狂った世界のディストピア   作:瑠璃色砂糖月

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2話「狂宴を始めよう」

 現在千手達が居るのは廃れた大都市である。かつては活気溢れる都市だったのだが、今では見る影もない。

 周りは静寂で包まれ、人気は全く無い。ある意味では戦闘に最適なフィールドであった。

 

 雨が止んだ。

 傘から垂れるのは茶色に近い血液。五十鈴を狙う追跡者達の体液である。

 千手と五十鈴の頭上を覆っていた手が振られる。それにより手に張りついていた追跡者達が飛び散った。

 周りの地面は降ってきた追跡者により真っ赤に染まっている。まさしく血の海の言葉が似合う光景が広がっていた。

 

「せ、千手さん・・・・・・!」

「面倒だな」

 

 立ち上がる肉の塊達。かろうじて胴体に繋がっている四肢を総稼働させている。

 立ち上がる前に千手がパーカーから手を出し、腕で横一線を描く。

 

 

 追跡者の背後の建物ごと、抉られたように消えてしまった。

 

 

 五十鈴が目を白黒させる中、千手はぺろりと下唇を舐めていた。

 

「肉は不味くて喰えそうにもないな。質も悪い。しかし・・・・・・」

 

 追跡者はまだ山ほど存在する。先程消し飛んだのはほんの一握りなのだ。

 彼は僅かに唇で三日月を描く。

 

 

「量だけなら一人前だ」

 

 

 瞬間、殺戮が始まる。一方的な殺戮だった。

 見えない何かに一方的に追跡者が嬲られているのだ。

 頭が消し飛び、胴が半分に断たれ、命を刈り取られる。

 それを成しているのであろう当の本人はというと、胡乱(うろん)げに周りを見渡していた。

 その度に追跡者の脆弱な体が壊れ、愚鈍な脳味噌が弾ける。

 虐殺、ひたすらに惨殺。

 

「はあ・・・・・・」

 

 千手がもう一度ため息を吐く頃には全てが蹂躙されていた。

 

「つまらん」

 

 五十鈴は確信する。彼の傍に居る限り、絶対安全を約束される、と。

 

 

 

*****

 

 

 

 追跡者───彼らは『腐った者共』と呼ばれている。

 彼らは魂と身体が繋がる連結部分がズタズタになり、かろうじて生存本能だけが残っている、まさしく生死の境目に居る生命体。魂と体が離れているせいで体は腐敗し、知能は幼稚で底辺のものになる。脳が腐るのだから、当然とも言える。

 

 早い話が『ゾンビ』である。

 

 このゾンビ、自然に発生することもあるのだが、人工的に作り出すことも可能だ。

 要は体と心の連結部分を切り離せば良いのだ。心が死ねば、体も死ぬ。それでゾンビが生成される。

 

 ゾンビを作り出す原因、この世界ではよくある話をしよう。

 とあるマッドサイエンティストが非道な研究をしていた。

 

 永遠の命が欲しい。

 

 莫大の資産を持つこの世界の原住民がそう言ったのだ。己の命欲しさに、あまりにも死亡率の高い世界で生き残れるように。

 研究者も金が貰えるのならば、と喜んで受け入れた。

 そのマッドサイエンティスト、中々の才を持っていたため、数年の研究でいくつかのサンプルが作り出せた。しかし、実験体に使用したところ、どうしても自我を持てずに体が腐り落ちる。とても依頼人に出せるような代物ではない。このままだと契約も打ち切られ、実験も中途半端なままで終わってしまう。

 マッドサイエンティストは思う。

 

「そうだ、実験体(こいつら)が不死性を保ったまま人間になればいいんだ」

 

 ゾンビは心と体がバラバラになった成れの果て。ならば心と体を繋げればまた人間に戻るのではないか。その途中で連結部分を少しばかり切り離しておけばいい。不死性を残せるだけを切り離しておけば。

 マッドサイエンティストは早速金で雇った者で召喚術式を扱える者を使う。

 願うことはただ1つ。

 

 

 

『連結部分を繋ぎ合わせる何かよ、来たれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようこそ、いらっしゃい。

 この度は応じて頂きありがとうございます。

 不肖ながら狂った世界へご招待いたしました。

 どうか健やかにお過ごし下さい。

 

 

 

*****

 

 

 

