けものフレンズ 1+1(わん・ぷらす・わん) 作:CarasOhmi
──時は、逃走劇の決着までさかのぼる。
重量に耐えきれず断崖絶壁から落下した単眼の巨大な怪物は、波打ち際の岩礁のひとつにぶつかり、ばらばらに弾け飛んだ。虹色に姿を変えた怪物の破片は、海上を走るバスを送り出すように、七色に輝きながら海面で揺れていた。
そんな鮮やかな海面の様子とは対照的に、光の届かない海底へと、まっすぐに沈んで行く影があった。先ほどまで怪物の突起に引っかかっていた物体。銀色の小箱にガラスの瞳を埋め込み、下部には伸縮する三本の足を持つ人工物。バスに乗った一行や、サバンナの狩人と対峙した、巨大なセルリアンたちと瓜二つのシルエット。
──その正体は、かつて「ビデオカメラ」と呼ばれた機械。
持ち主の思い出を多数収めていたであろうその機械は、誰に顧みられることもなく、海底の砂の上に着地した。膨大な海水によって地上と隔てられた暗黒の荒野。もはやこの機械に記録された映像は、誰からも再生されることはない。深海に住む生き物も、この輝かしい人類文明の遺産には、周囲に転がっている石ころ以上の関心は持たないことだろう。
──しかし、ただひとつだけ、その機械へと近づく影があった。闇よりもさらに暗くうごめく、「生き物」と呼ぶこともためらわれるような不気味な流体は、まるで吸い寄せられるように「カメラ」へと近づいていた。
「もうすぐ居住地区に入るよ」
かばんさんの手元──ラッキーさんの声を聞いて、ぼくは目を覚ました。セルリアンから逃げていたあの時と違って、道も平らで揺れもなかったからかな、気が付けば眠っていたみたい。ぼくが背もたれから体を起こすのとほぼ同時に、センちゃんとアルマーさんも、まぶたをこすりながら目を覚ました。
「お疲れ様。もうじき目的地に着くよ」
かばんさんは、ミラー越しにぼくらに視線を送り、ほほ笑んだ。
今日は、暗い建物を出てから、森や草原を長く歩いたり、大きなセルリアンにも追いかけられたりで、自分で思ってた以上に疲れていたみたい。すごく長い一日だったように感じる。
けど、冒険はもう終わり。僕は「おうち」に帰る。ぼくを迎えてくれる人は、もうすぐそこだ。
――いったい、ぼくはいつから、そこに帰っていなかったんだろう。ぼくは「おうち」の事を考えるたび、まるで何年も、何十年も帰ることができなかった場所に、ようやく帰れるようになった、そんな気持ちになり、自然と目に熱いものがこみあげてくる。
沈む夕日を背に、バスは林を駆け抜けていく。
もうすぐ、ぼくは――
「……なにか、聞こえませんか?」
突如、センちゃんが口を開いた。アルマーさんはセンちゃんの方を向き直った。
「やっぱり?なんか、さっきから『カシャカシャ』って音が聞こえるよね」
ふたりは、頭から生えた耳をピクリと動かして、窓の外を眺めていた。ぼくも耳を澄ませてみるが、何も聞こえない。二人とも耳がいいんだなぁ、そう感心していたその時――
「──注意!!注意!!」
かばんさんの手首、ラッキーさんが赤く光り始めた。道の両脇、木々の間や茂みの中から、紫色の影が三つ、勢いよく飛び出した。三本の細長い脚をせわしなく鳴らしながら、一つ目の小さな怪物たちが、張り付くようにバスの後方に近づいてくる。
「後方よりセルリアン複数接近!!」
昼間ぼくらを襲った巨大な怪物。それを、そのまま小さくしたようなセルリアンたち。山のような巨大さこそないけれど、目にも止まらない足の速さを手に入れた小さな怪物。それは、昼間のセルリアンとは比べ物にならないほど、急速にバスとの距離を縮めていく。
ふと、怪物の一体が後方の窓から見えなくなった。かと思うと、三本の足を延ばして、死角から勢いよく跳びあがった。セルリアンはバスの天井を悠々越え、やがて地面に着地すると、他の二体に遅れる形で、再びバスを追いかけ始めた。
――もしかして、バスの天井に乗ろうとしてる?頭上に視線を映すと、そこには丸い天窓があった。ここから入ってきてぼくらに襲い掛かろうとしているんじゃ……?
「もっと早く逃げられないのーっ!?」
アルマーさんはかばんさんに向かって叫んだ。
「無理だよ。これが最大速度だよ」
ラッキーさんはあっさりと答えた。かばんさんはハンドルを左右に切っては、天井に乗ろうとするセルリアンを上手く避ける。セルリアンは、ジャンプのためにしゃがみ込んでは、速度を落としバスとの距離を開ける。そのため、今のところ天井にセルリアンが乗ることは無い。
けど、いくら走ってもセルリアンの追跡を振り切ることができない。このままではいずれ、追いつかれてしまうかもしれない。
バスの後ろを見ると、セルリアンが再びしゃがみ込み、窓から隠れていた。ぼくらは、またジャンプが来るのかと身構えた。
――突然、バスがガクンと沈み込んだ。意表を突かれたぼくらは、とまどう暇さえもなく体制を崩し、真横に回転するバスの側面に押し付けられた。
「……っ!?タイヤをっ!!」
かばんさんの叫び声と同時に、「キキィッ!」と耳を貫くようなブレーキ音が響いた。周囲に土ぼこり舞い上げながら、バスはグルグルと回転して、林道の脇に生えた樹にぶつかり、停車した。
――さいわい、樹にぶつかったときには、ブレーキが十分利いていて、スピードも大分落ちていたために、ぼくらは大事故を起こさずに済んだ。
ひとまずの無事に、ぼくらが一息をついた、まさにその瞬間。セルリアンの細長い脚が、天井をガシャンガシャンと踏み鳴らし、やがてドリルのような先端で、天窓のガラスを突き破った。
バスを取り囲むセルリアン。かばんさんが何かを叫びながら腕を大きく振った。何を言ってるのかはわからない。けれど、ぼくたち三人は、このままここにいては危ないとすぐに理解した。ぼくらは運転席へと飛び出し、そのままバスから転がり出た。
やがて、後部車両に張り付いていたセルリアンは、バスを脱出したぼくたちの方に、ぎょろりと暗いひとつ目を向けて、じりじりと距離を詰め始めた。
アルマーさんとセンちゃんはセルリアンに向かい、身構えた。かばんさんは、ぼくを守るように腕を伸ばして、セルリアンからぼくを遮った。
「もしかして私たち…」
「絶体絶命かも…?」
センちゃんとアルマーさんは、にじり寄るセルリアンを見て、体を細かく震わせながら、不安そうにつぶやいた。