帰ってきた百獣戦隊ガオレンジャー 19YEARS AFTER 伝説を継ぎし者 作:竜の蹄
鬼ヶ島、玉座の間……。
「…ふん…ヒヤータめ。大層な口を叩いておきながら、負けるとはな……」
テンマは吐き棄てる様に毒吐く。ガオネメシスは嘲笑う。
「知将を気取って居ながらも、所詮はデュークオルグ……一皮剥けば、暴れ回る程度しか能のない……」
ガオネメシスの言葉に、テンマも忌々しげに唸った。
「…そう怒るな、テンマ……ヒヤータやゴーゴは其れなりに役に立ってくれた……それにしても、ガオゴールドだな……奴のここ最近の成長は著しい……たかが若造と侮って居たが、中々どうして捨てた者では無い訳だ……」
「悠長な事を言っておる場合か‼︎ ガオレンジャーの戦力を削ぐ為に、余の断りも無く鬼面を使い狼鬼まで引っ張り出したのに、この有り様とは……ガオネメシス! 貴様、どう釈明する気だ‼︎」
テンマは苛々と怒鳴る。ガオネメシスは、クックッと含み笑いした。
「……焦る事は無い……既に計画は動き出している…。
…それに……お前こそ、誰に向かって口を聞いている?」
ガオネメシスは、ふとマスク越しからテンマを睨み付ける。
「俺は、何時から貴様の部下になった? 俺のやり方が気に喰わないなら……俺は何時だって協定を破棄してやって良いんだぞ?」
何時に無く殺気に満ちた空気が、ガオネメシスから溢れ出る。テンマは、むゥ…と低く唸る。
「……良いだろう。この件は一旦、飲み込んでやる……だが、忘れるな。貴様が、もし余を出し抜くつもりなら、余もそれ相応のやり方を取る。其処を忘れるな」
テンマは傲岸不遜に言い放つ。ガオネメシスは肩を竦めると、玉座の間を後にする。残されたテンマは、玉座に腰を下ろす。
「…ヤミヤミ‼︎ 」
「…ハッ‼︎」
テンマが呼び掛けると、暗闇の中から一つの影が飛び出して来た。それは四鬼士の一角を成すオルグ忍者“影のヤミヤミ”である。
「聞いた通りだ……ヒヤータは倒れた。これより、ガオレンジャー討伐の任を貴様に任せる。異論は無いな?」
「……御意に……しかし、拙者は文字通り“影”。闇に生き、闇に死す外道者……ならば、我々の得意とするやり方を取らせて頂くが……」
「ああ、構わん……鬼ヶ島に居るオルグ魔人共も、徒に嗾けてもガオレンジャーに倒されるのみだ…ちと、やり口を変えようと思っていた…」
テンマの言葉に、ヤミヤミは顔を上げる。
「…では…宜しいのですね?」
「ああ……構わぬ。貴様の子飼とする忍者達、使え……」
「……あい分かりました……聞こえたな?」
ヤミヤミは後方に広がる闇に向かい尋ねる。闇の中に、複数の影が立っていた。
「……これより、ガオレンジャー討伐は我等「オルグ忍者隊」が引き継ぐ。貴様達は、これより竜胆市に潜伏し拙者の指示を待て……‼︎」
「…ハッ!!!!」
頭目であるヤミヤミの命に従い、複数の影は全員、走り去った。
「それと…ヤミヤミ。貴様には別件で、任務を任せる…」
「任務……とは?」
「ガオネメシスを見張れ。奴は余の意思に反している可能性がある……万が一、奴が怪しい行動を取った場合は……」
「……殺せ……ですな?」
疑わしきは罰せよ……既に、テンマの中でガオネメシスは危険な存在と成り果てていた。それに対して、ヤミヤミは淡々と応えた。
「……分かっていると思うが、ヤミヤミ……これ以上、失態を重ねて余を苛立たせるなよ?」
釘を刺す様に、テンマはヤミヤミに凄みを聞かせて言った。しかし、ヤミヤミは臆する事なく小さく頷いて姿を消した。
テンマは、やり場の無い苛立ちから玉座を握り潰した。
