、己よりも無垢の人々を守れと何度も言われた。

 理屈は分かる。それでも、最期を穏やかに過ごせるように護衛をつけるべきだ。戦場になる可能性があるならなおさらだ。

 しのぶは岩柱・悲鳴嶼行冥にそれとなく勧めてみた所――、

 

 

「歴代の当主は誰も護衛をつけなかった……などと月並みな答えを求めているのではないのだろう」

「……」

「この時ばかりは君の聡明な頭脳を恨めしく思う」

「っ、まさかお館様は――!」

「私からは一つ。お館様のご覚悟を受け止めなさい」

「……はい。答えて下さって、ありがとうございます」

 

 

 頷く事しかできず、しのぶは蝶屋敷へ帰宅した。

 夜。何となしに縁側で月を眺め、耀哉の事を想い馳せる。

 耀哉には恩しかない。

 

 

『君の事を誇りに思うよ、しのぶ』

 

 

 蟲柱に就任した際『人を救える剣士になりたい』と宣言したしのぶに、耀哉が送ってくれた言葉だ。

 

 

(そうじゃないのに)

 

 

 決して、誇りに思える人間ではない。救うと決意しながら、いくつも命が零れ落ちてきた。それでも、耀哉がしのぶを誇りと思えるなら――、

 

 

(お館様のおかげなのに)

 

 

 ()()()()()()()()()()()のしのぶを信じて厚遇して、倒れるギリギリを見極め走らせてくれた。ただの優しい人なら、きっと止められていた。何の成果も上げないで全てが取り上げられて終わっていた。しのぶが成せたのは、耀哉がいたからに他ならない。

 恩人の最期が迫っていながら、指示に従う事しかできない。

 無責任な好奇心を働かせてしまったと後悔しながら、しのぶはその時を待つしかできなかった。

 そうやってボーっとしていると、

 

 

「しのぶ」

「姉さん……と義兄さんにカナヲ」

 

 

 姉のカナエ、義兄の弦司にカナヲ。久々に胡蝶家が全員揃った。ちなみに、全員隊服を着用し日輪刀を腰に――弦司は散弾銃――を下げている。最終決戦がすぐそこに迫っているため、常時臨戦態勢をとっていた。

 ただし、心はそうではない。柱稽古の時のような険は表情になく、彼らは僅かな笑みを浮かべていた。

 カナエは一瞬、心配そうに眉尻を下げると、

 

 

「えいっ!」

 

 

 カナエがふざけてしのぶに覆いかぶさるように背中へ圧し掛かる。

 

 

「……え、えいっ」

 

 

 カナヲも真似をして弦司の背中に飛び乗る。

 

 

「……やめてよ」

 

 

 しのぶも口では止めるように言いながらも、振りほどこうとしない。それに、これはしのぶが心配をかけたせいなのだ。いや、心配をかけなくてもこうだったかもしれないが。

 とにかく、今はじゃれ合って時を過ごす。

 

 

「姉さん、重い」

「そんな事ないでしょ!?」

「カナヲは軽いなぁ。もっとしっかり食べてもいいんだぞ」

「……そう、かな」

 

 

 ちなみに、ここにくるまで互いの進退について散々話し合ったので、鬼殺の事は誰も口にしない。

 ――結局、最後まで誰も鬼殺を止めようとしなかった。

 カナエはしのぶに鬼殺隊を辞めろと言ったし、しのぶもとっとと夫婦揃って人間に戻れと言い募った。弦司はカナヲだけでも鬼殺から降りるよう言ったし、カナヲは上手く言葉にできず頬を膨らませて抵抗してみせた。

 鬼殺を止めない理由は……どんなに言葉を繕っても皆、鬼を恨んでいるからだ。それは絶対に揺るがなかった。だが、それ以上に鬼舞辻無惨と上弦の弐・童磨‥…奴らを滅さない限り、誰も幸せになれないとどこかで思っていた。

 でも、そのために死ぬかもしれない戦いに臨む。生きて幸せになるために、戦いに行く。

 矛盾しているかもしれないが、誰かが為さねばならなくて……結果、全員が戦う事になった。

 今みたいな時間を何度も過ごしたい。でも、この時間も最後かもしれない。そう思いながら過ごしていた。

 そして穏やかな時間は、突如として破られる――。

 

 

「緊急招集ーーッ!!」

「っ!」

「産屋敷邸襲撃ィ!!」

 

