個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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ヴィラン達の夜

 

 

 

 

 

 

「さァ始まりだ 雄英を地に落とせ 敵連合“開闢行動隊”」

 

 

 

 

 

 

 

 肝試しの中間地点、ラグドールが待機しているはずのそこには彼女の姿はなく、代わりに男が一人、そしてその足元に多量の血痕を残すのみであった。

 

 

「ヘイ、こちらは目標のヒーローを確保したぜ、オーバー」

 

〈そうか、さすがだ。よくやった〉

 

「いや、引き付け役は脳無がやってくれたから楽な仕事さ、今はどっか行っちまったがな、俺はこれから一度、回収地点に戻る」

 

 通信を切った仮面の男 Mr.コンプレスは飄々とした声で手の中の玉を指の間で転がしていた。

 

 

「アンタはプロヒーローだが、俺だってプロだ。初見でトリックを見破られるなんてヘマはしないもんさ」

 

 

 彼の個性は「圧縮」

 

 任意の空間をビー玉サイズにまで一瞬で圧縮する。

 

 

 その手に握る小さな球の中は何も映さない、しかしその直径2㎝程度の球にこそラグドールは捕えられていた。 

 

 

 

「まぁ、スポンサーからのお達しだ。 あんたには付いてきてもらうぜ、……さて、向こうも派手にやり始めたみたいだねぇ、ガスがもうここまで来てやがる……っと」

 

 

 ざくり、と、土を踏みしめる音が聞こえる。

 

 

 指で軽く弾いた球を握りこむと男はその仮面を道の奥へと向けた。

 

 

「それだけじゃなくてもう次のお客さんが来ちまったかぁ……」

 

 

 遠くから近付いてくる音に男は仮面の奥の目を細めた。

 

 揺れるガスの向こうから誰かが来ている。

 

 割り振られた区域を考えれば仲間である可能性は低い

 

 自分に振られた仕事の一つは片付いているコンプレスはすぐさま逃げる算段を付け、手ごろな木とガスだまりを丸ごと個性で球に閉じ込めた。

 

 

 その直後、目の前の煙から人型が姿を現す。

 

 

 ガスのカーテンから出てきたのは体格から女、プッシーキャッツの残りメンバー3人は別の場所で確認しているので、目の前の人物は教師ではなく雄英生であると判断した。

 

 雄英の学生については死柄木から優先殺害リスト、誘拐目標と、それぞれ割り振られていたが残念なことに顔の確認ができない。

 

「へぇ、被り物でお揃いだ!」

 

 彼にとって都合の悪いことに、なぜかガスマスクを装着しているため顔が分からない上にガスも利かない。

 

 コンプレスは内心舌打ちをしながらも、学生の一人に道具を自由に作り出す個性を持つ生徒がいたことを思い出す。

 

 

「よぉ、お嬢さんこんばんは、別に俺は怪しい奴じゃないさ」

 

 

 コンプレスとしては、ここで戦闘を行うという選択肢はなかった。

 

 両手を挙げてひらひらと手を振って見せる。

 

 左手に圧縮されたガスだまりの球を手の甲の窪みに隠し、右手の木材は指の間から落として肘のくぼみでキャッチした。

 

 

「まぁそうはやるな、ラグドールがいないのが不思議だろ? こいつを見てみな」

 

 

 左手の玉を手の平に戻して相手に見せつけ、同時に右肘のくぼみにあった球を真下にある右ポケットへ落とす。

 

 ポケットには細工がしてある。

 

 細工と言ってもそこまで凝った作りでない、右足の位置を少し動かすとポケットに穴があく程度の小細工

 

 

 だがこの小細工こそが彼の技術の神髄でもあった。

 

 

 ポケットに落ちた球はスラックスの裾からポロリと落ちる。

 

 落ちたそこはコンプレスの足先だった。

 

 

「こいつは俺の個性……」

 

 

 左手に掲げたまま、その玉を相手に見せつけるように右足を半歩前に踏み出し、足先にある球が弾かれる。

 

