個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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シュガーマン3 (1/3)

 

 

 広い敷地に建つコンクリート造りの一角、その陰で男たちは密やかに囁く。

 

 

「……わりぃな砂藤、お前のお蔭だぜ」

 

「別に構わねぇさ」

 

 

 砂藤を囲む男達、そのだれもが恵まれたガタイを持ち、髪は短く切りそろえられ、黒で統一された服に金バッチを付けている。

 

 

「これは、ほんの感謝の気持ちだ、受け取りな」

 

 

 その中の一人、顔から厭らしさを隠し切れない男は、懐から薄いビニールに包まれた何かを取り出した。

 

 

「おまえ、特にこれ好きだろ? いつも小袋(パケ)に分けて持ってるもんな」

 

「おっと、助かるぜ」

 

 

 砂藤少年は慣れた手つきで渡されたものを懐に収めた。

 

 その時開いた砂藤の懐から、内ポケットに詰め込まれているモノが男たちの目に入る。

 

 小分けされたチャック付きのビニール袋、彼らには見慣れた白い粉が見えたが、その中には結晶体を砕いたような物や、普段の砂藤なら持ってない錠剤のような物が見えた。

 

 

「ん? 珍しいな、いつものじゃないのか?」

 

「これか? こっちの結晶のはもらいもんで、もう一つは海外製の土産だ」

 

「道理でどっかで見たと思った。そっちの方がキクのか」

 

「まぁそうだな、いつものニトウルイはそこらで流通してるから常備してるが、こっちの錠剤は効果がダンチだ」

 

 そう言いながら砂藤は袋に入った錠剤と粉末を取り出す。

 

「ニトウ? 二等品ってことか」

 

「俺にとっちゃ似たようなもんさ、となるとこっちが一等品だな」

 

 

 砂藤は小さな粒が5つ入った袋を彼らの目の前で軽く振る。

 

 

「何が違うんだ?」

 

「なんというか、吸収が早いっつーか、すごいクルんだよ」

 

「そんなにちげぇのか、ジャンキーのお前が言うなら間違いねぇな」

 

 

 感心したように男の一人がしげしげと袋に入れられたものを眺める。

 

 だが隣の別の男は目を細めながら砂藤に忠告した。

 

 

「……もらいものっつーことは他の組の奴からか、俺たちが言えた義理じゃないがほどほどにしとけよ」

 

「あぁ、別に俺は大丈夫さ」

 

 

 そう言うと砂藤は粉末が入った小袋を一つ開け、顔に近付けると一気に飲み下す。

 

 

 彼の厳つい顔と合わせて犯罪的な光景だ。

 

 

 

 

 

「何度見てものどが渇く光景だぜ!」

 

「個性とは言え砂糖をそのまま飲み込むって辛くね?」

 

「もらったラムネとか、今はないがシロップなんかが効率が良いんだが、つっても上白糖が一番量が多くて安いからな」

 

「へぇー、そうなんだ。それが好きなんだと思ってたわ」

 

 

 ここはとある中学校

 

 体育倉庫の裏で彼らはただの学生、身に着けた黒の学ランにはピカピカと輝く金メッキ(風)の校章が付けられていた。

 

 

 彼らは皆、砂藤に申し訳なさそうな顔で拝んでいる。

 

 

「すまん砂藤、倉庫の整理なんて面倒ごと頼んじまって」

 

「いいってことよ、体を鍛えるついでだ。体育倉庫の整頓、本当なら今日中にやらないといけないんだろ?」

 

「いやっ! 本当にわりぃ! あとでまた絶対なんか奢る! 本当なら俺たちがやらなきゃいけねぇ仕事なのによ……」

 

「いつもの監督の癇癪だって? 聞いたぜ、だから別に気にすんなよ、その陸上の……なんだ? なんちゃらミズノのイベントがあるんだろ? 早く行けって」

 

「陸上ヒーロー主将(キャプテン)ミズキちゃんだって! ミズキちゃんの生の円盤投げが見られるって聞いちゃあ、何においてもかけつけねぇと!」

 

「あー、はいはい、そんなに大事ならサッサと行っちまいな、掃除の邪魔だ邪魔」

 

「恩に着る砂藤!」

 

「流石わが校でもっとも甘い男 砂藤!」

 

「頼んだ! 今度なんか甘いの奢るからよ!」

 

 

 運動部らしく刈り上げられた少年たちは、元気よく駆け出していく。

 

