帰ってきた百獣戦隊ガオレンジャー 19YEARS AFTER 伝説を継ぎし者   作:竜の蹄

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quest34 失意の銀狼

 ガオズロック内では沈痛な空気が流れていた。仲間達は誰もが閉口したまま、一言も口を利かない。

 完膚なき迄の敗北……今回ほど、その言葉が似合う敗戦は無かった。ガオネメシスの再登場、そしてカオス・パワーアニマル……極め付けには、ガオウルフ達を奪われた事実……。

 陽は戦いの後、目を覚まして事の顛末を聞くと同時に、自身が気を失った後に起こった一大事に耳を疑い……そして、痛感せざるを得なかった。

 かつて、風のゴーゴに敗北して以来、自分達に敗北は無かった。あらゆる強敵達も倒して、ピンチを切り抜けて来た。

 だが今回、過去に於いて前例の無い程の大敗を喫してしまう。自責の念と後悔ばかりが押し寄せて来る。

 失意の中、竜胆市に戻るが、彼等の気は一向に晴れない。

 

「……ガオネメシス……まさか、あれ程の強さとは……」

 

 佐熊は、ポツリと呟く。今迄、奴の強さを完全には把握していなかった。しかし今日、その強さを否応無く体感する事になった。

 気を失った陽や、ガオグリズリー達を召喚する間も無く敗北した佐熊も、ガオパラディンやガオビルダーを召喚した所で、ガオインフェルノには勝てる気がしない。

 直接、奴と対峙した大神は、ネメシスやガオインフェルノの桁外れの強さに身に染みたばかりか、ガオウルフ達をも奪われてしまったのだ。

 ガオウルフ達が居なければ、大神はガオシルバーに変身する事も出来ない。詰まる所、ガオレンジャーの戦力は大きく削がれた事となる。

 

「何故……ガオネメシスは、あの場所を突き止めたのかしら?」

 

 テトムは、決してオルグに嗅ぎ付けられ無いと安心していた場所を、ガオネメシスは探り当てたのか、考えていた様だ。

 確かに、あのタイミングで何故、ネメシスは隠し場所を察知出来たのか? 考えれば考える程、不可解である。

 

「……まさか、テトム。俺達の中に、オルグへの内通者が居ると考えて居るのか?」

 

 それまで沈黙を貫いていた大神は、鋭い目線を彼女に向けた。

 

「……そうじゃ無いわ‼︎ …でも、あのタイミングで急にガオネメシスが現れるなんて、どう考えても不自然じゃ無い……」

 

 テトムの言葉に、大神も押し黙る。確かに、ガオネメシスの現れたタイミングは偶然と片付けるには、都合が良すぎる。

 まるで自分達が、あの場所に居ると最初から分かっていたみたいだ。それこそ、誰かが密告でもしたかの様に……。

 とは言え、自分達の何れが内通者等とは考えられないし、陽は考えたくも無かった……。その際、大神は陽を見た。

 

「オルグと内通している可能性の高い…とすれば一人、疑いのある者が居るだろう……」

 

 彼は多くを語らなかったが、彼が何を言わんとしているかは陽にも理解出来た。

 

「大神さん……まさか、摩魅ちゃんを疑って居るんじゃ……?」

 

 陽は途端に鋭い目で彼を見た。しかし、大神は敢えて続ける。

 

「……陽、結果と言う物は原因がある……最初から結果だけ

 は存在しない……現に彼女が、俺達の前に現れた以降に、ガオネメシスの奇襲が起きた。彼女が内通者として、オルグに情報を流したとも考えられる……」

「何の証拠にもならないじゃ……」

「先日の、オルグ忍者の奇襲はどうだ? あからさまに、お前の目と鼻の先で騒ぎを起こした。

 暴れ回れば、俺達がやって来ると知っていたからじゃ無いか?」

 

 大神は摩魅を疑わしげに考えている様子だった。確かに摩魅が自分達の前に現れてから、オルグの攻撃はピンポイントになった……これ迄は、無差別かつ大掛かりな攻撃だったが、より確実に自分達を仕留める傾向が見える……。

 

「僕は……彼女が、スパイだとは思わない……! 僕は彼女を信じている……‼︎」

 

 摩魅の凄惨な過去を知ってしまった陽は、彼女が悪意を持って自分達に近づいて来たとは思えない。

 しかし、そんな陽を大神を厳しい目で睨む。

 

