実力のある彼を   作:祈島

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櫛田桔梗の接近

 

 

 

 

 

 私の名前は櫛田桔梗。

 

 学園中の生徒全員と友達になることを目標としている1-Dの女子生徒だ。

 幼いころから色んな人と交友を深めることが大好きで、高度育成高等学校に入学してからも新しい友達が沢山できた。Dクラスは4月一杯でクラスポイントが全部無くなってしまうという非常事態になっちゃったけど、皆が力を合わせれば他のクラスにも対抗できると私は信じている。そのためにも、まだまだ仲良くなれていないクラスメイトとも友達にならないとねっ!

 

 というのは全くの嘘である。実際の私は承認欲求に溢れた女の子。中学の時には上辺では今と同じくクラスの皆と仲良くして笑顔を毎日振りまいてはいたが、陰では皆を見下し、嘲笑し続けていた。みんなに信用され、私だけに秘密や相談事を持ち掛けてくるのにはとてつもない快感と優越感を得てはいたが、頼りにされて愚痴を聞かされてばかりではストレスも溜まってしまう。そこで私は匿名のブログで悪口を書き連ね続けることでストレスを発散していたのだ。そこまでは良かったんだけど、ブログの存在をクラスメイトにバレてしまい、逆上されてしまった。暴言暴力を向けられた私は愛想が尽きてしまい、ブログにも書いていない皆の真実、誰が誰を嫌っているのかみたいな、意識を私以外に向けられるようにありとあらゆることをぶちまけた。

 結果、クラスの皆は取っ組み合いや口論が激化して、教師たちにも収拾のつかない阿鼻叫喚へと発展した。あれは見ものだったなあ……。

 仲睦まじいクラスを一日で崩壊させてしまった女の子。それが本当の私。

 ……勿論こんなことは誰にも言えない。言えば今仲がいい子ほど私から遠ざかり、学校に居場所は無くなってしまうだろう。クラスのバカな男子たちの私の主にカラダを見るイヤラシイ視線はいつになっても不愉快極まりないけど、クラスのアイドル的なポジションを守るためには我慢するしかない。

 

 

 

 

 

「やっぱりクラスポイントが低いままだと、休日もまともに遊べないよね」

 

「そうだよねー。来月はポイントが増えていてくれればいいんだけど」

 

 クラスで仲の良い心ちゃんやみーちゃんがそう言って不満を露わにした。

 今は休日の夕方。一緒にケヤキモールで遊んだ帰り道。寮までそんなに距離がないところを歩いている。

 普段の授業態度や学校内外での態度で毎月配布されるポイントが減らされることなんて知らなかったから、高校生になって浮かれたクラスの皆は好き勝手やったせいでクラスポイントがなくなり、5月に配布されたプライベートポイントはゼロ。クラスの皆が節約を余儀なくされている。

 

「皆で頑張ればきっとクラスポイントも他クラスに負けないくらい上がるって!」

 

 私はそう言って二人を元気づけようとする。

 本心では正直DクラスがCクラス以上に上がるのは難しいと思っている。実力で入学時にクラス分けされた結果、出来損ないと決められて集められたのが私たちDクラスの皆だ。勉強会も何とか形になるよう私が力を貸したけど、どれだけ非常事態になっていたかもわかっていなくて好き勝手単独行動する馬鹿ばかり。何とか過去問をポイントを犠牲にすることで先輩から手に入れ、結果的に退学者を一人も出さずに済んだけど、この調子ではいくら何でもDクラスに希望はない。

 プライベートポイントが少ないのは、一人の女子高校生として私も辛いところがある。せっかくの休日にも思う存分楽しむことができずに、何か嗜好品を買おうと思っても今後のことを考えて一度ブレーキをかけてしまう。

 他のクラスの子達は好き勝手ポイントが使えてとても羨ましい。

 

「いいなぁ、ほかのクラスは。ポイントが沢山あって」

 

 みーちゃんも同時に同じことを思っていたらしい。心ちゃんも表情がどこか曇っている。

 この学校では無料で販売しているものが沢山あって、ポイントが無くても何とかなるようにはなっている。でもモノの質にはどこか不満があるし、何より無料コーナーに通うのは惨めな気持ちになってしまう。

 特にAクラスは5月になった時も殆どクラスポイントが減っていなかった。定期的に贅沢しても問題はないほどの―――

 

「!」

 

 そんなことを考えていたら、一人の生徒が視界に入った。その人物は帰り道沿いのコンビニの中にいた。

 思わず表情を変えてしまいそうになるが、ぐっと堪えて二人に気づかれないようにする。

 そして私は違和感なく二人に一言告げた。

 

「私ちょっとコンビニに寄ってから寮に帰るねっ!」

 

「あ、そうなんだ。じゃあここでお開きだね」

 

「じゃあね桔梗ちゃん、また明日!」

 

 笑顔で挨拶して、二人は私を置いて寮に帰っていった。

 ……良かった。二人のどちらか一人でも付いてくることが無くて。パッと思いついた作戦がその時点で終わってしまうところだった。

 

