潮ノ章
第1話 潮、着任する
とある鎮守府、ここは東にある[居住可能区域]の近くであり、西の[危険戦闘区域]からは少し離れている場所に存在している。
「何をやっとるんだ貴様は!」
提督室から飛ぶ罵声。憤慨する提督の前にいるのは、少しおどおどとした様子の少女だった。彼女は先の作戦の旗艦であり、その成果の報告に来ていたのだ。
「潮、これは一体どういうことかね!?」
[潮]と呼ばれた少女、いや、艦娘はおどおどとした様子で答えようとする。
「こ、これは……その……」
「……いや、いい」
提督は潮の言葉を止め、彼女に背を向ける。
「お前には大洗に行ってもらう」
「!!」
大洗鎮守府、[艦これ]のプレイヤーや歴史に興味のある人、いや、そうでなくともそんな鎮守府が存在していないことは明白である。
しかし、この世界には存在した。そして、そこは何と呼ばれているか、[陸の孤島]、[落ちこぼれの集まり]、いい噂は何一つ聞かない場所であった。提督に関しても、
「最低の人物」
「厳しくて何人もの艦娘が戦場に立てなくなっている」
そんな噂ばかりの鎮守府に行くということ、左遷以外の名にでもなかった。
「何か文句でもあるかね?」
「いえ……」
高圧的な態度と、彼女の引っ込み思案な性格のせいで、何も言えなかった。
「A勝利など何の意味もない……これでは私の出世に遅れが出るではないか……」
彼の頭には深海棲艦の討伐などはなく、ただ、戦果を上げ、上に上がる、それしか考えていなかった。
「潮!」
提督室を出た彼女に、姉妹である[朧]が彼女に声をかけた。
「朧……」
「大丈夫だった?変なことされてない?」
「うん……大丈夫」
潮は朧に気を遣わせないよう、笑みを浮かべる。
「そう……ねえ、大洗に行くことになったって本当?」
その問いに、彼女は頷く。
「ねえ、私も一緒に行った方が……」
「ダメだよ!朧にまで迷惑かけるわけにはいかないし、それに、そんなことしたら司令官に……」
「……」
「だ、大丈夫だよ!すぐ戻ってくるから!」
朧は心配そうに潮を見るが、彼女は笑って返す。
「……うん、そうだよね。わかった。待ってるからね」
「うん!」
(うう~~~~~ど、どうしよう……)
電車を乗り継いで着いた[大洗駅]、彼女はベンチに座り、頭を抱えていた。朧を心配させまいと、ああ言ったものの、あんな噂だらけの場所で、自分がやっていけるかどうか、不安でしかなかった。
(ど、どんな怖い人なんだろう……い、いきなり殴られたりとかしないよね!?筋肉もりもりマッチョマンの変態だったりしないよね!?)
[司令官さんが迎えに行くのです]という秘書艦からの伝令を聞いてから、彼女はこのような感じだった。
しばらくの後、駅のロータリーに一台のバイクが入ってくる。バイクは彼女の前で止まる。
乗っていたのは細身で、紫色のジャージを上下に着ている人物だ。ヘルメットを外さないため、顔を確認することはできなかった。運転手が彼女に話しかける。
「君が潮?」
「は、はい……」
男の声、彼女は声の主が司令官であると気が付いた。
「す、すいません!」
「あ、ストップ。それはするにしても鎮守府でね。まあしなくていいけど」
立ち上がり、敬礼しようとした彼女を彼は止める。
「まあ乗って。鎮守府までごあんなーい」
ヘルメットを潮に渡し、彼女を乗せ、バイクは走り出す。
(怖い人って聞いてたけど……どういう事だろう……?)
