個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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10話 後半(2/4)

 体験学習2日目、私のコンディションは最悪だった。

 

 

『オッハー!!!オッハーーー!!!!!!(爆音)

 

 勤め人たるものあいさつは大事(至言)今日もサーッ!(迫真)のもとで修行に励みましょう

 

 昨日はさぼった?

 

 たしかにガバガバパトロールのせいで多少評価の上昇は低いですが、その他の実習の評価はその段階のステータス依存なので、ホモ子のステなら十分な経験値がもらえます

 

 なので実習はよほどのポカをしなければ自動的に高くなります』

 

 

 それは家に帰った時、我が家にされている落書きを必死に消そうとしている母を見つけてしまったことだったり

 

 そのことが学校にバレて聞き取りのため、実習終了後に面談を組まされてしまったこともあるのかもしれない

 

 

 だが目下のところで今、苛立っているのは

 

 

「でだ、本条、お前はどのように未来が視える?」

 

「サー、何度も説明するようですが私に未来をみる力なんてありません」

 

「そうか、じゃあ、私の目を見て握手してみろ」

 

「しませんよ、……その行動をする意味が分かりません」

 

「分からない? 分かっているからこそだろう? 嘘は実習においてマイナス査定だな」

 

「ッ!? そんな理由で成績を下げられたらたまりません!!」

 

「……ずいぶん成績にこだわるじゃないか」

 

 

 当たり前だ。この実習を何事もなく好成績で終える。

 

 その声の命令に従おうとしているのに、こんなつまらないことで邪魔されてはたまらない。

 

 

「……ふむ」

 

 

 昨日から、サーはなぜか私が未来を視れると確信している。

 

 

 昨日の駅で言われたことを私は瞬時に否定した。

 

 未来を見ている方法を説明するということは、声の存在を明かすということ。

 

 声の存在を明かすことが、私にはできない以上、私が未来を見ていることは話のしようがない。

 

 

 そもそも私に未来を視る力がある? これがそんなものであるはずがない。

 

 

 声の話すことを未来予知というならそれは違う。

 

 

『この実習において操作パートは一部イベントとパトロールを除いてなく、イベントといってもクラスメイト関連以外はありません

 

 ミリオは多少関わったところで後のイベントに関わらなければ許容範囲内のロスですので、この1週間はほぼ完全に育成パートだけです。

 

 淡白になるのは仕方ありません、普通なら保須に絡みに行くのが王道ですからね』

 

 

 これは予知なんて、使い勝手のいいものではない

 

 正確に言うなら予知というよりは預言だろう

 

 未来を知っているのは声だけで、いつだって唐突に情報を私に与えて、私の知りたいことなど教えようとしたことがない。

 

 

「あっ、サー、それに桃子ちゃんおはようございます、もうサーと仲良くなったんですか」

 

 

 事務所に入ってきたバブルガールさんはこちらを物珍しそうに見ているが、私は黙秘する。

 

「今日の学生の面倒は私がみる。仕事はセンチピーダーに振ってあるので後は任せた。では行くぞ本条」

 

 そういい捨てると私についてこいと目線をくれて足早に移動した。

 

 

「ところで本条、お前に初めに会った時、なぜヒーローを目指すか聞いたな」

 

 歩きながらサーは話を私に振る。

 

「はい」

 

 私の目的はヒーローになることであり、その先には何の興味もない、だがそんな目的を持つ人間がまともに思われるわけではないので、対外的には博愛、平等、平和、そんな世のため人のためという、ヒーロー達の似たり寄ったりな主張をそのまま嘘らしくならないように引用していた。

 

 

「その嘘は別にいいとして、本当のところ、お前は何でヒーローを目指しているんだ?」

 

「……おっしゃる意味が良く分かりません」

 

「あぁ、違う、責めたわけじゃない、ただの質問だ。別にヒーローらしからぬ個人的な理由でもいい、ただお前の口からききたかっただけだ」

 

 