 蹴られた球はガスが這う地面に隠れ、まっすぐ相手の足元に転がっていった。

 

 

 

「こういう風に使うんだ」

 

 

 

 コンプレスが指を鳴らした瞬間、ガスマスクの顔面に向けて足元から全長5メートルの木が現れる。

 

 当然そこにいた人間は吹き飛ばされ、そこにダメ押しとばかりにコンプレスは掲げて持っていたままのガス球を投げつけた。

 

 

 ガスが噴き出し、辺り一帯の煙が視線を遮る。

 

 

「すまんね、俺は欺くことと逃げることぐらいしか取り柄がなくてよ! まともにヒーロー候補なんかと戦ってたまるか!」

 

 

 コンプレスは奇術師、言葉の全てが相手を偽るための道具に過ぎずその言葉に本音は見せない

 

 追いかけてきたら足止めとして戦うことも視野に入れながら慎重に撤退を始める。

 

 

 

「あばよ」

 

 

 体を深い森に投げ出すと同時に自身を個性で球に一瞬だけ収納して体の大きさを変える。

 

 事前に把握しておいた狭い木々の間を通りぬけ、元に戻れば傍から見れば一瞬でかき消えたように見えるだろう。

 

 そんな動きを数度繰り返し、彼は逃げ切れたと確信してから受け渡しポイントへ急ぐ。

 

 瞬間

 

 しかし、目の前には拳があった。

 

 

「は?」

 

 

 体は衝撃を感じた瞬間に吹き飛ばされる。

 

 

(おいおい、そんなのありかよ)

 

 

 小細工に対する正面突破

 

 マジックの最中に手を掴まれ、伏せたカードを勝手にめくられるような理不尽に対して毒を吐こうとする前に意識が白んでいくのを感じる。

 

 この速度で頭を何かに叩きつけられたら死ぬ

 

 まずいと思いながらも、抗えない瞼の重さを感じ、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トゥワイス、首尾は上々だ、上からの要望はコンプレスが抑えたとついさっき連絡があった」

 

「今頃は俺の作った荼毘の分身がプロヒーローを止めてくれるはずだぜ、順調順調! 俺たちはこのまま火で分断していけばいい! いや! 相手はヒーロー! そんなうまくはいかねぇよバカ!」

 

 

 荼毘は計画の第一段階が成功したことを確信する。

 

 

 というより奇襲という作戦をとったことを考えれば初動は制して当然であり、計画の達成はここからの動き次第であることを荼毘は理解していた。

 

「じきに応援が来る。その前に目標を確保できなけりゃ意味ねぇことには同意だ。気ぃ引き締めてくぞ」

 

 

 とは言っても、この襲撃を成功させた時点で作戦の目的の半分は成功したと荼毘は考えてもいた。

 

 このヒーロー社会を象徴する雄英が幾度もヴィランの襲撃を許すということ、必ずそれは取り繕った社会への動揺となる。

 

 これでもし、ヒーローだけでなく学生が死んだとしたら……

 

 そこまで考え、荼毘の口の端は自然に歪む

 

 

「楽しそうだな荼毘、いい笑顔だ! 急に笑い出すの怖っ!」

 

「あぁわりぃ、ついな」

 

 

 荼毘は自身の表情を指摘されるが、どうしても戻らない口元を手で摩りながら誤魔化す。

 

 

 たまたま目的が重なった烏合の衆

 

 だがいくつかの仕事をこなせばそこには利害関係、あるいは小さな仲間意識が生まれ始める。

 

 特にトゥワイスは悪党には珍しく、そういった交流を好意的に受け止めている者の一人であった。

 

 

 仲間が笑顔でいることに対して深く考えず喜ぶトゥワイスは張り切った様子で少し先を歩き、荼毘の方へ振り返る。

 

 

「よーし、この調子で……」

 

 

 その言葉を言い切る前にトゥワイスの右肩が凹む

 

