大洗の提督には目的がある   作:岡本切葉

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戦艦長門は大洗へと演習に来た。そこで彼女は艦娘の真実を知ることになるのであった。



長門ノ章

 戦艦長門、彼女は悩んでいた。

 

 彼女は今演習のため、ある鎮守府に訪れていた。

 

 演習は基本的には他の鎮守府と合同で訓練をし、時には艦娘同士を戦わせ、練度を高めることを目的とするものだ。

 

 演習が終わった後はいつもならば早々に撤収し、自分たちの鎮守府で反省会をする。今回もそのはずだったのだが………

 

「摩耶の砲塔、あれ少し曲がってるぞ。もしくは彼女のくせに合ってない。そのせいでいつもより避けやすいと言ってたぞ」

 

「なるほど………妖精さんって借りられる?うちじゃそんなこと考えもしなかったから、出来るか分からなくてね」

 

「いいぞ。あとは………」

 

 先ほどから提督同士でずっと話しているのだった。

 

(どうする………提督に早々の撤収を進言するか?しかし、ここまで話し続けていると、止めがたい………)

 

「おい!提督!いつものはやらないのかよ!」

 

 声を上げたのは麻耶だ。どうやら自分の艤装の話を自分抜きでされているのが我慢ならなかったのだろう。

 

 麻耶の声に先に反応したのは演習先の提督だった。

 

「え、お前言ってなかったの?」

 

「いや、言ったけど………いつも通り向こうでもやるって………」

 

「………マコト、それだと俺入ってなくね?」

 

「………………そうだね」

 

 素で忘れていたと言われ、長門はガックリとうなだれた。

 

 提督はあまりそのような伝達ミスをする人ではなかったのだが、思い起こすと前日に友人と飲みに行き、今朝は二日酔いで頭が痛いと言っていた。…………それのせいだと彼女は思いたかった。

 

 それは大洗の提督も同じらしく、マコトにそう聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングが終わり、長門は鎮守府内を見て回っていた。

 

 きれいに整備された食堂、自由に出入りできるドック、それらは自分たちの鎮守府と変わらない、艦娘のことを考えられた運用がされていた。

 

「………本当に艦娘の待遇が他とは違うのだな………」

 

 他の鎮守府ではまるで道具のように扱われているという話が艦娘の間でも共有されていた。

 

 自分たちだけじゃなかった、その事実はだからこのままでいいという艦娘とだからおかしいという艦娘の二種類に別けてしまっていた。

 

(艦娘の間でも考え方の違いから衝突してしまうことがあるらしいな。このままでは深海凄艦と戦うどころではなくなる可能性も………)

 

「おや、長門さん。お疲れ様です」

 

「む?ああ。不知火か」

 

 水分補給中の不知火が彼女に声をかける。

 

「何やら難しい顔をしていましたが、何かありましたか?」

 

「そうだな………不知火、今の艦娘をどう思う?」

 

「と、言いますと?」

 

「待遇然り、艦娘そのものの気の持ちよう然り、全体的に、だ」

 

 不知火は顎に手を当てる。

 

 しばらくしてから、彼女は口を開いた。

 

「そうですね………火薬庫、でしょうか」

 

「火薬庫?」

 

「ええ。それも、放置された、物が乱雑に置かれているような」

 

 長門はその言葉を聞きなるほど、と頷く。

 

「ならば今の状況を危ういと考えているのだな?」

 

「ええ。そして、爆発した時に一番被害を受けるのは新日本海軍だと思われます」

 

「それには私も同意だ」

 

 不満は自らの待遇へがほとんどだ。ならば、必然的にそうなる。

 

「私としては艦娘がどう動くかはそれぞれで良いと思っていますが、一つだけ懸念事項があります」

 

「何だ?」

 

「導火線を用意している人がいるんです」

 

「導火線?つまり、爆発するよう促しているということか?」

 

「ええ。離れたところに火も付けてあると思われます。そして、導火線を誰かがいじるのを待っているんです」

 

「…………………」

 