間も無く、自身を筆頭にしたオルグの天下は目前……にも関わらず、ガオレンジャーは尽く自身に邪魔をして来る……ガオネメシスは、ガオネメシスで自分には無断の行動を取る様になる……プライドの高い彼からすれば、不愉快である事この上無い話だ。
だが、テンマは怒りを鎮める事にした。ガオネメシスが何を企んでいようが、ガオレンジャーが歯向かって来ようが、自分は現在に於いて、オルグ族の頂点に立った存在。その証拠に、オルグ族の全権力を自分が掌握している。ネメシスやガオレンジャー等、足下を這い回る虫ケラに等しいのだ。
邪魔者であるガオレンジャーを根絶やしにした後、ネメシスはゆっくり料理してやれば良い。そうすれば、この世界はテンマが頂点に立つオルグ帝国が完成する。そう己を言い聞かせ、テンマは沈黙した……。
しかし……テンマは知らなかった。この段階に於いて、盤石とされた自身の治世に亀裂が生じていた事を……。
「……ふん、テンマの時代も長く無いな……」
玉座の間の外に立って聞いていたのは、四鬼士の一角“焔のメラン”だ。彼は、ガオネメシスとの話を一部始終、聞いていたのだ。
「……所詮は奴は王の器に非ず、と言った具合か……まァ良い……ヒヤータも死に、四鬼士も我とヤミヤミのみ……我は勝手にさせて貰うとしよう……ガオゴールドを我が手で倒すと言う我の目的のみを果たす為にな……」
現時点で、メランはテンマを見限っていた。実際、メランは誰かの下に付く様なタイプでは無い。
ガオネメシスの仲介……加えて、ガオゴールドと言う敵を倒すと言う利害が一致したからこそ、テンマの配下に降ったに過ぎない。だが、別にテンマに対し忠誠を誓った訳では無いし、ガオゴールドと戦うに一番、適した選択を取っただけだ。
「……最も、テンマの裏に控える“者”が出て来れば、今のガオゴールドでは歯が立たんだろうがな……」
意味深に言い残し、メランは鬼門の中に消えていった……。
一方、竜胆市の方は……。
「く……ああァァァ……!!!」
猛が盛大な、大欠伸をしていた。場所は町の図書館……目の前には、教科書やノートが並べてある。
「……真面目にやれ、猛。誰の為の勉強会だ……」
「真面目だよ、俺は……」
見るからに不真面目な態度を取る猛を、隣に座る昇が諫めた。前に居る陽も同様だ。
「猛……本当に、このままじゃ留年になるぞ?」
「あーもう! わァってるよ、皆まで言うな‼︎」
陽の言葉に、猛は大声を出す。其れを見咎めた司書の中年男性が、ジロリと無言で睨んで来た。
慌てて、猛は口を噤む。
「……あーあ、折角の日曜日だってのに、何が悲しくて野郎3人で図書館で、テスト勉強しなくちゃならねェんだよ……どうせなら、色っぽい大学生のお姉さんに教えて貰えたら、勉強も捗るのによ……」
「無理だな」
「確かに……」
猛のポツリと漏らした言葉を、昇と陽はバッサリと切り捨てた。
「何で分かるんだよ? 俺は、やれば出来る奴だぜ?」
「それ自分で言う台詞じゃ無いから。大体『次のテストで赤点取ったら、マジ留年になる』って、僕達に泣き付いて来たのは誰だよ?」
「…うッ…」
痛い所を突かれた猛は、バツの悪そうな顔で黙った。
日曜日の朝に突然、猛からLINEが入り『留年になったら、舞花に殺される』と言う文面を受け取った陽は、オルグが大人しくしてる日くらいの息抜きついでに、参加する事に決めた。
猛は「ファミレスか、カラオケでしようぜ」等と、ふざけ倒した事を提案したが昇に「お前が行きたいだけだろ」と一蹴されて、図書館に決まった。