 

 重ねて言うとそこに何の違法性もない。

 

 

 

 

 

 

「……さて、やるか」

 

 

 一方で残された少年は、体育倉庫の中へとむかう。

 

 地元ではかなりの人数が通う、この有名私立中学校は、体育館倉庫もそれに倣いかなりの大きさだ。

 

 

「……こいつはひでぇ、散らかりすぎだろ」

 

 

 さらにそこは多くの出し入れが行われ、雑多な道具達がバラバラに離散し、混沌と化していた。

 

 しかし、どう考えても一人でやる仕事量ではない空間を目の前に、少年は腕をまくりながらのりこんでゆく

 

 

「こいつは手間だな、……まぁいいか、こういう持ちにくいのは良く鍛えられそうだ」

 

 

 そう言いながら少年は大男も寝そべられるようなマット、それも数人がかりで持つような備品を掴み上げると倉庫の外に出す。

 

 

「まずはでかいの出して、そっから掃除していけばいいか……」

 

 様々な陸上競技の道具、ポール、ハードル、砲丸投げの玉、マット、投げ槍、そのどれも重く、大量には持ちにくい形のそれらを、肩にかけ、腕に挟み、指に引っ掛け、せっせと内と外を往復していく。

 

 その奇怪な姿をたまたま見た生徒たちは一瞬驚き、その人物が砂藤少年であると気づくと、すぐに納得し、そしてあきれた様子で彼を横目に通り過ぎる。

 

 

「うぉ……!? って砂藤か、巨大な針の玉が歩いてると思ったらあれは投げ槍か」

 

「つーかよくやるぜ、また頼まれごとか? うわッ、今度は指の間全部に砲丸持ってるぞ、ミュウツーかよ」

 

「ああいう奴がヒーローになんだろうな。実際、雄英目指してるって聞いたぜ」

 

「おーい、砂藤! 流石のヒーローっぷりだが、お人よしもほどほどにしろよ!!」

 

 

 遠くから呼びかけられた砂藤少年は大声で言葉を返す。

 

 

「ん? あぁ!! まぁ日課みたいなもんさ!!」

 

 

「日課だとよ、いやーヒーローだね」

 

「凡人との価値観の違いを感じるわ」

 

「アイツ、マジで雄英受かるかもな」

 

 

 

 そんな次第に離れていく会話を聞き流しながら、少年はひたすらに倉庫の整理を続けた。

 

 

 

 砂藤力道 身長185cm 体重103㎏

 

 

 個性“シュガードープ”

 糖分10gの摂取につき、3分間だけ通常時の5倍の身体能力を発揮する強化系の個性、元の恵まれた体格もあり、彼が個性を使えばおおよそ上位の発動型増強系と伍する出力を備えている。

 

 

 

 学業に対しても真面目に取り組み優秀な成績を残しており、性格は落ち着いた物腰で面倒見がよく、クラスメイトからの信頼も厚い

 

 教師陣からの評価も高く、どこに送り出しても彼なら間違いはないと太鼓判を押すほどの優良模範生。

 

 それが砂藤力道の世間一般の評価であり、実際に彼が雄英を目指すと口にした時、不思議に思う者は誰もいなかった。

 

 

 やはりヒーローか!

 

 流石だ!

 

 あいつならヒーローになってもおかしくない!

 

 

 期待の目を向けられ、時には直接声をかけられながら、そんな時、彼は苦笑いを浮かべ、いつも同じ言葉で答えるのだ。

 

 

 

「……俺なんてヒーローじゃないさ」

 

 

 倉庫を往復しながら彼はポツリと呟いた。

 

 

 その一言は彼の嘘偽りない本心であったが、今まで伝えた誰一人にも正しく伝わったことは無い。

 

 

 

「……なにひねくれてんだか、うしッ! 今日は走りこむか」

 

 

 

 個性を前提とした厳しいトレーニング、毎日寝る間を惜しんでの勉強、そして人助けは探してでも受けるという過酷な生活。

 

 

 おおよそ中学生が自分に課すとは思えない困難を彼は己に律する。

 

 そんな生活を送っていれば彼はいつしか周りに“君はヒーローになるだろう”と言われるようになった。

 

 

 だが彼は思う。

 

 

 確かに自分には恵まれた才能がある。

 

 それを使ってこれから自分はヒーローになるための学校を目指し、順当に努力し、世間の許可を得て、周りからヒーローと呼ばれる日が来るかもしれない。

 