 

 同時に水で膨らませたゴム毬を壁に叩きつけたような重く湿った音がする。

 

 それと同時に挙手をするようにトゥワイスの右手が不自然に捻じれて飛び上がった。

 

 その肩からは彼の見慣れた黒タイツではなく細い足が生えている。

 

 

 トゥワイスが上からの蹴撃で肩を潰された。

 

 

 そのことに荼毘が気づくと、襲い掛かってきた影は既に着地している。

 

 それでも荼毘の反応も早い

 

 すぐに目の前の襲撃者に向かって青い炎を宿した片手をかざせば、その影が闇から浮かびだす。

 

 

 その影は女だった。

 

 

 しかも荼毘には見覚えがあった。

 

 死柄木が指定した要殺害リストの一人

 

 荼毘は自身の目的が優先であり、従うような気もなかったが、こいつは殺すべきだと直感する。

 

 

「荼っ…! 毘……っ!……」

 

「トゥワイス!!」

 

 トゥワイスはマスクの上からでも分かるほどの苦悶の皺を作りながら荼毘を見つめている。

 

 荼毘は片手を翳したまま一瞬だけ静止した。

 

「クッ……!!」

 

 女は着地の後にはするりとトゥワイスの背後に影のようにぴったり立っていた。

 

 この距離では仲間にも攻撃が当たってしまうため、荼毘は躊躇してしまう。

 

 

「おっ、俺のことはきに……、アガッ!?」

 

 

 その判断の間で荼毘の目の前でトゥワイスが蹴られ、腰が“くの字”になる。

 

 前にではない、横にだ。

 

 明らかに人体が想定していない曲がり方のまま、先ほどまで話していたトゥワイスは荼毘の真後ろに吹き飛んでいった。

 

 

 トゥワイスの体が森の闇の中に吸い込まれていくのを荼毘はただ見ることしかできない

 

 トゥワイスの生死を確認したいという欲求を堪えながら、しかし目の前の女から目を外すことが荼毘には出来ない。

 

 

「てめぇ……」

 

 

 今なら攻撃は当たる。

 

 

 噴きあがる怒りそのままに手をかざすが荼毘は向こうの女と目が合い、意図せず冷静さを取り戻す。

 

 

 その目は何一つ揺らいでいない、興奮も緊張もない、冷めた目だった。

 

 

「……ッ!」

 

 荼毘は思わず攻撃を中断し、後ろへと距離を取ってしまう。

 

 ヒーローのくせに人一人を殺す一撃を放った目の前の女は、なぜか逃げもせず立ち止まりながら、荼毘の方を見つめたままだ。

 

 相手が明らかな好機を逃したことに違和感を覚え掛けるが、すぐに思考の優先順位から外して手をかざす。

 

 

 今考えるべきことは、目の前の女を葬ること

 

 

 

 荼毘はじりじりと間をあけ、攻撃のタイミングを計る。

 

 ただ全力の炎をぶつけてもこの森のなかでは自分が火にまかれて死んでしまう

 

 荼毘は慎重に周囲を確認し、ただでさえ調整の利きづらい己の炎に細心の注意を払った。

 

 

 

「おそいなぁ……、早く攻撃しないの?」

 

 

 女を殺す算段がつくのと目の前の女が不機嫌そうに口を開くのは同時。

 

 

「……殺す」

 

 

 

 荼毘の片手から炎が噴き出す。

 

 前面180度、回避不能の炎の壁、この後自身も逃げなければ命を落としかねないギリギリの範囲で荼毘は攻勢を仕掛けた。

 

 目の前の女の逃げ場がないよう炎は彼我の立ち位置を二分するかのように前面を火の海にする。

 

 荼毘が見た資料によれば相手の女は俊敏性は高級仕様の脳無級と聞いているが耐久は低いとの記載があった。

 

 だからこその初手必中必殺の攻撃

 

 この夜の闇の中を見通し素早く動ける獣と戦う分の悪さを彼は理解していた。

 

