個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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すん(@sun_1200)様が本作の1話部分を漫画にして下さいました
(他サイト、ツイッターに繋がります)
https://twitter.com/sun_1200/status/1424445424404893697


11話(5/6)

 合宿3日目、レクリエーションとして用意されたクラス対抗肝試し大会

 

 

 

 この余興がこれからの未来を大きく左右するなど、だれがわかるだろうか

 

 

「ハァーイ、それじゃあルールを説明するわよ! 脅かす側の先行はB組、A組は二人一組で3分おきに出発、中間地点のラグドールが持っているお札を持って帰ってきなさい! 何事もなければ15分程度で回ってこれる計算よ!」

 

「脅かす側は直接接触は禁止で、個性を使って相手を脅かすこと!」

 

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」

 

 

 

『説明しよう!

 

 林間合宿肝試しとは、走者達に失禁を強制させる糞イベである!』

 

 

 

 私は誰にも見られない隅で肺の中の物を全て出す勢いで息を吐き、目を瞑って集中する。

 

 心臓を規則的に動かす。瞳孔のゆらぎを無くす。毛細血管の拡張を抑える。

 

 自分を完璧にコントロールしたと確信した時、私は再び目を開けて歩き出した。

 

 

「よ~し、順番とペアはくじ引きで決めるぞ! さぁさぁ、早い者勝ちだにゃ!」

 

 

 その動きの意味など他人には一切分からないだろう。

 

 

「おっ、一番は君かにゃ? どうぞどうぞ」

 

 決められたタイミングで、所定の動作を完璧に行い、握られたくじをかき混ぜつつ、一つの紙を慎重に抜き取る。

 

 

『このイベントの何が糞かと言いますとこの初期のくじ引きでタイムがブレるブレる!

 

 え? それは屋内訓練や体育祭、今までも同じだったですって?

 

 いいえ違います

 

 これからの選択により本格的にストーリーが原作から分岐していきます

 

 これは早ければ体育祭あたりから変わることもありますが、あえてこのチャートではそのブレを抑えてきました

 

 なぜですって? そりゃ乱数が暴れるとガバるからです

 

 暴れんなよ……、暴れんな……(ルート固定)

 

 原作とは違う因縁を生み出すキャラ達もいますし、原作で目立たない生徒が活躍する展開も当然あります

 

 運が悪いと殉職する奴もいるので気を引き締めましょう

 

 まぁ緑谷、爆豪、轟辺りの主役級の奴らはあえてやろうとしない限りまず落ちないので安心してどんどん肉壁にしてください

 

 周回しても飽きの来させない神仕様にして、RTAの安定化を許さない悪魔の仕様です』

 

 

「はいはい、じゃあどんどんクジを引いていってね」

 

 

 

 

『クジの引きのペア分けによる分岐を説明します

 

 まず1組目と2組目ですがムーンフィッシュ襲撃があります

 

 

 特に戦闘力の低い奴や奇襲を察知できない生徒が1組目にあたると場合によってはロストします

 

 もし1組目にあたったのならさっさとムーンフィッシュを倒して周りの制止を無視、2組目ならペアを無視してトゥワイスのタマをとりに行きましょう』

 

 

 1組目は本当に難しい、察知に優れた障子君か耳郎さんがいなければ先制攻撃の危険性が跳ね上がり、最悪死ぬ場合がある。

 

 察知した上で反応し、自分とペアを守るほどの動きが出来るのは障子君ぐらいしかいない

 

 1組目、2組目は純粋な戦闘力を持つ人を選ばなければならないだろう

 

 私が行けば早いのではあるが、この戦いにおける私の配置はすでに決まっている。

 

 

『3組目と4組目はマスタードのガスだまり直撃です

 

 原作では八百万がいるためガスマスクで回避できましたが、それ以外だと増強型や勘の良いキャラが出ないとそのままガスで行動不能にされてしまいます

 

 しかもランダムで脳無が出現するので、A組全員がガスか脳無に倒されてしまうとB組を救助する者が減り、最悪の場合は大量ロストします

 

 A組ペアに不安がある場合はB組の生き残りをうまく使いましょう

 

 これを防ぐため通常RTAルートでは、マスタードを即血祭りにあげる。B組の生き残りを生餌にして脳無の注意を逸らす。マスタードの位置を教えて鉄砲玉にさせるなど工夫しています』

 

 

 3組目と4組目、犠牲者が出る可能性が非常に高いのがこの組だ。

 

