案内をする彼女だが、その時轟音が響く。
駆逐艦時雨、彼女は山口県のある鎮守府に着任した。
しかし、その少し後、深海棲艦の強襲により、彼女らは東への退避を余儀なくされてしまった。
主力部隊が出払っている時を狙われ、彼女と残った艦娘では時間稼ぎをするのがやっとであった。
その後、帰ってきた主力部隊によって深海棲艦は退けられたが、それはすでに広島県までを壊滅させられた後だった。
艦娘の少なかった当時だからこそあったことだった。
その後、呉も落とされ、彼女たちは舞鶴まで前線を下げられていた。
彼女は今、避難所へと来ていた。本来ならば外へと出てはいけなかったが、こっそりと抜け出してきたのだ。
そこまでして彼女が来たかった場所、それは……
「………こんなに………」
目の前にあるのは老若男女様々な顔写真と、[探しています]の文字だった。
避難所入り口の横にずらりと伸びたそれは、あの時から増えるばかりであった。
すでに兵庫県まで攻め入られ、撤退戦の多かった彼女にとって、その現実は重くのしかかった。
「おや、珍しいね」
「あっ………」
時雨に声をかけたのは一人の老婆だった。
「夜中になってまで、探してる人がいるのかい?」
「あ、えと………はい………」
「そうかい。私もね、ずっとおじいさんを探してるんだよ」
老婆が手をかけたのは老爺の写真の貼られた紙だった。
「島根にいた頃から探してるんだけどねぇ………無事だと良いのだけど………」
「っ………!」
時雨は体をこわばらせた。
守れなかったものの重み、それを直に感じたのだ。
「………生きてますよきっと」
絞り出すようにそう答える。
すると、老婆は驚いた声を出す。
「そんなこと言ってくれる人は初めてだよ。みんなもう帰ってこないだのなんだのって、そんな簡単に諦めきれるかいってものよ」
「そうですね………」
ぎゅっと、拳を握りしめる。
その日、彼女はいつも以上に訓練に励んだ。もう張り紙を、あんな思いをする人を増やしたくない、そう思ったのだ。
「はぁ………はぁ………」
その日も彼女は訓練に励んでいた。
寝る間も惜しみ、その時間を訓練に当てていたが、それでは足りないと感じていた。現に彼女の勝率は悪かった。
(もっと強くならないと………!)
訓練内容をランニングへと変えた時だ。
「提督!?」
「訓練に励んでいるようで何よりだ」
そこに自らの提督である松本博行が現れる。すぐに足を止め、敬礼する。
「ちょうどよかった。客人の案内をしてくれないか?実はこの後用事があってな、なに鎮守府の案内をしてあとは訓練風景を見てもらえばいいだけだ」
確かに、彼の後ろには二人の人物がいる。
一人は男。提督服に身を包み、右側に髪の毛がはねている。
もう一人は艦娘。服装からして暁や雷と同じ艦種なのだろうと予測できた。首に巻かれた黄色のスカーフが目に止まる。
「はい。わかりました」
「くれぐれも失礼の無いようにな」
そう言って彼は去っていく。
時雨は二人に対して敬礼する。
「僕は時雨。よろしくお願いします」
「よろしく。大洗鎮守府所属の橋本建だ」
「同じく、電です」
「よろしくお願いします。えっと……橋本提督は、もしかして……」
「ああ。[特殊一般人]だ」
「なんとなく提督と違う気がしたけど、やっぱりそうなんだね」
特殊一般人は近年増えた艦娘たちを統率するための[人材確保]のために公募され、提督となったものに付けられる肩書だ。
「それじゃあ案内するね。まずは……」
「あー、それなんだが、ちょっとお願いしたいことがある」
案内を始めようとした時雨を彼は呼び止める。
「お願い?」
「えっとだな……西での戦闘の歴史が知りたいんだ」
