IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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前回で通算100話目だったんですね。感想で教えていただくまで完全に忘れてました。いやお恥ずかしい。ヒャッハー。


第85話 それぞれの

「あの……織斑くん」

「うん?」

「アドバイスくれる人って……この人?」

「うん、そうだけど?」

「…………」

 

 ……確かに、射撃戦のアドバイザーとして、ある意味この上ない適任者ではあるけれど。

 

 それでも、この人は意外だった。

 

「はい、それでは基本からおさらいしましょう! まずは一番大事な、射撃姿勢からです!」

「……はい」

 

 ラファール・リヴァイヴを展開しニコニコ笑顔で元気いっぱいに指導してくれているのは、誰あろう山田先生その人だった。

 織斑くんのクラス、一年一組の副担任である山田先生は、ISの実技教官でもある。私も授業で何度もお世話になっているから、彼女に教えてもらうことに違和感はないのだけれど。

 ……なんで今まで、思い付きもしなかったんだろう。

 

「今日は忙しいところありがとうございます、山田先生」

「いえいえ、私は先生ですから! 生徒さんに頼られたら断れません! 先生ですからっ!」

「…………」

 

 自主訓練に行き詰まっているから、アドバイスが欲しい。そう頼んだら、山田先生は二つ返事で来てくれたという。けどこの様子だと、生徒思いの先生というよりは、頼られることが嬉しい子供にしか見えない。そもそも見た目の年齢が私たちとそう変わらない人だし。

 

「いいですか、更識さん。安定した射撃は安定した姿勢から生まれます。目まぐるしく動き回る戦闘中に、いちいち射撃姿勢なんてとっていられない――そう言って姿勢をないがしろにする人もいますが、そういった人たちは必ず、早い段階で伸び悩むことになります。どうしてだかわかりますか?」

「ええと……基本ができていないから、ですか……?」

 

 どうとでも解釈を広げられる当たり障りのない答え。でも山田先生は、笑顔をさらに輝かせて大きく頷く。

 

「はい、その通りです! さすがですね、更識さん!」

「……ありがとう……ございます……」

「銃というのは、近接武器と違って命中しても手応えがありません。ですからまずは、ちゃんと姿勢を整えて一発一発丁寧に撃って、どこに当たったかを確認することが大切なんです。そうしないと、どう撃てば当たるのかという感覚が身に付かないのです」

「はあ……」

「射撃姿勢を高いレベルで身に付けた人は、どんなに激しい戦闘中でも姿勢が崩れません。一見すると適当に撃っているように見えても、実は体の軸がまったくブレていないんです。当たる撃ち方を体で覚えてるんですね」

「なるほど……」

「ですから、まずは姿勢です! 姿勢を身に付ければエイミングの精度も速度も自然に鍛えられます!」

「……はい」

 

 なんだか熱血教師みたいなテンションだ。よほど嬉しかったらしい。

 

「ええと、打鉄弐式の射撃武器は……荷電粒子砲、春雷ですか。肩に担いで撃つタイプですね」

「はい」

「このタイプでも、射撃姿勢は変わらず大切です。いえ、むしろマウント部分が体幹に直結している分、手に持つタイプよりも大切です。では、まずは撃ってみてください!」

 

 そう言うと、アリーナの隅っこに的が現れた。とりあえず狙いを付けて、一発。放たれたビームは的の中央を撃ち抜いた。

 ……基本は大事だと思うけど、これくらいのことなら今まで何度もやってきた。できればもう何段階か先の訓練がしたいのだけど……。

 

「更識さん、今ロックオンして撃ちましたね?」

「へ? あ、はい……」

「ダメです。次はロックオンなしで、更識さん自身が狙ってください」

「……はい」

 

 と思っていたら、見抜かれてしまったのだろうか。指示する声がさっきまでとは違う、厳しさのあるものになった。

 

(いけない、いけない……山田先生は昔、織斑先生を除けば日本最強とまで言われていた人……ちゃんと聞かないと……)

 

 普段の子供っぽい姿や知名度の低さから忘れがちになってしまうけど、山田先生は実はかなりすごい人なのだ。言うことに間違いはないはず、真面目に取り組まないと。

 

「…………」

 

 照準をマニュアルにして、狙いを付ける。ハイパーセンサーに表示される疑似十字線(レティクル)を的に合わせ、発射。

 ……良かった。ちゃんと中心に当たった。

 

