個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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8話 中編

 心操人使がその少女の存在に気付いたのは入学してしばらくたった時だった。

 

 

「よぉ心操、今日のメシどうする」

 

「どーすっかな、まぁ歩きながら決めるわ」

 

「食堂でも弁当でもいいけどよ、委員長に昼までに出さないといけないプリントあったろ? 忘れんなよ」

 

「そうだったな。おっ、なぁ委員長、これ」

 

「あっ……、うん確かにもらったよ心操くん」

 

「……助かるよ」

 

「なぁ心操! やっぱり食堂いこうぜ!!」

 

「……あー、やっぱ俺弁当買って食うわ」

 

 

 

 彼は時々、無性に一人になりたい時があった。

 

 それは彼のもともとの気質のせいか、あるいは彼が話しかけると少しこわばった表情のするクラスメイト達のせいか

 

 自身の気質のせいだと納得させて、彼は一人普通科棟を出て少し歩いた所にある場所に向かった。

 

 校舎の無駄に空いたスペースに適当に置かれたベンチ、建物のすぐ横で影にはなっているが、春のちょうどよい風が吹き抜けてジメジメとした印象は受けない。

 

 周りの人間も全く他人を気にせず思い思いにくつろいでいる。

 

 彼がひとりで考え事をするのにちょうどいい場所であった。

 

 

 ベンチの真ん中で、背もたれにだらしなく体を預けながら何気なく空を見つめる。

 

 今は何も考えたくない、そんな時に彼はここに来ていた。

 

 

 心地よい風、暖かな陽気に、次第に瞼が重くなる。

 

 

(すっげぇー、個性が洗脳ってわりぃことし放題じゃん)

(ぜってぇバレないとかうらやましいわ)

(すごい個性だけど、私達を操らないでね)

 

 そんなことはしない

 

(すげぇ、エッチなこともし放題じゃねーか)

(全男子の夢だぞこりゃ)

(男子ってサイテー)

(実はこっそり使ったことあんだろ? 俺達だけに教えてくれって)

(ヤダ……心操くんって……)

(怒るなよ心操、ジョークだって、話の分からないやつだな)

 

 そんなことに俺は個性を使わない

 

(よう心操、今度遊ぼうぜ、洗脳? 俺は全然そんなのこわくねぇよ)

(お前よく心操とつるめるよな、俺怖くて無理だわ)

(ばっか、肝試しだよ、どんどん心操を怒らせることを順番にしていく遊び、この前制服にジュースこぼしてやってさぁ!)

 

 頼むから俺の言葉を信じてくれ。

 

(心操くんってさ、洗脳をこの学校の気に食わない奴に使ってるってしってる?)

(あぁそれね、なんか目つき悪くて不気味だしあってもおかしくはないって先輩が)

(このまえの野球部の部員がタバコ吸って退部になったの心操の仕業なんだって)

(うっそ!! マジ!?)

 

 俺はそんなことのために個性を使ったことなんてないんだ

 

(なぁ心操、その個性の力、ちぃっとだけ、貸してくんねぇ? 10万出す。いい話があるんだよ)

(まぁよく聞け? お前と俺が組めば絶対無敵だ。ぜってぇサツにはあしがつかねえんだって)

(クソが!! 一人で小金を貯め込みてぇなら勝手にしろ)

 

 信じてくれ……頼む……、頼むから……

 

 

 彼は目を静かに開く。

 

 

 ただ頭を空っぽにしたい、そう思いながら、浮かび上がってくる記憶は自分が考えたくないことばかりであったことに、彼は心で苦笑した。

 

 

 彼は今のクラスに不満はない。

 

 むしろいい人ばかりだとすら思っている。

 

 だが、なぜか、どうしても何か見えない一枚の膜のようなものを彼は感じている。

 

 それは自分のせいなのか周りのせいなのか、彼にはもう分からない。分からなくなってしまった。

 

 

 こうなってしまっては気分も塞ぐ一方と考えた彼は一度体を起こし、大きく息を吐いた。

 

