帰ってきた百獣戦隊ガオレンジャー 19YEARS AFTER 伝説を継ぎし者   作:竜の蹄

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quest31 鬼(オルグ)、分裂‼︎

「オホホホ………‼︎」

 

 とある廃墟にて……ツエツエは狂笑していた。

 

「遂に……遂に、この時が来たわよ‼︎ このツエツエを女王とした新生オルグ軍団が旗揚げする時が……‼︎」

 

 ツエツエは杖を振りかざしながら叫ぶ。四鬼士では、ゴーゴとヒヤータが敗死、メランが離反した影響で、鬼ヶ島に集結するオルグ達の戦力は、ヤミヤミ率いるオルグ忍軍とテンマ、未だに座したまま動かないガオネメシスだけとなった。

 此処まで戦力が低迷したとあれば最早、テンマに見切りを付けるなら今しかない。何より……今の自分には、四鬼士など目では無い戦力を手に入れた。

 ツエツエは目の前に居並ぶ巨躯の影を見る。何れともに、デュークオルグ、ハイネス級の力を誇る怪物達だ。

 その彼等を自分の配下として付かせる事に成功した。彼等を自分が率いる限り、テンマやガオネメシス等、恐るるに足らずだ。これ迄、彼等に散々、罵倒され見下されても耐えて来た苦労が報われる時が来た。

 

「ツエツエ……いよいよだな……‼︎ もう、テンマ様やニーコにペコペコしなくて良いんだな…‼︎」

「そうよ、ヤバイバ……‼︎ ハァ……思えば辛い日々だったわ……冷や飯食いの立場に甘んじるのも、これで終わり……これからは、私達がオルグの支配者となるのよ‼︎

 さァ、目覚めるのよ! 古の凶戦士達よ‼︎」

 

 ツエツエが叫ぶと、さっきまで沈黙を通して来たオルグ達が動き出す。

 一体は大きく裂けた口の中にズラリと並ぶ剣山の如し牙、ズッシリとした二の腕と両足、手と足の先に鋭く尖った爪……。

 

「ティラノオルグ‼︎」

「グオォォォォッ!!!!!!」

 

 一角は肉食恐竜の代名詞にして、史上に於いて最大で最強の捕食者と名高く、文字通り『暴君』の名を持つ恐竜ティラノサウルスに似たオルグ魔人だった。

 

「トリケラオルグ‼︎」

「ブオォォォォッ!!!!!」

 

 一角は盾や城塞を思わせる顔付き、眉間から突き出した二本の角、重戦車の如し寸胴な肉体を持つ恐竜トリケラトプスに似たオルグ魔人だった。

 

「プテラオルグ‼︎」

「ギャオォォォォッ!!!!!」

 

 一角はグライダーを思わせる翼、ツンと尖ったクチバシ状の口、戦闘機によく似たスタイリッシュな体躯を持つ恐竜プテラノドンに似たオルグ魔人だった。

 

「さァ、お前達! 永久に鎖されし氷の檻に閉じ込められた古き時代の鬼達よ! お前達を遮る封印は、もう無い‼︎ オルグの本能に従い、人間達を喰らい襲い来る者達は全て薙ぎ倒すのだ‼︎」

 

『ウオオォォォォッ!!!!!!』

 

 現代に甦らされた三体の怪物達は咆哮を上げた。彼等は、強さだけならハイネスさえも凌ぐだろう。だが、それ故に知能は著しく欠けており、本来なら決して封印を解くべき存在では無い。それを知っていたからこそ、先のハイネス達もテンマも彼等を封印からは解かなかった。

 しかし、ツエツエはオルグの巫女である。先の戦いでオルグが敗れた後も、その力を高める修行を行い続けていた。全ては憎きガオレンジャーに対する報復、ひいては自身を頂点にしたオルグによる治世を実現する為だ。

 その長年の修行が功を成し、ツエツエのオルグの巫女としての力は成熟した。それでこそ、オルグを自在に操るばかりかオルグの持つ潜在能力を限界まで引き出す、と言った高度な術まで我が物とした。

 しかし、其処まで至るには並大抵の苦労では無かった。数々の失敗、敗北からテンマには見限られ、ニーコには馬鹿にされ、四鬼士には奴隷同然の扱いを受ける日々……。

 しかし、そんな屈辱に耐えたのも全て、この力を完全とする為……。更に吉報の様に、テンマとガオネメシスの会話を盗み聞きしたツエツエは、この三体の恐竜オルグ魔人の存在を知った。彼等の力を完全に制御したらば最早、自分に敵は居ない。ガオレンジャーを血祭りに上げた後は、自分達を散々、愚弄したテンマやニーコ、残る四鬼士二人を始末する。そうすれば、オルグの支配者は、このツエツエと言う事になる。ツエツエの中に燻っていた野望の火種が再び燃え上がって来た訳だ。

