個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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11話(6/6)

『はい、よーいスタート』

 

「はい、よーいスタート」

 

 

 

『敵にエンカウントで開始とか(屑運過ぎて)笑っちゃうんすよね(今回も荒れる可能性が)濃いすか?

 

 とりあえず脳無のヘイトをペアの緑谷に擦り付けてさっさと移動しましょう……、といいたいのですが緑谷はKOTボーイを助けに行きますからいません

 

 手ごろな所に他のA組やB組がいないのも痛いですね……、これは痛い

 

 なんかずいぶん中途半端な初期位置なので周りの奴らに擦り付けることもできません

 

 不本意ですがさっさとチェンソー脳無を片づけてトゥワイスの元へ向かいましょう』

 

 

 多腕の脳無がチェーンソーだけでなくドリルやハンマー、のこぎりを無茶苦茶に振り回しながら近づいてくる。

 

 危機的状況だというのに私の頭は今までで一番スッキリしている。

 

 余計なものが見当たらない

 

 

『脳無はそれぞれクラスがありコイツは中位の個体で別個性として工具付きの副腕を持ってます

 

 強力な攻撃ですが単調な振り回しですので避けることはそこまで難しくないはずです

 

 とはいえ中位の個体からはデフォでショック吸収、再生を持っており、耐久が高く長丁場となり、向こうの脳筋ブンブン丸で被弾することもまれによくあります

 

 なんかもう、バラマキ、されそうで怖いっすね』

 

 

 はやくたおさなければいけない

 

 私は木屑を撒き散らしながら突っ込んでくる相手に対して真正面から飛び込んだ。

 

 

 脳無は人間の遺体を使うという悍ましい方法で作り出された兵器

 

 既にそこに生命はなく、決められた行動を繰り返すだけの遺骸、人体を部品に使ったロボットに近い。

 

 そしてこのチェーンソーの脳無は荼毘の声のみに反応する仕様、一度、荼毘の寝込みを襲った時、声で指示を送っているのを確認している。

 

 

 私は自分の喉を無理やり広げて声を調整した。

 

 

『ショック吸収持ちに打撃は効きにくいので斬撃、刺突がおすすめです

 

 打撃しかない脳筋は大人しく武器を装備するか、スキルの手刀や貫手を組み込んで戦うといいでしょう

 

 しかしこれでは削れますがクソ時間を食いますのでカウンター主体で大ダメージを狙って倒しましょう』

 

 

「足を止めろ」

 

 

 私の喉から出る重く低い男の声

 

 聞いたこともない荼毘の声を真似るのはなかなかに難しかったが苦労するだけの価値はあった。

 

 

 私の命令で脳無はピタリとその動きを停止させる。

 

 

 動かなくなった脳無は前に潜り込んだ私に対して微動だにせず突っ立っている。

 

 チェンソーが付いた副腕を蹴り上げ、伸びきったその腕を捻って相手にねじ込む、巻き散る血肉を避けながら今度はドリルで同じように脳無の脊髄に突き刺した。

 

 

『合気ッッ!(カウンター)

 

 操作にはねぇ、自信あるんですよ!

 

 こりゃいい画撮れてますよ!生のこの……、血しぶき感覚が、いいじゃないですか』

 

 

 再生が追いつく暇も与えず脳無は行動不能にした。

 

 いそいではやくつぎにいく

 

 壊れた機械を前に私は次の目的地へ駆け出した。

 

 

 

『はい、では今回の戦闘終了条件をお伝えしますが結構複雑です。

 

 勝利条件が生徒の損害なしでのヴィラン撤退

 

 敗北条件が生徒への損害が出た状態での敵の撤退

 

 この損害と言うのは平たく言えば生徒が再起不能や頃されちゃったり、誘拐されてしまうことですね』

 

 

 ヴィランの目的は雄英襲撃によって世間の不安を煽ることにあるので、もうすでに目的は達成しているともいえる。

 

 

『勝利条件を満たすには、損害なしでの全敵の撃破か一定時間の防衛です

 

 正直、勝利条件を満たすため全員を救うのはめちゃクソ面倒です

 

 では4組目に選ばれた場合にはどう行動すればいいかを説明……、する前に敵ですね』

 

 

 黒い森を駆け抜ける私は肝試しの中間地点、そこに佇む仮面の男に近付いた。

 

 

「へぇ、被り物でお揃いだ!」

 

 

『久しぶりにコンプレスに遭遇しました

 

 捜査開始からすぐに中間地点に到達すると、ラグドールを攫おうとしているコンプレスに遭遇することがあります

 

 無視しても良いのですがここで相手に個性サーチを渡さなければ回りまわって相手の戦力を削ることが出来るんですよね

 

 ラグドールを助ければ後にラグドールの個性サーチを3枠使わせてもらうことができ、走りの安定につながるため私は基本的に助けてます

 

 気になるアイツをストーキングするもよし、敵をメタるも良しのRTAの安定剤です』

 

 

「よぉ、お嬢さんこんばんわ、別に俺は怪しい奴じゃないさ」

 

 

 私はコンプレスの言葉を無視してその手先のみに集中する。

 

 はやくつぎのうごきをしろ

 

 

「まぁそうはやるな、ラグドールがいないのが不思議だろ? こいつを見てみな」

 

 

 流れるような手さばきで何もない所から小さなビー玉のような物を取り出す。

 

 その動きはたとえコマ送りでも綻びがない程の見事な動きではあった。

 

 

『コンプレスの行動は基本的に不意打ち主体で此方から接敵しても様々な方法で逃げられてしまいます

 

 ですがラグドール誘拐時のこの場所で戦闘を開始した場合は何もしなければ行動を固定できます

 

 ここで堪え切れずにこちらから先制した場合、圧縮したビー玉を撒き散らして逃亡したり、煙幕や鳩に球にかえた自分を咥えさせて逃げるなど多彩な方法で逃げようとしますのでお勧めしません