 

 鎹鴉が言い終わる前に、四人は蝶屋敷を飛び出していた。

 向かう先は……産屋敷邸。

 しのぶ達は力の限り駆ける。駆けるが……分かってしまう。

 間に合わない。襲撃されて、鎹鴉の報告されて、それから走り出した所で間に合うはずがない。

 それに耀哉はもうすぐ死ぬ。何もせずとも死ぬなら――鬼殺隊、しかも長が考える事など一つだ。

 脚に力を込める。

 最悪な未来が過ぎるも、それでも間に合えと願い。

 ――呆気なく、爆音が夕闇を斬り裂いた。

 産屋敷邸から爆炎が上がる。

 

 

「~~っ!!」

 

 

 しのぶは歯を食いしばりながら走り続け、殺意を全身に漲らせる。

 恩人が死んだ。鬼舞辻無惨がいたせいで、穏やかに死ぬ事もできなかった。この感情の発露こそ耀哉が望んていた事と理解して、それでも何かできたはずだと後悔して。激情に身を任せ駆ける。

 そして――とうとう()を胡蝶家と()()が包囲した。

 全身を巨大な棘に刺し貫かれ、珠世に腹を打ち抜かれた、青白い顔色の男――。

 

 

「鬼舞辻無惨だ! 奴は頚を斬っても死なない!」

 

 

 すでに先陣を切っていた行冥が叫ぶ。

 

 

(あれが、鬼舞辻無惨!)

 

 

 否応なしに戦意が、殺意が最高潮になる。

 

 

(私達の両親を殺した元凶! 義兄さん達を苦しめた糞野郎!!)

 

 

 七人の柱。二体の鬼。その他、上澄みの隊士数名。

 今、鬼殺隊の最強戦力が揃った。日が昇るまで奴を止めてみせると、全員が全力の技で鬼舞辻に叩き込もうとして――落下。

 

 

(血鬼術!?)

 

 

 突如、現れた襖や障子が足元で開き、鬼殺隊の全隊士と鬼舞辻無惨も落ちていく。相手の戦場に誘われるのは業腹だが鬼舞辻が入った以上、身を任せる他にない。

 

 

「地獄に行くのはお前だ無惨! 絶対に逃がさない、必ず倒す!」

 

 

 鬼舞辻に向け啖呵を切る炭治郎。彼の覚悟を聞きながら、しのぶは一人落ちていった。

 

 

 

 

 ――ここで()()()の話をしよう。

 もしも胡蝶夫妻がいなければ。柱達は一人、また一人と命を落とし傷つきながらも鬼舞辻への命へ迫っていっただろう。

 ――ならば、胡蝶夫妻がいる事でどのように変わったのか。

 鬼舞辻はある意味、夫妻を鬼殺隊よりも恐れていた。

 童磨を通して見た狂気。不可解な血鬼術。

 人であれば、下に見て煩わしく思い理解しようともしなかった。

 だが、彼らは人ではなく自身と同じ鬼だ。鬼にも関わらず、鬼舞辻はついぞ二人を欠片も理解できなかった。同じなのに、何も分からない不可解で狂気的な存在だった。

 ――だからこそ、胡蝶夫妻との戦いは徹底的に避けようとした。

 戦うとしても、鬼殺隊を滅ぼした後。残った上弦の鬼を集めて袋叩きにする。万が一、陽の光を克服する可能性を考慮し太陽の下で燻って消滅させるか喰らう。

 だから奴らには時間稼ぎ。遅延戦法を取る。

 それらを最も得意とするのは、この度の戦いで抜粋された上弦の肆・鳴女(なきめ)だ。二人を徹底的に足止めしろと、鬼舞辻は鳴女に命令していた。

 ――だが、これが裏目となった。

 轟音。

 無限城の隅まで轟く銃声が突如として鳴り響いた。

 それと同時、

 

 

「がっ!?」

 

 

 鳴女は血を吐いた。巨大な一発の銃弾が腹を貫いている。琵琶の音が乱れて血鬼術の制御が甘くなる。

 鳴女の視線は無限城の遠く。男……弦司が迫りながら、巨大な小銃を構えていた。鳴女は咄嗟に空間を制御し襖で押しつぶそうとするが、いつの間にか弦司の体から飛び出た鋼線が壁の襖に突き刺さり、そのまま巻き取られて高速移動する。そして、それを上下左右不規則に繰り返し、鳴女へと迫る。