 ……まぁ、確かに雄英体育祭の私を見て素直に信じるとは思わないまでも、ここまでストレートに言われるとも思ってはいなかった。

 

 だが、このことに関して私は本音を言うつもりは微塵もない。

 

 

「最初に言ったことが全てです」

 

「そうか、分かった」

 

 

 サーは一欠けらも信じていないと私は知っていたが、話はそこで終わりだ。

 

 残りは無言で階段を上る。

 

 移動といっても同じビルの中の別の階

 

 

 すぐにでも着いたその一室は雄英の設備と比べても遜色ないトレーニング機器が置かれていた。

 

 

「サー! それと本条もおはよう!」

 

 

 中には通形先輩も汗を流しながらベンチマシーンに座っていた。

 

 

「今日はお前に稽古をつける。現場でそういったヒーローとしての資質を磨くのも体験学習の役割だ」

 

 

 サーがピラピラと雄英から渡されたと思われる指導要綱を片手でつまんでいた。

 

 

「当然、これは学校の授業の延長だ、私が評価し、成績に反映される」

 

 

 その中の書類の一枚を私へ向かって見せつける。

 

 その日ごとに実習評価を用紙に記入してもらい、それが雄英へと送られることで私の職場体験の成績が決定されることは知っていた。

 

 

「つまり私のさじ加減一つで成績など、どうにでもなるということだ」

 

 

 その物言いに嫌な予感を感じだす。

 

 

「お前に課題を与える。私の持ってるこの書類を破らずに奪い取ってみろ、互いへの直接的な攻撃は無効とする」

 

「……取れなければどうなるのでしょうか?」

 

「なんでもお互いに要求できることとしよう。私が勝てば……、そうだな、お前の成績に最低評価を付けようか、それとも、その能面のような表情を剥がしてみるのも面白そうだ」

 

 

 目の前の人物は冗談を言っているようには見えないし、たった二日であるが冗談を言うような人物にも思えない。

 

 

 私は助けを求めるように通形先輩に目を向ける。

 

 

「サー、その条件は流石に彼女に厳しすぎるのでは」

 

「こいつに限って言えばそんなことはあり得ない」

 

 

 通形先輩の援護もむなしく、サーは上着を脱いでその辺のトレーニング機材にかけ、開けた場所に私と相対して立つ。

 

 

『先ほども説明しましたが、プロヒーローとの直接トレーニングは普段の育成よりも効率が高い上に、場合によってはスキルも取得できます。

 

 佐々木は優秀なスキルを覚えさせられるキャラなので、ホモ子がなんか引いてくれると嬉しいですね……』

 

 

「では始める。試験開始だ」

 

「そんな……、急に言われても。サーの個性は知ってます。私が勝てるわけがありません」

 

 体を斜めに構えるサーに私は訳も分からない状況に狼狽えたような声をあえてだし、一歩後ずさる。

 

「サー、彼女の言う通りです。いくら何でもこの勝負、あまりに不公平ですよ」

 

 通形先輩が戸惑ったようにサーに話しかける。

 

「誤解のないように言っておくが……」

 

 

 

「シッ!!」

 

 

 

 サーが先輩の方に意識を割いた瞬間、私は飛び掛かった。

 

 

 

 

 頭の動きを強制的に叩き込まれた私は以前のように力を持て余すようなことはない、十全とはいかなくても半分は動かせる計算だ。

 

 確かにサーの予知はこの勝負で有利に働く、しかし物事には相性というものがある。私は強化系の個性だ。体の能力で優っているのは私で、反射神経もこちらの方が上、そして何より、まだサーは予知を発動させていない。

 

 

 未来を見られる前に速攻で倒す。

 

 

「この勝負の前提条件は公平だ。そうだろ本条?」

 

 

 だが、それは彼が予知していたように見事に避けられた。

 

 紙と体をひらりと捻ると彼は私の体をいなしながら自然に触れようとしてくる。

 

 私は触られないようにと体を無理に折りたたむと奇襲の勢いのまま距離を取った。

 

 