 声の言った通り八百万さんがカギであり、彼女の作るガスマスクがなければガスの後遺症が出てしまう可能性だってある。

 

 

『ちなみにガス溜まりにいる八百万に接触すると確定でガスマスクをもらえます

 

 この八百万製のガスマスク、ショップで買った只のガスマスクに比べ売却額が5倍で後の金策にも使えますので余裕があれば入手しましょう

 

 おう親父、この臭い防具を高く買いとってくれ!』

 

 

 八百万さんは絶対に3組目か4組目に居てもらわなければいけない。

 

 だが彼女だけでは脳無との戦闘に不安が残る。極低確率で八百万さんが脳無に殺される可能性もあるため対策は必要だ。

 

 初めにガスの原因であるマスタードを無力化する作戦もあったが、その場合、戦闘経験の低いB組が余計に動き回り、不幸にも敵に殺される可能性があるためできない

 

 B組とA組の差はたった一度の実戦の差のみではあるが、その一度が彼我を分ける重要な要素だ。

 

 端的に言えばB組は邪魔でしかない。

 

 彼らのためにもこのままガスにまかれてもらう。

 

 

 

『5組目はトガヒミコ襲撃

 

 ですがここは問題ありません、2対1で戦えますのでほっとけば倒してくれます

 

 当たった場合はさっさと倒して、トゥワイスに会いに行きましょう』

 

 

 声はそういうが、相手は性格上の振れ幅が大きいせいか行動も気まぐれで面倒だ。

 

 運が悪いと手痛い反撃を受ける場合がある。

 

 

 

『6組以降は合宿施設に戻りますので、戦闘はないと考えてよいです

 

 例外はCOATボーイ……、ではなく洸汰ボーイの過去の情報を取得し、それで解禁される秘密基地の情報を取得することでマスキュラー戦に突入します。その場合は緑谷と共闘してマスキュラーに挑むことになりますがそんなんRTAでやるわけがありません

 

 基本的には主人公たる緑谷がどこに配置されようが洸汰を救いにマスキュラーに戦いを挑むので、どうぞ勝手に3人で盛りあってもらいましょう

 

 6組以降は最速で戦闘終了なのですがこの場合トゥワイスを倒せないので、震えながらRTAを進めることになります』

 

 

 緑谷君はまさに主人公だ。

 

 未来を視て思わず笑ってしまった。

 

 

 彼は絶対に洸汰君を助ける。

 

 例え、別のヴィランの妨害を受けても必ず突破してたどり着き、そして救って見せる。

 

 

 洸太君の前に立った緑谷君は必ずマスキュラーを打ち倒す。

 

 洸汰君を緑谷君が守ろうとした時、彼は決して負けることがない無敵のヒーローになるのだ。

 

 

 ハハ、まさに声の言う通り、主人公だろう。

 

 

 

『補習組の場合、これも戦闘はないです

 

 変なペアでおかしなところに飛ばされるくらいなら補習に固定したいぐらいなのですが、期末試験を落とすと経験値が足りないのでRTA的には不可です

 

 いやーこう見ると、原作の組み分けが薄氷の上で成り立ったギリギリの最適解だったんですね』

 

 

 6組目以降の待機組はスピナーとマグネが奇襲を仕掛けてくるが、この二人だけならヒーロー側の勝利は揺るがない

 

 

 これらの条件を満たす組分けを選んだ場合、その割り振りはほぼ固定される

 

 

 1~4組の各組に最高戦力をそれぞれ配置する。

 

 1、2組目は先頭に障子君を固定し、それ以外の実力者を3名

 

 3、4組目は八百万さんを固定し、同じく3名

 

 

 

 私の独断でA組で単純な戦闘力を持ち、有事に動けるレベルの者は12名、その中でどんな場面にも適応できる戦力は緑谷君、爆豪君、轟君、それに私の4名

 

 残りの戦闘力の高いクラスメイト達は蛙吹さん、飯田君、尾白君、障子君、常闇君、切島君、瀬呂君、芦戸さん、……の9人だ。

 

 だが補習で瀬呂君と芦戸さんは使えない、暴走の危険性がある常闇君も抜かして残りは6人

 

 最善策として1~4組にそれぞれA組の最高戦力を置き、その隙間に戦える者を配置すれば極小の確率でも敵に皆が殺される可能性はなくなる。

 

 

 が、そう単純に問題は解決しない。

 

 