「戦歴ってこと?」
「最近着任したばかりだからな。どんな戦闘があったかは知っておきたいんだ」
「……わかった。資料室はこっちだよ」
三人は鎮守府内の資料室へとやってくる。そこにはこれまでのこの鎮守府の戦闘記録だけではなく、他の鎮守府の戦歴もできる限り収集していた。
「へぇ、いろんな場所のもあるんだな」
「うん。提督が他の場所で起きた戦闘に関しても収集すれば深海棲艦の襲う傾向がわかるかもしれないからって」
「なるほど。ん?これは……」
建が見つけたのは深海棲艦の大規模侵攻の資料だった。
「あっ……それは……」
時雨は慌ててそれを取ろうとするが、それよりも早く、彼に取られてしまう。
「………佐世保壊滅から呉までの避難……今の状況になるきっかけ……か」
「………うん。元々は佐世保鎮守府で深海棲艦の進行は止められていたんだ。でも、主力艦隊が遠洋の敵泊地を強襲しに出撃した後、深海棲艦の本隊が襲ってきたんだ」
「みたいだな。これはまた運のないこって」
「そう……だね。僕たちがしっかりしていればこんなことにはならなかったのに……」
時雨はうつむき、唇を噛む。
「……俺はそう思えんがな」
「え?」
「おそらくこれは戦力が薄い時を狙われてんだ。簡単に言えばあんたがしっかりしても、どこかのタイミングで同じ結果になってただろうな。早いか遅いかの違いでしかない」
彼はいくつかの書類を並べていく。それは大規模侵攻の資料とそれが起こる少し前の作戦の資料だった。
「見ろ。どれも敵泊地、または異常海域発見後に起こっている」
「ほんとだ……」
「これ、確実に情報が流れていませんか?」
電の問いに彼は頷く。
「十中八九。問題はどこから漏れたかだ。……って言ってもだいたい検討はついてる」
「えっ!?」
時雨は驚いて彼を見る。
「この事実を知ってる人間だろうな。それよりも、気になるのはこっち」
彼が示したのは敵泊地発見の報告書だった。
「これがどうかしたのですか?」
「撤退した敵追いかけたら泊地見つけましたってアホか。んなもん誘い込みだろ。その証拠にそこへの侵攻時を狙われてるしな。しかも資料によりゃ三回も同じ作戦食らってやがる」
「佐世保から宿毛湾への撤退、宿毛湾から呉、そして呉から舞鶴への合計三回……」
「流石に、これは変だね……」
これではまるで敵の罠にハマりに行っているようなものであった。
「でもどうして誰も気が付かないの?」
「気付いてるさ」
「え?」
「気付いているのが現場だけなのが問題なんだ。」
彼はそれより前の資料をいくつか取り出す。
「見ろ。何度か編成のやり直しを要求されてるだろ?」
「本当だ……。二回目に組んである編成、戦艦や重巡、空母の割合が高くなってるね」
「そもそもうち以外の[鎮守府]は基本的にいくつかの小さな拠点の総称だ。その全部がこんなに出す必要もないだろ」
「まるでわざと守りを薄くしてるようにも見えるのです」
「そうとは思いたくないな」
彼はそう言って書類をまとめ直す。
「けど、これだけ見ると予想通りかなぁ」
「え?」
「そうですね。ここまでとは思いませんでしたが……」
二人はため息をつきながら書類を戻していく。
「よ、予想通りって……?」
時雨が恐る恐る聞くと、彼らは答える。
「いや、やけにジリ貧な今の状況と、あのクソ野郎の態度とその他の書類見りゃなんとなく上が何も理解してないとは思ってたさ」
「それでも実物を見るまでは仮説でしかなかったのです。今回のこれで確信となりましたが……」
「え、じゃあ二人の目的は……」
「あいつには鎮守府を見たいって言ったけど本命はこっち。どっから情報流れるかわからんからな」
