駆逐艦黒潮、彼女が大洗鎮守府へと来たのは練度を上げるためだ。
「それにしてもバスが鎮守府の前に止まるとは……東の鎮守府は変わっとるなぁ……」
[危険戦闘区域]で建造された彼女はのどかな雰囲気の残る町並みを眺めていた。
「それになんやあれ……女の子の看板?横に置いてあるのは戦車……?陸軍の宣伝かなんかやろか?」
道中で見た不思議な看板を横目に、バスは鎮守府へと到着する。
「ここやな……」
大洗鎮守府、大洗港のすぐ横にあるその鎮守府は比較的安全な海域の近くにあるため、新しく着任した艦娘の練度上げの場として機能していた。
「えーっと、執務室は……」
送られてきた地図を頼りに執務室へと向おうとした時だ。
「……ん?あれは……」
彼女の視線の先にいたのは、自らの姉妹の姿だ。
「しーらぬい!」
「!?」
突然飛びつかれた不知火は驚きのあまり、黒潮の手を掴みそのまま投げ飛ばした。
「あふん!」
「黒潮……!?」
投げ飛ばした人物を見て、彼女は驚く。
「あいたた……もうちょい手加減してくれはってもええやないか……」
不知火に手を引かれ、立ち上がる。
「いきなり飛びつくからよ。でも、ごめんなさいね。ここでの訓練が身に沁みちゃってて……」
「一体どんな訓練しとるやここは……不安になってきたで……」
「……もしかして今日来る艦娘って……」
「そ。ウチのことや」
黒潮はピースしてみせる。
彼女はため息を付いてから向き直る。
「……はぁ。分かった。執務室まで案内するわ」
「お!おおきに!」
不知火の先導で執務室に来た二人は提督と、その秘書艦に会った。
提督は右にはねた髪の毛が特徴的な、温和な雰囲気の人物だった。
「俺がこの鎮守府の提督の
隣にいる黄色のスカーフを首に巻いた少女は頭を下げる。
「秘書艦の電です。よろしくお願いします」
「黒潮や。よろしゅうな!」
黒潮も挨拶を返す。
「んじゃ、俺達はちょいとやることがあるんで、不知火、案内と説明を任せてもいいか?」
「了解。……?」
電がどこか焦っているように見え、疑問を感じたが、
「ほな、よろしゅうたのむで!」
「あ、ちょっと!」
黒潮に手を引かれ、それを聞くタイミングを逃してしまう。
「……どうして不知火ちゃんに任せたのですか?」
二人だけになった執務室、電は彼に聞く。
彼は机からある書類を取り出す。
「いつかは分かることなんだ。俺たちに言われるよりも信じられるし、何よりその気持ちをどうするか考えられるだろ」
同じ名前の書かれた[轟沈報告書]と[建造報告書]のコピーを、彼は眺める。
「半年前に轟沈、3日前に建造、しかも轟沈したのは[不知火と同じ鎮守府にいた時]。……不知火が今を考えるいい材料になるだろうな」
「……ですが、不知火ちゃんが壊れてしまうかもしれないのです。私はそうなって欲しくありません」
「無論そうさ。それでも向き合う必要がある。壊れないよう支えることは忘れるな」
「その言葉そっくりそのままお返しします」
ドック、食堂、工廠、それぞれの説明が終わり、二人は海岸線を歩いていた。
「どれも自由に使えるとは……司令はんも太っ腹やなぁ」
「彼にとっては当たり前らしいわ。それと、食事は三食とも取って、訓練時間と自由時間以外は訓練しちゃだめ。お風呂はドックで入るようにね」
「あれ?執務室のある建物の中にも浴室はあるやんか」
「あれは司令官用よ。『ラッキースケベはいらない』とか言ってたわ」
「なんやそれ?」
「さあ?」
二人は首を傾げる。