 

 体を起こしてみれば周りには普通科の他にも色々な生徒がいる。

 

 静かに読書をしている恐らく普通科の男子生徒、製図とにらめっこしている上級生は恐らくサポート科、膨大な資料を片手にノートパソコンに何かを打ち込んでいる神経質そうな男は経営科だろうかと彼はあたりを付ける。

 

 

 ここに居ないのはヒーロー科ぐらいだろう。

 

 

 そんな風に考えながら目線を滑らせると、一人の女生徒に彼の目は留まる。

 

 別に格段目を引くとか、奇抜なことをしているわけではない、むしろその逆、ただでさえ学校の隅にあるココのさらに隅、そこで目立たないようにいるのである。

 

 

 彼は以前も同じ場所に彼女が居たところを見た時があった。

 

 

 この場所は様々な人間が思い思いのタイミングで訪れる。

 

 当然彼もそうだが、彼が適当に訪れた時でさえ、少女はいつも一人でいたことに気付いた。

 

 花の高校生生活、そんな貴重な時間に辛気臭くわざわざ一人でいる理由は何か。

 

 

 彼はそこまで考え、まぁ、なんというかありがちな事なのだろうと察した。

 

 

 別に見た目も悪くなく、広げた風呂敷を膝に、きれいに箸を持って丁寧に弁当を食べる少女は、むしろ親の教育が行き届いていて好感すら彼は覚える。

 

 だがこういうのは運であるとも彼は考えていた。

 

 彼に言わせれば、学校生活をいくらうまく過ごそうと努力しても、どう立ち回っても仕方がない部分があるものだ。

 

 少女のどこか生気のない表情を見れば、なにか同情に近い心もわいたが、彼にできることはないと思考を打ち切り、彼はまた背中を投げ出し空を見た。

 

 

 心操人使がその少女の存在に気付いたのはそんな、日常の片隅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからも週に1回程度、気が向けば彼はベンチに座って空を眺めた。

 

 そうして、頭の中に邪念が入ると体を起こしてそれを振り払い、彼は様々な人々を眺める。

 

 

 そうすると毎度のことながらこの場所の隅には彼女が居た。

 

 その表情が以前より暗くなっているのを見るにあまり学校生活は順風満帆とはいかないようだと考えるが、自分がそれを言えた口だろうかと苦々しく思った。

 

 所詮は同じ穴のムジナか、そう彼は自嘲する

 

 そんな小さな、しかも不純なシンパシーを感じながら彼女を見ていたがある時、彼女に異変があった。

 

 

 いつも見ていた彼だからこそ、何より先に気付いた。

 

 

 その日は手元にいつもある小難しそうな本も、いつのまにか手作りから購買のものに変わった弁当もない。

 

 そして何よりその佇まいだ。

 

 暗い、鬱々、重苦しい、いろいろな言葉が当てはまるが、身もふたもない言い方をすれば今にも死にそうな表情の彼女が居た。

 

 流石に心配に思った彼は、しかし声をかける理由もないと葛藤していると彼女が一言。

 

 

「うるさいよ……」

 

 

 底冷えするほど恐ろしい声。

 

 

 おどろおどろしい血を吐くような呟きは、初めて聞いた彼女の少女らしい声でよく通った。

 

 何事かと頭をあげたその場の人間は少女の顔を見て、すぐさま顔を伏せる。

 

 それも仕方がないことだと彼は考える。

 

 感情を押し殺し、干からびたミイラの落ちくぼんだ眼窩を思わせるそれ

 

 その光なく、濁った瞳は底なしの暗闇で見た人間の足元をおぼつかなくする。

 

 誰もが目を背けるそれを見た瞬間、だが彼の足は動いた。

 

 彼自身も驚きながらも、思ったより強い力で立ち上がった勢いのまま少女へと向かう。

 

 

「おいあんた、ひどい顔だが大丈夫か?」

 

 

 うら若き少女にかける言葉としては下の下だが、この場合はそれ以外の言葉は浮かばないのも仕方ない

 