噂で聞いた限りでは、常に高圧的であり、優しさのかけらもないような人と言われていた。しかし、今目の前にいるのは気の抜けたしゃべり方をする、どちらかといえば友好的な人だった。
「お、その様子だと噂とのギャップに困惑してるな?」
「え、は、はい……」
「まああれ、俺が[青葉]に広めるように言った嘘だからな。いや~浸透しててよかった」
「え……?」
鎮守府内では、ある艦娘の書いた新聞が配られている。大洗鎮守府の噂も、そこで言われていたのだ。そして、その新聞の著者こそが青葉だった。
「どうしてそんなことを……?」
「だってその方が他の提督とかが下に見てくれるじゃん?最低野郎は底辺がお似合いだとか言ってさ。まあレベル上げをこっちに押し付けてくれるおかげで助かってるんだが」
そう言って彼は笑う。
(な、なんなのこの人……)
彼女の不安を他所に、バイクは鎮守府へと到着する。
「着いたぞー」
二人はバイクを降りる。そこでようやく男の顔を見ることが出来た。かっこいい、とまではいかないものの、顔立ちは整っており、髪の毛の右側が少しはねているのが目についた。
「ここが……」
「ようこそ、大洗鎮守府へ」
提督室へと歩き始めた二人に、一人の少女が近づく。
「司令官、お疲れ様です」
「お、[不知火]。お疲れ」
不知火と呼ばれたピンクの髪の少女が、敬礼する。
「彼女は?」
「ああ、今日からうちにくる子。ほら、言ったろ?」
「そうでしたね。不知火です」
不知火は潮のほうを向く。
「潮です。よろしくお願いします」
彼女は頭を下げる。
「よろしく。……ああ、そうでした。司令官、バレーボールが全部破裂したのですが」
「待て、何した」
「対空射撃です。不知火に何か落ち度でも?」
「……経費で落ちるかな」
彼はため息をつく。
「まあ了解。つーか全部ってことは腕上げたな」
「ありがとうございます」
不知火は入渠ドックのほうへと向かっていく。
「……え?」
先ほどの会話もよくわからなかったが、それよりも驚いたのはドックを簡単に使えるという事だ。
(大破しない限り入れなかったのに……そんな簡単に入っていいの……?)
「おーい、こっちだ」
いつの間にか、彼はある建物の入り口のところにいた。
「あ、はい!」
慌てて彼の方に走る。
建物の中は居住部屋となっており、その建物の三階、そこに提督室があった。
「ただーいま……あれ」
中に入った男は、首をかしげる。
「どうしかしたのですか?」
「いや、[電]……秘書艦がいなくてさ……どこ行った?」
彼は提督机に座ると、そこにいた[妖精]の頭を撫でて言う。
すると、妖精は一枚の紙を取り出し、何かを書く。
「これは……?」
「ん?ああ、俺は妖精の声聞こえないからさ、こうやって、文字を書いてもらってるんだ」
艦娘は彼女らの背負う艤装の整備や修理をしてくれる存在であり、空母にとっては艦載機などの操縦を彼女らにしてもらっている、重要な存在だ。確かに、彼女らは妖精の声を聞くことができるが、提督ができるという話は聞いたことがなかった。いや、そもそも妖精と話をしてみようとする提督がいなかったのだ。故に、何かしらの方法で会話しようとしている彼はほかの提督とは何かが違うのは明らかだった。
「え、まじで!?」
その内容を見た彼は慌てて棚を開け、その中を確かめる。
「まじだ……全然気付かなかった……」
潮は妖精の書いた紙の内容を見る。
[戸棚の煎餅きれてるから買いに行った]
そう書かれていた。
「え、こ、これ大丈夫なんですか!?」
「ん?ああ、軍事機密?安心せい。この町の人はすでに知ってるから」
「ええ!?」
突然の機密漏洩宣言。彼女の頭はすでにオーバーヒートしていた。
「別に漏洩してることがばれなけりゃいいだけだし。それに……ん?おーい、聞こえてるー?」
「怖い人がそうじゃなくてボールが戸棚にあって、対空射撃がきれて、艦娘の存在がしられてて……うーん……」
いろいろなことを一気に理解しようとした彼女の頭は、そこで思考を止めさせた。
「おっと。ボールは戸棚にねえし、きれたのは煎餅……って気絶しとる」
「うーん……」
彼女が目覚めると、そこはベッドがいくつも置かれた部屋であった。見渡すと、妖精が一人、椅子に座っており、その首からは[アイ]と書かれたプレートがかけられている。
「あれ、私……」
「気を失ってたんだよ」
驚いて横を見ると、そこには、水色の髪の少女が立っていた。
「ちょっといろいろありすぎたよね。まあここは噂とは全く逆だって思っておけばいいよ。あ、私は[響]だよ。よろしく、潮」
「あ、よろしくお願いします」
潮は立ち上がると、部屋を出る。
「ああ、建物の外に[初春]がいるから、この後どうするかは彼女に聞くといいよ。私はちょっとここでやることがあるんだ」