 完全な不意打ちを防いだサーに、私は驚きを隠せず目を見開き、嫌な汗をかいてしまう。

 

 

 今日は一度もサーに目を合わせて触れられていない、ならば予知は使われないはずだ。だというのに、なぜ今の攻撃を避けられたのか。

 

 

「どうして、と聞きたそうだな本条、なんてことはない、お前の奇襲がいつ来るか分かっていたにすぎない」

 

 まさか、いや、はったりだ。サーの個性の発生条件は目線を合わせて体に触れること、これはまだ満たしていない。

 

「これは個性の予知ではなく予測だ。目線や動き、そういった所から思考を読んだだけだ」

 

「そ、そんなこと……」

 

 プロヒーローという存在に私は震える。

 

 サーは簡単に言うが仮に読んでいたとしても、私の加速に強化系の個性でもない人間がついてこれているという現実を飲み込めないでいた。

 

「そんなに、大きく避ける必要はないだろう? この勝負、互いへの攻撃は禁止されているのだから胸を借りるつもりで打ち込んでこい」

 

 できるわけがない、それはサーの個性の発動を許すことになる。そうなったらこの試験は本当におしまいだ。

 

「しかし妙だ。未来を読める私に奇襲など、おまえは私がまるで予知を使えないと思っていたようだな、それに私に触られるのがずいぶん嫌みたいじゃないか、いや不思議だ。まぁ実際私の個性の発動条件から考えればその行動は理にかなっているのだがね」

 

「……」

 

「まるで知っていたような動きだ。私は教えた記憶はないのだが?」

 

「おじさんに触られたい、女子高生はいません」

 

「いいぞ、多少はユーモアのある返しだ。だが毒を含みすぎてる。合格は出せないな」

 

 

 サーは手ごわい、だがまだだ。

 

 

 腐っても私は強化系の個性、身体の性能を全力で使えば、いかにプロであろうと先に体力が底を突くのは向こうのはず。

 

 からかうように眉を上げるサーに私はもう一度攻撃を仕掛ける。

 

 

 地面を踏み込んで、私は跳躍した。

 

 

 高校入試で行った壁面を蹴った高速移動、あの時の最速を更新した影すら残さないこの技で確実に書類を奪い取って見せる。

 

 はじめは目で追おうとしていたサーであるが、私がもう2段加速すると、明らかに私を見失い、目で追いきれなくなった。

 

 

 いける! これならやれる。

 

 

 そこで念のため、さらに加速し、手ごと書類を叩き落とそうと私は飛び出した。

 

 

 

「驚くほど素直な攻撃だ」

 

 

 だがそこには腕はなく、つまらなそうに書類をひょいと持ち上げたサーがいた。

 

 

 通りすがりに振り向いて目が合う、そしてまるで励ますように軽く肩に触れられる。

 

 

 

「…………これは……」

 

 

 

 これがプロヒーローなのか

 

 

 いい勝負ができるのではと考えていた自分の思い上がりが根本から間違っていた。 

 

 

 個性を使われなければ? 私の身体能力があれば?

 

 個性だけではヒーローになれないなんてありふれた話、耳にタコができるほど何回も聞いていたというのに、その言葉の本当の意味を今、理解させられている。

 

 

 予知を発動させる条件を整えたサーに、予知を使う以前で圧倒されていた私に勝ち目があるはずがなかった。

 

 

「予想できた死角からの攻撃、加速してから攻勢に至る間の取り方、どれも凡庸だ。雄英では私も舌を巻くぐらい慎重で姑息な立ち回りをしていたというのに……、手加減しているつもりかね、まぁそれならそれで私は構わんが」

 

 

 早さで上回ろうと、直接攻撃せず、紙も破かないという枷では私の個性を十全に活かすことができず、時間だけが過ぎ去っていく。

 

 

「……はぁ、これが貴様の本気か?」

 

 

 その緊張感の抜けた。サーの変わりない動きに、本当に予知の個性を使っているかも怪しい。

 