 

 だが、他の誰でもなく、彼女と自分自身こそが、砂藤力道は本物のヒーローではないと知っている。

 

 

 砂藤力道は決してヒーローではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思いをもつ少年が雄英に合格し、クラスメイトとの顔合わせにて、見覚えのある顔を見つけ、たまげた時、彼の物語が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校入学初日、ほんの少しの緊張もありながらも、彼はクラスメイト達と打ちとけ始めていた。

 

 

「実は俺、個性のせいで糖質もかなり取らなきゃだめだから栄養バランスを考えるのが、大変でな……、これでも絞った方なんだ」

 

「それでそこまで鍛えられるのはすごいね、でもいいな、俺はそこまで体を大きくする才能なかったから」

 

「何言ってるんだ、お前の引き締まった体に、俺の大腿より太いもん腰にぶら下げて良く言うぜ」

 

「おっ、トレーニングの話か! 俺も混ぜてくれよ、やっぱり漢ならガチガチの鉄板みたいな最硬の腹筋に憧れるもんだよな!」

 

「なんだお前ら、何を股にぶら下げるだのガチガチだのオイラをぬかして猥談か?」

 

「漢らしい筋トレの話だろ!」

 

 

 ヒーロー科を目指す中で体を鍛えているのは皆同じ、中学時代はこういったトレーニングの話題に興味を示す人間も少なかったが、ここではむしろ遠慮なく話せることを砂藤少年は素直に喜んだ。

 

 

「しかし男が14人、女が6人、そして残る机は一つ……、最後はどっちだと思う?」

 

「なんだよ急に」

 

 

 そんな会話の中、僅かばかりある愛嬌が、その下卑た発言で吹き飛んでいる小男、峰田がそう問いかけてくる。

 

 

「オイラ的にはせめて最後は女がいい……、男女差を安定させて欲しいぜ」

 

「うーん、同じヒーローを目指すんだ。どっちでもよくないかな」

 

「熱い奴なら大歓迎だぜ!」

 

「もうすでに男くせーよ、前の席の眼鏡とツンツン頭とかもうケンカしてるし……」

 

 

 その時、わずかな音をたてて教室のドアが静かに開く

 

 自然に教室にいた何人かは最後に来た学生に注目が集まった。

 

 そうして現れたのは普通の少女

 

 普通が悪いとは言わないが、ここにいる誰もが二つの意味で強い個性を持つ者達だ。

 

 一癖も二癖もある者が占めるこの場所で、逆に目立つ程の凡庸さだと、クラスメイトの幾人かは最初に思った。

 

 

「うーん、普通、けど脱いだらいい線いくと、オイラのシックスセンスがささやいてるぜ」

 

「姿勢がいい、なんかやってるのかな」

 

「……ッ!!?」

 

 

 だが、クラスの中の只一人、砂藤少年はその顔を見た瞬間、驚きのあまり思考を停止させる。

 

 

「おっ、どうしたマッチョマン、ははぁん、さてはオマエあぁいう地味目な女の子がストライクか?」

 

「おっとそうなのか? ……でも分かるぜ、ちょっと大人し目で一緒にいて落ち着ける子っていいよなぁ……」

 

「ハッ、童貞の妄想ここに極まれりだな、なぜ己の欲望にまっすぐ従わない? オイラは素直にさっきの爆乳女を揉みしだき……」

 

 

 彼はショックのせいで周りの会話がまるで入ってこない、脳内の空白がようやく埋まり始めた時、今度は一気に様々な感情が噴き出す。

 

 

 元気にしてたか? いままでどこに? なぜ雄英に?

 

 

 久しぶりに会った少女は、背も伸びていたが顔立ちは同じであるので、彼にはすぐ分かった。

 

 だというのに、同じ目鼻で彼女の体つきと雰囲気が、時を経て子供時代と大きく違っていることに、砂藤少年は動揺してしまう。

 

 彼がその言語化出来ない衝撃に戸惑っている内に、彼女に向かって突っかかるような声がかけられた。

 

 

「テメーといい、デクといいことごとく俺の人生設計をぶち壊しにしやがる。史上初の雄英進学者!! その箔をよぉ!!!!」

 

 彼は遊んでいて怒られた時、一番に泣き出してしまう少女を思い出し、すぐさま前に飛び出さんとするが、それは彼女の鋭い言葉に縫い留められた。

 

 

「そのあなたの都合、私に関係あるのかな? 勝手な考えを押し付けられて正直不快だよ」

 

 

 

「……全然大人し目じゃなかったな」

 

「あのツンツンと互角に言い合ってやがるぜ」

 

「見た目とのギャップが……」

 

 

 冷たい声色、相手を見下し、小ばかにするような態度をみて彼は息をつまらせる。

 

 それは彼の知ってる思い出と比べ、隔絶した印象を見せつけた。

 

 

(それがどうした……! あの時のオレとはちげぇだろ!)