 ――鳴女は弦司との相性が悪すぎた。

 これが鬼殺隊、例え柱であったとしても問題なかった。なぜなら人間は()()()()()()から。空間を操る鳴女の前に、飛べない生物では近づく事も容易ではない。

 だが、弦司は違う。血鬼術・宿世招喚(すくせしょうかん)で自在に自身の体を変化させ、疑似的に空を飛ぶ。空間を操っても、謎の三次元機動で臨機応変に対応され迫られてしまうのだ。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 今度は轟音と同時に左肩を打ち貫かれる。

 さらに厄介なのは、刀鍛冶に作らせた戦艦の装甲さえも貫く小銃だ。鬼の反射神経でも銃弾を躱す事できず、威力も高いため血鬼術の制御に悪影響を与えられる。

 しかも狙いが正確で嫌らしい。鬼の身体能力と思考力で刹那に銃弾の軌道を計算し、鳴女の嫌な所に打ち込んでくる。

 

「そこっ!」

「っ!!」

 

 

 しかも、カナエも弦司ほどではないものの、立体機動で迫ってくる。咄嗟に鳴女は自身の足元の襖を開けて別の場所に移動。ついでとばかりに柱のような太い襖と障子をカナエに向かわせるが、すべて鋼線を使用した高速移動で躱される。たまに当たっても全身を硬質化させて、襖を突き破る。

 それでも鳴女の本気の妨害で、移動速度は下がっている。だが逆を言えば、鳴女が本気でカナエの妨害をしなければ、今頃日輪刀で容赦なく頚を斬られていた可能性がある。

 ――鳴女は鬼殺隊の攪乱が片手間にできなくなっていた。

 そして、これは全ての戦場に影響を及ぼす。

 かき集めた鬼が鬼殺隊と遭遇する機会が少なくなり。

 柱達を逐次上弦の鬼と戦わせる事ができなくなり。

 結果、鬼舞辻が捉えられる時間が格段に早くなるのであった。

 

 

 

 

 無限城に取り込まれたしのぶは、一歩一歩終わりのない廊下を進む。

 

 

(……血の匂い)

 

 

 一つの戸の前で足を止める。

 

 

(っ、それにこの気配は――!)

 

 

 血の匂いに紛れ、戸から溢れ出る気配。

 覚えてる。忘れるはずもない。

 自身と姉の道を狂わされたあの鬼の事を――!

 心臓が煩い程、胸を打つ。それでもしのぶは躊躇せず、戸を開け放った。

 

 

 ボリッ

    ボリッ

       ボリッ

 

 

 桟橋が連なった不思議な空間には、ただただ悍ましい音が響いていた。

 そして音源には……あの日、逃げるしかなかった見覚えのある背中が、死体の山の間にあった。

 全身の毛という毛、肌という肌が逆立つ。

 

 

「ん?」

 

 

 男が振り向く。

 白橡色の髪に、虹色がかった瞳。左目に『上弦』、右目に『弐』。

 上弦の弐・童磨が文字通り人を喰らっていた。口の周りには、その惨劇を物語る様に赤色の液体に濡れていた。

 そして、しのぶを見た童磨は……あの時から変わらない空っぽの笑顔を浮かべた。

 

 

「わあ、君はカナエちゃんの妹だ! あれぇ、来たんだ。 あの時より()()()()()()()()()()()。鳴女ちゃんにしっかりお礼を言わなきゃ」

「うげぇ……」

 

 

 しかし、あの日にはなかった()()が両の眼の奥に灯っていた。想定していたとはいえ、しのぶは別の意味で身震いをする。

 ――と、死体の山の中で動く女性が一人。

 

 

「た、助――」

 

 

 生存者を認めるなり、しのぶは床を蹴っていた。

 あの糞野郎の命の扱いは軽率、軽薄、軽挙と滅茶苦茶軽い。助けるならば、あの男が動いてからでは遅い。

 瞬時に女性を横抱きに抱え上げ、距離を取るしのぶ。

 目の前には、呆然とする助けられた女性。傷一つない――。

 

 

「…………」

 

 

 だがこの時、しのぶは声を出せなかった。

 カナエとの訓練で常識外の速度は何度も味わった。だからこそ、童磨が何をしたのか辛うじて捉えていて――。

 

 

 ズチャッ

 

 