 

 お前マジシャンみたいだな(直喩)』

 

 

 

「こいつは俺の個性……、こういう風に使うんだ」

 

 

 意識外からの攻撃

 

 しかし手品の種は既に割れていた。

 

 足元から木が現れると同時に飛び上がる。

 

 私の脚力と圧縮された木が膨張する力が合わさり、私は宙に押し出された。

 

 

 

『はい、ここ小技、ジャンプしてジャストガードすると物凄い勢いで上空に吹き飛ばされます

 

 コツは段差のない場所にいること、一切動かないこと、そして煙幕に包まれた瞬間に前方へ小ジャンプしながらガードです

 

 そうすれば下からの攻撃で体が木で吹き飛んで大ジャンプが出来ます

 

 ブレワイでこんなのありましたね』

 

 

 打ち出された体は枝の屋根を突き破って夜空へと打ち出される。

 

 流れる景色のなか、私はコンプレスの進行先を確認すると体を逸らした。

 

 

 コンプレスが己を球に圧縮しながら森をかける姿が上からは丸見えだ。

 

 コンプレスの個性圧縮は自身にも使えるが圧縮して球に隠れている間、外界の情報は遮断されるため、私はコンプレスが個性を使うタイミングで着地し、音に気づかせないまま先回りする。

 

 

 

『もう離さない♪ 君が全てさ♪ BE MY BABY♪ BE MY BABY♪ (デッデッデッデッデッ) 』

 

 

 

 藪を突き破って私の真正面に飛び出したコンプレスの表情は見えないがこちらを見て一瞬だけ硬直した。

 

 

 

『アッフゥフン!(攻撃)』

 

 

 襟元の球を握りこみ、拳を叩きこめば彼は吹き飛ぶ。

 

 

『不意打ちが成功し、コンプレスが人を攫っていた場合、球を奪い返すことが出来ます。

 

 つまりここでコンプレックス(HTI)からラグドールを回収

 

 さらにアイテムを調べればラグドールが元に戻りますがここだと邪魔なので少し離れた場所にぶん投げておけば戦闘後に勝手に回収されます

 

 ここ投げ忘れないでおきましょう(1敗)』

 

 

 私は布ごと千切れた球を施設側の方に向かって投げるとすぐさま次の目的地に向かった。

 

 

 目的の先は闇の中で明るく燃えている。

 

 

『さて、次の目的地はトゥワイスですので先回りして仕留めましょう

 

 奴がいる内は枕をデカくして眠れないので必ずここで再起不能にします』

 

 

 私は悪路を駆け抜けていく、どの石が自分の加重を耐えるだけのものか、どの藪が薄いか、既にこの森の情報は頭に叩き込まれていた。

 

 すぐに足を取られることもなく目的地である木に着くと、その上に陣取る。

 

 そして私は小さく丸まり代謝を抑えて、気配を薄くした。

 

 

『速さガンぶりしたキャラで広大なマップを駆け抜けるのは楽しいですね

 

 この肝試しの森のマップはマンダレイの発言によると徒歩で1周15分

 

 つまり外周1200m 浦和競馬場ぐらいですね 

 

 道は平たんではありませんが、個性測定の時から俊敏ガン上げのホモ子はダートでも5秒フラット(72㎞)以上で走ってくれると思いますので遅くとも1周ちょうど1分ぐらいで走れます 

 

 サラブレッドが短距離でたたき出すのが70キロなので、もしもホモ子が競馬に出たらいい勝負です

 

 ホモ子はウマ娘だった……?』

 

 

 

 はやく、はやくこい

 

 息を潜めて待って5秒ほどで声が聞こえる。

 

 

「楽しそうだな荼毘、いい笑顔だ! 急に笑い出すの怖っ!」

 

「あぁわりぃ、ついな」

 

 

『でたわね

 

 まずは当然トゥワイスを消します

 

 荼毘は重要な役割があるので放置してください』

 

 

「よーし、この調子で……」

 

 

 私は軽く重心を倒して逆さまになり、真横に隣り合った幹を踏み込みで叩き折って加速する。

 

 

『さて、先ほど4章最速のためになにをすればいいのかを話している途中でしたね

 

 勝利条件を満たすのが困難、ならばどうするか、逆に考えましょう、私達走者は早く試合を終わらせることが目的であってその勝ち負けは関係ありません

 

 はい実はこの戦闘の終了条件、勝つより負けた方がクッソ楽で速いです』

 

 

 小さく丸めた体を開き、回転のエネルギーを踵に集めてトゥワイスに叩きつけた。

 

 暖かな何かがひしゃげる感覚は鮮明に私の足から脳へと伝わるが、それを無視して私はトゥワイスを盾にとって一呼吸置く

 

 

「荼っ…! 毘……っ!……」

 

「トゥワイス!!」

 

 

 

『原作でも爆豪が誘拐されていますのでここでの敗北はそう悲観するものではありません、しっかりと経験値も貰えます

 

 実際、仲間がこのイベントで頃されると雄英側の覚悟がガンギマるので一人くらいならいい刺激です

 

 ただ注意すべきは敵が撤退を始める条件は仲間の誘拐であり、生徒側が頃された程度ではそのままヴィランは暴れますので、最速を狙うためには生徒を誘拐させた方がお手軽です』

 

 

「クッ……!!」

 

「おっ、俺のことはきに……、アガッ!?」

 

 

 続いてしっかりと地面を踏みしめて目の前の体を蹴り飛ばす。

 

 私の足から骨を砕いた感触がする。

 

 

 

『ここで狙われる生徒は一言で表せば悪に転がりそうな生徒、強力な個性を見せつけた生徒が選ばれやすいです。

 

