この日からわたしの内面に第一の変化が始まった。それは絶対の砦である独房を信じられなくなったことである。神話は信仰と共に消え去ったのだ。この精神的なショックは並々ならぬもので、わたしは鉄格子の扉から出てから孤独を極めた安眠を手離してしまった。寝ても覚めても恐ろしい。あの扉が再び開くかもしれない、と考えたら肌が粟立ってしまう。わたしの心臓は子鼠のそれと同じで、たとえ何もなかったとしても次の瞬間という不確定な未来を想像するだけで心臓が爆発してしまいそうなのだ。どかん! ……ちゅう。
わたしは二度と労働なんかしたくない。これを次の労働が始まるまで考える。そうして無為に時間が潰れ、ガスマスクの人がわたしを呼びにやって来る。次の労働が始まるのだ。わたしは彼を殺してやりたくなる。その妄想を独房の隅っこで膨らませ、ひとりで哀しく愉しんでいる。いつか本当に殺してやろうと決意し、しかしながら今日のところは黙って労働に励むことにする。大いなる計画は完璧に近い形で完成させなければならないからだ。この成功法則をブルーは信じていない。彼は何も役に立たない。たまに必要の無い助言をし、助けを求める瞬間に傍観を決める埃のような存在でもあるのだ。
二日目は一日目よりも少しはシールを貼る業務に慣れたものの、未だにコスモスとの連携はタイミングが合わず、ガスマスクの人に蹴られてしまう。これも全てコスモスの後ろの壁にある時計のせいだろう。わたしは責任は時計にあるのだと疑わない。こいつがあるせいで時間が気なって仕方ないのだ。一日目で針がどこまで進めば休憩になり、独房に帰ることができるのか知ってしまったものだから、余計にこの時計の存在意義が高まった。これを無視する手は無い。コスモスだって後頭部に目玉があったら、あるいはわたしと同じ位置で労働をしていたら、これを確かめずにはいられないはずだ。しかしこれもコスモスが力説するには、わたしの集中力が根本的な原因であるらしい。彼女の観察眼はブルーとは異なった視点でわたしの心を抉る。
彼女はこの労働をとても簡単なものだと言う。たった三つのことを守るだけなのだ。
1.ダンボールにシールを貼る。
2.単調なリズムを崩さない。
3.1と2を黙って続ける。
これを彼女はガスマスクの人を怒らせない3の原則と呼んでいる。この簡単な三つで一番困難であるものが、彼女の話に寄れば2であるらしいが、それも学習意欲さえあれば何時間の経験で身につくものであるみたいだ。そしてわたしは何も学びたくない。何もだ。