 

「この恐竜オルグ達を使い、私達を長年に渡り苦しめていたガオレンジャー達を一網打尽にしてやるわ‼︎ そして、私達の下克上が果たされるのよ‼︎」

 

 ツエツエは狂喜した。全ての手駒は自分にある。今此処に、ツエツエ率いる「新生オルグ軍団」が誕生した。

 しかし、そのツエツエ達の様子を密かに見ている者が居た。

 

「ンフフ……最近、大人しくしてると思ったらァ……こ〜んな面白そうな事を企んでたなんてェ♡」

 

 それは、ニーコだった。ツエツエが、ヒヤータ失脚前後で不穏な動きを見せている事を察して、密かに見張っていたのだ。

 

「ンフフ♡ 良い事、考えちゃったァ♡」

 

 含み笑いを浮かべながら、ニーコは鬼門の中に消えていった……。

 

 

 

「何ィ? ツエツエが謀反を企んでいる、だと?」

 

 鬼ヶ島の玉座で、テンマは座しながらニーコの報告を聴いた。

 

「はい。恐竜オルグ魔人を復活させて、自分がオルグ達の支配者となる、と……」

「フン……ツエツエめ。この余を出し抜こうとするとはな……油断成らぬ女狐が……」

 

 テンマは、そう言いつつも右拳を握り締め、玉座に叩き付けた。石で出来た肘置きは粉々に砕け散る。

 

「どうしますゥ? ヤミヤミ様達に言って、裏切り者として始末させちゃいますかァ?」

「その必要は無い。奴等が、ガオレンジャーを敵として定めているなら、思惑こそ異なれど目的は同じ……捨て置けば良い。今はな」

 

 今は……即ち、それはガオレンジャーを倒した後に、ツエツエ達を料理すれば良い……そう、テンマは結論付けた。

 

「それにしても恐竜オルグ……か。如何にも、彼奴等らしい。あんな苔むした化石を掘り起こすとはな。ガオレンジャー共に比べれば、さしたる脅威とは成るまい」

「あ、そう言えばァ……メラン様も、此処から居なくなっちゃいましたよォ? 其方も、放っておいて良いんですかァ?」

 

 ツエツエの離反と同時に元々、組織に対し協調性が無かったメランも離反した。つまり、オルグ軍団は三派閥に分裂した事になる。

 

「メランか……彼奴は強さだけなら余にも届き得る……しかし、治世に関しては素人以下だ。ハイネスの器には程遠いわ……構わぬ」

 

 メランの目的は、ガオレンジャーの殲滅や地球支配などは二の次であり、飽くまでガオゴールドを一対一で倒す事である。反逆の真意も野望では無く、ただの手段……放置しても、問題にはならないとテンマは判断した。

 

「それよりも、我々はガオレンジャーを倒した後に、いよいよ“鬼還りの儀”を取り行う。それが為せれた時、我等、オルグの支配する時代となる。ヤミヤミ率いるオルグ忍軍達にも、そう伝えておけィ!!!」

「はァ〜い♡」

 

 テンマは、ニーコに厳命しながらも、既に更なる目的を見出していた。オルグによる支配する時代の頂に立つのは、このテンマを中心とする「正統オルグ軍団」である、と言わんばかりに……。

 

 

「ほう……ツエツエめ……仕掛けて来たか……」

 

 某所では、メランが剣を構えたまま立ち尽くしていた。周りには恐らく、ヤミヤミが嗾けたと思われる多数のオルグ魔人やオルゲットの骸が、散乱していた。

 テンマ陣営を抜けたメランは最早、オルグ軍団からもガオレンジャー側からも敵となった身……両者から追撃を躱しつつ、テンマ側の情報を放っておいたオルグ蟲から得たメランは、ニヤリとほくそ笑む。

 

「クックック……恐竜オルグ魔人か……我も知らぬ古の怪物達を持ち出してくるとはな……‼︎ どうやら、此度の戦いは更に可燃するらしい……だが、我の目的は、ガオゴールドのみだ‼︎ 奴は必ず、我が倒す‼︎ この身を賭してもな‼︎

 ふ……ははははは……‼︎」

 

 メランは夜の帳に向けて一人、笑い続けた。己の本懐を遂げる為に……。

 