 なればこそ、たとえ相手を見失うとも確実に命中する面での攻撃こそが最善

 

 荼毘はそう考えながらも思わず己の掌を焦がすほどの一撃を繰り出してしまったことに舌打ちをしながら思考を巡らせた。

 

 

 敵の死体は自分の火で周りが見えないせいで本当に巻き込めたのかも分からない

 

 攻撃を避けてどこからかこちらの隙を狙っていることもあり得る。

 

 

 

 構えたまま油断なく周囲に目線を走らせた。

 

 森の闇は深い、そして炎に照らされ、より影を濃くしている。

 

 

 自分の個性とは言え、火により不定形に揺れる影は、荼毘の集中をかき乱した。

 

 

 彼はちらつく木々の影に目を凝らす。

 

 どこかに潜んでいるかもしれぬ敵を探しながら息を張り詰めること数秒。

 

 

 その短い間に集中しきった脳は休まず思考を続ける。

 

 

 ……やったのか?

 

 

 いや待て、悲鳴は聞こえなかった

 

 十中八九は殺したはずだがどうも落ち着かない

 

 先に喉を焼いただけかもしれないが隠れている可能性もある

 

 生きてるのか? 何処だ? クソ……、このまま動かなければ仲良く死ぬぞ

 

 

 ……落ち着け、まずは死体を確認するべきだ。 

 

 

 

 荼毘は炎に近付きながらも森の闇からの不意打ちに意識を割く

 

 

 

 

「アガァァアッ!!」

 

 

 だからこそ、獣のような唸り声と共に目前の光の塊たる炎を割って黒い手が伸びた時、荼毘はいとも簡単に胸倉を掴まれてしまう。

 

 

 自身の炎に一度焼かれた荼毘だからこそ一番最初に除外してしまう可能性に目を剝いた。

 

 

 荼毘は知っている。

 

 その苦しみは耐えられる類のものではない

 

 

「ありえっ!?」

 

 

 荼毘は意味もない否定の声を上げようとするが、それは拳により止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、みんな馬鹿だなぁ、あっ……また一人倒れちゃった。これが雄英? あっったまっわる! ダメでしょそんなへぼいやられ方して、僕の個性で一気に半壊じゃないか」

 

 個性「ガス」

 

 周囲にピンク色の有毒ガスを発生させ、吸引した者の意識を奪う、ガスを操り、その揺らぎから物体の動きを感知することもできる。

 

 マスタードは自分の個性により有毒ガスを発生させ、その中で揺らめく全ての動きを把握していた。

 

「おっ! 動ける奴もいるじゃん あれ? 逃げてる? ヒーローがぁ!? ハハハハッハ! 一番頭がいい奴が入ってる学校の癖に僕から逃げるのがやっとなんだ!!」

 

 マスタードは全能感に酔いしれながら、哄笑する。

 

「なんていうか、雄英に期待しすぎてたのかなぁ、所詮はガリ勉のボンボンだったのかなぁ? 本当に頭が良いっていうのは別の話だしね」

 

 彼は誰も聞いていないというのに声を張り上げ、見下し、嘲笑しながら気分よく話をつづける。

 

 

「なんていうかがっかりだね、あーあ本当にバカしかいな……、おっと……、はぁ~ようやくかい」

 

 

 そんなことをしばらく続けた少し後、マスタードはマスクの奥で表情を歪ませる。

 

 マスタードはガスの気流の乱れから、こちらに向かおうとする者達を察知していたのだ。

 

 

「ガスの位置から僕の場所に気づいたのかな? ちょっとはマシな頭の奴いるじゃん雄英」

 

 

 少年は懐から銃を引き抜く

 

 

「でもさぁ、遅すぎだよ、せいぜい僕をガッカリさせな……ガァッ!!!」

 

 

 瞬間、マスタードの体を衝撃が襲う。

 

 

「あぁ…っ゛あ゛あ! ああ…あ゛ぁ!!」

 

