個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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サー・ナイトアイ

 

 

 サー・ナイトアイは未来が見える。

 

 人の手には余る。人智を超越した個性

 

 もしも私欲のために使うなら、それこそ世界すら自由にできることが出来る力

 

 だがしかし、それほどの個性を持ちながら、彼、サー・ナイトアイにとって己が自由など思えたことは一度もなかった。

 

 

 世界にとって幸運なことに、彼は人の心を重んじる高潔な人物で

 

 サーにとって不幸なことは、世界とは余りにも悲劇で満ちていた。

 

 

 彼には未来が見える。

 

 それは彼が望んで掴み取った未来だ。

 

 

 例題1

 

 ヴィランの未来を覗き、個性で仕掛けられた爆発物の起爆まであと1分、何もしなければ19人の市民が死亡、全力で救助を行えば16人の命は助かり、2人の市民と1人のプロヒーローが死亡、ここで無抵抗のヴィランを今すぐ殺せば被害者は0人となる

 

 例題2

 

 火事だ。家が燃えている。ある男が恋人を助けてくれと涙を流し願い請う。女はすでに火に巻かれ致命傷のダメージを負っており、助けた場合はこの世を呪ってから死亡する。そして男は女からボヤの原因となった犯人が近くの小学校の制服を着てると知ると、語れぬほどの大罪を犯す。なお男は、その事実を知らなければ最後には善良で幸福な生を全うすることとなる

 

 例題3

 

 貴方が死ねば助かる命が一つある。それ以外の選択は選べないとするならば、ヒーローである貴方はどうする?

 

 

 

 これはただの例題

 

 

 しかし現実で起こりえた問いである。

 

 

 彼は分岐を知らない、ただ行いの結果のみを視るのみ

 

 若き頃のサーはそれでも人々を救おうとした。

 

 多くの人を救い、そしてそんなことを繰り返すうちに、救えなかった人々が生まれる。

 

 未来を知ることが出来ているはずの自分が救えない命

 

 

 常人なら、諦めの中に溶かせただろう思考、だがサーは思わずにはいられない

 

 

 彼が助けられなかった者達という者は、つまり、自分が見捨てた者達なのだと

 

 

 彼がその自覚を強めると同時に、予知の精度は比例するように悪化していった。

 

 その理由に目を瞑れない彼自身の強さに、サーは押し潰されようとしていた。

 

 

 

 そんな中、オールマイトという圧倒的な光を放つヒーローに出会った時、彼はその存在に心を奪われた。

 

 

 彼は平和の象徴に心酔した。それはある種の狂信といっても良いかもしれない

 

 彼にとって、オールマイトは理想であり、己が未来を灯す希望だった。

 

 どんな未来であろうと全てを救わんと突き進み、絶対的な意志とそれを突き通す力

 

 

 それは彼が失いかけていたモノ、まともに己の個性を振るうことが出来なくなった彼は、その絶対的な光の中でこそ、ようやく未来を見つめる意志を取り戻すことが出来るようになっていたのだ。

 

 

 だがその光にすら陰りが差した。

 

 

 サーの信じた英雄の未来は、惨たらしい死で終わる。

 

 

 そういう予知を彼はみてしまった。

 

 

 彼は変えの利かない唯一無二の絶対的な正義、もはやその陰りは自分だけでなく、この社会全体を覆いかねないものだと気づいていた。

 

 何よりサーは彼に生きて欲しかった。

 

 せめて第一線から退いて安全な所へと手を尽くすが当の本人には拒絶される。

 

 どうにかして彼を救いたい

 

 

 そんな時だ。

 

 彼の焦りとは裏腹に、また、だんだんと未来視はあやふやな物となってきたのは

 

 

 それが何を意味しているかはもう知っていた。

 

 

 

 彼は光を失う恐怖に震えた。

 

 そしてまた、性懲りもなく、己を照らす何かを求める。

 

 

 踏み込んだ現場、置かれたテレビ越しの雄英体育祭の中継で、彼女を見たのはそんな時だ。

 

 

 幾つもの危機に直面するがそれでも苛烈に戦い、勝ちを拾う少女に彼の目が釘付けとなる。

 

 

 未来を変えた人間

 

 

 彼はすぐさま行動に移す。

 

 雄英にオファーを無理やりねじ込み、ルーキーに対して破格の条件を提示して、引き抜きまがいの招致を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の日、冷め切ったコーヒーを脇に置いて彼は待つ。

 

