IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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遅くなりまして申し訳ありません。ヘレナやシェリーやエイダを追っかけてたらあっという間に時間が過ぎてしまって。


第9話 朧月

「というわけで、最終調整のために早速模擬戦をしよう!!」

 

 全くテンションを落とすことなく、それどころか天井知らずに上げながら叫ぶ如月社長。クラスメイトのうち数名が怯えだした。

 

「さあ、頼むよオルコット君!!」

「えぇっ!?」

 

 突然振られてうろたえるセシリア。

 

「いえ、ですがわたくしの――」

「早くしてくれたまえ、もう待てそうもないんだ! さあ! さあさあ!! さあさあさあ!!!」

「ひぃ……!?」

 

 如月社長の余りの剣幕に涙目になるセシリア。無理もない、あれは恐すぎる。目が完全に狂人のそれだ。

 

 仕方がない。今の如月社長と関わるのはかなり嫌だが……本当に嫌だが、助け船を出そう。

 

「……社長……」

「なんだね、井上君? 僕の我慢もそろそろ限界なんだ、早く朧月の勇姿を魅せてくれ!!」

「…………」

 

 如月社長の注意を引きつけながら、セシリアに目で合図を送る。幾分余裕を取り戻した彼女は頷き、申し訳なさそうに言った。

 

「如月社長。残念ですが、わたくしのブルー・ティアーズは、昨日のダメージからまだ回復しきっていませんの」

「え、そうなの? 使えないなぁ」

 

 セシリアのこめかみにビシリと血管が浮かび上がるが、如月社長は全く気にしていない。

 

「うーん、じゃあ訓練機は?」

「事前に使用申請書を提出していた生徒たちに、全て貸し出しています」

「教師権限でどうにかならない?」

「授業中や緊急時ならともかく、今はただの放課後です。申請が通るまで時間と手間がかかりますから、無理矢理取り上げると生徒から不満が出るでしょう」

 

 如月社長の問いに淀みなく答える千冬さん。実に頼もし――

 

「……しょうがない、生身相手で我慢するかなあ……」

 

 ――待て、今なんて言った。

 

 とても正気とは思えない独り言が聞こえたところで、すっ、と誰かが手を挙げる。

 

「……あの」

 

 その誰かは、一夏だった。

 

「俺、今日――訓練機の使用許可、貰ってます」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「いやさすがはブリュンヒルデの弟君だ、用意がいいね! では頼むよ織斑君!」

 

 アリーナ内に響く、如月社長の興奮しきった声。一夏の顔が一瞬嫌そうなものになるが、すぐに気を取り直して己に向き合った。

 

「……別にこのために使用申請したんじゃないんだけどな。まあ訓練にもなるだろうし、丁度良かったのは確かか。最終調整とかいうのも、ついでにやっちまおう」

「ついでじゃ困るんだよ、織斑君。僕らにとってはそちらが本題なんだ、君の訓練なんてどうでもいいんだよ」

「「…………」」

 

 ――社長。頼むから、空気を読んでくれ。

 

 怒りを鎮めるように一度深呼吸した一夏が、己に話し掛ける。

 

「ISでシンと戦うのは初めてだな。……手ぇ抜くなよ、俺も本気でいくぜ」

「……無論……」

 

 悪いが、生身だろうがISだろうが、一夏にはまだ負ける訳にはいかない。

 己の今の役目は、一夏の目標で在り続けることだ。千冬さんでも良いのだろうが、彼女は少々特別過ぎる。負けても仕方ないと、心のどこかで思ってしまうだろう。

 だから、己のような同い年の者――所謂ライバルと呼べる者の方が、一夏の相手には適任だ。

 そして己自身、更なる高みを目指す身だ。すぐ後ろを追い掛けて来る者がいれば、走りがいがある。

 

「こちらの準備は整いました。それでは、始めてください!」

 

 網田主任の声を合図に、一夏が近接ブレードを展開し、青眼に構えた。剣道でも剣術でも使われる、基本にして正道の構えだ。

 対して己は、右足を一歩引いて左半身になり、月光が取り付けられた右腕を目線の横まで持ち上げ、切っ先を一夏に向ける。

 己なりの改変は加えてあるが、古流剣術に使われる、霞の構え。

 