 この条件を満たすのは爆豪、あるいは暴力的な面を敵に見せればその生徒も誘拐されやすくなります。

 

 原作だと個性を暴走させた常闇よりも体育祭イベントで地雷を解除しなかった轟などがゲームでは選ばれているような気がしますね

 

 対象となったキャラは撃破される、あるいは拘束攻撃を敵から受けると相手に連れ去られてしまいます』

 

 

「てめぇ……」

 

 荼毘が私の方へ憎しみを込めてこちらを睨む。

 

 私は何もせずこちらを見る相手に次第に苛立ちを覚え始めた。

 

 

『ふふふ、皆さん気づいてますでしょうか、そういえば、USJで敵をボコボコに、体育祭でわざわざアイテムを落とさず壊してから破棄してヘイトを集めた人間の屑がいましたねぇ……』

 

 

 なにを突っ立っている。

 

 早くどうにかして欲しい私は相手を急かした。

 

 

「おそいなぁ……、早く攻撃しないの?」

 

「……殺す」

 

 

 荼毘はこちらに手をかざし、青い炎を吹き出した。

 

 私は呼吸を止めて、その痛みを受けいれる。

 

 

『そう! そうなのです!

 

 このチャートを固定化するため、全ては繋がっていたのです!

 

 これによって鉄砲玉としてトゥワイスをやりに行った後、適当なヴィランに捕まえてもらえばそこで雄英合宿編は越えられます!

 

 なんて練られたチャートだぁ……(恍惚)

 

 その後? まぁ任してください、そのためのチャートです』

 

 

 

 息を止め、固く目を瞑る

 

 このために買った耐火ジェルや火炎個性のための装備も大した役には立たない

 

 たった10秒、体内時間は正確だというのに鋭敏な感覚が仇となり、危機を感じれば感じるほど研ぎ澄まされていく。

 

 このたった10秒の無間地獄が私に襲い掛かった。

 

 

 

 

『まずうちさぁ……、合宿……、あんだけど、焼いてかない?』

 

 

 熱い、今すぐに叫びたい

 

 が、そんなことをすれば肺が焼け爛れ、死に至るだろう

 

 

『5割ほどダメージを受けるとイベントが発生するのでそれを眺めてましょう』

 

 

 痛みで気が狂いそうになる。

 

 思考は纏まらないのに痛みで意識を途切れることを許さない。

 

 

『はいそろそろ5割を切ります

 

 いやー火炎系の個性はスリップダメージですぐに体力が削れ……あれ? 止まらない』

 

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い

 

 剥き出しになった皮膚が炎でさらに焼かれる

 

 だというのに不思議だ。

 

 

『えっ……、こいつ頃そうとしてません?』

 

 

 はやく、早く終わって

 

 はやく

 

 今私は痛いからこの時間がはやく終わって欲しいわけではない

 

 

『ハアァアア↑ァァァアアァァ↑!!?? アアアアアアッァァァァッ↑!!!?』

 

 

 はやくしろ

 

 こんな所で足止めされているという事実に対して私は怒りに苛まれていた

 

 

『てめぇぇぇ!何してんだァ!(動揺)』

 

 

 きっかり時間は10秒、私は一歩前に踏み出して、肺に溜まった空気を吐き出した。

 

 体の外を焼く炎より、はやさへの欲望が私を内側から焦がしている。

 

 

「アガァァアッ!!」

 

「ありえっ!?」

 

 

『おいテメェ! こっちは誘拐対象だぞ! ショッピングモールで特殊会話発生しただろうがお排泄物がよぉ!?』

 

 

ハハハ、そのことなら私があの後、死柄木に対して命をチップに煽ったことでご破算だ。

 

 

 私は時間だけを頼りに目の前に手を突きだすとそこに何かが触れる。

 

 

『……落ち着きましょう、私は優秀な走者

 

 私ほどにもなると、前もって要所でミスに対するリカバリを用意しているものです

 

 え? そもそもミスをしないように練習しろ?

 

 ……では私の華麗なリカバリーを御覧に入れましょう!』

 

 

 はやくしなければ

 

 掴んだそれが何かを確認もせずにただ乱暴に右手を振りぬいた。

 

 

『このショートカットは比較的安定した攻めチャートと言うだけで、通常RTAなら別の方法があります

 

 安心してください! チャートにはちゃーんと書いてあります

 

 なになに……、コンプレックス(HTI)を仲間の元へ連れていった後、適当な学生を誘拐させ、ヴィランを撤退させる

 

 そうそう、要はヴィランの目的を満たせばいいので別にホモ子が捕まる必要はありませんからね

 

 生徒を誘拐させるならコンプレスが最速です!

 

 コンプレスは不意打ち狙いのため、あえて発見されるとこっそりついてくるので他の生徒たちのもとへ誘導してあげましょう

 

 …………ん?(違和感)』

 

 

 当然コンプレスは既に私が倒した

 

 

『あっ……、そっかぁ……(白痴)』

 

 

 まずは目だ。周りを確認できないことにはどうしようもない

 

 中身も大事だが、最低限顔の皮ぐらいは戻さねばクラスメイトとの接触時に面倒だ。

 

 いそいで回復に集中しなければいけない

 

 あぁ、おそい、はやくなおれ

 

 

『コンプレスは……、僕がさっき、食べちゃいました……』

 

 

 はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく

 

 

 ……いや、落ち着け私

 

 一度呼吸を整えろ、急ぐ必要はあるが慌てることは不要。

 

 私の計画通りだ。

 

 早すぎても遅すぎても計画は成功しない、深呼吸だ。

 

 計画を修正する時間の余裕ぐらいは事前に計算している。

 

 

 

『はい、切り替えましょう……、次の方針が決まりました

 

 カバー力こそが走者の実力のみせどころです!