 長門は考える。もし、それが本当ならばその人物の目的は[艦娘に謀反を起こさせること]だろう。

 

 しかし、そうなると疑問が出てくる。なぜ、その人物が主体とならないのか、だ。

 

 改革を目的としているならば、自ら指揮を取ったほうが確実にできるはずだ。導火線を用意するよりも、火をつけた方が確実に燃える。

 

「目的は何なんだ……?」

 

 不知火の考えを聞くため、敢えて口に出す。

 

 彼女はそれに対して、おそらくですが、と前置きして答える。

 

「艦娘を見定めているのだと思います」

 

「見定めるだと?」

 

「ええ。艦娘が自ら考えて行動できるのかどうかを見ているのでしょう。あの人にとって重要なのは艦娘に現状を変える意思があるかどうか、ですから」

 

「今のままでいいなら放っておく、ということか。それなら艦娘とコンタクトを取り、疑問を投げかけるのなぜだ?誰も気にしていないならしなければ良くないか?」

 

「疑問は必ず生まれますよ。あの人はそれをわかっていてこうしているのですから」

 

「…………その言い方だと誰が導火線をいじっているかわかっているようだな」

 

「ええ。というより長門さんもわかっているはずですよ。艦娘の中から行動しようとする者が現れた理由を考えれば」

 

 理由、それはつまり艦娘の考えが二分してしまった理由のことだろう。それならば、答えは最初から出ていた。

 

 だからこそ、長門は目を見開いた。

 

「不知火はそれをわかっていてここにいるのか!?」

 

「ええ。あの人からは『ご自由に』と言われていますから。それに、私の目的のためにも、ここにいる必要があるのです」

 

「だが、それを不知火が広めても良いのか?」

 

「構わないと思いますよ。あの人は艦娘が動くまで動きません。あの人がそうしようとしている、という情報も含めて私達がどう判断するかを見ているのです」

 

 全ては艦娘がどうするかを見るため。彼女の目は嘘を言っているようには見えなかった。

 

 同時に、あの人物への評価を直し始める。

 

 艦娘の待遇改善のために自らの鎮守府だけでもそうしているのではなく。

 

 長門たちの提督と仲がいいのももしかしたら同じ志だからではなく。

 

 艦娘の中に疑問を植え付け、その上で自分たちがどう動くかを見ている…………

 

「それが本当なら、私達はどうするべきなんだ……?」

 

「簡単ですよ」

 

 不知火はふっと笑って答える。

 

「判断すれば良いのです。待遇改善の訴えを起こすのかどうかを。保留はあの人にとっては否定と同様。どう動いてもあの人の目標は達成されるんです。ならば私達は決めるべきです。今のままか、否かを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長門は自らの提督と合流し、海岸へ来ていた。

 

「何か言いたそうだね」

 

 提督からそう言われ、彼女は口を開く。

 

「提督は知っていたのか?大洗の提督が謀反を企てていることに」

 

 提督は表情を変えず、その問いに頷く。

 

「提督は…………どう、考えているのだ?」

 

「そうだね…………死人が出るような革命は反対かな。待遇の改善なら他の方法もあるんじゃないかな」

 

「ではもし、新日本海軍に攻め入るしかないという結論に私達が達したらどうする?」

 

「その時は誰も殺すなって命令出して終わりかな。正直僕も、今の艦娘の待遇は酷いと思っているから、変えられるなら変えたいし」

 

「………やはり、提督も賛成なのだな」

 

「うーん………賛成というか………」

 

 彼はバツが悪そうに頭を掻く。

 

「彼の準備が進んでしまっている以上、クーデターそのものは止められないと思う。必ず何かをキッカケとしてクーデターは起こってしまう。なら、せめて損害を少しでも軽減したい………って感じかな」

 

 彼はタバコに火をつけると、煙を吐く。

 

「提督は………何がキッカケになると考える?」

 

「そうだなぁ………」

 

「提督ー!」

 

 その時だ。摩耶が彼を呼ぶ。

 

「大洗の方の提督がご飯にしようだってさー!」

 

「今行くよー!」

 

 タバコを携帯灰皿にしまうと、長門とともに摩耶の方へ向かう。

 

「あ、そうだ。さっきの質問だけど」

 

 彼は長門の方には振り向かずに答えた。

 

「誰かがいなくなった時………かな」

 

 長門はその言葉を聞いて疑問に思う。

 

(誰かがいなくなった時?今、西では誰かが戦死することは日常的だが……どういう事だ?)

