個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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シュガーマン3 (3/3)

 

 

 

「雄英体育祭が迫っている」

 

 

 

 雄英襲撃から日を置かないHRにて、包帯に巻かれた担任はそう宣言した。

 

 

 自分と同じ病み上がりであるはずなのに、粛々と体育祭について説明していく教師を見ながら、砂藤は一つの決意を胸に秘める。

 

 

(せめてあいつの横に並ぶくらいの力がなきゃ話にならねぇ……)

 

 

 助けるなんて言わない、だがいつかその時が来た時に動けない自分は許せない

 

 今の彼女に後塵を拝する程度の実力では自分の身すら守れない、そんな奴は下手な自己犠牲程度しか行えないと彼は知った。

 

 横目でチラリと彼女を見る。

 

 珍しいことにいつもの澄まし顔ではなく、何かに焦っているような顔だ。

 

 

 どうも今日の本条はおかしいとクラスメイトの砂藤は気づいていた。

 

 

 午前まではいつも通りのはずで、昼休み前のチャイムと同時に教室から出ていったというのに、戻って来てみればなぜか頭を抱えて項垂れている。

 

 具合が悪いのかと思えば、放課後のチャイムが鳴った瞬間に、何かを思いついたかのよう立ち上がると、急ぎ足で帰ってしまうので、そういうわけでもないのだろう。

 

 そんな風に他人が帰っている姿を眺めていた内に、彼はもう一つの異変がこの1-Aの教室に訪れていたことに気づくのが遅れた。

 

 

「ここがヒーロー科か? ヴィランと戦ったのってA組なんだろ? ここA? B? どっちだよ」

 

「だから向こうがBだからここであってるっての」

 

「ねぇねぇ、どの子が話に出てた子なの?」

 

 

 クラスの入り口にたむろする学生達、その人数と喧騒は時が経つほどに増していった。

 

 

「な、なにこの人だかり」

 

「何事だぁ!?」

 

「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」

 

 

「ザコ共が敵情視察に来ただけだろ」

 

 

 困惑するA組の面々と集まる生徒達、それらに対して爆豪は我関せずと、そのまま出口に足を向ける。

 

 

「意味ねぇからどけ、モブ共」

 

「し、知らない人のこと、とりあえずモブっていうの止めなよ、かっちゃん!?」

 

 

「どんなもんかと見に来たら、ずいぶん偉そうだなぁ、ヒーロー科にいる奴は皆こうなのかよ?」

 

 

 爆豪の不遜な物言いに場が静まり返るが、それに反発するように人込みの中から背の高い男がぬっと抜けて前に立つ。

 

 

「こういうの見ちゃうと幻滅するなぁ、……知ってるか? 普通科ってヒーロー科受けて落ちた奴が結構いるんだ」

 

 

「……あぁ?」

 

 

 現れた男はA組の面々を見回すと、大胆不敵に話を切り出す。

 

 

「でさ、体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科に編入も検討してくれるんだってさ、……その逆も然りらしいよ」

 

 

 男は気だるげな表情に反して目の奥に強い意志を宿していた。

 

 

「敵情視察? 少なくとも俺は調子のってと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー、宣戦布告をしに来たつもり」

 

 

 A組の表情が引き締まり、緊張が高まる。

 

 それに合わせて別の人込みから声が上がった。

 

 

「おれァ隣のB組のモンだけどよォ! 敵と戦ったから話聞こうと思ってたんだがよぉ! エラく調子づいてんじゃねぇかオイ!!」

 

 

 一触即発のひりついた空気に静寂が満ちる。

 

 

「ど、どうすんだよこの空気……?」

 

「爆豪……! おめーのせいでヘイト集まりまくりじゃねぇか……!?」

 

「関係ねぇよ」

 

「はぁーーーー!?」

 

 

 しかしこの空気を作り出した張本人は、いつものように教室の外へ向かった。

 

 

「上にあがりゃ関係ねぇ」

 

 

 そう言い捨てて、クラスの外にたむろしている者達を一瞥する。

 

 それだけで爆豪の周りから人は退き、道が生まれる。彼はそこを堂々と通って帰路に着いた。

 

 

「く……、シンプルで漢らしいじゃねぇか」

 

「なかなか言うじゃねぇか」

 