不知火は黒潮のその顔を見て、ほっと息をついた。
「それにしてもまた会えるとは思わなかったわ」
「そうやな〜あれ以来もう会えへんもんと思っとたけどな〜」
不知火はそれを聞いてああ、やっぱりかと思う。
「……あの時は本当にごめんなさい。私がもっとしっかりしていればよかったのに、私のせいで……」
「…………何言っとるんや、そんなわけ無いやろ。あの時、不知火姉さんはいなかったんやし」
「………え?」
彼女はその言葉に驚きを隠せなかった。
「不知火姉さんが気に病むことあらへんよ。ウチが不注意だったんや」
黒潮は不知火の頬に触れ、笑みを浮かべる。
「それに、[こうして今は不知火姉さんに触れることが出来る。また、一緒の海を駆けることができるんや。こんな嬉しいこと他にあらへんよ]」
彼女はそう言って笑いかける。その笑みからはただただ嬉しいという感情だけが見えた。
しかし、
「……?不知火姉さん?」
不知火は違った。その表情は驚愕と疑念が見て取れた。
「どうしたん?」
『…………?』
不知火の脳裏に声が響く。彼女はそれを振り払うかのように頭を降る。
「っ……!す、すいません、ちょっと用事を思い出しました。失礼します」
「え?」
黒潮が呼び止める間もなく、彼女は足早に去ってしまった。
「……どないしたんや……?」
その日以降、不知火の様子が変わってしまった。
黒潮が話しかけても、彼女はどこかよそよそしい対応をし、一人になると、頭を抱え、ため息をつくようになっていた。
他の艦娘が心配しても、
「いえ、何でもありません」
「すいません、少し、一人にしていただけますか」
と、言うだけだった。
「ウチ、何か不知火姉さんを怒らせるようなことしてもうたんかな……」
食堂でため息をつく黒潮を、電はなだめる。
「いえ、黒潮さんのせいではないと思うのです。気に病むことはありません」
電はその理由を知っていたが、口にしなかった。
「……もしかしてやけど、ウチら艦娘って結構複雑なんやないか?」
「……どうしてそう思うのです?」
「ウチは建造されたばかりやから、それより前の戦いの事はわからへん。それは艦艇だった頃も同じや。生まれるより前のことは知らへん。……けど、先に生まれとったからこそ知っとることがあるんやないか?例えば[轟沈した誰かがもう一度現れた]とか」
一瞬、電の表情が曇るが、すぐに戻る。
「……さあ、どうでしょうか。後で様子を見てきますね」
「お願いするで……」
電が食堂を出ると、黒潮はこっそりとその後を追った。
不知火は一人、自室にいた。
机に突っ伏したまますでに一時間たっていた。
「………………」
『どないしたんや?』
「っ…………!」
奥歯を噛み締め、机を蹴る。
(……違う……黒潮じゃない……けど、あれは黒潮だった……)
自身の記憶と鎮守府にいる存在が、彼女の中で矛盾として、心を苦しめていた。
『不知火ちゃん、入っても大丈夫ですか?』
扉がノックされ、電の声が聞こえた。
ふらふらと扉へ近づき、彼女を迎え入れる。
「……大丈夫ですか?」
「……大丈夫ではないです」
「やっぱり、黒潮ちゃんのことですよね」
「………………ええ」
その会話を聞き耳を立てて聞いていた黒潮は、下を向く。
(やっぱり怒らせてもうてたんか……)
理由は何であれ謝らないと、そう思って扉に手をかけようとした時だ。
「不知火ちゃんもだいたい予想は出来ているでしょうが、あの黒潮ちゃんは二回目です」
(…………え?)