 

  ……今オレに「バカ」って言ったか?(唐突な三代目)

 

 

 今までの歩いてきた肝試しの道を逆走する左回りで行きましょう、これで敵を各個撃破していき相手を撤退させていきます

 

 スピナーとマグ姉はプロに任せればいいので急いでトガヒミコやその他の雑魚が倒されているかを確認し、すぐさま残った敵を撃破しましょう』

 

 

 私は消し炭にされないように上着に包んで木に括り付けておいた装備を回収して次の目的地へ駆ける。

 

 次第に濃くなってくる薄桃色の煙が出てきた辺りで移動しながら着替えを済ませて、耳に感覚を集中させる。

 

 

「「オ゛オオォォォ!」」

 

「クソ! くるんじゃねぇぇぇ!!!」

 

「泡瀬さんは逃げてください! ここは私達が食い止めます!」

 

 

 目的地の目の前では脳無が生徒達に襲い掛かろうとしていることを確認した。

 

 

『林間合宿では脳無が追加で配置されている場合がありますので注意

 

 ここの敵の数や強さがやたらブレるのでさらにチャートが立てづらくて困ります

 

 最悪の場合はUSJで見逃した上位個体が投入されるのですが、不幸中の幸いで下位個体が1体だけでした』

 

 

 私は藪から、今までの疾走そのままの勢いで飛び出した。

 

 

 目の前には昏倒した仲間を担いで撤退しようとしている泡瀬君、拳藤さん、鉄哲君の3人と彼らを追いかけようとする脳無、それから守るように立つ緑谷君達だ。

 

 

『中位個体の脳無でも少し工夫をすれば倒せるので下位個体は適当に処理しましょう』

 

 

 私は脳無の延髄を叩き潰す。

 

 露出した脳は意外な弾力をもって私の足を押し返すが、それを勢いに任して潰しきる。

 

 

 

「ゴオ゛ッ? ……オ゛オ゛オォ゛ォォ!!!」

 

 

 先ほどのチェーンソー脳無を思わせる体から飛び出た腕はずんぐりとした胴体から飛びでてウニのようで、その体表には人にあるべき目や鼻や口の数が明らかに多く配置されていた。

 

 その怪物は人をベースにしていると分かりながらも人には見えない悍ましさを見るものに連想させる。

 

 脳無の弱点は頭部の脳だが、この怪物が人間と同じ構造だと考えてはいけない、幾つかの脳無は脳が頭だけではなく別の場所にある場合があり、コレもそのタイプで腹に副脳が入っているようだ。

 

 

「八百万さん! 槍を作って!」

 

 

 全員が現状を把握できない中、八百万さんはこちらの意図を瞬時に汲み取り、臍の真ん中から槍を引き抜いて投げ渡してくれる。

 

 

 私がそれを掴んだ時、反応した脳無はようやくこちらに手を伸ばし始めた。

 

 

「オ゛オ゛コ゛オ゛ォ゛ォォォ」

 

 

 とにかく早さを優先して作られたその槍は先端を尖らせただけのモノではあるが頑丈にできている。

 

 私は相手の腹目掛けて槍を突き出した。

 

 人間なら腹部にはないはずの硬い骨を砕き、柔らかい何かを貫通し、穂先が向こうまで飛び出したのを確認すると、私はそのまま槍を振り回して地面に叩きつける。

 

 

 頭を潰され、胸に無理やりほじったような穴をあけた脳無が地面に埋まれば、既に敵はピクリとも動かない。

 

 

『八百万は頼めば武器をランダムでくれます

 

 ここでマスタード撃破のために投擲系の武器が欲しいのです、今回は一発で出ましたが出ないようならガチャです』

 

 

「よ、よかった。無事だったんだね本条さん」

 

「時間がない、早くお互いのやるべきことをしましょう」

 

 私は止まらずに岩場に囲まれた場所に話しながら移動する。

 

 岩に囲まれたそこは木が生えない、その空間だけは月明かりがはっきりと差し込むほどに空が開けていた。

 

 

「本条さん……、一体なにを?」

 

 

 私は壊れた脳無を踏み越え、八百万さんの言葉を無視して移動する。

 

 

『マスタード撃破について、本体の耐久は糞雑魚なんですが、回避と命中は高いので、視界の悪いこの状況だとガバる時があります

 

 ホモ子なら近付けば相手の装備のガスマスクを壊すなり、そのまま殴り倒すなり問題はないのですが、私はやはり運がいい、この場所、しかも八百万がいるならもっと手っ取り早い方法があるのでそれを使いましょう』

 

 

 私は岩場にたどり着くと空を睨んだ。

 

「お、おい、早く施設に戻んねぇのか?」

 

 

『まず、いくつかのポイントがあるのですが、ここでのセットアップは岩場にバックステップをこすり続けてください

 

 そうすると岩に挟まり動かなくなる場所があるのでそこで主観カメラを操作

 

 そこで標準を左前にある二股に分かれた木の右の枝先に合わせてください』

 

 

 私は軽く後ろに下がり、姿勢を低く、そして体を捩じって頭が地面に付くほどに身を縮こませた。

 

 筋肉のばねを限界まで引き絞り、筋繊維が破断する寸前まで力を圧縮してゆく。

 

 

『最大までパワーを溜めて投擲系の武器を投げましょう』

 

 

 頭に響く声と同時に私は体を自由にする

 

 槍という長物にかかる力を穂先から石突の一点を通る様に投げた。

 

 

 手から離れた槍は空気を切り裂くと一瞬で夜の闇に消えていく

 

 

『すでにリカバリーの方法は確立していますので安心してください、別チャートでのRTAを齧っていたのが幸いしました』

 

 

 私はそれを見届けずに移動を開始しようとする。

 

 

「まさか……、いけないわ本条ちゃん戦闘は許可されてないわ!」

 

 私の行く末を蛙吹さんが阻む、私の行動を訳も分からず見ている何人かの中で、その行動の意味を理解しているのはA組の面々だけだ。

 

 

『では次に行きましょう

 

 ん?