 恵美 五十鈴は特異な体質を持っていた。

 身体の神秘、細胞の未知。

 それに気づいたのは幼少時代、物心がようやくついてきた頃だった。

 五十鈴は外で活発に遊び回る、どこにでもいる幼女だった。

 公園で遊んでいた時、五十鈴は転んで膝に怪我をした。

 共に居た母親がそれを治療した。絆創膏を貼ろうとしたのだ。その時、母親はおや、と思う。

 

 とっくに怪我が治っていた。

 

 かなりの出血だったはずなのに、血は止まり、水で流せば綺麗な白肌が現れる。これだけならば、まだ子供だから治るのが早いのだろうと納得するのだろう。

 しかし、更におかしな出来事が起きた。

 

 公園の水場の植物が目に見えて急成長していたのだ。

 

 これにはさすがの母親も驚愕した。

 これは「普通」ではない。「異常」だ。

 これはただ事ではない。

 両親はすぐに病院に急行して娘の体を調べて貰った。

 しかし、体に異常は無い。

 医師は五十鈴からいくつかのサンプルを採取してその神秘を調べた。

 ───そして、分かった。

 

 

 

 癒す力。

 

 

 

 (たわむ)れと言わんばかりに度重なる実験と老いにより、瀕死の実験マウスに血を摂取させた。

 すると、すぐにマウスは活発に行動を始めた。

 医師達は驚いてマウスの体を検査する。

 健康体だった。どこにも異常が見られず、完璧な健康体。何より驚いたのはマウスが若返ってい(・・・・・)()こと。

 更に医師達は彼女の血液を不治の病で苦しむ患者へと摂取させた。

 その瞬間、患者の体は若返り、病も治り、健康体へと早変わりした。

 後遺症も何も無い。医師達は大喜びした。

 これこそ世紀の大発見。

 知られざる人間の神秘。

 あらゆる者を治す万能薬そのもの。

 人を癒すことができる天使の到来。

 いずれ、人間が不老不死にさえ到達できると歓喜をあげる。

 医学界は彼女を誉め讃え、彼女を欲した。

 しかし、いくら欲しても、いくら万能薬でも、彼女は1人の人間。

 人権が存在する以上、彼女は「薬」には成り得ない。

 しかし、両親は違った。

 

 

「娘の血肉を与える代わりに、金を寄越せ」

 

 あろうことか、彼女の両親は彼女を使って商売を始めたのだ。

 

 

 両親はまだ幼い娘の価値観を矯正する。

 

「お前は薬だ。周りの人を癒す天使なんだ」

「だから、自分の身を捧げて周りに貢献するのは当たり前なんだ」

 

 恵美 五十鈴は大好きな両親の言うことを疑わなかった。

 周りの人のために我慢するのは当たり前。

 自分が痛い目に遭うのは当たり前。

 自分だけに与えられた、大切で不思議な力で両親を助けてあげるのは当たり前。

 自分が周りの人を救うのは当たり前。

 

 周りで彼女の力を欲する争いが起きて、両親は死に、居場所を転々とした。それでも、彼女はそれを当たり前だと思った。

 当たり前ではない。当たり前ではない。

 彼女を争って血が流れるのは当たり前ではない。

 誰かが傷ついたのならば自分が血を流しても助けることは当たり前ではない。

 

 他人から見れば彼女の評価は2つに分かれる。

 恵美 五十鈴は聖女だ。

 自分の身を削り、他者を思い、他人のために己の血肉を分け与えられる心が広く優しい人。

 恵美 五十鈴は魔女だ。

 金に目が(くら)んだ両親に己の血肉を分け与えるように調教され、彼女の血肉を己の物にするために周りで簡単に人が死んでいくのにそれでも微笑んでいる、悪魔のような人。

 

 彼女はそれを「平凡な毎日」と呟いたのを誰かが聞いた。

 

 狂っている。歪んでいる。

 

 純粋でありながら、自然に狂い、心が歪んでもそれに気づかない。

 

 普通からかけ離れた彼女も、この世界の住民に相応(ふさわ)しかった。

 

 

 

*****

 

 

 

 恵美 五十鈴は目を白黒させていた。

 自身を追いかけてくるゾンビが千手によって次々と殺されていく。確証は持てない。しかし、彼の今までの口ぶりからして、彼が何かをしているのは確かなのだ。

 千手が何かをやっているようには見えないのに、何故かゾンビが死んでいく。精々動作と言えば、手を無造作に振っているだけ。それだけでゾンビの上半身や頭部が消え去り、壁に叩きつけられ液体と化すのだ。

 

「意味が分からない」

「? 何がだ」

 

 

 ベチャッ!