「――行くぜ」

「……来い……」

 

 一夏がスラスターを噴かし、一気に突撃してくる。瞬く間に接近、くん、とブレードを振り上げ、まずは唐竹の一撃。

 

「しっ!」

 

 鋭い呼気に見合った見事な一撃を、月光で受ける。

 月光はかなり頑丈に作られており、これ自体を盾のように使うことも可能だと、網田主任は言っていた。その言葉に偽りはなく、ブレードの強烈な一撃を真っ向から受けても傷一つない。

 

「はぁっ!」

「……っ」

 

 初撃を受けられた一夏は、突撃の勢いを殺さずに刃を翻し、駆け抜けるようにして胴を薙いだ。それも月光で受けるが、装甲で吸収しきれなかった僅かな衝撃が骨に響いた。

 淀みない、流れるような、力有る二連撃に幼なじみの成長を実感する。

 

 ――だが、まだ足りない。

 

(……まずは……)

 

 己の背後に回った一夏を追うべく、月輪を起動。片方だけから噴射するエネルギーが、朧月を高速で回転させる。

 再びブレードを振り上げ三撃目を打ち込もうとしていた一夏が、そのあまりの速さに目を剥いた。

 

 ガギィ!

「く……!?」

 

 刃と刃の噛み合う音。打鉄の近接ブレードと朧月の月輪が火花を散らす。

 

 このタイミングで反応し、かつ反射的に振り下ろしたブレードで初撃に劣らぬ太刀筋を描いて見せた一夏に感嘆する間もなく、驚愕した。

 

 ――出力が強過ぎる。

 

 打鉄ごとブレードを弾き返した月輪は、そのまま朧月を三回転させようやく止まった。なるほど、光を放ちつつ回転するその様は、確かに真円の満月の如くだろう。その中心にいる己はたまったものではないが。

 

「……すっげぇ衝撃。冗談だろ、推力だけでこれかよ……」

「…………」

 

 二人して戦慄する。

 この月輪、性能は申し分ないが、じゃじゃ馬過ぎる。扱い難いどころではない、下手に使えば、すぐに敵を見失うだろう。

 加えてブレードとしては、肘や手首といった関節が使えない分、攻撃がどうしても大雑把になってしまう。少々工夫が必要そうだ。

 

「せいっ!」

 

 再び一夏の突撃、今度は突きを放つ。月光でいなし、そのまま立ち止まっての打ち合いへ。

 

「おおおぉぉっ!」

「……っ!」

 

 雄叫びを挙げ、一夏が連撃を繰り出す。スラスターを併用し、推進力を上乗せした剣戟は重く、己の右腕を痺れさせる。

 

「ぜぇい!」

(……む……)

 

 片腕では抑えきれず、右腕を弾かれた。その隙を逃さず一歩踏み込む一夏に、起動した月影の銃口を向ける。

 

「…………」

 

 三連装の砲身が回転し、散弾の雨を吐き出した。想像を超える反動に照準が大きくブレたが、この距離と散弾の攻撃範囲なら関係ない。

 関係ないが――

 

「うおおぉぉぉっ!?」

 

 堪らず退がる一夏。その顔は涙目だ。

 

「ざっけんななんだそれ恐すぎるぞ!!」

「……すまん……」

 

 思わず謝ってしまった。

 ただでさえ強力な散弾を、毎秒三十発という驚異的な速度で連射するのだ。轟音と共に降り注ぐ散弾に打ち据えられ、打鉄の全身から火花があがる様は、撃ったこちらも驚くほどだった。

 

「それもう近くで撃つなよ!絶対に撃つなよ!?」

「…………」

 

 相手に恐怖心を植え付けることが出来る、という点では破格の性能である。

 だが弾が少ない。体積の大きい散弾を使っているので仕方がないが、要所を見極めなくては瞬く間に弾切れだ。

 

 ……牽制用なのに無駄弾が撃てないのか。本末転倒だな。

 

「…………」

 

 月影を警戒してか、一夏が距離を取る。どうやら間合いを計っているようだ。

 その見切りはなかなかに的確で、朧月の通常のスラスターでは一足の間合いとは言い難い。攻められても幾分か余裕を持って対応出来るだろう。

 

 ――通常のスラスターでは、だが。

 

