鬼滅の刃~胡蝶家の鬼~   作:くずたまご

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第5話 胡蝶家・後編

 ――十五度。

 しのぶが童磨に対して、流し込んだ毒の数だ。正直、最悪半分以下で打ち止めになる可能性も考えていた。だから、この結果はしのぶにとって望外であった。望外であったが――。

 

 

「あっ」

 

 

 十六度目の交錯で、童磨は捨て身で扇を振ってきた。死なない程度に分解し、右腕だけを動かせる状態にしていた。

 その表情に薄っぺらな笑顔はない。ただただ()で、遮二無二扇を振るってきて――鮮血が飛んだ。

 

 

(斬ら、れた――!)

 

 

 しのぶは必死に身体を捻り躱そうとしたものの、脇腹を斬り裂いた。致命傷ではないものの、今までのように動くのは難しい。

 しのぶは距離を取りつつ呼吸で止血。脇腹を押さえながら童磨に向き直る。

 

 

「君みたいな酷い女の子は初めてだよ。なんでそんな非道な事ができるのかな?」

 

 

 童磨の傷は全て塞がっていた。毒にのたうち回っていた様子は、欠片もなかった。ただただその無表情が、しのぶが与えた仕打ちの大きさを物語っていた。

 

 

「身体が小さいから頚を斬れないと思ってたけど、もしかして苦しめるために毒を使ってるの?」

「うる、さい……それしか、できなかっただけ」

「えっ、それでこんな毒、普通作る? 君の方がよほど鬼じゃない?」

 

 

 童磨が無神経な言葉をいくつも吐き出すが、今はその時間がありがたい。

 

 

(少しでも時間を稼ぎたいけど、欠片も油断してない。もう喰べ逃した()じゃない)

 

 

 束の間の思考の後、しのぶは覚悟を決める。色々小細工を重ねたが、それさえも許さないと童磨は構えている。後は自身の持つ技術で切り開くしかなかった。

 しのぶは脇腹から手を放す。日輪刀を納刀し、とっておきの毒を調合する。

 

 

(僅かでも勝機を見出すなら――頚に大量の毒を打ちこむ!) 

 

 

『蟲の呼吸・蜈蚣(ごこう)ノ舞 百足(ひゃくそく)――

 

 

 強く桟橋を踏み込もうとし――部屋の壁が吹っ飛ぶ。

 

 

「どぉりゃぁあアアア! 伊之助様のお通りじゃあアアア!!」

 

 

 ド派手に登場したのは猪頭の被り物をした筋骨隆々の男・嘴平伊之助。

 

 

「い、伊之助待ってー!」

 

 

 遅れて部屋の穴から入ったのが栗花落カナヲ。

 二名とも鬼殺隊では上澄みだが柱ではない。普通に考えれば、上弦を討つには最低一人は柱が必要で、明らかな力不足だったが――しのぶは笑った。

 

 

(――いける)

 

 

『蟲の呼吸・蜈蚣(ごこう)ノ舞 百足(ひゃくそく)蛇腹(じゃばら)

 桟橋を砕け散る程の激しい踏み込み。一瞬で、最速となったしのぶは真っ直ぐと向かう――()()()()()()

 さすがの童磨も先の残忍な行動が頭にあったためか。想定外の行動に硬直し、そのまま様子見に回る。

 

 

「うおっ!? 何かと思えばしのぶじゃねーか…‥って、お前血塗れじゃねーか! ……なるほど、苦戦して親分の俺に助けを求めに来た訳だな」

「はい」

「任せておけ! ……って、はい!?」

「少しの間、()()()()()()()()

 

 

 しのぶは言うだけ言うと、ぽかんとした伊之助の前で二つの瓶――白い液体と赤い液体――を取り出し、白・赤の順番で一気に呷った。

 

 

「っ、何をしたか知らないけど、止め――」

 

 

 童磨が扇を振りかぶり氷を出そうとして――動きを止める。

 なぜなら……しのぶは白目を剥いて、そのまま伊之助に向けて倒れたから。呼吸も止まっているのか、脇腹から血が流れ始めた。

 