 

 こうして、テンマ率いる「正統オルグ軍」、ツエツエ率いる「新生オルグ軍」、メランが単身の「はぐれオルグ軍」とオルグは幾つかに分散した。だが目的は、ガオレンジャーの討伐と言う意思を同じとしている。三派閥はやり口の詳細は異なれど、敵はガオレンジャーと狙いを定め、各々に暗躍していく事となる……。

 

 

 

 さて舞台は代わり、竜胆高校にて……。

 放課後、第二体育館からは勢いある掛け声と竹を叩き付ける様な響音が響き渡る。体育館内では、剣道部員による稽古が行われていた。全員が防具を身に纏い、二人一組でペアとなって模擬試合を行う。中でも二人のペアは特に力が入っており、他部員も感心した様に見ていた。

 一人は白い道着と袴の上から防具を着用していた。暫しの間、両者は互いに打ち込むタイミングを見計らっていたが、相手が一歩、踏み出して来た際に前に進み出て、面に一本を入れる。

 

「凄いじゃ無いか、竜崎‼︎ 絶好調だな‼︎」

 

 一人、前に進み出て顧問の先生が褒めた。それに対して、白道着の部員は謙遜した。

 

「いえ……竹刀を持ったのなんて、久しぶりですよ……」

 

 白道着の部員は陽だった。急に学校の剣道部の部室に赴き「一日だけ、部活動に参加させて下さい」と頼んで来たのだ。これには、ちょっとした訳がある。

 

「本当に悪いな……アイツの尻拭いばかりさせて……」

 

 陽の相方を務めていたのは、友人の昇だ。彼もまた、剣道部に所属しており、同部員である猛が度重なる赤点の為に補習を受けさせられる羽目となった故、人数の足りない事に悩んだ部長に対し、昇が「経験者を連れて来ます」と言った事で、陽に白羽の矢を立てたのだ。

 元々は陽も剣道を嗜んでおり、幼少期に従姉の大河冴に手解きを受けた事から同年代では敵わない程、熟練だった。 

 かつては祈と共に剣道の道場に通っていたが中学に進学後、両親の相次いだ事故死によって、陽は中学で入部した剣道部も辞めなくては成らなかった。辛うじて、祈には両親の遺してくれた遺産があった為、引き続き道場に通わせ、中学の剣道部にも入部させてやれた。だが、陽は高校進学後は直ぐにバイトを始めた為、剣道をするなんて優に三年以上のブランクがある。最も、ガオレンジャーとして活動を始めたお陰で実戦経験には事欠かなかった為、久しぶりの剣道の割には身体が思う様に動いた。対戦相手の昇も舌を巻く訳だ。

 

「気にするなよ、昇……役に立てて良かった……」

「ああ……大会が近いんだ。部員が少ないと練習が出来なくてな……」

「よし‼︎ 試合稽古は此処まで‼︎ 全員、防具を外す様に‼︎」

 

 顧問の先生の言葉に、陽達も慌てて整列を始めた。

 

 

 練習が終わり暫しの休憩となった陽は、面を外す。道着は中学まで使っていた物を自宅から持って来たが、防具はサイズが合わなかった為、剣道部の物を竹刀と共に借りた。

 他の部員達は、陽の周りに集まり先程の見事な技の冴えぶりに次々と質問して来る。

 

「竜崎、凄いな‼︎ 噂には聞いてたけど……」

「ウチで、申利と肩を並べれる奴って乾だけだったからな……!」

「なァ、このまま入部したら? 次の大会でも、大活躍出来るぜ⁉︎」

 

 部員達は興奮気味に話しかけて来る。だが、陽は体良く断る。

 

「ごめん。色々、都合があるから……」

「何だよ、都合って?」

 

 陽は返答に困ってしまう。関係のない人間に、ガオレンジャーの事を話す事は出来ないからだ。そんな時、昇が助け船を出してくれた。

 

「陽は妹と二人暮らしだから、家計の為にも部活が出来ない身なんだ」

 

 昇の言葉で部員達は納得した様に頷く。

 

「そっか、そりゃ残念だなァ……」

「そう言や、乾が言ってたな。可愛くて優しくて料理上手な妹が居るって」

「マジかよ⁉︎ 良いなァ……」

 

 陽は昇に無言で礼を言った。気にするな、と言わんばかりに昇はウィンクした。

 

 

「すんませ〜ん‼︎ 乾猛、今、到着っス‼︎」

 

 

 慌しい様子で、道着と袴に着替えた猛が体育館に入ってきた。どうやら補習は終わったらしい。

 