「上か……、一理ある」

 

 

「騙されんな! 無駄に敵を増やしただけだぞ!」

 

 

 しかし、言い合うA組だが彼らもすぐ、爆豪に倣うように各々が帰り支度を始め、人垣を越えていく。

 

 

 体育祭まで2週間

 

 

 当然、越えねばならぬ壁を目標とした砂藤少年もこの2週間を己の鍛錬につぎ込まなければいけない

 

 

 時間は有限でこんな所でとどまっている理由など彼らにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂藤はすぐさま訓練場の使用申請を行った。

 

 

 場所は住宅街

 

 何時もの訓練なら素の筋力を上げるための基礎トレーニングは当然として、特に重視している個性のコントロールの訓練を行っていたが、今日に限って言えば、より実践に近い訓練を取り入れていた。

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 拳を全力で握りしめ、己のコントロール下で出せる最大限の力で軒から軒へと飛び回り、目標のドローンに吊るされたデコイを拳で破壊していく

 

 並みの個性の者達が見れば拍手を送りたいような動きであったが、本人は苛立ちから口調を荒くする

 

 

「クソ! 3倍じゃ おせぇ!」

 

 

 彼の個性「シュガードープ」

 

 糖分10gの摂取につき、3分間だけ通常時の5倍の身体能力を発揮する。

 

 しかし、ここでいう身体能力とは筋力の強化、握力や体の頑丈さは上がるが視力や思考速度が同じく5倍になるわけではない

 

 個性の全力の動きの速度に思考がついて行けないという彼にとっての致命的な欠点

 

 だからこそコントロールできる出力を調整してきていたはずではあったのだが

 

 

「こんなんじゃ届かねぇ……、 全力でいく……!!」

 

 

 すでに彼は速度と思考を一致させた完成品を知ってしまっていた。

 

 自分が目指していた場所が、彼女にとってはすでに通過点に過ぎないと分かってしまえば、自分が焦っていると気づきながらも、彼はガムシャラに拳を前に突き出すことしかできない。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 制御不能の全身全霊

 

 地面は発泡スチロールのように柔くえぐれ、一瞬の加速で車の上限速に迫るスピードに加速する

 

 もはやその動きは人目には追えず、その速度が乗った状態で剛腕が繰り出されれば不可避の一撃

 

 力に関していえば、彼の目標とする彼女すら凌駕することが出来るだろう。

 

 

「うぉっ!?」

 

 

 しかし、彼の巨体は僅かにブレた。

 

 その小さな歪は彼に身体のコントロールを失わせる。

 

 そのまま道路や壁に追突し、いくつもの建物を巻き込みながら、その動きをようやく止める。

 

 

 気づけば砂藤は瓦礫の中に埋もれていた。

 

 

 体中が砂ぼこりまみれになりながら、彼は動く気力も湧かず、四肢を地面に投げ出したまま空を見つめる。

 

 

「ダメか……」

 

 

 自分のコントロールできる力では彼女には及ばない、だからこそ個性を全力で出しても戦えるようにならなければと焦りながらも、訓練は行き詰っていた。

 

 ただ全力の力で殴りぬくだけなら今の彼でもできる。

 

 彼の個性なら、いっそのこと高速で連続でパンチを繰り出し、ただただ殴るほうが効率が良いと一般的なヒーローなら考えるだろうし、以前は彼もそう考えていた。

 

 

「それがアイツに当たるわきゃねーよな……、シュガーラッシュはお蔵入りか……」

 

 

 今の彼にとってはただ力任せの乱打など、到底納得できるものではなかった。

 

 追いつくと決意した以上、そんな妥協は許されない、彼がもう一度拳を握りしめて虚空を睨んだ時、彼の顔に影が差した。

 

 

「む」

 

「やぁ」

 

 

 砂藤の頭上の家屋の屋根に人型に尾を引く特徴的なシルエットがみえる。

 

 

「尾白じゃねぇか、お前も訓練か?」

 

「あぁ、体育祭まで時間がないからね」

 

 

 砂藤が体を起こそうとすると、尾白は高所から飛び降り、尾で衝撃を完璧に吸収して音もなく着地した。

 

 

「例年の雄英体育祭じゃ全クラスで競争みたいなのがよくあるだろ、だから走り込んでたんだ」

 