 

 答えが出ないまま、三人は食堂に着く。しかし、そこに大洗の提督の姿はなかった。いたのは間宮と、伊良湖、そして、

 

「あれ、建は?」

 

 彼はその場にいた大洗の秘書艦の電に聞く。

 

「司令官さんは不知火ちゃんとお話するらしいのです」

 

 彼女は首に巻いた黄色いスカーフを直しながら、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 大洗の提督である橋本建(はしもとけん)は一つの書類の束を手に、提督室にいた。

 

「なるほど。で、答えは?」

 

 書類を読み終えると不知火に聞く。その顔は期待に溢れていた。

 

「あなたは……[人間ではありませんね?]」

 

「いや、俺は人間だが?」

 

「すいません。正確に言います。[生物学上の人間]ではありませんね?」

 

 彼はその言葉に嬉しそうに答えた。

 

「正解!じゃあ俺は何でしょうか?」

 

「それについては情報不足ですが、おそらくは空想上の何かであると推察します」

 

「まあいいか。そのとおり。[吸血鬼とさとりと鵺]の血が俺には混じってる。おかげで病気と無縁さ」

 

 不知火はそれを聞いてもあまり驚かなかった。どちらかと言えば妖怪と呼ばれる存在であると言われた方が彼女にとっては納得できることが多かったからだ。

 

「吸血鬼と妖怪でいいのでは?」

 

「それは俺のポリシーに反する」

 

「………もう一つ。司令官、あなたは[イレギュラー]と呼ばれる存在ですね?」

 

 その言葉を聞いた建の顔が初めて一瞬だけ驚愕に変わる。

 

「………ああ。確かにそうだ」

 

「では………どうやって時空移動を?」

 

「そこまで知ってるか………すまんがそれは教えられん。だが、時空移動は正解だ」

 

 建はそう答えながらも思考を巡らせる。なぜなら、彼が用意した[ヒント]には[イレギュラーは混ざっていなかった]からだ。

 

 つまり、彼女は自分の用意したヒントの外からそれを見つけたことになる。

 

「………続けてくれ」

 

 しかし、彼はすぐには聞かなかった。知らなかったということを言いたくない訳ではなかった。どこまで自分の用意しなかった情報を持っているかを先に知ろうと思ったのだ。

 

「はい。司令官の目的は[艦娘の待遇の改善]、そして[艦娘にその判断を委ねること]ですね?」

 

「正解」

 

「これまでの行動もすべて艦娘に疑問をもたせるためですね?」

 

「そのとおり」

 

「では、何故?」

 

 建はそう聞かれて「ん?」と首を傾げた。

 

「何故とは?」

 

「あなたからしてみれば私達は赤の他人です。それも住んでいる時空すら違う、出会うはずのなかった存在です。こんなにも策を巡らせ、[自身の身を危うくして]まで私達を救う理由はなんですか?」

 

 彼はうーん、と唸ったあと、

 

「気に入らないから」

 

 と答えた。

 

「気に入らない?」

 

「そ。道具みたいに使われてんのに何も不満に思わない、生きてんのに人間と思われない、ふんぞり返ってブクブクなやつがいるのがムカつく、そんなもんさ。理由なんて」

 

「嘘ですね」

 

 彼女は建に詰め寄る。

 

「あなたがそんな[綺麗事]で動くはずがない。最後の一つはおそらく本当でしょうが、それ以外は後付。行動を始めた理由は他にありますね?」

 

「………なんだと思う?」

 

 不知火は考え始める。

 

「おそらくはあれ………いや、でもどうして………待って………もしかして……」

 

 そして、一つの答えを導き出した。

 

