実力のある彼を 作:祈島
オレの名前は綾小路清隆。
学力は全教科凡庸な点数しか取れない程度で、体育の授業では良い意味でも悪い意味でも注目されることはない、至って普通のどこにでもいる1-D所属の男子高校生だ。
というのはオレの偽りの姿であり、実情としてはオレは幼少からホワイトルームという特殊な環境下で特別な教育を受けていたことにより常人では決して届かない知力、運動神経を持っているが、それら能力は隠して過ごしている。オレの正体を知る人物はこの学園にはいないはずだ。
……勿論このような自己紹介は誰にも出来ない。話そうものならその瞬間から中高生特有の健康的な痛々しい病に侵されていると断定されて、今以上にオレに言葉をかけてくれる者は少なくなってしまうだろう。
「テストのたった一点を10万プライベートポイントで購入。……数字的には割高に見えるのかもしれないけど退学を消せたと考えれば破格のお値段なんだろうな」
「ああ。おかげで手持ちのポイントは殆ど無くなってしまったがな」
自分のクラス内でも活発にコミュニケーションをとっていないせいか、悲しいことに端末に登録されている連絡先の数は多くはない。クラスで親しいヤツを何人かピックアップしろ、と言われたら沈黙が続くだろう。だが、そんなオレでも他クラスに友人と呼べる者ができた。
白川悠里。
クラスポイントを4月の一か月間で1000ポイント全て消滅させてしまったDクラスとは違って、減点をたった60ポイントで抑えた歴代でもトップクラスに優秀なAクラスの生徒で、クラスの女子たちが話している中でその名前を聞いたことがある。
なんでも現在までオレたちが受けたペーパーテストの全てで満点を記録しているらしく、その上限に到達した成績と優れた容姿が女子たちに人気らしい。
加えて自己陶酔の気質もなく穏やかな印象で、話してみれば肩が凝ることもなく親しみやすさが伝わってくる。同性としても好感が持てるまではそう時間もかからなかった。
「生活に困ってるならポイント貸そうか? 嫌味をいう訳じゃないけど、Dクラスは苦労してるんでしょ?」
「……魅力的な提案だが、遠慮しておこう。俺だけが他クラスの生徒に世話になるわけにはいかないからな」
「何人かいると思うけどな、ポイント借りている人」
そうかもしれない。5月にも首尾よく10万ポイント貰えると思い込み、4月終了時点で手持ちポイントを使い切ったせいで今も手持ちポイントがゼロに近いヤツが何人かいた気がする。この学校は金銭の役割を受け持つポイントなどなくとも生きていけるようになってはいるが、貧しさに耐え忍べるかは個々による。4月中に購入した物品を誰かに割安で売り、その場しのぎだがポイントを稼いでいる者も見たことがある。
オレは散財しない性格だったのが功を奏した。今のところは支障はない。
「本当に困ったときは、もしかしたら頼るかもしれないな」
オレと白川が出会ったのは入学して2週間ほどたった時のこと。図書館で暇つぶしに役立つ小説本を物色していた際に、興味深いタイトルが背表紙に刻まれた一冊を見つけ手に取ろうとしたところ、白川も同時にその本に手を伸ばしてきており、俺の手とぶつかった。
異性であれば彩鮮やかな恋が幕開けたのかもしれないが、悲しいかな、互いに同性愛などない同性。その場では本の譲り合いにはオレは負け、その後オレの目の前から立ち去った白川が何の本を手にしたのかは知らない。
その後日も度々図書館で見かけることがあり、学校内でもすれ違う時には軽く挨拶する程度にはなった。
もしかしたら友人というのはこうして自ずと増えていくのかもしれない。人間関係とは実に興味深いものだ。
そして今、オレ達は全裸で横に並んでいる。
……誤解しないでほしい。さっきも言ったがオレ達は両者とも同性愛の気はない。場所が場所なのだ。ここは学校の敷地内にある銭湯。寮から離れているところにあるせいか、賑わっている様子はなく、今はオレ達以外に客はいないようだ。