「俺は後半に個人戦があると想定しての特訓だ。……まぁ尾白の言う通り、まずは予選を勝ち抜かねぇと話にならないんだがな」

 

 確かに例年の雄英体育祭は障害物競走のようなレース要素を持つ競技は高い確率で見られてはいる。

 

 高速での移動は砂藤の課題でもあり、彼の個性の全力で走れば足場の方が持たないのでかえって遅くなることが悩ましく思っていた。

 

 だがそれは結局は己の個性のコントロールという壁にぶつかることになる。

 

 

「……まぁお互い頑張ろうぜ!」

 

 

 

 この問題を解決しなければ彼女に並ぶ目はない、そう思えば会話もそこそこに、もう一度立ち上がる。

 

 

「…………」

 

 

 訓練を再開しようとする砂藤であるが、尾白が自分の特訓に戻らずこちらを見たまま、何かを言いたげな様子であることに気づく。

 

 

「ん? どうした尾白」

 

「うーん……、あのさ、ちょっといいかい?」

 

 

 尾白は数秒ほど視線をさまよわせてから、次に砂藤を真正面に捉えて話す。

 

 

「多分さっきのやり方じゃ、本条さんには届かないんじゃないかな」

 

 

 砂藤は無言で尾白を見つめ返す。

 

 その目は互いに静かではあったが、穏やかではない空気が一瞬よぎる

 

 

 しばらくして沈黙を破ったのは砂藤

 

 

「ハァーー……、やっぱそう思うか?」

 

 

 がっくりと体を弛緩させた砂藤を見て、尾白はほっとした様子で自身の緊張も解いた。

 

 

「うん、どう考えても追いつけない」

 

「……でもよ、それでハイそうですかと諦めちゃどうにもなんねぇ、今のままであいつに勝てるか?」

 

「無理だね、俺も走り込んでいるけど、頭の中で彼女に勝つヴィジョンが見えない」

 

 

 どうやら脳内で同じ者を目標にしていたと知った砂藤は、奇妙な親近感を覚えたが、同時に疑問も生じた。

 

 

「へぇ、目標は同じか、でもなんでそんなに本条を気にするんだ? いや俺が言えたことじゃないけどよ……」

 

 

「まぁ、有体に言えば嫉妬だよね」

 

 

 何時もの涼し気な表情とは正反対な言葉を言い出す尾白に砂藤はギョッとした。

 

 

「ま、まぁ、たしかにアイツはすげぇよ、やろうと思えば大抵のことは出来ちまってたからな」

 

「すごいなんてもんじゃないさ、自分が尾を自在に動かせていると見せかけてる横で、体の全てを完全に別々に動かせる様を見せつけられたんだ。これでも武術には自信があったからさ、正直に言えば鼻を折られたね」

 

「見せかけって……、尾白の動きはすげぇきれいじゃねぇか」

 

 

「きれいな動きね……」

 

 

 砂藤は尾白の表情を見て失言だったと悟る。

 

 褒めたつもりの砂藤であったが、武術に精通している尾白だからこそ見える景色があるのか、その表情は険しいものだった。

 

 

「それってこんな感じかな…」

 

 

 それを聞いて尾白は薄く微笑むと、その場で先ほどの砂藤のように拳を突き出して見せる。

 

 同じようにと言ったが、その完成度は砂藤のそれを優に超えていた。

 

 足先から腰を通り、拳へと流れる流麗な動き

 

 

「はー、いや、やっぱすげぇよ、きれいだって」

 

「そりゃ綺麗さ、何千何万と繰り返した型だからね、一連の動作を無意識で引き出せるほど体に叩きこんださ」

 

 

 自嘲するように話す尾白は彼女ならばと話をつづけた。

 

 

「だけど本条さんには届かない、彼女。基本なんて無視して動いてるくせに、その動きが一分の隙も無い合理なんだ。技術で戦おうとすれば、……言いたくはないけど俺に勝ち目はないね」

 

 

 尾白はそう続けて砂藤を見る。

 

 

「だからね、もしも本条さんを超えるなら技じゃなくて力、圧倒的な出力の差で押し切るしかない、悔しいけど、それが出来るのはクラスの中じゃ限られてる」

 

「いや、尾白だって……」

 