「電ちゃんが自分が元の世界に戻った後も酷い扱いを受けないようにですね?」

 

「まじか………」

 

 彼の驚愕は、正解を意味していた。

 

「なるほど。この鎮守府は元々お二人だけでしたから………」

 

「まあそういうこった。しっかし、よくそこまで調べ上げて考察したもんだな」

 

 不知火はそう言われ、少し胸を張る。

 

「当然です。あれだけの情報があれば余裕ですよ」

 

「異世界の存在と俺の異能からだけでよく分かったもんだ」

 

 彼にそう言われ、彼女は首を傾げる。

 

「イレギュラーの概要がはっきりありましたからそりゃ分かりますよ?それに電ちゃんと二人だけの時のデータだってあったじゃないですか」

 

 その言葉を聞いて建は勢いよく立ち上がる。

 

「その言葉、間違いないな?」

 

「は、はい」

 

 それを聞いた彼は不知火の手を引いて走り始めた。

 

「その情報は俺は用意してない!」

 

「なっ!?」

 

「誰かが介入しやがったって訳だ!」

 

 彼は途中で壁につけられた電話で電にそのことを伝える。

 

「それは………まずいのです!」

 

『すぐ地下に来い!緊急だ!マコトも連れてきてくれ!』

 

「は、はい!」

 

 電は電話を切ると長門たちの提督、マコトについてくるよう伝える。

 

「わかった。みんな、僕は少し離れる。それまでここで待機してて」

 

 彼はそう言って足早にその場を去った。

 

「なんかすげー慌ててたけど、何かあったのか?」

 

 摩耶が長門に聞くが、

 

「私にわかるわけ無いだろう」

 

 そう一蹴する。

 

「ただ、あの慌てよう、何かあったのは確かだ」

 

「………私達が知らなくていいのかよ」

 

「深海凄艦絡みでは無いのかもしれん。待機を命じられた以上そうするしかあるまい」

 

「けどよー………気にならないか?」

 

「………お前なぁ………」

 

 彼女は摩耶の言わんとしていることを理解していた。

 

 早い話が「こっそりついて行って話を聞こう」と言う事だ。

 

「そりゃ命令違反はまずいけどよ、言わなけりゃバレねぇって!」

 

 そして、彼女は一度思いつくと止まらない性格だと知っている彼女は仕方ない、と言って立ち上がる。

 

「いいか、トイレに行こうとして場所がわからなくなっただけだからな」

 

「おうよ!」

 

 彼女は笑顔でそう答える。

 

 彼女の思いつきを推奨し、何事もやってみろと教えた自らの提督に少し怒りを感じながら、長門はゆっくりと食堂を出た。

 

「………報告したほうがいいかしら………」

 

「大丈夫じゃない?緊急みたいですけど、あちらには地下のことは話してあるもの。でもお料理は完成しちゃってるのだけど……」

 

 厨房にずっといた間宮はそれよりも食事が冷めてしまうことを心配していた。

 

 

 大洗鎮守府の出撃ゲートには地下がある。そこは大洗鎮守府の人間とマコトたちの鎮守府の人間しか知らない空間であり、大洗鎮守府のセキュリティとある秘密を隠すのに使われていた。

 

「本当のようだね」

 

 マコトがその地下空間に置かれているパソコンの画面を見ながら言う。

 

「確かにイレギュラーについて書かれてやがる。イレギュラーを知っているのは俺とお前と電だけのはずだ」

 

「一応だけど僕たちじゃないよ」

 

「だろうな。このパソコンに俺たちに気付かれずに触れられていること自体がおかしいからな」

 

「では、これもでしょうか?」

 

 不知火はそう言ってパソコンをいじると、パスワードの入力画面になる。

 

「………いや、まさか」

 

「どうやって見つけたの?」

 

 マコトが彼女に聞くと、こう答えた。

 

「ここにある[ふぁいる]の奥の奥にあったこの[ぷろぐらむ]を起動しただけです」

 

 そのプログラムには[隠し扉]と名前が付けられていた。

 