(……ならば……)

 

 ガコン、という音を立て、水月に特殊カートリッジが装填される。

 

 撃針が信管を叩き、自身を弾丸として撃ち出す狂気の機構が、その力を見せ付けた。

 

「がっ……!?」

 

 その瞬間、肩甲骨に鈍器で殴られたような衝撃が走る。一瞬で一夏に接近するが、己は加速の衝撃で体勢が崩れ、一夏はあまりの速さに反応出来ていない。

 

 ――結果。

 

「うおわぁっ!?」

「……っ!」

 

 衝突。二人もつれ合って、地面に落ちる。

 

「ぐ……おい、大丈夫か、シン!?」

「……ぐぅ……」

 

 体を動かそうとすると、肩に激痛が走った。折れてはいないようだが、少し傷めたようだ。

 

「おい、中止だ! 早くシンの手当てを!」

 

 悲鳴のように一夏が叫ぶ。それを受けて、治療班が慌てて駆けつけ、ISを解除した己を運び出していく。

 

「シン、大丈夫か?」

「……無用……」

 

 ついて来た一夏が心配そうに声を掛けてくる。今は己の怪我を気にかけているが、それが収まれば、次はその顔を怒りに歪めるだろう。

 

 ……如月社長に、殴りかからなければいいが。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「なるほど、水月の威力が強すぎる、と。それくらいならすぐに調整出来るかな」

「ええ、肩甲骨周辺の保護機能を改良しましょう。社に戻れば、一時間もあれば出来るかと」

「それじゃ、早速データをまとめておいてくれ」

 

 診察の結果、怪我は大したものではなかった。だが二、三日は出来るだけ肩を動かさないように、とのことである。

 そうして一夏と共にピットに戻ると、如月社長と網田主任が先の会話をしていたのだ。

 

「おや、井上君。もう少し待ってくれたまえ、今データの解析中だから」

「……てめえ」

 

 全身から怒りを発し、一夏が一歩前に出る。

 放っておけば何をするかは明白だ。なので、一夏の手を掴んで止めたが――

 

「離せよ。あの野郎、一発ぶん殴ってやる」

「…………」

 

 全く止まる様子もなく歩き続けようとする。自然と右手を引かれる形になり、肩が痛んだ。

 

「……っ」

「ご、ごめん。大丈夫か?」

 

 途端に怒りを霧散させて、己の方を向く一夏。

 

 ……少し、卑怯だったか。

 

「どういうつもりですか、如月社長」

「うん? なにが?」

 

 今度は千冬さんが怒った様子で、如月社長に話し掛ける。

 

「自らの機能で操縦者に怪我をさせるようなISを作ったことについてです」

「だから今そこを調整しているんじゃないか」

「そういうことでは――!?」

「…………」

 

 このままでは千冬さんの怒りが加速していくだけだと思ったので、視線で止める。

 そうして己のために怒ってくれるのはありがたいが――これは、己の問題なのだ。

 

「ふむ。朧月はどうだったかね? 井上君」

「……気に入った……」

「なっ!? ちょっ、おいシン!?」

「そうだろうとも! いやあ、君ならそう言ってくれると思ったよ!」

 

 確かに朧月はとんでもない代物だったが、だからと言ってまっとうな機体など己には合わん。水月は流石に調整してもらうが、あとは己が朧月を使いこなせるようになればいい。

 

「……いいのか、井上」

「…………」

 

 心配そうに尋ねてくる千冬さんに、頷いて答える。

 そんな己に呆れの溜め息を吐いて、その怒りをようやく納めた。

 

「……本人がそう言うなら、私からは何も言わん」

「…………」

「話はまとまったかな? なら今日から、この朧月は君の専用機だ! 要望があったらすぐに、遠慮なく言ってほしい。二十四時間、365日受け付けるからねっ!!」

「…………」

 

 周囲からの目を全く気にせず、上機嫌な如月社長。この人相手に気を使う必要があるとは思えないので、遠慮なく頼らせてもらおう。

 

「さすがに今日はこれ以上は無理かな? まあ、怪我が良くなった頃にまた来るよ。その時はもう一度頼むよ、井上君」

「……承知……」

 