「どうですか? ちゃんと当たるか、不安だったでしょう?」

「……あ」

「それは、自分の中で射撃の感覚が固まっていない証拠です。ロックオンやオートエイムに頼っていると、この感覚がなかなか育ちません。ですが高性能のFCSほど、扱う人によってどれだけ性能を引き出せるかが違うんです。

 大切なのは人機一体です。まずは更識さんが、打鉄弐式に追いつかなくちゃダメです」

「……はいっ」

 

 うん。山田先生はやっぱり、立派な先生だ。凛とした眼差しには貫禄と頼りがいがある。……普段からこうならいいのに。

 

「ISが固定してくれるので照準のブレなんかはほとんどありませんから、止まっている的をじっくり狙って一発当てることは難しくありません。ですが的が動いたり、速く狙ったり、連射する場合には安定性が必要になってきます。実践しますので、見ていてくださいね」

 

 山田先生が端末を操作すると、今度は六個の的が現れた。肩に小型のスナイパーカノンを展開し、足を肩幅に開いて半身に構える基本の射撃姿勢を取る。

 そして、発射。ドン、ドン、ドン、と一定のリズムで素早く的を撃ち抜いていく。言うまでもなく、六個全て中心に命中。素晴らしい技術だ。

 

 ――が。

 

「姿勢が安定していれば、照準移動も滑らかにできます。複数の標的を狙う場合には必須の技術ですね。最近ではビットやセントリーガンを装備している機体も増えてきてますし、今回の大会はタッグマッチですから、覚えておいて損はないと思いますよ」

 

 丁寧に説明してくれる山田先生には申し訳ないけど、あまり耳に入って来なかった。それよりも、さっきの光景が忘れられない。

 スナイパーカノンは実弾武器であり、撃つときに反動がある。山田先生はそれを上手く相殺してまるでないかのようにしていたけど、それでも一部に顕著に現れていた。

 さっきの連射を視覚的にわかりやすく表現すると、こんな感じだった。

 

 ドン。プルン。

 ドン。プルン。

 ドン。プルン。

 ドン。プルン。

 ドン。プルン。

 ドン。プルン。

 

「…………」

 

 下を見る。なだらかだった。

 

 悲しくなった。

 

(いいもん……春雷はそんなに反動ないもん……どっちにしても、あんまり揺れないもん……)

「それでは、やってみてください」

「……はい」

 

 心の中で涙を流しながら、私は的に向かって荷電粒子砲を放った。

 

 ちょっと出力調整を失敗したみたいで、的は完全に消滅し、着弾点の確認はできなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「あれ、ラウラ。もう大丈夫なの?」

「ああ、心配をかけたな」

 

 シャルロットがアリーナで訓練をしていると、ルームメイトであり今回のタッグマッチのパートナーでもあるラウラが、シュヴァルツェア・レーゲンを展開してやってきた。最近部屋に閉じこもり気味だったラウラが訓練に顔を出したことに、シャルロットは嬉しくなった。

 

(悩み事、解決したのかな? ……ううん、まだ解決してなくても、ずっと部屋でじっとしてると、気が滅入っちゃうもんね。たまには体を動かさないと。それに運動してる間は、嫌なことも少しは忘れられるしね)

 

 どちらにせよ、いい傾向だろう。求められれば協力を惜しむつもりはないが、しかし求められもせずしゃしゃり出るつもりもない。乙女の悩みはデリケートなのだ。見守るしかできないシャルロットにとって、ラウラのこの一歩は極めて大きいと言える。

 

「この数日で、他の連中に大分差を付けられてしまっただろう。私の責任だ、遅れを取り戻さねばならん。そこでシャルロット、これを見てくれ」

「うん? なにかな?」

 

 さらにラウラは、積極的に戦力強化を図るつもりのようだ。随分調子が戻ってきたのではないか? そう思い喜びつつ、シャルロットは差し出された品を受け取る。

 

 一枚のDVDだった。

 

「…………リベリ○ン?」

「うむ、その作中に出てくるガン○カタという技術が極めて強力でな。これを身に付ければ攻撃力が120%アップ――」

「ちょっと待って、何その胡散臭い技!? ラウラどうしちゃったの、こんなのに頼るだなんて!」

「私はどうもしていないさ。いつも通りだよ、はははは」

「ああっ、よく見たらなんか眼が虚ろだ!?」

 