 理由は人数だ。

 

 

 1~4の班には最高戦力を当てたいが、緑谷君だけは襲撃後、マンダレイの念話で洸汰君の行方が分からないことを知ると、すぐに洸汰君のもとへ移動してしまう。

 

 この場合、緑谷君のペアが一人となり、僅かに命の危険が生じてしまう。

 

 そして面倒なことに洸汰君を救おうとする彼を止める生徒はA組では誰一人としていない

 

 

 洸汰君を事前に安全なところへ誘導し保護させ、緑谷君を動かさせない手だってもちろん考えた。

 

 だがその場合、マスキュラーを抑えるものがいなくなってしまう。

 

 

 ならば私が自由に動いて全体をカバーすればいい、……という訳にもいかない、なぜなら私の配置は決まってしまっているからだ。

 

 

 4組目だ。

 

 

 理由はラグドール、彼女を救出するにはこの場所でなければいけないからだ。

 

 

 ヒーロー、ラグドール、彼女はこの襲撃の初めに、誰に知られることもなく敵に襲われ誘拐される。

 

 これは誰をどこに置こうが避けられない。

 

 それを回避できるのはその襲撃を事前に知る私だけだ。

 

 

 ラグドールが連れ去られる前に彼女を助けなければラグドールは、ワープの個性を持つヴィラン、黒霧に回収されてしまう。

 

 

 例えば幾人かの命が失われる僅かな可能性に目を瞑れば、全員が生き残る方法はいくつか見つけられた。

 

 もちろんA組は実力者揃いだ。

 

 彼らは敵と勇敢に戦い、大抵の場合は勝利、そうでなくとも引き分けるだけの地力がある。

 

 

 

 だがそれでも負ける可能性はゼロではなかった。

 

 

 

 トガヒミコが振り回すナイフが麗日さんの頸動脈を捉えぱっくりと裂いた時

 

 脳無の振り回した凶器が八百万さんを引きずり逃げる泡瀬君ごと両断した時

 

 錯乱した常闇君のダークシャドウが障子君を呆気なく握りつぶしてしまう時

 

 マスキュラーが仲間を庇った蛙吹さんの体を腰から真っ二つにへし折った時

 

 

 もっと可能性を探るべく戦闘の条件を変えてもみた。

 

 

 ピクシーボブへの不意打ちを防ぎ、土流の個性でヴィランを殲滅する。

 

 戦況が有利に傾いたことで洸汰君を探しに行くマンダレイが洸汰君に化けたトガヒミコに殺された。 

 

 

 洸汰君を安全地帯に退避させ緑谷君をフリーにして戦わせる。

 

 洸汰君が後ろにいない緑谷君は意外なことにあっけなくマスキュラーに殺された。

 

 

 期末試験の補習者をゼロにすることで動かせる戦力を増強させる。 

 

 自由に動く生徒達を狙われてしまい何人かが殺された。

 

 

 そもそもこちらを襲う前に相手に奇襲をかけてみた。

 

 私だけでは勝てなかったうえ、下手に刺激したせいで暴れだしたヴィランに何人かのクラスメイトが殺される。

 

 

 プッシーキャッツを口先で丸め込んでA組とB組の脅かし役の先攻後攻を変えてみた。

 

 B組の半数が殺され、動揺したA組も何人か殺された。

 

 

 偽のヴィランの襲撃を自作自演して相手の不意打ちの出鼻を挫いてみた。

 

 私が内通者と疑われ、その隙にヴィランが多くの生徒を殺し、あるいは誘拐された。

 

 

 そのどれもが現状の最善よりひどい結果、安定性で言えば比べ物にならない不出来な物

 

 

 穴を小さくする方法を見つけても完全にふさぐ手立てが見つからなかった。

 

 

 だけど私は諦められなかった。

 

 どうしても許せなかったから

 

 

 そして私は答えを見つけた。

 

 

 なんてことはない、私に覚悟が足りないだけの話だったのだ。

 

 未来を見通すのは意志の力

 

 魔獣の森でもそうだったが私は下手によく見える分、綺麗な方法、完璧を求め過ぎていた。

 

 そんな余分なものは私に許されるはずがないのに、私はここまで来てまだ手を汚す覚悟が出来ていなかった。

 

 やりたくないこと、したくないことをそうだと思えばそれだけで私の未来はブレてしまう。

 

 

『スリザリンは嫌だ……、スリザリンは嫌だ……、スリザリンは嫌だ……』

 