 

 

 それでも話さなければと彼は動き出そうとして……

 

 

「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」

 

 

 片足が浮きかける直前、気怠げな声がかかる。

 

 

「担任の相澤消太だ。早速だが体操着着てグラウンドにでろ」

 

 

 担任を名乗るその男は、学生達を一瞥すると、すぐに指示を飛ばし、その場を有耶無耶にしてしまう。

 

 校庭へ急かされた砂藤は、個性を把握するための体力測定をそのまま受けることになってしまうのだった。

 

 

 彼からしてみればこの時間はもどかしく感じた。

 

 

 とにかく彼女と話したい。

 

 

 まるで考えが纏まっていないことを自覚していたが、今度こそは後悔で自分の足がすくむようなことだけはあってはならないと強く決めていた。

 

 

 そうして彼女に話しかけるタイミングを図ろうとする彼であったが、不運なことに機会に恵まれない

 

 

 出席番号の関係で自分の測定が先に終わる時には、逆に彼女が測定の準備に入るため、遠目で彼女を見ることしか出来なかったのだ。

 

 それでも彼は小さく見える彼女を見ながら考える。

 

(昔より肌が白い、もしかして具合が悪いのか? いや、そもそも毎日外で遊んでいたあの頃とは違ぇか……)

 

 彼はさっさと自分の測定を終わらせ、そんなことを思いながら、心なしか具合の悪そうな彼女を心配した。

 

 

「……本条桃子、2秒50」

 

 

 ざわめく周囲

 

 そんな心配を無視したようなテストの結果に、彼は驚かされた。

 

 

「まじかよ……」

 

 

 思えば、運動で自分に競っていたのは常に彼女だったことを彼は今さらながらに思い出す。

 

 パワーならまだ自身に分があると思わせたが、飛びぬけた敏捷性(アジリティ)俊敏性(クイックネス)、それらを支える高い運動性能、体を完全に自分の支配下に置いた動きは、人間に到達可能な一つの極致だと彼に思わせた。

 

「彼女……やばいね、一分の隙も無い形稽古を見せられてる気分だ。自分の型がどれだけ歪んでいるか叩きつけられたよ」

 

 ほかの種目でも高い成績を見せる彼女を見て、隣にいた尾が生えたクラスメイトが驚嘆の声を漏らす。

 

 大して息も上がっていない様子の彼女は、自分の動きに納得できていないのかしきりに首を傾けていた。

 

 

「おぉ、あのモジャモジャ君、あんな個性を隠してたのか!」

 

「発動にリスクがある個性みたいだけどあのパワー……、入学試験でも見たけど、とんでもないね☆」

 

 さらなる追い打ちとして、彼の強みであるパワーですら、クラスメイトの一人が最後に見せた大遠投によって打ち砕かれ、雄英の途方もないレベルの高さというものを実感してしまう。

 

 こうして進んでいく個性把握テストを経て、砂藤は彼女の豹変ぶりに驚きを隠せない。

 

 

 久しぶりに会った彼女は彼の記憶の中の少女とはずいぶん違っていた。

 

 

 見た目もそうだが何より雰囲気がまず違う。

 

 一体彼女に何があったのかと砂藤少年は考えるが、一拍置いて自分の愚かさに気づく。

 

 何があったかではない、あれだけのことがあったのだ。彼女がどう変わっても何もおかしくはない

 

 

 あれから4年経った。

 

 4年である。

 

 

 彼が知らない間に彼女に何があったのか

 

 たとえ何もなかったとして、あの時の傷がどのように膿んでしまったのかと想像してしまうだけで心が軋んだ。

 

 だがそれでも

 

 今度こそは彼女を救いたい

 

 そう決めていた砂藤であったが……

 

 

「あー、本条は体調不良で抜ける。このまま総評に移るぞ」

 

 

 しかし、一通りその実力でクラスメイトの何人かのプライドをへし折った彼女は、体調不良を理由に早退してしまうのだった。

 