 次に感じるのは熱さ

 

 体が動かない、息をすると痛い、何が起きているのか分からない

 

 ガスを防ぐためのマスクのせいで視界が限られ周りを見渡せない

 

 

「いだい……、ふっ、ふざけんな……! う゛ぁ……、な゛んだよこれ……!? ……や゛めろよ」

 

 

 マスタードは己に何が起きてるかすら分からず、行動不能となる。

 

 

 初めは喚き続けた彼の声も時間が経てば小さくなり、そして最後には消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どれどれ、あーどの義眼だったかね」

 

 マスキュラーはポケットから数ある義眼のうちの一つを左目にはめて周りより一段高い高地から全体を見渡した。

 

「おいおい! 俺抜きにヒーローとやりあってんじゃねーか!? くそっ! 俺もそっちに……」

 

 マスキュラーが飛び出そうとしたその直前、彼の目の端に動くものが引っかかった

 

 ほんの僅か、もう少し早いか遅ければ見つからなかったであろう集団は不幸にもマスキュラーの目に留まってしまう。

 

「おっと待て待て……」

 

 マスキュラーの視線の先にはプロヒーローとの戦闘から離脱した学生がまとまっているのが見えた。

 

「こりゃ大漁だ。いや、わざわざ高い所に登ったかいがあるぜ! ……だが、あんだけいたら逃げられちまうか、そいつはつまんねぇよな」

 

 

 どのように暴力を振るえば一番気持ちがいいかをワクワクしながら考える男はもう獲物にしか目に入らない

 

 

 だが、彼にとっては幸運なことに視界の隅に何かがちらつく。

 

 

「おっと? カカカ、ツいてるぜ、ちょうど良さそうなのがあるじゃねーか」

 

 

 そして、すぐにそこにその問題の解を見つけると、そこに向けて降り立った。

 

 

「なぁガキ、センスのいい帽子持ってるな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「耐えなきゃ……、仕事しなきゃ…… あああぁぁぁ!!! にくぅ!! にくみせろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 全身に黒の拘束具に歯を剥き出しにする開口器を付けた異様な風体の男は獣のように叫ぶ。

 

 空を縦横無尽に飛ぶムーンフィッシュは若く瑞々しい肉を前によだれを止めることが出来なかった。

 

 

 

「地形と個性の使い方がうめぇ……」

 

「くっそ……ヒョロガリの癖しやがってあのヤロウ……」

 

「ここじゃ爆豪と轟の火が使えねぇ……、俺の硬化で捕まえりゃ離さねぇってのによォ!」

 

「……皆と合流しようにも前はヴィラン、後ろはガスだまりか……」

 

 

 ムーンフィッシュは一度距離を取り、木々を口から飛び出す白刃で伝いながら高所に陣取る。

 

 個性「歯刃」

 

 自らの歯を自在に伸縮分岐させ、鋭い刃物で相手を切り裂く個性である。

 

 

「っ糞がッ!! 燃えなきゃいいんだろうがよぉ!! 半分野郎ォ! 追い込め! ウネウネとクソ髪は隙作れや!! そうすりゃ後は俺がぶっ殺す!!!」

 

「いや、殺しちゃダメだろ……」

 

「……だが合流するにも突破せねばならない、俺は爆豪を支持する。俺が奴の位置を捉える。切島と轟は足止めを、とどめは頼んだ爆豪」

 

「あぁ、オレは隙を作る、タイミングは任せるぞ障子」

 

「仕留めろよバクゴー」

 

「うるせぇ!! 誰に物言ってやがる! いいから俺の指示通り動けやコラ!」

 

 

 

 雄英生の4人は敵と対峙すべく、空にいるムーンフィッシュを睨みつける。

 

 ムーンフィッシュは口から歯刃を繰り出し今にも飛び出さんとしていた。

 

 

 一瞬の均衡

 

 

 その時、生ぬるい風が吹いた。

 

 

 

 