 サーの体力が全く削れていない、私はこのまま戦い続けても意味がないという絶望を次第に理解させられていた。

 

 

「……ユーモアが足りない」

 

 

 いつのまにか肩で息をする私を見て、サーがつぶやいた。

 

 

「まるでナイフを持って自分が強くなったと思いこんだチンピラだ。動きがあまりにつまらない、能力と戦闘センスの乖離が甚だしい、雄英体育祭のあれはまぐれか?」

 

 ……頭に一瞬血が上る、が私に何が言い返せるわけでもなく、口をつぐむしかない。

 

「私の個性の発動条件を知っているなら、初めから目を瞑っていればよかっただろうに、お前の個性ならそれくらいできるのだろう?」

 

 そう言われて私はハッとする。

 

 サーは相手に触れたうえで目線を合わさなければいけない、目に関していえば私の感覚器なら暗闇の中でも動けていたはずだった。

 

 そこまで考えて、自身の個性すら使いこなしていない羞恥に俯いてしまう。

 

「……そこで、その表情ということは、本当に私の個性の発動条件を知っていたのか」

 

「あっ……」

 

「顔に出すぎだ。本当にどうしてお前が一位を取れたのか……、あとどれくらい時間があれば私から紙を奪えるのかね?」

 

「わ、私は何時間でも戦えます」

 

「そうか、よろこべ、私も今日はもう少し付き合ってやろう、だがこの様子であれば最低の成績で帰ることになるがいいのか?」

 

 

 その横暴な言いように私は奥歯をかみしめる。

 

 

「どうした本条、お前の力はこんなものなのか? 私はお前の先を読むぞ、どうやって立ち向かうつもりだ? 奥の手があるなら早く使った方がいい」

 

 

 

 お前も未来を視ればいいだろう? サーのそんな声が聞こえそうなほど、わざとらしい挑発だが、未来を知っているのは私ではなく声だ。

 

 私の乏しい経験から必死に頭の中で思考を巡らせて打開策を探る。

 

 

 ……が何度考えてもダメだ。

 

 

 私の力ではサーに勝てない、どうやらこの戦いは声にとって操るべき場面でもないため、声の力は使えない

 

 

 

 

 

 声のない私に勝機はない

 

 

 未来を視るサーに、未来が見えない私が勝てる道理がない。

 

 

 そう、私だけの力では未来を視ることができない

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 ……意図的に考えることを止めていた方法が一つある。

 

 

 

 『アレ』を使えば……、あるいは……、しかしそれは……。

 

 

 

 雄英体育祭で爆豪君と戦った時、爆風で五感が潰えた状態で『アレ』と深く繋がった私は見た。

 

 五感が消失した私が見えるはずのない爆豪君の動き、そしてそれがどのように振るわれるかを

 

 無我夢中で、あれがどのような原理だったかは分からない、ただあの時私はそれが()()()

 

 

 

 

 

 

 幸い、今はあの時と違い、私には十分な気力と時間がある。焦る必要はない。

 

 

 

 私は落ち着いて、ゆっくりと浅く息を吐き、サーの方に体を向けると同時に意識を集中させた。

 

 

 

「どうした? 動かなければなにも変わら……ッ!?」

 

 

 意識をサーではなく、脳とそこから伸びる線に集中する。

 

 

 

 あの時、頭の線がつながったのは死線の中、驚異的な集中力が引き起こした全くの偶然だ。

 

 

 普通ならもう一度やれと言われて再現することは難しいだろう、だが幸か不幸か、私には自信があった。

 

 

 成長とは物事の効率化だ。

 

 

 一度()()()ならば次も()()()。その次はもっと上手く、次の次はもっともっと上手く

 

 

 私とは違い私の個性は一度した失敗は二度としない。

 

 

 完璧な再現、線は、狭い脳内を押しのけ、頭蓋を突き破り、頭から飛び出した。

 

 

 

 私の脳が『アレ』と再度繋がる。

 

 

 

 

 

 

 

 ブツンと電源が落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬だけ真っ暗になったと思えば視界がすぐ戻る。

 

 

 

 

 あれ?

