今では、それがいつだったかも覚えていない。しかし、それは確かにあったことだとは覚えている。
俺は妹とその友達二人の四人でショピングモールに来ていた。妹は楽しそうに微笑んでいた。こんな日々が続いてくれればいい。そう思っていた矢先のことだった。
激しい轟音とともに大型トラックが突っ込んできたのだ。俺たちの目の前に。
妹は友人二人を弾き飛ばし、轢かれないようにしようとした。そして、彼女を守るために俺も駆け出した。
妹に触れたのと俺たち二人の体がトラックにぶつかり、吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。死ぬのか、自分は。でも、妹が生きてくれていればそれでいい。それだけを願っていると、俺の視界は暗闇に包まれていった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
自分を呼ぶ声が聞こえる。死んだ俺を誰が呼ぶというのか。
「葵、大丈夫か?」
「よかった。お兄ちゃん」
俺は目を開ける。失明しそうなくらい眩しい。
「ここはどこだ? 死後の世界か?」
俺は立ち上がろうとした。しかし、それはできなかった。というか、体が小さい。全身に力が入らない。
「お兄ちゃん、これ」
俺と同じ小さい手で妹は何か紙のようなものを掴む。
そこに書かれていた文字に俺は愕然とする。
「日刊予言者新聞」
その新聞の写真は動いている。これは人間の世界じゃないのか。いや、このタイトルはどこかで見たことがある。そうだ、この世界は……。
「もう分かったでしょ。ここはハリーポッターの世界なんだよ」
妹が告げる。
「どういうことだ?」
「世にいう転生というものが起こったらしいの。この世界は魔法でできているわ」
俺はその手のラノベなどを読むのは好きだった。だから、転生というものがどういうものかは分かっている。
「俺は……誰になったんだ?」
「ハリーポッターの原作の登場人物じゃないよ。オリジナル、もしくはモブのキャラ、マーティン・ウェリスという人物になったわ。ちなみに私はユラナ・ウェリスというあなたの妹になったの」
「ここは、どこだ?」
「アメリカのニューヨークね」
ということは、今はイギリスにいるハリーポッターら原作の人物との関わりはないのか。
「というか、なんでそんなこと知ってるの?」
「名前はさっき親が呼ぶのを聞いたから。住んでる場所はこの新聞を見たからよ」
「俺たちは何歳なんだ?」
やたらと小さいこの体。いくら魔法が使えるからといって、17歳のままではなかろう。
「正確な年齢は分からないけど、たぶん一歳ぐらいじゃないかしら?」
ちょっと待て。だとしたら、なんかおかしい。
「なぁ、一歳なのに俺たちなんで話せんの?」
それを聞くと、ユラナは驚いたような表情を浮かべた。
「言われてみればおかしいわね。なんでかしら?」
試しに普通に声を出してみる。が、赤ん坊の鳴き声のようなものしか出なかった。
これはよく分からないので、とりあえず無意識に謎のテレパシー的な呪文を使って話しているということに落ち着いた。もっともこの転生しているという状況の方がおかしいことには間違いない。
しばらく俺たちは見つめ合っていたが、数十秒ほど経って俺は呟いた。
「……葵、いや今はユラナか。すまなかったな」
そう言うと、ユラナは小さく微笑んで答えた。
「ううん。気にしないで。だってお兄ちゃんとここで会えているんだから」
確かに、どちらか一人生き残っていたら、悲しみは大きかったに違いない。そうならなかったのだから、ありがたく思った方がいいだろう。そう思いながら、俺は微笑み返した。
同じときイギリスのゴトリックの谷では、史上最悪の魔法使いヴォルデモートが僅か一歳の男の子ハリーポッターに敗れて闇夜に姿を眩ましていた。
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