 

 千手が首だけで振り向き、音と共に背後から忍び寄っていたゾンビが地面へと叩きつけられた。それを見て遠い目をする五十鈴。

 

「・・・・・・・・・いえ、何も」

「? そうか」

 

 千手は特に深追いもせずに顔を元の位置に戻して歩き出す。

 その間に襲いかかろうとしてくる腐った者共が一瞬で壁のシミに変わり、地面の水溜まりになる。

 

「・・・・・・そういえば、お前はさっき何かを言いかけていたな。それはなんだ?」

「え、この状況で?」

「徒歩と大して変わらんだろう」

「・・・・・・・・・」

 

 五十鈴は黙ってしまう。彼の言葉に反論できない。

 まさしく、その通りなのだ。傍からすればゾンビが変死する中でのんびり歩いている2人にしか見えないのだ。

 五十鈴はこの状況に半分呆れ半分諦めの笑みを浮かべる。

 そして、今までの話を語り始めた。

 自身の体質のこと。それにより、周囲からは天使や悪魔の扱いを受け、多くの人々を助けてきたこと。周囲では争うが絶えなかったこと。

 この世界に来たときのこと。あまりにも変な男から逃げたこと。

 そして、助けられたこと。

 それを聞いて千手は成る程と1つ納得する。

 

(誰かに『堕とされた』訳ではなく、この世界の誰かに『呼び込まれた』のか)

 

 そして、彼女の体に眠る不可思議な力と───常識までも歪まされた十数年の人生。

 彼は今まで不思議だった。目の前で仮にも人の形をした者が虐殺されてもけろりとしている彼女が。

 身のこなしは明らかに一般人レベル。この世界とはほぼ無関係な血すら流れない平和な世の中で暮らしてきたはずだ。言動もどこにでもありそうな平和ボケした世界の住民そのもの。

 それも納得した。特異体質により待遇は並大抵の物ではなかったのだろう。一般で暮らせるだけの好待遇・・・もしくはそれ以上の待遇を受けてきた。

 彼女を天使のように崇め奉るにしても、欲望に忠実に彼女を手中に収めるにしても、彼女は争いとはほとんど無縁な暮らしをしてきたはずだ。たとえ周りで知り合いが不明の死を遂げても周りの人間によって揉み消され、それを受け入れられるような、そんな生活を。

 それを彼女は幼い頃より経験していた。だからこそ、周りで誰が死んでもそれを可笑しいとは思わなかった。

 身の回りに起きる他人の不幸は全て当然。自身の周りに寄ってくる者は全て勝手に争って死んでいく。

 自身の周りで誰かが死ぬのは当たり前。

 だからこそ、目の前の惨状も眉1つ動かさずに受け止められる。

 彼女が今までオーバーリアクションを取っていたのは、それら以外の明らかに女子高生なら経験するのは可笑しいだろというような物ばかり。

 召喚、死の危険、強姦紛い、噛みつき、逃走、追跡者、向けられる殺意。

 日常的に行われるものではない。

 だからこそ、この世界の住民から見れば彼女が生娘のように見えるのだ。

 この世界の「常識」が彼女の世界の「常識」とは異なっているから。

 

 まあ、しかし・・・・・・彼女も充分この世界の住民とは言えるだろう。

 

 彼女の価値観も、そこそこ歪んでしまっている。

 

 

「・・・・・・事情は分かった。で、俺にどうしろと?」

「えと・・・・・・あの・・・・・・」

 

 少し迷ったように目線を飛ばした後、意を決したように千手を見上げた。

 

「たす、けてください」

「報酬は?」

「へ? 報酬?」

「この世界の住民に頼み事をするなら、それ相応の対価を渡せ」

「・・・・・・お、お金はありませんよ」

「金よりも良いものをお前は持っている」

 

 千手が表情を崩す。

 口の端が吊り上がり、刃のような牙が剥き出しになる。血色の瞳はギラリと輝き、熱を含んでいる。

 五十鈴はそれを見惚れるというよりも危機感を感じてごくりと唾を飲み込む。冷や汗が頬を伝った。

 今までの患者や大人とは違う。彼女を崇めるつもりもなければ奉るつもりもない。ここでは彼女は天使でもなければ悪魔でもない。

 

 

 ただの一般人。

 

 

 彼女は震える手を動かして、自らのパーカーをめくり、白い手首を晒してみせた。

 

「・・・・・・好きなだけ、血をあげます」

 

 己の血肉を誰かのためではなく己のために使う。初めての体験だった。

 