 

「……えっ。自殺? 応援が来て?」

 

 

 童磨の呟きに応えは返ってこない。応えるべき人の息は止まった。

 ――こうして童磨にとって、胡蝶しのぶは理解の及ばない存在へとなった。

 

 

 

 

 ――それは栗花落カナヲにも全てが分からない状況だった。

 目の前で大好きなしのぶが、何かを飲んで……死んだ。呼吸もしていない。心臓も動いていない。ただただ力なく、伊之助に枝垂れかかってて――。

 

 

「――おい、しのぶっ!! てめぇ……俺には怪我するなって言っただろうが!! 何、勝手に死んで――!!」

「伊之助!」

 

 

 ――それでも、分かる事もある。

 

 

「師範……姉さんは、あなたに守ってってお願いした。託された」

「守ってって……死んでんじゃねえか! どうやって守るんだよ!!」

「お願いだよ、伊之助」

 

 

 カナヲはただただ伊之助を見つめる。

 伊之助の表情は猪頭を被っているせいで見えない。それでも、その下ではしのぶの事で憤っている事ぐらいは、今のカナヲでも分かった。そして、彼もカナヲと同じでしのぶの事が好きな事も分かっていた。

 だから、何だかんだと言いながらも、しのぶのお願いは聞いてくれる。

 

 

「だ~~~っ!! くそっ!!」

 

 

 伊之助は叫ぶと、乱暴にしのぶを背負った。そして、どこかから取り出した包帯で、絶対に離さないとでも言うように何重にも伊之助としのぶを結んだ。

 

 

「頼まれたんなら仕方ねえ。この嘴平伊之助様が守ってやるよ」

「ありがとう」

「――それを許すと思う?」

 

 

 瞬きの間に、童磨は二人の目の前にいた。

 『花の呼吸・伍ノ型 (あだ)芍薬(しゃくやく)

 『獣の呼吸・肆ノ牙 (きり)(こま)()き』

 即座にカナヲと伊之助は挟み込むように迎え撃った。

 カナヲの花弁のような高速の九連撃と伊之助独特の滅茶苦茶な太刀筋による二刀流。

 

 

「へぇ。二人とも面白いね」

 

 

 異なる高速の連撃に、童磨は微笑みさえ浮かべ、

 『血鬼術・枯園垂(かれそのしづ)り』

 二対の扇と氷が全てを受け止める。それだけで、二人の渾身の連撃は受け止められた。

 それだけではない。残った氷がカナヲを伊之助を()()()()()()

 

 

 『花の呼吸・弐ノ型 御影梅(みかげうみ)

「君は目がいいね! 全て限り限りで躱して凌いでる」

 

 

 『獣の呼吸・壱ノ牙 穿(うが)()き』

「君は皮膚感覚に優れているのかな? よくこの冷気の隙間を狙えるね」

 

 

 隙を見て伊之助が二刀による鋭い突きを見舞うが、簡単に二対の扇が弾き返す。

 

 

「次いくよー」

 

 

 『血鬼術・()(ぐもり)

 童磨の周囲から氷の粒子が大量に噴き出す。一息吸えば肺が使い物にならなくなるだろう。カナヲと伊之助は慌てて童磨から距離を取った。

 童磨は追撃せず、余裕の笑みを浮かべる。

 

 

「血鬼術に対する反応が早いね」

「当たり前だろうが! お前の血鬼術はカナエが言い触らしてたからな!」

「伊之助! それ言っちゃダメなやつ!」

「でも、柱ほど強くない」

「っ!?」

 

 

 そう言って、童磨は猪頭の被り物を掲げる。伊之助がいつも被っていた毛皮だった。あの僅かな交錯で奪われていた。

 カナヲと伊之助は、カナエに相当扱かれていた。それでも、確かな力量差があった。

 童磨がこれ見よがしに毛皮をマジマジと眺め、

 

 

「テメェ……返しやがれ」

「あれぇ? 何か見覚えがあるぞぉ、君の顔?」

 

