帰ってきた百獣戦隊ガオレンジャー 19YEARS AFTER 伝説を継ぎし者   作:竜の蹄

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 娘々(ニャンニャン)
 兎月(ドゥーユエ)
 万狗(ワンコウ)
 虎牙(フーヤ)
 緑鬼(リュグェイ)


quest SP2 神龍伝説

「はい、どうぞ」

 

 娘々は薬を擦り潰して混ぜた煎茶を煎れて、陽に差し出した。陽は、湯気が立つ煎茶の入った湯飲みを持つ。

 

「……ありがとう……」

「苦いですよ」

 

 娘々は悪戯っぽく笑う。陽は煎茶を口に付け一口、飲む。

 言われた通り、苦み走った深い味が口内に広がる。

 

「く……」

 

 思わず戻しそうになりながらも、陽はぐゥッと飲み込む。残った煎茶も、グイッと一気に飲み干した。

 

「……ふぅ……何とも言えない味だね……」

「打身には、これが良く効くんですよ」

 

 クスリと笑いながら、娘々は言った。打ち所が悪く身体を痛めてしまった陽は、娘々が採取した薬草を調合した薬を煎茶に溶かして提供してくれたのだ。

 

「悪いね、何から何まで……」

「いえ……お構い無く……」

 

 押し掛け同然に上がり込んで手当て迄して貰った事を、申し訳無さそうに謝る陽。だが、娘々は優しく微笑んで許してくれた。

 こうしていると、祈の事を思い出さずには居られない。自分が帰って来なければ、彼女は心配するだろう……。

 此処が何処であるか……加えては、元の世界に帰る方法を考えなければならない……だが、現状では大神達が何処に居るかすら分からないのだ。はっきり言って、状況は深刻である。

 

「……そう言えば……君は、此処に一人暮らしなの?」

 

 陽は家中を見回して、女の子が一人で暮らすに質素過ぎる気がした。娘々は首を振った。

 

「いえ……一応、姉と二人で暮らしていますが……」

「姉……」

 

 陽は、娘々をまじまじと見た。益々、祈が重ね合わせてしまう……。そんな彼の視線に、娘々はキョトンとしながら

 

「あの……私の顔に何か?」

 

 と、陽に尋ねる。

 

「あ、ごめん……何か、妹の事を思い出しちゃってさ……」

 

 陽の釈明に、娘々は納得した。

 

「陽さんも……兄妹でお暮らしなんですか?」

「まあね……両親を早くに亡くしたから……君も、そんか感じ?」

「私は……」

 

 陽の質問に対して、娘々は言葉を濁した。何か言い辛い事を聞いてしまったのだろうか?

 と、そんな時……。

 

 

「あ、此処です!」

 

 

 外から、人な話す声が聞こえて来た。聞き慣れない女性の声だ。

 

「あ、姉が帰って来ました……でも、何か他にも二人いらっしゃるみたい……」

 

 娘々は、猫耳はピコピコさせながら言った。どうやら、あの耳は、ちゃんと機能しているらしい。

 

 

「ああ……済まないな……」

 

 

 今度の声は、陽も良く知る声だった。陽は木戸を見つめると……。

 

「ただいま、娘々……あら、どちら様?」

 

 入って来たのは、兎耳の女性だった。穏やかそうな風貌だが、何処か高貴な雰囲気を醸し出している。

 

「娘々〜、私が留守の間に男を連れ込むなんて〜……貴方も、お年頃なのね」

「お、お姉様⁉︎ 勝手に推測しないで‼︎ この人が行き倒れていた所を介抱しただけよ⁉︎」

「良いのよ、良いの……お姉様も嬉しいわ……貴方にも男っ気が出来て……」

「お姉様‼︎」

 

 娘々は顔を赤くして、必死に否定する。陽は陽で、その様子をポカンとするしか無い。

 

「あ、それはそうとね……私も、お客様を連れて来たのよ? さ、入って!」

 

 兎耳の女性が手招きすると、外に居た二人組が入って来る。

 

「あ、ああ……」

 

 女性に招かれて入って来る人物……それは……

 

 

「大神さん! テトム!」

 

 

 陽は思わず声を上げた。予感通り、入って来たのは大神とテトムだった。驚いたのは、大神達も同様だ。

 

