個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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シュガーマン3 (2/3)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校に来て皆がその生活に馴染み始めたころ。

 

 それぞれが新たな環境で自身を磨こうと模索しているなか

 

 

 彼のすることは当初から変わらなかった。

 

 

 ひたすら己を鍛える。周りをみて、もし手が必要な人間がいたら手助けする。

 

 それだけだ。

 

 

 そしてそんなことは雄英でヒーローを目指すものなら誰であろうと同じことをしていると彼は考えていた。

 

 当然その上での努力(プルスウルトラ)こそ雄英では求められる。

 

 

 

 そう言った背景があり、時は放課後、充足した設備がある雄英のトレーニングルームにはヒーロー科の生徒が多くみられる。

 

 

 その莫大なトレーニングルームの一つであるそこ

 

 殺風景な板張りに、天井は武骨な鉄骨

 

 聞こえるのは怒声にも似た掛け声だ。

 

 

 

 一方の大男が容赦なく襟を掴みにかかり相手を捕縛せんと締め上げる。

 

 それを尾の生えた男は器用に突き崩すと逆に相手を掴み返した。

 

 

「そこまでッ!!」

 

 

 勝負は一瞬

 

 大男が体勢を崩され、地面に叩きつけられたところでミッドナイトが声をあげる。

 

 

「……参った」

 

 

 砂藤と尾白は互いの健闘を称えることもそこそこに、今の一戦を振り返った。

 

 

「その……、油断してたよ、本音を言うなら発動型の増強系とやりあうのは一番得意だからさ、君もそう言う手合いかと思ってた」

 

「おいおい尾白、俺だってそこそこ格闘技はかじってるさ」

 

「増強系の戦いに技術がないとは言わないさ、でも事実として、増強系は武術と相性が悪い……と、俺は思ってる」

 

「勝っちまったお前にそう言われちゃ立つ瀬がないな」

 

「そうだね、正直楽勝だったよ」

 

 

 そういうと尾白は軽く足を開くと虚空に上段の蹴りを放つ。

 

 その鋭い蹴りは砂藤の鼻先をかすめる。

 

 そのブレなく飛び上がる姿勢は人に美しいと思わせるだけの整然とした理があった。

 

 

 

「君が全力で個性を使ってくれていたら、素直に喜べていたんだけどね」

 

 

 尾白は普段の穏やかな表情は鳴りを潜め、強いまなざしを砂藤に向けていた。

 

 

 そのまっすぐな視線を砂藤は見返す。

 

 

「……言い訳だが言わせてもらうと、俺の個性は時間制限付きだ。しかもお前の言う通り、個性で無暗に力を倍加させていけば、俺は体を完璧にコントロールできない、そうすりゃお前にはもっと簡単に負けてたかもしれないし、互いに怪我の危険があった」

 

「嘘だね」

 

 

 尾白はその一言を鼻で笑って否定する。

 

 

「武術は積み重ねさ、自分のできることを確かめ、そこから何が出来るか広げていく技術だ。容易に力が変化する増強系では自身のボディイメージに対する積み重ねが難しい」

 

 

 続けて言い逃れを許さない厳しい口調で砂藤を問いつめた。

 

 

「だけど君にはそれが出来ていた。君はもっと動けるはずだ」

 

 

 張り詰めた雰囲気の中、互いの視線が交差する。

 

 

 

「……確かに言い訳だった。全力で戦わなきゃ成長はねぇよな」

 

 

 砂藤は再度構える。

 

 

「今のは2倍だ。次から3倍で動く、やれば5倍まで出せるが舐めてるわけじゃねぇ、これが俺のだせるベストだ」

 

 

 砂藤力道(さとうりきどう)

 

 彼の個性は「シュガードープ」糖分10gの摂取につき3分間、通常時の5倍の身体能力を発揮する。

 

 強力な増強系であるが弱点は多い

 

 血中の糖分を使用するこの個性は使い過ぎれば血糖値の低下により凄まじい眠気や倦怠感に襲われる。

 

 だからこそ鍛えていたのは自身の個性のコントロール

 

 時間制限があるこの個性を常に全力で発動させることは無駄が多い

 

 必要な時に、必要な出力を出すことで彼は己の戦闘継続時間を伸ばしていた。

 

 

「そう来なくちゃね」

 

 

 彼は尻尾を重心に距離を取り、体を半歩ずらして自然体で向かい合う。

 

 

 尾白猿夫(おじろましらお)

 

 個性「尻尾」尻尾が生えている。ただそれだけである。

 