「はは、ほんとにひどい顔だ」

 

 ゆっくりと自分の顔を確認する彼女の顔は少し生気が戻っていた。

 

「保健室に行った方がいいんじゃねーか」

 

「うん。大丈夫です」

 

「おい、本当に大丈夫か? 」

 

「安心してよ。へーき、へーき……、ヘーキだから」

 

 

 どう見ても大丈夫ではないが、本人はへらへらと一切喜びの感情を出さない笑顔を浮かべ手を振った。

 

 おぼつかない足取りのまま彼女はどこぞへときえてしまう。

 

 

 

 言いようのない不安感、何かとてつもない間違いを犯したような違和感を覚えるも、彼女が言うならそれ以上彼は何もできない。

 

 せめて明日、様子をちらりと見た方がいいかもしれないと彼は考えた。

 

 

 

 しかし次の日は雄英襲撃という大事件で休校となったため、さらに間を置くことになった。

 

 

 

 雄英襲撃、これはヒーローを目指す彼自身にも大きな衝撃を与える。

 

 彼自身が慣れない人付き合いをしながら情報を集めた。

 

 ヴィランの不意の攻撃に対してプロヒーローである先生がやられたが残ったヴィランを1-Aが撃退した。怯えて動けない生徒の一人がヴィランにやられて重傷になった。突飛な噂だとたった一人の生徒が敵の親玉を倒したという情報も聞く。

 

 

 その話を聞いた時、自分の中でわだかまる何かが一気に膨れ上がった気がした。

 

 

 同じ学校の生徒として心配する心、そんな中で活躍して脚光を浴びるヒーロー科への妬心、そして何もできない自分への嫌悪。

 

 彼自身でも制御できない苛立ちに、廊下を歩く足は自然と速くなる。

 

 とうとう彼の不注意で誰かと軽く肩がぶつかる。

 

「……わるい」

 

「ったく、気を付けてくれよな、俺の個性“チャッカマン”は驚いたり気持ちが昂ると火が出るんだぞ」

 

「何してんだよ早く? ……おい揉めるのはやめとけ、コイツが心操だぞ」

 

「げ、おまえが……、わ、悪かったよ」

 

「いや、俺の方がわるかった。すまない」

 

 

 眼の前から逃げる彼らに、心操は自分の体に重くて暗いなにかが降り積もるのを感じた。

 

 自分と夢がどんどん広がる絶望、その夢のスタートラインにすら立てない自分の現状に酸欠みたいに周りが暗くなる。

 

 俺だってもっとヒーローみたいな個性があれば……

 

 そこまでして口の中から這い出して来る黒いものを無理やり飲み込んだ。

 

 なれている。いつものことだ。気に病む必要もない

 

 だが、今日は一人で休まなきゃいけない、そう思って、彼はいつものベンチに向かった。

 

 

 

 彼は広場に力なく座り込むとここでようやく少女のことを思い出した。

 

 そのことに自分の小ささを感じながら、何時も少女のいる場所に目をやる。

 

 少女は、意外にも元気そうであった、いやどこか吹っ切れた様子にも見えた。

 

 

 それがいいことか悪いことか分からないが、少なくともあの時のような心の不安定な様子は見られないと彼は安心する。

 

 

 だが今日も妙といえば妙だ。

 

 何か真剣に考え事をしてるかと思ったら、唸り声が聞こえそうなほど難しい顔をして固まる。

 

 その手にある弁当の割りばしは粉々に握りつぶされている。

 

 折れもせずに凝縮された割りばしを見て、個性は増強系だろうかと呆れながら少女を見ていると、突然少女が彼に目を向けた。

 

 当然二人は見つめ合うわけであるが、なぜか両者とも目をそらさない。

 

 奇妙な沈黙が続く。

 

 先に折れたのは心操少年だった。

 

 

「……おい、割りばしいるか」

 

「はい?」

 

 話してみれば確かに彼女は以前と比べて元気だった。

 