「陽……‼︎ 無事だったか‼︎」

 

 期せず、ガオレンジャーの二人と巫女は無事に再会を果たした。だが、娘々と兎耳の女性は意味が分からない、と言わんばかりに三人を眺めているだけだった……。

 

 

 その頃、街の方では……。

 

「はい、出来ましたよ」

 

 小さな一軒家で、割腹の良い女性が佐熊の頭に包帯を巻いて傷の手当てをしていた。

 

「いやァ…スマンのォ…手当てをして貰ったばかりか、食い物まで……」

 

 そう言いながら、佐熊は握り飯に齧り付く。こっちに来てがら、漸く有り付けた食事である。はっきり言って、握り飯はごわごわして余り美味くないが、空腹である時は何でも良いから胃袋に納めたいのだ。

 

「……御礼なんて……ウチの息子を、化け物から助けて頂いて……こっちが、御礼を言うべきなんですから……」

 

 そう言う女性の頭を見てみる。すると、やはり彼女にも犬の耳が髪の隙間から飛び出している。この国の住人は皆、そうなのか…?

 

「時に、おかみさんよ……何だって、この国の人間からは動物の耳が生えとるんじゃ?」

「え? ああ……これかい? ひょっとして、貴方達は他所から来た人間かねェ?」

「う〜〜む、そんな所じゃのゥ……」

 

 まさか、異世界より渡ってきました、なんて言って信じてもらえる訳も無く、言葉を濁しながなも佐熊は応えた。

 

「この国の住人はね……神龍様の血を引いているのさ」

「神龍様の血?」

 

 そう言って、女性は壁に掛けられた垂れ幕を見た。垂れ幕には、群青色の龍が描かれている。

 

「神龍様はね……遥か昔に、不毛の地だったこの国に降り立ち、動物達に御加護をお与えになったんだよ。そして知恵を持った動物達は、街を創り国を創って発展して来た。

 だから、この国は神龍様に敬意を忘れない様にと国の名を『瓏』と名付けたのさ……」

「母ちゃん、止めてよ‼︎ そんな御伽噺‼︎」

 

 母親を止める様に万狗は怒鳴る。

 

「そんなの迷信だよ‼︎ 本当に神龍が居るなら、何で僕達を助けてくれないんだ‼︎ 皆、言ってる‼︎ 神龍が国を作った事も、僕達が神龍の末裔だって話も、そうであったら良いなって、でっち上げた作り話なんだって‼︎」

「万狗! そんな事、言うもんじゃ無いよ‼︎」

 

 万狗が喚き散らすが、母親が叱り付けた。

 

「私達が暮らしていられるのは神龍様の恩恵があるお陰なんだよ⁉︎ そんな事を言ったら、バチが当たるよ‼︎」

「じゃあ……あの樹も神龍の恩恵だって⁉︎」

 

 万狗は窓から見える巨樹を指した。

 

「あの樹が生えてから、この辺りじゃ水は汚れるし、植物は育たないし……挙げ句の果てに、あんな化け物がうろついて回るし……神龍だったら、何で助けてくれないのさ⁉︎」

 

 我が子の涙を流しながらの悲痛な叫び声に、母親も押し黙る。

 

「しかも……しかも……父ちゃんだって、アイツらに……‼︎」

「親父さんが、どうしたんじゃ?」

 

 ふと溢した万狗の一言に、佐熊は尋ねた。泣き出す息子に代わり、母親が答える。

 

「私の旦那はね……あの化け物の被害を王宮に訴えに行く途中、化け物共に襲われて……死んだんだよ…!」

「何と……そりゃ理不尽な……」

 

 佐熊は、この国で起こっている悲劇に同情せざるを得なかった。

 

「国の偉いさんは何をしとる⁉︎」

 

 その言葉に対し、母親は力無く首を振った。

 

「何も……してくれないよ……あの化け物達が、街をうろついているから家から出るな…って、それだけさ……王宮って言う安全圏から見て、客観的にしか言わない……だから、業を煮やした旦那も王宮に直接、談判しに行ったんだが……化け物に見つかっちまって……」

「家から出ちゃ駄目なら、何で貴方は外に居たの?」

 