二回目、初めて聞くその自分に向けられた言葉に扉を開けようとした手が止まる。
「そう……ですよね」
『不知火姉さん!ダメや!もうこれ以上は意味あらへん!』
『いいえ!まだ、まだ行ける!…………しまっ!』
『姉さん!』
『黒潮………!そんな………黒潮!黒潮!』
ビキリ、という音とともに彼女が殴った壁にヒビが入る。
「黒潮は私が攻め急いだがために私を庇って敵の魚雷を受けて…………やはり、建造された艦娘は……」
「はい。記憶を受け継ぐ、ということはありません。姿は同じですが…………私と司令官さんは他人、という扱いをしています」
「!!」
その会話で気付いてしまう。自分は、いや、駆逐艦黒潮は一度艦娘としてこの世に生まれ、そして沈んだのだと。
(……多分やけど、不知火姉さんと同じ艦隊だったんや。ほんで……)
「…………覚悟はしていたはずなのに、もう一度会えた時、私は、生き返ってくれたと、そう、思いました………」
「…………」
三人の間に流れる静寂。真実が分かってしまった今、どうすれば良いのか分からなくなっていた。
「……不知火ちゃん」
「……何でしょうか」
「今、不知火ちゃんが考えていることを、正直に言って下さいませんか?……今の率直な気持ちを聞きたいのです」
不知火はしばらく下を向いた後、ポツリとつぶやく。
「……わからないです」
「……わからない?」
「私達は元々兵器として生まれ、その後、人の体を得てここにいます。……あの頃はなかった痛みや感情、そして、意思を伝えるということ、それを知りました。……戦死していく仲間を見て、勇敢に戦った勇者だと、そう、思っていました。ですが、今は、わからないんです。死が怖い、死んでしまっては勇者だろうが英雄だろうが関係なく、無になる。なにより……!あああああああ!!」
頭をおさえ、蹲る彼女を、電は支え、背中を擦る。
「[あの子はあの子じゃなくなってた]!なのに、あの声で!あの笑顔で!私の名前を呼ぶ!あの時と同じ言葉を口にして!私は[考えてしまった]んです!」
『アナタハダレ?』
「かけがえのない姉妹なのに!どうして……私は……!」
涙を流す不知火を、電は優しく抱きしめる。
「わかりますか?それが死んでしまうという事なのです。記憶も、経験も、全てが無に帰るだけではないんです。残った人に消えない傷を残してしまう……そんな、悲しいものなのです。私達が生きる事を最も大切にしているのは、そういう事なのです」
泣き続ける不知火をなだめ続ける。
(……そっか……ウチ、不知火姉さんに心配かけとったんやな……ううん、それだけやない。いっぱい迷惑かけて、不安にさせて、…………これじゃダメや)
黒潮はその場から走り出す。
電は足音に気付き、黒潮がいた事を知った。
(……お二人は、どうするのでしょうか……)
「……電ちゃん」
「は、はい」
泣き止んだ不知火は、電を正面から見つめる。
「司令はん!頼みがあるんや!」
「うお!?おおおおわ?!?」
執務室と扉が勢い良く開かれ、建は椅子から落ちる。
「いってぇ!……黒潮?どうした?」
「…………ウチはもう、不知火姉さんを、ううん、艦隊のみんなを、ウチのせいで悲しませたくあらへん」
「電ちゃん、私はもう誰かが目の前で死ぬのを見たくありません。……もう誰も、死なせたくないんです」
「ウチが一度沈んでもうたとは聞いとる。そのせいで傷ついてもうた子がいることも知っとる」
「もうこんな思いはしたくない、こんな思いを誰かにさせたくない……私はもう失いたくない」
「せやから司令はん!ウチに教えとくれ!生きるすべを!誰かを悲しませない強さを!」
「だから、電ちゃん、私に教えて下さい。私から何かを奪おうとする全てを寄せ付けない強さを!」
それぞれの思いを聞いた二人。
そして二人は同じ質問を彼女らにする。
「「それは守るため?それとも壊すため?」」
「蹂躙する力です」
「無論、守るためや」
答えを聞いた彼らは、そうか、そうですか、と呟く。
「黒潮、己の身を守る方法を本気で知りたいなら、俺はその方法を知っている。だが、それは修羅の道、茨の道なんて言葉じゃ収まらん。……場合によっては倒れることもある。それでも、お前はやるか?」
