辺りには炎が舞っている。外を見れば、それこそ火の海で残骸だらけ。ここから広場や艦娘寮や工廠が見えるが、思い出は一切ない。なにせここに来てまだ3ヶ月。艦娘も少なければ最前線のためによる海域攻略の忙しさで何もしてこなかった。
だから、まだ挨拶をしてすらない艦娘もいた。顔見知りは、自分の左遷にわざわざついてきた駆逐艦響ぐらい。
「…燃えてるねー。」
「見事だね。」
今は執務室で高そうな椅子に座って背もたれにガッツリ背を寄せて外を眺めている。響は前にあるソファでゆっくり腰を据えて何か本を読んでいる。ちらっと見た感じロシアの雑誌だろうか。
「ロシアにでも行きたかった?」
「そうだね。私の船体を一度は見てみたいと。」
「そっかー。叶うといいね。」
「うん。楽しみにしている。」
ちなみに他の艦娘はさっさと逃げてもらって応援を呼んでもらった。ここは最前線であり、重要な拠点だったりする。敵に回るのはよろしくない。
「…おや、どうやら客人だ。響、お出迎えしなきゃ。」
「そうだね。待ってて、お茶を入れてくるよ。」
自分は横においていたものを取り前のソファに腰掛けて持っていたものをもう一度置く。
爆発音とともに、ドアは粉々に砕けちった。
「やあ、いらっしゃい!さあ、ここにどうぞ!まっててね。今、秘書艦がお茶を入れてくるから!」
客人はハテナマークを浮かべている。
「お前。私が何者か知っているのかしら?」
「もちろん!君は戦艦棲姫だね。後ろにはヲ級と、レ級、タ級他にも駆逐艦とかいるね。あ、大丈夫!君の声ははっきりと聞こえてるよ!ささ、座って座って!」
自分の向かいにあるもう一つのソファを戦艦棲姫に進める。
「フフ。面白い人類ね。いいわ、誘いに乗ってあげる。」
戦艦棲姫がソファに座ると同時に響が戻ってきた。お盆には3人分のティーカップと皿に乗った羊羹。たぶん響も参加する気なのだろう。
「待っていたよ。ほら、どうぞ。」
響が自分と戦艦棲姫に紅茶と羊羹を差し出す。
「…そっちにもだしたほうがいいかな?」
響きが指しているのはヲ級たちの方。
「いや、この娘たちには大丈夫よ。」
戦艦棲姫が拒否する。
「さてさて、今回はどうもいらっしゃい。どんな御用で?」
「ふん。わかっているくせに。ここをもらいに来たのよ。」
「あ、いやー。それは困りますね。お嬢さん。ここはウチの重要拠点でしてね?ま、ここを取られると随分と困るわけです。」
「私達がそちらの状況を気にするとでも?」
「お?…そうか。そういや私と貴方は的同士。敵が不利ならそれは自分たちにとっては好ましいこと。いやはや、当たり前のことでしたな!はっはっは。」
「貴方は、本当におかしいのね。こんな状況で私に茶を出す人類を見たのは初めてよ。」
「はは。でしょうな。どうですか?響が入れてくれた紅茶は美味しいんですよ?」
「…ええ、そうね。」
「良かったな、響。褒められたぞ。」
「Спасибо。」
「いやー。にしてもお嬢さん?貴方方というのはどうも占領が下手ではないかと思います。」
「…ふーん。具体的にはどう下手と言うのかしら?」
「お、ちゃんと聞いてくれるんですね。良かった。言った途端吹き飛ばされるかと…。では、恐れ多くも言わせてもらいますが、戦艦棲姫。貴方は占領したあとのことをお考えで?」
「占領したあとのこと?」
「はい。貴方方はここを奪取するためにどうやら私達が反撃できないよう施設や、資材を吹き飛ばしたようですね。うーん、確かに私達が貴方に抵抗することができずこうして応援を呼ばざるを得ない状況に入っていますが、正直言ってそれでは甘い。考えても見てください。よしんば奪取できたとして、ここの修理にどれほどかかるか、資材の再取得は?ここは前線。それは自分たちも貴方達にも同じことです。どうするんです?取ったはいいが再び使えるようになる前に敵が攻め込んできたら?」
「…そうね。考えてみればそうかもしれない。」
「そしてあとは、最後まで気を抜かないこと。いくら相手が自分にとって手に取らない存在だったとしても油断してはいけません。私達の諺に『窮鼠ねこを噛む』というものがあります。追い詰められたネズミは猫をも噛むのです。貴方方に言い換えれば、追い詰められた人間は貴方方、深海棲艦に最後の抵抗を行います。かくいう私もその手段を持っております。」