 もともと少女を心配していた彼は、その目的さえ果たせればそれでいい、話のだしに使った割りばしを渡してそのまま退散しようと背を向ける。

 

「あのっ!!」 

 

「はい?」

 

 彼はまさか声をかけられるとは思わず、驚きで固まる。だというのに相手側も驚いている姿というのは滑稽である。

 

 これはどういう状況であろうかと彼が困惑していると、少女は一気にこちらに詰め寄った。

 

「お礼をさせて欲しいの。以前も心配してもらったし、今回も助けてもらったから……」

 

 意外に素早いその動きに彼は驚かされたが、お礼をもらうほどのことはしていないと彼は断った。

 

「……いや、いいよ別に、たかが割りばしで」

 

「お願い、心操君、それじゃあ私の気が済まないの」

 

 増強型はどうも我が強い傾向にある気がする。

 

 そんな風に考えた彼であるが、彼女の言葉に聞き逃せない一言が混じっていることに気付く。

 

「……なぜ俺の名前を?」

 

「あっ……」

 

 思い浮かぶのは先ほどの光景。自分の名前が独り歩きしていくというものは非常に不快なものである。

 

 彼の心中にも先ほどのどす黒い感情が沸き上がる。

 

 

「……俺の噂でもきいたのか」

 

 

 彼が一歩詰めようと足を踏み出す。

 

 だが、なぜか少女も一歩踏み出してきたことで彼の出鼻はくじかれた。

 

 

「……そう噂、私の個性で耳がよくて、それで心操君のこと知ってただけなの!」

 

 

 なぜ自分の噂を知ってこのような態度をとるか、彼には分からない。

 

 何か裏があるのではと彼は勘ぐった。

 

 思えば、先ほど見た個性は増強型だというのに耳がいいというのも変と思い、もしや目の前の少女は自分に対して何か思惑があるのではと疑心暗鬼になる。

 

 

「あっごめん、話続けて」

 

「いや……、なんでもねぇけど」

 

 

 思考の沼に嵌った彼は口を閉じ、目の前の少女を注意深く観察した。

 

 涼しいくらいの天気なのに額に掻いた汗、泳ぐ目線、不自然な態度。

 

 

 まさか本当にお礼がしたいだけで、この挙動不審は生来の物なのか

 

 例えば自分みたいな人間と話すよう、誰かに強要されているといったある種のイジメなのか

 

 

 後者の疑いは前者と同じぐらい、どちらも荒唐無稽なものであるというのに、悲しいことに擦れた彼は悪い方がありそうな話だと判断してしまう。

 

 

 正解はその両方だとはこの世の妙であろう。

 

 

「お、お礼なんだけど今度お弁当奢らせてもらってもいいかな」

 

「いや、だから別にそこまでしなくていいって」

 

 押しつけがましい好意に、彼はさらに警戒心を募らせていく。 

 

 

「じゃあ、あの、ま、また明日、ここで待って……ます!」

 

 

 そんな横暴な一言を添えて、彼女は走り去った。

 

 

 もう少しお淑やかな女性だと彼は見た目から判断していたが、一拍置いて自分の人の見る目のなさに思い至って一人で納得していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、今日はどっちだ?」

 

「あー、今日は弁当を奢ってくれるって言う奴がいるらしくてな」

 

「らしくってなんだよ」

 

「居ないかもしんない」

 

「どっちだよ!?」

 

「まぁ行って貰えたらラッキーって感じだ」

 

「じゃあ、俺たちは学食に行くけど、食いそびれたらこっちこいよな」

 

 

 生返事で教室を出た彼は、正直昨日の話があまりにも一方的で何かの間違いではないかと思っていた。

 

 彼は悩んだが、一方的な約束であっても反故にするのはまずいと、生来生真面目な性格が災いし、念のために昨日の場所を覗いていた。

 

 

「……まさか本当に来るなんて」

 

 それは彼のセリフである。

 

 だというのに約束をした当人である少女がそんなことを言い出したのには、彼も少しムッとした。

 