待ち合わせをしていた訳じゃない。放課後の夕方にオレは一人でここを訪れ、カラダを洗いサウナに入ったところに先客として腰掛ける白川に出くわした。それから10分ほどし、俺たちは湯舟に移動している。
「いつでも言ってくれ」
図書館で同じ本を手に取ろうとしたことから測るに、白川とオレは趣味が合うのかもしれない。そして偶然にも銭湯で出くわすように、嗜好が噛み合っている。これはもう、友人といっても差し支えないのではないだろうか。これで誰かとは言わないが、誰かにボッチだと馬鹿にされることは無くなる。
こうして様々な場所で出くわしたこともあってか、白川とはなぜか他人とは思えない。いや、女子に人気のこの男に対してそのような評価をしていれば非難は免れないだろう。だがどこか似ている気がしてならない。半開き気味の眼とかそっくりではないだろうか。今、白川は鼻から額にまで手拭いが被せられて窺えない状態ではあるのだが。
きっと白川も、隣の席の女子生徒に無遠慮に振り回されているのだろう。根拠はないが、そうに違いない。
「それにしても、ポイントにはまだまだ使い道がありそうだな」
足を湯の中で音が立たない程度に揺らしながら、白川はそう呟いた。
Dクラスは赤点を取れば退学になるという中間試験を死に物狂いで乗り越えようとしていたが、純粋な学力ではどうも危ういクラスメイトが何人かいた。そこでオレ達は先輩から過去問を購入することに成功し、それをクラスに配布することで赤点を回避しようとしていたのだが、須藤は英語の過去問を覚えきることができなくて健闘空しくも赤点ボーダーまで一点届かなかった。僅か一点、されど一点。担任である茶柱から下された判決は退学の二文字。
オレと堀北が須藤の足りない一点をプライベートポイントで購入することにより、須藤の退学を取り消すことに成功した。
何故他クラスの生徒である白川が、オレ達がプライベートポイントでテストの点数を購入することで退学を回避したというDクラス内でも全貌を知る者が少ない事柄を知っているのかというと、オレが白川に話したからに他ならない。
何故話すことになったのか。白川がその事実を的中させたからである。
『そういえば綾小路君、Dクラスの一人が赤点を取ったのに退学にならなかったって聞いたんだけど、ポイントでも使って点数を引き上げたりしたの?』
先程サウナで雑談していると何の気なしに平常運転でこんなことを聞かれた。
あまりにも大当たり過ぎてサラッと肯定してしまった。少しだが、後悔している。
Aクラスの生徒というのは、皆ここまで察しがいいものなのだろうか。だとしたら堀北がAクラスにまで上り詰めるために粉骨砕身しようとも難しい気がしてきた。白川の学力が学年内でも突出していることから、そうではないとは思うのだが。
この男には他にも驚かされたことがある。
白川はオレと同じクラスに在籍している、高円寺六助と友人であるということ。
小学校や中学校など、学歴に同一な項目はないのだが、なんでも互いの親が学生時代から友好関係にあり、それを引き継ぎ、所謂幼馴染という関係にあるらしい。
この事実が、プライベートポイントによる点数の購入を嗅ぎつけた。
須藤が赤点を取り、退学を言い渡されたのはテスト結果発表直後の教室でのこと。その場には勿論クラス全員が着席しており、聞き逃した者などいない。しかし須藤は結果として退学にならなかったことは須藤が教室に居続けていることが何よりも証明しており、これもまたクラス全員に周知されている。
高円寺も例外ではない。須藤が退学を言い渡され、そして退学してはいない現状を奴が白川に告げたのだろう。雑談程度に、さして重要事項として扱うことなく。
そして白川は、高円寺から過去問を貰ったと聞いた。