 

 結局この日、彼は彼女とは話すこともできないまま、帰ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、砂藤少年は彼女に話しかけようと、彼女の机に近付いていた。

 

 

 

 机の周りにはすでに何人かのクラスメイト達が集まっている。

 

 昨日は早退してしまった彼女に、挨拶をしそびれた生徒達が順繰りに話しかけて回っているようだ。

 

 

 しかし、それに対する彼女の対応はあまりにもあんまりなもので、自己紹介だというのに親愛を示す態度は一切示さない。

 

 それどころか関わってくるのが迷惑だという態度で周りを威圧していた。

 

 

「トホホ、袖にされちまったぜ」

 

「上鳴、よくあの流れで挨拶に行けたな」

 

「ツッパるにしてもやりすぎだぜ、これから同じところで学ぶのによぉ……、そういえば緑谷、お前と同じ学校なんだろ? 前からあんな感じだったのか?」

 

「うーん、確かにちょっと冷たい所はあったけど……、ここまでじゃなかったような、もともと一人が好きなところがあったし、みんなの注目が集まって驚いているのかも……」

 

 この時、緑谷は一瞬だけ何かを思案するような顔となるが、ごまかすように口を開いた。

 

「でも良い人だよ! 掃除当番とか委員会とか、いつも僕を置いて帰るんだけど、仕事は僕の分まで完璧にこなしてから帰ってたし」

 

「……いい奴なら置いて帰んないんじゃねーの?」

 

「いやいや、僕に丸投げで帰る大多数よりはマシだよ!」

 

「緑谷君……!」

 

 そんな話を聞きながら砂藤少年は件の少女に目を向ける。

 

 

 周りに一切目を向けず、高校生が読むとも思えない小難しそうな本を読んでいる彼女は、周りを無視し、明らかな拒絶の態度を取っていた。

 

 

「……まぁ、俺も行ってくる」

 

「おっ、つぎの勇者は砂藤か」

 

 

 そんな彼女の机の前まで砂藤少年は歩いて近付く。

 

 

 

「よう、……その、砂藤力道だ」

 

 

 話したいことは沢山あったが、出てきた言葉は何ともつまらない一言だと、彼は内省した。

 

 

「これから同じクラスになるわけだが……」

 

「……」

 

 だが、どんなにそっけなくとも、一言ぐらいは返していた彼女は彼だけには黙り込み、目を合わせようとすらしなかった。

 

 

「……俺もヒーロー科だ。よろしくな」

 

「…………」

 

 

 たとえ無視されようと、彼は続けて声をかけようとした。

 

 彼女には聞きたいこと、話したいことが山のようにあり、そう簡単に引く気はなかった。

 

 

「……あ」

 

 

 が、彼は気づいてしまう。

 

 

 彼女の口から、彼にしか聞こえない小さな音が漏れた。

 

 

「ぁっう……」

 

 

 怯えるように引きつった呼吸

 

 無言で本を掴む彼女の指先は、近くで見なければ分からない程、ほんの僅かに震えていた。

 

 

 

「すまん」

 

 

 

 自然に出てきた声は意味もない謝罪の言葉

 

 彼の心臓は手で鷲づかみにされ、あれほどあった勇気はしぼんで消え失せていた。

 

 

「……すまん、別に邪魔したいわけじゃなかったんだ。ただ話したかっただけで」

 

 

 彼女、本条桃子はどうであれ、砂藤力道と関わりたくない、彼はその事実が彼女の態度から理解できてしまった。

 

 

 傍から見れば完全に無視された男がひたすら謝っているという、あまりに理不尽な光景だ。

 

 しかし、彼は彼女が自分に対してどう思っていたとしても、何も言う権利がないことを知っていた。

 

 

「……じゃあな、その、会えてよかったよ」

 

 

 その場を離れた彼に、クラスメイトの男達は声をかける。

 

 

「どんまい、砂藤、お前はがんばったぜ」

 

「無視はあんまりだぜ……、そう落ち込むな砂藤」

 

「……そんなんじゃねぇって、別にこうなるかもって分かってたしな」

 

「嘘つけ、めっちゃ死にそうな顔しやがって」

 

 

 砂藤少年もこういったことを可能性の一つとして予想していなかったわけではない、だがそれでも彼の心には痛みが走った。

 

 

 その後の授業をまじめに受けようとするが、彼の頭の中にはどうしても先ほどのことが思い浮かんでしまう。

 