 それを個性とまで呼ばれるほどに練り上げたのは彼の努力に他ならない。

 

 人は二本の腕で全く別のことを行うことはできない、それは人の脳が1つしかないからである。

 

 だが彼は努力のみで2本の手と一本の尾をもって自身の動きを完璧に操るに至っていた。

 

 その執念は彼の涼やかな顔からは想像できない程の血がにじむ努力の結果だ。

 

 

 

 見合う二人、先に動き出したのは……

 

 

「んもぅ♡ 好きィッ!!」

 

 

 その一切をぶち壊しにする教師の嬌声であった。

 

 

「青春よ! 青く生硬いこの空気! 正に青春! 本音を言うならそのまま飾ることを知らない裸のままぶつかり合って欲しいけど……、だぁめ♡ 訓練には順番があるし、そもそもこれは捕縛訓練であって戦闘訓練ではないのよねぇ」

 

 個性を使い、相手を必要とする格闘訓練は1年生単独では行えない、結果として教員立会いのもと行われるわけであるが、ヒーローを兼任する教師陣も忙しく、予定も組めない

 

「ウフフ、お行儀のよさそうな子を始めにと思ったら、やっぱり男の子なのね♡」

 

 そんな中で手を挙げたミッドナイトによる特別訓練には、結果としてA組ヒーロー科の人間が多く集まっていた。

 

 

「ウォォォ!! 見てたぜ砂藤! 尾白! 熱いぜ!! 俺も負けてらんねぇ!」

 

「砂藤、あの体は個性なしか、何くったらあんなにデカくなるんだよ」

 

「ナイスファイト! 捕縛術が中心だからあんまり攻撃的な個性の使用は厳禁とはいえ、もっと見たかったよ!」

 

「おい、たらこ唇、尻尾野郎、次は俺とやれ」

 

 

 彼ら二人の純粋な技量勝負の戦いは多くのクラスメイトを刺激、特に一部の血気盛んな者達はいても立ってもはいられない様子で目をぎらつかせている。

 

 

「はいはい! 落ち着いて! 2人とも体術という点では一年の中で上にいるわ! だから初めに二人にやらせたの、次は彼らのどちらかと組んでもらうわ」

 

 

 自分が上と聞いて彼の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。

 

 

「彼女が出てたら結果はまた違ったかもね、俺としては本条さんとも戦いたかったよ」

 

 

 場所をあけるため中心から離れていく途中、そんな心を見透かすように尾白はそう呟いた。

 

 

 今この場に集まっているA組の生徒は多い、だがその中には当然参加していない人物もいる。

 

 

「……今の自分にできることをするしかねぇよな」

 

 

 誰にも聞こえないよう小さく呟き、己に喝を入れる。

 

 

「おい爆豪、俺はたらこ唇じゃねぇ! 砂藤力道って名前があるんだよ! 次は俺が相手になってやる!」

 

「いい心がけじゃねーかァ……、ハネのよさそうな踏み台だなぁッ!」

 

 

 捕縛訓練とは何だったのか、両手を爆発させながら勢いよく飛びついてくる爆豪と対峙しながら彼は構えた。

 

 

 何より、助けたい相手が自分より強いでは話にならない

 

 

 

 

 彼の努力、そしてそれを発揮しなければならない機会は信じられない程すぐにやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼休み

 

 午後に災害救助訓練が行われるその日、砂藤は本条の顔色の悪さが気になって仕方がなかった。

 

 

「本条君、午後は移動があるらしいから早めに戻ってくるよう心がけた方がいいぞ」

 

「よかったら今日は弁当を買って、みんなで教室で食べるのはどう?」

 

 

「ごめんなさい、ここに居たくないの」

 

 

 

 その顔は明らかに青ざめていて、それを心配してのクラスメイトの一言だったが、彼女はいつもと変わらず誘いの言葉を切って捨てると一人教室から出ていく。

 

 

「体調悪そうだったけど大丈夫かな?」

 

「体の丈夫さで言ったら心配はないと思うけど……」

 

「なるほどな……、オイラには全て分かったぜ、おそらくせい……ヘブッ!」

 

 

 何かに気づいたかのように峰田は口を開こうとするが、その時すでに長い舌がその首に巻きついていた。

 

 

 結局、彼女の顔色は午後のヒーロー基礎学の移動中になっても良くなることはなかった。

 

 

 

 

 

 そして午後の授業の時間となり、目的地へと運ぶバスが目的に着く

 

 