 

 ちょっと梅雨ちゃんさん? そこに立ってると岩に挟まれて動けないんですが?』

 

 

「本条ちゃん……、まずB組の皆を助けるのが先よ、貴方が言ったことだわ」

 

「助けるための行動だよ」

 

 

 マスタードの出す毒ガスは皆を昏倒させる力を持ちながら、同時に敵の位置を把握するセンサーの役目を持っており、本人を中心に渦を巻き、まるで台風のように回転している

 

 当然ガスの中では動きを捉えられてしまうので、奇襲の効果は薄く、遠距離からの攻撃もかなり前に察知され避けられる。

 

 そしてそもそもこの森では射線が通らない

 

 だからこそ、マスタード撃破の解の一つは台風の目への攻撃……

 

 

 

 つまり頭上からの一撃だ。

 

 

 

 ガスは台風の目のように動く、その死角を狙って私は槍を投げたのだ。

 

 

「……ヴィランと戦う時点で手加減はできない、生きるか死ぬかのこの場面、それをどうこう言うつもりはないわ」

 

 

 蛙吹さんはちらりと脳無の遺骸を見る。

 

 頭と腹の穴から似たような、それこそウニの身のような臓物が流れ出していた。

 

 B組の中にはそれを見て顔を青くしている者もいる。

 

 

「けど、それを一人で抱え込む必要はないわ」

 

 

『流行らせコラ! 流行らせコラ! カエル野郎 お前離せコラ!』

 

 

「そうですわ」

 

 

 私の前に八百万さんも立ちふさがる。

 

 

『何だお前!?(素)』

 

 

「あぁ、これ? こいつはもうただの死体だよ、USJの時もそう説明されたでしょ? 何か問題が?」

 

「わ、私達に戦闘の許可は出ていません……」

 

 

 

〈A組B組総員!! プロヒーローイレイザーヘッドの名において! 戦闘を許可する!!〉

 

 

『お前らグラントリノだからな(意味不明)』

 

 

 マンダレイの声が脳内に響く

 

 

「これで問題はなくなったね」

 

 

 それと同時に、ガスが急激に薄くなっていくのが目に見えて分かった。

 

 視界が晴れたことに気を取られた二人を軽く押し除けて私は足を進める。

 

 

「まって本条ちゃん!」

 

 

 

『ようやく抜け出せました……

 

 ちょうど消しゴム先生のありがたい戦闘許可がでました

 

 このセリフ前で敵に正当防衛でない攻撃を味方の前ですると評価が下がるのでうれしいですね

 

 マスタード撃破です

 

 ハハッ! ざまぁないぜ! 卑怯? 一方的に殴れるならそれに越したことはないですねぇ!

 

 これをすると攻撃が強すぎてマスタードは氏にます

 

 普通なら初体験♡は無駄なイベントがつきますが、トラウマ持ちにはあまり関係がありません

 

 もう、一人も二人も変わんねーよ(NITU)』

 

 

 私は最短の道を駆け抜ける

 

 追いかけてこようとするクラスメイトも即座に振り切る。

 

 脆く踏み込めない土くれ、細かく滑る砂、捻じれる木の根、その全てが私に味方する。

 

 進めば5組目の飯田君、尾白君とすれ違った。

 

 

『前方のペアはトガヒミコは撃退してあるようですね、ならば無視です

 

 森を突っ切るよりは開けた道を通る方が早いので森の広場を経由していきましょう』

 

 

 話す間もなく二人を置き去りに私はすぐにでもプッシーキャッツのもとへとたどり着く。

 

 激しく打ち合うヒーローとヴィランを真横に私は駆け抜けた。

 

 目の前にいるのは刃物をやたらめったらに生やした奇妙なものを持つトカゲの異形系の青年とガタイのいい男、スピナーとマグネだ。

 

 

「あなたなにをして……、クッ!」

 

「よそ見など余裕だなヒーロー共!」

 

「愚か者! 早く戻れ!」

 

「あらあら、隙だらけよ」

 

 

『実際戦うとマグ姉はかなり近接が強いので、もし戦うなら相方を落としてから倒しましょう

 

 マグ姉の使う個性「磁力」は自分以外の人間に強力な磁力を付与する能力、男はS極 女はN極にしてしまい、混戦では厄介とされてますがそこまでの強さでもないです。

 

 こちらに仲間は多いので数で攻めたてれば彼女自身がボロを出しますのでそこを突きましょう

 

 小ネタとして、女装あるいは男装した状態で異性のキャラと直線状で攻撃すれば磁力で挟んで瞬殺することができます』

 

 

 スピナーとマグネの背後を走りすぎるとマンダレイと虎に気づかれるが二対二の戦いで私を引き戻す余裕はないので無視して通り抜ける。

 

 

『というかこの「磁石」とかいう個性、冷静に考えなくてもヤバくないですか?