高円寺はクラスの生徒とはオレ以上に交友関係が壊滅的ではあるが、上級生の女子生徒にはそうではない者達がいるらしい。ヤツは、銀河の中心は自分だと言わんばかりの唯我独尊自己中心的エゴイストではあるが、『高円寺コンツェルン』の一人息子という血統に惹かれる者もいるのだろう。
そんな高円寺は、望んだからなのか、好意からなのか、先輩の女子生徒から中間テストの過去問を貰い受け、自分には必要ないと見立てて白川に無償で譲ったらしい。自分のクラスメイトが如何に赤点回避に苦しんでいるのかは聞く耳立てずとも教室に居れば知れたものの、気にも留めずに旧知の仲である白川に恩を売った。いや、高円寺からしたら恩を売ったとも感じていないだろう。ただの気まぐれ、その譲渡のことももう忘れているのかもしれない。
白川がDクラスの他の生徒にこの事を話して広まれば、今まで以上に冷ややかな目で見られるだろう。そして高円寺はその視線を今までと変わらず右から左へと受け流し続けるに違いない。
◆
存分に湯を堪能し、身も心もリフレッシュしたオレ達二人は衣服を身に着け脱衣所から出た。
温まった体にはロビーの空調が一層心地よく感じる。
「おっ」
セコンドに煽り立てられるボクサーのように頭にタオルをかけてはいるが覇気など感じられない白川がとあるものを見つけた。
銭湯ならどこにでもあると噂の牛乳の自販機。コーヒー牛乳やフルーツ牛乳もある。
「ジャンケンだな」
そう言って白川はオレを誘う。
石や鋏や紙で戦う人類史上最多開催数であろう競技、ジャンケン。日本人の大多数にとっては休日の終わりに一人の女性がテレビの画面の中で行うのを見るのが通例らしい。勝てば一週間を幸せに過ごせるとかなんとか。
この場においては負けた方が勝った方にも風呂上がりの牛乳を奢るというルール。実に友人同士らしい所業だ。断る理由などない。
果たして、白川は何を出すのだろうか。最初に出す手でその人物の性格を分析できるという話を聞いたことがある。深層心理に関する知見があれば勝率は三分の一から僅かながらでも上昇する。また、日本のジャンケンは『最初はグー』という掛け声で始めるのが典型だ。それによって否が応でもグーを一度出すため、勝負の一手目ではグーを出す者が他の二種に比べて少ないという研究結果がある。つまり、最初はチョキを出すことが勝敗の期待値が一番高い。
……いや、こんな論理を脳内で展開をするのはTPOに適していない。何より友人っぽくない。
友人である白川とジャンケンをするだけだ。特になにも考える必要はない。衝動的に手を決めるのが正しいのだろう。
オレが出した手はパー。
白川が出した手はグー。
オレは勝利を掴んだ。少し残念そうな白川はオレに何を飲むのか聞いてきたため、コーヒー牛乳を注文した。白川はプレーンな牛乳を選んだようだ。
冷えた瓶を貰ったオレは白川と同時にふたを開け、口を付けて傾ける。人のポイントで飲む牛乳はとても旨かった。
そしてオレは確信する。やはりオレと白川は間違いなく友人といえると。堀北にも異論は言わせない。
◆
高度育成高等学校は学校という名目上では当てはまらないほど広大な敷地を有している。
入学してからは卒業するまで敷地の外に足を踏み入れることも外にいる者と連絡を取ることも許されていない。しかし衣食住を全て満たすべく、生徒の要望に沿うものをほぼ全て賄うためにも一つの町がオレ達の平日と休日を支えている。
休日ともなれば、週によって過ごし方はバラエティーに富むものではあるが、平日の登校から登下校までのルーティンはオレ個人のものに限らず他の生徒とも比べてもさほど差はない。授業は教室の個々の机、理科などは特別教室、体育は体育館やグラウンド、そして昼食は食堂やコンビニ、弁当を持参している者は教室や校舎内のどこかで摂る。
それだけ限られた空間で過ごしていれば、たとえ他クラスの生徒であれど、どこかですれ違う、見かけることは珍しくもないのだ。