 授業が開始し、(嘘の) (災害) (事故ルーム)でプロヒーロー13号の話を聞きながら、実戦に移ろうかという正にその時、事件は起きた。

 

 

 

「ひとかたまりになって動くな!! 13号! 生徒を守れ!!」

 

 

 その一言で周りを見れば空間にぽっかりと空いた穴から剣呑な雰囲気を持つ者達がぞろぞろと出てくる。

 

 

「えっ、なに?」

 

「なんだよアレ、もう試験は始まってるってパターンか?」

 

 

 生徒たちは突然のことでその多くは現状を飲み込めていない、その動揺を引き締めるように13号は大きく明瞭な声で指示を出す

 

 

「皆さん!! 避難をしてください!!」

 

 

「逃がしませんよ」

 

 

 しかし、それを遮るように現れた黒い靄の男は、体をかたどる靄をこちらに向けて噴き出してくる。

 

 

 気づけば隣にいたはずの幾人かの生徒がいない。

 

 

「皆! いるか 誰が飛ばされた!!」

 

「散り散りになってはいるが、この施設内に全員いる」

 

 

 初めに委員長がそう聞けば、呼応するように個性で感覚器を複製した障子はそう答えた。

 

 

 その様子を見た13号は飯田の顔を見る。

 

「委員長、君に託します。君が学校まで駈けて伝えてください」

 

 全員の生死が掛かっている場での抜擢は、誰よりも初めに動けた委員長を見ての判断であったが、当の本人は言いよどむ

 

 

「しかし、クラスメイトを置いていくなど……、俺は長距離なら優っていますが、敵を突破するなら高機動な本条君の方が……」

 

「……いえ、委員長、あなたが行きなさい、行きは僕がサポートします」

 

 

 13号は一瞬だけ生徒達からでは見えない彼女の顔を見るが、すぐに視線を戻してそう言い切った。

 

 

「行けって非常口!!」

 

 砂藤も彼の背を押すために軽口をたたく。

 

 

「外には警報がある。外に出ちまえば追ってこれないはずだ!!」

 

「サポートなら任せて」

 

「お願いね委員長!!」

 

 

 クラスメイト達の声で委員長も覚悟を決めようとした時

 

 

「全く、手段がないからとはいえ、敵前で作戦を語る阿呆がいますか」

 

 

 わざわざ待ってやる道理はないと黒い靄の体を持つ敵がこちらに襲い掛かってきた。

 

 

「バレても問題ないから語ったんでしょうが!!」

 

 

 13号が指先のハッチを開く

 

 個性『ブラックホール』

 

 

 指先からいかなるものをも吸い込み、分子レベルで崩壊させる。

 

 

 たとえ尋常の手段では掴むことも叶わない靄だろうが、空間ごと壊すこの個性の前ではただでは済まない

 

 

 勝負は一瞬でつく。

 

 

「13号、災害救助で活躍するヒーロー」

 

 

 勝負の明暗は単純にして明確

 

 人に対して必殺の個性を使えるかそうでないか

 

 

「やはり戦闘経験では他のヒーローより一歩劣っていますね」

 

 

 それほどの個性を持ちながら、なんとつまらないことで躊躇うのだと、暗に見下しながら黒い靄は淡々と分析した。

 

 

「自分で自分をチリにしてしまった。私を殺す気で個性を使えば負けたのは私だったというのに……」

 

 

 相手の目の前と背後をつなげて個性をそのままに返し、13号の背は己の力によって分解された。

 

 

 

 13号の名を呼ぶ悲鳴ともつかない生徒たちの声

 

 

 

 その中で砂藤少年は見る。

 

 

 倒れてしまった尊敬すべき先生とそこから流れる赤

 

 驚愕、恐怖、怒り、ない交ぜになった表情を浮かべ動揺した生徒達

 

 

 ……そして、目の端にチラリと見える少女の表情

 

 

 

「飯田ァ!!! 行けッ!!!!!」

 

 

 

 瞬間、彼の胃の中がカっと熱くなる。

 

 

 それが怒りだと自覚する前に彼は突貫していた。

 

 

 敵の転移や転送のような強力な個性で殺されるかもしれない、そんな理由は全く考慮に値しなかった。

 

 

 どうすればいいかなんて考えるよりも先に体が動く

 

 

 

 彼が駆けだすと同時に、生徒たちは我に返り、弾かれたように動き出した。

 

 

 

「行かせるわけがありません」

 

「行かせるんだよ!!」

 

 