 

「ほ、本条さん! よろしくね!」

 

「緑谷君、こっちこそよろしく」

 

 

『アズカバアァーーン!!』

 

 

 

 つまり覚悟だ。

 

 

 

「よーし、じゃあ始めるよ! 1組目は前に出てくるにゃ!」

 

 

 もうすでに仕込みは済んでいる。

 

 あとは実行に移すだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『運命の手番は4 不吉な連想をさせる数字です

 

 日本における4はゲームの方向性が大きく変わる数字とされ、シリーズの顔に泥を塗った駄作を連想させるため忌み数とされています……(捏造)

 

 ですが本RTA的には吉数

 

 ロックマンX4、ペルソナ4、淫夢4章、バイオ4の方の4です

 

 そしてペアは緑谷、……なんで?(殺意)』

 

 

 私はぎこちない様子の緑谷君と時間がくるのを待った。

 

 

「よし! 3分経ったわね 4組目GO!!」

 

 

 私たちの順番になったので素早くコースに沿って歩き出す。

 

 

 緑谷君の歩くスピードよりかなり早めに歩いていく私

 

 それに置いて行かれないようにと緑谷君も早足でついてくる。

 

 街灯もない夜の森、月が出てると言えども空にはうっそうと茂った木々が僅かな明かりを遮る。

 

 

「さすが、暗いのによく迷わないで進めるね」

 

「これくらいの暗さなら苦じゃないよ」

 

 

 急ぐ私に追いつこうと緑谷君が地面に足を取られながらもついてくる。

 

 意地悪をしたいわけではない、早く定位置に陣取りたいだけなのだ。

 

 

「すごいなぁ、どれくらい見通せるの?」

 

「そうだなぁ耳もあるから……、例えばあそこの背の高い草の影、たぶんB組の人がいるよ、……あとは地面かな? なんか揺れてる気がする」

 

「そ、そこまで分かるの?」

 

 緑谷君は地面や草陰に目を凝らしているが見つけられなかったようだ。

 

 だがそれも仕方がない

 

 草陰の方はいつもの私でも気づけるが、あそこまで離れた地中は注意深く観察しなければ難しい、もともと知っていたことをそれらしく話しただけである。

 

「あと10歩で下から来るよ」

 

 ここで驚かれても時間の無駄だ。 とにかく急いで先に進まなければいけない

 

 

「えっ!」

 

「5、4、3、2……」

 

 

 次の瞬間、いつかの通形先輩のようにひょっこりと女生徒が顔を出す。

 

 心なしか悲しそうな顔をした小大さんと目があってしまった。

 

 

「卑怯だぞA組! 頼むから空気を読んでくれ!」

 

「い、いたたまれないわ」

 

 

『肝試しイベントは脅かしてくるB組達に対して脅かされなければ各種パラメーターが、脅かされてしまうとペアとの好感度が上昇します……、吊り橋効果かな?

 

 RTA……、橋……、メガトンコイン……

 

 そういう……、関係だったのか……』

 

 

 我慢できずにと言った様子で骨抜君と拳藤さんが木立から顔を出すが、私は無視をして歩き去った。

 

 

 

「なんか申し訳なかったね……」

 

「せっかくの肝試しなのにおもしろくないよね」

 

「あっ! そんなことないよ! むしろ本条さんのおかげで安心して歩けてるよ!」

 

 

 

 それは肝試しの趣旨が崩壊しているだろう

 

 私はそんなことを思いながら彼を横目に驚かし役の生徒を無視して進んでいく。

 

 そんな風に急いで先に進むものだから私と彼の間に会話は少ない。

 

 

 しばらく進むと目の前に二人組が見えてきた。

 

 

 

 

「あら? びっくりしました、B組の人かと思いましたわ」

 

「ケロ、緑谷ちゃんと本条ちゃん、ずいぶんと早いのね」

 

 

 あれだけ急げば当然だろう。

 

 3組目は八百万さんと蛙吹さん

 

 蛙吹さんは戦闘力もさることながらその冷静な判断が頼もしい、だがその冷静さからか逆に浮足立った仲間を庇って死ぬことが多いのは頂けない。

 

 そこは私がうまく誘導する必要があるだろう、敵に殺される理由で多いのが冷静さを失って突出してしまうことによる各個撃破だ。

 

 彼女はうまく使えば一歩引いてそれを止める役割を持たせられる貴重な存在である。

 