 こころの発言に万狗は懐から瓢箪を出した。

 

「あの樹が生えてから水も汚くなって飲めないけど……街を出て、暫く歩いた所に汚されてない泉があるんだ……。

 そうじゃないと、薫々(くんくん)が……」

 

 万狗は、部屋の隅を見る。そこには小さな女の子が、苦しげに咳をしながら横たわっていた。

 

「肺病か…?」

「妹なんだ……あの樹の所為で、肺をやられちゃって……妹だけじゃ無い……この町に住む小さな子供は、皆……」

「邪気に当てられたな……」

 

 佐熊は推測する。あの巨樹から垂れ流される邪気は、子供の身体に悪影響を与えているらしい。見た感じ、乳児期を超えたばかりの子供だから、邪気の悪影響を受けやすいらしい。

 

「……ワシの育った時代に、よく似とるのォ……」

 

 ポツリと佐熊が呟く。彼が育った平安時代も、貴族と平民と言う格差社会が敷かれ、富める者は豊かな暮らしを送れたが、貧しい者達は犬畜生以下の暮らしを強いられていた。

 

「皆……アイツが悪いんだ……‼︎ 皇帝が……‼︎」

 

 万狗が唸った。

 

「あの樹が生え始めたとき、皇帝は『樹に手を出しては駄目だ』と言っただけだ‼︎ アイツが早く行動してれば、こんな事にならなかったのに……‼︎」

 

 今度は母親も否定はしなかった。自分も夫を喪い、娘も病気で臥せる結果となったのだ。その皇帝の対応が遅れた事が、事態を悪化させたと言って間違い無い。

 

「….アイツ等、大丈夫かのゥ……」

 

 佐熊は窓から外の景色を見てみる。一見すれば、普通の街並みに見えるが、その上に立ちはだかる巨樹により、町全体が不気味に映った……。

 

 

 

 その頃……王宮内の玉座の間では……

 

「何をしているのだ……そなたは……」

 

 空席の玉座の前では、両袖の中に腕を隠して組んだ緑色の文官が傲岸不遜な態度で立っていた。

 

「は……緑鬼(リュグェイ)殿……‼︎」

 

 先程、兎月を捕まえ損ねた文官は深々と頭を下げる。緑鬼と呼ばれた文官は、フンと鼻で笑う。

 

「皇帝陛下直々の側近のそなたに任せれば、公主様も考えを軟化されるであろうと期待を寄せて見れば、この体たらくとは……な。病に臥せられている陛下の御耳に入れば、さぞかし肩を落とされる事であろうな……」

「く…‼︎」

 

 文官の男は的を射た言葉に、返す言葉も見つからない。

 急に皇帝が病に臥せって政治が滞る様になった時、突然、王宮に姿を現した男……。

 病床の皇帝から聞いた旨を宮中の者達に伝えて、巨樹の出現によるオルゲットの被害など、混乱の渦中にあった宮廷を見事に立て直した。今では、宮廷内に於いて彼を称賛しない者は居ない。そう……ただ一人を除いて……。

 

「……」

 

 平伏する文官の横に立つ彼は武官……兵士達を束ねる人物だ。名前は虎牙(フーヤ)。先代皇帝の時代から瓏国に仕える軍人であり、虎の牙の名に違わぬ頭部から虎の耳が覗く。

 忠義に溢れ、瓏国を思う彼は皇帝の代が移ってからも変わらずに仕えたが、あの巨樹が姿を現してからは国はおかしくなってしまった。皇帝が病床に臥せ、町中には異形の鬼達が姿を現す始末……しかも、噂によれば、あの鬼達は一部の文官達が手足の如く使役していると言う。

 また、緑鬼が宮廷入りして以降、町中の鬼達による被害は増えた。これは偶然とは思えない。

 そもそも、皇帝が倒れたのを見計らう様に姿を見せた緑鬼、それに呼応し始めた鬼達……武官であるが故、洞察力に長ける彼は、密かに行動していた。 

 皇帝に代わり政治を執り行う緑鬼を注意深く監視したが、彼は用心深く中々、尻尾を見せない。

 と、虎牙が考察していると……。

 

「もう良い、退がれ……。虎牙殿?」

 