 こと戦闘においては真面目で堅実なラウラの突飛過ぎる行動に、シャルロットは彼女が本調子から程遠いことを知った。

 そんなラウラをどうにか説得しつつ、訓練を続けるシャルロット。タッグマッチまであまり日がなく、不安は大きくなるばかりであった。

 

 あとこのDVDをラウラに渡した奴はそのうちぶっ飛ばすと決意した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「あーもー、さっきっから何度も言ってるでしょ!? 援護のタイミングが一瞬早いのよアンタは! あたしの反応が遅れたらかえって危なくなるってことがわかんないの!?」

「あら、何をおっしゃるかと思えば。自分の愚鈍さをパートナーのせいにするだなんて、レディ……いえ、人としていかがなものかと思いますわよ?」

「未来予測できる奴に合わせられるわけないでしょうが! そっちが合わせなさいよ!」

「わたくしが? ごめんなさい、わたくし、エスコートされるのには慣れているのですけれど、エスコートするのはちょっと……」

「ぶっ飛ばすわよボケ貴族っ!!」

 

 喧嘩をしながら、ターゲットを次々破壊していく鈴とセシリア。その二人の姿を、居合わせた生徒たちは苦笑しつつ眺めていた。

 

「なんだかんだで……」

「息ピッタリよね、あの二人」

「どっちにしてもやかましいったらないわ」

 

 貴き者の務め(ノーブル・オブリゲーション)による未来予測で、常に一手先んじた援護射撃をするセシリア。なんの合図もなしに放たれるそれを、しかし一つとして無駄にせず活かしきる鈴。

 見ている者からすれば、お互いの心が通じ合っているとしか思えない連携である。

 

「大体ね、射線がいっつもあたしに近すぎんのよ! ちょっとズレたらあたしに当たってたの、十回や二十回じゃないわよ!?」

「オーッホッホッホ! ご安心ください、当たらなければどうということはありませんわ!」

「その縦ロール爆破してアフロにしてやりましょうか!?」

(((仲良いなあ)))

 

 縦横無尽に飛び回りターゲットを撹乱し、怒涛の連続攻撃で次々と破壊していく鈴。

 最小限の動きでターゲットの攻撃を避けつつ、的確な狙撃で着実に仕留めていくセシリア。

 

 その日、その訓練プログラムのハイスコアが更新された。噂を聞き駆け付けた新聞部副部長が記念写真を撮ったが、そこに写る二人は髪や頬を引っ張り合い、笑顔と青筋を同時に浮かべていたという。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「お疲れ様、箒ちゃん」

「はい。今日もご指導、ありがとうございました、楯無さん」

 

 箒は楯無との訓練を振り返る。

 箒が姉から与えられた専用機、紅椿は、あらゆる面で比類無き性能を持つ高性能機だ。だがその性能に振り回され、満足のいく動きが出来ないでいた。

 それを克服するため、楯無はとにかく箒の邪魔をし続けた。無数のターゲットを相手に立ち回る箒の後ろにピタリと付き、ランスで何度も小突くのだ。無論、それは嫌がらせなどではない。箒が晒した隙や無駄な動きに対し、的確に、動きを制するように突く。楯無自身が、箒の矯正器の役割を果たしているのだ。

 悪いクセがついてしまったら、それを出来なくさせればいい。しばらく続ければ、自然とクセは消える。単純なことではあるが、それを訓練中、全身に意識を巡らせ悪癖の全てを封じ込むとなれば、その技量はいかほどか。武の道を志す箒には、どれほど凄まじいことかがよく分かる。

 

「しかしこうも指摘されると、未熟を思い知らされます。精進しなければ……」

「まあ、仕方のないことだけどね。今まで箒ちゃん、ずっと訓練機だったんだから。軽自動車しか乗ったことない人が、いきなりF1カーを運転できないでしょ?」

「まだ車の免許を取れる歳じゃないんですが」

「じゃあ、原付バイクしか――」

「あの、私は運転免許は何一つ持っていないので……」

 

 困惑する箒の様子に、クスクスと笑う楯無。真面目過ぎる箒があまり思い詰めないようにとの配慮か、あるいはからかって楽しんでいるだけか。

 どちらも有り得るから厄介だ。それが箒に限らず、楯無を知る大半の人物の認識であった。

 