「だが、陽が来てくれたのは正直、意外だった……」
昇が急に発した言葉に、陽は顔を上げた。
「そうかな? 学校では良く参加してただろ?」
「学校では、な。態々、休みの日にコイツの為に時間を割いて来れるなんて、あんまり無かっただろう?」
確かに…言われてみれば、高校に進学してからはバイトに掛かり切りだったし、ガオレンジャーとして活躍する様になってからは、いよいよプライベートに時間を割く暇も無くなった。
「そう言えば……そうかもな……」
「ま……陽も何か悩みがあったら、言ってくれたら良い……相談くらいは乗るから」
昇はポツリと言った。昇にしたって、あまり喋る様なタイプじゃ無い……そんな彼が、そう言うとは余程、自分の行動は彼等に心配を掛けていたに違いない。陽は若干、申し訳ない気持ちになる。
「……の〜ぼ〜る〜。此処、まるで分かんねェよ〜!」
猛は、ノートを見せながら昇に泣き縋った。彼は、ハァ…と溜め息を吐きながらも猛への対応に回った。
そんな様子を見ながら、陽は祈の事を思い出していた。今、彼女は土、日、月の連休を利用して剣道部の合宿に参加している。大会が近いから、その練習も兼ねているらしい……。
帰って来るのは明日の夕方か….等と考えながら、陽は外の景色を見た……。
その頃、祈は竜胆市の郊外に広がる天狐山の麓に立つ寺に居た。剣道部は毎年、大会が近付くと年に何回か合宿を催す。
祈も、入部した際から数えて片手で数えられるしか参加していないが、今回は大会のレギュラーにも選抜されていると言う事もあり、久しぶりに合宿に参加するに至った。
まだ肌寒い今日この頃、山に近いと言う事から冷たい山風が吹きつけて来る。
祈は稽古を終えて、道場代わりの本堂から出て来た。若干、汗をかいた事もあり冷たい空気が、肌に突き刺さる。
「祈せんぱーい!」
声の方を見ると、千鶴がタオルを持って走って来た。
「お疲れ様です、先輩! はい、タオルです!」
「ありがとう、千鶴。でも、どうして千鶴も?」
選抜メンバーに加わらなかった千鶴だが、先輩達を補佐したいとして合宿に同行して来たのだ。また、彼女の場合は合宿の参加は祈より多い為、参加し慣れてない祈を心配しての事だろうが……。
「私、先輩が大会で活躍して貰いたくて、お手伝いしたいんです! 頑張って下さいね‼︎」
千鶴は年相応な無邪気な笑みで言った。
魏羅鮫の一件以降、千鶴は大きく変わった。祈に対する敵対意識も無くなり、今では仔犬の様に懐いて来る。
対応が変わったのは、祈にだけでは無い。今迄、見下していた他部員や先輩、顧問の小手川先生にも素直になり、今日まで取っていた傲慢な態度を謝罪したのだ。
更に祈が、千鶴が取り続けて来た態度の真意を皆に話してくれた事で、彼女を毛嫌いして来た他部員達にも許され、正式に千鶴は剣道部に打ち解けるに至った。
それからの千鶴は剣道部の練習にも真面目に取り組み、先輩を立てると言った生来の剣道に対する情熱と真面目さはそのままに、穏やかで親しみやすい人柄となった。
祈も千鶴が皆と打ち解け、積極的に部活動に精を出してくれる事を嬉しく思っていた。ただ…今は別の意味で困る様に…。
「あの〜、先輩? 今日で合宿は最後ですよね? だから……私、先輩と一緒の布団で寝て良いですか?」
「…はい?」
突然、千鶴から発せられた言葉に祈は、困った顔で彼女を見る。千鶴は頬を赤らめて、もじもじとしている。
「ち、千鶴。私達、もう中学生だし同じ布団で寝る訳には……」
「そんな〜! 合宿が終わったら、先輩と一緒に夜を過ごす機会なんか無くなっちゃいますよ〜⁉︎」