 そして私は一人でコンビニへと入っていく。やる気のない店員の声と適度に調整された空調が出迎えてくれた。

 雑誌コーナー、お菓子コーナー、お弁当コーナー、飲料コーナー。コンビニの中を一通り眺めながら、お目当ての人物の傍に不審に思われないためにも直視することを避けながら近づいていく。

 

 180センチに届く背丈。黒髪のショートヘアに優しそうな印象を受ける整った顔立ち。

 白川悠里くん。

 Aクラスに所属している、結構有名な男子生徒だ。

 女子高校生というのは茶目っ気溢れる生き物であり、入学直後に目ぼしい男子生徒を挙げ合い、ランキングの形を用いて様々なジャンルで評価していった。

 その中で様々なランキングの上位に名を轟かせたのが白川君だ。勿論、良い内容のものでだ。しかし今のところ、彼についての恋愛関係の浮ついた話は聞かない。

 

 Aクラスについて、興味深い話を聞いた。

 現在学年で一番優秀なAクラスは、その中でも特に優秀な坂柳さんと葛城くんの二人が各々の派閥を作り、クラスの生徒のほぼ全員がそのどちらかの派閥に入っていて内戦状態にあるらしい。一つのテストを乗り越えるために手と手を取り合うDクラスとは同じ学校とは思えないほど問題点のレベルが違っている。

 そしてどちらの派閥にも入っていない生徒の一人が、白川君だ。

 坂柳さんと葛城くんの両名は彼と親しくしており、そして彼が自分の派閥に加わってくれるよう、日々勧誘を続けていると聞いた。

 

 この事実を利用しない手はない。

 白川くんを二人が狙っているということは、それだけ彼が優秀な人材であるということを裏付けており、彼を手に入れた派閥はAクラスを統べることに限りなく近づく。つまり、彼に近づくことはAクラスの有望な派閥に近づくことに同義であると言える。

 

 一日でも早く私の目的を達成させるためには、一人でも多くの有能な生徒に近づくことが必要だ。

 私の目的、私が中学三年生の時にしたことを知っている堀北鈴音を退学させるためには他クラスの動きを知る必要がある。この学校は特殊だ。学校のルールも外の学校とは全く違う。たった一回赤点を取るだけで退学になってしまうのがその一例だ。

 なら、堀北鈴音を退学にさせるためにはまずはこの学校のことを知らなければならない。私は成績は優秀な方だ。でも一番なのかと聞かれたら残念なことにそうではないと断言できる。

 だからこそ、私は人との繋がりを増やし、人を利用する。

 白川君には()の内の一人になってもらおう。

 

「…………」

 

 白川くんは一人コンビニの商品棚を見つめている。

 彼がいるのはスイーツコーナーの前。甘いものが好きなのだろうか? 人の好き嫌いは知っておけば他の人との関わり合いで役立つときが来ることがあるので、忘れないようにしておこう。

 どうやらどのスイーツを買おうか迷っているらしい。陳列された色とりどりのスイーツはどれもおいしそうだ。コンビニスイーツは時に侮れないほどレベルが高いものが突然出てきたりする。

 

 そして白川くんは取捨選択を終えたらしく、一つの商品に手を伸ばした。たしか期間限定で販売されているロールケーキで、人気も高く売り切れることが多く、彼が手を伸ばしたものは最後の一つだったのだ。

 私はそれを逃すことなく、素早く、しかし不自然さのないように私も同じものに手を伸ばした。

 狙い通り、私の手と彼の手がぶつかる。

 

「「あ」」

 

 白川くんと私は同時に声を出し、手を引っ込める。

 私の存在に気付いた彼はこちらに体を向けた。こうして傍によると彼の背が高いことを再認識することになり、私は自然と見上げることになってしまう。

 

「ご、ごめんねっ! 手をぶつけちゃって」

 

「いやこっちもすまん」

 

 演技と悟られないように必至に謝る。白川くんは申し訳なさそうな顔をした。無表情な印象があったが、思いのほか表情が豊かなのかもしれない。

 私は上目遣いで白川くんの顔を覗き込む。

 

「あれ、もしかしてAクラスの白川くんかな?」

 

「そうだけど、どっかであったことあるっけ」

 

「ううん、白川くんって有名だから一方的に知っているだけだよ」

 

「そうなんだ、なんか照れるな」

 

 ハハ、と白川君は人懐っこい笑みを浮かべた。彼は背は高いが圧迫感はなく、距離感を縮めやすく感じる。何でもこなす孤高の王子様キャラというよりは親しみを持ちやすいお兄さんキャラとでもいうのだろうか。

 

「私、1-Dの櫛田桔梗っていうんだ。よろしくね!」

 

「ん、よろしく」

 

 そんなに悪いファーストコンタクトじゃないとは思う。初めから無理に詰め寄って、却って鬱陶しく思われるのは避けたいが、この場の会話だけで終わらせるのも御免だ。

 