 

 

 

 

 訳も分からない私の目の前にいつの間にか電灯が見える。

 

 サーは一体どこに?

 

 背中が冷たい。どうなってるのだろうか?

 

 

「ここまでとする」

 

 

 まるで見上げるように視界の下からのびるサー

 

 

「お前の現状はある程度把握した」

 

「……えっ?」

 

「どうした、早く起きろ、時間は有限だ」

 

 

 

 位置がおかしい、なぜサーが寝転んで……

 

 

 違う、私の方が倒れている?

 

 

 

 

 ここでようやく私は何が起こったか把握する。

 

 

 サーとの成績をかけた勝負、未来を読むサーに対抗するため、私も未来を視ようとした。

 

 その結果がこれだ。

 

 

 私は力を使いこなせずに昏倒し、サーに見下ろされて敗北している。

 

 

「そんな……」

 

 

 負けた。最低成績だ。

 

 声の命令に応えられなかった。

 

 

 

 

 また失敗する。何かが私の手をすり抜けてどこかに行ってしまう。

 

 

 

 

「成績云々は嘘だ」

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「まさか本当に学生がプロの私に勝とうと思っていたのか?」

 

「だ、だって」

 

「本気を見るために決まっている。私は互いに要求をのませるとは言ったがその内容は指定していない」

 

 

「なっ!? は、このっ! ……ッ!無茶苦茶です!!!」

 

 

 私は一瞬、彼が何を言っているか分からず、もごもごと何かを言いかけ、一拍置いて絶叫した。

 

 

 似たようなことを雄英の初めにやらされたとはいえ、あの時は自分とは関係ないからまだ心に余裕を持てていたというのに

 

 今、緑谷君の立場になって、相澤先生を素直に慕っている緑谷君の懐の広さを意外なところで知ってしまった。

 

 

『やりますねぇ!!

 

 たった一度の訓練でスキルを習得しました! スキル入ってるやん!? この中の中で?』

 

 

 サーは血走った眼をしているだろう私を見下ろしながら問いかける。

 

 

「それでは本条、約束通りお前に要求する。が、お前に選ばせてやろう。ジョークで私を笑わせるか、私の特別訓練を受けるか」

 

 

「は? じ、ジョーク?」

 

 

 真顔でふざけたことを言うサーに私は聞き返す。

 

「お前にはユーモアが決定的に足りていない、これは私の事務所にいる上でもっとも由由しき事態だ」

 

「……貴方は何を言っているんですか?」

 

「本条には無茶ですよ!? そんな役回りバブルガールさんだけだと思っていたのに!!」

 

 良く分からないところで口をはさむ通形先輩を無視してサーはこちらを睨む。

 

 

「選びたまえ、本条桃子」

 

 

 全く意味不明な提案だが、私はここで考え込む。

 

 

 

「……笑わせられたらもう私に対して変に絡むこともないんですか」

 

「あぁ、約束しよう、成績だっていいように書いてやる」

 

 

 

 こちらに損はないのだ。

 

 私は覚悟を決めた。

 

 

 

「……こんな話を知ってますか?」

 

「の、乗った!?」

 

 

 なぜか通形先輩が息をのんでこちらを凝視している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あるところに野菜しか食べないヴィランと博愛、平等、平和を唱えるヒーローがいました」

 

 

「ふむ、それで?」

 

 

菜食主義者(ベジタリアン)のヴィランである彼は野菜(ベジタブル)しか食べられません、なら、人道主義者(ヒューマニタリアン)のヒーローは何を食べて生きているのでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 一瞬の静寂

 

 

 

 

「では私の訓練を受けてもらうぞ」

 

 

「……うん! 何事もチャレンジだぜ!」

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 …………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーによる無茶苦茶な課題の後、私を見て優しく微笑みながら親指を立てた通形先輩はパトロールのためその場を後にした。

 

 

 残されたのは無表情のサーと、羞恥心で感情が死んだ私だ。

 

 