中間試験に関する詳細が茶柱からクラス全体に通達されて間もない日、オレは隣の席の住人である堀北に昼食を誘われていた。
異性に食事を誘われるというのはどの年齢層であっても有意義なイベントになりそうではあるのだが、今回の場合については断言できる。怪しい。怪しすぎる。
オマケに昼食を誘ってくるだけではなく、奢ってもくれると言っている。どのメニューを頼んでもいいらしい。
堀北鈴音という女子生徒の性格を考慮すれば相手が一方的にオイシイ思いをするオハナシを持ち込むわけなどない。餌を与えるだけの悪魔などいない。最悪なケースとして五臓六腑を抉り取られることまで覚悟したオレは、最後の食事として普段頼むことのないちょっと贅沢な定食を注文させていただこう。まあ、勉強会に協力しろとかを要求してくるのだろうが。
列に並んで順番が回ってくるのを待っているオレは何気なく食堂を見渡した。
いつもと変わらす大繁盛を伺える。豊富なメニューと手ごろな価格は弁当を早朝から用意する手間を省かせ、加えて睡眠時間を延長させてくれる。
まあ、自炊した弁当の方が安価ではあるのだが、それを下回る価格のメニューである山菜定食もここにはある。こうして席を見渡すと、結構山菜定食を注文している生徒が少なからずいることがわかる。不機嫌顔を隠さずに食べているのを見ると、ポイントの節約を心掛けてしまう。オレ達Dクラスは他人事ではないから、肝に銘じておこう。
人の波の中に見知った顔を発見した。白川だ。
白川もオレと同じく女子生徒と二人で列に並んでいる。今は最前列におり、もうすぐ注文したものが手に入るところだ。
恋人だろうか? 堀北のように仏頂面をデフォルトにしてることもなく、笑顔で白川とお喋りしている。実に微笑ましい光景ではないか。白川は良いやつだからな、彼女の一人や二人いてもおかしくない。二人いたら良いヤツではなくなるが。
定食を受け取った白川達は、列の先頭から席へと向かっていく。白川が片手に定食が並べられたトレーを一つずつ、両手で二人分運んでいるのは不思議に思ったが、隣に歩く女子生徒を見たら合点がいった。背が高い白川と並ぶと小柄なのが際立ってしまうその少女は、怪我でもしているのだろうか、杖をつきながら歩いていた。歩き方を見ると、杖の扱いにも慣れていることが推察されるが、手にモノを持って歩くのは難しいのだろう。嫌な顔せず手間とも思わず運んでくれる白川と並ぶ彼女は嬉しそうに歩いている。
「何をニヤニヤしながら見ているのかしら、控えめに言って気持ち悪いわよ」
白川の善行に笑みを浮かべてしまったのだろうか。しかしその堀北の感想は忌避感を覚えてしまう。
「ニヤニヤなんてしていない。ただ他クラスの友人を見つけただけだ」
「あなたに他クラスの友人なんているわけがないでしょう? 同じクラスの中にも友人なんていないのに」
解せない。同じ人間とは思えない指摘を受けたオレの眉間に皺が寄ってしまうのは仕方がないことだ。
「オレにも友人ぐらいはいるさ」
「それは綾小路君だけがそう思っていて、向こうからしたらあなたのことなんて何とも思っていないんじゃないのかしら」
「そんなことはない」
白川、ここにきてこの女に何とか言ってくれないだろうか。……いやまさか堀北の言う通り俺だけが勘違いしているんじゃないよな?
白川の方を見ると、5,6人で席について談笑しながら昼食をしている姿が見えた。恋人と二人で来ているというのはオレの勘違いらしい。白川と共にいた少女だけに限らず、他の女子生徒とも話に花を咲かせている。ただ白川が食べたいメニューとあの少女が食べたいメニューが同じカウンターで受け取れるというだけだったから、ついでに白川が運んであげていただけということらしい。
……いやまさかオレ達が友人であるというのも勘違いじゃないよな?
後書きで何を書こうとしたのか忘れました。