 緑鬼は肩を落とす文官を退がらせ、虎牙を指名して来た。

 

「兎月公主様は、そなたの事を信頼していたな? ならば、そなたになら心を開かれる筈。迎えに行ってくれぬか?」

「……御意……」

 

 虎牙は、緑鬼の言葉に違和感を感じる。まさか、この男、勘付いているのか? いや、少なくとも表立って話した事は無い……もし、自分の秘密が気取られているなら、兎月公主の下に遣わせたりはしない筈だ……。

 そう考えながら、虎牙は玉座の間から出て行った。彼の姿が見えなくなった時、緑鬼の顔はベキベキと音を立て始めた。

 

「ホッホッホ……そなたの企みは、とうに見抜いておるわ……。しかし、オルグドラシルが真の成長を遂げるには兎月公主の持つ“龍珠”が邪魔……利用させて貰う…‼︎

 ハンニャ‼︎ 」

 

 緑鬼が呼び掛けると、鬼面で顔を隠した女性が姿を現した。

 

「二度の失敗は許さん……必ずや、兎月公主を生きて王宮に連れて来るでおじゃる……‼︎」

「は…! 緑鬼……いや、ウラ様‼︎」

 

 そう言って、ハンニャは再び頭を下げた。途端に緑鬼の影は禍々しい異形の姿へと、成り果てていた……。

 

 

 

「……そうか……そんな事が……」

 

 兎月の家では、陽は娘々に保護されて傷を癒し、かつ地球とは違う瓏国なる国にやって来た事を話した。一方、大神達も兎月が、オルゲットを引き連れた男に拐かされそうになっていた所を助け、家に招かれた事を話した。

 

「ガオズロックが飛べなくなったって本当?」

 

 家の外で陽は大神に尋ねた。ガオズロックは自分達の移動手段にして、元の世界に帰る為には必要不可欠だ。

 

「ああ……テトム曰く、少し休ませれば飛べる様になるとの事だが……それより重大なのは、ガオレンジャーに変身出来なくなった事だ……」

「……確かに……」

 

 陽は、G−ブレスフォンを見てみる。確かに、大神達に連絡しようとしたが何故か、ブレスフォンは反応しない。

 更に言うなら、この世界にもオルゲットが姿を現すらしい。

 オルゲット程度なら、辛うじて対応は出来るが、オルグ魔人クラスの敵が出て来たら、どうする事も出来ない。

 しかも間が悪い事に、パワーアニマル達も召喚する事が出来ない。つまり、非常に危険な状況にある。

 

「佐熊さん、無事だと良いけど……」

 

 陽は、未だに再会出来ていない佐熊の身を案じた。大神は、それに対して……

 

「心配するな……俺達の中では一番、頑丈な男だ。そう簡単に、やられたりはしない……」

「だと、良いんですが……」

 

 自分達も危険だが、佐熊やこころの事も気掛かりで仕方の無い陽。その時、家の中から、テトムの声がした。

 

「二人共! ご飯にしましょうよ‼︎ お腹空いたでしょう?」

 

 テトムの緊張感に欠ける発言に、二人は苦笑した。

 

「こんな時に、飯が喉に通るとは……」

「まァまァ……腹が減っては何とやらってね……」

 

 難しい顔のままの大神を宥めながら、陽は家の中に入って行く。止む無く、大神も続いた。

 

 

「お口に合いますか、どうか……」

 

 料理の用意をした娘々は頭を下げる。膳には、ご飯と山菜を煮た汁、あとは小魚を焼いた物があるだけだ。

 質素、と言えばそれまでだが、疲労と空腹に苛まれる陽達からすれば充分な馳走に見える。

 

「ありがとう……じゃ、頂きます!」

 

 そう言って、陽は箸を持ってご飯を口に運ぶ。少し固いが、味はイケる。

 

「テトムさん、手伝って頂いてありがとうございます……料理、上手なんですね……」

「卵が、あれば卵焼きも作ってあげれたんだけどね……今、切らしてて……」

 

 陽は、テトムが料理が上手い、と言う話を聞いていたが、俄かには信じていなかった。だが、味付けはしっかり出来ている為、嘘では無かったらしい。

 