 ホワイトボードの前で私は机に座り、サーは講師のように立っている。その気真面目でエリートそうな顔が際立って、その姿は堂に入っている。

 

 

「未来予知の個性は、非常に強力でコントロールが難しい、しかも表に出ている実例も数が少ない」

 

「私の個性は未来を見るものではないです」

 

「いいから話を聞け」

 

「……」

 

 貴重なプロの指導をあえて拒否する必要はないので素直にサーの話を聞けばいいものの、私の心の隅にはフツフツとサーに対する敵愾心が湧いてくる。

 

 立場を利用したパワハラじみた質問、無茶苦茶な脅し、虚言、体に触れようとするセクハラ

 

 ここにきて、私から見たサーとの心理的距離は非常に遠いものとなった。

 

 

「先ほどの様子、どうもお前は個性のコントロールができていなかった。よく幼児期に見られる個性の暴走に近いな、歪んだ個性の使い方により個性を体力の限り出し尽して倒れたように私は見えた」

 

「……個性の制御ぐらいできてます」

 

 

 私の小さな反論をサーはあえて無視して話し続ける。

 

 

「よく、小学年次一斉個性カウンセリングでは個性の制御について“勢いよくこぼれないように自分の中の蛇口をほんの少し開く”といった表現がされているが、お前の場合は特殊だろう、私もそうだった。具体的な感覚を掴むまでは苦労したものだ」

 

 

 サーはなぜ私にこのようなことをするのだろうか

 

 

「普通の個性ならそんなイメージすら必要ないのだがな、初めから個性を操れるものは感覚が染みついて体の一部となっているから、個性の感覚を何かに例える必要がない、足を動かすときの感覚を手で例える奴がいないようにだ。だがしかし、我々のような者達にはその感覚が必要だ」

 

 

 同系統の個性かもしれない私を慮って選んだ?

 

 いや、それにしてはあまりにも扱いがひどすぎる。

 

 

「操作できない程の強力な力、そういったピーキーな個性の場合、個性のコントロールの難度は跳ね上がる。それを制御するイメージは……、例えるなら車のクラッチだ」

 

「……クラッチですか?」

 

「エンジンという膨大なエネルギーに、ほんの少しだけ自分という車輪に伝わるようにギアを入れる。半クラッチのように自分の望むだけの動力を伝える加減を覚える。そうやって……」

 

「……私、そもそも車の運転したことありませんのでクラッチが良くわからないのですが」

 

「むっ……、だが、ふつうクラッチぐらい一般常識で知っているだろう、男なら小さい時に車の仕組みぐらい知って……」

 

「私は女です。それにこの時代、自動変速機(オートマチックトランスミッション)付きの車か、最近はAIによる完全自動運転ですよ」

 

「ふむ、この例えは失敗だったか、……いやまて、トランスミッションがわかってクラッチが分からないわけがないだろうが」

 

「さぁ? そもそも私には関係のない話ですし」

 

 

 つい生意気な口答えをしてしまう、私にサーが呆れたような顔を見せる。

 

 

「もう少し真面目に取り組め」

 

「いたって真面目ですが」

 

 

 問題は何も解決していないが、私は少し清清したと暗い喜びを覚える。

 

 

「本条、さっきのジョークの話だが、ブラックユーモアは……」

 

「すいません、真面目に取り組みます」

 

「よろしい」

 

 

 ……卑怯だ。

 

 あんなこと真に受けて慣れないことをするんじゃなかった……

 

 

「……話を戻すぞ、大切なのはイメージだ。自分の力を引き出して、調節する自分にとって正しいイメージ、私はクラッチといったが何でもいい、蒸気のバルブ、電源のスイッチ、銃のトリガー、自転車のペダル、人により千差万別だ」

 

「イメージですか……」

 

「そうだ。普通、個性のコントロールはひたすら反復させて体に覚えこませることが基本だ。だがお前のような負担の大きい場合はそうはいかない、……どうだ本条、急に倒れたが体調の方は」

 

 