 朧月のデータ解析をしていた網田主任に声を掛けて、帰り支度を始める如月社長。

 

 その姿を、一夏は最後まで睨み付けていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「いのっち、肩痛くない〜?」

「……平気……」

 

 今己は、お互いに打鉄を装着して打ち合っている一夏と箒を眺めている。

 箒が使っている分の打鉄は本来己に対して許可が出ていたものだが、流石に今日はもう使えないので、山田先生に頼んで箒が使えるようにしてもらった。

 

「はぁっ!」

「せいっ!」

 

 剣の腕はほぼ互角の二人だが、ISの腕も同程度のようだ。

 どちらも最初はぎこちない動きをしていたが、少しずつ良くなって来ている。

 

「……あの機体で、ほんとにいいの〜?」

「…………」

 

 心配そうに尋ねてくる本音に頷いて返す。確かに色々と問題のある機体だが、流石は如月重工の技術力といったところか、性能自体は高い。

 基本的に接近戦しか出来ない己には、あれくらい突き抜けた機体の方が都合がいい。

 

 ――ただ、月光の威力を試せなかったのは少々残念だ。

 

「無理だけはしないでね〜、いのっち~」

「…………」

 

 それは出来ない相談である。必要なら、己はいくらでもこの身を危険に晒すだろう。

 

 ――己にはもう、この命くらいしか、懸けるものがないのだから。

 

「こういう時は〜、嘘でも「うん」って言っとくんだよ〜」

「………」

 

 呆れたように言う本音に、申し訳なく思う。だがそれ以上に、この少女とは、守れない約束はしたくなかった。

 

「じゃあさ〜、せめて怪我した時は、すぐに、正直に言うんだよ〜?」

「……承知……」

 

 どうせ本音のことだ、己が隠したところですぐにバレるだろう。なら始めから正直に言ってしまった方が、かける心配は小さく済む筈だ。

 

 己の返答に満足そうに笑って、本音は二人の訓練に視線を移す。一夏の攻めに、箒の守りにいちいち感嘆の声をあげてはしゃいでいる少女の背中に、聞こえないように声をかけた。

 

「……ありがとう……」

「え〜? なにか言った〜? いのっち〜」

「…………」

 

 不思議そうな顔をする本音に、無言を返す。首を傾げてから前に向き直り、再びはしゃぎ始める本音の背中を見ながら、想う。

 

 ――お前がルームメイトで、良かった。

 

 

 

 




乙「ぐう……おのれウィン、思い切り殴りやがって……」
兄「ようオッツダルヴァ、お疲れさん。ダメージは平気か?」
乙「ふん、私を誰だと思っている。ステイシスのリンクス、オッツダルヴァだぞ。私以外は止まって見える、あんなパンチどうということはない」
兄「今回はお前も止まってたけどな」
王「黙れ小僧ども、リリウムが演技しているのだ、静かにしていろ」


ウ「ごめんください。この扉を開けてはもらえませんか?」
リ「申し訳ありません、小人様から、この扉を開けてはいけないと言われているのです」
ウ「安心してください。私はただのリンゴ売りです。おいしいリンゴを持って来ました、一つ買っていただけませんか」
リ「まあ、リンゴ売り様だったのですね。分かりました、リンゴを一つくださいな」


王「リリウム!いかん、そのリンゴには手を出すな!」
乙「そうだ、そんな心の醜さを前面に押し出しただけのメイクをした魔女の言葉にぐふぉあっ!?」
兄「うおすっげえ、リンゴがライフル弾みたいに飛んで来やがった」


リ「まあ、なんておいしそうなリンゴなのでしょう。とてもキレイに光っています。これはなんというリンゴですか?」
ウ「これはね、コジマ青リンゴというリンゴですよ。とても珍しいリンゴなんです」
リ「そんな品物をわざわざ持って来てくださるなんて、なんて優しい方なのでしょう。ありがとうございます、リンゴ売り様」
ウ「では、私はこれで失礼します。……さようなら、リリ雪姫」


王「おのれ魔女め!滅びろ、滅びてしまえっ!!」
乙「人類に魔女狩りの時代をっ!!」
王「拷問だ!奴らにはそれが必要だ!!」
乙「誰かアイアンメイデン持って来い!!」
兄「……なんなんだコイツら」

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