「陽……信じる、信じないの話じゃ無い! 可能性の上での話をしているんだ‼︎

 確かに彼女は人間かも知れないが……内には、オルグの血が流れているのも事実……! ガオネメシスも言っていただろう⁉︎ 目に映る物、全てが真実では無い、と‼︎」

「大神さんは、ガオネメシスの言う事を間に受けるんですか⁉︎ 貴方らしくもない……‼︎」

 

 陽には珍しく、他者を皮肉る様な言い草だった。大神は、それに対して正面から突っ掛かった。

 

「俺らしく無い、だと? お前が俺の何を知っている⁉︎

 分かった風な口を聞くな‼︎」

「大神さんだって、彼女の何を知っているんですか⁉︎ 憶測だけで、彼女をスパイだと決め付けて……最低だ‼︎」

「憶測だけじゃ無い‼︎ 彼女がオルグの混血である事は周知だし、その上での危機感を述べただけだ‼︎ 俺を最低だと言うなら、自身の目線だけで彼女を信じ切って危機感の欠片も見せない、お前の方が余程、最低じゃ無いのか⁉︎」

「二人共、いい加減にしてッ‼︎」

 

 余りに見るに耐えない争いを続け白熱する二人を見兼ね、テトムは叫んだ。

 

「仲間同士の揉め事なんて沢山…‼︎ 今、貴方達がすべきなのは、オルグを倒す事でしょう⁉︎」

 

 テトムは涙ながらに訴える。確かに、今は仲間内で対立している場合じゃ無い。オルグの戦力は絶大、ひいてはガオネメシスと言う桁外れの強さを持つ強敵も控えている。

 こんな時こそ、結束が必要なのは分かっていた。しかし一度、外れてしまった歯車は噛み合わず、ただただ不協和音を発しながら、ぶつかり合うばかりだった。

 

「……テトム……‼︎ 俺は、ガオウルフ達を失ってしまったんだ……‼︎ もう、ガオシルバーになる事も叶わない……そうなったら、結束も何も無いだろう……‼︎」

 

 そう言いながら、大神は力無く笑った。今の自分は、ガオレンジャーの中で一番の足手纏い……その自虐的な考えが、彼に焦りを抱かせていた。と、同時に今迄、陽に対して密かに抱いていた暗い感情が爆発しつつあった。

 

「もう陽には、俺が居なくとも強くなった……それに引き換え、俺はガオレッド達を救う事も出来ず、あまつさえはパワーアニマルをも奪われる体たらく……今の俺は寧ろ、ガオレンジャーには居ない方が良い……」

「……月麿、其れは本気で言うとるんか?」

 

 心の丈をぶつける大神に対し、佐熊は怒りを含めた目を向けた。

 

「……じゃが……一理あるのゥ……。戦う事も出来ずに悔やむ事しか出来ん様なら……居らん方が良いかも知れん……」

「佐熊さん⁉︎」

 

 辛辣な物言いをする佐熊に対し、先程までは大神と対立していた陽が見た。その言葉を聞いた大神は、立ち上がる。

 

「……なら、これで終わりだ……俺は、ガオレンジャーと戦う資格も理由も無くなったんだ……悪いが、此処で袂を分かつ事にする……」

 

 其れだけ言うと、大神はガオズロックから出て行こうとする。テトムは慌てて飛び出し、彼を引き止めた。

 

「待ちなさい、シロガネ‼︎ 戦士としての宿命から逃げるつもり⁉︎ 其れは、ガオレンジャーの仲間達……ひいては千年前に貴方と共に戦った戦士達全員に対する裏切りよ⁉︎」

「……放っておいてくれ……。俺は牙を抜かれた狼……戦いに負けた狼は群れを離れ、死に場所を求めて彷徨うだけだ……それが誂え向きだ……」

 

 とだけ吐き捨てて、大神は歩き去っていく。何時の間にか、雨が降って来てテトムの肩を、髪を濡らした。

 その後から出てきた陽は、大神の背に向かい……

 

「大神さん‼︎ どうか、戻って下さい‼︎ 今、貴方が居なくなったら……」

 

 陽は何とか続けようとしたが、混乱して言葉が纏まらなかった。彼の後ろから、佐熊が覗き見た。

 