「その、手段というのはあなたの横においてあるものかしら?」
「ええそうです。これは何粒もの鉛球を飛ばす筒です。」
「そんなもので私達を傷つけることができるとでも?」
「さあ、やってみなければわかりません。人生何が起こるかわかりませんよ?『事実は小説より奇なり』とも言います。それにここにいる響も手段の一つ…。」
「ふーん。ただの一駆逐艦が?魚雷でも使うのかしら?確かに魚雷であれば、私達を沈めることもできるわ。」
「まさか!こんなところで魚雷を使ってはここが吹き飛んでしまいます。響が使うのは機銃ですよ。」
響が艤装を出して機銃を見せる。響が持っているのは25mmの三連装。
「…あっはははは!馬鹿みたいねえ。魚雷ならともかく機銃ごときで私達に太刀打ちできるとでも?」
「できますよ。…少し昔話をしましょう。私がまだ駆け出しの提督のときでした。受けたんですよね、そのときも。深海棲艦の襲撃。そのときには響ももういたかな?ま、当然こちらが対応できるはずがない。なにせ、まだ艦娘も数隻しか居なかったしレベルも低かったですしね。私は恐怖で慄きました。手にはせめてもの拳銃を持ち執務室の隅で震えていました。」
身振り手振りをつけ少し大げさに私は喋る。戦艦棲姫は黙って自分の話を聞いている。
「そしてですね?急にドアが砕けちったかと思えば、そこにいるのはなんと戦艦棲姫!私はその瞬間叫びその戦艦棲姫に向かって発砲しました。兵学校で撃つときはちゃんと相手を狙って、落ち着き、一発一発撃つ、なんて習ったはずですがそんなこと気にしていられません。気づけば何も出さない拳銃の引き金を何度も何度も引いていました。見れば、相手は目のあたりを押さえている。そこからは血が流れているようでした。まさか!当たった。そしてその弾は相手に血を流させた!効くんですよ。姫級には。正確にはその本体には。いやあ、やっぱり。その体は人間と同じらしい。」
戦艦棲姫に近づきその手を取る。違和感ない感触。まさしく人間のそれ。そして、そのまま告げる。
「お久しぶりですねえ『戦艦棲姫』。あのときはそのまま逃げてしまいましたね。」
自分が今見ている戦艦棲姫。その右目は閉じられており、私が今話しているとき一度もその目は開かれなかった。
「…!貴様ぁ!」
「おおっと、怒らないでください。別に馬鹿にしたわけではない。助かったんですよ。あのときあなたがあれで帰ってくれたおかげで今ここに、私がいる。…それともあれですか?今ここで続きをしますか?」
「…あのとき、あそこであなたを殺しておくべきだったわ。あんなことでビビって逃げるんじゃなかったわ。ええ、いいわ。今ここで、あのときの続きをしましょう。あなたの考えを聞いてよくわかった。確かに無闇矢鱈に壊して占領するべきではない。ここで、お前とそこの駆逐艦を殺せばそれでいい。」
「そうですね。それが一番効率がいい。」
「私も機銃だけでやってあげるわ。」
「それは良かった!では、早速…と、言いたいところですが、せっかく響が用意してくれた紅茶と羊羹です。食べてからにしましょう。」
「ふふ。いいわ。最後の晩餐の時間くらいはあげてあげるわ。」
「晩餐と言うには少ないと思いますが…。」
戦艦棲姫、私、響の三人で静かに飲む。束の間の平和。とても、この後殺し合うような空気ではないし、こうしている間も火は轟々と燃え続けている。
「この羊羹はとても、美味しいわね。」
「そうでしょう?間宮の羊羹です。美味しいですがそのぶん高いです。それでも、人気が高いので、なかなか手に入れることができないんですよね。こんな最前線に届くのは月に一度ですよ。」
「あら。それは失礼したわ。いいのかしら?この私が食べてしまっても。」
「ええ。客人には誰であろうともてなすのが主義ですから。それに、明日にはまた届く予定ですから。」
「その、明日が来るといいわね。」
また数分。静かに楽しみ、そしてその時間は終わってしまった。空になったティーカップを置く。どうやら相手も飲み干したらしい。
「ふう。ごちそうさま。美味しかったわ。」
「お粗末さまでした。…約束は守っていただけるんですよね?」
「ええ。もちろん。」
「良かった。では…。」
横においてあったモノを取りながらガッ!と机を蹴り上げ、撃つ。撃つ。
当然のように耐えきれず飛び散っていく。そこから現れるのは、デカイ何かに守られる戦艦棲姫だった。