「いったろ? 不意打ち抜きで正々堂々と戦うなら、彼女に技術じゃ勝てない、なら力で勝つしかない、でも俺はそのどちらも彼女には及ばないと、……もちろんどんな手でも使っていいなら俺だって負ける気はないけどね」

 

 

 あまりにも冷静な語り口、しかしその反面、尾白の切れ長の目は悔しさを隠さずに鋭いままだ。

 

 

「砂藤はきっと自分の力に思考が追いつかないんだろ? ならいっそ複雑な動きは諦めればいい、たった一つ、体に染みついた動きをただ鋭く磨いた方が良いんじゃないかな」 

 

 

 尾白は先ほどの突きをもう三度繰り出す。

 

 

 初めは手を伸ばして確かめるように10秒以上かけてゆっくりと、次は普通の速度、最後には目にもとまらぬ一瞬の突き

 

 全く同じ動きを三度見て、砂藤は思わず感嘆のため息をついた。

 

 

「彼女に技術で勝てない、でも君は力で優っている。ならその一点突破を彼女に押し付けるしかない」

 

 

 そう言われて、砂藤は先ほどの尾白の突きを思い出し、動かしてみる。

 

 

 二足で立ち、両手を握る。

 

 腰の回転を利用し、左腕を引いて右の拳を突き出す。

 

 

 個性を使わずに幾度も拳を突きだす。個性を使わない素での全力は、振るう内に彼の想定よりその一発一発が僅かにずれていた。

 

 

「まずは基本の型を作るんだ。絶対にブレない、自分にとって自然な一撃、普通でそれが出来ないのに速くしてそれが出来るわけがない……」

 

 

 それはそうだろうと、納得してしまう。

 

 彼は今に思えば自分の特訓は、素の筋力向上や個性で動かせる上限を引き上げることばかりに集中し、自身の動きの精度自体を高めることをおろそかにしていたことに気づく。

 

 個性で出力自体を高めた方が格段に己の力の向上が早いとはいえ、その基本を軽んじていた自分が無性に恥ずかしく感じた。

 

 

 「偉そうにいっててなんだけど、俺もその神髄に至ったとは口が裂けても言えないから横でさせてもらうよ」

 

 

 自分の訓練といいつつも砂藤と同じ突きの動きをする尾白は、彼にとってこれ以上ない見本だった。

 

 

 気づけばかなりの長い時間、無言で同じ動きを繰り返す二人

 

 

 いつまでそうしていたのであろうか、空はすでに赤かった。

 

 

「……次、やってみたらどうだい」

 

 

 不意に呟く尾白

 

 もはや何をなどとは聞き返さず、その一言で砂藤は佇まいを正すと足を肩幅に開く

 

 

 素の力での突き、それは今までの繰り返しの中で、疲れ切った砂藤の体から繰り出される最も自分にとっての力みのない自然な一撃

 

 さらに続けて拳を突き出す。

 

 個性を乗せた一撃、自分のコントロールできる3倍速で繰り出せば、空気を纏いながら、うなりをあげて拳は突き出される。

 

 

 そして最後

 

 

 先ほどの拳とは比べ物にならない程のスピードで振りぬかれる。

 

 パンッ

 

 速度の乗った拳の先端が空気の膜を破る感覚、拳を突き出し終わった後に破裂音が遅れて響き、訓練場所である市街地の窓を揺らした。

 

 

「今……」

 

 

 確かに何かを掴んだ砂藤は思わず尾白の方を向く

 

 

「うん、今のは良かったよ」

 

「おっ……! おぉ!! そうか! 今の感じか! ってもう周り暗ぇじゃねーか!?」

 

 

 砂藤は喜びの雄叫びをあげようとしたが、研ぎ澄まされた集中力が途切れ、ようやく現在の時間に気づく。

 

 

「……尾白すまねぇ! お前にも自分の特訓があっただろうに」

 

「いや、俺も十分に刺激を受けたさ、それに困ってるクラスメイトはほっとけないだろ?」

 

 

 どう取り繕おうが、2週間後には互いに優劣をつける場が訪れる。

 

 だというのに尾白は人好きする笑顔を浮かべながらそう言い切った。

 

 

 彼は不意に眩しさを感じた。

 

 それは西日が目に刺さったことだけではないことを彼は知っていた。

 

