けものフレンズ 1+1(わん・ぷらす・わん)   作:CarasOhmi

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わん・あわー・れいたー⑥

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 お尻から座席の感触が消えた。後部座席に置かれた白いカバンからは、フルーツがふわーっと浮かび上がる。足の裏は踏ん張りが効かず、力を入れるとそのまま浮かび上がってしまいそう。

 

 ――ああ、今、ぼく達は落ちているんだ。

 何もかもが、ゆっくりで、現実感の湧かない世界。でも、あと数秒でぼく達は水面に叩きつけられる。そして、このバスごと海の中に沈んで行っちゃうんだ。もうお家には帰れないんだ。

 何かが弾け飛ぶような音とともに、高い水柱が上がり、バスの車体を包み込んだ。ぼくは、しがみつくセンちゃんとアルマーさんの腕を握りながら、ギュッと目を閉じた。

 

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 ――衝撃が来ない。舞い上がった海水は、再び重力に捕まって、激しい雨のように天井に降り注いだ。

 生きてる。ぼくは恐る恐る目を開けた。ふるふると震える二人の腕。運転席ではかばんさんが、力が抜けたように、背もたれに頭を預けていた。

「もう大丈夫だよ、三人とも」

 ふたりもビクビクしながら目を開いた。あたりを見渡してみると、右には水平線、左には砂浜が広がる。少し遠くには魚のようなオブジェを載せた高い建物が見えた。

 ぼく達は海の上にいた。バスはそこから沈む気配もなく、水面に……ではなく、水面から数十センチほど空中に浮いている。それでいて、バスの車体は波に乗せられているように、軽く上下に揺れ動いていた。ぼく達三人は、お互いにしがみつく手を緩めて、不思議そうに窓の外の景色を眺めていた。

 ――その時、ぼしゃん、ぼしゃんと、重い物を投げ込んだような水の音とともに、後ろで何本もの水柱が上がった。ぼくたち三人は恐る恐るバスの後ろから崖の上を見た。

 バスの飛び立った地点のすぐ近く、セルリアンは一本の足を崖の側面に突き刺して、その本体を崖にぶら下げていた。ぼくたちを追いかけようとして崖から足を滑らせたんだろう。どうにか崖の上に戻ろうと、残り二本の足を崖に打ち付けて、必死にもがいていた。

 けれど、体に比べて細長いその足の力では、残り二本の足を岩の壁に深く突き刺すことも、巨大な体を支えきることもできそうになかった。セルリアンは、崖に足を突き刺そうとするたび、その足で崖を掘り崩し、岩を波打ち際へと落とすばかりだった。

 やがて、崖に突き刺した残り一本の足も、その体重を支えきれなくなり、するりと岩の壁から抜け落ちた。セルリアンは、助走をつけて崖から飛びたったぼくたちのバスとは対照的に、そのまま真下へと落ちていった。そしてその体は、海面から顔を出した岩礁に、勢いよく打ち付けられた。岩の砕ける大きな音に合わせて、セルリアンは虹色の光を撒き散らしながら、小さな箱のような破片となり、弾け飛んだ。その衝撃は、セルリアンの打ち付けられた海面に大きな水柱を一つ上げて、やがて飛び散ったその破片は、周囲にポツポツと小さな水柱を散らしていった。

 

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「このバスって……水の上も走れたんですか?」

 危機がさって一息ついたセンちゃんは、かばんさんに問いかけた。

「……いや、これは」

 かばんさんは、運転席からこちらを振り向いて、その問いかけに答えようとした。

「ボ、ボクだよ!!ボクがやってるんだ!!」

 かばんさんの声に割り込むように、バスの外から声が聞こえた。窓の外を見ても誰もいない。そこには、ただただ広い海が広がっているだけだ。もしかして、さっきのセルリアンのお化け?ぼく達三人は、その光景の不気味さに、ひぃっと声を上げて、再びお互いしがみついて震えるばかりだった。

「ボクはお化けじゃないよ!!フレンズだよ!!」

 謎の声は不機嫌そうに声を上げた。かばんさんは、肘と顔を窓から出して、謎の声に話しかけた。

「ごめんね、ここからじゃみんな君のことが見えないんだ」

 なだめるように声をかけたかばんさんは、バスの下の方に向いている。もしかして謎の声は……バスの下から聞こえてるのかな?