「………」

 

 建はてきとうにキーボードを叩く。そして、エンターキーを押すと、画面には[覚悟はないと見た]と出てきた。

 

「間違いねぇ。[俺はそこからここにアクセスできるようにしてない]」

 

「アレのことまでバレてるってこと………か」

 

「ど、どうしますか………?なにか痕跡があれば………」

 

「相手の能力がわからない以上それを探すしかないか………」

 

「それで、これは何の暗号なのですか?」

 

 不知火のその問いに、三人が顔を見合わせる。

 

「いや、それは………」

 

 と、その時だ。

 

「おわああああああ!!??」

 

 入り口から声が聞こえた。と同時に摩耶が入り口の階段から落ちてきた。

 

「しっかり下を見て歩け………」

 

 長門がため息混じりに降りてくる。

 

「暗すぎんだよここ………っていうかバレてないよな!?」

 

「いや、目の前にいるからバレている」

 

 摩耶が前を向くと、そこにはため息をつくマコトがいた。

 

「待機って言ったはずだけど?」

 

「あー………いや………その………トイレに行ったら迷っちまって………」

 

「出撃ゲートに迷い込むほど方向音痴じゃないでしょ」

 

「はい………」

 

 彼女は俯いて消え入るような声で返事をする。

 

「で、なんで来たの?」

 

「………私達だけ蚊帳の外ってのは納得いかねぇよ。提督の変わってる部分も知ってるけどさ………だからといって知らないままってのも嫌なんだよ。なあ、教えてくれよ。それともアタシたちにも話せないことなのか?」

 

 マコトはそれを聞いて建の方を見る。

 

 建ははぁ、と息を吐くと、長門の方を見る。

 

「あんたも同じか?」

 

 長門はそう問われて頷く。

 

「隠し事を滅多にしない俺たちが隠していることでもか?」

 

「だからこそ………というのはある」

 

 彼はそれを聞くと、今度はマコトの方を見る。

 

「お前から見てどう思う?不知火は大丈夫だと俺は思ってる」

 

「………多分、大丈夫だと思う。摩耶は少し不安だけど………」

 

「な、なんだよ………そんなに重い話なのか………?」

 

 彼らはそれに答えず、パソコンにパスワードを打ち込む。

 

 すると、壁の一部がスライドし、新たな道ができる。

 

「まだ隠し部屋があったのですか………!?」

 

「三人とも約束しろ。ここで見たことを響と初春を含めて誰にも言わない事を」

 

 その声は低く、真剣なものであった。

 

「………わかりました」

 

「お、おう………」

 

「約束しよう」

 

「なら、入れ」

 

 全員が中に入ると、扉が閉まる。

 

 建が明かりをつけると、その部屋にあるのは一つ、灰色の人形だけだった。

 

「人形………?これが隠さなくてはならない物ですか………?」

 

「ああ。これは隠さなくてはならないものだ。なぜなら………」

 

 彼は人形の肩に手を置くと、こう続けた。

 

 

「こいつは自立思考人形、通称艦娘だからだ」

 

 

「………え?」

 

 信じられない、といったように不知火が声を出す。

 

「こいつに水雷魂を定着させる。それによって艦娘は疑似皮膚と艦艇の記憶を持った女性として動けるようになる。つまり」

 

 彼は不知火を指さして言う。

 

「お前の元はこれだ。そして俺が艦娘を人間だと言い続ける理由だ」

 

「ま、待ってくれよ!」

 

 摩耶が声を荒げる。

 

「それが艦娘………私達だって………証拠はあるのかよ!?そんな話しされても信じられないぞ!」

 

「電」

 

「………はい」

 

 建はそれに答えず、電を呼ぶ。そして、彼女が首に巻いているスカーフを外す。

 

「みなさん、私のうなじを見ていただけますか?」

 

「うなじ?」

 

 電が後ろを向くと、全員がそのうなじを見る。

 

「これは………!?」

 

 彼女のうなじの一部が灰色に染まっていた。

 

 いや、違う。染まっているのではない。そこだけ皮膚が剥がれているのだ。

 