 石畳の床を殴りつけ、コンクリートを散弾のように削り飛ばした。

 

 狙うのは常にモヤで覆われた胴体付近

 

 彼に深い狙いがあったわけではない、とりあえずのど真ん中に自分の攻撃をぶち込む

 

 

「……危ないですねぇ」

 

 

 そして黒い霧は砂藤の攻撃の一部をモヤで()()()()()()()

 

 

 その行動を他の生徒達は見逃さない

 

 

「行け!!!」

 

 

 実態があるならば掴めぬ道理はないと、障子はその上背と被膜のように広げた副腕で包み込むように押し込み、その動きを封じる。

 

 

「くそっ!! 邪魔だ」

 

 

「理屈は知らんけど本体があるなら私の個性で浮かばせられる!!!」

 

「なるほど、な!!」

 

 

 

 麗日の個性で浮かび上がらせ、瀬呂の個性でからめとれば、既に飯田はゲートを超えて走り抜けていた。

 

 

「応援を呼ばれる……、私たちの負けですね……」

 

 

 敵は悔し気にそう呻くと、出てきたときと同じような唐突さで宙に消えた。

 

 

 

 相手が消えるまま、皆がそれをただ見送る。

 

 初めての実践、神経の高ぶりを抑えられない、恐怖か興奮か、今更になって手が震えだしていた。

 

 

「どうしたの本条さん?」

 

「えっ、うっ、うあ……」

 

「え?」

 

「うわぁぁぁぁああああ!!!!!!!」

 

 

 だが、その声を聴いた瞬間に、砂藤の体の震えは止まる。

 

 

「本条!」

 

 

 彼は弾かれたように駆け出した。

 

 

「あっちは敵がいて危ない、俺はあいつを追う! 先生を頼んだ!」

 

「危険だ、本条の個性なら問題はないはず……」

 

「……あんなに怖がって平気なわけがねぇだろ!!」

 

 

 すぐに彼は話を打ち切ると、彼女の走り去った方へ駆け、自分を叱責する。

 

 

「馬鹿野郎! アイツがビビりなことなんてずっと知ってたはずだろうが!」

 

 

 必死に追いかける彼ではあるが、やたらめったらに手や足をばたつかせる少女は、しかしその個性のせいでかなりの距離を離されていた。

 

 

 その後姿を見て彼の胸は苦しくなる。

 

 敵が怖くて怖くて仕方がなかったのだろう。

 

 彼は歯を食いしばった。

 

 

 広場で見れば全体を見渡せたが下に降りて彼女を追えば災害を想定された崩れた建築物のせいで一度見失いかけてしまう。

 

 

 しばらくして、彼がようやく彼女を見つけた時。

 

 

 100メートル先の広場に少女はいた。

 

 

 彼がホッとしたのは、ほんの一瞬

 

 

 呆けた表情をする少女の目の前には、今まさに手を伸ばそうとするヴィラン

 

 

 

 今からでは間に合わない

 

 

 

 己の能力を誰よりも深く知る彼だからこそ彼我の距離と自身の個性の性能を感覚で悟った。

 

 

 彼は彼女に届かない

 

 

 

(届かないで諦めるわけがねぇだろ……!)

 

 

 

 残された時間は1秒程

 

 彼はありったけのエネルギーを燃焼させた。

 

 きっとこの力は糖分だけじゃない大事な何かを燃やしている。

 

 そんな感覚に襲われながらも彼は止まらない

 

 

 

「ホモ子ォォォォォオオオオオ!!!!!!」

 

 

 

 細かい調整などできるはずもない、ただ間に割って入ることが彼の限界であった。

 

 

 結果、彼は無防備な姿を敵の目の前にさらす。

 

 相手は驚きながらも攻撃の標的を目前の砂藤に移した。

 

 

 敵の手が彼の腹をなぞるだけで、シロップを浸したスポンジに触れるようにホロホロと脆く抉れた。

 

 痛みすらなく消えた自分の体、しかもそれはコーヒーに浸した砂糖のよう崩れていく

 

 

 そこからの彼の行動は反射に近かった。

 

 

 崩れゆく、腹の肉を自分で削り飛ばし、相手を睨む、その視線に敵は押されて一歩引いたが、彼の怒りは収まらない

 

 こんな手で彼女に触ろうとした目の前の敵に、彼は腸が煮えくり返る思いであった。

 

 

 しかし、反撃のために拳を握ろうとし、違和感に気づく。

 