 

「あ、ごめんね。白川くんがこれを買おうとしてたのに、横から手を出しちゃって」

 

 元々私はこのデザートが欲しいわけではない。……いや、このロールケーキは美味しいとクラスの子に聞いたことがあって気にはなっていたけど、今回はそんなこと言っていられない。食べたくはあるけど、それ以上に優先すべきは彼との繋がりだ。

 

「いいよこれくらい。オレ他のものにするから」

 

「ううん! 私こそなんでもよかったから!」

 

 引き下がるわけにはいかない私は、同じ商品棚に並べられたモンブランを手に取った。

 他の商品に決めてしまえば彼も引き下がってくれるだろう。

 

「だから私はこれにしようかなー」

 

「……そっか」

 

 白川くんは当初の通りロールケーキを手にする。

 

「じゃあ、オレがそれも買うよ。譲ってもらったお礼に」

 

 そして私が持つモンブランを取り上げてレジへと向かった。あまりにも滑らかな動きだったため、気づくのが一歩遅れてしまった。

 あれ、こんなはずじゃなかったのに……。

 

「え? だ、だめだよそんなの。わるいって」

 

「いいっていいって、気にしないで」

 

 両手に一つずつスイーツを持つ白川くんは、私が止めようとしても構わずレジに向かってしまう。並んでいる人もいなかったから、コンビニの店員は間を空けずに流れ作業で会計を進めてしまっていた。

 

「袋は別でお願いします」

 

 白川くんが指示をした通りに、モンブランとロールケーキはそれぞれ別の袋にスプーンと一緒に入れられた。

 ……彼が女子に人気である本当の理由が分かったかもしれない。

 私がDクラスの生徒だからポイントに苦労しているのを不憫に思って奢ってくれているという感じではなく、多分誰であっても同じように事を運んでいるのだろう。

 店員には私たちが恋人同士にでも見えているのだろうか。白川くんとそういう風に認識されるのは悪い気はしないが、もし誰か知り合いにこの場を目撃されてしまえば今後面倒なことになりかねない。

 高校生はちょっとした噂を火種にしていつの間にか大火事を起こしてしまうお年頃の生き物だ。人気のある白川くんが絡んでいると思わぬところに敵が出来るかもしれない。

 

 ……かといってここまでしてもらっては断ることもできない。

 支払いを済ませて店員から袋を二つ受け取った白川くんは、そのままコンビニの出入り口に向かう。申し訳なさそうな顔をしながら私は彼に続いていくと、袋の片方を渡してくれた。交換するかのように私は彼に感謝の言葉を述べる。

 

 外に出た時にはもう日が殆ど沈んでいた。白川くんも今日はもう用事もないらしく、寮への帰路に就く。私もこの後は寄り道するつもりはない。そもそも帰るつもりだったところで白川くんを見つけて今に至るのだから、他に用事があるわけはない。この学校は不思議なことに男女同じ寮に住まわせているから自然と同じ道を歩くことになる。

 寮までの道のりでは白川くんとのお喋りを楽しんでいるように見せつつも、少しでも彼やAクラスの情報を集めようと所々で問いを投げかけた。新しい使える情報は残念なことに手に入らなかったが、話してみてわかったことがある。彼は女の子慣れしているとは少し違う。老若男女を問わずに一定の敬意を持ち、適切な距離感を保つことで人を惹きつける気質だ。いや、女の子慣れはしているのかもしれない。いつも鼻の下を伸ばして女子とのお近づきを狙っているDクラスの3馬鹿とは大違いにもほどがある。彼らには白川くんをどうか見習ってほしい。

 

「じゃあね櫛田さん、また今度」

 

 寮は女子が上の階に住んでいるため、白川君がエレベーターから出ていくのを私が見届けることでお別れになる。

 小さく手を振ってから去っていく彼の背に向かって、ドアが閉まるまで私も手を振った。

 

「あ、うん。ホントありがとうねっ白川君。また今度お礼させてねっ!」

 

 計画とズレてしまったのを少し反省する。でも結果的に白川くんと知り合いになれたのは大きな事だろう。コンビニで奢ってもらったことはお礼という形で次に彼に近づくときに役立つことになる。

 今日のところは買ってもらったモンブランを美味しくいただくとしよう。

 

「…………あれっ?」

 

 自分の部屋に入って袋の中を覗いて初めて気が付いた。

 私が白川くんから受け取ったコンビニの袋の中に入っているのは、私が後から選んだモンブランではなく、白川くんが食べようとしていた、あの時最後の一個だけ残っていた大人気の期間限定のロールケーキだった。

 

「……もう」

 

 私がもう少しでも真面な女の子だったら、彼のことを好きになっていたかもしれない。ロールケーキは噂通り、とても美味しかった。

 

 あ、白川くんに連絡先を聞くの、忘れてた……。

 

 

 

 

 




白川(やっべ、袋間違えた)



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