 

 当たり前ですが磁石はS極とN極があり、真ん中をへし折っても結局は二つの極がある磁石ができるだけなのに単極の物体とか言う意味の分からないものを作れます

 

 いわゆる磁気単極子(モノポール)とかヤベーですわゾ

 

 まぁいまさらそんなこと言っても、どいつもこいつも無から有を生み出してるっぽいし、概念を超越するような個性がゴロゴロある世界ですからね、誤差だよ誤差!』

 

 

 私はそのまま道を進む、ちょうど私がいた場所に向かって今度は順路を逆走した。

 

 

『ヒーロー2人が抑えてくれるのでマグ姉とスピナーも無視です。

 

 マスキュラーも緑谷が主人公(ヒーロー)補正で抑えてくれるので残す敵はあと一つ』

 

 

 皆の安全を守るための人数が足らない点は私が緑谷君とペアを組み、コントロールすることで八百万さんの安全を確実にした。

 

 今、マスキュラーは退避した学生を相手に戦っているだろう。

 

 彼らはヒーローだ。

 

 その後ろに守るべき者があれば、必ず守り切るだろう。

 

 

 洸汰君を守るために死力を尽くしているはずだ。

 

 

 まぁ洸汰君をそんな危険な場所に放り込んだのも、見つかりやすいよう細工したのも私なのだが

 

 私の目的のため、マスキュラーと皆には長く戦って貰わなければいけない

 

 

 

『さて、最後に残った敵はムーンフィッシュ

 

 こいつは普通に強いです

 

 しかも個性で鋭い歯を伸ばしてこちらから距離を取り続けるRTA的にもカスですが……』

 

 

 そして私はすぐに奴を見つけた。

 

 

 ようやく、ようやくだ

 

 

 

『おっとどうやら戦っている面子があたりです』

 

 

 私は立ち止まる。

 

 私に追い縋っていた空気がそのまま両者の間を吹き抜けた。

 

 

『主力の轟に爆豪、斬撃に強い切島とセンサー役の障子、勝ったな!』

 

 

 そいつはクラスメイト達を見下ろし、空中に立っていた。

 

 黒いボンテージの抑制着で身を包み、開口器を取り付けたという常軌を逸した姿の男

 

 

 

「どうも、覚えていますか、ムーンフィッシュ」

 

 

『攻略法としては足場の歯を折っていき、地面に落として袋叩きにするのがセオリーですが、今回なぜか時間がヤバいので攻めチャーを使うことでリカバリーしましょう』

 

 

 

「あ゛ぁ? 」

 

 口から歯を吹き出し、足の高い蜘蛛のようにぶら下がる男はとぼけたような声を出した。

 

 私は焦った。

 

 覚えていないなんてあんまりだ! そう取り乱しかけながら自分の言葉が足りないことにすぐ気づいて訂正する。

 

「覚えてますか、……5年前、貴方が捕まった理由となった事件です。貴方が殺した少女の他に、もう一人女の子がいましたよね?」

 

 ムーンフィッシュはあの開口器のせいで未来の光景を見ても読唇が出来ない、この男が何を喋っているかが分からないため、私はいっそう不安を感じた。

 

 

「あ゛?」

 

「それが私です」

 

 

『あまり攻撃を食らいたくないので慎重に、肉壁が仕掛けるのに合わせて攻撃の根本を狙うと一気に歯を破壊できますので、落ちた所をそのまま袋叩きにましょう』

 

 

 その一言に吊られた男の頭がくるりとこちらの方を向く

 

 

「あ゛……、あ゛ぁ!? き゛み!! あ゛っはっははっははははあああぁぁぁ 肉くれた人! 肉くれた人だ! また来てくれた!!」

 

 

 私は心底ほっとした。

 

 

 これから行うことに対して相手がこちらを知らないなんてことにはならなくてよかった。

 

 

 それに

 

 

 こんなにふざけたことを言ってくる。

 

 

 あぁ、本当に良かった。良かった……! 良かったよッ!!

 

 

「しかも殺していい奴! 今度は君が肉だぁぁぁ!!!!」

 

 

 こいつは殺していい奴だ。

 

 世にあって百害あれど一利もない

 

 

「あーははははははははっはは ははははァ!!」

 

「あ゛ーはっははっはははあ゛あ゛あぁぁぁ !」

 

『おうBKGU、TDRK。見てないでこっち来て、お前らも(戦闘に)入れてみろよ』

 

 

 あまりにも私の理想通りの存在で私は思わず信じてもいない神に感謝する。

 

 

「一応、一応だよ。これからどういった理由で殺されるのか、必要とするかは知らないけど、私が宣言したかっただけだ」

 

 

 喚き続けるムーンフィッシュを無視して私は独り言のように話す

 

 

「その開口器のせいでなにを言ってるかわからなかったけど、ようやく今わかった! よかった!! あなたが私の理想通りの人で!」

 

「ア゛ハハハハァ゛!! きみ! きみはやさしいこだぁぁぁ!!」 

 

「あぁ! よかった! 本当に良かった!!」

 

「ハハッ、もう何をしゃべってもいいよォッ! 最後に言いたいことは言い切った方がいいからなぁッ!!」

 

「ニク゛ゥゥ!!」

 

 

『あっお前KRSMさ、さっき戦い始めた時にさ、なかなか呼んでもこなかったよな?(現在進行形)』

 

 

 

 

「ハ゛ァッ!」

 

 

 ムーンフィッシュは木々の上に陣取ったままこちらに歯刃を伸ばす。

 

 その動きは直線的でありながら読みづらい、分岐を繰り返し逃げ道を潰すようにこちらに迫る。

 

 もちろんここで逃げるわけがない、私は一気に前に出ると槍衾のような刃先の隙間をくぐった。

 

 

「ずっと考えてた」

 

 個性、歯刃が分岐するのは先端、そこからの根本は歯を戻さなければ形状を変化することはできない

 

 ムーンフィッシュの分岐は距離をとればとるほど増えていく、だからこそこいつは徹底して距離を取る戦い方を好んでいる。

 

 ならば前進にこそ好機はある。

 

 

 私は伸びきった刃の腹を蹴ると距離を詰めた。

 

 

「どうすれば苦しんでお前が死ぬかって」

 

 

 しかし腹立たしいことにこいつは自分の個性の操作に関しては巧だ。

 

 そんな個性の隙を持ち主であるこいつが気づかず対策していないわけがない

 

 既に伸びきった歯刃を縫うように新たな歯刃が口からこちらを捉えんと飛び出した。

 

 

 