「わかりました」
建物の外には、長い紫の髪を後ろで結った少女が立っていた。
「おお、待っておったぞ。わらわが初春じゃ」
「潮です」
「この後なのじゃが、さっそく鎮守府を案内するぞ。司令官への挨拶はその後じゃ」
「今じゃなくていいのですか?」
「なにせ秘書艦の彼女がおらんからのぉ。二度手間は面倒じゃ」
「はぁ……」
その後、二人は鎮守府内を見て回り、そこで、説明を受けた。
「工廠はここじゃ。奥に部屋があるじゃろう?あそこは司令官がよく使うのじゃ。何をしとるかじゃと?さあのぉ」
「出撃ゲートはここじゃ。提督室のある建物の真下じゃからわかりやすくて良いじゃろう」
「ここが食堂じゃ。食べる前にきちんと挨拶せんと食わしてもらえないから気を付けるのじゃぞ」
「ドックはお主が寝ていた建物じゃ。好きに使うとよいぞ」
潮はその説明を何も言わず聞いていた。
初春がその様子を見て、軽く笑みを浮かべたが、彼女にはその理由は分からなかった。
そして、すべてが見終わるころには夕方になっていた。
『初春ー!』
建の声がする。どうやらスピーカーから聞こえているようだ。
『電が戻ってきたから、連れてきてくれー!』
「ふふ、了解じゃ」
初春は潮を連れ、提督室の前に来る。
「ああ、わらわから一つアドバイスじゃ」
その場から離れようとしていた初春が足を止め、潮の方を振り向く。
「意味が分からないこと、理解できないこと、納得できないこと、それらは司令官の話を遮ってでも聞くとよいぞ」
「遮ってでも……ですか?」
「そうじゃ。[聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥]らしいぞ」
初春はそれだけ言って、去って行った。
(分からないことは聞け……か)
潮は覚悟を決め、扉をノックする。
『どうぞー』
先ほどと同じトーンの男の声。潮は扉を開け、中に入る。
「失礼します……」
中に入ると、自分をここまで連れてきた男が真っ白な提督服に身を包んで机に座っている。その横には、髪の毛をヘアバンドで後ろにまとめており、首に黄色いスカーフをまいた少女が立っていた。
「改めてようこそ、大洗鎮守府へ。提督の
「電です」
電は頭を下げる。
「あ、えと、き、今日よりお世話になります!綾波型駆逐艦十番艦、潮です!よろしくお願いします!」
「よろしく。さてと、ここでの生活にはちょっとしたルールがあるんだ」
「ルール……」
潮はその言葉に体を緊張させる。
無理はない。彼女のいた鎮守府のルールは、彼女らの行動を制限し、苦しめるものであったからだ。
「えーっと、まず風呂に入るときはドックのを使ってくれ。この建物の中のは俺が使うから。あとは、出撃はほぼないけど、した時は大破した時点で即時撤退。それから、訓練時間以外は訓練禁止。あ、自由時間があるけど、そこでならしていいぞ」
建はそう言うと、短く息を吐く。
「以上!説明終わり!よし、着替えてくる!」
「ダメです」
「うそん」
「潮ちゃんが固まってるのです」
潮はぽかんとした様子で建を見ていた。
「え、あ、あの……」
「どうかした?」
建が潮の方を振り向く。
「……いえ、何でもないです……」
建と目が合った彼女は、視線をそらし、俯いてしまった。
それを見ると、建は隣の部屋に走っていく。それを見て電はため息をつく。様子を見るに、いつものことのようであった。部屋から出てきた建は、自分を迎えに来た時と同じ、紫色のジャージに身を包んでいた。
「どうして提督服でいてくれないのですか!」
「真っ白すぎて合わん!こっちのほうが落ち着くんじゃ!」
(……朧ちゃん、この鎮守府は違う意味でヤバい場所です……)
潮は駅にいた時とは違う意味で不安になっていた。
提督室を出た潮は、自身の生活する部屋へと案内される。
「この部屋なのです」
電が部屋の扉を開ける。部屋の中は洋室で、一区画が畳となっている。
「えっと、この部屋の方は……」
「誰も使っていないので、潮ちゃん一人の部屋になるのです」
「え……?相部屋じゃないの……?」
「はい。私も一人部屋なのです。それとも、誰かと一緒のほうがよろしかったですか?」
「いえ、大丈夫です!」
相部屋ではないことに困惑しつつも、彼女は部屋を見渡した。元居た場所では四人の相部屋であったが、それと同じくらいの広さがある。いや、向こうが小さかったのだろう。
荷物を置き、部屋を出る。
「私の部屋は提督室の隣です。何かあればそこに来てくださいね」
「はい!」
「では早速ですが、今の練度をみさせていただくのです。訓練場に案内しますね」
電に連れられ、潮は訓練場に向かう。
「あのー……聞きたいんですけど」
「何ですか?」