「あ…あのね…」
これが、今の千鶴に対し祈の困っている理由だ。どういう訳か、千鶴は祈に対し好意的になった……それを通り越して、側からみれば所謂、
「私……先輩の事が好きになっちゃいました! もう、先輩無しの人生なんて考えられない位に……」
「わ、悪いけど……私、そう言う趣味は無いし……千鶴の事は後輩として好きなんだけど……」
「そんな事言わないで下さい‼︎ 先輩後輩だとか、女の子同士だとか関係ありません‼︎ 私は、祈先輩の事が好きなんです‼︎」
「だ…だから…」
祈は、どう説明すれば分かってくれるのか…と、千鶴を見た。だが、千鶴は本気である事は間違いない。
元々、負けず嫌いで男子に侮られたくない、と対抗意識を抱きやすい子だったが今回の一件で、それが歪んだ方向に行ってしまったらしい。
「と…とにかく‼︎ 合宿中は、皆も見てるから同じ布団で寝るのは無理だから‼︎」
「え〜、そんなァ〜……」
祈の言葉に千鶴は心底、ガッカリした様に項垂れた。その際……。
「祈〜? 小手川先生が呼んでるよ〜⁉︎」
部員の一人の言葉に、祈はしめた、と踵を返す。
「じゃ、そう言う事だから…ね?」
「あ〜、せんぱ〜い⁉︎」
そそくさと逃げ去って行く祈を呼び止め様とする千鶴。
だが、そんな様子を遠方から見ている5人の影があった……。
「……あれが、親方様が言っていた巫女の生まれ変わり……」
紅の頭巾で顔を隠した一人が言った。
「場所が分かっとるんやから此処で、あの娘を殺しちゃえば早い話やん⁉︎」
黄色の頭巾で顔を隠した関西弁に似た喋り方の一人が言った。
「それは命令違反でございます……私達の今回の任務は、あの娘の監視と裏切り者の始末でございます」
青色の頭巾で顔を隠した妙な喋り方の一人が言った。
「………」
その隣に居る紫の頭巾で顔を隠した一人は無言を貫いた。
「ま、何にせよ……この山に居るんだろ? ヒヤータがやられたドサクサに乗じて、逃げ出した裏切り者がよ?」
緑色の頭巾で顔を隠した一人が、乱暴な口調で言った。
「ええ……私達は、その裏切り者を始末する。余計な事を、人間達にバラされる前に……」
「は〜、面倒臭いな〜……。大体、親方様も心配性やねん。逃げた奴なんか、放っといたらええやん……」
「親方様には、何かお考えがあっての事でございます。疑ってはいけないのでございます……」
黄色頭巾は面倒臭そうに言ったが、青頭巾が嗜めた。
「さ、手分けして探すわよ。何かあったら、直ぐに知らせる事……散‼︎」
そう言って、五人の影は別方向に散って行った。
寺から少し離れた場所……山道を歩く一人の少女が居た。
それは、オルグ一味の一人にして混血鬼の少女、摩魅だった。
「うぅ……」
衣服はボロボロ、あちこちに傷を負っていた。彼女は逃げて来たのだ。オルグ達の下から….…。
ヒヤータが死んだ事で、彼女の中の呪縛は消え正気を取り戻した。だが、同時に罪悪感と自己嫌悪でいっぱいになり、気が付いたら逃げ出していた。
逃げた所で、何処かへ行く宛がある訳じゃ無い。ただ……あの場所に戻りたく無かった。もう何日、山を彷徨い歩いたか分からない。疲れ果てて、空腹だ。オルグとは言え人間でもある彼女は、人間同様に疲労を感じ空腹も感じる……。
とうとう、歩けなくなった摩魅は泥濘に倒れた。もう一歩も動けない。だが摩魅は、このまま眠ってしまおうと瞼を閉じる。思い返してみれば今迄、生きてきた人生で自分が幸せ、だと思えた日は無かった。
人里に下りれば「鬼の子」「悪魔」と石を投げられ、唾を吐きつけられた。かと言って、オルグの中に入れば「混血鬼」「鬼もどき」と侮蔑され、軽んじられて来た。