「娘々は、ご飯を炊くぐらいしか出来ないからねェ?」

「お、お姉様だって⁉︎」

 

 揶揄う様に笑う月兎に、娘々は顔を赤くして怒る。その際、大神は、ふと気付いた事を尋ねた。

 

「あんた達は……本当に姉妹か?」

 

 その言葉に、二人は凍り付いた様な顔になる。

 

「どうかしましたか、大神さん?」

「いや……さっき、彼女に迫っていた男は公主様….って言ってたからな……」

 

 大神は月兎と出会った時の状況を思い出して話した。確かに、あの文官は彼女を公主様、と呼んでいた。

 その言葉に、娘々は月兎を引き寄せた。

 

「お姉様、また、狙われたの⁉︎ どうして黙っていたのよ!」

「だって、貴方に心配かけちゃうし……」

 

 明らかに様子の可笑しい二人に、陽達は怪訝な顔となった。

 

「あの……何か?」

「あ、いえいえ‼︎ 恐らく、それは人攫いの類ですわ‼︎ この辺では多くて……」

「……人攫い⁉︎」

 

 余りに無理のある説明に、大神は訝しんだ。ただの人攫いが、オルゲットを使役するなんて、それはそれで不自然である。

 

「……もしかして……あの巨樹と、何か関係があるのかしら?」

 

 ふと、テトムの発した言葉に月兎は顔を曇らせる。その際、陽は彼女の首から下がるライトグリーンの宝珠に目をやった。

 

「ねェ……その宝珠は……」

 

 陽の見間違いで無ければ、パワーアニマル達を呼び出す為の宝珠と同一の物だ。

 月兎は慌てて隠すが、陽はポケットからガオドラゴンの宝珠を見せた。

 

「そ、それは⁉︎」

「僕も持っているんだ。大神さんもね……」

 

 陽は大神に目をやる。すると、大神もガオウルフの宝珠を見せた。

 

「な、何故……?」

「……娘々、やったわよ‼︎ やっぱり、予言は当たったのだわ‼︎」

 

 驚きを隠せない娘々を他所に、月兎は満面の笑みとなった。

 

「予言?」

 

 テトムが聞いた。すると、月兎は宝珠を取り出した。

 

「……もう隠していても仕方ないですね……。貴方がたには、全てをお話しします……。この国に起こった全てを……そして、私達の素性を……」

 

 急に月兎は神妙な顔付きとなり、陽達を見る。

 

「私達は姉妹と名乗りましたが……それは嘘です……。実は私は、この瓏国の公主であり娘々は私に仕えていた侍女の一人なのです……」

「どうして偽の姉妹を名乗って迄、こんな場所に?」

 

 陽が尋ねた。今度は娘々が答える。

 

「一国の公主である兎月様は市中の者達は顔を知らなかったからです……ましてや、公主様である事が市中に知り渡れば、周りから騒がれてしまうのは明白……何より、こんな状況だと……」

「こんな状況?」

 

 陽は納得しながらも尋ねる。確かに現代なら、テレビや新聞などで皇族も顔が売れているだろう。だが見た所、瓏国は中世の中国王朝に似ている。高貴な人物の顔が平民に知られていないのは、見方を変えれば良い隠蓑であるかも知れない。

 だが、それ以上に正体を明かせない理由が彼女達にあるのか、と勘繰る。

 

「あの樹のもたらす害悪は、市中の者達に広がっています……既に地中深くに迄、根付いた巨樹は市中の水源や植物に悪影響を与え、幼児や年寄りも起き上がれない程、重篤な状態となっている者達も居る始末……そう言う結果を招いたのは、あの巨樹が成長するのを指を咥えて傍観し続けた私達に責任がある……私の父、瓏国の皇帝も最初の頃は、巨樹のどうにかしようと行動していましたが、突然、病に倒れ、今では城内にある自身の寝所から一歩も出られません……。

 混乱する城内にて、彼が現れた….」

 

 兎月はギュッと拳を握る。

 

緑鬼(リュグェイ)」と名乗った、その男は混乱を重ねる官吏達を纏め上げ、父の名代として政治を執り行いました。

 ですが、彼は巨樹に手を出せば、更なる被害を招く…と官吏達を説き伏せ、一切の手出しを中止させました……既に彼の事を信じ切っていた官吏達に、緑鬼を止める術はありません……」