「誘っておいて、なんてセリフだよ」

 

「あっ、……ご、ごめん、来てくれてありがとう心操君」

 

 彼女の大慌ての謝罪に、ただ飯を食べて帰るくらいの気持ちでいけばいいと考え直す彼は少女の隣にどかりと座った。

 

 横を見れば背筋は伸びきって緊張しているのが彼にはまるわかりだった。

 

 ただの男慣れしていない緊張か、それとも何かの裏があるのか、そう考える彼に少女は声をかけてきた。

 

 

「なにか食べたい物とかあった?」

 

 

 ここはひとつ試してやろうと彼は一つの意地悪を思いつく。 

 

 

「ビッグステーキ弁当」

 

 

 雄英におけるがっつり系の弁当で一番人気の目玉商品

 

 そこまでしてステーキを食べたいなら食堂で腰を据えればいいと彼は考えているが、その極厚の一枚肉を好きな場所で食べるという解放感が人を狂わせる魅惑の一品だ。

 

 雄英の学生用弁当は予約以外は公平を期すため昼休みの5分後に開く。そしてこの手の学食は売れ残りを嫌うため、売れきれる量を販売するのが一般的である。

 

 つまり、彼が弁当を頼んだ時点で食堂の混雑は頂点に達している。

 

 目の前の小柄な少女がその中に割って入り、なおかつ男どもを押しのけて一番人気のビッグステーキ弁当を手に入れることはできない。

 

 あえてできないことを言って相手の反応をうかがう彼の心は、疑り深いでは収まらない根の深さを感じ取れる。

 

 

「わかったよ、すぐ買ってくるね」

 

 

 だというのに安請け合いをする少女、もしや現実が分かっていないのではと彼は疑う。

 

 彼女が立ち去り、5分の時が過ぎる。

 

 歩いて戻ってきた少女を見て、どうやら代わりに適当なものを買ってきたようだと考えるがそうではなかった。

 

「はいどうぞ」

 

「なッ……!?」

 

 目の前にはビッグステーキ弁当、しかも自分と少女の分を合わせて2つ。

 

「あっ、ご飯の量の好み聞いてなかったから大盛と普通盛り両方買ってきたんだ。食べきれないなら無理しないで」

 

 正直に言うならビッグステーキ弁当のみでも限界だというのにご飯大盛はつらい。だが無理を言って買ってきた手前、己がたいらげねばならぬと彼は果敢にも大盛を選んだ。

 

 心無しか残念そうな表情をする少女に気付かず、彼は目の前の巨大な肉と米を相手に格闘を始めた。

 

 彼が付属のプラスチックナイフで肉を切るのに苦戦している中、まるで彼女のナイフだけ切れ味抜群の重厚なナイフを使っているのではないかと疑うほど手際よく食べ進めている。

 

 なんとか彼が食べ終えた時、彼女は既に水筒に入った温かい番茶をすすって待っていた。

 

 少女がチラチラとこちらを見ながら何かの機を窺っていることに彼は気づく。

 

 

 彼女の意図は案外わかり易いと思う彼は、話しかけやすいようあえて一息ついたように体をほぐす。

 

 そうして身構える中、少女は口を開いた。

 

 

「今日はいい天気ですね」

 

 

 ここからの会話は、彼にとってツッコミどころしかなく、少女のずれ具合に頭を痛めることになる。

 

 だが、会話をするうちに、どうやら横にいる彼女は致命的な会話下手で、嘘をつくことなどできない少女であると分かってきた。

 

 

 だが、自分の噂を知ってここまで近づくのか、それがどうしても彼には分からない。

 

 

「……その、心操君と友達になりたくて」

 

 

 なのでそのシンプルな答えは彼の思考を停止させるのに十分な威力だった。

 

 

「は?」

 

「俺とか?」

 

「なんでだ?」

 

 出てきた言葉は、そんな片言で、彼は動けずに呆然とする。

 

 

「だって心操君いい人じゃない」

 

 