 

 本物を見た砂藤は一瞬言葉がつまるが、すぐに彼に自分が言うべき言葉を伝える。

 

 

「ありがとう、助かったぜ尾白!」

 

「助けになったらよかったよ」

 

 

 沈む夕日に男二人

 

 

 

「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁ♡ もぅ我慢できない♡!! いいィッ!!」

 

 

 そして不審者一名

 

 

「友情! ライバル! 新たな必殺技! 夕日を背にしたこれぞ匂い立つほどの青春の香り♡! 体育祭前の一年生はオーバーワーク気味だからと見回ってたらもうッ! こんなもの見せつけてくれるなんてぇ♡ いい! いいわ♡! これだから教師は辞められない!」

 

 

 突然の乱入、所属も理由も明確に宣言されているというのに、やはり二人は困惑した。

 

 

「砂藤君! もう必殺技の名前は考えたの!?」

 

「えっ、いや、まだ必殺技の名前とかそういうのは……、あっ、でも今の技を磨きたいと思ってます」

 

「シット! 二人が織りなした友情の必殺技! つけてあげなさいなとっておきを!」

 

 

 謎のテンションに砂藤と尾白は圧倒されるばかりであった。

 

 

「えっ……えーっと、……シュガーパンチとか……?」

 

没個性!(なんの面白みもないじゃない) 男の子なら自分の漆黒の部分を爆発させなさい!」

 

 

 興奮しきった年上の女性に若干ビビりながら、真面目な性分の砂藤はそれでも何とか考え付いた言葉をあげる

 

「じゃ、じゃあ、シュガーフィスト……」

 

「もっと黒に染まるのよ! 意味もなく銃の型番を覚えたあの頃の衝動を引き出すのよ」

 

 

 そんなあの頃などは砂藤にはない

 

 

「シュ、シュガーショット! シュガーバレット!」

 

「まだ足りない! 銃はたとえ話よ砂藤君! 引きずられなくていいわ!」

 

 

 不意に砂藤は泣きたくなってきた。

 

 

 この後、イレイザーヘッドの巡回が来る30分後まで、ネーミングについての追加授業は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は移り

 

 

 雄英体育祭まで、間近に迫った昼休み、砂藤は食事をとろうと食堂に向かって歩いていた。

 

 

 砂藤が何時ものように学食で食事を済ませようとすると、何やら騒がしい

 

 目的地に着くころには人込みが出来ていたので不思議そうにその輪の中に入っていった。

 

 

「個性の暴走があったんだって?」

 

「そうそう、購買の周りが粉塗れでまじ勘弁、今日の昼は学食で取るわ」

 

「いや、その話なんだがどうやらその粉の個性の奴、他の奴の個性で暴走させられたみたいだぜ」

 

「何? ケンカなの?」

 

「分かんねぇけど、片方が個性で脅してたって……」

 

 

 なにやら不穏な気配を感じた砂藤は、足を速めて人込みの中を抜ける。

 

 

 その先には一人の男と、それを遠巻きに見る人々がいた。

 

 

「おい、だれか早く先生呼べって」

 

「ひどい……、信じらんない、何でそんなこと……」

 

「やべーやつじゃん、こっちに個性使ってこねぇよな……」

 

「あの個性と使い方、ヴィランかよ」

 

 

 話を聞くに目の前の男子生徒がこの場の事情を知っているらしい。

 

 

 遠巻きに人から指さされる彼は、何も言わずに俯いている。

 

 

 そんな姿を見れば、砂藤はあまり刺激しないように近付いて話をきこうとしたのだが

 

 

「心操君は絶対悪くない!! むしろヒーローだ!!! 個性で勝手に決めつけるお前らの方がよっぽどヴィランなんだからな!!」

 

 

 突如人込みの中から飛び出した影が男子生徒の脇に立つ

 

 それが何者かと確認する前に響く大音声に、目を向ける前に周りの皆は耳を塞いだ。

 

 

 再び目を向ければその場には誰もいない、呆気にとられる観衆は互いに目を合わせ、その場に一瞬満ちる静寂の後、ようやく我に返るのであった。

 

 

 

「今のは……」

 

 

 砂藤も思わず固まっていた。

 

 だが砂藤が呆気にとられたのは周りの者達とは違う理由

 

 