「先ほど不知火ちゃんがボールを全部割ったと言っていたけど、あれって訓練なの?」
「ええ。とはいってもまだ試験的なのです」
「試験的?」
電曰く、この鎮守府は練度の低い艦娘、もしくは苦手が多い艦娘が多く来ることが考えられるため、どのようにすれば成長を促せるかを試しているとのことだ。空中に向かって放ったボールを狙うことで、対空射撃の基本を身に着けられるのではないかという考えらしい。
「複雑な動きへの対応は、まだ考え中なのです。でも、そのおかげで、響ちゃんは対空射撃が百発百中になったのです」
「そ、そうなんだ……」
突然、電が足を止め、潮の方を振り向く。
「……」
「……?」
「もしかしてですけど、[司令官]という立場の人に苦手意識があったりします?」
「!!」
潮はその言葉に驚く。
この短時間で自分のことを見抜かれたからだ。
「……はい。私たちの鎮守府の司令官さんは、とても怖い人で……S勝利以外価値はない、沈んででも敵を倒せと……でも、私はみんなを失いたくないから……隠れて大破した子を戦闘に参加せないようにしたり、撤退したりして……」
電は黙ってそれを聞いていた。
「でもあるときそれがバレてしまって、それ以来私は無理な作戦ばかりに出させられるようになったんです。そんな中でA勝利を取ったことが司令官の怒りに触れたみたいで、それでここに……」
「……そうでしたか」
彼女は自然と涙を流していた。話してはいなかったが、たった一人だけ、目の前で失った姉妹がいたのだ。
「……潮ちゃん」
「はい……?」
「どのような作戦でも生きて帰る、どのような状況でも仲間を連れて帰れる、ここで教えたい一番のことはそれなのです」
「え……?」
電は潮の手を取る。
「司令官さんからの命令は確かに守らないといけないです。だから、命令を守った上で全員を守れる、そんな技術をここで身に着けてほしいのです。……元々、司令官さんの狙いはそれですから」
「どういうこと……?」
「今、前線の方では艦娘がまるで道具のように扱われているらしいのです。無理な作戦によって仲間が沈み、建造によってまた生まれる、そのサイクルになっているのです」
潮は自分を握っている彼女の手に力が入っているのを感じた。
「私も司令官さんも、それが嫌なのです。生まれ、経験したことは沈んでしまえば消えてしまいます。その後建造で出てきた艦娘は、違う人なのです。沈む前の記憶も、経験もない、生まれたばかりの、[他人]なのです」
「……」
「私は目の前で大切な人を失いたくない、だからどんな状況でも守れる力を司令官さん[たち]から学びました。潮ちゃんにもその力を学んでほしいのです」
潮の頭の中で、鎮守府で待っている姉妹のことが思い出される。
「……できるかな、私に」
「出来るのです。無論、成長の速度は人によります。根気よくやりましょう!」
「……はい!」
二人が海岸線に行くと、建がすでにいた。すでに暗くなっていたが、海はライトによって明るくなっており、砲撃の妨げになることはなかった。
「用意はできてるぞ」
「では、潮ちゃん、艤装をつけてこちらに」
「はい」
潮は艤装をつけ、海へと出る。
海の上にはブイのようなものが浮いていた。
「水上のターゲットを破壊してくださいね」
「はい!」
「よーい、始め!」
合図とともに海上のブイに向かって砲撃する。
砲撃が終わると、建は彼女を呼ぶ。
「なるほど、対空も見たいけど、今日はもう暗いから明日にしよう。今日はゆっくり休んでくれ」
「は、はい!」
建はそう言い残し、どこかへと歩いていく。
「潮ちゃん、ドックの使い方はもう聞きましたか?」
「あ、いえ、まだです」
「では、教えますね。まずは……」
二人は話しながらドックへと歩いていく。
「ほんで?」
「怪しい持ち物はなかったよ」
執務室、建と響、初春はそこで話していた。
「カメラ、盗聴器の類は無し。ノートはあったけど、何も書いてなかったよ」
「なるほど。初春の方は?」
「特にないぞ。こっちは特に詮索する視線はなかったからのぉ」
「青葉みたいにこっちの探りに来たわけじゃねえんだな」
「そのはずじゃ」
建はそれを聞くと立ち上がる。
「んじゃ、いつも通りいきますか」
「「了解」」
三人は部屋を後にする。
朝、潮はある音で起きる。
乾いた破裂音、意識しなければ聞こえないようなその音に反応できたのは艦娘だからだろう。
「一体どこから……?」
音の正体を突き止めようと、着替えを手早く済ませ、部屋を出る。
音は工廠から聞こえており、近づくにつれ大きくなる。
中を覗くと、そこには建がいた。
建は右手に持った黒いもので、遠くにある看板を狙っていた。
そして、乾いた破裂音とともに、看板が揺れる。
(拳銃……?でも、うちの司令官が持ってるのとは違う……?)