 はらわたが煮えくり返るといったが、実際に抉れた腹の焼けるような熱さを、彼はようやく自覚する。

 

 気づけば力が出ない、それどころか、怒りで視界が狭まったと思い込んでいたが、目に見える景色が明らかに昼間の野外の明るさではない

 

 

(しまっ……)

 

 

 倒れてしまう。

 

 そう思った時にはもう遅かった。

 

 転ぶまいと踏み込むこともできずに膝からバランスを崩し、勢い余ってくるりと半回転するように倒れこんでしまう。

 

 

 だが、その前に、彼は最後に自分のすべきこととして、彼女に伝える。

 

 

「逃げろ」

 

 

 それだけは自分がしなければいけない役目だと、肺から最後の息を吐きだした。

 

 

 明らかに体の熱が足りない、さっきから彼の世界はぐるぐると回転しているうえに寒気と共に意識が遠のいていた。

 

 頭は働かない、明らかに思考能力が低下しているのに、それを自覚することもできないまま意識を落としかける。

 

 

 

 敵の目の前でこの醜態、それが意味することを考えれば致命的

 

 

 しかし、不思議と砂藤に後悔はあまりなかった。

 

 

 それどころか胸に浮かぶ多少の満足感から、爽快感すらあったといっていい

 

 最後に彼女のために何か出来たと考えればこそ、砂藤は穏やかな気持で少女の顔を見た。

 

 

 少女と目が合う。

 

 

 彼女は深い絶望の表情をしていた。

 

 

(……どうして……?)

 

 

 そんな顔をさせたいわけではなかった。想像していたものと異なる反応に、困惑したまま。彼は地面に倒れこんだ。

 

 彼の手足は鉛のように重く動かない

 

 そして自分の腹から溢れ、零れているものに顔を浸しながら、最後に見た彼女の表情が何度も反芻される。

 

 

「あーあー、まっ誰でもいいか、はいはい、ゲームオーバー、さっさと帰ろうぜ、たくとんだクソゲーだったぜ」

 

 

 彼にはすでに近いのか遠いか分からない会話が、頭の上で響いて聞こえていた。

 

 

「なにがゲームだよ……」

 

「あ?」

 

「人が精いっぱい生きてるのにそれをゲームとか面白いとおもってるの?」

 

「なんだコイツ、急に? ゲームのザコキャラのくせに」

 

「答えてよ……」

 

「あぁ、最高に面白いよ!! 高レベルで低レベルを蹂躙するって面白くないわけがないだろ!!」

 

「あのさぁ…………、私は!! 現実をまるでゲームみたいに扱う奴が大っ嫌いなんだよ!!!」

 

 

 遠くなる意識

 

 

「ゲーム開始だよ……はいよーいスタート、なんてね……」

 

 

 冷たい声が聞こえる。

 

 しばらく彼の頭上から激しい戦闘の音が聞こえ始めた。

 

 

「ぐわぁぁぁあ!!!! ちくしょう!! 指を潰しやがった!!! 脳無! そいつを殺れ!! 黒霧はゲートを広げろ!!」

 

 

 彼女が敵を圧倒している。

 

 あるいはこのままうまく行けば、己の救助も間に合うかもしれないという場面

 

 

 なぜか彼はどうしようもなく困惑していた。

 

 全てが遠く感じる。意識は飛び飛びで思考はまともに回らない

 

 

 先ほどの満足感など消し飛び、ただ彼女の悲しい顔が頭の中に渦巻いている。

 

 

「だめですこの威力、まともに当たったら頭が吹き飛びます!!」

 

「黒霧ぃ!! 脳無に協力して早くソイツを殺せ!!」

 

 

 どうしてあんな悲しい顔をしてるのだろうか、自分は彼女を助けるためにここにいるのにと彼は思う。

 

 地面からも耳からも伝わる激しい振動、そんな音に紛れて息も絶え絶えになりながら、腕だけで無理やり上体を起こす。

 

 無理やり膝を立てて獣のように四つん這いになる。

 

 いつの間にか彼は走っていた。

 

 

 

「ウォォォォォオオオオオ!!!!!!」

 

 

 

 異形の化け物を抑え込む。

 

 

 まだ自分は彼女を笑顔にするだけの役に立っていない、そう思いながら必死に抑え込む

 

 どれだけそうしていただろうか

 

 

「……撤退だ」

 

 

 時間が飛んだような感覚、彼は倒れることだけはしまいと、ただ腰の下にある二本の棒で何とか地に立っていた。

 

 