出していた書類がなくなった頃に二人は立ち上がる。
「あ、なあ時雨」
「な、なんだい?」
「今この鎮守府って他に艦娘いないのか?」
彼は周りを見渡す。この鎮守府に来てから数時間が経っているが、人の気配のしないことに彼は疑問を持っていた。
「あ、うん。今は僕と朝雲、それから山雲だけだよ」
「……あれ?でも確かここには戦艦や航空巡洋艦の着任報告がありましたよね?」
「みんなは今作戦に出てるんだ。確か深海棲艦の掃討……」
そこまで言ったところで全員が目を見開く。
「「「まさか!!」」」
海を見ようと窓の方に駆け出そうとする時雨を、彼は強引に引っ張り、自分ごと地面に倒す。電も同様に窓と自らの間に遮蔽物があるように横に飛ぶ。
刹那、轟音とともに窓が割れる。
「っ!」
ガラス片が地面に落ちたのを確認してから、電は窓の端からゆっくりと外を伺う。
「ビンゴです……深海棲艦です!」
時雨も急いで窓の外を確認すると、たしかにそこには深海棲艦の群れがいた。
「確認できるのは軽巡と駆逐艦だけ……でも、今は提督が……!」
指揮を取る人物がいない今、彼女たちをまとめられる人物は一人しかいなかった。
「委託の連絡は事後でいいよな?」
建は立ち上がると、そう言う。
「お願いでき……!!」
時雨は彼の背中を見て、息を呑む。そこには無数に刺さったガラス片があったのだ。
自分を庇って怪我をしたであろうことはすぐに想像できた。
「橋本提督!血が…!」
「応急処置くらい自分でできる。それより本当に軽巡と駆逐だけなんだな?」
彼は振り返らずに聞く。
その姿に彼女は拳を握りしめる。
(また……守らないといけない人を守れなかった……それどころか怪我までさせてしまった……!)
「目視でできる範囲ではですが。50kmほど離れた場所に岩場があるのです。そこに何もいなければおそらくはそれだけのはずなのです」
「わかった。時雨、この鎮守府の艦娘全員に艤装装着と出撃準備を通達。電とともに深海棲艦を倒し、撤退させよ。殲滅ではなく撤退が条件だ」
「了解です。時雨ちゃん、行きましょう!出撃ゲートの場所を教えてください!」
「え、あ……」
彼女は電に連れられるままに外へと飛び出す。
「………いってて……」
一人残った彼は背中に手を回す。
「あーもう、佐々部の野郎ぜってえ引きずり落としてやっからなクソが……。瑞鳳から急に西の提督呼びつけたなんて話聞かなかったらどうなっていたやら……。いって!」
ガラス片を抜いた時の痛みに彼は悪態をつく。
「とにかく……あの時雨って子は助けねぇとな……ったく、俺みたいな目をしやがって……」
そう言って歩き出す彼の後ろに、血が落ちることはなかった。
「ま、待ってよ電!」
引っ張られる腕を時雨は振りほどく。
「そうも言ってられないのです。一刻を争う時なのです!」
そういう彼女の目は真剣だった。
「それはわかってるよ!ども、そうじゃなくて、電はいいの!?」
「何がですか?」
「提督のことだよ!あんなに怪我をしているっていうのになんとも思わないの!?」
「司令官さんなら大丈夫なのです。今頃傷をふさがって……」
「心配じゃないのかい!?例えそうだとしても、目の前で誰かが傷つくのを見て、なんでそんな平気でいられるの!?」
その言葉に電は目を見開く。
「それは……」
彼女はその場で目を瞑り、そして、はっとする。
「そうですね……私は少し慣れてしまっていたかもしれないのです。あの人なら大丈夫だからと、慣れが来てしまっていたのです」
彼女は息を吐くと、頬を叩く。
「司令官さんを守るためにも、これ以上傷つけさせないのです!」
「………」
(あれ?思ってたのと違う展開になってる……?)