「……頭を冷やさせるしか無い……。人一倍、生真面目な男じゃからのゥ……アイツもまた、人の子じゃ……」

 

 佐熊は、しみじみとした様子で言った。陽は雨の中、去り行く彼の後ろ姿を見ながら……

 

「……頭を冷やさなきゃならないのは、僕の方です……! 大神さんの気持ちも考えずに、無遠慮な発言だったかも知れない……」

 

 さっきは、ガオネメシスの敗北で取り乱していたとは言え、大切な仲間である大神に当たり散らしてしまった……そうしなければ、彼は去らなくて済んだかも知れないのに……。

 しかし、テトムは降り頻る雨に打たれながら言った。

 

「……大丈夫……彼は、きっと帰ってくるわ……」

 

 テトムは信じていた……未だ、大神の心は完全に折れていない事を……必ず、再び帰って来てくれる事を信じていた……。

 

「それより、ガオネメシスについて……貴方達に知らせておきたい事が……」

 

 テトムの言葉に、陽と佐熊は振り返る。彼女の顔は深刻さに満ちていた……。

 

 

 鬼ヶ島にて……ガオネメシスは、地下室にて腰を下ろしていた。目の前には結晶の中で眠りに付くガオレッド達が……。

 

「ふん……、俺の睨んだ通りになったろう?」

 

 〜ガオシルバーの決別に、ついてか〜

 

 ネメシスの横にある鏡から低い声が響く。その声は気怠げで、どうでも良いと言う様に聴こえるが……。

 

 〜今更、奴等が仲違いしようがすまいが、さしたる問題にはならぬ筈……。ワシのくれてやった切り札である、カオス・パワーアニマルを無断に持ち出しおって……あれは、鬼還りの儀の行われる瞬間まで使うな、と釘を刺しておいたでは無いか……〜

 

「ククク……問題にはならんが……無視する事もない。出る杭は早めに抜いておくべきだろう……。何より……ガオハンターは、戦力と共に使いようがある……全てが終われば、天空島のパワーアニマル含めて、鬼還りの儀での生贄としてやるまでだ……」

 

 邪悪な言動を立て並べるガオネメシスに対し、鏡の中には髑髏を模した顔が浮かび上がる。

 

 〜ガオネメシス……貴様は、そうまでしてガオレンジャーを根絶させようとしている理由は何だ?

 何かを払拭しようとしている風に見えるがな……〜

 

「……何が言いたい?」

 

 その声の発する挑発じみた台詞に、ガオネメシスは明らかに苛ついていた。声は続ける。

 

 〜忘れられないのだろう? 貴様に復讐の道を歩ませる要因となった……その冷徹な仮面(マスク)の中に封印した、あの女を……〜

 

「黙れッ‼︎」

 

 ガオネメシスは、さっきまでの余裕は無くなり酷く取り乱していた。

 

「俺の復讐と……彼女の事は無関係だ……‼︎ 二度と口に出すんじゃ無い……‼︎」

 

 〜クックック……貴様も、つくづく哀れな男だ……忘れる事も消し去る事も出来ず、過去に囚われている咎人……それが貴様、ガオネメシスと言う男の本質だ……〜

 

「黙れェェッ!!!!!」

 

 ガオネメシスは慟哭しながら、ヘルライオットを取り出し、鏡を撃ち砕いた。壁に幾つもの弾痕を創りつつも、跳弾した弾丸がマスクのバイザーに当たって一部を砕いて、構う事なく引き金を引いて射撃し続けた。

 やがて鏡は跡形も無く粉砕され、残されたガオネメシスはヘルライオットを下ろしながら天井を仰ぎ見た。

 

 

「……姉さん……もう少しだよ……姉さんを裏切った世界に、俺が復讐してあげるから……」

 

 

 ポツリと呟くネメシスの砕けたバイザーの隙間から、一筋の涙が流れ落ちた。

 

 

 