 

 次いで伊之助の顔を差して、そんな事を言う。

 

 

「僕たち何処かで会ったよね?」

「テメェみたいな蛆虫と会った覚えはねえ!」

 

 

 伊之助は有り得ないと憤るが、カナヲは童磨の言葉から嫌な予感がした。

 童磨は薄っぺらだ。言葉に深い意味はなく、ただ表面をなぞっているだけ。ただ、時に途轍もなく不快にさせる。事実を元に、無遠慮で無神経な言葉を選ぶからだ。

 弦司の前に来た時も()()()()と呼んだ。鬼が人の味方をしている、ただその一つの()()を以って。

 ならば今、童磨が伊之助に投げかけた言葉のどこに()()があるのか。

 

 

「待って」

 

 

 カナヲは日輪刀を構えながら、今にも斬りかかりそうな伊之助を止める。

 

 

「止めるんじゃねぇ!」

「あいつは人の心が分からない馬鹿だけど、あいつなりの根拠がある」

「酷い事を言うなぁ……それに馬鹿だなんて心外だ。俺は記憶力が良いんだ」

 

 

 童磨は顔だけ憤らせてみせると、こめかみに指を添え――

 グリッ

 グリッ

 指をこめかみに突き刺し、脳を弄り始めた。

 

 

「うぇーーー!! 何してんだキッショオッ!!」

 

 

 思わず絶叫する伊之助に、ドン引きするカナヲ。だが、童磨は気にせず何やらぶつぶつ呟くと、

 

 

「あー! これだこれだ」

 

 

 納得すると、一人の女性について語り出した。

 ――琴葉。

 旦那に暴力を振るわれ、姑にもいじめられて童磨が教主を務める『万世極楽教』に逃げ込んだ女性で……伊之助の母親。彼女と瓜二つだと、童磨は言った。

 

 

「喰べるつもりはなかったんだけどね。信者を喰べているのが見つかっちゃって」

 

 

 ――骨まで残さず喰べてあげたよ!

 

 

 まるで善行のように、あいつは笑顔で言った。。

 

 

「幸せな時ってあったのかな、琴葉って? 何の意味もない人生だったよ」

「いい加減にしろ!! 下衆!!」

 

 

 気づけばカナヲは叫んでいた。

 この鬼は一体どこまで人を不幸にするのか。人の心を引き裂くのか。

 琴葉が懸命に残した息子を前に。どうしてそんな無神経な言葉が吐けるのか。

 

 

「……っ」

 

 

 伊之助は怒りに震えて……歯を食いしばって必死に耐えていた。

 自身の仇である存在が、母親を侮辱した。それでも背中にしのぶがいたから。不用意に飛び込まず、踏み止まっていた。

 それでも――

 

 

「テメェは絶対、俺が頚を斬る!! 地獄に堕としてやる!!」

「足手まといを抱えて出来ると思ってるの? やっぱり母親に似て頭が悪いなぁ」

 

 

 『血鬼術・散り蓮華(れんげ)

 童磨が扇を振るい、大量の花弁を模した氷が襲い掛かる。

 これに対して二人は逃げるのではなく前に出る。

 『獣の呼吸・伍ノ牙 (くる)()き』

 カナヲの前に出た伊之助が二太刀を広範囲に振るう。目に見えて減った氷の隙間をカナヲが見極める躍り出て、

 『花の呼吸・陸ノ型 渦桃』

 全身をバネに強烈な一太刀を童磨の頚へと振るう。

 童磨は一瞬、薄笑いを浮かべた後、

 

 

「っ!」

 

 

 カナヲの一撃が空を切った。

 受けもせず、反撃もせず。童磨は天井へと逃れていた。

 

 

猗窩座(あかざ)殿、もしかして死んじゃった?」

 

 

 童磨の呟きにカナヲと伊之助の手に力が入る。

 誰かは分からない。だけど、確かに戦って成した隊士がいる。今度はカナヲ達の番だ。

 

 