「どうも、覚えていますか、ムーンフィッシュ」

 

 

 

 

 真っ黒な木々の葉擦れが止み、風が完全に凪ぐ

 

 

 いつの間にか、ムーンフィッシュの背中の向こうに暗い人型が立っていた。

 

 

 

 その声色は一見平坦で何の感情のおこりも見えない

 

 だが、張り詰めた一本の糸を思わすようなギリギリの均衡を感じさせた。

 

 

 その人影とヴィランの因縁を知るものはこのままでは不味いと察するが、その緊張感から、すぐさま間を割って入ることが出来なかった。

 

 

「あ゛ぁ? 」

 

 

「覚えてますか、……5年前、貴方が捕まった理由となった事件です。貴方が殺した少女の他に、もう一人、女の子がいましたよね?」

 

 

「あ゛?」

 

 

 

「それが私です」

 

 

 

 不味い、止めなければいけない、そう考えながらも動こうとした雄英生達をムーンフィッシュは出し抜く。

 

 

「あ゛……、あ゛ぁ!? き゛み!! あ゛っはっははっははははあああぁぁぁ 肉くれた人! 肉くれた人だ! また来てくれた!! しかも殺していい奴! 今度は君が肉を見せてくれるんだぁぁぁ!!!!」

 

 

 ムーンフィッシュは突然おぞましい狂笑をあげる。

 

 ヴィランというものは皆笑顔だ。

 

 その一切理解できない思考回路に常人は飲まれ、恐怖し、体は固まってしまうだろう。

 

 

 

 だがこの時、この場にいた雄英生の中に怖気づくものなどいなければ、動けぬものなど誰一人いなかった。

 

 彼らの中に生まれた感情は違う。

 

 

 怒りだ。

 

 

 級友の友を殺し、今まさにその級友を殺さんとするこの殺人鬼に対する正当な怒り

 

 幾人かは敵を睨み、そしてまた幾人かは少女を見た。

 

 遠くからでも分かるほど肩を震わせる少女

 

 均衡は崩れた。

 

 感情が噴出するであろう一瞬の間で

 

 

 少女は俯き肩を震わせ嗚咽の声、あるいは憤怒の雄叫びを

 

 

 

 

 

「アーハッハッハッハァ!!!!!」

 

 

 

 洩らさなかった。

 

 

 

「あーははははははははっはは ははははァ!!」

 

「あ゛ーはっははっはははあ゛あ゛あぁぁぁ !」

 

 

 

 ガラスをひっかくような笑い音と潰れた蛙のような笑い声が交わる。

 

 

 

 彼らは飲まれる。

 

 理解できずに固まってしまう。

 

 そして恐怖した。

 

 

 

「フゥー、ハァ、ハァ……フッ、ふふふ、あぁ、私もようやくあなたが殺せると思うと笑いが止まらない!!」

 

 

 息を整えた女の目の端には笑い過ぎたのか涙が滲んでいる。

 

 

「一応、一応だよ。これからどういった理由で殺されるのか、必要とするかは知らないけど、私が宣言したかっただけだ」

 

「ニクゥ!! ニ゛ク゛ゥ!!」

 

「その趣味の悪い開口器のせいでなにを言ってるか見えなかったけど、ようやく今わかった! よかった!! あなたが私の理想通りの人で!」

 

「ア゛ハハハハァ゛!! きみ! きみはやさしいこだぁぁぁ!!」

 

「ハハッ、もう何をしゃべってもいいよォッ! 最後に言いたいことは言い切った方がいいからなぁッ!!」

 

「ニク゛ゥゥ!!」

 

 

 

 

 少女も笑顔だった。

 

 

 それは今までの笑顔が嘘だと誰もが分かるほどの心からの笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




チート主人公の原作悪役蹂躙って好きじゃないです
特にヒロアカはヴィランも熱いので雑に処理されていると解釈違いで悲しくなっちゃいますねぇ……

RTA故致し方なし(悲しみ)

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