人間にも成れず、オルグにも成れない……この世に自分の生きる場所など無いんだ……。
もう涙を流すのも疲れた……摩魅は思考を停止し、そのまま深い眠りに付く……。
その時、摩魅の前に人の気配を感じた。だが、もう逃げる事も抗う事も止めた。煮るなり焼くなり好きにすれば良い……そんな、投げやりな考えが彼女の思考を閉ざす……。
「もう……千鶴ったら……」
祈は寺から少し離れた場所にやって来た。小手川先生の用事を聞いた後、ちょっと山の空気を吸いたくなったからだ。
合宿中、千鶴の度を越したアプローチに心底、疲れてしまった。千鶴と仲良くなれたのは良い事だが、ここ最近は引っ切り無しに付き纏ってくる気がする……別に自分は、同性を恋愛対象に見るタイプじゃ無いし、何より祈には既に心に決めた人が居る……。
祈の脳裏には兄の陽の顔が浮かんだ。何時からだろう……陽を兄としてでは無く、異性として意識し始めたのは……。
母の再婚で陽とは兄妹になったが、2人に血の繋がりは無い……陽は兄として優しく、祈を愛してくれたし側に居てくれる……それは、これからも変わらない筈だと思っていた。
だが……一度、陽を“男性"と意識して仕舞えば、もう祈にはどうする事も出来ない。
あの魏羅鮫に襲われた日……自分を助けに駆け付けてくれた際に、祈は陽に想いを打ち明けた。だが、あれは陽からすれば兄妹として、で終わりだろう……。
これは、自分の片思いでしか無い……陽が、自分を異性として見てくれる事はないだろう……これからも、ずっと……そんな苦しい想いが胸を抑え付ける。
〜そんな事言わないで下さい‼︎ 先輩後輩だとか、女の子同士だとか関係ありません‼︎ 私は、祈先輩の事が好きなんです‼︎〜
先程の千鶴の発した言葉が、祈の脳裏にリフレインする。
そうだ……兄や妹なんて関係ない……自分だって、陽が好きなんだ……皮肉にも千鶴の言葉によって、祈の抑え込んできた理性の防壁が弾け飛んだ。
だが、例え陽に想いを打ち明けた所、陽が応えてくれるとは到底、思えない。自分達は兄妹なのだから……。
等と考えていると、祈はガサリと何かが倒れる音を聞いた。音の方を見ると、泥濘に人が倒れているのが見える。
「た、大変!」
祈は慌てて、倒れている場所にやって来た。
倒れているのは女の子……自分と、さして変わらないだろう。祈はうつ伏せに倒れる女の子を仰向けに直し、泥に塗れた顔を、持っていたタオルで拭いてあげた。
「‼︎ この娘……‼︎」
祈は、女の子を覚えている。確か数日前……兄と共に、参加したライブ会場で歌っていた女の子だ。確か、名前は摩魅だった筈……。
だが、摩魅はオルグ達の仲間だった。世間では、あの一件の後、彼女は行方不明になっているらしい……ニュースでも、連日の如く『話題の天才少女シンガー、謎の失踪‼︎』と報道されていたのも、記憶に新しい。
何故、その少女が、こんな所に居るんだろう……祈は理解が追い付かなかった。だが、そんな事を別にしても彼女は酷く疲弊し切っており、衰弱している様に見えた。
オルグの関係者とは言え、放って置く訳には行かない。祈は早く手当てをさせなければ、と摩魅の腕を肩に抱えて、合宿先の寺まで連れて行こうと試みた。
「その娘を置いて行きなさい」
突然、発せられた言葉に祈は辺りを見回す。すると、祈の前に紅色の頭巾で顔を隠した……時代劇等に出て来る忍者に似た衣装を身に包んだ女性が降り立った。
「だ、誰⁉︎」
祈は思わず尋ねる。だが、目の前の女性は冷徹に返す。