「ハハハ! 誰だか知らねえが、仲間がやられてビビったな!! 次はてめぇの番だ、逃がさねえよ!!」

「いいや、逃げさせてもらうよ」

「!?」

 

 

 童磨は自身を模したような、小さな氷の人形を作りだす。

 『血鬼術・結晶(けっしょう)御子(みこ)

 カナエと弦司が最も注意を喚起した血鬼術だった。その小ささから侮りそうになるが、能力は童磨とほぼ同等。彼と同じ血鬼術を扱える。単純に童磨が増えると解釈して差し支えない、強力な血鬼術だった。

 御子が飛び降りてきてカナヲと伊之助の前に立ち塞がる。

 

 

「おい馬鹿! それやめろ!!」

「裏切り者を取り逃がしてから、あの方が俺に酷く冷たいんだ。これ以上の失態は粛清されかねないから先に行くよ」

 

 

 御子だけでカナヲと伊之助、そしてしのぶも仕留められると判断したのだろう。童磨も飛び降り、そのまま部屋の外へ向かおうとする。

 

 

「逃がすかよ!!」

 

 

 しのぶを守る必要があるとはいえ、このまま童磨をみすみす逃がす訳にもいかない。

 伊之助は間合いの外から日輪刀を振りかぶると、

 『獣の呼吸・玖ノ牙 伸・うねり()き』

 腕の関節という関節を外し、伸ばし、御子を斬り裂いた。さすがに耐久力と再生力まで童磨を再現はできていなかったらしい。御子はそのまま崩れ落ちる。

 

 

「どうだ、新技は!」

「いいよ伊之助! このまま――」

「しつこい」

 

 

 『血鬼術・寒烈(かんれつ)白姫(しらひめ)

 童磨は振り向かずに、蓮氷を二つに美麗な女性の氷像を生む。氷像は小さな口から吹雪が吹き荒した。凍気がまるで壁のように広がり、カナヲと伊之助の足が止まるどころか、童磨から距離を取る事になる。

 『血鬼術・結晶(けっしょう)御子(みこ)

 童磨は再び足を外へ向けながら、新たに御子を生み出す。足を止められない。距離が離される。

 

 

「くそが!! 邪魔ばかりしやがって、逃げんじゃねえ!!」

 

 

 こうなってしまうと防戦一方だった。

 御子が次々と氷を生み出し、襲い掛かる。カナヲは目で、伊之助は感覚で一つ一つ対処するが距離を詰められない。それどころか、御子さえ抑える事ができず一方的に攻撃を受ける。その間も、童磨が離れていく。

 焦燥が募る。

 しのぶが懸命に繋いだ戦いが。

 誰かが上弦の一角を崩したのに。

 全てが水泡に帰してしまう。

 伊之助が強引に前に出ようとして――、

 

 

「伊之助!! 姉さんを信じて!!」

「っ!」

 

 

 そうだ。

 しのぶが策もなく戦うはずがない。

 意味もなく託すはずがない。

 この一瞬さえ意味がある――。

 

 

「押されてもいい! 今できる事を全力でやって!!」

「本当に可哀想だ」

 

 

 カナヲと伊之助が必死に捌きながら、視線を童磨へと向ける。扉に手を掛けていた。

 

 

「意味もなく死んだ子を信じて戦うなんて可哀想だ。何の意味もないのに戦って苦しいだけだよ。だから……あと五体追加するから、早く楽になろう?」

 

 

 気づけば、童磨の足元には五体の御子。一体でも苦戦していたのだ。さらに五体も追加されてしまったら――。

 だが御子は……動かない。

 それどころか、

 

 

「え」

 

 

 ドロッ

 童磨の顔が解け始めた。

 目玉が顔からずり落ちた。

 

 

「あれ? 何で――」

 

 

 童磨が呆然と呟き膝をつく。

 きっと童磨には何が起きているのか分からないだろう。

 ――そんな童磨を、さらに地獄に突き落とす一言。

 

 

「二人ともよく頑張りました」

 

 