「電は………轟沈しかけたことがある」

 

「っ!?」

 

 轟沈を何よりも嫌っていた彼からでたその言葉に、不知火は驚きを隠せなかった。

 

「しかも一度じゃない。二度だ。二度とも助けることができたが、そこの皮膚が剥がれたままになった。その時俺たちは既に艦娘の元が人形であることは知っていた」

 

「ですが、自分を普通の人間だと思っている私達にはこの事実は重すぎる、私達はそう結論づけました。なので、隠すことにしたのです。本当にこの事を話せる人にだけ話すために」

 

 二人の言葉に、不知火たちはただ、信じるしかなかった。目の前にある人形と、目の前にいる証拠、それらから導き出されるそれは三人に深い衝撃を残した。

 

「こいつは元深海凄艦だ。沈めたやつを引っ張り上げたんだ。ただ、これ一つしかねぇから実験はまだだ」

 

「実験……?」

 

 不穏な言葉に不知火の目つきが鋭くなる。

 

「安心しろ。轟沈した水雷魂を回収して人形に定着させたら同じ記憶を持った艦娘になるかどうかの実験だ」

 

「なっ……!?」

 

「とはいえ、残念なことに水雷魂がよく分かってない。だからそれは頓挫してる」

 

 不知火にとってはある意味希望であった。もし、それが可能ならば、彼女を生き返らせることができるのかもしれない………

 

「ま、少なくとも不知火の考えてることは無理だがな」

 

 彼は最後にそう続けた。

 

「………何故ですか」

 

「お前に殺せるのか?今水雷魂は彼女が持っているんだ」

 

「それは………」

 

「それに今もう彼女には違う記憶がある。今の記憶の彼女になるだけだ」

 

 不知火はその言葉に唇を噛む。彼の言っていることは理解できる。何より、成功するともわからないのだ。そう返ってくるのは当たり前だった。

 

「本当………なのかよ……」

 

 麻耶が呟く。

 

「信じられないか?」

 

「あったりまえだろ!私はずっと人間として生きてきたんだ!それがいきなりそう言われて、信じられるわけ無いだろ!」

 

 彼女はそう叫ぶ。

 

 誰だって自分を否定されるような事実を受け入れることはできないのだ。

 

「俺達はそれでも艦娘は人間だと思っている。なんせ……」

 

「そんな言葉はいいんだよ!アンタがどんだけ言葉を重ねてもその事実は変わらねぇんだ!分かってんだろ!?」

 

「確かに。だからといって俺は艦娘が人間だという評価は変えないがな」

 

「わけわかんねぇよ……!」

 

「分からない方がいい。人でないものの言葉なんかはな」

 

 それはまるで自分が[人]ではないかのような言い方だった。

 

「………一つだけ、聞かせてくれないか?」

 

 長門は建自身もわかっていないのではないかと考え、それでも聞きたいことだけを聞くことにした。

 

「提督は……それの研究をして、どうするつもりなのだ?」

 

「というと?」

 

「艦娘……の素体、と言えばいいのか?それの特性を明らかにして、それをどうするつもりなのだ?」

 

 その問いに、彼はあっけらかんと答える。

 

「別に。知りたいから調べる、ただそれだけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、長門達は帰路についていた。マコトの運転する車の中で、誰も口を開かなかった。

 

 未だに地下で見たものはその頭から離れることはなく、何度も思い返されていた。

 

「やっぱり気になるかい?」

 

 マコトはそんな長門を見て話しかける。

 

「ならないといえば嘘になる。だが、考えてみれば納得もいく。私は艦娘が血を流したところを見たことがない。涙はあるがな……」

 

「それは同意見だね。僕もそれは気になっていた。あれを見て納得したけどね」

 

「だが、それならば疑問も出る」

 

「それは?」

 

「どちらが先か、という話だ」

 

 長門は目を閉じる。

 

 艦娘は矛とも見れる。深海棲艦と戦うために前線に出て戦う矛。

 

 艦娘は盾とも見れる。深海棲艦から守るために前線で食い止める盾。

 

 もし、艦娘が矛ならば深海棲艦が盾になる。ならば深海棲艦が守るものは何か?