「心配だから戻る」、そうなると思っていた彼女にとって電の言葉は予想外だった。
「時雨さん。心配してくれてありがとうなのです。でも、これが私と司令官さんなのです。お互いを理解し合っているからこそ、心配がいらないこともわかっているのです。たしかに慣れが来ている部分もありますが、心配していないわけではありませんから」
彼女はそう言って出撃ゲートへ走る。
「理解し合っているからこそ……」
時雨は自らの手を見る。
(……でも僕はやっぱり心配なんだ……!)
彼女は建のいるはずの提督室に向かって走る。
彼女たちは気付かなかった。少し離れた茂みの裏を通った影があったことに。
建は提督室の電話で自らの鎮守府に連絡をとっていた。
「あいつに連絡は?……だろうな。何させてんのかわからんがおそらく夜までは通じないはずだ。一応かけ続けてくれ。異常が発生して連絡が取れなかったという証拠にはなるだろ」
電話口から何かを叩く音が聞こえると、彼は任せたと言って電話を切った。
「さてと……状況把握からか」
彼はインカムを着ける。通信先は電だ。
「どうだ?」
『敵は水雷戦隊のようです。軽巡洋艦、駆逐艦しか見えないのです。追撃部隊は見えず。なのです』
「水雷戦隊だけ?空母も戦艦もなしか?」
『はい。本進行ではないかもしれません。それから、時雨ちゃんの姿が見えないのです。もしかしたらそちらに行くかもしれないのです。司令官さんのことを心配していたようですから』
「まじか。ま、わかった。そっちは任せるぞ」
『了解です。司令官さんの手を借りることにならないことを願うのです』
彼はため息をついてから窓の縁から外を眺める。
「確かにそれしか見えねぇな……だが状況としては過小戦力。なんだこの違和感は…?」
その時、提督室の扉が勢いよく開かれる。
「提督!」
「時雨か。心配は無用といったはずだぞ」
「あんな怪我をして何言ってるのさ!四季も大切だけどまずは安静に……」
『ソーソー!アンセイニシナイトネェ!』
カチャリ、という音とともに時雨の後頭部に砲塔が突きつけられる。
「え……?」
「なるほど。外は陽動か」
『ソノトオリサ。マンマトヒッカカッテクレテウレシイヨ!』
「その姿……たしか戦艦のレ級だな」
そう言って深海棲艦、レ級は笑う。
『ヘェ?シッテルンダ。マアイイヤ!サッサトカンムスヲテッタイサセテモラオウカ?コノコヲコロサレタクナカッタラサ!』
時雨につきつけている砲塔をもう一度鳴らす。
「っ……!」
時雨は歯ぎしりをする。
戻ってきたことで建とレ級が二人だけになることはなくなった。もし二人だけだったならば、彼は為す術無く殺されていたかもしれない。
自分がいたからこそ、それは避けられた。しかし、自分がいるために、今彼は隙を見て逃げることすら出来なくなっているのだ。
(僕のせいで……橋本提督は逃げられない……この人は私を見捨てるようなことはきっとしない……できるならもうしているはずだから。それでも……せめて提督には……!)
