「もう少ししたら、外の世界に出て行くわ」
「どういうこと? 」とわたしは訪ねた。
「あなたとお別れするってこと」
コスモスは何でもないようにそう言うと、裸足の足元に視線を落とした。綺麗で爪もよく手入れされている足だ。この湿気が多くて埃で汚れている建物のなかでも、彼女は自分の品格を保とうともがいているつもりだったのだろう。
「ここでちゃんと働いた子は外に出られるの。わたしの先輩も外に出て行ったわ」
「誰がそれを決めてるの? 」と私は言った。
「さあ? ガスマスクの人じゃないかしら? そんなこと、どうだって構わないじゃない」
「外に出るなんて最悪だ」
「わたしは外に出たいからこそ、これまで頑張ってきたの。従順でいたのもこの目的があったからよ」
「外に出たら何をするつもり? 」
コスモスは唇を閉じ、白い天井を見つめた。照明の眩い光を左手で瞳を隠し、数秒の間身体も揺らさずに不動のままでいた。
「まず先輩のトマトさんに会いに行くわ。それからグリンピース君にも。みんなに会いに行って、好きなものを好きなだけ食べるの。紅茶も飲んでみたいわ。わたし飲んだことないけど、きっと好きだと思う。それでみんなでここでの生活のことを大昔のことみたいに話すの。楽しいひと時になるはずよね」
「そうかもね」
「きっとそうよ。そうじゃないと困るわ。あなたはここを出たらどうしたいの? 」
「ここを出る? 」とわたしは驚いた。「わたしはここに死ぬまでいるよ。出て行ったりしない」
「こんなところで一生を終えるつもり? 」
「そうだよ。わたしはここで孤独を手放さずに死ぬんだ。家畜や奴隷のように」
わたしは自分でそう言い聞かせるように呟いた。自信で溢れているみたいだった。これまであらゆる決断を揺らがせてきたが、この建物と何よりもあの愛しい独房から出たいと思ったことは一度としてないからだろう。わたしはこの世界の奴隷だが、それを否定したりしない。濁流する川の流れに逆らうなんて体力の無駄だし、逆らった先にあるものを見てみたいわけでもないのだ。
「それって生きている意味があるのかな? 」とコスモスは眉を潜め、哀しそうに言った。なぜ、人はこれを言った私に向かって、口裏を合わせたかのようにこんな表情をするのだろうか?
私はしばらく考え、頭の中でつくった文章を口から吐き出した。
「よくわからないけれど、意味がなかったら生きていけないわけじゃないと思う。とにかくわたしはカント的自由が大嫌いなんだ」