新日本海軍では、万が一の襲撃に備え、拳銃の支給がされている。
しかし、彼が持っているのは、支給されている9mm拳銃ではなく、口径の大きいリボルバータイプの銃だった。
彼はしばらく撃ち続けると、撃ち終わったのか、拳銃を右腰のホルスターにしまい、短く息を吐いた。
「お疲れー」
「!?」
潮は驚いて辺りを見渡す。
突然、男の子の声がしたのだ。建とは別に人がいるのかと思ったが、回りを見ても誰もいなかった。
それどころか、
「何で今しゃべるのお前」
「別にいいでしょーどうせいつかはバレちゃうんだから」
彼は隣に止まっていたモトラドに話しかけたのだ。
「はぁ……潮、こいつのこと紹介するから入ってこい」
「え!?」
しかも、自分の存在に気付いていた。
潮が恐る恐る彼らに近づく。
「はじめまして、潮ちゃん」
また、男の子の声がした。
「あ、はい。はじめまして。えっと……」
「エルムだ。エルメスじゃないから気を付けろ」
彼はモトラド、エルムのサドルに手を置く。
「気軽にエルって呼んでもいいよー」
「は、はぁ……」
(どうしてしゃべるのか聞いても答えてくれない気がするなぁ……)
彼女の不安をよそに、彼は時計に目をやる。
「っと、もうこんな時間か。そろそろごっはん~」
彼はそう言って軽い足取りで工廠から出ていく。
「あれ?潮ちゃんはいかないの?」
エルムが後を追わない潮に言う。
「え、だって、私たちは補給だけしていれば……」
「あー……ちょいと妖精さーん!」
エルムの声に、何人かの妖精が反応する。
「誰か潮ちゃんを食堂まで案内してあげてー!」
妖精のうちの一人がそれを聞いて潮の足元までやって来ると、ついてくるよう促した。
「え、で、でも……!」
「行ってみればわかるよー。初春ちゃんも言ってたでしょ?みんなで食事をとる場所だって」
確かに、初春の説明は、自分達が使う時の注意事項であるかのように聞こえた。
「あ、本当にいた」
妖精に呼ばれた響はそう言って潮の手を引く。
「ここでは食事は好きな時にして大丈夫だよ」
「え……?ほ、本当に……?」
「うん。理由は食べてみればわかるから」
響に連れられ、食堂に来た彼女は、そこで談笑しながら食事を食べる艦娘の姿を見た。
「お、サンキュー響」
「司令官が連れてくればよかったんじゃないかい?」
「出来ない理由があったのさ」
響は建が配膳した食事を受け取り、潮に渡す。
「はい。潮の分だよ」
「え!?こ、こんなに……?」
一人前の当たり前の量であったが、彼女はこの量の食事を見たのは初めてであった。
二人は近くの席に座る。響は手を合わせると、
「いただきます」
と言った。つられて潮も
「い、いただきます」
と言った。
美味しそうにご飯を頬張る響を見て、潮もご飯に口をつける。
「お、美味しい……!」
口に広がる白米の味を噛み締めたかったが、体がそれより早く飲み込み、おかずやサラダへと手を伸ばす。
「おいおい、喉に詰まらないようにしろよ」
建が横に置いた水も、すぐに飲み干される。
その様子を見て、潮以外の全員が顔を見合わせた。
「相当だな……」
彼はポツリと呟く。
そうしている間にも潮は出された食事を平らげた。
「はぁ~美味しかった~」
「満足いただけたようで何よりだ」
「あ、で、でも大丈夫なんですか……?」
「へーきへーき。ご飯と味噌汁はおかわりできるくらい作ってあるし、俺はもう食ったから」
「いえ、そうでは……」
建と目が合い、視線をそらしそうになったが、拳を強く握ると、彼女は口を開く。