「提督逃げ……!?」
そう言おうとした彼女は目を見開く。
何故なら、
『……ナンノツモリカナ?』
「なんだと思う?」
彼は両手を軽く広げ、まるで俺を撃て、と言っているようだった。
「ま、先延ばししても意味はないから言ってやろう。お前、撃てないだろ?」
『ナニ……?』
「お前が撃てば俺はお前の言うことを聞く理由が無くなる。牽制というのは行動しないから牽制なのさ。そうだろう?」
『ヘェ、ジャアキミノセイデカノジョハシヌコトニナルケドイインダネ?』
その言葉に彼は首を傾げた。
「ずっと思っていたんだが、なんでこういう時俺のような奴のせいになるんだ?」
『ハ……?』
レ級は目を丸くする。こいつは何を言っているんだと。
「だってそうだろ?主砲を構えているのも、引き金を引くのも、俺じゃない。お前が構えて、お前が撃つんだ。なんで俺のせいになる?」
『オマエガコチラノヨウキュウヲ……!』
「それでどうして俺のせいになる?たしかに俺は開放しろともなんとも言ってないから俺の意向が無視されてるなんては言えないさ。けど、言ったとしてお前は開放するか?しないだろう?お前が拒否をしているんだ。なら俺の意思も、行動も、何一つ関係のないお前の行動に、なぜ俺が責任を負わなければならない?」
詭弁だ、時雨にはそれがわかっていた。どんなに言葉を重ねようとも、そこには[彼が従わなかったから]という関与が存在している。そこを突かれれば関係ないとは言えないだろう。
「ああ、一応言っとくが、お前が人質を取ることをしなければこの状況は生まれてない。人質を取ることを決めたのもお前だからな。人質を取って相手に言うことを聞かせるという選択から全てお前の責任だ。俺にそれを押し付けるな」
『……………ツクネ』
時雨はそこで初めて気付く。レ級が怒りの表情で彼を睨んでいることに。
『ムカツクネオマエ……!タニンヲナントモオモッテイナイオマエノヨウナヤツガ!ワタシハキライナンダヨ!』
レ級は時雨を突き飛ばすと、その尻尾を建に向ける。
「深海棲艦にも好き嫌いの感情があるとはな。良い事を教えてもらった」
『シネッ!!』
爆発音とともに彼の姿は黒煙の中に消える。
「橋本提督…!」
爆風に顔を逸らした彼女は何かがぶつかる感覚とともに廊下へと飛び出した。さらにそのまま提督室から離れたところでその体は止まる。
「え……?」
爆風に飛ばされたにしては複雑なその動きに、彼女は目を開く。
「な、何で……!?」
そこにいたのは彼女を抱えた建だった。
「甘いねぇ。そんなだから人質をすぐに助けられちまうんだよ」
『ンナッ…!?』
彼は時雨を下ろすと、その前に立つ。
「決めた。もういいや。個人的にムカついたからお前、殺すわ」
彼はそう言って腰に手を当てると、そこに冷気が集まっていく。
「時雨、今から見るもの全部他言禁止な。ここの提督にもな」
「な、何を……?」
冷気は氷となり、彼の腰に一本のベルトを作り出す。
そして、ベルトの右腰部分から緑色の箱を取り外し、左腰の白いケースから取り出したカードをそれに挿し込む。
『Absolute!』
彼を中心として冷気が迸る。時雨はその寒さに体を震えさせる。
「変身」
緑色の箱をベルトの正面にセットする。
『Zero form!』
機械音とともに彼の体は氷に覆われる。その氷は徐々に形を作り、全身の氷が砕けた時、そこにいたのは緑のアーマーに見を包んだ何かだった。
「何……これ……?」
驚愕する時雨を他所に、彼は一歩、レ級に近付く。
「セルシ……違った。氷麗型特殊工作艦一番艦氷麗。俺の前に立ち塞がったことを後悔しろ」
そう名乗ると、彼、氷麗はゆっくりとまた歩を進める。
『ナンナンダヨオマエ……カンムスナノカ!?』
「違うさ。俺は水雷魂なんて持ってないからな」
『クッ……クソガッ!タカガニンゲンニナニガデキル!』
レ級は砲塔を回転させ、氷麗めがけて撃つ。