 

 

 

「あっ、もしよろしければ先行きますか? 本条さん達を待たせるのも申し訳ないですから」

 

「ケロ、どうせなら4人で行けばいいんじゃない」

 

「えっ、それは肝試し的に……、いいのかな?」

 

 

 いやそれはおかしいだろう。

 

 

「どっちでもいいよ、緑谷君はどうしたい?」

 

「えっ! えーとどうしようかな……」

 

「ケロ、私達も結構早く歩いて来たの、少し話でもしていかないかしら」

 

「そう」

 

 

 私は集団から少し離れた所にある突き出した岩に腰掛けようとした。

 

 

「あっ、本条さん待ってください」

 

 

 八百万さんは私を呼び止めると手の甲をつまんで引っ張る。

 

 するとそこから豪奢なデザインのハンカチが肌からめくれるように取れた。

 

 

「汚れるといけませんから、どうぞ」

 

 

 そのまま手ごろな石の上に敷いて、こちらに座るよう促してくるので、私は言われるがままにその石に腰掛けた。

 

 

「うーん、僕の服より高そうな布だ……」

 

「私が作ったものですからそんな価値はありませんわ、緑谷さんと蛙吹さんもどうぞ」

 

「え、ありがとう八百万さん」

 

「八百万ちゃんがもしもヒーローになったら、……そうでなくとも付加価値がつくのは間違いないケロ」

 

 八百万さんは体からシンプルなランタンを手の平からマッチを作り出し、あっという間にできた明かりを置いた。

 

 

「……このランプ、前私が見てた奴」

 

「あっ、分かりますか本条さん」

 

 

 これでは肝試しのしようがない

 

 そこからしばらく私達は当たり障りのない会話に興じる。

 

 

 B組の脅かし方で誰がすごかった、今森から聞こえた悲鳴は誰それだ。

 

 私は適当な相づちを挟みながらも、機を見て口を開く

 

 話も終わり、彼女たちが先に行こうかというタイミングで私は問いかけた。

 

 

「そういえば皆はどうしてヒーローを目指してるの?」

 

 

 私の突然の質問に緑谷君達は不思議そうに目を瞬かせた。

 

 

「急な質問ね」

 

 

 まぁ親しくもない私に突然そんなことを言われたらそう反応するしかないだろう。

 

 だがこの話題が幾つか試した結果、時間的にちょうどいいのだ。

 

 

「ちょっと気になったの、裕福な家に生まれて、運動も勉強もできて、八百万さんと蛙吹さんは綺麗でかわいいし、なんでわざわざ危ないことをするのか、家族にも止められたりしないの?」

 

 

 あまりにも失礼な物言い、だが皆はしっかりと私の言葉を聞いてから口を開いた。

 

 

「うーん、僕の場合はオールマイトのどんなに困っている人でも笑顔で救ける姿に憧れたからかなぁ……」

 

 色々あるんだけどね、と言いにくそうに笑いながら緑谷君は頭をかきながらはにかんだ。

 

「緑谷ちゃんは分かりやすいわね、私はそうね……、陳腐だけどみんなが安心して暮らせる世の中にしたいからかしら」

 

「そんなこと無いよ! 立派な理由だと僕は思う」

 

 正義感の強い蛙吹さんらしい、最後は八百万さん

 

「本条さんの言う通り私自身、境遇には恵まれていると思います。だからこそ人の役に立ちたい、傲慢な言い方になってしまうかもしれませんが、優れた能力を持つからこそ人のために使いたい……、そう思うことはおかしいでしょうか」

 

 

 皆、高潔な精神だ。

 

 それを実践出来る人間がこの世に何人いるというのか

 

 おかしいとは思わないが、おかしいと言ってくる者は山ほどいるだろう。

 

 

「……すごいね」

 

 

 だがそれでも彼らは自分の意志を貫くだろうという予感があった。

 

 

「みんなはすごいよ」

 

 

「ケロ、運動も勉強もできて、かわいいのは本条ちゃんだって同じよ?」

 

「私は違うよ……、ううん、なんでもない」

 

 

 少し下を見て意味深に呟く。

 

 思わず吹き出しそうになった。

 

 何がなんでもないというのだろうか

 

 話しかけて欲しくないならもっと無難な言い方があるだろうに、時間の調整のために仕方がないのだが、これでは私のことを聞いてくださいと言ってるようだ。

 

 

「……その、本条さんはなんでヒーローを目指したの?」

 