「悪いな、陽‼︎ 部活の代役、頼んじまって‼︎」

「補習、もう良いのか⁉︎」

「おう‼︎ バッチリだぜ‼︎

 

 陽の質問に、猛はサムズアップで応える。しかし、その後ろから底冷えする様な声がした。

 

「あ〜に〜き〜。補習って、どう言う意味?」

 

 その聞き覚えのある声に、猛はダラダラと冷や汗を流しながら振り返る。其処には、オルグも顔負けな憤怒の表情を浮かべる舞花が立っていた。

 

「ま、舞花⁉︎ 何で此処に⁉︎」

「ウチの学校、剣道部と空手部の見学で来てるの。今朝、言ったでしょ? それより補習って、何の事?」

 

 舞花はズイズイと猛に迫った。猛は、慌てた様に取り繕いながら陽達に縋る目で助けを求める。

 

「自業自得だ」

 

 昇は冷めた調子で言った。

 

「ちょっと待って……今、剣道部って….」

 

「兄さん‼︎」

 

 舞花の後ろから、制服に身を包んだ祈が飛び出して来た。

 

「祈、お前も来てたのか?」

「うん。びっくりした?」

 

 陽の驚いた顔に祈は笑う。他の男子部員も祈を見て、我先に我先にと群がって来た。

 

「おォォ! この娘が竜崎の妹か‼︎」

「乾の言った通り、可愛いな‼︎」

「な、高校はウチにしなよ‼︎ 可愛がってやるから‼︎」

 

 竜胆高校の剣道部は他校に比べ、女子の部員が少ない。従って、非常に男臭い雰囲気だった。それもあってか、祈の存在は年頃の男子部員からすれば非常に魅力的だった。

 

「祈先輩に近付かないで‼︎」

 

 突如、陽達の間を掻き分けて小柄な女生徒が姿を現した。

 

「祈先輩は私のなんです‼︎」

 

 オヤツを横取りされそうになった子猫みたいに、剣道部員に威嚇する少女。確か、祈の後輩の峯岸千鶴だと陽は思い出した。

 

「ち、ちょっと….千鶴……」

「もう私は祈先輩に身も心も捧げた身なんです‼︎」

 

 その発言に部員を始め、陽や昇も唖然とする。

 

「……陽……祈ちゃん、そう言う趣味があったのか?」

「….いやァ、初耳だけど……」

 

 昇は陽にコッソリ尋ねるが、兄である陽も妹の趣味について迄は知らなかった様だ。其処へ、猛にチョークスリーパーを極めていた舞花が答える。

 

「ん〜、何かさ……最初は祈の事、嫌ってたらしいんだけどね、急に仲良くなっちゃって……で、更に拗らせてああなったんだって」

「へ〜……あの時の、あれか……」

 

 そう言われ、陽は思い出す。数日前、魏羅鮫オルグの事件にて、祈と共に事件に巻き込まれた娘だ。

 まさか、そんな関係になってたとは……。

 

「それはそうと、そろそろ猛を離してやりなよ。顔ヤバイよ?」

 

 陽は舞花に首を締め上げられている猛を指す。確かに顔から血の気が引き、完璧に極まっている様子だ。

 

「あ、本当だ。ほら、兄貴! しっかりしなよ!」

「ハァ……ハァ……! お……俺を……殺す気……か……お前は……‼︎」

 

 漸く解放され、猛は苦しそうに呻く。その際、千鶴は陽の前にやって来た。

 

「初めまして、祈先輩のお兄様ですね! だったら、私にとっても兄になりますから、宜しくお願いします! お兄様‼︎」

「お、お兄様って……」

「兄さん、本気にしないでよ‼︎」

 

 祈は赤面しながら、否定する。しかし、千鶴は祈に抱き付き「祈先輩、祈先輩♡」と仔犬が尻尾を振る様に懐いていた。

 普段、戦い続きの日々だった陽には久しぶりの日常だったが、そんな乱痴気騒ぎは中学生を引率しに行った顧問が、中学生剣道部員を引き連れて帰って来る迄、続いた……。

 

 

 quest番外編 千年の契り

 

『閃烈の銀狼』ガオシルバーこと大神月麿……。

 

『豪放の大熊』ガオグレーこと佐熊力丸……。

 

 彼等は、他のガオレンジャーとは違う接点があった。

 それは互いに、遥か千年と言う悠久の時を経て現代にやって来た過去の人物であると言う事……。

 しかし、それ以外に彼等には不明確な部分がある。それは、ガオの戦士となる前、彼等は何をしていたのか? そして、如何にして彼等は、ガオの戦士となったのか?