 目の前で助けた女性がバラバラになり、血飛沫を浴びる。

 しのぶが飛びついた一瞬の間に、童磨は二つの扇で女性を斬り捨てていたのだ。女性本人が死んだと気づかないほどの速さで――。

 また、しのぶの鼓動が速くなる。

 童磨がしのぶに向き直り立ち上がる。

 

 

「やあやあ、改めまして俺は童磨。その羽織、覚えているよ。君とは三年? それとも四年ぶりだったかな? 君を喰べ残してたの、心残りだったんだ」

「相も変わらず狂った言動。今も救済などと嘯いて、人々を苦しめているんでしょ? 本当に理解できない」

「えーっ」

(力不足でごめんなさい)

 

 

 しのぶは心の中で女性に謝りながら相対する。そして、柄を握り戦闘態勢を取りながら……力量差を改めて痛感させられる。

 身体能力。

 戦闘技術。

 血鬼術。

 相対して、圧倒的に劣る事を実感する。想定していたとはいえ、あまりにも壁が高い。

 そして、差を表すように童磨の態度は軽い。

 

 

「せっかくの再会なのに刺々しいなぁ……もしかして、何かあったの? 話を聞いてあげるよ」

「貴様に覚える頭はあるの? 貴様のせいで姉さんが鬼になった事、忘れたとは言わせない」

「えーっ、それ俺のせい? だってあいつら、お揃いの首輪揃えたり死に際に血を飲みあったり、元からおかしかったよ。どうせ、どこかの機会にうっかり間違って鬼になっ――」

 

 

 『蟲の呼吸・蜂牙(ほうが)の舞い 真靡(まなび)き』

 蜂の一刺しを想起させる神速の突き。会話に気を取られていた童磨の左目を日輪刀が刺し貫いた。そう、しのぶは隙を突いただけ。決して耳の痛い話をされたせいではない。

 

 

「凄い突きだね。手で止められなかったよ」

 

 

 左目を日輪刀で貫かれたにも関わらず、余裕の笑みを崩さない童磨。

 それどころか――

 『血鬼術・蓮葉氷(はすはごおり)

 二対の扇を振り回す。扇の軌跡は凍り付き、さらには巨大な氷の蓮がしのぶに襲い掛かる。

 

 

(姉さんから聞いた通り嫌な攻撃! 肺が凍らされないように、距離を取る機は絶対間違えられない!)

 

 

 事前情報、および散々重ねた鍛錬で童磨の冷気を喰らう前に飛び退る。

 

 

「うーん? 速いねえ。速いけど」

 

 

 童磨が首を傾げながら顔を上げる。すでに左目の傷は塞いでる。

 

 

(話には聞いてたけど、傷が治るのが早すぎる)

「不憫だな。人間の時のカナエちゃん以下だ。それに突き技じゃ鬼は殺せない。やっぱり鬼を殺すなら頚を斬らなきゃ」

「突きでは死にませんが毒ならどうです?」

 

 

 言いながらしのぶは鞘に日輪刀を収める。しのぶの鞘は特別で、鞘の中で毒薬の調合を行う事が出来る。当然、先の一刺しは毒をたっぷりと塗っている。

 

 

「ぐっ」

 

 

 童磨から苦悶の声が漏れ、跪くと同時にしのぶは日輪刀を再度抜刀する。

 毒が回り始めたのか童磨の顔が脈打ち、顔色が急激に悪くなり、

 

 

「ガハッ」

 

 

 大量の吐血。

 しのぶの毒が、上弦の鬼を苦しめている。

 だが――

 

 

「これは……累君の山で使った毒より――」

「そんな事だろうと思ってましたよ」

「っ!?」

 

 

 『蟲の呼吸・蜻蛉(せいれい)ノ舞 複眼(ふくがん)六角(ろっかく)

 跪く童磨に、しのぶは容赦なく高速の六連撃を突き刺す。

 刺した箇所が新たに膿んで、童磨は桟橋に倒れ込む。ただし、最初に刺し貫いた左目は赤く充血しているものの、元の状態に戻っていた。

 

 

「ちょ、待――」

「私は弱い」

 

 