「貴方には関係無い。その娘を置いて行きなさい、と言ったのよ……」
祈は彼女から放たれる殺気に、萎縮してしまう。只者では無い……そして、オルグの関係者であるこの娘を知り、かつ、置いて行く様に命令すると言う事は……答えは一つだ。
「貴方も……オルグ?」
見た目こそ、人間のそれに違いが、中身は異形の存在であると直感で理解した。だが、目の前の女性はそれに対して応えず、懐から短刀を取り出す。
「どうやら口で言っても無駄みたいね……貴方を殺せ、と言う命令は受けてないけど……私達の邪魔をするなら、それ相応の目には遭って貰うわ……」
女性は、短刀を逆手に構えジリジリと近づいて来る。祈は恐怖に倒れそうだが、毅然とした態度を崩さずに強く思った。
「(兄さん……助けて……‼︎)」
その頃、陽は図書館で相変わらず猛の勉強を見ていた。猛はまるで勉強に身が入らない様だが、昇の指導の甲斐もあって、大分は理解していた様だ。
その際、陽の脳裏に声がする。
〜(……兄さん……助けて……‼︎)〜
祈の声だ。陽は辺りから見回してみるが、祈が居る訳が無い。昇が怪訝そうに尋ねて来た。
「どうかしたか?」
「い…いや、何でも……」
「? どした? 何かあった?」
2人の様子に猛も口を挟む。だが、昇がノートを丸めて猛の頭を小突く。
「お前は勉強に集中しろ」
「…ッて〜、わァったよ……」
頭を摩りながら、猛はブツクサ言った。陽も空耳だと考えたが、どうも胸騒ぎがする。
〜兄さん……‼︎〜
やはり、祈の声だ。これはただ事では無い。祈に何かあったのかも知れない。そう思うと、もう居ても立っても居られない。陽は立ち上がる。
「な、なんだ? 急に……?」
「わ、悪い! ちょっと用事を思い出した! 悪いけど、先に帰るな!」
「お、おい⁉︎ そりゃねェよ! 陽〜‼︎」
陽は荷物を纏めて、図書館を後にする。恨みがましそうに大声で陽が呼び止めるが、司書のおじさんが不機嫌そうに咳払いをした為、閉口した。
図書館から出た陽は、G−ブレスフォンに連絡を掛ける。
「テトム! 泉に何か変わった事は無いか⁉︎」
陽の呼ぶ声に対し、テトムの声がして来た。
〜変わった様子は無いけど……どうかした?〜
「祈の助けを求める声がしたんだ‼︎ 最初は空耳だと思ったけど、祈の身に何かあったかも知れない‼︎」
陽は泉に異変が有れば、テトムを介して伝わる筈だと知っていた。だが、今回は其れが無い。先日、メランと対峙した時、邪気を消す事が出来るオルグの存在を知った。今回も、自分達に悟られない様に邪気を消して行動しているかも知れない。
「とにかく、僕は先に祈を探しに向かう‼︎ 大神さんと佐熊さんにも伝えて下さい‼︎」
〜待ちなさい‼︎ だったら尚の事、危険よ‼︎ オルグ達の罠かも知れないわ‼︎ 少なくとも、シロガネ達と合流する迄は待って‼︎〜
「……オルグ達に狙われてるのは僕だけじゃ無い‼︎ 祈だってそうだ‼︎ だったら直ぐに行かないと‼︎」
陽は一刻も猶予が無い為、焦っていた。G−ブレスフォンの先で、テトムも困っている様だ。
〜大体、邪気を探る事も出来ないのに、何処に祈ちゃんが居るか探すつもりなの⁉︎〜
「……祈達が、合宿で天狐山に出掛けてるんです‼︎ まずは、其処を当たって見ます‼︎」
〜あ、ちょっと待ちなさ……〜
最後まで、テトムの言葉を聞き終わる前に陽は宝珠を取り出す。幸い、周りに人は居ない。
「ドラゴスピーダー‼︎」
宝珠を天に投げると、宝珠は光り輝きバイクの形を成していく。ガオドラゴンが変形した乗り物、ドラゴスピーダーが陽の前に降り立つ。