 こちらを掠め、歯刃を通り抜けられる隙間はどんどん狭くなっていく

 

 こいつはこの見た目で戦闘においては冷静で慎重、私の動きを制限していきながら、こちらを確実に仕留める一刺しを相手は間違いなく狙っている。

 

 

 残り三足で触れられる距離となれば、既に歯と歯の隙間が身一つすら抜けられない狭さのものとなっていた。

 

 

「本当にいろいろ考えたよ」

 

 

「ジャァッ!!」

 

『あっ……、ムーン……(刺死)』

 

 

 大口を開けたまま喉を震わせるムーンフィッシュは、口から分岐もさせず白刃を私の眉間目掛けて放った。

 

 避ける隙間はない、防御をする暇を与えれば他の刃で串刺しだ。

 

 ならば答えは一つ、前進だ。

 

 

 残り二足

 

 

 私は目前に伸びる歯刃を避け、肩口に受ける。

 

 

「あだっだぁ゛あ! あ゛ははぁ゛!!」

 

『ちょっと歯当たんよ~(適正語録)』

 

 

 

 残り一足

 

 

「で、決めた」

 

 

「あ゛ガ?」

 

 

 

 私は縫い留められた身に構わず体を前に滑らせる。

 

 切れ味のよさが幸いして、私が踏み込めばするりと肉を裂いて抜ける

 

 

 そこはムーンフィッシュの目前だ。

 

 

 もうお前にやる時間はない。

 

 

 

「とにかくはやくこの世から消えて」

 

 

 

 残った利き腕の拳を握りこみ、相手の口先に叩きこむ

 

 硬い歯を殴れば肉が抉れるだとか、そんなことは考慮しないで全力で腕を振りぬいた。

 

 

「グギャッ!!!」

 

 

 頭を支える歯の柱が砕け、ムーンフィッシュは地面に落ちる。

 

 やたらめったら伸ばした刃のせいでムーンフィッシュの頭は空中で固定され、衝撃を一切余すことなく顎に受けていた。

 

 

「ギャ!? ハギャ!? ぼぐ゛のハギャア゛あ゛ああぁぁぁ!!!」

 

『生きてるぅ^ ~ フハハハ、歯切れが悪いぞムーンフィッシュ!(激ウマギャグ)

 

 落下死しろぉ!!』

 

 

 落下し身を打ち付け、ムーンフィッシュは地面に転がり、口からはぼたぼたと汚らしい液体を撒き散らしていた。

 

 

『な、何故生きている!?この男は凶悪な精神犯罪者ではないのか!?

 

 ……と言うのは冗談です。ここでムーンフィッシュを倒せば終わり、……とはならないんですよね、まだマスキュラーを緑谷が倒していません

 

 緑谷がマスキュラーを倒せば遠くの爆音とセリフのカットインが入るので、それまではムーンフィッシュを倒しても無駄なんですよね

 

 ここの時間の有効利用として、スキルの恐喝、強奪などを使いながらアイテムや金銭、経験値を稼いでおきましょう』

 

 

 私の計画はこの機会を作るため、それだけにあったと言っても良い

 

 この時間を使ってムーンフィッシュに生まれてきたことを後悔させるほどのことをしようと考えていた。

 

 

 

 顎ごと抉ってその自慢の歯で体を割くか

 

 フッ化水素で生きたまま自慢の歯を腐食させるか

 

 指先から刻んで自分自身の断面を見せてやるか

 

 

 だが、そんなものはもうどうでも良い

 

 とにかく早く消えて欲しい

 

 

 私はゆっくりとムーンフィッシュの方へと歩き出す。

 

 相手はこちらに気づいたのか、体をびくりと震わせて芋虫のように地面を這った

 

 ふと立ち止まって見下ろしてみる

 

 見ていて哀れに思うほど無様だ

 

 

「ぐる゛な゛ぁぁぁぁ!!」

 

 

 散歩程度の歩みでも簡単に追いつく

 

 試しに足で背中からムーンフィッシュを押さえつけると潰したヒキガエルのような声が出た。

 

 

「ごろ゛ずぅ゛ぅぅ!!」

 

 

 しかしこの男は流石だ。ここまで追い込んだというのにまだ私に聞くに堪えない罵詈雑言を飛ばしてくる

 

 押さえつけているというのにうぞうぞと動こうとしている感触が足裏に伝わり、私は軋むのを無視してさらに力を加えて足を押し込んでしまう。

 

 

「ばらばらにじでや゛る゛う゛ぅぅぅ!!!」

 

 

 まだ動こうと逃げようとしている。

 

 醜い、そして最高だ。まだ自分が生きてていいと思いこんでいるのだろう、信じられない厚かましさだ。

 

 自然とさらに足へと力が入る。

 

 

「ぐ、ぐ、ぐギィ……」

 

 

 ぱきりと、私の足下の何かが折れる。

 

 そうすればようやく、這いずることも止め、足下のものは体を震わせるだけとなった。

 

 

 もういいだろう

 

 

 

 

 私は足を軽く上げて狙いを首の上に移動させる。

 

 うつ伏せで倒れているムーンフィッシュがこちらの方に顔だけを向けている。

 

 

 どうだムーンフィッシュ、悔しいだろ、こんな雑にお前は終わるんだ

 

 もっと私に呪詛を吐いて惨めな最期を迎えろ

 

 それが化け物であるお前の末路だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごろざないでぐだざい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言に私の顔は引きつり、次の瞬間目の前の視界が真っ赤になる。

 

 

「だ、だず……」

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 続く言葉を打ち消すため、私は目の前の男の襟首をつかむと無理やり引き上げる。

 

 

 許されない、こいつは殺されなきゃいけない化け物のくせに今何と言おうとした!?

 

 

 

「ふ、ふふ、ふざけるなッ! いまさらなに人間みたいなこと言ってるッ!?」

 

 

 おまえは違うだろう! どう考えても改心も期待できない生まれつきの化け物のはずだ!