 カナヲと伊之助は思わず振り返った。決して目を離してはいけないと思っていても、振り返らずにはいられなかった。

 しのぶだ。

 伊之助の背中にいたしのぶが目を覚ましていた。

 信じていた。それでもどこか信じ切れていない自分もいて。 

 

 

「一気に決めますよ」

 

 

 だからこそ、その一言が無限の力を湧き起こす。

 

 

「応っ!!」

「はいっ!!」

 

 

 ――そしてそれが、童磨を討ち滅ぼす合図となる。

 

 

 

 

 それは柱稽古の前、蝶屋敷での事。

 しのぶは予め、自身の策をカナヲに伝えていた。

 

 

「義兄さんは超ド級の馬鹿です」

「えっ!? 今からの話に関係あるの!?」

()()()()()に大いに関係あるから本当に嫌なの」

 

 

 しのぶはため息を吐きながら、一冊の本をカナヲへ手渡す。

 『胡蝶 茸・野草大全集』と題名の掛かれた書物。題名から茸と野草に関する事が分かるが、それが何の関係があるのかカナヲには分からない。

 

 

「これは何ですか?」

「義兄さんが()()()茸と野草を試食してまとめた図鑑です」

「へ、へぇ……」

「毒が効かないからって、群生地に味から調理方法まで事細かにまとめた学術的にも非常に価値のある本です……非常に不本意ながら」

 

 

 ちなみに、茸・野草界隈から非常に人気が高く増版も決定。胡蝶夫妻の懐を温めている。

 

 

「えっと……どの辺りが、不本意なんですか?」

「日本に群生している茸と野草を食べまくって……」

「食べまくって?」

「……鬼に効く毒の()()()()()を見つけたの」

「!?!?」

 

 

 薬効には単独では毒にならなくとも、複数組み合わせる事で毒になる事がある。

 弦司は『もっと色んな食材試してみてぇな……せや! 鬼なら毒茸・毒草喰っても平気だから、色々試して楽しむわ! ついでに図鑑にまとめて小遣い稼ぎや!』というノリで毒になる組み合わせを見つけたのだ。しかも滅茶苦茶強力なやつを。

 俗な目的でしのぶの研究を凌駕されたのだ。本当に釈然としない。

 ちなみに、なぜこの事実をカナヲが知らないかというと、弦司がこの小遣い稼ぎで死にかけたからだ。結果はともかく、目的がアレだったので恥ずかしくて黙ってもらっていた。それも全て、しのぶがバラしてしまったが。

 

 

「気づかれないように、幾重にも毒を打ち込みます。いずれ体内で混ざり合い、通常の毒よりも強力な毒を生み出します。それぞれ単独では毒足りえないため、どれだけ分解しようとしても何が原因か特定できません。さすがの上弦の鬼も、この複雑な猛毒には分解に時間を要すはず……効果が出るまでにどれだけの時間が掛かるか分かりませんが」

「……」

「それでも奴は強い。毒に侵された状態でも、勝てるかどうか分からない。そのための()()()()()

 

 

 そうして取り出した二冊目。

 カナヲが受け取り、そのぶ厚い本を捲る。一人の少年の診療記録……いや、ここまで来ると観察記録だった。

 

 

「これは……玄弥?」

「不死川玄弥君。不死川さんの弟で()()()()()()()()()()()()()隊士よ」

「っ、まさか――!」

 

 

 カナヲは一人の女性を……姉・カナエを思い起こす。彼女が童磨に襲われて、生き残れた理由は――。

 

 

()()()()つもり!?」

「……」

 

 

 カナヲが思わずしのぶに掴みかかるも、返ってくるのは沈黙。

 その沈黙が嫌で、カナヲはしのぶを詰る。

 

 

「しのぶ姉さんはカナエ姉さんを見ていたよね!? 鬼になる事が、どれだけ苦しい事か知ってるよね!? そんなのやめようよ!!」

「それでも……生き残れるなら、私は手段を選ばない」

 

 