「わ、私に食事を与えるのは必要なんですか!?最低限の食事があれば戦えるんです!ですから、そんなに量を揃えなくてもいいのではないでしょうか!?」
その言葉に食堂にいた全員が目を見開く。
潮はその様子に慌てて謝ろうとするが、それより早く、建が彼女の頭を撫でた。
「そうだ、それでいい」
「え……?」
彼も、周りにいる艦娘も、誰もが喜びを見せていた。
「なぜ、と思うことは普通のことだ。考え方なんて人それぞれ違う。初春の言葉を聞いても何も聞いてこない奴もいた。食堂に来るように言っても逆に逃げる奴もいた。……俺は別にそいつらを間違ってるとは言わん。俺のやり方が合っている保証はないからな」
彼は食堂の奥へと歩き、カウンターに寄りかかる。
「だが、俺はそいつらには協力しない。俺は強くなろうと、変わろうとする奴には手を貸す。だから潮、俺は君が変わろうとしていることに喜びを感じている」
彼女はそう言われ驚く。
彼女の見てきた提督は、[戦果]に喜びを感じることはあっても、[戦果を出した者]には何も感じていなかったからだ。
「質問に答えよう。栄養をしっかりと取ることが出来れば戦いの最中に集中が切れたり足がふらつくことはない。そして、食事を取るということは精神面でも余裕が持てるようになる。そういうことだ」
彼はにししと笑う。
「効果の有無は自分で確認するといい。これからどうするか、それは君の決めることだ」
潮はしばらく考えた後、結論を出した。
「私を強くしてください!もう誰も、私の仲間を、親友を、姉妹を、失いたくないんです!」
「いいぜ、なら、こっから本格的に指導してやるよ。……そうなると……」
彼が先程とは違い、ニヤリと笑って言った言葉は、潮に自らの決断を少しだけ後悔させた。
それから数ヵ月後、元の鎮守府に戻ってきた潮は、まるで別人のように強くなっていた。
提督の出す指令に答えるだけでなく、轟沈も減った。
提督はそれに満足していたが、一つだけ、分からないことがあった。
「出撃から帰ってくるまでがこれまでより遅いのだが?」
その問いに彼女は、
「最近は強い艦隊とばかり戦っていますから」
と答えた。
出撃となった潮は艦隊を引き連れ、いつも通り、西の戦闘区域に行く前に東へと向かった。
[合流地点]にはすでに、妖精から話を聞いていた人物がおにぎりを持って待っていた。
彼女はそれを受け取り、艦隊は西へ向かう。
「最初はちょっと不安だったけど、食事ってこんなに大切だったんだね」
朧はおにぎりを食べながら、感嘆する。
「うん。食事を取ってからの訓練は不思議と力が溢れて、いつもより上手に当てられたの!だからみんなにもそうして欲しいなって!」
潮は美味しそうにおにぎりにかぶりつく。
「ねぇ、聞きそびれてたけど、大洗の司令官ってやっぱり怖かった?」
「うーん……」
潮は少し考えてから言った。
「そうだね。噂通りの厳しくて、怖い人だったよ。でも、誰よりも艦娘のことを思ってる人でもあったよ」
「たーだいま」
「お帰りなさい」
[配達]から帰ってきた彼は埠頭に着くと、伸びをする。
「まさか仕事が増えるとはね……」
「[今回は残念でしたね]」
電が少し皮肉っぽく言う。
「そうでもない。考え方を変えられただけでも成功さ」
彼はそう言って笑う。
「[艦娘にクーデターを起こさせる]なんて、させませんからね」
「起こすのは俺じゃあない。[自発的に]やってもらうんだ。起こせない可能性の方が大きいよ」
二人の間に険悪な雰囲気は無く、まるで世間話をしているかのようだった。
潮 食事の大切さを知ると同時に状況判断能力が開花。