「……もちろんや。そんな方法があるなら、ウチはそれにすがるで」
「……いいだろう。訓練内容について説明する。この書類を見ながら聞け」
「はっ!」
電は不知火の言葉を聞き、目を見開く。
「……本気ですか?」
「本気です。私が弱かったから黒潮を沈めてしまったんです。私がもっと早く敵を沈めていれば…………。ですから、誰も寄せ付けない、誰一人失わない、そんな力が欲しいんです」
「……強すぎる力は孤独です。周りに人はいなくなるかもしれませんよ」
「……だとしてもです。私が失いたくないから、失わせないんです。黒潮が、誰かの大切な人を助けられるなら、私の周りに誰もいなくても構いません」
電はその覚悟した目を見たことがあった。
自分が一番慕っている、決して[ヒーローになろうとしない]男の目だった。
「…………わかりました。できる限り私が教えます。ですが、全てを超えるなら、それは終わりのない戦いの道です。一生訓練は続きますが、それでもいいんですね?」
「はい。もちろんです」
「……わかりました。では、やり方ですが……」
それぞれの選んだ道は違った。それでも見据える先は、誰かを悲しませたくないという同じものであった。
それから数ヶ月がたった。
黒潮の練度が一定以上になり、元の鎮守府から戻ってくるように辞令がおりた。
「黒潮、向こうでもやらなきゃいけない訓練は覚えてるな?」
「バッチリや。司令はんの拳ももう見切ったで」
「おいおい、まだ五割しか力使ってないんだか?」
「……ほんま司令はんには勝てる気せえへんわ」
「そうでもないと教えられないからな」
二人が話していると、不知火が通りかかる。
「不知火姉さん……」
「黒潮……」
しばらく見つめ合った後、二人は無言でハイタッチをし、歩き出す。
言葉はいらなかった。互いに相手の言いたいことは分かっていた。
(大丈夫。次は久しぶりって言ったるからな)
(安心してください。もう、不知火に落ち度などありえませんから)
その様子を見て、建は笑みを浮かべる。
「ああ、なんて人間らしいんだろう。艦娘達よ、やはり、お前たちは人間だ」
そう言う建の顔は嬉しそうだった。
「ほんなら、またな」
「ああ。約束忘れるなよ?」
「きっつい人やったって言えばええんやろ?まかしとき!」
二人はハイタッチを交わし、黒潮はバスへと乗り込む。
「またいつかここに来ることがあったら頼むで、師匠!」
「あ、やめろ!それ言われるとなんかムズムズするから!」
「ふふ、ほんまにありがとうな」
「ああ」
バスのドアが閉まり、駅へと向かって走り出す。
「…………それにしてもきつかったわ………寝てるところに撃ってくるとは思わんかったで……」
言葉とは裏腹に、その顔には笑顔が浮かんでいた。
黒潮が帰った後、建と電は執務室で話していた。
「……やはり、記憶は受け継がれないのですね……実際会ったのはこれが初めてなので…………」
「そうだな……そもそも[艦娘かどうやって物事を記憶しているか]も分からねえし」
彼の言葉に電は首に巻いたスカーフに手を添える。
「[あれ]を分解してみる必要があるのではないでしょうか?」
「妖精さんでもどうにもならないんだ。俺にそんな技術は無いし、難しい。……ただ、同じ[素体]に水雷魂を定着させれば……あるいは、かな」
「……解析不能……ですか……」
「ああ」
微妙な空気が流れ、二人は沈黙する。
なんとか空気を変えようと、電は話を変える。
「あ、そ、そういえば司令官さん、また、新しい子が来るのです」
「お、誰誰?」
彼も同じだったのか、食い気味に話を聞く。
「青葉さんです。……そういえばここに来る最初の重巡洋艦でもあるのです」
「お、青葉か…………確か大本営の新聞作ってたよな。よし、まずはまずは……」
そして二人は、話し合いを始める。
彼女が前のめりになった時、ちらりと見えた電のスカーフの下、そこはに一箇所だけ、まるで皮膚が剥がれているかのように、灰色の何かが見えていた。
黒潮 守るためにその力を高めることを決意
不知火 倒すためにその力を高めることを決意