 彼女の言葉が虚言であるという証拠を作り出そうと彼は躍起になるが、先ほど彼自身が嘘の類が恐ろしく下手な少女と判断したばかりであった。

 

 ここで彼は自分でも分からない強烈な不安感、何か自分が崩されるようなそんな感覚に襲われた。

 

「良い奴だから友達になろうってか?ガキみたいな理論だな」

 

「……俺の個性がなんだか知ってんだろ“洗脳”だ。俺の言葉に答えた者は、みんな俺の言いなりなんだぜ?」

 

「どうした? やっぱり怖いか?」

 

 

 彼がとっさに口に出したのは何故か攻撃的な言葉、そんな言葉だけは何故か流暢に彼の口から出てきた。

 

 

 

「強そうな個性、ヒーロー向きだね」

 

 

 

 だから、嘘もへつらいもなく、ただ純粋に感心したように話す彼女の言葉に彼は逃げ場を失った。

 

 そもそも、何から逃げてるのだろうかとも彼は考えるが答えは出ない。ただすぐにでも拒絶しなければとだけ強く思った。

 

 体の芯がしびれたような衝撃を抑えながらなんとかしゃべろうとした言葉はなぜか正反対のもので

 

 

「なぁ、そういえばアンタの名前ってなんて言うんだ?」

 

 

 目の前の少女のことを笑えないくらいに下手な会話だった。

 

 

 彼の体感では昼休みはいつの間にか終わっていた。

 

 そしてその日の午後の間中、ずっと彼は自分の行動にどうしようもなくイライラしてその焦燥がどうにもなくならない。

 

 そして次の日、彼はクラスメイトの誘いを断ってあの場所に行く。そうするしかこの胸のつかえを取ることは難しいと思ったからだ。

 

 

 

「よぉ本条」

 

「……まさか本当に来るなんて」

 

 見ていて面白いぐらいに表情をくるくる変える彼女はもしや自分が声をかけなければそのままなのではという考えがよぎったが、彼は素直に声をかけることにした。

 

「昨日も言ってたな」

 

「ご、ごめん。あっ昨日のことも、変なこと言っちゃって、せめてご飯を……」

 

 小さな体をさらに縮こませる彼女に昨日そんなことを言っていたなと彼は思い出す。

 

「気にしてねーよ。それにメシも奢んなくていい、俺がいじめているみたいじゃねぇか」

 

「えっじゃあなんでここに居るの」

 

 それは彼自身も知りたかったことであるので少し考え込む。

 

 いや、もとはといえば目の前の少女が自分と友達になりたいと言ったのではなかっただろうか。だというのに、何でここにいるなんて言いぐさは、一体どういうことだろうか、……まてそうするとここに来た自分は目の前の彼女と友達になりたいのか?

 

 そこまで考えた彼は自分の考えを否定するため適当な言い訳を見つけようとする。

 

 

 

「……友達は急だが、知り合いくらいから始めるのがちょうどいいだろ」

 

「…………………………………………………へぇッ!?」

 

 

 自分で出た言葉に彼自身が驚いていた。

 

 だがそれ以上に目の前の彼女の驚きはすさまじく、しばらくボーっとしたかと思うといきなり奇声をあげる。

 

 

 そうしてお互い昨日と同じように隣に座り込む。

 

 

 しばらく無言であったが、少女はこの状況にハッとしたように何を思ったのか口を開く

 

 

 

「今日もいい天気…」

 

「待て」

 

「ひゅい!!」

 

 

 またあのような不毛な会話をするつもりであると感づいた彼により、事態は未然に防がれたのだった。




ぷはー 今日もいい天気☆

迫真ヒーロー科会話苦手部、話術の裏技

おいHMK、お前さっき心操のことチラチラ見てただろ(マッチポンプ)
なんだHMK、嬉しそうじゃないかよ~(ご満悦)

最近ホモ子の元気がなかったからな! しっかり心操と仲良くなれ! おかわりもいいぞ! 遠慮するな、今までの分しっかり楽しめ!

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