「ふん」
しかし、彼の少し前で砲弾は爆発し、爆風も彼を避けるように広がる。
『ナニ!?』
「ふむ、戦艦レベルでもこれか。姫や鬼とやらも期待はずれになりそうだな」
氷麗は新たなカードを取り出すと、先程変身に使った緑の箱にそれを入れる。
『Zero Strike!』
「じゃ、お前の力はよくわかったんでな。さようなら」
レ級が反応するより早く距離を詰めた氷麗の蹴りがレ級に突き刺さる。
『ガッ……』
レ級の体は蹴られた部分を中心に凍っていく。完全に凍りつくと同時に地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「ったく、深海棲艦の評価は見直すべきだな」
彼は変身を解くと、時雨に近づく。
「無事か?」
時雨が驚いたまま彼を見ていると、彼はため息とともに頭をかく。
「あーまあ無事だよな。さて外は…」
「司令官さん!」
階段を駆け上がってきたのは電だった。
「電?外は終わったのか?」
「撤退してますよ。おそらくはレ級がやられたからかと」
「あれ、俺レ級について言ったっけ?」
「インカムつけっぱなしですよ」
「あっ……じゃあバレてる?」
「混乱させるから変身は極力しない……でしたよね?」
「今回は仕方ないだろ。時雨の練度がわからない以上戦艦相手に勝てるかわからないんだから」
「まあそうですが」
彼女は凍りついたままのレ級を持ち上げる。
「とりあえずレ級は鹵獲しておくのです」
「ああ。あそこに頼む」
「わかりました。では私は先に大洗に戻っていますね」
「ああ。俺も話が終わったら戻る」
電がいなくなってから、彼は提督室へと戻っていく。
呆気にとられている彼女をその場に残して。
「あ!時雨!ここにいたのね!」
帰投した朝雲が彼女に駆け寄る。
「もう!どうしたのよ!姿が見えないから心配したのよ!」
「あ、えと……ごめん。ちょっと……ね」
「そういえば司令官は?」
「あ、えと……さっき提督室に……」
そう言って彼女は思い出す。提督室はレ級によって砲撃されているため、中は荒れているであろうことを。
「それより、無傷なら哨戒お願いしてもいい?さっきので中破してるからできれば出たくないのよ」
「え、あ、うん。わかった。任せて」
「それじゃお願いね」
朝雲はそう言ってドックへと向かった。
時雨は提督室が気になり、様子を見てから行こうと思い、扉に手をかけた。
「提督……部屋、大丈……夫………?」
しかし、開いたところでその動きは止まる。
「不思議だろ?無傷なの」
提督室の中はレ級が来る前と何一つ変わっていなかった。彼は来客用の椅子に寝転がり、リラックスしている様子だった。
「とりあえず敵がいないか哨戒してきてくれ。積もる話はそれからだ」
「あ、う、うん……」
呆気にとられながらも、そう言われてしまい、彼女は哨戒に出る。
道中でバイクの発進音が聞こえたが、誰が乗っていたかはわからなかった。
「本当に申し訳ない」
「あんたのせいじゃないから謝る必要はない」
夕刻の提督室、松本は建に頭を下げる。
「すまない……君が来てくれなかったらどうなっていたか……」
「そこは寛容で助かったと思ってる。ただ、あんたはハメられただけだ。気にするな」
「ハメられた…?」
建は資料を彼に見せる。そこには暗号文書が書かれていた。
「待て……これは旧日本海軍で使われていた暗号文じゃないか…!?」
「ちなみにそれが発信されたのは大本営からだ。内容は見ての通りさ」
「………今日の強襲作戦の……」
「新日本海軍では独自の暗号が使われている。そして、深海棲艦が旧日本海軍の暗号を利用していることは知っているよな?」
「……まさか……内通者…!?」
「当たらずも遠からず……かな。向こうと繋がってるわけではなく、勝手にやっている感じだろう。現に何かしらの暗号が帰ってきた事はないみたいだ」