 

 “彼女は自分と関わることを望んでいない”

 

 

 それはそうだろうと、彼は思った。

 

 自分は彼女と交わした約束を何一つ守れなかった。

 

 それどころか彼女を追い込んでいた要因の一つが、自分のせいであることを彼は知っている。

 

 

 “自分に助けなど求めていない”

 

 

 だが、彼は頭ではわかっていてもそれを認めることが出来なかった。

 

 

 砂藤のそんな不安定な心は、同日午後のヒーロー基礎学の戦闘訓練をへて、さらにかき乱されることとなる。

 

 

 

 

「ねぇ、もう一度聞くよ、誰が一番?」

 

 

 訓練終了後、攻撃的な態度で周りを威嚇する彼女に、周りは反発するが、彼女は理詰めで論破していく。

 

 とうとう最後に全員が何も言えなくなってしまい、授業のチャイムは鳴った。

 

 

 戦闘訓練において、彼が知る彼女は一切見られなかった。

 

 冷徹な戦略、他を圧倒する暴力、病的と言えるほどの執念

 

 そしてそれを裏付ける強力な個性

 

 彼女を助けたいと思う自分が滑稽に思えるほど彼女は強かったのだ。

 

 

 

 その後に行われた自主的な振り返りのための集まりにも彼女は出なかった。

 

 

 彼は黙って画面に映る彼女を見つめる。

 

 画面の中の少女は2対1の大立ち回り、顔が見えないカメラの映像を見ながら、彼女が何を考えているのか彼はその思考をなぞろうとした。

 

 

 どうして雄英にきたのだろうか?

 

 それはヒーローになりに来たからに決まっているだろうが、何のために?

 

 彼が思うに彼女はヒーローに拘るような子供ではなかった。

 

 昔を思い出せばヒーローをやりたがる者がいれば。そこまでこだわらず花を持たせてヴィラン役をやるような子供であったはずだ。

 

 もちろんヒーローが嫌いか好きで言えば好きであっただろうが、それは自分とは遠い憧れのようなもので、彼女がそれになろうという気配があったとは思えないと彼は考える。

 

 

 

 

「砂藤はどう思う?」

 

「……あぁ」

 

 

 思考の最中、突然かけられた言葉に砂藤は遅れて返事をする。

 

 

「いや、この時の戦いをどう見るかって話なんだけどよ、なんかすっげぇ考え込んでいるからなんかあんのかとおもったんだが……」

 

「……そう、……だな」

 

 

 今映されているのは八百万の罠にかかった彼女が起き上がろうとしているところだった。

 

 学校の訓練とは思えないほどの執念、表情までは見えないまでも、体にダメージを負いながらも立ち上がる様は鬼気迫るものを感じさせる。

 

 

「なんというか、なんでこんなに急いでいるんだろうかと思ってな……」

 

「実際、八百万と峰田を抑えておくだけで後は勝てるからな」

 

「成績にこだわっていたみたいだし、爆弾を確保される前に二人を倒して加点されたかったんじゃないかしら?」

 

 

 勢いで出た言葉は、意見の場には響かず、話題は別の方向へと向かう、だが自身の言葉に彼自身は小さな違和感として心に残った。

 

 

「私たちの完敗です……、芦戸さんと青山さんの話を聞くに作戦は完全に読まれていたようですから」

 

「まぁ、確かにすごかった。言ってることも間違ってもなかった。 けどよぉ……、なんか引っかかるっていうか……」

 

「クッソあの女! マジで逃げてる時ビビったからな! つーか言い方! 性格悪すぎるだろ!」

 

「……いや、それは」

 

 

 彼は会話の雲行きに不穏なものを感じたが、口が回らず発したその声は他の声にかき消された。

 

 

「ノン☆ノン ここは改善の場、みんな熱くなりすぎさ、僕の輝きを見て落ち着いたらどうだい☆」

 

「本条さんはストイックでちょっとそう見えただけだって!」

 

 

 代わりに口を開いたのは先の戦闘訓練でペアを組んでいた青山と芦戸が彼女をフォローする。

 

 彼にとってなぜかその姿が無性に羨ましく、胸が少し詰まる。

 

 

 その理由を考えても答えの出ないまま、話し合いは続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学からさらに時が経った。

 

 

 砂藤の心配通り、彼女はものの見事にクラスで孤立してしまっていた。

 

 