 ふと、前を向くと彼の目の前に少女がいた。

 

 

 こんなに頑張ったのだ。頼むから笑顔を見せて欲しい、そう思いながら近付いてみると次第に彼女の顔がはっきりと見える

 

 

 怒っている顔だ。

 

 

 彼は彼女が驚くほど憤っていること気づくと、バツが悪そうに腹の中身がこぼれないように手で抑えた。

 

 そして彼女の泣きだしそうな怒り顔を見た時にふと思い出した。

 

 彼女は基本的にはちょっと悪いこと、危ないことにもついてきてくれるが、本当に悪くて危ないことは止めてくれた。

 

 思えばそんなときにしかこんな顔は見てこなかったものだから、無意識にこれは自分が全面的に悪いのだろうと理由もなく得心した。

 

 

 

「ひさしぶりだな」

 

 

 そんな懐かしい顔を見たら、なんだか本当に久しぶりに彼女にあった気がして彼はそう呟いた。

 

 

 

「なぁ……」

 

「ねぇ……」

 

 

 声が被る。

 

 別に急いでいるわけでもないと思った彼は相手に続きを譲って待った。

 

 

「ねぇ聞いていい?」

 

「なんだ」

 

 

「私にあえてうれしい?」

 

 

 あまりに当たり前のことを不安そうに聞くものだから彼は不思議に思う。

 

 

「うれしい。俺はあの時からお前をずっと……」

 

 

 助けたかった。そこまで言いかけて、少女はその先を遮る。

 

 

「私の気分は最悪。ここであなたにだけには会いたくなかったよ」

 

 

 

 彼の意識は彼女が見えなくなるまでもったのだが、見えなくなった瞬間に意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が次に目を覚ました時、すぐ真横は髭面の顔をした男の顔があった。

 

 

「…………相澤先生。ここは? 俺はどれくらい寝てたんですか?」

 

「13分だ」

 

「……思ったより全然経ってない……、こういうのって2日とか3日とか経ってるもんだと思ってました」

 

「そりゃお前、今の体の痛みで寝てられるか?」

 

「……正直痛すぎて起きました。痛くて目玉が飛び出そうです」

 

「だろうな、俺もだ」

 

 

 彼は今更になって視界に映るものが目に入る。

 

 自分と先生がベッドで横になっているが、狭い、しかも鉄の箱だ。

 

 先生の腕にチューブが伸び、そこから点滴があるのを見て、自分にも同じようなものが刺さっていることに気づく。

 

 

「きもちわるいです。体が揺れてるみたいだ」

 

「ここは車で走ってるからな、雄英の誇るリカバリーガールのドクターカーだ」

 

 

 今更になって体が揺れているのが自分のせいではないと、彼が気づくと何とか頭をあげて辺りを見回す。

 

 

「砂藤君!」

 

「……おぉ、緑谷、お前も……、無事か?」

 

「大丈夫、大きな怪我をした人だけ車に乗ることになったんだ。僕は中指を少し怪我しただけなんだけどね」

 

 そしてどうやらここは自分たち二人だけではないことに気づく

 

 

「また内側から爆破されたみたいな傷をこさえてよく言うわねぇ、言っとくけど治りにくさで言ったらアンタの方が質が悪いんだよ、分かってるのかい?」

 

「リ、リカバリーガール……、すいません……」

 

「その子の傷は内臓にはあたらなかった。止血はしたし、低血糖でぶっ倒れてただけだからまだマシだね」

 

「先生は……、13号は……?」

 

「あんたらの担任といい勝負さ、まぁ、命に別状はないけど、今は奥の方に休ませてるから、人様より自分の体の心配をするんだよ」

 

 自分が助かったこと、こちらのケガ人がそう多くないことに安堵して、大きく息を吐こうとするが腹部の激痛で顔をしかめる。

 

 

「ッ…………、先生、そういえば本条は? アイツは大丈夫でしたか?」

 

「ピンピンしてる。お前は自分のことだけを考えてろ、分かってるのか、あの手だらけの男の個性でバラバラになって死ぬとこだったんだぞ」

 

「すいません、でも、もうしないとは約束できません」

 

 

 咎めるような目で見る教師に真正面から言い返す。

 

 露骨に不機嫌そうになる担任の顔を見て、砂藤はしまったと感じた。

 

 

「はぁーーー……、色々あんのは分かってる。だが自分を犠牲にしてアイツが喜ぶなんて思ってんなら、お前はまだ若いな、勝手に残された側の気持ちも考えろ」

 

 