「……なぁ、最初からこの場を見てた奴はいるか? 話を聞きたいんだが」

 

 

 あの男子生徒を皆の視線から遮るように立った少女は間違いなく本条だった。

 

 何故あのような行動を彼女が取ったのかは分からない、ただ、彼にはその行動が彼を守っているように確かに見えた。

 

 話を聞いて、まとめる内にその予感が確信に変わる頃には、生徒達を割って教師たちが駆け付けた。

 

 

 砂藤はまとめた話を教師に伝え、場の混乱を収めることに注力する。

 

 

 改めて事のあらましを生徒達から聞いた砂藤は無性にうれしかった。

 

 彼女が様変わりしたとしても、その根っこの部分が変わっていないことの証左に感じたからだ。

 

 

 その日の後のことである。

 

 

 彼は偶然にも以前見かけた男子生徒と少女がベンチで食事を取っている姿を校舎の窓から見かけた。

 

 

「笑ってる……」

 

 

 その時の彼女の表情を見て、驚いてしまう。

 

 

「……アイツやっぱり笑えるじゃないか……、はは……、ははっ……!」

 

 

 その微笑みがあまりにも昔のままなので、彼は、彼は隣に座る男子生徒に対して、言い表せないほどの感謝の気持ちが湧いた。

 

 

「ありがとう、あぁ! ありがとう……!」

 

 

 砂藤は彼女の側に居れる誰かに無上の感謝を送った。 

 

 それは彼が逃げ出した選択で、痛いほどに切望しながら、もはや叶わない願いであったのだから。

 

 

 

 

 

 僅かばかり胸に走る痛みもあるが、砂藤はそれを決して認めず、また気付かない

 

 雄英体育祭は近い

 

 彼はその場を後にすると己の特訓へと戻っていった。

 

 

 

 

 そして時はさらに進む

 

 

 

 

 雄英体育祭当日、その日は雲の少ない快晴

 

 

 

「我々選手一同はヒーロー精神にのっとり、正々堂々と戦い抜くことを誓います」

 

 

 気の抜けた機械音声を聞きながら砂藤は口を結ぶ

 

 とうとう始まった雄英体育祭、第一の集合場所に向かって力強く歩き出す。

 

 

 第一種目、障害物競走

 

 一般的な種目であるが、雄英のそれはスケールが違った。

 

 

 個性の妨害は当たり前、そもそも用意された障害は超ド級

 

 ビルサイズの巨大ロボット、底の見えない断崖絶壁、非殺傷とは何なのかと問いたい地雷原

 

 

 砂藤は懸命に走った。

 

 

 彼の走力はそこまで低いわけではない、むしろ同年代に比べ圧倒的に速い足を持っている。

 

 個性を十全に生かすために鍛え上げられた筋肉は速筋と遅筋の黄金比……、いや桃色比とでもいうべきであろうか

 

 筋肉のつきすぎにより鈍さはない、柔軟な肉体を作り上げてきた。

 

 そしてそれに彼の個性が加われば直線の移動でおおよそ彼に伍する者はいないはずであった。

 

 だが、彼のライバルたちとレースの障害物は一筋縄ではいかない

 

 

「悪いが先に行かせてもらう!」

 

「クッ! 委員長!」

 

 個性を使った走法には集中力がいる。一足で常人の何倍もの力を生み出す個性は一歩間違えば空に浮き上がり、跳躍に近い動きとなってしまう。

 

 この小回りを必要とする障害物競争では、自分の力を十全に引き出すことが出来ずに彼は悪戦苦闘した。

 

 上位集団に食い込めるのは速度は当然として機動力に優れた者達

 

 結果として上位陣の中に入りながらも、その中でのさらに上位に届かない順位に砂藤は甘んじていた。

 

 

〈と、飛んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 〉

 

 

 そんな時、絶叫に近い実況と同時に、遥か上空に一筋の煙が背後から一直線に突き抜ける。

 

 

〈なっ、なんて奴だぁー!!!! 先ほど正々堂々と言ったその舌の根の乾かぬ内に行われた極悪非道行為!!!! サポート科から分捕ったアイテムを完璧に使いこなして一気に一位に躍り出た!!!!〉

 

 