 其れを明らかにする為には、時間を少し過去へと巻き戻さなくてはならない……。

 それは千年以上前の日本……世が、京都に築かれた都『平安京』を中心とし、天皇家や公家が政治を摂っていた時代……古き雅ある時代を、後世に於いて平安時代と呼ばれる事となる……。しかし、一見すれば平和な世と見えるが、平安京を中心とした朝廷内では陰謀、裏切り、骨肉の争いの絶えない腐敗した物となっていた。

 公家同士が互いに互いを足を引っ張り合い、血生臭く醜悪な戦が多発していた。そんな世であるが故、民草の不満は募り盗賊や山賊に身をやつす者が後を絶たなかった。

 だが、それ以上に人々を脅かす存在があった。彼等は、政治の中心地である平安京の周囲から世に放たれ、人々に災いをもたらしていた。其れが今の時代に於けるオルグ……当時は、ただ『鬼』と呼ばれていた。

 しかし、天皇家や公家は自分達の汚れた心に惹きつけられ、彼等の放つ邪気が鬼を生み出す事実を知らなかった。

 故に、正体不明の鬼達を如何すべきか、と対処に困っていた。そんな矢先……人々に嘘か誠か、俄かには信じられない噂が耳に入った。その鬼達を退治する事を生業とする戦士達が居る事を……。

 

 

 さて、京都より遥か東に離れた山間に囲まれた小さな村……人々は山から採れる山の幸や、田畑を耕して得た作物を基に細々と暮らしていた。そんな一見、平和な村に……。

 

 

「山賊じゃァ! 山賊が出たぞォォ‼︎」

 

 

 村中に響き渡る悲鳴……村人達が見れば、村を目指して馬に乗った大勢の者達が押し寄せて来るのが見えた。

 先頭を走るのは、灰色の髪をざんばらにして褐色肌の大男だった。この時代に於いては珍しい髪、肌の色、そして体格……その男の跨がる馬も決して小さくは無いが、大男が背に跨がれば殊更、小さく見えてしまう。それ位に大柄な体躯だった。

 

「お、鬼じゃ……」

 

 村人の一人が呟く。成る程、天を衝かんばかりの背丈、異様なる肌、荒々しい顔つき、そして衣服を纏わぬ上半身に刻まれた無数の傷跡は、まさしく鬼と呼ばれるに相応しい姿だった。

 男は村の入り口で馬を止め、村全体を一望した。そして溜め息を吐く。

 

「やっぱり、小さな村じゃのゥ……金目のもんは愚か、食い物もあるかどうか……」

 

 男は見定めをしていた。これから襲おうとする村に如何程に金品があるかを……。

 だが小汚い百姓、痩せて小さな童、右を見ても左を見ても年寄り、女子供が大半を占めていた村民……。

 ハズレか……男は天を仰ぎながら内心、ボヤく。少し前までは京の都周辺を夜な夜な襲っていた……だが、いかんせん名を売りすぎた……今や京では、自分を知らない者は居ないだろう……検非違使達も、血眼になって自分の打ち首にせんと探し回っている筈。京の近辺の村と言う村には自身の立て札が置かれて、盗賊稼業がやり難くなった。止む無く、京から離れた辺境の山村に標的を変えたが、これが中々どうして上手くいかない。豪華絢爛な都には、外を歩けば「私は金を持っています」と豪奢な服、多数の従者、高級な牛車に乗った公家が蔓延っていた。

 所がどうだ、流石の公家連中もこんな辺鄙な場所にまでは足を運ばない。ごく稀に物好きな公家、長者、巡礼中の坊主などが網に掛かる事もあったが、ここ最近はすこぶる不作、不漁……。

 事に、こんな村じゃ自分達の食い扶持くらいしか作物を作らない、否、作れない。作った作物は尽く、長者達に召し上げられてしまうからだ。金銀財宝など、置いている筈が無い。

 

「お頭! どうしやす⁉︎」

 

 後ろから手下達が囃し立てる。彼等もここ最近の不作に対し、苛立ちが募っている。だが、盗賊に身を堕とす様な輩など専ら、暴れたい奴等ばかりだ。三度の飯より、人を殺めて蹂躙する事を好む下衆な連中揃い……今更、村を襲うのを止めよう、等と告げるものなら苛立ちが爆発して、それこそ手に負えなくなるなは必至……。

 それに対して、頭目の大男は気怠げに右手を上げ……。

 

「奪え」

 