「良いだろう。取引成立だ」

 

 千手は五十鈴を見て嗤うと、パーカーのポケットから端末を取り出す。

 彼は電話をかけて耳に当てる。コールが数回、そして相手が通話に応じた。

 

『お客様がおかけになった電話番号は現在電波の届かない場所に居るか・・・・・・』

「遊んでいる暇は無い。それに付き合う義理も無い」

『やだなぁ、少し遊んだだけじゃん? 遊び心のあの字も無いねぇ、千手っち』

 

 電話越しにからからと笑う軽薄な声が聞こえる。声からして女だろう。

 

「依頼だ。面倒だから詳細は省くが、腐った連中を扱う輩を探している。今すぐ情報を寄越せ」

『え~っ。情報少なすぎてコカゲ分かんな~い!・・・・・・と、言いたいところなんだけどさぁ、千手っちが探してるその輩、分かるかも』

何処(どこ)何奴(どいつ)だ」

『んーとねぇ、元々ねぇ、不老不死の研究の副産物っていったところでさぁ、腐った連中が人体実験によって大量発生ってわけ』

「成り行きは聞いてない。()く場所を言え」

『はいはい。え~と、ねぇ・・・・・・』

 

 数秒の無言。そして、告げる。

 

『今空穂っちの所でしょ? そこから北に約21㎞の地点に(くだん)の研究所があるよぉ』

「感謝する。報酬は金塊で良いか?」

「え″っ」

 

 埒外(らちがい)の報酬に五十鈴はギョッとする。一方で通話相手は口笛を吹いた。

 

『千手って報酬が半端ないよねぇ♪ 使えるように換金するのが面倒なんだけどぉ♪』

五月蝿(うるさ)い」

 

 千手は顔色一つ変えずに通話をぶち切った。

 

「えっと・・・・・・どちら様だったんですか?」

「情報屋だ。金を積めば教えてくれる」

 

 

(なんだろう。千手さん、お金の意味をはき違えているような気がする・・・・・・)

 

 

 案外間違ってもいない。

 千手の力は頼もしいが、少し天然な部分があることを知る五十鈴であった。

 

 

 

*****

 

 

 

 研究所の屋上で、口元をひくつかせている人物が居た。

 

「えっ、マジかよ」

『まじ(まんじ)ぃ~! 天然千手っちの金塊ボケ頂いたから間違いないよぉ』

「うわそれマジじゃねぇか。本物じゃねぇか」

 

 「(かね)」を「(きん)」で払うような奴で知り合いと言えば金髪小柄なカニバリズムしか思いつかない。

 

「・・・・・・ん? てかさ、オレはアイツに何も言ってないよな? オレはオマエから羽振り良さそうな金づるを紹介されただけで・・・・・・って、おい。まさか・・・・・・」

『イエス、売っちゃったぁ♡ 許してぇ?』

「テメェ後でシメるから逃げんなよ」

『やだねぇ、千手っちから頂戴した金塊で地の果てまで逃げまぁす』

 

 先程、千手に情報を渡した情報屋───コカゲによって売られた青年。

 稀有な美青年だが、顔に張りつく不気味な笑みのせいで美貌が台無しになっている。

 奇抜で毒々しい紫の髪、ギラリと輝く橙色の太陽のような眼球が印象的。

 長身痩躯。姿はラフな私服で清潔感はある。その上から羽織って首元の紐で結んでいるヒラリとした黒のフードマントが風に煽られる。

 

 青年───名をデスグリムと言った。

 

 彼はコカゲの紹介によって研究所の防衛をしていた。戦闘能力は折り紙付き。1人で研究所をまるごと守るような実力者である。

 彼は薄い笑みを顔に張りつけたまま、呆れたように通話を続ける。

 

「・・・・・・ま、どうせ生き残るからいいんだけどよ」

『デスグリムっちが生死に寛容だからこそコカゲちゃんも安心して友達を売れるのさぁ。金稼ぎの道具になってもらってどうもありがとー』

「・・・・・・今度奢れよ」

『もっちろん! そこまで薄情じゃあないさぁ。生き残っていれば、だけどぉ』

「こんの悪女、犯すぞ」

『やだやだ、これだから男は・・・・・・。まあ、一応伝えてあげたんだし、頑張って生き残りなよぉ』

 

 ブツッ、とコカゲとの通話が切れる。デスグリムは端末を見て、歪な三日月を唇で作り出す。

 

「・・・・・・言われなくとも」

 

 デスグリムが何気ない仕草で空を見上げた。

 そして、諦めたような表情を浮かべた。

 