 

 もし、艦娘が盾ならば深海棲艦が矛となる。ならば深海棲艦はどこから攻めてきているのか?

 

 深海棲艦は艦娘「の」対抗策なのか、艦娘「が」対抗策なのか、自らの存在意義はそこにあるのでないか?

 

「……私は過去も、今も日本国のために戦う。それは変わりない。だが、深海棲艦の在り方がわかったのなら、それは、戦いを終わらせるための道標になるかもしれない……そう思っただけだ」

 

「なるほどね……摩耶、君はどう思った?」

 

 後部座席に座る摩耶に彼は問いかける。

 

「……やっぱりわかんねえ」

 

 彼女は窓の外から視線を外さずに答えた。

 

「私は自分が生きた人間だと思ってる。今だってあれが嘘で私は人間だと思ってる。でも、状況だけ見ればあれが本当だとは思う。……その違いがやっぱり私には受け入れられねえ」

 

「そうか……」

 

「でも、それでも一つだけわかることはある」

 

摩耶はパン、と自分の頬を叩いた。

 

「私は深海棲艦を倒すためにいるんだ。なら、私が何だとか、どうするかなんてものはそれから考える。いつまでもくよくよしてても仕方ないしな!」

 

 摩耶のその言葉にマコトは吹き出す。

 

「なんだよ!笑うことないだろ!」

 

「ごめんよ。いや、摩耶らしいと思ってさ」

 

 マコトは彼女たちが彼女たちなりの答えに行き着いたことが嬉しかった。

 

 そして、大丈夫だろうと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大洗の海岸線。そこには二人の人影があった。

 

「お前だろあれやったの」

 

 建は隣にいる男にそう言う。

 

「根拠は?」

 

 男は山高帽を直しながらそう聞き返す。

 

「うちのシステムに一切引っかからなかったこと、気配がしなかったこと、そして妖精たちが何かを隠していたこと。まだ必要か?」

 

「いえ。結構です。確かに彼女に情報を教えたのは私ですよ。」

 

「なぜ教えた?」

 

「あなたたちだけ全て知っているのはズルくないですか?」

 

「だからヒントを仕込んだ」

 

「ええ。不知火ちゃんならばたどり着けると信じて」

 

 二人の間に静寂が流れる。

 

 建の顔には不満……いや、不服が見て取れた。

 

「まあいいや。どうせもうすぐだからな」

 

「え?どういう?」

 

 その言葉に男は驚いて聞く。

 

「休暇の終わりさ」

 

「………っ!では!」

 

 男が初めて焦りを見せた。

 

「ああ。来たんだよ。決断の時がな。俺とマコトがいなくなり、先導する者も守るものもいなくなる。果たしてあいつらはどうするかね?」

 

「もしそれで反乱でも起こしたら……!」

 

「それはあいつらが選んだ道だ。俺のせいじゃない。それに、お前もそれを望んでいるのだろう?」

 

 そう言われ男は言葉に詰まる。

 

「それは……」

 

「本人が望んでいることが重要なんだ。俺なんかが勝手にあいつらはこう思っているに違いないなんて言っても説得力はねえ。あいつら自身の声が必要だ。助力する者はそこに気をつけなくちゃいけない」

 

 彼は鎮守府へと歩を進める。

 

「明日かどうかはわからないが、あいつらの選択を見届けようぜ?[大和]さんよ」

 

 彼が去った後の海岸線、男の姿にノイズが走ると、その姿はポニーテールの女性に変化する。

 

「……確かに、あの子達を救うことを望んだのは私……これで救われるのも確か……どうか平和な解決になることを……」

 

 その声は波にかき消え、誰かの耳に入ることはなかった。




長門・摩耶 来る日のために自問自答し、自分たちのするべきことを見つけようとする

大和? ノイズとともに現れノイズとともに消える。その姿は不安定であり、存在を知るものは二人だけである
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