 敗戦から翌日経った日……陽は何時もの様に朝食の席に着き、祈が用意した朝餉を食べていた。

 あの後、大神の行方は忽然として眩まし、彼から連絡は来ない。陽は心底から憂鬱だった。それ以外は何時もと変わらぬ朝だったが……。

 もう一つの変化は竜崎家の食卓の場に、もう一人、加わった事だった。陽の左向かいに座る少女、摩魅……。

 竜崎家に居候として住み込んでおり、今は家族同然に暮らしている……ふと陽はパンを齧る摩魅を見る。

 大神が言う通り、もし彼女がオルグの送り込んだスパイだったら……このまま、彼女を此処に置いておくのは危険なのでは無いか……。

 陽は、摩魅がスパイだなんて信じたくなかった。確かに、彼女はオルグの血が流れている。しかし、人間でもあるのだ。

 彼女が自分達と出会う迄に受けて来た仕打ちの数々……それさえも、自分達を信用させる為の演技かも知れない……そんな風には考えたく無かった……。

 

「兄さん……?」

 

 祈は食事に手も付けず、心此処に有らずといった具合にボーッとしている陽を呼び掛ける。

 彼女の声を聞いた陽は我に返る。

 

「どうしたの? 全然、食べて無いけど……食欲無いの?」

「い、いや……別に……」

 

 正直、祈に打ち明けるべきかと考えていた。だが、その時に、ガオネメシスの言葉が脳裏にリフレインする。

 

 

 〜目で見える物だけが真実では無い。動物は直感で、目の前に居る者が敵か味方かを見分けるが……人間は知性が働く余り、余計な事を考えて敵味方の区別が付かなくなる……〜

 

 

 もし、ネメシスの言う事が真実なら……自分の目に見えない場所に真実があるなら……また、祈を危険に晒してしまう事になる……。

 

「ねェ……本当に大丈夫?」

 

 明らかに普通では無い陽に、祈は不安そうに尋ねた。そして、陽の前に座る。

 

「何も無い訳ないじゃない‼︎ 隠してないで話して! 私には打ち明けてくれる約束でしょ?」

 

 ズイッと迫って来る祈。陽は観念した様に話し出す。

 

「……大神さんが居なくなったんだ……」

「大神さんが? どうして?」

 

 急に別角度から飛んで来た変化球な返答に、祈はキョトンとした様に首を傾げた。

 

「……些細な事から口論になって……互いに譲る事が出来ずに衝突して……大神さんは出て行ってしまったんだ……」

 

 大部分を端折りながらも、陽は淡々と述べた。祈も深刻な顔で聞いていたが……

 

「何処に行ったか、分からないの?」

 

 と、聞くしか無かった。陽は力無く首を振る。祈も不安そうに座る。

 

「……大神さんが出て行ったのは僕の所為だ……パワーアニマルを奪われて消沈しているのに……」

「自分を責めちゃ駄目だよ、兄さん……大神さんだって、きっと解って来れるよ……」

 

 自責の念に駆られる兄を、祈は慰めた。だが、陽は曇った顔のままだ。と、同時に摩魅も席を立つ。

 

「摩魅ちゃん、どうしたの?」

 

 摩魅の様子を見た祈は尋ねる。

 

「え…あの…トイレに…」

 

 そう言って、摩魅はリビングから出て行く。陽は摩魅の背中を見続けていた。

 

「どうしたの、 兄さん?」

 

 様子が変わった陽に対し、祈は怪訝な顔をする。

 

「……祈、学校に行く間、彼女はどうしてる?」

「? 何で?」

「……少し気になる事があってな……」

 

 そう言って陽は席を立つ。祈は陽の様子に不可解さを覚えながらも、それ以上に追求する事はしなかった。

 

 

 摩魅は二人に気付かれ無い様に外に出る。キョロキョロと周りを見通して、誰も居ない事を確認する。

 そしてポケットから紅い石が付いた手鏡を取り出す。すると、鏡から声が聞こえて来た。

 

 〜摩魅……報告が遅いぞ?〜

 

「……申し訳ございません、ヤミヤミ様……」

 

 彼女は恐る恐る、と言った具合に返事する。鏡には、ヤミヤミの姿が映し出された。

 

 〜ガオゴールドには悟られていないだろうな?〜 

 

「……はい、大丈夫だと思います……」

 

 〜宜しい……引き続き、奴等の行動は逐一、報告する様に…。本来なら裏切り者である貴様は打ち首にされても文句を言えない立場だが、テンマ様の寛大な処遇により生かされているのだ。重ねて言うが……貴様の行動は鬼灯隊の二人が見張っている事も忘れるなよ。万が一、裏切りや逃亡を試みれば……解っているな?〜

 

「……はい……」

 