 

 建物が飛来していた。

 

 

 2階建てのコンクリート製。屋根の色は濃いグレー。

 

「いや、フザケんな」

 

 ひくり、と口元が引き攣った。

 同時に彼の腕がブレる。

 途端、彼の目の前まで迫った建物が木っ端微塵になった。パラパラと落ちる小さな瓦礫がまるで雨のようだった。

 デスグリムは何をしたのか。

 その答えは彼が現在持つ大鎌を見れば分かるだろう。

 

 

 そう、斬ったのだ。建物を。

 当たっても痛くも痒くもないような石ころサイズになるまで。

 

 

「あ~、やだやだやだねぇ」

 

 呆れ混じりの言葉だったが、顔に浮かぶのは狂気的な笑みだった。

 

「無理ゲーじょーとー♪ じゃんじゃん投げてこいよ千手サマ♪♪♪」

 

 デスグリムは1つ読み間違えれば死ぬような状況を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 ぎょろり。

 それをじっと見ている眼球が1つ。

 ただの眼球ではない。

 錆びた金色の眼球で虹彩は鮮紅色。

 それが宙に浮かんでいる。

 それはデスグリムを映していた。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・・・・デスグリム」

 

 デスグリムの居る研究所から約21㎞離れた廃れた大都市にて。

 千手の傍には真新しい土地があった。じめじめとした茶色の地面・・・・・・その面積は家1つが立っていたような。

 

 

 彼はそこに建っていた建物を投げ飛ばした。

 

 

 あり得ない怪力で建物を持ち上げ、投擲したのだ。少しの細工をしながら。

 千手は小手調べに研究所へと投げ飛ばした建物、それに付けておいた『眼球』で向こうの状況を見ていた。

 それでなんとなくだが、彼が何故居るのかを、そしてコカゲが何故すぐに情報を渡せたのかを理解した。

 

「コカゲは相変わらずだな」

 

 まあ、そういうことである。

 一方で傍に居る五十鈴は千手の人並み大外れの怪力にかなり遠い目をしていた。ここまで来れば千手のなんでもありにも慣れてくる。順応力が高い。

 

「まあ、俺には関係のない話だ」

 

 嵌められた形になるデスグリムに僅かな同情さえも抱かず、容赦もしない。

 他者が見れば鬼畜とも言える所業を彼は平然とやろうとしていた。

 まず、千手は両手を叩き合わせた。乾いた音が鳴り響く。

 

 

 直後、無数の腕が顕現した。

 

 

 錆びた金色が歪な輝きを宿す。すらりとした巨腕が空を覆い尽くすほどに現れた。

 腕は千手の周りにあった建物を掴んだ。1つの手で1つの建物が掴まれる。まるで積み木でも掴むように。

 千手は掴んだ建物全てに『破壊不可』の概念を与える。それにより、建物は壊せなくなり、容易に巨腕で持ち上げられる。更に、投擲による破壊力も底上げされる。そして、先程建物を木っ端微塵にしたデスグリムの対策でもある。

 ある意味最悪の鈍器だった。

 

「とりあえず、千の家で様子を見ようか」

 

 様子見で家を投げるのだから恐ろしい。手加減無し。千手は千の腕を操作して、一気に投擲させた。

 投げられた家は音速を超える。一つ一つの威力は隕石と比類ない。

 

 研究所の屋上でそれを見ていたデスグリムは遠い目をしていた。

 

 

 

*****

 

 

 

 デスグリムはげっそりした顔で飛来してくる1000の建物を見ていた。

 

(あんの天然鬼畜。少しくらい手加減してくれても良くね? うわきっつ。きっっっっつぅー・・・)

 

 半分諦めながら、デスグリムはとりあえず大鎌を横一線に振った。

 それにより最初に飛来していた約100の建物がズッパリと断たれた。更に縦横無尽に刃を走らせれば、あっという間に石の雨。

 『破壊不可』の概念がこもった建物を、『絶対切断』と『一点集中』の概念でやり過ごす。

 湾曲した内側の刃をまず建物のどこかしらに当て、そこに『絶対切断』の概念を『一点集中』させる。全体的に張られた障壁のような『破壊不可』よりも、一点に集束された『絶対切断』の方が遥かに強い。後はそれを繰り返すだけである。

 上手く力を扱った見事な手際であった。

 音速を超えた建物が次々に粉々になっていく。

 有害な千の建物が全て丁寧に細かく刻まれ、ほぼ無害な雨になる。

 

(さてさて、アイツの天然鬼畜ぶりからして、次はなんだ? ・・・・・・ビルか?)