 しのぶは真っ直ぐカナヲを見つめて告げる。

 カナヲは……言い返す事が出来なかった。何も代案を出す事が出来ないし、何より――カナエが生きていて嬉しかったから。例え鬼になっても、生き続けてくれて本当に嬉しかったから。しのぶが生き残れるのなら……もう何も言えなかった。

 しのぶは微笑むと、カナヲの手を掌で温かく包み込む。カナヲより小さな手だった。

 

 

「カナヲが思っているほど、すごい物は作れません。玄弥君の消化液に類似した液体を飲んで僅かな時間、鬼の体質を得るだけ。きっと、鬼になれても玄弥君より短いし反動も大きい」

「……」

「毒だって、効き始めても油断はできない。きっと、弱らせるのが精々――」

「……」

「どれも決め手にならない。私が出来るのは、道を作るだけ……だからカナヲは頚を斬ってとどめを刺して」

 

 

 

 

 伊之助の背から降りたしのぶは変わっていた。

 眼は赤くなり、肌は異常なほど綺麗で青白い。そして気配が――鬼。ただし、長い時を過ごした弦司と同じ、清らかな気配。

 二人の前に立つしのぶの背中は変わらず小さかった。だけど……その背中が何よりも頼もしい。力が無限に湧いてくる。

 

 

「かりますよ」

 

 

 伊之助の日輪刀を一本借りたしのぶが、地面を踏みしめると――すでにその背は童磨の前にいた。ただでさえ速いしのぶが鬼の力のを得たのだ、当然の結果だった。

 ――しかし、その()()を予想していた奴がもう一体いた。

 

 

『血鬼術・霧氷・睡蓮菩薩』

 

 

 童磨。彼は自身最強の血鬼術である巨大な仏の氷像を顕現させ、その上に避難していた。

 

 

「~~~~っ!!」

 

 

 ただし、そこに一切の余裕はない。ぐずぐずになった顔を、さらにぐちゃぐちゃにして。声も出ないのに、口を絶叫するように大きく開けていた。

 その表情は今までのような薄っぺらいものではない。確かな恐怖が浮かんでいた。その証拠とでも言うのか、血鬼術の制御は甘く凍気は隙間だらけ。菩薩はその巨体をしのぶにだけ向けていた。

 カナヲは伊之助と一瞬、目配せをすると分かれる。そして、菩薩を避けて大きく回り込むと、童磨を挟み撃ちするように飛びかかった。

 視界が制限されているせいなのか。はたまた、混乱しているのか。目の前で日輪刀を振りかぶるまで童磨は気づかない。

 

 

「死にやがれ!! ド腐れ野郎がぁっ!!」

「!?」

 

 

 頚に日輪刀が迫って童磨がようやく気づき、菩薩を振り向かせ冷気を吐き出させようとするが、

 

 

「刀で斬り裂けるって最高――!!」

 

 

 超絶興奮したしのぶが、菩薩を一太刀のもと斬り壊す。

 童磨を守るものは何もなくなった。

 ――道が切り開かれた。

 

 

(ありがとう)

 

 

 カナヲは感謝していた。

 しのぶに。

 しのぶを助けてくれた、たくさんの人々に。

 

 

(みんな助けてくれてありがとう!!)

 

 

 彼らがいたから、しのぶがいる。

 カナヲが万全で憎き童磨に日輪刀を振るえる。

 

 

「死ねぇえええええっ!!」

 

 

 伊之助が絶叫し、カナヲと共に日輪刀を振り抜く。

 ――何の抵抗もなく、童磨の頚は飛んだ。呆気なく。あまりにもあっさりと。

 童磨の崩れた顔が桟橋に転がる。残った瞳が一度、大きく見開かれ……あっさり閉じられる。それはまるで何かを諦めたようであって。童磨はそのまま解けるように消えた――。

 

 

「仇はとってやったぜ。ワーハハハ!!」

 

 

 伊之助は童磨が消えた跡を何度も踏みつけていた。カナヲには、無理やり元気に振舞っている空元気ようなものだと思った。

 今はそっとしておこうと判断し、

 