 それは彼女以外のクラスメイト達の責任ではなく、彼女自身がそう望んだからだ。 

 

 今日も一人、昼休みと同時に教室から出ていく彼女を彼は目で追いかけることしかできない。

 

 

 いつもと変わらない彼女の行動……、だがその日はちょっとした事件があった。

 

 

「雄英の校門がマスコミに突破された?」

 

 

 雄英にマスコミが侵入し、警報機が誤作動をしてしまうという出来事だ。

 

 実際に外部の者に侵入されているので、厳密にいえば誤作動ではないが、物々しいアラームと侵入者の報告は一時的に雄英生をパニック状態にさせた。

 

 実際に人の多い食堂では将棋倒しの危機があったらしいと、後でその場にいたクラスメイトから砂藤は話を聞く。

 

 さらに、その混乱を同じクラスメイトの飯田が収めたと聞いて素直に称賛した。

 

 そんな活躍もあり、A組の学級委員長へと抜擢された飯田であったが、皆が褒める中で謙遜し、一呼吸おいて彼は意外な人物に向かって声をかける。

 

 

「本条君!! 君に言いたいことがある!!!」

 

 

 驚いたクラスメイト達であったが当の本人は苦虫を嚙み潰したような顔でいる。

 

 

「俺は上にいたから気づいた。君は君で生徒たちを守ってくれていたのだろう、多くの生徒を体を張って守っているのを見たよ」

 

 

 砂藤はその一言にほっとした。

 

 そしてそれと同時に彼の心の中に暖かなもので満たされる。

 

 

「ふっ……、隠れて助けたというのに評価のためというのは妙な話だ。 隠れての信は顕れての徳、君のその行動はヒーローだった」

 

「マジか、やるな本条!」

 

「君の態度は爆豪君と双璧をなす問題児だが、俺たちは皆同じようにその根底にヒーローの志がある、俺はそれを確信した!!」

 

「まさかのツンデレなのか本条、わかりにく過ぎるぜ」

 

「……人に見られていない場所、影にこそ人の本性は現れる……」

 

「だから言ってたでしょ、本条さんはそんなに怖い人じゃないって!」

 

 

 

 だが口々に彼女が称賛されると次第に彼女の様子が変わっていく、おそらく、それに最初に気づけたのは砂藤であった。

 

 

 まるで苦しみに呻くように開いた彼女の口から出てきた言葉は、強烈な嫌悪感が伴っていた。

 

 

「……違う」

 

 

 場の空気が凍る。

 

 

「今すぐその妄言をやめて、あなた達とこの私が同じ? 仲間? 冗談にしても笑えない」

 

 

 まぎれもない憎しみを込めて彼女は言葉を吐く

 

 それは学び舎を同じとする者達に向けるものでは決してなかった。

 

 

「ありえない、ありえないよ、私とあなたたちの間には何一つない、何一つなくていい、何一つあってはならない」

 

 

 その言動にクラスメイト達の反応はいくつかに分かれた。

 

 困惑するもの、ただ驚いて目を丸くするもの、そして明らかに不快感を感じている者

 

 

 それは違う!

 

 彼はすぐさまそう叫びたかった。

 

 

「あなたたちは協力してヒーローを目指せばいい」

 

 

 その言葉がどこに向いているか砂藤は分かってしまった。

 

 

「でもそこに私はいらない」

 

 

 自分に対する否定、それは苦しみや自分への怒りから生じるものだ。

 

 彼女の顔に浮かぶ強烈な嫌悪感は他者でなく自分へ向くものだろう

 

 

「絶対にいらない、邪魔、余分、無駄、無意味」

 

 

 彼が彼女の真意に気づけた理由は単純

 

 それは彼自身が幾度も感じたものであったからだ。

 

 だがそれはきっと自分の怒りなど比べるべくもなく根が深い、そう感じるだけの暗さがあった。

 

 

 彼はただ彼女の激情に打ちひしがれ、内心で顔を覆う。

 

 

「私は一人でヒーローになる」

 

 

 彼女はそう言って自分の席から立ち上がると、教室から飛び出していく。

 

 

「な、なんか怒らせちゃったみたいだね」

 

 

 彼女が去った後の教室の空気は重い。

 

 

「いや、本人の気に障るようなことをしてしまったな。級長就任間もないというのに情けない! 皆悪かった!」

 

 

 その中で一番に新たな級長が気遣いを見せる。

 

 