 ノックの音が三回したのち

 

 

 「入ってくれ」

 

 

  そう声をかけると少し緊張気味の少女が現れた。

 

 

「……雄英高校から来ました。今日からこちらの事務所で体験学習をさせていただく本条桃子です。よろしくお願いします」

 

 

 こうしてたった1週間の体験学習が始まった。

 

 

 時は瞬く間に過ぎ去り、7日間で少女は、サーから多くの大切なことを学び取った。

 

 彼女にとっての師をあげれば、間違いなくそれはサーであろうが、しかし一方で、サーも多くのことを少女から学ぶこととなる。

 

 

(弟子が師を育てるモノだとはミリオの時に知ったつもりだったが、私も学ばんな……)

 

 

 意志の力の重要性をあれほど唱えながら、その実、彼自身がその実践を軽んじていた。

 

 

「私は思う、ヒーローを信じないお前は最もヒーローに向いていないが、最も正義に近い位置にいるとな」

 

「話が難しくて何が言いたいか分かりませんね」 

 

「お前はきっと良いヒーローになるということだ」

 

「未来予知ですか?」

 

「いや、俺の願いだ」

 

 

 ヒーローになる。少女の願いが叶うよう彼は望んだ。

 

 そうしてみれば、彼女は今までで一番自然な笑顔を見せる。

 

 

「全くお前は……、どうせなら、いつもそんな顔をすればいいというのに」

 

 

 その一言に大笑いする彼女の笑顔はユーモラスで、それはサーの願いでもあった。

 

 

 同じ未来を願う、意志を束ねる。

 

 未来を変えるというのはそれこそが必要なのではないかと、今の彼にはそう思えた。

 

 

 

 

 …………だから、ただの心の弾みだったのだ。

 

 

 偶然にも、サーの個性は発動して1時間たっておらず、彼女の後姿を思い出し、その将来を夢想する。

 

 

 時を同じくして少女は呟き、選択をした。

 

 

「人殺し共が、全員、地獄におくってやる」

 

 

 

 サーは未来を視てしまう。

 

 

 

 それは断片的な、一瞬の光景

 

 荒廃した瓦礫の山とその上にいるマスクを被る何者か、周りには倒れ込んだ人の姿、その中心で呆けたように虚空を見つめる少女

 

 

 見た光景から時間は夜であることは分かるが、空の星は薄く見えず特定も困難、いや、最悪なことに星が見えない程の場所と考えれば、そこは人の集まる街の可能性がある。

 

 瓦礫は恐らく建築物が崩れたもの、それもかなり大きい、しかしその中から特徴的な何かを見つけられない程に破壊されていた。

 

 そこが街中にある建築物と仮定し。真新しい破壊を見れば、どれほどの被害が出るかを考えサーの顔は青ざめた。

 

 

 何よりその中で映った光景、少女の前にいる黒いマスクの男

 

 

 サーは綿密に事実を元に裏付けようとする中で、それでも本能でその男が敵であると悟った。

 

 信じられない程の邪悪

 

 その男の正体にサーはある予感があった。

 

 

 いつかある日の自分とオールマイトが探してもその尻尾すら掴ませずに、事件の裏から糸を引いていた黒幕

 

 直接会ったわけでもなく、予知でその姿を見たこともない、だがオールマイトにその存在を知らされてはいた。

 

 

「まさか……、奴がAFOなのか……?」

 

 

 そして少女の近くで倒れ込む人影達、彼にはその顔に見覚えがあった。

 

 雄英体育祭で活躍した姿を覚えている。

 

 

 

 

「い……、まの光景は……」

 

 

 

 個性「予知」はサーが逃げ続けてきた選択を突き付けた。 

 

 

 

「……認められるものか」

 

 

 

 彼の信じた光達は陰っていく

 

 もはや、よりかかる大樹はない、今度こそは逃げられない

 

 サーが己の個性と真に向き合う時がきた。

 

 

 

「それがどうした……!!」

 

 

 彼の心に反骨の炎がともる。

 

 

「私はヒーローだぞ、未来が決まっている程度でなぜ未来を諦めねばならん……!」

 

 

 こんな未来は認められない、サーは覚悟を決め、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄英高校の来客室、華美すぎずに落ち着いた色合いの家具が揃えられたそこで、二人の長身の男達が向かい合っていた。

 

 

「まさか、キミの方から来てくれるなんて、久しぶりだねサー」

 

「えぇ、私もこうなるとは思わなかったですよ、……八木さん」

 