「だが何故……?そんなことをすれば日本が壊滅するだけだぞ……?」
「日本嫌いの日本人ってのもいるんじゃねえの。そこまではわからん」
彼はやれやれといった感じで頭を振る。
しばらく資料を見ていた松本はそれを置くと、窓際に行く。
「……君は私のことをどこまで知っている?」
「どうした?藪から棒に」
「上官から君が危険だと聞いた。だが、実際に君と話した限りはそんな感じは一切なかった。ならば情報ではないかと思ってな」
「なるほど。そうだな……松本博行、新日本海軍所属の提督にして[今となっては珍しい元海上自衛隊]。所属艦娘は時雨、朝雲、山雲、満潮、最上、扶桑、山城。食事、休息、訓練は自衛隊時代のものを採用しているおかげで艦娘たちはのびのびとしている。さて、ここからはやめておこう。俺が何を持っていないかバレるからな」
松本はその言葉に目を見開く。
「そこまで調べていたのか……艦隊の運用方法まで知っているとはな……なるほど。その情報収集能力を恐れられている可能性はある……か」
彼はそう呟いてから建の前に座る。
「……君は今の現状をどう思う?」
「どれについてだ?深海棲艦との戦いの状況か?今の新日本海軍の状況か?」
「両方だ」
その問いに建は少し考えてから答える。
「深海棲艦との戦いは芳しくない。勝った戦も多いが、負けた戦も同じくらいある。そして、勝った戦の裏に負けもある。それも入れれば実質負けだな」
「……もう一つについては?」
「クソだな。戦争中もそうだった?バカも休み休みにしてほしいもんだ。戦う者を疲弊させ、捨て駒のように使うなんてアホかとしか。硫黄島がどうとか言われても負けた側のやり方を真似してどうするとしか思えねぇな」
「そうか……それを聞いて安心した」
彼は真っ直ぐに建を見る。
「私も同感だ。今の新日本海軍のやり方ではおそらくこの戦いには勝てない。日本の人々を守ることはできないだろう。私は提督であるが、やはり心は自衛隊員なんだ。この国を守りたい、その気持ちだけは変わらない」
「………」
「だが、同時に私が動けない理由でもある。そこでだ。頼む。私の代わりに新日本海軍を変えてほしい」
「具体的な目標は?」
「艦娘の待遇改善……それと鎮守府の運用方法もだな。今は憲兵すらいない。せめてそれは必要なことだろう」
「ふむ……それくらいならできそうだな。わかった。引き受けよう」
「ありがとう……」
松本はもう一度頭を下げる。
「もう……時雨のように思いつめてしまいそうになる艦娘は見たくないんだ……」
「時雨のように?」
「ああ。彼女は何日かに一度、避難所に行くんだ。そこで行方不明者の捜索版を見ているんだ。……これまでの侵攻時、彼女は最も国民の近くにいた。もっと強ければと悔やんでいることはわかっている。だからこそ私としても彼女を応援したいんだ」
「………」
建は思い出す。資料室で自分が傷ついているのを見た時、彼女は拳を握りしめていた。
深海棲艦を倒すことよりも自分の心配をして戻ってきていた。
守れなかった故に守りたかった、その気持ちは彼が誰よりもわかっていた。
「そうか……そりゃ救わねえとな」
「ああ……」
その時、扉がノックされる。
「入れ」
「提督、哨戒完了したよ。敵影は無し。完全に撤退したようだよ」
時雨が帰投し、結果を報告した。
「そうか。ご苦労だったな。ゆっくりと……」
「あ、えと……橋本提督、その……」
彼女は建に話しかけようとするが、彼はそれに被せるように言う。
「ああ、そうだ松本提督。彼女の話だとこの鎮守府の資料室に砲弾が直撃したらしいんだ。資料が足りてるか確認してくれないか?」
「む?それはまずいな……すぐ確認してくる」
彼が出ていったのを確認してから、彼は時雨に視線を向ける。
「何から聞きたい?」
「………じゃああの力についてかな」
「ただのパワードスーツ……強化外装さ。ま、威力は見てのとおりだな」