 摩魅はビクッと身体を強張らせる。自分は逐一、彼等に監視されている。もし、逃げ出したり事の真相をガオレンジャー達に話そうとすれば、瞬く間に殺されてしまう。

 そう言った四面楚歌な状況下にて、摩魅が反逆する等とは到底、無理な話だった。

 

 〜我々は現在、儀式を行う為の穴を探す作業に入っている……決して、ガオレンジャーに、その事実を悟らせる訳にはいかん。貴様は与えられた任務をこなすのだ……〜

 

 それだけ言い残し、ヤミヤミの姿と声は消えた。残された彼女は自分の顔が映る手鏡を無言のまま見つめ、ポタリと涙を溢した。

 

 

 

 暗闇の中を大神は一人、彷徨っていた。右に行って良いのか左に行って良いのか分からない暗闇……しかし、前に進むしか彼には道が無い……一体、どの位、歩いただろうか?

 詰まらない意地の張り合いから、仲間達から離れてしまった…否…戦士としての宿命から逃げてしまった…。

 逃げた所で、自分には行く宛も帰る場所も無い……ただ、逃げて逃げて……現実から目を背けた。

 もう自分には戦う力も無い……ガオウルフ達を奪われて、ガオシルバーになる術を失ってしまった。腕にあるG−ブレスフォンも消失し、今の自分はただの人……残されたのは、後悔と空虚だけだ……。

 構わない、例え自分が居なくとも、陽や佐熊が何とかするだろう……自分は必要無い……オルグに負け、牙を折られた自分は……そんな捨て鉢な感情が大神の中を支配する……。

 ふと、大神は立ち止まる。彼の後ろから気配を感じたからだ……振り返れば、其処には懐かしい人物が居た。

 

「ムラ…サキ…?」

 

 それは先代のガオの巫女にして、テトムの祖母にあたる女性ムラサキ……大神にとっては、非常に懐かしい存在だった。

 彼女は、あの頃と変わらない長い白髪を靡かせ、穏やかな笑みを浮かべている。彼女は自分を迎えに来てくれたのか?

 

「ムラサキ……」

 

 大神は堪らずに、手を伸ばす。しかし、途端に彼女の表情は曇る。憂いに満ちた悲しげな表情に……。

 

「何故…そんな顔をするんだ? ムラサキ…?」

 

 大神は尋ねる。しかし、その伸ばした手を見た大神は絶句する。彼女に触れようとしていた手は漆黒の異形の腕と化していたからだ。

 

「な……これは⁉︎」

 

 大神は自身の両腕を見据える。すると片腕まで大神の衣服、地肌は剥がれていき異形の腕となる。更には彼の両脚、胴体も見る見る剥がれ落ち、漆黒の異形の身体が露わとなっていた。

 

「止めろ⁉︎ 一体、何が⁉︎」

 

 パニックに陥った大神は自身の顔を掻き毟る。すると、顔の皮膚や髪も剥がれ落ちて行き……やがて、露わとなるのは灰色に燻み縮れた髪、長く伸びた角、そして狼に似た鬼の顔だ。

 

「あ……ああァァァ……!!!!!」

 

 大神は激しく慟哭した。何時しか、自身は狼鬼そのものとなっていたからだ。そんな醜い自分の姿から目を逸らす様に、ムラサキは去って行ってしまう。

 

「待て……待ってくれ、ムラサキ……!!!」

 

 大神は絞り出す様な声で叫ぶ。だが自分はオルグだ。ムラサキは振り返ろうとしない……突然、ムラサキの姿は消えて、ガオゴールド、ガオグレーの姿が自身の前に立ち塞がる。

 

 〜オルグは全員、倒してやる‼︎〜

 

 ガオゴールドは、ドラグーンウィングを構えながら迫って来る。大神は後退りながら……

 

「や、止めてくれ‼︎ 俺は、オルグじゃ無い‼︎」

 

 と、決死に叫ぶが大神の声は野太い狼鬼のそれとなっている。そうしてる間に自分の眼前に迫ったガオゴールドは、自身の武器であるドラグーンウィングを振り下ろすに至る。

 

 〜オルグめ‼︎ 地球の敵め‼︎〜

 

「俺は…俺は…‼︎」

 

