頭がとろけてしまいそうな長い労働が終わると、わたしはガスマスクの人に命令されて独房に戻った。コスモスに別れの言葉もないまま、逃げるように白い部屋を出た。こんなところ、一秒たりともいたくない。誰の顔も気にくわないので、後ろはけっして振り向かなかった。しかし目指すときよりも、帰るときの足取りの方が何倍も速いとは、我ながら都合が良いものだ。
独房に帰って最初に始めたことは鉄格子の扉を閉めることだった。そうしなければ、わたしの平穏はあり得ない。鍵を持っていたら本当は施錠もしたかった。それが不可能であるのは、所詮ここがわたしの部屋ではないからなのだ。それでもここだけがわたしの居場所だ。それをわたしは数時間前、経験的にはっきりと理解させられた。可能であるならばここから一歩も踏み出したくない。わたしはこの独房で永遠の安心と幸福と孤独を手に入れるのだ。
わたしは泣いた。コンクリートの床に踞ると、顔を手で覆って涙を隠した。身体を小さくし、そのまま誰にも視認されないぐらい小さくなりたかった。たとえば、微生物や大気中に漂う塵のひとつになりたかった。それとも世界で一番大きなゴミ箱の中にわたしが入ったら誰も気づかないでいてくれるだろうか。ああ、神様。お願いします。どうか私を捨てないでください。
不幸だ。わたしはなんて不幸なんだろう、と考えずにはいられなかった。おそらくこの世界で一番でなくても、他に例がない不幸に陥っている。あるいは救いようがないジレンマに苛まれている。きっとあのコスモスを見る限り、明日もわたしはあの白い部屋でシールを貼ることになるのだろう。理由も意味も理解することはない。労働のための労働をするのだ。そこにいかなる報酬もなく、わたしは心身ともに損失だけを被るのだ。きっとわたしはコスモスのように全てを受け流すように働くことはできないだろう。わたしの内なる反骨精神はそられを許さないはずだ。
そのあとたっぷり泣いてから気が少し変わった。相談相手が欲しくなったのだ。だから便器の蓋を三回ノックして、ゆっくりと開いた。ブルーはいつも皮肉っぽい笑顔を口元に浮かべていた。彼はなんでも知っているつもりでいるのだ。わたしの知っていることはもちろん、わたしの知らないことも。
「お帰りなさい、28番ちゃん」とブルーは言った。「はじめての労働はどうだった? 」
「最悪だった」
「それはそれは」
「もう二度とこんなことはしたくない。いかなる労働であろうと、わたしは断固拒否してやる」
「それは無理だね」
「なぜ? 」
「君は誰にも逆らえないからだ。もちろん自分の意思にも逆らえない。だから苦しむんだよ」
「お前なんて嫌いだ」
わたしは蓋を閉じた。