「緑鬼……」

 

 大神は、彼の名を聴いた時、厳しく眉根を上げていた。兎月の話は続く。

 

「私は、最初にあの男を見た時から、何かキナ臭い物を感じていました。明らかに、彼が政治に手を出す様になってから事態は悪化の一途を辿り……父の手腕のみで国を動かしていた我が国は、彼の行動の怪しさを看破出来なかった……。

 だからこそ、私は城を密かに出て、外部から巨樹と緑鬼の行動を探っていたのです……娘々と姉妹である、と偽って……」

「そう言う事だったのか……‼︎」

 

 陽は絶句した。まさか、この世界にもオルグの支配が広がっていたなんて……。こんな時に限って、ガオレンジャーに変身出来ない自分が歯痒い……。

 

「さっき、貴方達が言った予言とは?」

 

 今度は、テトムが尋ねた。兎月は宝珠を見せた。

 

「この国には古くからの言い伝えがあるのです……。

 “龍により生まれし国、暗雲に覆われし時、異界の地より龍の力を携えし、八人の戦士が舞い降りん……その者達、眠りに就く龍を目覚めさせ、国を救わん…”。我が瓏国に語り継がれる神話なのです」

「龍により生まれし国?」

「そうです……この瓏国は遥か昔、不毛の地でした。其処へ神龍様は雨を降らせ河川を生み出し植物を育て、餌に困る動物達に人の姿を与えて、住まわせたのです……。

 私達の先祖は神龍様へ深く感謝し、やがて国を築き感謝の念を忘れぬ様にと『瓏国』と名付けた、と伝わっています……」

 

 とんでもなく壮大な話である。龍により創られた国……そして人間達の先祖が動物……まさに御伽噺である。

 

「それで…? その八人の戦士、と言うのが俺達だと?」

「恐らく……ですが、貴方達は三人しか……」

 

 娘々の落胆した言葉に、陽は付け加えた。

 

「今、此処には居ないけど、もう一人居るんです……恐らく、彼も国の何処かに来ている筈だけど……」

 

 だが、佐熊を加えたとしても、三人しか居ない。何処から、あと五人現れるのか? しかも、今の自分達はガオレンジャーに変身出来ない身である。

 しかし、その神龍を目覚めさせれば、或いは……。

 

「大神さん、テトム……。ひょっとして……‼︎」

「ああ、俺も今、同じ事を考えていたよ……」

「私も……」

 

 陽達は、思い出す。そもそも自分達が、この場所に来る切っ掛けとなったのは、巨大な龍にぶつかったからだ。

 だとすれば……彼女達の話す神龍は実在し、自分達は神龍によって、この瓏国に導かれた事になる……。

 その時、木戸がトントンと叩かれた。五人は警戒した様に身構えるが….。

 

「兎月様……私です‼︎ 虎牙です‼︎」

 

 囁く様な声がした。兎月と娘々は互いに顔を合わせ、木戸に話し掛ける。

 

「合言葉は?」

「瓏国に平安あれ‼︎」

 

 二人は安堵して、木戸の関を外して開けた。外には虎の耳を生やした大柄な男性が立っていた。

 

「虎牙……待っていたわ……。喜んで‼︎ 瓏国を救う方々が現れたわ‼︎」

「本当ですか、兎月様⁉︎ ……いえ、それより……宮廷内に於いて、私に疑いが掛かっています……恐らく、貴方様を手引きした事は緑鬼にバレているかと……」

「本当なの⁉︎ ならば、此処はもう危険ね……」

 

 兎月が難しい顔となる。陽は娘々に耳打ちした。

 

「あの人は?」

「彼は虎牙……瓏国の将軍にして、兎月様が幼い頃から側に付いて、彼女をお守りして来た方です……。

 今、この国で私達を味方してくれる唯一の軍人……」

 

 と、娘々が言い掛けた時……

 

「…グゥゥ……!!??」

 

 急に虎牙は苦しげに唸ると、その場に崩れ落ちる。彼の背中には短刀が二本、突き刺さっている。

 

「虎牙⁉︎」

 