 ぴしゃりと言い切ると、相澤はそのまま頭を枕に預けて天井を向いた。

 

 

「砂藤、緑谷もだ。お前らはヒーローじゃなくて学生だ。守られる側なんだ。そこを悔しく思うかもしれないがまずは自分を守れ」

 

「……しってます。自分がヒーローじゃないことぐらい」

 

「その、僕も、もちろん自分の命は大事です」

 

「……分かってないな、いいか安易な自己犠牲で救われる奴なんて、死んだそいつぐらいだ」

 

 

 それっきり黙り込む担任につられて、生徒二人も何も言えずに黙り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のことだが、砂藤は病院へ入院することになる。

 

 適切な処置のおかげで緑谷は即日退院はできたが、自分より明らかに重傷だった相澤先生も無理やり退院したと聞いて砂藤は驚いた。

 

 結局彼が退院できたのは事件から2日目のことだった。

 

 

「砂藤君!!」

 

「元気になったか!」

 

「あの怪我を見た時はもう本当心配したんだからね!」

 

 

 ちょうど昼休みと同時にクラスに戻った砂藤はクラスメイト達からお祝いの言葉をかけられる。

 

 

 砂藤はその光景の隅で一人変わらず教室から無言で出ていこうとする少女を目の端でとらえた。

 

 話の途中、ついついその背中を追いかけそうになる目を戻して、砂藤は会話に集中した。

 

 だが、そんな彼の機微を鋭いクラスメイトの何人かは気づくがあえてそれを流す。

 

 先日の一件を考えれば、その話題に触れるのは憚られたからだ

 

 

「……砂藤に感謝の一言ぐらい言ったらどうだ?」

 

「ちょ!? 轟」

 

 

 だが、そんな了解を無視して、轟は気に食わないという感情を隠さずに言い放つ。

 

 

 本条はほんの一瞬だけ立ち止まり

 

 

「あぁ、あれね、本当に迷惑だったよ」

 

 

 そう言い捨てて、何食わぬ様子で出ていった。

 

 

 轟はその端正な顔をさらに不機嫌そうに歪めたまま、大きくため息をつく。

 

 

「……わりぃ砂藤、俺が言うことじゃなかったな、だがどうしてもイラついて、……いやなんでもねぇ」

 

 

 それきり黙り込む轟

 

 

「ま、まぁ! 結局、みんなこうして元気になったわけだし!」

 

 

 クラス内の不和を敏感に感じた芦戸は話題を変えようとするが、本条の態度を見た何人かは轟を支持した。

 

 

「でもまぁ、正直、あれは酷くねぇか、だって体張って砂藤は本条を庇ったわけだろ、それをあんな……」

 

「そ、そう言わずに! 本条さんだって何か事情が……」

 

 

「同じヒーロー科なのに……」

 

「ケロ……、人にはそれぞれの距離があると思うわ」

 

「怖すぎだろ……、訓練で追いかけてくる本条、オイラ今でも夢に見ちゃうぜ……」

 

「お礼は大事だぞ!」

 

 

 

 それぞれの意見で騒めく場を見て砂藤は呼吸を詰まらせる。

 

 先ほど本条にはっきりと迷惑と言われた時、先の相澤先生の話を思い出し、今更になって理解した。

 

 

 

「いや、ちがうんだ。俺はアイツを助けてなんかない」

 

 

 

 彼が荒んだ彼女を見た時、心の隅のどこかで考えてしまっていた。

 

 

 自分が彼女を助けたい

 

 

 彼にとっては当然だ。なぜなら彼女を助ければ自分が救われるから。

 

 過去を清算し、約束を守ったことにする。

 

 自分の心にある暗闇の一切を晴らすような福音となるだろう。

 

 

 だが一方で彼女はどうなるのかと彼は気づいてしまった。

 

 

「アイツは悪くない……」

 

 

 彼女に自分の指し伸ばした手を拒絶された時、自分にできることは何もないと気づいた彼は落ち込んだ。

 

 落ち込む? なぜ?