「ガオドラゴン‼︎ 天狐山の場所まで行ってくれ‼︎ 分かるか‼︎」
〜任せろ‼︎ この辺りは我等の庭の様な物だ‼︎〜
ガオドラゴンは、飛び上がる。スピーダーの左右に翼が開き何時でも飛べる用意となった。
「ガオアクセス‼︎」
陽は、スピーダーが動き出すと同時にガオスーツを着用、ガオゴールドに変身して、出発した。
祈達の方でも、騒ぎが起きていた。謎のくノ一は、摩魅を執拗に殺そうと攻撃して来た。祈は摩魅を庇う様に、その前に立ちはだかる。
「何故、そんな生まれ損ないの“混血鬼”を庇う?」
くノ一は嘲る様に言った。祈は後ろに倒れる摩魅を見る。
「こ、混血鬼?」
「人の姿にオルグの血が流れる者達の総称……人にも成れぬオルグにも成れぬ半端な存在……その娘もそれだ」
くノ一の様子から、彼女がオルグ達にとって侮蔑される対象であると言う事は理解した。
「おーい、見つけたんか⁉︎」
その際、似た様な衣装を纏ったくノ一達が降り立って来た。
「お、なんや? 巫女の生まれ変わりもおるやん⁉︎」
黄色頭巾のくノ一は関西弁に似た喋り方で言った。
「はッ‼︎ じゃ、丁度良いぜ‼︎ さっさと始末しちまうぜ‼︎’
緑色頭巾のくノ一は男勝りな喋り方だ。
「彼女を殺すのは後で、ございます。親方様から受けた使命を果たすのが先でございます」
青黄巾のくノ一は丁寧な口調で言う。
「………」
紫頭巾のくノ一は無言だ。
「無駄口は後に回すわよ。早く、混血鬼を始末するのよ‼︎」
『了解‼︎」
紅頭巾の号令で、他の4人も武器を構える。祈には身を守る為の武装は無いし、竹刀も持っていない。五対一……圧倒的に不利である。
「止めろォォッ!!!」
突如、祈の前に降り立つのは、ガオゴールドだ。ドラグーンウィングを構え、彼女を守る様に立ち塞がる。
「兄さん‼︎」
祈は、兄が駆け付けてくれた事に歓喜する。
「祈! 離れてろ‼︎」
ガオゴールドは、祈の安全を確保する為、叫ぶ。
くノ一達は、ガオゴールドの登場にさして慌てた様子も無い。
「現れたな、ガオゴールド……‼︎ 我等、オルグに仇を為す者……生かしてはおけぬ……‼︎」
「お前達、何者だ…⁉︎」
ガオゴールドは、一見は人間に見えるが彼女達もオルグであると知り、敵意を向ける。それに合わせて、くノ一達は各々に名乗り始める。
「紅の忍……ホムラ‼︎」
紅頭巾のくノ一、ホムラが赤鬼を模し鬼面を身に付ける。
「蒼の忍……ミナモ…で、ございます‼︎」
青頭巾のくノ一、ミナモが青鬼を模した鬼面を身に付ける。
「黄の忍……ライや‼︎」
黄色頭巾のくノ一、ライが黄鬼を模した鬼面を身に付ける。
「緑の忍……コノハだぜ‼︎」
緑頭巾のくノ一、コノハが緑鬼を模した鬼面を身に付ける。
「紫の忍……リク……」
紫頭巾のくノ一、リクが紫鬼を模した鬼面を身に付ける。
「闇に紛れて、人を斬る‼︎
オルグ忍軍、鬼灯隊 見参‼︎」
オルグ忍者の5人娘は、名乗り口上を上げる。新たな敵を前に、ガオゴールドは身構えた。
天狐山の最深部にて……巨大な空洞となっている中で動く一体の影があった。その影は、地べたに顔を付けて寝そべっていたが、何かしらの気配を感じたらしく、擡げていた顔を上げる。
〜静かに寝ているのに、騒がしくしおって……少し、灸を据えてやるかの……‼︎〜
そう言うと影は立ち上がり、背面には長い九本の尾が空洞内に狭しと蠢き回った……。
〜新たに動き出した四鬼士“影のヤミヤミ”率いる、オルグ忍軍と配下の鬼灯隊……それに呼応するかの如く、目を覚ました謎の影の正体は、何なのでしょうか⁉︎〜