 と、告げた。待ってました、と言わんばかりに手下達は村へと押し入った。家屋へ戸を蹴破りながら押し入り、米俵や着物などを奪う。

 

「ちッ…ロクなもん、食ってねェな……」

 

 山賊の一人は、握り飯を喰らうが顔を顰めながら吐き出す。

 粟や稗で作った飯は、とても食えた物では無い、と言わんばかりだ。別の山賊は棚を蹴り倒し中身を物色するが、出て来るのは僅かな銅銭だった。

 

「ハッ…‼︎ こんなモン、まだ持ってたのか……今の時代じゃ、カスの役にも立たねェのによ‼︎」

 

 嘲笑いながら、山賊は銅銭を投げ捨てた。米や稲で税を納めるのが主流だった、この時代では貧しい農民が金を持っていても、文字通り宝の持ち腐れである。そんな物を後生、大切に持っていた事に対し、山賊は馬鹿にした。

 

「着物も安っぽい生地ばっか……やっぱり辺境の村じゃ、こんなモンかね……」

 

 衣服を漁っていた山賊も、女物の着物を投げ捨て唾を吐いた。家屋の隅では老夫婦が身を寄せ合い、念仏を唱えながら赦しを乞っていた。

 

「心配すんな、お前等みてェな年寄り、殺しやしねェよ……最も、もうボチボチ、お迎えが来そうじゃねェか‼︎」

 

 山賊の一人が下卑た笑みで言った。老夫婦はガタガタと更に震え上がる。と、その時、村の中央で悲鳴が聴こえる。

 

「あァァァん! 爺様! 爺様ァァ‼︎」

 

 小さな子供が、倒れ伏す老人に縋り付きながら泣き叫ぶ。側には刀から血を滴らせながら、山賊の一人が笑う。

 

「ヘッ‼︎ これっぽっちの種籾如きに必死になって縋り付きやがって……!」

 

 そう言いながら、山賊は袋にひと摘み程度しか入ってない種籾を揺らす。

 

「……おい……‼︎ そりゃァ、何の真似じゃ……‼︎」

 

 突然、野太い怒りに満ちた声が後ろから響く。山賊は、ヒッと青ざめながら振り返る。

 

「……あ、あの……お頭‼︎ 違うんです、この爺いが『種籾だけは堪忍してくれ‼︎』って掴みかかって来たから……つい……‼︎」

 

 必死に弁明しようとする山賊だが、有無を言わさずに頭目の鉄拳が山賊の顔面を刺し貫いた。

 その凄まじい勢いで、山賊は家屋に頭から突っ込む。更に頭目は山賊の胸ぐらを掴み、無理矢理に立たせる。

 

「足が付くから殺しはするなって、前にも言うた筈じゃ…‼︎」

「ず…ずびばぜん…‼︎」

 

 顔を殴り潰された山賊は苦しそうに謝罪する。頭目は忌々しげに山賊を投げ捨てる。他の仲間が、その山賊を介抱した。

 

「お頭! どうやら、この村じゃ、大した実りは無さそうです‼︎」

「ふん……その様じゃな……」

 

 そう言いながら、頭目は足元に転がる種籾の袋を摘み上げ、泣きじゃくっていた子供に投げて寄越した。

 

「悔しいか、小僧? 悔しければな……その種籾を食って、デカくなれ‼︎ それでも足りなけりゃ、魚でも犬でも熊でも食って食って、食いまくれ‼︎ そして、デカくなりゃ、他の連中に虐められなくて済む……」

 

 それだけ言い残し、頭目は村を後にした。残された少年は種籾袋を握り締め祖父の亡骸を見つめながら、立ち上がる。そして、山賊達に荒らされて滅茶苦茶になった村から出て行く。

 

「シロガネ! どこに行くんじゃァ! 戻ってこォい‼︎」

 

 後ろから村人の呼び止める声が聴こえたが、少年は振り返らない。だが、走りながら少年は袋から種籾を取り出して口に放り込むと、噛み砕き飲み込んだ。その際、シロガネと呼ばれた少年の目はギラギラとした餓狼の様な目をしていた。

 

 

 

 それから更に数年の月日が経ち……山賊達は飽きもせずに相変わらず掠奪に精を出していた。

 今回のカモは久しぶりの上物だ。とある農村を治める長者が馬に乗り、多数の米俵を載せた荷車を村人に引かせていた。

 年貢米を自身の屋敷にある倉に運ばせようと言うのだ。

 ガリガリに痩せ細った村人に反して、馬から転げ落ちんばかりに丸々と太った長者は

 

