けものフレンズ 1+1(わん・ぷらす・わん) 作:CarasOhmi
「すごい勢いで追ってくるよーっ!!」
アルマーさんが叫ぶ。巨大な目の怪物は、三本の足をガシャガシャと動かしながら、少しずつ、ぼくたちに迫って来る。それは、セルリアンの方がぼくたちを乗せたバスより、僅かに速いということ。このままでは、いずれ追いつかれるだろう。
「もっとスピード出せないんですか!?」
センちゃんは運転席に向かって叫ぶ。ぼくもかばんさんに視線を移した。かばんさんは首を右のほうに向けている。サイドミラーでセルリアンを確認してるんだろうか。
「!!」
「かばんさん!!前!!前!!」
アルマーさんとセンちゃんがフロントガラスを指さして叫んだ。バスの前方には、ぼくの身長ほどもある大きな岩が猛スピードで迫っていた。あんなのに当たったら、このバスは――
「危なっ……!!」
「捕まって!!」
ぼくが叫ぶのと、かばんさんの指示はほぼ同時だった。ぼく達三人は、かばんさんの大きな声にビクリと飛び跳ねるように、バスの手すりや背もたれにしがみついた。
次の瞬間、体が左に引っぱられたかと思うと、それを反動にするようにバスの車体は右に大きく傾いた。ほんの一瞬、窓から青空が覗く。やがて、浮かび上がった車体の左側は、重力に引き寄せられて再び沈んでいき、どんっと四つのタイヤを地面につけて、再び水平に道を走り出す。車体が地面に叩きつけられた衝撃で、僕たちはひっくり返っていたが、這うように座席を掴み、バスの後方を見た。
バスを追うのに夢中で、突然現れた岩に気づかなかったんだろう。三本足の怪物は、丸みを帯びた大岩に足を滑らせて、バランスを崩し巨体を地面に打ち付けた。どしんっ、と大地を震わせる大音。地面からの反動で、僕達の乗ったバスはほんの僅かに浮かび上がった。
怪物はドリルのような足を、地面に突き刺して立ち上がる。しかし、全速力で走るバスは、セルリアンを置き去りにして、前へ前へと進んでいく。
「やった!!どんどん引き離してくよ!!」
アルマーさんは、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。再び立ち上がった怪物は、大きな瞳をぎょろりとこちらに向け、さっきよりも前のめりの姿勢で、ガシャガシャと足を動かし始めた。
「……ダメージはないみたいだから、多分まだまだまだ追ってくるよ」
帽子を直しながら、かばんさんは言い切った。
「ジャパリバスより、あのセルリアンの移動速度の方が速いからね。このぐらいの距離だと、また追いつかれるよ」
かばんさんの右手に巻かれた腕時計のようなものが、緑色に点滅しながら無表情な声を出した。――さっき「注意」って叫んでたのは、この機械だったんだ。意外な声の主に驚いたぼくだったけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。セルリアンは、またしても徐々に距離を詰め始めてる。
「それでは、遅かれ早かれ、私たちはあのセルリアンに……」
先のことを想像して顔を青くするセンちゃん。大地を震わせながら着々と迫り来る脅威を前に、ぼくとアルマーさんも口を閉ざし、ただただ俯くばかりだった。
「フレンズへの協力要請完了、所定の合流ポイントへのルート案内を表示します」
「お願い、ラッキーさん」
かばんさんと腕時計が言葉を交わした直後、バスの前面に取り付けられた液晶に、地図のような絵と、道をなぞる青いラインが表示された。これって、たしか「カーナビ」……だったっけ?だとすると、真ん中にある三角形の印が、このバスの位置かな。
「今日は運が良かったね。その子のおかげで、ラッキービーストに助けてもらえそうだよ」
かばんさんの言葉を受けて、アルマーさんとセンちゃんが顔を見合わせた。ぼくのおかげ?……全く心当たりがない。それに「ラッキービースト」って?