 その質問に他の二人の目蓋がピクリと揺れる。

 

 律儀に応えてくれる緑谷君に感謝しながら私はもったいぶる様にたっぷり時間を空けて答える。

 

「私は別に憧れとか、正義感とか、義務感でヒーローを目指してるわけじゃないの、なんというか……、そう……、必要だから目指しているだけ」

 

「……それは」

 

 緑谷君は言葉を区切ってその先を飲み込んだ。

 

 

「復讐のためかって聞きたいの?」

 

 

 その先を言うとは思っていなかったのか私の一言で周りに緊張感が走る。

 

 

「やっぱり、みんな知ってたんだね、さてどこから漏れたんだろう、体育祭? 災害救助訓練らへんかな? それとも結構初めからだったり」

 

 

 いままでは気づかないふりをしていたが、いつの間にか私の過去がばれているのではと感じていた。

 

 確信したのは体験学習の時、飯田君との会話の辺りだ。

 

 

「ごめん本条さん、全部僕が悪くて……」

 

「別にいいよ、私の邪魔さえしなければ、ヒーローになるのはただ目的のための手段だしね」

 

「本条さん、それはつまり……」

 

 

 八百万さんは顔を歪めて声を詰まらせる。

 

 

「本条ちゃん、それは……、復讐のためにヒーローを目指してるということかしら?」

 

 

 蛙吹さんは八百万さんが言おうとしたその先を淀みなく話す。

 

 その顔は冷静ではあるが、こちらの言い分を歓迎しているようには見えなかった。

 

 まぁ、復讐なんて理由でヒーローを目指している奴がもしいたら法寄りな正義感の強い蛙吹さんは止めざるを得ないだろう

 

 

「フフ、さぁ? どうだろう、もっと頭がおかしい理由かもよ」

 

「ヒーローに罪を裁く権利はないわ、それに私刑は犯罪よ、どんなに苦しくても復讐自体に意味はない……、何も生まないし残らないわ」

 

「確かにそうだね」

 

「……なら!」

 

「復讐なんて全くもって何の生産性もないよ……、でもね、何も残らない方がいいって奴にはそれが救いなんじゃないかな」

 

 

 私の言葉に蛙吹さんの反論が止まる。

 

 私が論破した訳ではない、かわいそうなものを見るような眼をした蛙吹さんを鑑みるに、反論する意味がないほど救いようがないと判断されただけだ。

 

 

「……本条さんはさ、もしかして洸汰くんみたいにヒーローが嫌いなの?」

 

 

 ぽつりと緑谷君が呟く。

 

 私はいくらかの懐かしさを感じながら答えた

 

 

「正直苦手だよ、ヒーローはいっつも遅れてやってくるから」

 

「そうなんだ、うん」

 

 

 緑谷君は一つの決心をしたように目に強い光を宿らせる。

 

 

「助けを求める全員を助けられるかなんてわからない、でも僕はこの手で届く人達だけは絶対に助けるよ、君もだ。本条さん」

 

 

 わっ、流石ヒーロー!

 

 緑谷君は本当にかっこいいこと言うなぁと、私はしみじみと思った。

 

 

「……前も言ったけど、口だけならなんとでもいえるよ」

 

「ゴメン、でもどうしても言いたくて」

 

「その口約束、本当に守れる?」

 

「行動で示すよ」

 

「そう」

 

 

 言ったね?

 

 

 

「ネホヒャン!!」

 

 

 

 だけどそうはさせないよ

 

 

 

 その時 ヴゥ゛ン と唸り声にも似た異音が鳴る。

 

 見世物の時間はもう十分だ。

 

 

 一瞬の出来事で平穏は簡単に破綻する。

 

 

 背の高い木立から大きな黒い影が飛び出して私の背後に立つ。

 

 それは私の背後から頭に向かって凶器を振りかぶっているだろう。

 

 

 わたしはわざと少し遅れて反応する。

 

 

 チェンソーのような腕の器官がついた脳無はしゃがみこんで避けようとした私の背中の肉を少なからず抉ってゆく

 

 

「本条さん!!」

 

 

 皆が私の名前を呼ぶ

 

 

「ヒャ! ネホヒャン!」

 

 それに反応せず、私はしゃがんだ姿勢のまま飛び上がると脳無の頭を蹴飛ばし、そしてその勢いのまま反転して八百万さんを抱え込んだ。

 

「ホヒャ!?」

 