「なら、どうして橋本提督は戦わないんだい?」
「不思議か?」
「うん」
「ま、たしかに俺が戦えばすぐに深海棲艦を壊滅させることはできるかもな。流石に数で来られると苦戦はするだろうが」
彼は立ち上がると、窓を開き、そこによりかかる。
「だが、それじゃあ意味がねえ」
「意味……?」
「そう。艦娘の意味がな。[この世界では]艦娘が深海棲艦と戦い、その侵攻を止めるというのが普通なんだ。俺はそれで言えばイレギュラー。俺が戦いそのものに介入することは許されないし、基本は介入しちゃいけないのさ」
「でも提督は僕たちを……」
「助けたさ。だがそれは俺があいつを気に入らなかったからだ。なにより先に俺に手を出してきたのはレ級。俺に喧嘩を売ってきた以上は俺も戦うしかないからな」
「………」
「納得してないな。まあどちらにせよ、俺にもそう簡単に戦えない事情があるとだけ理解してくれ」
彼はそう言って手をひらひらと振る。
ちょうどそのタイミングで松本が戻ってきた。
「資料がいくつか飛ばされたようだ。一応コピーを用意しておいてよかったよ」
「そりゃ災難だったな」
「ところで、きみの秘書艦は?姿が見えないが」
「ヤボ用で先に帰ってもらった。どうせ交通費は経費で落とせる」
「そうか……」
建は伸びをすると、扉に向かう。
「そろそろ帰らないと電車がなくなるんでな。このあたりで失礼するよ」
「ああ。気をつけてな」
彼は去り際に時雨の横で止まる。
「申請さえすればいつでもうちには来れる。もし、気になるなら歓迎するぜ」
彼はそう呟いてから部屋を出た。
時雨は彼の背中を見つめる。
(たしかにあの人が何者なのか、どんな考えを持っているかは気になる。でも……)
「僕は……あなたのようにはなれない。だって、僕の力は僕のためじゃなく、誰かのために使うと決めているから……」
彼女はその目に揺るぎない信念を伴って彼を見送った。
大洗鎮守府には地下室がある。入り口は出撃ゲートの壁の一部。
あるリズムでそこを叩くことで地下への入り口が開かれるのだ。
そして、その地下に三つの影があった。
一つは氷らされたレ級、一つは電、そしてもう一つは建だ。
「電、いけるか?」
「しっかり抑えておいてくださいね」
「大丈夫だ」
彼が手をかざすと、氷の一部が溶ける。
電はそれを確認すると、手を掌底の形に整え、呼吸を整える。
そして、ドンッ!という音とともに掌底が叩きつけられる。
刹那、凍り付いたレ級の体から何かが分離する。
それはしばらくするとレ級の形となった。
『ナ、ナニヲシタ!!』
半透明なレ級は叫ぶ。
「教える義理はない」
彼は御札を取り出すと、それを半透明のレ級に投げつける。
『ガッ……!?ナニヲ……!』
御札に触れた瞬間、レ級はその場から動けなくなる。さらに、その体はだんだんと透けていく。
『ドウナッテイル!?ワタシハキエルノカ!?』
その問いに二人は答えることなく、レ級が断末魔を上げながら消えるまでそれを見続けていた。
「……ふむ、浄化とは違うのか?」
「もしかしたら方法が違うとか…?」
「それかそもそも不可能か……」
彼はそう呟いてからパトンと指を鳴らす。すると氷は消え、中から[黄色い人形が転がり落ちた]。
「……こうして見ると、本当だって改めて思うのです」
「だな。やっぱりスカーフは買って正解だったようだな」
人形をスタンドに立てかけると、部屋を出る。
「なんとか自由に使える素体は手に入ったな」
「艦娘の謎……突き止められるといいですね」
「だな。でもまずは……」
彼は外に出ると目の前に広がる海を見つめる。
「集めようぜ、俺達と目的を共有してくれる仲間を。始めようぜ、艦娘の革命をな」
彼の笑みは闇に溶けた。
時雨 己の力の意味を自覚。守るための力に更に磨きをかける。
13件もお気に入りされてる……!?ありがとうございます!!