「あんなに大きなセルリアンと戦えるほど、強いラッキーさんが居るんですか?」
センちゃんの質問に、かばんさんは体を前に向けたまま、軽く首を横に振った。
「いいや。けど、ラッキービーストはヒトの緊急事態においては、フレンズとお話ししてもいいことになってるんだよ」
「特定特殊生物から来園者を保護するのも、ボクたちの仕事のひとつだからね」
腕時計の返答に、「へー」と答えるアルマーさん。あの腕時計――ラッキーさんと呼ばれていた――は普段はフレンズたちとはお話しできないのかな?それと、センちゃん達の話を聞く分に、腕時計以外の形をした「ラッキーさん」も居るってことなのかも。
「……ついさっき、頼もしい助っ人と連絡がついたんだ。もう少しの辛抱だよ」
バックミラー越しにセルリアンをちらりと見て、かばんさんは右にハンドルを切った。左手には水平線、ぼく達を乗せたバスは、海岸線に沿って、坂を登り始めた。そして、セルリアンもぼくたちを追い、木々の枝を巻き込みへし折りながら、右に進路を変えた。
しばらくバスを走らせて、セルリアンから隠れるように入り込んだ林の出口。左手には、作り物の飛行機のアトラクションや、メリーゴーランド、ピラミッドみたいな建物が並んでいる。どれもボロボロで、サビや日焼けで色褪せてる。きっと、昔の遊園地か何かだろう。
――そして、停車したバスの進路の数十メートル先、そこには道は続いていなかった。……というよりも、「地面が」ないように見える。
「断崖……絶壁……?」
ぼくは呆然とするばかりだったが、センちゃんは何かを閃いたように、運転席の方に乗り出した。
「わかりました!!バスは一旦ここに置いて、鳥のフレンズの助けを借りて逃げる作戦ですね!!」
「おー!!センちゃん冴えてるーっ!!」
へえ、空を飛べるフレンズもいるんだ。そういえば、かばんさんたちと待ち合わせしてた場所で、灰色の影がバスから飛び立っていった気がする。あれは見間違いじゃ無かったんだ。二人の話を聞いて、ぼくは感心していたけど、かばんさんはそれには一言も答えない。ただ、じっとバックミラーを見つめている。
「……でも、待ち合わせって本当にここなの?誰の気配も感じないけど……」
不安そうにするアルマーさん。ぼくはみんなほど鼻や耳はよくないけど、それでもあたりに人の気配は感じられない。むしろ、待ち合わせをしてるなら、その子の方がバスより先にここに来てないと、逃げるのに手間取っちゃうんじゃ……?
「ねえ、早くしないとアイツが……」
アルマーさんが声をかけた瞬間、後ろの林の木々が大きな音を立てて薙ぎ倒された。そして、木々の葉の隙間から大きな目が覗き、林の中に身を潜めたバスに気づいたように、ギョロリとこちらに視線を合わせた。
とうとう、セルリアンに見つかった――!!
「かばんさん!!セルリアンが、もうすぐそこまで……」
「三人とも」
かばんさんは、ハンドルを握ったまま、センちゃんの言葉を遮るように口を開いた。いつの間にか、かばんさんの視線はバックミラーからフロントガラスに、前方の崖に移っていた。
「時間がないから詳しい説明は省くけど、今からみんなでこの崖を飛んで逃げるよ」
「だから、待ち合わせの鳥のフレンズは――」
センちゃんとアルマーさんは、何かに気がついたように、言葉を飲み込んだ。ぼくも、ぼくの思い違いでなければ、ものすごくイヤな予感がする。
「ま、まさか……」
「センちゃん、アルマーさん、手すりを掴んで、その子をしっかり離さないようにしててね」
かばんさんは、躊躇なくアクセルを踏み込んだ。ぼくたちの背中はバスのシートに磔になった。ぼくの両側のセンちゃんとアルマーさんは、顔を引きつらせながら、片手で慌てて手すりを掴み、もう片方の腕でぼくにしがみように、お互いの手を繋いだ。
急発進したバスを追い、後ろのセルリアンが木々を押しのけ、こちらに進んでくる。……けど、今のぼくはそれすらもどうでもよく感じてしまう。ぼくの感じたイヤな予感は、どうやら的中してしまったようだ。ぼくは、センちゃんは、アルマーさんは、ただただ声にならない叫びを上げた。
瞬間、左右の窓から林が消え、それと入れ替わるように、どこまでも続く水平線と、青空が現れた。椅子から浮かび上がりそうになる体を、シートを掴んで必死にこらえる。ぼくたちの頭の中は、すっかりセルリアンのことを忘れ去って、真っ白になっていた。
バスは、空に向けて崖から飛び立った――。