 

 その答えはあまりに残酷で、彼は膝をつきそうになるのをなんとか堪えながら俯く。

 

 あぁ、それは、自分が救われたいからだと、今の彼女を一体何が救えるというのだろうと彼は思った。

 

 

 彼女は既にその手段を失っている。

 

 これからどうやって、何をしようが彼女の心に落としたシミを拭い去ることはできない。

 

 

 そんな彼女に彼は自分が救われたい、ただそれだけの理由で彼女に近付いたのだと自覚した。

 

 

「俺はまた本条に昔と同じことを……!」

 

 

 やはり自分はヒーローにはなれない、そう確信した時、いつの間にかクラスメイトの喧騒は減り、自分の方を心配そうに見られていた。

 

 

「砂藤さんは本条さんと知り合いでしたの?」

 

「い、いや、まぁ、昔に同じ学校だったんだ。小学校時代だけな、まぁ5年の終わりに転校しちまったがな」

 

 

 しまったと思ったが砂藤は都合の悪い質問を流そうとする。

 

 

「……砂藤君のいた中学ってさ、江湖(えこ)中学だっけ……?」

 

「あ、あぁ、そうだが、なんだ緑谷、急にそんなこと」

 

「小学校の5年……、それって5年前……? ムーンフィッシュが捕まった最後の事件が起きたのって、確か5年前の江湖?」

 

 

 クラスメイトの緑谷が、顎に手を当てて、思い出すように口を開く

 

 砂藤の表情が固まる。

 

 顔から汗が吹き出し、喉が渇く

 

 皆の心配そうな顔を見て、自分がようやくどんな顔をしているか気づいた。

 

 緑谷の一言をとぼけてしまえばよかったと気づいた時にはもう遅かった。

 

 

「ムーンフィッシュって脱獄囚のあれか? 昔ニュースに出てた警察がめっちゃ叩かれてた奴」

 

「歯が武器の個性で、凶器の歯を全部抜かれたけど、親知らずを抜かなかったせいで脱獄されちゃった凶悪犯だっけ」

 

「あー、なんかそんなニュースあったっけ、でも5年前のニュースって知ってる?」

 

「……確か、あったような気がしますわ……、女の子が一人亡くなったと」

 

 その話を聞きながら緑谷の視線はすでに宙に浮かんでおり、何かを考えこみながら呟き続ける。

 

「そういうニュースはたくさんあったけど。うん、特にこのムーンフィッシュの事件はその内容から一部報道規制がかかってて……」

 

 

「止めろ!!」

 

 

 その先を言わせないためとは言え、大声を出している自分に気が付いた時、彼は己の馬鹿さ加減に怒りを超えて失望した。

 

 

 しかし、時すでに遅く、クラスメイト達が驚いたように砂藤を見る。

 

 

「ご、ごめん! 僕、よくそういうの勘ぐちゃってさ! 」

 

「あっ、あぁ! とにかく違うんだ」

 

 

 緑谷は考えなしに自身の思考に没頭していたことに気づいたようで直ぐに詫びた。

 

 それに便乗するように砂藤は何とか誤魔化そうとする。

 

 

 

「あいつはそんな物騒なもんとは関係なくて……!」

 

 

「いい奴なんだ、ホントにやさしい奴でさ」

 

 

「友達だっていっぱいいた」

 

 

「本当に良い奴なんだ! 明るいけどうるさいわけじゃなくて!」

 

 

「本当は……、本当なら……、もっと……」

 

 

 ――あぁ、あんなことさえなかったなら

 

 

 いつの間にかそう呟いていた彼を、クラスメイト達は何も言えずにただ見ていた。

 

 

「たのむ、あいつは悪い奴じゃないんだ。だから、あいつがあんな態度でも……、その、勝手な話だが嫌わない……、いや、少しでいいから大目に見て欲しいんだ」

 

 

 大柄な体が小さく見えるほどの声で砂藤はそう言った。

 

 

 

「そんなの当たり前じゃん、本条さんはいい人って私最初から言ってたし」

 

「もちろんさ、いつか仲良くなれると信じているよ☆」

 

「ケロ、仲良くなりたいのはみんな一緒よ、砂藤ちゃん」

 

 

 しばらく間をあけて聞こえたのは明るい声で

 

 

「お前ほどの漢がそういうのなら信じるぜ砂藤!」

 

「爆豪が一人二人増えた所で……、いや、結構きついか……?」

 

「あ゛ぁ゛!?」

 

 

 彼らの太陽のような優しさに、砂藤は救われた。

 

 その優しさがあれば、誰かがいつか彼女の凍てついた心を溶かしてくれる時がくるのではないか、そう願わずにはいられなかった。

 

 

「……というかあの時のホモ子って、アレ……、本条のあだ名なのか?」

 

「えぇ……」

 

「えっ、何そのあだ名は……」

 

「女の子だよ……!?」

 

 

 そして救われた後に砂藤は彼らに追い詰められるのであった。

 

 

 


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