 彼女を見かけないのは、先頭にいるからだと思い込んでいた砂藤は、その実況を聞きながら、思わずその軌跡を目で追いかける。

 

 

〈これが期待の超新星1-Aの首席の実力なのかっ!!! 自分自身の目的を達成するためには、手段を選ばない!!! まさに雄英新鋭のダークヒーローだぁ!!!!!〉 

 

 

 すぐに煙は見えなくなり、追い縋る砂藤が第二関門の岩場を跳躍で抜けていった時には既に、実況は一位の存在を高らかに喧伝していた。

 

 

 彼我の差を嘆くより、まずは同じ舞台に立たねばならない。

 

 そう自身に言い聞かせた砂藤がゴールした時には、彼女はすでにゴールの近くで、これから来るであろう走者達をじっと見ていた。

 

 

 

 彼はゴールした後で、具体的に彼女が行った行為を人伝に聞いた。

 

 

 

 プレゼントマイクの実況で、なんとか場は盛り上がっているようだが、会場の隅でサポート科の教師でもあるパワーローダーは、悔し涙を流す学生たちの肩をたださすっていた。

 

 彼女の行動はダーティープレイどころではない、生徒だけでなく教師を巻き込んで、サポート科からの抗議が出るほどの騒ぎになっているようだ。

 

 

 

 なぜあそこまで勝利に拘るのか、彼女を知る彼にはどうしても理解できない。

 

 

 

 だが彼が理解できようができまいが、自分より優れた者が、目的の為に手段を選ばなければどうなるか

 

 その答えはすぐに身をもって知ることとなる。

 

 

 第2種目の騎馬戦

 

 

 ようやく始まった直接的な戦いはヒーロー科全員の血をたぎらせた。

 

 自分の個性と相性の良い味方で作った騎馬、即席ながら互いに補完しあう騎馬、この状況を予期して策を練っていた騎馬

 

 それぞれの思惑で挑む第二回戦

 

 しかし、この戦いの中で彼らはその最後まで、その戦い自体が一人の生徒の掌によって踊らされていたことに気づけなかった。

 

 

 ようやく己と周りが普通ではないと、気づいたのは、彼女がこちらに攻めてきた時

 

 

〈おいおい、前世は軽業師かサルか! 雲から雲を踏み台にして加速してやがる!! 騎馬じゃどうあがいても後ろに回り込まれちまうぞ!! 相手も疲れが見えているのかロクな抵抗もできねぇ!〉

 

 

 戦いに次ぐ戦いによる疲労、自身の限界すら忘れるほどの極度の興奮状態の中、空を渡って彼女がこちらの騎馬の鉢巻を奪い去ったその時でさえ、自分たちに何をしたのか他の騎馬たち同様理解できなかった。

 

 

〈仮面の女を止めたのはだれも予想もしていなかったダークホース!!! 緑谷出久この男だあぁッ!!!!!〉

 

 

 結局この場にいた騎馬全員が最後にしたことと言えば、緑谷の一撃で吹き飛ばされた鉢巻をとにかく拾い集めること

 

 

 どれが何点かも分からずに動き回る彼らに戦略性など皆無、引っ掻き回されるだけされて、勝負は結局、天運に任された。

 

 

 だがそれでもその天運を引き寄せるのは各々の努力だ。

 

 

 砂藤も最後のスタミナを振り絞り懸命に駆ける。

 

 そんな混乱の最中でB組の騎馬の一つがダウンした彼女の騎馬に襲い掛かろうとしているのが見えてしまう。

 

 彼は思わず体が反応しかけるがこれはチーム戦

 

 いくら彼が助けに行きたいと願おうが、この状況では許されるはずもなかった。

 

 

「よくも僕の作戦を台無しにしてくれたな! どんな手を使って小森と吹出を……、いや、さっきの硬直……そうか操ったのか!」

 

「くッ……今すぐ本条を担いで全力で走れ!」

 

「君がそうか……、君みたいなのが普通科にいるなんて……、ふん、まぁいいよ都合がいい強個性だ」

 

 

 彼女の組んだ騎馬の生徒達は体格が良くないものであり、すぐに追いつかれた。

 

 緑谷の攻撃を受けた彼女自身もぐったりとしたまま、ピクリとも動かないので避けようがない

 

 