「……『ご褒美』も渡すから陸まで連れてってくれる?」

 かばんさんの「ご褒美」という言葉が効いたのか、そのままバスは砂浜に向き直って、海を進み始めた。

 

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 砂浜へと降りたぼくたちの前に立っていたのは、大きなヒレのような尻尾を持つ、目元を髪で隠した黒ずくめの女の子だった。頭のてっぺんには黒くて大きな背びれを生やし、髪には白いつり目のような模様が見える。表情が見えないので、ちょっぴり怖い。

「この子はシャチさん、海に住んでるフレンズで、さっき私たちを助けてくれた子だよ」

 シャチさんの横に立ってぼくたちに紹介するかばんさん。シャチさんはその陰に隠れるように立ち、かばんさんの腕をぐいぐいと引っ張っている。

「あっ、『ご褒美』だったね。……はい」

 かばんさんは白いカバンからリンゴを一つ取り出して渡した。目元は隠れているけど、口元で嬉しそうな表情が伝わってくる。

「他にもいろんな果物があるから、お礼に好きなだけ持っていっていいよ。食べきれなかったら、お友達と分けてね」

 シャチさんは楽しそうにカバンを漁り始めた。そんなに怖い子じゃないのかも。

「へー、君がバスを持ってここまで泳いでくれたのかー……」

 アルマーさんは感心したようにシャチさんを眺めていた。そういえば、この子って一人でバスを持って泳いで、岸までやってきたんだよね。すごいなぁ……。

「シャチはマイルカ科最大の動物で、海洋最強の動物だよ。体重は最大で10トンに達する個体もいるとされているね。集団で狩りをする、とても賢い生き物だよ」

「へへー、すごいでしょー!!」

 ラッキーさんの解説に合わせて自慢げにしているシャチさん。そういえば、かばんさんも「頼もしい助っ人」って言ってたっけ。

「ラッキーさんを通して、この子に連絡したんだ。バスの落ちる場所に先回りして、思い切り大きな水柱を立てもらってね、落下速度が落ちたところを空中でキャッチして持ち上げてもらったんだ」

「えへへー、『ちーむぷれい』だよ」

 ……説明を聞いても、ちょっと想像できない。水柱でバスって持ち上がるものなのかなぁ……。ぼくは、バスの側面を軽く手で押してみたけど、ビクともしなかった。……フレンズってすごいなぁ。

 

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「それじゃ、助けてくれてありがとね、シャチさん」

 カバンさんはバスの運転席で、シャチさんに挨拶をした。

「ううん、ボクの方こそ楽しかったし、いっぱいフルーツもらえてうれしいよ。これからアシカやイルカを呼んで、一緒に食べるんだ!!」

 両手いっぱいにフルーツを抱えて、シャチさんは上機嫌だ。かばんさんは、シャチさんににっこりと笑顔を向けて、ゆっくりとアクセルを踏んだ。少しずつ遠ざかっていくシャチさん。

「困ったらまた呼んでねーっ!!」

 ぼくとセンちゃんとアルマーさんは、その姿が見えなくなるまで、後ろの窓でずっと手を振っていた。

 

「……思わぬ大冒険になってしまいましたね」

「いやー、もう駄目かと思ったよー」

 二人はため息をつきながら椅子に体重を預けた。

「ごめんね、みんな。いつセルリアンがくるかわからなかったし、ゆっくり説明する時間がなくて……」

 かばんさんは申し訳なさそうに言った。……でも、あんな恐ろしい怪物がいたら、いつまたぼくらが危険な目にあうかわからないし、結果を見ると、これが一番良かったんだと思う。

 それにしても、あの場ですぐに作戦を立ててシャチさんに伝えたり、迷わず崖に向かってアクセルを踏み込んだり、かばんさんって頭が良くて、思い切りがいい人なんだなぁ。他のフレンズたちからもきっと頼りにされる人なんだろうな。ぼくも、大人になったらこんな人になれるのかな……?

 

「……でも、かばんさんの運転はもうこりごりかなー」

「一言多いですよ、アルマーさん」

 バスの中に笑い声が響く。西に傾いた太陽は、海の中に立つ大きな建物の影を、バスの走る砂浜に向けて徐々に伸ばしていった。

 

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「というわけで、センちゃん達はヒトを見つけたから、バスでこっちに向かうってー」

 カワラバトさんは、私にメッセージを伝えると、そそくさと帰り支度を始めた。すぐに住処に帰りたくなるのはハト科のフレンズの本能らしい。

「……伝言ありがとうございます、カワラバトさん」

「ほえー、いいよいいよー。それじゃ、またねー」

 カワラバトさんは、私に向かってひらひらと手を振って見せると、そのまま飛び立っていった。

 後には私一人だけが残された。たくさん並ぶ家、誰一人済む者のいない、静かな町。世界中から置いてけぼりにされたような、そんな空間。

 ――けどそれも今日で終わり。私は、ついにヒトにたどり着いた。

「ようやく……会えるんですね」

 空に浮かぶ月を眺める。いつも同じ顔をパークに向けて、優しい輝きを投げかける、他よりひときわ大きな星。姿を隠してしまうこともあるけれど、すぐにまた輝く姿を見せてくれる。

 ついに会えるんだ。私のことを見てくれるヒトに。私にとって居なくてはならない、大切な存在に。

 

「この日を、どれほど待っていたことか――」

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