 振り下ろされた刃を躱して、大神は座り込む。すると自分の右手下に触る堅い感触……。

 見下ろせば、狼鬼の得物である三日月刀があった。彼は悟る……もう自分は、オルグなのだ。一度、外道に堕ちた自分には二度と光のさす道を歩く事は許されないのだ、と…。

 そして自分が為すべき事を理解した。オルグと成り果てて罪の無い人間を傷付けるくらいなら…大切な仲間達に、自分を斬らせると言う(カルマ)を背負わせるくらいなら…今ここで楽になろう…大神月麿の人生を此処で終止符を打とう…。意を決した大神は三日月刀を両手に持ち、自身の首元に向ける。そして目を閉じると、漆黒の刃を首筋に勢いよく突き刺した……。

 

 

 其処で大神は目を覚ます。辺りは静寂に包まれており、自分の前には焚き火をしたと思われる積み上げられた木が、僅かに燃え燻っている。

 大神は額を拭うと、寝汗がビッショリかいていた。その際、自身の腕を見ると異形では無い普通の腕だった。

 どうやら、悪夢を見たらしい。ここ最近、悪夢を見る量が頻回となった。ガオレンジャーが敗北し封印され、天空島から逃げ果せてから、ちょくちょく見る様になったが、今日程に鮮明かつ後味の悪い夢は初めてだった。

 だが、夢の方が幾分かマシだ。現実にて起きている出来事の方が、余程に悪夢である。

 ガオネメシスの敗北後、大神は逃げ出した。ガオレンジャーの事も、パワーアニマルの事から完全に目を背けて……。

 夢の中に出て来たムラサキは、自分に対し悲しげな視線を向けていた。宿命から逃げた自分に呆れたのか、はたまた仲間を二度に渡り救えずに居た己を見放したのか……。

 ガオレッド達は今の自分を見たら何と言うだろう……? 情け無い姿を晒し、我だけ生き残った事を嘲笑うか、それとも地球を救うと言う重責に背を向けた事を怒るか……。

 だが、もうどうする事も出来ない……自分は逃げた。此れは取り繕い様の無い事実だ。野生の狼も、弱い個体は群れから追放され野に残される。後は死に場所を求めて彷徨い続け、最後は飢え死にするか他の動物の餌食となり、残された骨は地に帰る……正に今の自分に誂え向きである。

 等と後ろ向きに考えていると……。

 

 

「おお、やっと目を覚ましたかい」

 

 

 急に声がした方へ振り返れば、猟銃を携えた初老の老人が歩いて来た。

 

「朝方、やって来れば、お前さんが倒れているのを見て最初は遭難者かと思ったが……どうやら、取り越し苦労だったの」

 

 老人は大神の前に腰を下ろした。

 

「貴方は…?」

「俺か? 山口っちゅうもんじゃ。ここから近い場所に掘立小屋を建てて住んどる偏屈な老人じゃよ。

 それで、アイツが…」

 

 山口が指をさすと、一匹の犬が駆けてきた。

 

「コイツが銀次郎じゃ。ホッホ、こいつ、お前さんが好きみたいじゃな」

 

 銀次郎は、大神に人懐っこく擦り寄って来る。不思議な事に大神は、この犬を知っている気がした。

 

「……お前は……」

 

 舌を出して甘えて来る犬を眺めていた大神は、ふと記憶が蘇る。二十年前、自分は彼と会っている筈だ。そう…狼鬼として人を捨てていた時、自分の孤独を埋める様に近付いて来た……。

 

「……そうか、あの時の……」

 

 完全に思い出した。狼鬼として生きていた時、戦いに巻き込むまいとして冷たく突き放し、刃で脅し野に降らせた、あの犬に違いない。

 まさか、こんな場所で、この様な形で再会するとは……。

 

「銀次郎は不思議な犬でな、そいつと出会って二十年一緒に居るが、一向に衰えを見せんのよ……。

 しかし、どうやら……お前さん、銀次郎とは顔見知りの様じゃの……」

「ああ……」

 

 大神は、しみじみと思い出す。あの時、自分は仲間を持たずに、ガオレンジャーへの憎しみだけで生きていた。だが、いくら、ガオレンジャーを痛めつけても憎しみは消えない……無限に続く渇きと虚しさ……そんな自分の心の隙間を埋める様に、銀次郎は近づいて来た。

 あの時とは状況が違うが……また、孤独に苛まれる自分に近付いて来た……もう、今の自分には何も残されていないのに……。

 