 

 デスグリムは目を細めて凝らす。他を圧倒する超視力でもこの世界では下の上。十数㎞先ならば余裕で見ることができる。

 ぼんやりと見える廃れた大都市。

 大きなビルや建物がずらりと並ぶ、昔は栄えた有名な都市であった。今では見る影もないのだが・・・・・・。

 

「・・・・・・マジで手加減知らねぇよな」

 

 

 案の定だった。

 巨大なビルが、それよりも巨大な金色の巨腕に鷲摑みにされている。

 

 

 それが100。ビルと呼べる物がそれだけしかなかったのだ。

 質量は建物よりも遥かにあろうが、数は少ない。むしろさっきの方が数が多い分難易度が高かったように見える。

 デスグリムは嗤いながら身の丈よりも長い大鎌を構える。

 直後。

 

 ドカァアアアアン!!

 

 

「・・・・・・は?」

 

 

 

 振り返ると、巨大なビルが広大な研究所の1つを押し潰していた。

 

 

 一瞬呆けたが、すぐに状況を理解。周りに目を向ける。そして、一言。

 

「・・・・・・やりやがったなあのヤロウ」

 

 

 

 全方向からビルが投擲されていた。

 

 

 その数、合計1000。

 それぞれの方向から100ずつビルが飛んでくる。

 デスグリムは頭痛を感じてこめかみを指で押さえた。そして、一瞬で判断した。

 

 

「うん、無理だ」

 

 

 きっぱりと。

 非常に晴れやかな笑みを浮かべてきっぱりと言い切った。誰かが聞いているわけでもない。本人がしたいから言ったのだ。

 

 直後、彼の頭上にビルが落ちた。

 

 全身の骨が砕かれ、臓器があらゆる穴から捻り出される。

 潰される音を耳にした瞬間、デスグリムの意識は暗転した。

 

 1000のビルディングが雨となり研究所に降り注いだ。

 研究所内の研究者並びに実験体、そのサンプルまでもが押し潰された。

 研究所内には悲運にも生き残った者達の阿鼻叫喚で満たされた。そして直後、残っていたゾンビに肉を食い千切られる。

 非力な研究者達には彼らを殺すだけの力は持たない。檻に入れられていた強者達は己を虐げていた弱者達を食い荒らすために外に出る。

 ゾンビが人を喰らうのは、飢餓によるものだけではない。

 人を食うとほんの少しだけ思い出すのだ。己が誰であったのかを。生存本能のみの自分が誰だったかを思い出す。

 命ある同族を喰らうと、彼らはズタズタの魂と体の連結部分が蘇る。喰らった者の魂で僅かながらにその部分が回復する。しかし、それも一瞬。魂はすぐに消費されて元通りの低能に戻る。

 そして、また求めるのだ。

 

 さようなら、よくも我々を殺してくれたな。

 さようなら、いつもいつも見下しやがって。

 殺してやる、殺してやる、食ってやる、喰らってやる。

 

 食欲が進むままに。

 

 研究所は壊滅。

 そこに生者は居なかった。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・・・・着弾確認」

 

 原形を留めぬ程に壊された研究所を『目玉』でしっかりと確認して、千手は目を閉じた。

 宙を覆っていた『腕』は既に消えている。

 

「・・・・・・えと、千手・・・さん?」

「なんだ」

「・・・・・・どう、なったんです?」

一先(ひとま)ず元凶を殺した。一時的にとはいえ、暫くは安全だろう」

「そう、ですか・・・・・・」

 

 安堵のため息をつく五十鈴。

 

「まあ、元凶を殺したところでお前が狙われなくなった訳ではないが」

「はい?」

 

 千手の呟きに五十鈴が首をかしげた。千手は彼女を一瞥すると(きびす)を返す。その後ろを五十鈴は追いかけた。

 

「お前の血肉を狙う輩は多いぞ。カニバリズムには堪らない品だからな。喰らえば癒され満たされる肉なんて無い。極上の食材だ」

「・・・・・・まだ、狙われますか?」

「この世界に居るなら一生狙われるだろうな」

「・・・・・・・・・」

「元の世界に戻れる保障は無い。身の振り方も考えておけ」

 

 五十鈴は神妙な顔つきをした。




 次回の投稿日は未定です。
 少しでも見て下さる方がいて嬉しいです。
 これからも少しずつ書いていこうと思います。
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