「いや、飯田は悪くねぇだろ、気に食わねぇから周りに当たるアイツがガキなだけで……、チッ、わりぃ、なんでもねぇ」

 

 

 しかしこれに対しての批判は意外なところ、ここ数日程度の関りでも分かるほど寡黙な轟からでる。

 

 本人は憤っているようで、言うだけ言うと突然その言葉を切って不機嫌そうに黙り込んだ。

 

 

「ま、まぁ注目を浴びるのが嫌いな人もいるからね」

 

「でもよ、俺たちとは違う違うなんて偉そうに言いやがって、流石に後ろから見ててケツをひっぱたきそうになったぜ」

 

「ちょっと距離が近すぎると思われたのかもね」

 

 

 違う、それは誤解だ。

 

 そう思った彼は絞り出すように彼女を援護しようとする。

 

 

「……それは違うんじゃねぇかな」

 

「違うって?」

 

「きっと悪気はなかったんだ。一人が好きって訳でも……、ないと思う」

 

「そうは言ってもよぉ、あそこまで取り付く島もないとむしろあっちが迷惑に思って……つうか迷惑って言われちまったし……」

 

「そ、そりゃそうだが」

 

 

 事実は違う。

 

 彼女はクラスメイトを貶めたいわけではない

 

 

 だがそんなことが分かった上で擁護したいのは彼だけであり、それを話すことは彼女について説明しなければいけない

 

 それを思えば口は重くなる一方であった。

 

 彼は己の口下手さを呪う、結局は次の言葉を考えながらも思い浮かばず、ただ口を真一文字に結ぶことしかできない。

 

 

 僅かな沈黙

 

 

 

「いや、その、勘違いされやすいけど、僕も悪い人じゃないと思うよ、ねぇかっちゃん」

 

 

 

 そこで誰も刺激せず、さらりと皆の沈黙を破ったのは緑谷だった。

 

 

「あぁ? テメェ馬鹿か? んなこと何で俺に聞いてんだ? 俺があんな根暗女のことなんか知るかよ」

 

「で、でも結構同じ班とか係に入ってなかった? 君たち二人が集まると何でもテキパキ進んでさ、傍から見てて僕的には二人は同じ分類というか……」

 

「あ゛!? 俺とアイツが同じ!? んなわけがねぇだろ糞ナード!」

 

「ヒェッ!」

 

「あー、そういう傍若無人なとこらへん似てるかもな」

 

「あぁ!? んだと!! 他人とかいう雑草共なんか俺の眼中にあると思うなよ! いっしょにすんじゃねぇ!!」

 

「た、たしかにさっきの本条さんと全く同じこと言ってる……!」

 

 

 本人としては茶化しているつもりは全くないのだろうが、クラスメイトはこれ幸いにと悪乗りし、重い雰囲気を打ち消していく。

 

 

「というか三人とも同じ中学なの?」

 

「それ思うよな、マジすげーよ」

 

「本条さんはちょっと神経質なだけで、余計なことしゃべろうとすると睨んだり罵倒してくるけど手は出してこないから楽なものだよ、まろやかなかっちゃんって感じで」

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

「まろやかなかっちゃんか、……美味そうだな」

 

「急にどうした障子」

 

「似たような名前の食品が俺の生まれの九州にはある。……がこっちには売っていない」

 

「何糞どうでも良いこと言ってやがんだウネウネ野郎!!」

 

「女爆豪とは、新しい価値観の提示だな、まぁ爆豪を見てるとなんとなく分かる気がしてきたぜ……」

 

「テメェらぶっコロすぞ!!」

 

 

 あれだけ暗かった雰囲気が霧散する。

 

 

 自分が出来なかったことをいとも簡単に皆は成し遂げてみせた。

 

 彼は会話をただ後ろから遠巻きに眺める。

 

 

 結局、彼女を助けたのはAクラスの明るさと人の好さで、別にその手段は特別なものではなかった。

 

 

 ヒーローである必要もない、それこそ誰でもできるような簡単なこと

 

 

 

 だが自分にはそれが出来なかった。

 

 

 

 彼女は苦しんでいる。

 

 が、その苦しみは自分には救えない。

 

 その事実がどうしようもなく彼を惨めな気分にさせた。

 

 

 

 

 

 




なに? 書こうにも文のミスや矛盾がなくならない?
それは無理矢理に完璧を書こうととするからだよ

逆に考えるんだ

「投稿してから修正してもいいさ」と考えるんだ

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