「ふふふ。ざんねーん。当たらなかったわねえ。」
その時、コロンコロンと2つ転がってくる。すぐに確認し、私は笑みをこぼし、すぐにソファの後ろに駆け込む。
「ナイス、響。」
瞬間、爆発音とともに、部屋中に煙と強烈な光が広がる。
「グッ…!」
ズガガガガガガガッッ!!と機銃から弾をぶちまける音とともにガスガスガス、と隠れているソファを削る音がする。そういえば敵は、戦艦棲姫だけでなく一艦隊だった。おそらく戦艦棲姫だけでなく艦隊が攻撃しているので、相当な物量だろう。
このソファ、一応防弾改造をしているが、これだとこのソファもいつまで持つかわからない。
ガシュン!と早速ソファを貫通して、自分と響の間に着弾する。けんかを売ったはいいが、正直言ってこれほどとは思わず、着弾痕を見て冷や汗を流す。
「いやぁ、これやばいなあ。」
「やってくれたわね!機銃しか使わないと言っておきながら…!」
「私が機銃を使うなんて言いましたか!?響だけですよ!そんなの!」
大量の銃撃音で全く聞こえないのでこっちも大声で答える。…最初から、ずっと撃っているが一向に弾が尽きる気配がない。なんとか抵抗しようと持っているものを出そうとするが、先をソファから出しただけで機銃の弾ですっ飛んでしまった。うまく手が離せなかったので手がジンジンする。
「どうするんだい。司令官。」
「いててて…。あかんなこりゃ。…それまだ持ってたの。」
響はさっきまで読んでいた雑誌をしっかり握っていた。
「ん?ああ、これが終わったら司令官と一緒にロシアに行こうと思ってね。」
「俺も一緒か。」
「一人は寂しいからね。」
「俺じゃなくても……。」
私は、その先の言葉を言いかけてやめた。壁をちらっと見てまた戻す。
「しゃーない。アレするから頼む。」
「もう、するのかい?最終手段だろう?」
「ぶっちゃけこんなに撃たれると思ってなかった。最初からクライマックスだったということで…。……聞いてますね!言いましたよね!言ってないなら今言います!私は人間だから好きに戦いますよ!」
「それが、どうかしたのかしら!?」
ガスガスと、どんどんソファを貫通してくる。そろそろ限界だ。
「じゃ、頼んだよ。」
「うん。」
ポケットを弄り目的のものを探す。手探りで突起を探し、それを押す。
執務室を激しい音と衝撃が襲う。同時に響が主砲で壁を破壊。できた穴に私を担ぎ飛び込む。
ソファを貫通する弾が自分を襲う。多分2,3発喰らった。えげつない衝撃と激痛が襲う。
「グフぅ!?」
出血がひどい。案外、早いものでもう視界が暗くなり始めた。段々と、音も遠のいていく。そのまま、何もできず何も見えず何も聞こえず何も感じなくなった。
俺はこの港で漁師をしている。…が、今日はちょっと特別な仕事が入った。特定の場所に連れて行ってほしいらしい。そんなもんどっかの観光会社に頼めばいいのにと思ったが、何故か、俺に頼んできた。まあ、報酬は結構いい額だったし臨時収入と考えればいいだろう。
俺は報酬額を聞いてから、今日は家族と外食をしようか、と外食先を考えていると誰かから声をかけられる。
「やあ。あなたが……?」
「ん、あ?ああ、もしかしてお前が例の…。」
以外にも、声をかけてきたのは少女だ。ココらへんじゃ見ない顔だし、それでこの娘が依頼主だと判断した。後ろには保護者なのか、男がいる。
「そうだね。今日はよろしく頼むよ。」
「…なあ、そこになんかあるのか?」
俺は船を出す準備と、今回使うという道具を積み込んでいた。それはスキューバのセットだ。
「なに。ただ船を見に行くだけだよ。」
「船?…船、ねえ。」
二人分のスキューバのセットを積み込み、目的地の場所を地図で眺める。……眺めていると、思い出した。
「ん。あー、この場所か。なんか沈んでいるらしいな。日本人の友人から聞いたことがある。大戦時の船が沈んでるんだろ?日本の。名前はなんて言ってたっけかな。」
話を聞いたときにその船の名前も教えてもらったはずだが、興味がないのもあって軽く聞き流していたので名前が思い出せなかった。
「…響。」
「あ?」
「『暁型駆逐艦二番艦響』…だよ。」
少女はそれだけいうと男の方に戻っていった。
「…不思議な娘だな。」
どこか不思議な雰囲気を醸し出す少女を眺め、準備を再開する。
もうそろそろ、予定の時間だ。