 

「……姉さん!!」

 

 

 すぐにしのぶの元へと駆ける。達成感から忘れそうになったが、先までしのぶの心臓は止まっていたのだ。鬼になったからといって、健康とは限らない。副作用があるかもしれない。

 

 

「大丈夫、姉さん!?」

 

 

 しのぶに駆け寄る。腹部の出血は止まっていた。瞳の色も元に戻っている。本当に僅かな時間しか鬼になれないようだった。

 

 

「どこか痛い所ない!?」

「……」

 

 

 問いかけてみるが返事がない。カナヲを前にしているのに、瞳の焦点は合わない。カナヲが瞳に入っていない。顔色もどんどん悪くなっていく。

 そして、

 

 

「……ごめん、カナヲ。この薬、欠陥品だわ」

「姉さん!?」

 

 

 しのぶは立ったまま激しく嘔吐。白眼を向いて力なく倒れようとして――寸前、伊之助がしのぶを受け止めた。

 

 

「何でまた倒れてんだよ、馬鹿しのぶ!!」

 

 

 伊之助は両の目に涙を溜めたまま叫ぶ。涙の理由はしのぶが倒れたから……だけではないだろう。母親を思い出したから、堪え切れずに泣いたのだろう。それでも、しのぶが心配ですぐに来てくれた。感謝しかない。

 

 

「おい、ぼけーっとしてんじゃねえよ! どうなってんだよコレはよう!!」

「鬼化の薬の副作用だと思う。玄弥の消化液を真似たみたいだけど、消化器官まで模倣できた訳じゃないから、体質の急激な変化に対応しきれなかった……とかじゃないかな」

「……意味分かんねえこと言ってねえで、どうすれば良いか言えよ!!」

「救急医療道具を持ってる隊士と合流して、栄養注射で体調を整え――」

「他の隊士と合流だな!!」

 

 

 話もそこそこ、勝手に理解したつもりになった伊之助が、しのぶを背負って駆け出す。他の隊士がどこにいるのかも知らないのに――。

 

 

「待って伊之助ーー!!」

 

 

 カナヲは慌てて伊之助の後を追いかける。

 兎にも角にも、上弦の弐・童磨との戦いは胡蝶しのぶの理想通りに進み、誰も欠ける事なく遂げた。

 しかし、その代償に最も重要な鬼舞辻無惨との決戦にしのぶは参加する事ができなかった――。

 

 

 

 

 童磨は真っ黒な空間を歩いていた。

 どこかは分からない。

 そもそも、童磨は死んだはずだった。死んだら、その先は無で何もないはず。地獄も天国も死が怖い愚かな人間が作り出した妄想のはずだ。

 ――ならば、己はどこにいるのか。

 何も分からなかった。

 それでも、童磨は先に進む。

 ――まるで、何かから逃げるように。

 

 

「何なんだ、あれは」

 

 

 たかが姉を襲ったというだけで、大量の毒を作って。

 毒を絶え間なく打ち込んで、何度も何度も童磨を苦しめて。

 毒を克服すれば、今度は体内で分解した無害な成分が混ざり合う事で、恐ろしい猛毒を作って見せた。

 体内で混ざり合う事で有毒性を示す……そのせいで、どの成分が真に毒で、どの組み合わせが無害なのか。全く見当がつかず、分解が進まなくなった。

 

 

 

「何なんだ、あれは」

 

 

 童磨の歩幅が大きくなる。

 猛毒だけなら、まだ逃げる目もあった。

 ――しのぶが鬼にさえならなければ。

 馬鹿なのか。阿保なのか。

 鬼を憎んで。姉が鬼になった事を童磨のせいにして。自身を鬼に変える。

 頭がおかしい。狂っているとしか思えない。

 ここがどこなのかは知らない。

 だけど――しのぶにだけは会いたくない!

 

 

 童磨は死んでようやく感情を手に入れた。

 ただしそれは、恐怖。

 ――童磨は恐怖に震えながら、地獄の道を突き進んでいった。




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