 ふいに、本当に心配そうな声色で体の調子を聞かれ、私は一瞬ペースを崩される。

 

 

「……別に、もともと何も問題はないです」

 

「馬鹿め、何もない人間が急に倒れたらそっちの方が問題だ」

 

「あの時は自分の限界を超えて個性を使ったせいで倒れただけです」

 

「やはり個性を制御できていないじゃないか」

 

「……制御できないレベルを出さなければいけない状況に、サーが追い込んだんですよ」

 

「つまりお前の個性の限界は本来もっと上にある。だというのに引き出せていないわけだ。一般人ならともかく、ヒーローにとって、この状態が個性を制御できないと言わずになんというのだ?」

 

「それは……」

 

 

 サーには口で勝てないことを悟り、むっつりと黙りこむことしかできない。

 

 

「それでは、お前には、用意した特訓をこなしてもらう」

 

「イメージを掴むため、具体的には何をするのでしょうか?」

 

「安全が確保された場所で集中的に鍛える」

 

「ひたすら個性を使っての訓練ですか?」

 

「そんなものはどうせ雄英で飽きるほどやらされるさ。限られたこの1週間、お前が今必要なことは成長のための自己分析だ。そしてそれには同系統の個性である私と比較して学べ、実習中は1日1時間だけ今日みたいな時間を取るようにする。本格的な訓練は明日からだ」

 

「訓練についてはわかりました。ですが私の個性は成長でサーの個性とは違いますよ」

 

「頑なに認めんな……」

 

「プロから受ける特訓は望むところです。私は、私の個性である“成長”の個性のために特訓をさせてもらいます」

 

「……とにかく私の指示に素直に従うことだ」

 

「わかりました。それと私はすでにサーには素直に従っているはずです」

 

 

 

「先ほどのものと比べれば、本条が話した中で一番面白いジョークだ。お前への認識を少し改めておこう」

 

 

 

「ジョークについてはもう弄らないでください……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり本条桃子には何かある。

 

 

 サー・ナイトアイの疑念が確信に変わったのは車内での会話だ。

 

 

「結局変えられないんですよ、みんな自分の意志で分かれ道を選んでいるようで、その実、決められたレールの上を歩いているに過ぎないんです」

 

 

 未来ある十代が考えるにはあまりにも擦れた未来観

 

 諦観にも似たその感情はどこかで聞いたと誤魔化すには無理があるほど身に覚えのある感情だった。

 

 

 彼女、本条桃子はヒーローになど微塵も期待や関心を寄せていないことをサーは知っていた。

 

 

 それは短い接触であったが、彼の驚異的な観察力により、行動の節々に見られた。

 

 プロヒーローの事務所に体験学習に来たというのに全く興奮も気負いも見せないヒーローへの興味の薄さ。

 

 それは自分の才能への傲慢かとも思えば、彼女の姿勢は低姿勢で、それが慇懃無礼などではなく、自身に足りないものを学ぼうとする真摯さが見えた。

 

 

 まるでチグハグ。

 

 

 ヒーローになんて微塵の興味もない癖に、何よりヒーローになりたがっている人間

 

 ヒーローになることが彼女の別の目的と合致しているのかもしれない。

 

 

 そんな人物像をサーは経験からプロファイリングしていた。

 

 本音を言えば、彼女の心根がヒーローに向いているとは思えなかったが、それは自分にも少し言えることだと顧みて、口に出すのはやめた。

 

 あえて無理やり彼女の目的を予想するなら復讐・償いといった代償行為があげられるが、彼は釈然としない。

 

 彼が調べた彼女に起こった過去の事件が原因かとも彼は思ったが、それではいくつかの疑問や矛盾が解消しなかった。

 

 

 そこで、これ以上は推測の域を出ないと、彼は一旦思考を打ち切る。

 

 

 その不可思議な二面性を確かめるため、最も手っ取り早い方法を彼は知っていたからだ。

 

 

 

 

 こうして彼は次の日、訓練にかこつけてすぐさま彼女の未来を見る。

 

 

 

 彼の個性は彼女の先を見た。

 

 

 それを見てサーは勝手な話ではあるが、わずかに落胆してしまう。

 

 

 近い所から順々に見ていけば、初めのうちは他の者達とそう変わらない

 

 

 倒れる彼女と見下ろすサー。

 

 

 サーと戦い、手も出せずに敗北。

 

 

 この実習を無難にこなしていき、そのまま雄英に戻る。

 

 

 そんな、なんの変哲もない、未来だった。

 

 

 全ては自分の勘違いだったのか?