「早く運べ! 米一粒でも無駄にしようもんなら、磔にしてやるからな‼︎」

 

 と、馬上から村人に怒鳴る。それに対して村人は返事しながらも、誰もが苦しげに呻いていた。

 

 その様子を峰の上から、見下ろす数十人の山賊達……彼等は、長者が年貢米を運ばせる際は、この道を使う事を知っていた。だから、この峰にて首を長くして待ち構えていたのだ。

 

「世も末じゃァ……人間が、人間を牛馬の如く扱き使うとはな……そう思わんか?」

 

 山賊の頭目は長者が村人を扱き使う様を見て、皮肉を言った。彼の隣に居たのは……髪を長髪にして鋭い眼をした青年だ。かつて山賊に祖父を殺され、村を壊された少年……あの、村人からシロガネと呼ばれていた少年の成長した姿だ。

 

「ふん……返事もせんか。相変わらず、可愛げの無い餓鬼じゃ。丸腰で村を飛び出して、行く宛の無いお前を拾ってやったのは誰じゃ⁉︎ 山賊の技を仕込んでやったのは誰じゃ⁉︎」

 

 頭目の言葉に、シロガネは睨む。

 

「俺が貴様に付いてきたのは、お前の手下に成りたかったからじゃ無い……八つ裂きにしても足りない程に憎い貴様を殺す為だ‼︎」

 

 シロガネはギラギラと憎しみに満ちた目で頭目を見据える。あの日……少年は唯一の家族を、この男に奪われた。貧しい農村に生まれ、父も母も相次ぐ飢饉で失った自分に精一杯の愛情を注いでくれた祖父を……。

 頭目は声を出して笑う。

 

「ガッハッハ……‼︎ ワシを殺す為だと? 面白い奴じゃ‼︎ その八つ裂きにしても足りん程、憎い山賊であるワシの手下にしてくれ、と言って来たのはお前じゃ無いか!

 まァ、良い……殺したいなら好きにせェ。ワシを殺したら、シロガネ。お前を次期、山賊の頭にしてやっても良いぞ?」

「そんな物、要るか。俺の望みは貴様の首だ」

「ワシの首? 取れるか、お前に? まァ精々、頑張れ‼︎ だが、ワシの首を取る前に、あの米俵を取るのが先じゃ!」

 

 頭目が言うと、部下の一人が囃し立てた。

 

「カイのお頭‼︎ 早いとこ、行きましょうや‼︎」

「まァ、待て。アイツ等が、この道の真下に来るまで待つんじゃ」

 

 カイと呼ばれた男は部下を嗜めた。そうこうしている間に、峰の下を荷車が通り抜けようとした。其れを見たカイは、ニヤリと笑い……

 

「よーし、野郎共‼︎ 出陣じゃァァ‼︎」

 

 カイの号令に従い、山賊達は馬に鞭を入れ峰を駆け下りて行く。

 

「な、何だ⁉︎」

 

 長者は地の揺れる様な音と砂埃に辺りを見回す。だが、その姿を確認した時は、山賊達に荷車は包囲されていた。

 

「さ、山賊じゃァァ‼︎」

「い、命ばかりはァァ‼︎」

「お助けェェ‼︎」

 

 村人達は恐怖から、米俵も長者も捨て置き一目散に逃げ去った。

 

「こ、コレ‼︎ 逃げるな‼︎ ワシを…ワシを守らんか‼︎」

 

 自分を見捨てて逃げた村人に向かって怒鳴りながらも、もう村人達は遥か彼方だ。カイは刀を抜くと、長者の乗っていた馬に斬り付ける。

 

「バヒヒヒィィン‼︎」

 

 顔の一部を斬り付けられた馬は暴れ回り、長者を振り落とすと何処かへ去って行った。

 馬を失い、逃げる手段をも失った長者は尻もちつきながら後ずさる。

 

「さァ、命が惜しければ米俵を置いてさっさと逃げるんじゃのう‼︎」

 

 刀を長者の首元に突き付けながら、カイは脅す。長者は先程までの高圧さは何処へやら、すっかり怯えてしまう。

 

「ひ…ひ…米俵は渡します…‼︎ 言う通りにするから……助けて……‼︎」

 

 長者は涙の鼻水で顔をグシャグシャにし、股間を生暖かい物で濡らしながら命乞いをした。

 

「だったら、さっさと立ち去れィ‼︎」

 

 カイが怒鳴る。長者は産まれたての小鹿よろしく、ヨロヨロと逃げ去って行った。山賊達は、荷車を蹴り倒し米俵が地面に転がる。袋が裂け、中から純白の米が溢れ出てきた。

 