 兎月が駆け寄ろうとすると、彼女の足下に短刀が三本、突き刺さった。

 

「月兎様⁉︎」

 

 娘々は彼女に叫ぶ。兎月は木戸の影に潜み、外の様子を伺う。すると木の上から、人影が降りて来た。

 

「出て来い、兎月公主‼︎ 既に、この家は包囲した‼︎」

 

 般若の鬼面で顔を隠した女性が叫ぶ。体格からして女性だが、彼女もオルグであるらしく、鬼面の下からツノが見えていた。

 

「く……一足、遅かったわ……‼︎」

 

 兎月は口惜しげに歯噛みする。この場所を特定されない様に常に気を付けていた。その為に虎牙に内部の情報を流して貰っていたのに、それが仇となるとは……。

 

「……これまでね……娘々。貴方は彼等と一緒に逃げて!」

「兎月様⁉︎」

 

 娘々は驚いて彼女を止めようとするが、兎月は微笑む。

 

「……私は大丈夫。彼等の狙いは宝珠だから、私を無下には扱えない筈よ……」

「だったら尚、危険です‼︎ 奴等は僕達が……‼︎」

「落ち着け、陽! 今、俺達は戦う事が出来ない身だ! あの数は、俺達だけでは対応出来ない!」

 

 大神は外の様子を伺う。女オルグに率いられ、無数のオルゲット達が家を完全に包囲している。

 1、2体なら何とかなるが、あの手数では変身出来ない陽、大神には苦戦を強いられるのは必至である。娘々、月兎を庇いながらとなると尚更だ。

 そして兎月は、外に出て行く。手には拾い上げた短刀を持ち、自身の首元に突き付けた。

 

「捕まえるのは私だけよ……他の皆には手を出さないと約束しなさい……! さもないと……!」

 

 そう言いながら、兎月は短刀を握る手を強めた。

 

「……貴様を捕まえる様に命令を受けた……他の物を殺す様には命令は受けていない……」

 

 淡々と告げる女オルグ。兎月は短刀を持つ手を下ろし、オルグ達に投降して行った。去り際に兎月は振り返り、娘々に小さく頷いた。その後、鬼門の中に彼女達は消えて行った……。

 

 

 

「……申し訳ありません……まさか、尾行されていたとは……」

 

 意識を取り戻した虎牙の手当てをする娘々。幸い傷は浅かったが、暫くはまともに歩けそうに無い。

 

「……謝るのは僕達の方です……近くに居ながら、何も出来なかった……!」

 

 謝罪する虎牙に対し、陽は戦わずに見ているしか出来なかった己の不甲斐なさを嘆く。娘々は首を振る。

 

「……貴方達に責はありません……。敵の作戦を見抜けなかった私達の責です……。それに、兎月が身代わりになってくれた事が無意味となります……」

「娘々様……」

 

 その言葉に陽達は首を傾げる。娘々は、顔を上げる。

 

「重ね重ね、騙してしまい申し訳ございません……。この瓏国の真の公主は、この娘々です……。兎月は私の影武者……念には念を押して、入れ替わっていたのです……」

 

 まさか、影武者を仕立てていたとは……陽達は驚く。と、同時に娘々が懐から取り出した巾着を開けると、宝珠が出て来た。

 

「本物の宝珠はこれに……。彼女が持っていたのは、硝子で造った紛い物です……」

「……で、でも、緑鬼達には貴方が本物の公主である事を……」

「心配要りません……兎月が表向きに公主である事は、父や城中の一部のもの以外には知られて居ません……つまり、私が捕まらない限り、まだ希望は潰えていません……」

 

 そう言うと、娘々は立ち上がる。

 

「……しかし、兎月の持つ宝珠が偽物と分かれば、再び私に追撃が掛かるでしょう……。もう、一刻も猶予はありません。直ちに向かいましょう」

「え…? 何処に?」

 

 陽が尋ねると、娘々は振り返る。その瞳には強い意志を持つ輝きを放っていた。

 

「かの言い伝えによれば、神龍を目覚めさせるには私の宝珠と、あと三つの宝珠が必要なのです。

 神龍が全てを終えて眠りに就いたとされる地……『龍陵洞』に、私達の未来があります」


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