かつて人間は四つの液体で構成されていた。血液、胆汁、黒胆汁、粘液。このバランスによって人は病で倒れ、精神的な変化が生じる。これを昔の学者は四体液説と呼んだ。
この話をブルーから聞かされたとき、わたしは自分のなかに流れているものを誇りに思ったものだ。そしてそれが私の中にもあるのだと知ると、不思議と気が楽になった。肉体的に人間として成り立っていたら、とりあえずは私もこの説の輪のなかで所属していると感じられたからかもしれない。全ては四つの液体のせいであり、この独房で管理されている限り、わたしの非は非ではないからだ。この四体液説が科学的根拠に大きく欠けるものだと知るまでわたしは自分が無敵になったような気分を味わっていた。この古代の学説は現代へと姿を変えて存在し続けているらしいが、四つというシンプルな構成を壊されてしまったのでわたしは気に入らないでいる。ブルーもそうだ。彼は永遠に変わらないものを愛している。だからこの学説は彼にとっても面白くとも何ともないのだ。
しかし数論や数学は違う。たとえば速さと時間を掛けたら距離が出る。この公式は世界中のどこで使っても変わらない。砂漠の上だろうが、氷の上だろうが、月の上だろうが、そんなもの関係なくこの公式は永遠に変わらぬ形で存在し続ける。これだけが変化し続けるこの世界で唯一不変であることを貫き通す特異な学問なのだ。
いずれ生物は進化や退化をし、学問は更新され、星は爆発し、それでも1という数字は1のままである。それは誰にも変えられない。1の存在を消すことはどんな権力者や賢者にも不可能なのだ。なぜなら1を無視して2が成り立つことも、また不可能であるからだ。
「変化しないものって、なんだか化石みたいじゃない? 」
この話をコスモスにしたら、彼女はそういった。ここにブルーがいれば猛烈な批判を喰らっていただろう。彼女はそれに太刀打ちできないはずだ。いずれにせよ、わたしはどうだって構わない。
「なんで化石みたいなの? 」と私は訊ねた。
「だって時が止まっているみたいじゃない? 永遠にあるものって物悲しい感じがしない? 」
「そうかな? 」
「わたしは何だか嫌。それにもし自分が永遠に存在し続けたら多分何もしたくなくなると思うわ。無感動で、停止したロボットみたいになっちゃうかもしれない。あなたは違う? 」
わたしは考えてみた。たとえば自分が永遠にあの独房で暮らしている姿を想像した。素晴らしいことだ。そんな世界ならずっと受け入れられる。次に永遠にダンボールに青いシールを貼り続ける自分を想像し、額を手で押さえてしまいたくなった。そう考えると、答えは簡単なように思えた。
「都合による」と私は言った。「わたしにとって好きなものは永遠に存在すれば良い。嫌いなものは消えてしまえば良い」
コスモスは困ったように微笑んだ。それから小さなため息を吐き、金色の髪を一房掴んで毛先をいじりながら私を半ば閉じた横目で見た。
「怠け者」
「うるさい」とわたしは言った。