「ヒャハハハ‼︎ 米だ、米だァァ‼︎」

 

 山賊の一人は一目散に米を掴み上げ、口に放り込む。

 

「ハハハ、美味ェ‼︎ 粟でも稗でも無ェぞ‼︎ 正真正銘の米だ‼︎」

 

 山賊は馬鹿笑いを上げながら叫ぶ。続いて他の山賊達も米を掴み、腰に下げた袋に流し込んで行く。

 カイは、その様子を見つつも自身も米を取ろうとした。その時、後ろから殺気と声がした為、振り返る。

 其処には小刀を構えたシロガネが迫り、カイの腹部深くに刃を突き立てた。

 

「何の真似じゃァ? シロガネェ?」

 

 小刀を引き抜きながら、カイは言った。シロガネで目はギラギラと光る。

 

「お前を殺してやる……!」

「ガッハッハ……何ちゅう目じゃ!」

 

 今まさに命を狙われているに関わらず、カイは極めて余裕がある態度だった。

 シロガネは、この瞬間を待ち侘びた。カイが油断をする瞬間を……。

 

「お……お頭……‼︎」

 

 山賊達が震えながら呟く。それに対して、カイは振り返り応えた。

 

「し…心配要らん…‼︎ こんなモン、かすり傷……じゃ……」

 

 振り返った先を見たカイは絶句する。其処には見た事もない異形の者達が現れ、山賊達を取り囲んでいた。

 

「な、何じゃ⁉︎ こいつ等は⁉︎」

 

 流石に様々な修羅場を超えてきたカイも、此れには言葉を失う。長く伸びた額のツノ、赤い体色、そして手に持つ棍棒……間違いない。都で噂になっている人を襲い、食う鬼だ。山賊達は狂乱し、米俵を捨てて逃げ出そうとするが……。

 

「オルゲット‼︎」

 

 鬼達は奇声を上げながら、山賊達を次々と惨殺して行く。だが、山賊達も黙って殺される気はない。手に持つ刀で斬りかかるが、鬼の強靭な皮膚には擦り傷一つ負わせられない。

 たちまち一人残らず、山賊は殺されてしまった。

 残されたのは、カイとシロガネだけだ。

 

「は……ハハハ……流石に、マズイのゥ……」

 

 腹に負傷を負ったカイには逃げる事も出来ない。其処へ、ジリジリと鬼達は近付いてくる。

 

「シロガネ……お前だけでも逃げろ……」

「ふざけるな……‼︎ 俺は、お前を殺す為に山賊になったんだ……今更、情けなんか無用だ……」

「……良いから、早く逃げろ……‼︎ ワシは散々、悪事を重ねてきた……その報いじゃ……だが、お前はまだ若い……今からでも、やり直せる……」

 

 この期に及んで、自分に情けを掛けようとするカイに対し、シロガネは彼を見た。

 

「な……何でだ? 山賊の、お前が……?」

「あの日……村を襲った日……ワシは、お前だけは死なせたくなかった……こんな、くその様な世の中でも済んだ目をした、お前をな……だから、ワシを追ってきた時、お前を山賊の仲間とした……その時が来たら……お前だけでも生きながらえさせてやろうと……な……」

 

 カイから紡ぎ出される優しい言葉……それは復讐心だけを糧にして来た自分の心を洗い流す様だった……。

 

「……早く……行け……‼︎ こいつ等は、ワシが引きつけてやる……‼︎」

 

 そう言って、カイは刀を抜くと鬼達に立ち向かおうとする。シロガネは堪らずに叫んだ。

 

「……俺一人で……どうやって生きていけって言うんだ‼︎ それに……俺は……今更、何の為に生きれば……」

 

 

「では……人々を守る戦士と、おなりなさい……」

 

 

 その声に、カイとシロガネは振り返った。其処には長い白い髪に巫女の着る様な装束を纏った女性が立っていた。

 すると、突然に鬼達は何者かに斬り裂かれ、倒れ伏した。鬼達は足下で、泡状になって消えて行った……。

 鬼達を倒したのは見慣れない刀を構えた五人の若者達……。

 巫女は、カイとシロガネの前に立ち、語り始める。

 

「貴方達は選ばれたのです……精霊達に……。私達と共に行きましょう……己の過去も、名前も忘れて……」

 

 それが、先代ガオの巫女ムラサキと五人の従者達……そして、後にガオシルバーとガオグレーとなる二人の戦士達の邂逅の瞬間だった……。 


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