「お前さん……何か、辛い事があっで逃げて来たんじゃ無いか?」

 

 山口老人が不意に尋ねて来る。大神は「何故?」と言わんばかりに、顔を上げる。

 

「……余計な世話かもしれんがな……お前さんを見ていると、若い頃の俺を見ている様でな……」

「貴方の?」

 

 その言葉に山口老人は穏やかに微笑む。

 

「……俺もな……若い時分に、人の中で生きている事が嫌になって、山に逃げて来たんだ……。山は良い、どんな事情があっても外から、やって来る人間を受け入れてくれる……。

 だがな……一度、甘えてしまうと其れ迄よ……ズルズルズルリと囚われてしまって戻れなくなってしまう……。

 ……お前さんは、まだ間に合うんじゃ無いか?」

 

 山口老人の指摘に対し、大神は老人を見つめる。

 

「……俺は……」

 

 苦悶に顔を歪めながらも、大神は悩んでいた。本当に分かっていた……逃げた所で、如何にもならない事を……。

 しかし、迷いと悩みが大神の判断を鈍らせてしまう……その際、銀次郎が、大神に擦り寄る。

 

「ホッホッホ……銀次郎にも分かる様だな、お前さんの苦悩が……」

 

 千切れんばかりに尻尾を振る銀次郎を見ていると、己の内に閉じ込めていた弱さを、剥き出しにされそうになる。

 ガオレッド達を失い、ガオウルフ達を奪われた自分には精一杯に張り続けていた見栄さえも、張れなくなっていた。

 

 と、その時、ガサリガサリ…と近づいて来る音がした。銀次郎は低く「ううゥゥ……‼︎」と唸り始める。大神が、その方角を見ると……。

 

「ろ、狼鬼⁉︎」

 

 それは、かつて自分を支配していた狼のオルグ、狼鬼そのものだ。だが、目の前に居る狼鬼からは意思は感じられない。

 山口老人は猟銃を構えながら

 

「鬼じゃな…」

「知っているんですか⁉︎」

「山で長い事、住んでいるとな……こう言った手合いに出くわす機会が多いんじゃ。

 心配要らん、あの鬼に既に意思は無い。本能だけで生きながらえている過ぎん……」

 

 山口老人は厳しい目つきで狼鬼を睨む。対して、狼鬼は老人には目もくれずに、大神に近付いて来た。

 

「ふむ……この鬼は、何かに魅かれる様に現れたらしいな……。ひょっとすると、お前さんと何か因縁のあるのかも知れぬ……」

「俺に?」

「無念を抱えたまま死した者は、無念を晴らす迄は死ねぬのよ。肉体が朽ち果てても、魂だけが現世に残り彷徨い続けるのじゃ……。早く眠らせてやれ。このまま放っておけば、無念ごと山に呑まれて祟りそのものとなってしまう……」

 

 そう言うと、老人は手に構えた猟銃を下ろす。自分の不始末は自分で付けろ、と言う事だろう……。

 

「……しかし……今の俺には戦う力は……」

「やれやれ、仕方の無い奴じゃ。ほれ、銀次郎……」

 

 山口老人に促され、銀次郎は大神の横に立つ。

 

「心配するな、銀次郎は強い。過去に囚われて悩んでいる、お前さんより遥かにな……。

 早く片を付けろ。鬼は、こっちの都合なぞ待って来れんぞ」

 

 そう言われて、大神は狼鬼の前に立った。そうだ……この鬼も、かつては自分だった……己の弱い心を邪気に突かれ、狼鬼と化してしまったのだ。ならば、ケリを付けなくてはならない……。他の誰でも無い、俺自身の手で……。

 覚悟を決めた大神は懐より、佐熊から預かったままで居たムラサキの守り刀を取り出し、構えた。

 

「やるぞ、狼鬼! 俺は、お前を倒し……弱かった過去の自分と決別する‼︎」

 

 そう叫び、銀次郎と共に駆け出す。狼鬼は三日月刀を振るいながら、迫り来る敵を迎え撃たんと咆哮を上げた。

 

 

 〜自責に苦しむ大神の前に現れたのは、もう一人の自分とも言える存在、狼鬼! 彼は、自分の罪の形である狼鬼に打ち勝つ事が出来るのでしょうか⁉︎〜


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