 最終決戦に臨むにあたり手あたり次第相談した。本当にしのぶの毒は上弦の鬼に通じるのか、と。そして、通じなかった場合にどうすれば良いのか、と。

 上弦の鬼に毒は通じないという意見が、総じて多かった。何より、元音柱・宇随天元が実際に強力な藤の花の毒を打ちこみ、一瞬にして解毒されたと証言した。

 ――通じたとしてもすぐに解毒される。

 それがしのぶの出した予想、結論であった。

 ――なら、そのまま解毒させて馬鹿正直に戦うのか。

 死ぬ気で戦うのなら、それでもいいかもしれない。だが、今のしのぶは……生きたかった。

 ――だから答えは、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「弱い私が考え抜いた、貴様専用の戦法」

 

 

 しのぶは素早く納刀し調合を手早く済ませると、再び童磨に襲い掛かる。

 二度目の六連撃にも、童磨は為すすべなく貫かれる。

 

 

「ぐはっ!」

 

 

 『蟲の呼吸・蟻噛(ぎごう)の舞い 百咬(ひゃっこう)這毒(しゃどく)

 

 

「毒で延々と苦しみ、のた打ち回りなさい」

 

 

 童磨が三度毒に侵され、顔を桟橋にぶつける。

 毒に悶え苦しめ。痛みに這いずり回れ。

 いずれ毒も効かず、痛みも克服するとしても。例え自身が蟻のように小さな存在でも。

 ――何度でも諦めず噛みついてみせる。

 

 

 

 

 童磨は人間の頃から優しく賢かったと自認している。

 だからこそ、童磨の両親が、彼の頭髪と瞳の色が違うからという頭の悪い切っ掛けで極楽教を作った際も、否定せずに話を合わせてあげた。

 極楽なんてないのに、苦しいと辛いと泣き喚く馬鹿大人達のために頭が悪くて哀れだと泣いてあげた。

 そう、自身は愚かな人々を助け幸せにし続けてきたはずなのに――。

 

 

「がはっ!」

 

 

 都合八度目、蟲柱の女によって童磨は穴だらけにされ血反吐をまき散らしながら倒れ伏す。

 

 

(これは……殺す、だけの毒じゃない……!)

 

 

 四度目あたりから、彼女の毒の傾向が分かった。そこから童磨の解毒速度が上がると、毒の種類が変わった。複合毒になった。それも殺すための毒ではない。童磨に苦痛を与えるためだけの毒だった。

 

 

(道理で、解毒が阻害、される訳だ……! 痛みで、考えが、まとまらない)

 

 

 今は刺された箇所から、火が付いたような鋭い痛みが走る。そして全身に激痛が広がる。意識が飛びそうになる。

 

 

(解毒の優先順位を下げる。まずは毒を広がらない様に、一カ所に――!)

 

 

 全身の血流と肉を操作し、身体を巡ろうとする毒を肝臓のある位置に集約する。一カ所、今にも爆発しそうな痛みが襲うが、全身の痛みに比べればまだ意識を保ちやすい。

 

 

(毒は排除せず、このまま一カ所で分解と解析を進める。二度と効かないように対策を――)

 

 

 そんな童磨の心を見透かしたのか、わざわざ手足を日輪刀が刺し貫く。刺された痛みしかない。ただし、異様な()()が手足に現れる。

 皮膚を削り取りたくなるほど痒みが、手足から全身へと飛ぶ。手足が猛毒で爛れて皮膚が掻けない。

 

 

「痒い! 痒い痒い!!」

 

 

 童磨の口から、自然と絶叫が漏れていた。倒れ叫ぶ童磨をしのぶは冷徹な視線で見下ろす。鞘からゴリゴリと異様な音が鳴る。その手は次なる毒を調合している。

 童磨は鬼殺隊の柱と何度も戦った事がある。手足を斬り落とされたのは、一度や二度ではない。だが、さすがの彼もこんな拷問のような攻撃は受けた事がない。

 人々を助けたい。幸せにしたい。

 その為に生まれてきたはずなのに――。

 

 

(なんで俺がこんな目に――!)

 

 

 なぜ、と童磨は思う。

 童磨にこんな事をするためだけに蟲柱は四年もの間、過ごしていたのかと。

 ――胡蝶姉妹。

 姉は一人の鬼に狂い鬼に成ったイカレ。

 そして妹は童磨を苦しめるためだけに、毒を磨き続けていた――。

 童磨が上目に蟲柱を覗き見る。彼女の抜刀と同時、視線が交錯する。

 冷たい。

 どこまでも冷たい冷たい瞳が、童磨を貫く――。

 

 

「がはっ!」

 

 

 日輪刀が童磨を刺し貫き、容赦なく十度目の毒が流し込まれた。

 

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