 

 

「お前は人じゃなくて化け物だ! だからあんなことが平気で出来るんだろぉ!?」 

 

 

 化け物はそんなことを言わない、最後まで人に一切理解されない、暴虐の限りを尽くして、悪辣でなくてはいけない

 

 

「お前は! 私と同じ! 化け物だろうが!」 

 

「ヒッ……」

 

 

 やめろ、止めてくれ、何をそんな弱いふりをする

 

 頼むから抵抗しろ、化け物がそんな目をするな

 

 

「や゛、や゛めで……」

 

 

 ムーンフィッシュが暴れたせいで私の震えた手から掴んだ襟が抜け落ちる。

 

 地面にずり落ちたムーンフィッシュは必死にこちらから離れようともがいている。

 

 

 なんてことはない、今から追いかけても殺すのは容易い。

 

 

「ぶっ殺す……!」

 

 

 殺すに決まってる

 

 お前はその言葉を懸命に伝えた人たちを一度でもそうしてやったことがあるか?

 

 

 こっちにはタイムリミットがある

 

 爆豪君達がきてしまえばあいつを殺すチャンスが消えてしまう

 

 今を逃せば殺せない

 

 

 自分を怒りで染め上げろ、意志だ。何より意志が大事だ。

 

 

 こいつを殺す

 

 

 私はよたよたと仇を追いかける。

 

 

 

「ごっ……、ごろざないで……」

 

 

 

 足を力強く振り上げて踏みぬいた。

 

 

 

「本条! やめろ!!」

 

「殺しちゃだめだ!!」

 

 

 

 

 あぁ……、やってしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 私の足はムーンフィッシュの頭蓋を砕くことはできず、その横で地面に足首までめり込ませただけだった。

 

 

「ヒッ……、ヒッ……」

 

 

「う゛ッ……、ぐそ、ぐそっ……、ひぎょう゛……、ひぎょう゛だぞ……!」

 

 

 なんでだ。

 

 

 なんでだよ

 

 

 

 こいつは仇だぞ。

 

 今の言葉も何の誠意もない、ただ己の保身だけを考えた一言だというのにどうして私の体は動かない。

 

 

 

 私の膝はいつの間にか地面に付いていた。

 

 目の前には白目をむいて気絶しているムーンフィッシュ

 

 クラスメイト達が追いつく、今ちょうど追いついて私の名を叫んでいるが私はその言葉の意味もよく分からない

 

 

『うーん まだマスキュラーを撃破していないので時間が余りぎみですねここでスキル構成や装備などを整えましょう

 

 こういう合間の時間をうまく使うことがRTAでは重要です』

 

 

 『アレ』が私に追いつこうとしている。

 

 

 アハハハ、これだけは自分の意志だと思っていた復讐心すら貫き通せないなんて

 

 結局そんなものだったのだ私の意思なんて

 

 

 

 

『私ほどの走者になると敵の攻撃を避けながらアイテム画面で整理もできるほどですがこのチャートではそれを見せる前に終わりそうですね』

 

 

 『アレ』が這いよる感覚に抵抗する気すらおきない、体の主導権が切り替わる自分をただ傍観する。

 

 いや、そもそも私がコイツの付属品に過ぎないのかもしれない。

 

 

 

 

「ようやく隙を見せてくれたか、敵に情けをかけたお嬢ちゃんのミスだぜ」

 

 

「……?」

 

『ファ!? コンプレス!?

 

 やめろ馬鹿!? アイテム整理中に攻撃とか条約違反ですよ!!』

 

 

 なぜコンプレスが……、いままで、そんな未来はみてないはずだが……

 

 まさか私がムーンフィッシュの所に来ると踏んで先回りして隠れていたのか?

 

 位置的にはおかしくないがじゃあなぜ今までの未来では姿を見せなかったのだろう?

 

 

「俺が思うにアンタ、ヒーローになんざに向いてねぇな、まだこっちの方が向いてると思うぜ、……と言うのが建前、本音を言えば俺の手妻があんなもんと思われちゃ癪だからな」

 

 

 あぁそうか……

 

 ムーンフィッシュの目の前であんな無様を晒す未来なんて私は想像もしていなかったからか

 

 そのせいで今まで存在すらしなかった分岐が発生してしまったという訳なのだろう

 

 

 自分が縮んでいく中、まるで他人事かのようにぼんやりと考えた。

 

 

 

『…………紆余曲折ありましたが、当初の狙い通りのチャートで行けました(大本営発表)

 

 はい? 道中の意味? もちろんありますあります

 

 左回りルートでは一番戦闘が多くなってしまいますが、塩戦闘が多いRTAでしみじみとこのゲームの良さを感じとれたと思いませんか?

 

 これを専門用語でロスと言います』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英林間合宿ヴィラン襲撃

 

 襲撃者であるヴィラン達は逮捕者が4名、奇妙なことに全員が重症であったが一命を取り留めている

 

 プロヒーローは6名のうち2名が重傷

 

 生徒41名のうち敵のガスにより昏倒したものは13名、後日後遺症なく回復

 

 重軽傷者は7名

 

 

 

 

 そして拉致者、1名

 

 

 

 

 ヒーローを象徴する雄英の度重なる失態

 

 この事件は社会にさらなる衝撃を与えた。

 

 

 

 




復讐が入ってないやん。どうしてくれんのこれ(憤怒)
道徳的優位な状態で圧倒的な暴力で復讐するのが見たかったから注文したの!
かわいそうでできなかった!? この(展開の)中の中で!?
はーつっかえ! おまえに分かる? この罪の重さ

ホモ子お前最近キャラがブレブレやん、見てる人すっげぇ白く(興覚め)なってる、はっきりわかんだね



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