 頭に叩きこんだはずの攻撃の効きは悪く、脳無はいくらか後ずさり、顔を抑えて呻いているだけだ。

 

 

「皆! 逃げるよ!」

 

 

 私は八百万さんを抱え脱兎のごとく逃げ出した。

 

 

「だっ、大丈夫です! 走れます!」

 

「こっちの方が早い、緑谷君と蛙吹さんも早く!」

 

 

 二人の脚力を考えればこれが一番早い

 

 そう言い切って反論も聞かずに走っているとどこからともなく薄桃色をした靄のようなものが足元を這っていく。

 

 これはマスタードの個性による有毒ガスだ。

 

 ガスの性質は本物のマスタードガスのように皮膚からでも吸収されるわけではなく、効果は麻酔ガスに近い。

 

 

「これは……ガス? いけません! 皆さんこれを!」

 

 

 八百万さんはすかさずガスマスクを体から生み出すとその一つを私の顔に押し付ける。

 

 彼女が手ずからそれを私の顔に取り付け終えるのと緑谷君と蛙吹さんの二人が走りながら追いついてくるのはほぼ同時だ。

 

 

「蛙吹さん! 緑谷さんもこれを!」

 

 

 八百万さんは作ったガスマスクを投げ渡す。

 

 二人がマスクを取り付けている間に八百万さんを立たせると、私は有無を言わせずに話を切り出した。

 

 

「皆、隠れながら集まって」

 

「本条さん……! 怪我は!」

 

「問題ないよ」

 

 続けて何かを言おうとする緑谷君の発言を私は目で制す。

 

「行動に支障はない、これ以上同じ質問は時間がないから聞かないよ、……私達は現在ヴィランの襲撃を受けている。私の感じる限り今まで通ってきたB組の動きを感じない、残ってるのは鉄哲君と拳藤さんだけ、おそらくB組の殆どは無力化されてると思う。……彼らの行動範囲に毒ガスがあるとして、しかも最悪なことに焼かれている森が重なっている」

 

「B組の皆さんが!?」

 

「炎を背後にB組の皆は行動不能で、今もこのガスを吸い続けている。私たちのすべきことはB組の救助をしながら皆と安全に合流すること、意見はある?」

 

 

 その時頭の中に緊迫した声が響く

 

 

〈皆!!! 敵二名襲来! 他にも複数いる可能性あり! 動ける者はただちに施設へ! 会敵しても決して交戦せずに撤退を!〉

 

 

 その情報は、ただでさえ厳しい状況で助けの手がすぐさま来る可能性が少ないことを示していた。

 

 

「当然敵は複数で来ているわけね……、私は本条ちゃんに賛成よ、さっきの敵がこちらに気づく前に逃げるべきだわ」

 

 

〈洸汰……! 聞いてた!? すぐ施設に戻って! ごめん私知らないの! 貴方が何時もどこに行ってるか……、ごめん洸汰、助けに行けないの、すぐに戻って〉

 

 

 次いでの続報に冷静に状況を俯瞰していた蛙吹さんもその表情を崩す。

 

「洸汰さんが!?」

 

「洸汰君! 早く助けないと……! 僕が……ッ!」

 

「助けは……ケロ、無理ね……、悔しいけど、他の皆に任せるしかないわ緑谷ちゃん、今の私達にできることは可能な限り皆と合流しながら施設へ戻ること」

 

「クソッ!」

 

 

 緑谷君は普段ならつかないような悪態を見せた。

 

 それはそうだろう、普段なら何をおいても優先して洸汰君を救うだろう、だがそれはできない。

 

 なぜならそう仕組んだからだ。

 

 

 本来なら緑谷君は1日目の温泉で塀から落ちた洸汰君を助け、その救護をすることでマンダレイから洸汰君の過去を聞くはずだった。

 

 そして2日目、洸汰君の過去を聞いた緑谷君は心配から必ず洸汰君の後を追いかけ、彼が何時もいる秘密基地の場所を知るだろう。

 

 

 だが私達を取り巻く現状は違う、1日目で私が温泉で先に洸汰君を助けたことでそれを歪めた。

 

 

 2日目の緑谷君は、洸汰君を見かけなければ心配だから探すと山に行き、見た場合もカレーを渡すことを理由に追いかける。

 

 なので私は彼が洸汰君を見つけるように誘導したし、洸汰君にカレーを渡して緑谷君が秘密基地まで追いかける理由も潰した。

 