「逃げるのかい? そもそもこんなにもコケにされて逃がすわけがないよねェ! 君たちだけはここで潰す!」

 

 

 B組の騎馬大将が手を伸ばす。

 

 

 その時、突然彼女が直立した。

 

 担がれた姿勢でどのように立ち上がったのかは分からない、ただそれは剝れかかった仮面の下の目と、B組の大将と目があったようだ。

 

 

「ぜったいにわたさない……だれにも……、ぜったいに……」

 

「うっ……」

 

 

 彼女の肉声は鬼気迫った迫力があった。

 

 

「ほ、本条、お前……」

 

 

 まるで命を賭けているかのように偏執的な狂気は、敵どころか同じ騎馬の仲間の動きすら止めていた。

 

 

「しょうり、しょうり、しょうり、しょうり、ぜったいにひーろーになる……じゃまするひとはゆるさない……」

 

 

 何かがおかしい、砂藤の違和感は確信に変わった。

 

 

 この体育祭がいかにヒーロー科達にとって重要だとしても彼女の行動と反応は常軌を逸してる。

 

 

 彼女は確かに傷ついてしまった。 

 

 今までの辛辣な発言や人を拒絶する行動、ここまではそのトラウマが原因かもしれないと砂藤はなんとか理解できる。

 

 

 だが、目の前にあるこの執念、これは違う

 

 この彼女の執念だけは違うと砂藤は断言する。

 

 

 

 彼女が他人を踏みにじってまでヒーローを目指すと、砂藤はどうしても思えなかった。

 

 

 どうしてもぬぐい切れない違和感

 

 

 彼女はヒーローを目指す。

 

 だがその目的はなんなのか?

 

 

 

〈TIME UP! さぁ結果発表に移るぜェ!!〉

 

「……っち! と、取り損ねたか、運のいい……!」

 

 

 

 そんな疑問を残しながらも第二種目の騎馬戦は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3種目の個人戦、幸運にも騎馬戦で掴んだ得点が高く、彼は出場することが出来た。

 

 

 なんとか思考を纏め、こぎ着けたトーナメント2回戦

 

 

「……」

 

「笑止……、相手を前にして考え事か……」

 

「……わりぃ常闇」

 

「……ふむ」

 

 

 相手は常闇

 

 個性『黒影(ダークシャドウ)』

 

 伸縮自在で実体化する影のようなモンスターである黒影を操る。

 

 この限られたスペース、相手の黒影は知性を持っていることも考えれば、この勝負、集中すらまともにしていない砂藤が勝てるはずもなかった。

 

 

 そんな彼の心を見透かしたのか常闇は口を開く。

 

 

「本条が気になるか……?」

 

「いや……」

 

「……」

 

「……あぁ、ちょっとな」

 

 

 先ほどの挑発とは違い、声色に僅かに心配の色が乗っていたことに気づいた砂藤は素直に答えた。

 

 

「障害物競争も騎馬戦も、何もあそこまですることはねぇ、今のあいつのことが分かんねぇんだ」

 

 

 そう答えた砂藤へ常闇は告げる。

 

 

「誰もが心という幕の内は闇のように暗く、己ですら見渡せない、……だが闇深き時ですらも影はそこにある」

 

「……すまん常闇、何をいってるか分かんねぇ」

 

 

「奴が誰かを必要とした時、そこに誰かがいればいい」

 

 

「お、おぉ……!」

 

 

 思ったよりも的確な助言に砂藤は感心した。

 

 

「今は目の前のことに集中しろ」

 

「あぁそうだな!」

 

 

 

 勝負事の最中、相手に塩を送るような行動をした常闇に対して、真剣に向き合わない己を砂藤は恥じる。

 

 

 己にできることは何か。

 

 それは今までもこれからも何一つ変わらない

 

 己を律し、人と力を合わせる。

 

 誰かが手を伸ばしてくれる時、今度こそ後悔をしないように、彼女は何に苦しんでいるのかを見極める。

 

 

「全力で行くぜ常闇!!」

 

「こい!」

 

〈レディィィィィイ スタァート!!!!〉

 

 

 もし、彼女が自身の傷を認め、手を必要としてくれたのなら……

 

 

 そこまで考えて彼はその先の思考を打ち切る。

 

 その先は自分にとって過ぎた願いだと彼は断じた。

 

 

 

 


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