 

 それでもあるいは……

 

 

 

 だが未来を視たサーの感覚がここで強い違和感を覚える。

 

 

 

 彼が見た本条桃子のより先の未来、違和感の正体はその光景だ。

 

 

 色、色、色、でたらめに色を塗りたくった乱雑な光景

 

 

 

 ある一定の未来からそんな光景で塗りつぶされ、全く先が見えない。

 

 

 それはまるで色付きのモザイクといえばいいのだろうか、極彩色に彩られたそれが延々と続く現実離れした光景で、予知の意味を全く成していない。

 

 

 

 このような見え方はあり得ない、たとえ死んだ人間だとしても、それは何も映さない真っ黒な映像が流れるだけである。

 

 

 

 サーは動揺を隠しながらもその意味を見極めるため、彼女と煽るように戦い、その本気を引き出そうとした。

 

 

「どうした本条、お前の力はこんなものなのか? 私はお前の先を読むぞ、どうやって立ち向かうつもりだ?」

 

 

 そんな煽りを受けて少女は集中するように呼吸を整える。

 

 

 彼はすでに未来視を行い、地面に這いつくばる彼女と、それを見下す自分が映った光景を見ていた。

 

 

 やはり未来は変えられないのか。

 

 

 

 彼がそう思った時である。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ゆっくりと浅く息を吐き、サーに向かって構える。

 

 それと同時に、予知の個性が信じられないものを映す。

 

 

 

 予知の映像は変わらない、それは彼にとっての不変のルールであるはずであった。

 

 

 だが目の前で見る予知の光景は違う。

 

 

 輪郭がぶれて重なり合う人体。

 

 

 その一瞬で変わらないはずの映像が更新され、さらにぶれていく、1人が2人に、2人が4人に、指数関数的に増大する彼女の虚像が未来を映し出し、色が折り重なり極彩色の光景が作り出される。

 

 

 その輝きは一瞬で、目の前の彼女は後ろに倒れこんだ。

 

 それと同時に予知の映像の輝きは収まり、光が失われ、いつもと変わらない景色に戻る。

 

 

 

 結局は目の前で倒れている彼女と、見下ろす自分という光景は変わらないままだ。

 

 

 

 だがサーはそれを見て興奮からくる体の震えを抑えきれていなかった。

 

 大げさに言えば倒れこんだ彼女以上にサーは卒倒しかけていたくらいだ。

 

 未来という常人に不可知な感覚を知る彼だからこそ気づく

 

 

 

 この極彩色の塊は、そのまま、未来の可能性なのだと。

 

 

 

 今起きたことはそのまま未来への干渉に他ならない。

 

 彼女は未来を変えるなにかを持っている。

 

 

 ここでサーは一つの決意をした。

 

 

 

「それでは本条、約束通りお前に要求する。が、お前に選ばせてやろう。ジョークで私を笑わせるか、私の特別訓練を受けるか」

 

 

 

 

 ヒーローとして未熟な彼女に道を示す。

 

 それが運命に対する僅かばかりの抵抗になるのではないか

 

 

 

 なによりまず、その面白くもないしかめっ面に多少のユーモアを浮かばせられるように願って。

 

 

 

 

 

 

 その少し後、彼女のユーモアについて彼は後悔することになるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




修行編って退屈なんすよね……
次話で三年後……、とかで良くない? よくなくない?
やめたくなりますよ〜修行ぅ(努力することを知らない手抜き野郎)

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