 

 そう、今の彼は本来なら知っている洸汰君のいる秘密基地の位置を知らない

 

 

 それなのに私は彼と洸汰君を近づけるように立ち回っていたのだから、緑谷君の焦燥感はすさまじいものがあるはずだ。

 

 蛙吹さんの説得に彼は大きな瞳にふさわしい広い瞼をギュッと寄せて、絞り出すように“そうだね”と呟いた。

 

 

「……すぐに移動しよう、マンダレイ達が敵と戦っているのならB組を助けられるのは彼らを担ぐ体力のある僕達だ。洸汰君も施設からそう遠くない場所にいるはず」

 

 

 激情を押し込めたなか、それでも冷静に現状を分析したことは敬うべき緑谷君の強みだろう。

 

 

「ネホヒャン!!」

 

 

 だがそれではすこし遅かった。

 

 正確には緑谷君の切り替えはむしろ早いぐらいだが、私がそれを許すはずがない。

 

 

 突然近くの木々をなぎ倒す音が聞こえたと思えば、同時にチェンソーを副腕に携えた脳無がこちらを見つける。

 

 

「……作戦変更、ここは私が引き受けて途中で撒いて逃げる。だから皆は早くB組の救助へ」

 

 

 私は誰よりも先んじて、脳無の前に立ち、このために八百万さんに作らせたランプに素早く着火し相手に投げつけた。

 

 火にまかれた脳無は苦しむというよりはこちらを見失ったことに驚いているように、やたらめったらにいくつもある腕を振り回している。

 

 

私は脳無の方に歩みを進めた。

 

 

「無茶です! せめて皆で戦うべきですわ!!」

 

「違うよ、この暗闇と障害物、時間稼ぎと逃げるだけならここで私の個性ほどの適任はいない」

 

「……できるの本条ちゃん」

 

「可能、あの敵のスペックなら完全に対応できるよ」

 

「なら僕が囮にッ!!」

 

 

 

「今度は洸汰君との約束を破るの?」

 

 

 撒かれた油の火がズタズタに引き裂かれた私の背中を映し出す。

 

 

 私の一言に緑谷君は固まり、苦し気に顔を歪ませた。

 

 彼にはこれは効くだろう、傷口に手を突っ込んでいるようなものだ。

 

 緑谷君には早く私を置いて皆を守りながら撤退してもらわねばならない

 

 

 

 

「せめて隣の二人は守って見せてね」

 

 

 ダメ押しの一言に緑谷君は歯を食いしばっている。

 

 彼にはもう抵抗できまい、状況と感情がそうせざる得ないと示しているのだから。

 

 

 この人は本物だ。

 

 彼が意志を固めれば目の前の脳無を倒し、私達全員で移動しなければいけなくなってしまう

 

 

 

「急ぐべきだわ緑谷ちゃん、八百万ちゃん」

 

「無理はしないでくださいね!」

 

「……ッ!」

 

 

 それぞれが後ろ髪を引かれたようにこちらを見ながら撤退していく。

 

 脳無は既に視界を取り戻していたが、それでも私から目を離さずに構えたままだった。

 

 これにそんな知性があるか初めは疑問があったが、殺す気で前に立てばこちらから目を離さない程度の思考は残っているようだ。

 

 

「ネホヒャン!! ネホォヒャ! ヒャハ!!」

 

 

 声は速さという結果以外全てを無視する。

 

 それは皮肉なことに早ければ私の行動は声の支配の裏をかくことすら正当化されている。

 

 今までの行動の全てはそのためのいわば下拵えだ。

 

 

 

 

 私から伸びる線の先にいる何かが。私の剥き出しの脳を撫でる。

 

 それは間違いなく『アレ』が這いよる気配であった。

 

 

 いいだろう、私の頭の中で好きに喚こうが構わない

 

 

 

 逃れられない作られた道

 

 意味を持たない見かけだけの分岐

 

 始めから決められた終着点

 

 

 

 だがその中で唯一、私が自由にできるものがあった。

 

 

 

 はやさだ。

 

 

 

 そこを駆け抜ける速さ、それだけは私の自由だ。

 

 

 

『はい、よーいスタート』

「はい、よーいスタート」

 

 

 

 

 

 




実走前のチャート解説回

林間合宿編は複雑すぎてこれもう分かんねぇな、……お前どう(無礼)

先で矛盾が出来たら……、一つぐらい……、編集してもばれへんか

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