「おっと安心していいよ、ここの防諜はそれなりだから」

 

「なれない呼び方をするものではないですね、オールマイト」

 

 

 病的に痩せている骨ばった体、それはいつもの生命力滾る肉体でなく、傷により衰えた本当のオールマイトの姿である。

 

 その秘密を共有するものの、数少ない一人であるサーにとって、その姿を見るのは久方ぶりであった。

 

 

「私がオールマイトの元を離れてしまったこと、今に思えばあれは私の勝手だった。あなたの元から去った私の急な話にも応じてもらい、ありがとうございます」

 

「おいおい、そんな堅苦しいこと言うなよ、バディだろ? ……君と喧嘩別れをしちゃって、でもこうやってまた会えた。うん、本当にうれしいよ」

 

 

 かしこまるサーに、オールマイトは骨ばった手を振って苦笑いを浮かべる。

 

 久しぶりに会っても変わらない態度にサーの頬は緩むが、なぜここに来たかという本題を切り出すため、顔を引き締める。

 

 

「オールマイト、実はここに来たのはあなたにもう一度会いたかったのもありますが、聞いて欲しいことがあるのです」

 

「……どうやら本題はそっち、しかもあまりいい話ではなさそうだ」

 

「えぇ、この雄英に通う生徒にオールフォーワン、その魔の手が伸びるかもしれないという予知が見えました」

 

 

 サーは彼が見た予知の内容を伝えた。

 

 現れたAFO、それに対峙する本条桃子、そして瓦礫に倒れ伏す雄英生

 

 それを聞いたオールマイトは、普段は見せない鋭い眼光でテーブルを見つめていた。

 

 

「となると度重なる雄英への襲撃、やはりヤツが裏から操っていた……、ということか」

 

「えぇ、その可能性は高い、近い将来、おそらく数か月後だと思います。それで決定的な何かが起きる。何か心当たりはありますか?」

 

 

 オールマイトはこの数か月後という期間と聞いて林間合宿のことが頭をよぎる。

 

 雄英の警備が手薄になる度に、狙いすまされたように行われる襲撃を考えれば、もっとも高い確率であることにオールマイトには思えた。

 

 

「近いうちに外部での合宿があるんだ。そこを襲われる可能性は高い」

 

「対策は可能ですか?」

 

「……こんなアクション映画の無能な上司みたいなことは言いたくはないけどね、林間合宿を中止することは難しいだろう」

 

 

 ただの学校なら安全のために行事を中止するのは当然である。

 

 だがここはヒーローを養成する学校、そしてその頂にある雄英高校、それがヴィランに怯え続けてカリキュラムを曲げるということに納得しない者たちは内外ともに多い

 

 

「いや、それは言い訳だ。何より大事なのは生徒達、すぐに校長に掛け合おう」

 

「……いえ、無理に止める必要もないでしょう」

 

「なんだって?」

 

 

 勢いあまって立ち上がりかけているオールマイトは中腰のまま固まってしまう。

 

 

「オールマイトも理解しているでしょうが、私は個性で既にそれを視た。ならばその未来は確実におきてしまう、言うならば運命というやつですね」

 

 

 サーの冷たい正論、オールマイトは以前会った時と変わらない彼を複雑な目で見る。

 

 未来は変わらない

 

 その諦観がかつてサーとオールマイトを別った理念の違いであった。

 

 

「だとしても……なのさ、君がいつも未来は変わらないと言ったとしても……」

 

「あぁ、勘違いしないでいただきたい、オールマイト」

 

 

 オールマイトが言葉を言い切る前に、サーは先ほどの消極的な意見と違い、確かな熱を持った視線でオールマイトを見つめた。

 

 

「ですがね、私もそんな未来など認めませんよ」

 

 

 彼ならば決して言わないであろう言葉にオールマイトは瞠目した。

 

 

「下手に介入しても、事象は絡まり、複雑になるだけだ。まずは何故それが起こるのか、それを理解しなければ対処も立てられないでしょう」

 

 

 サーは立ち上がり、オールマイトに顔を寄せる。

 

 

「早い話がオールマイト、雄英の生徒達の未来を見させていただきたい」

 

 

 そしてかつてのサーならば避けていたであろう積極的な個性の使用を迷いなく提案した。

 

 

 

 

「きみ、ちょっと変わったね、面白いことでもあった?」

 

「えぇ、最近呆れるほどつまらないことがありましてね」

 

 

 

 

 

 


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