「とにかく、まずは慣れないとね。箒ちゃんは、今回のタッグマッチで活躍したいでしょうけど……もっと長い目で見ないと。もちろん、活躍するななんて言わないわ。ただ、焦らないでほしいの。どんなに良い鉄だって、丁寧に鍛えないと折れてしまう。そして一度折れてしまえば、もう元通りにはならないから」

「……そう、ですね。はい。ありがとうごさいます」

 

 ちょっとずるかったかな、と楯無は思った。だがこの言い方が、箒には効果的であろうことは想像に難くなく、事実効果的であった。

 

 箒は真改を、刀として折れているとは微塵も思わないが。

 

 それでも、彼女の喪失が、人の身に余る無茶の代償であることは知っている。

 

(いつか、真改に勝つ……そのためには、少しずつ積み重ねていくしかない。焦って一足飛びに駆け上がれば、足を踏み外すだけだ)

 

 真改もまた、いつか箒たちが自分を超えることを楽しみにしているふしがある。そしてそうなれば、自分を超えた幼なじみたちに嬉々として挑むのだろう。

 そんな滅茶苦茶な有り様が容易に思い描けて、箒はくすりと笑った。その時に真改が浮かべるだろう、獰猛で美しい笑み。それを真っ正面から見るためには、篠ノ之箒という刀には、ほんの僅かな歪みも、たったひとかけらの刃こぼれも許されない。それがあっては、届かない。

 

 だから今は、無理はしない。楯無に休めと言われれば、素直に休むのが最良だ。

 

「それじゃ、お休みなさい。ちゃーんとストレッチして、体をほぐしてね?」

「はい、ありがとうございました。……失礼します」

「マッサージとかも効果的よねえ。一夏くんにしてもらったら?」

「にゃ、なにを言ってるんですかっ!!」

「ふっふっふー、照れなくたっていいじゃない。なんでも一夏くん、マッサージの腕前がプロ級だとか……専属の整体師がいると助かるわよ?」

「けけけけ、け、結構ですっ! ほ、本物のプロならまだしも、素人に……それも、よ、よ、よりによって、一夏にっ……!」

(……面白いなあ、この子)

 

 箒は顔を真っ赤にして、早足で去っていく。その後ろ姿を手を振って見送り、楯無は端末から、今日測定した箒のデータを呼び出した。

 

(……IS適性、S……尋常な数値じゃないわよね、これ)

 

 ほんの数ヶ月前まで、確かに適性はCランクだった。それがBランク、Aランクをすっ飛ばして、Sランク。有り得るのかどうかはわからないが、少なくとも前例はない。それこそが、楯無が箒を気にかける理由の一つであった。

 

(時期的にも、多分紅椿が原因なんでしょうけど……大丈夫かしら。シンクロも度が過ぎれば、引きずり込まれてしまう。せめて少しずつ、身体と心を慣れさせていかないと……)

 

 人機一体。それは確かに、ISの操作には必要不可欠だ。だがもし、一体となった人と機械が、分離出来なくなってしまえば?

 

 恐ろしいことに。それには、前例がある。

 

(……まあ、束博士の妹だし、致命的なことにはならない……と、思いたいけど)

 

 残念ながら、ISコアはそれ自体がブラックボックスの塊だ。楯無の知識と人脈をもってしても、出来ることは多くない。ならば出来ないことに頭を悩ますよりも、出来ることを一つずつ実行していく方が重要だ。

 

(……お願い。無茶だってわかってる。でも、お願いだから――焦らないで)

 

 祈りを込めて、端末を胸に抱く。そこに表示される数値が、どうか悪い結末を呼ぶものではありませんように。

 

「……あーあ。情けないなあ、私……」

 

 それは、一種の代償行為だった。妹との距離をどう埋めれば良いか分からないから、他人の世話を焼く。どことなく簪と境遇の似ている箒に手を差し伸べることで、尊厳を満たす。

 その浅ましさに気付かなければ、どれだけ楽だったろう。だが聡明な楯無には、目を背けることさえ出来ないほどに明白な事実だった。

 

「……ごめんね、箒ちゃん……簪ちゃん……」

 

 そして、今回。楯無は大勢を巻き込んで、簪を表舞台に引っ張り出した。

 きっかけが欲しかったのだ。膠着し、その状況に慣れてしまった姉妹の距離を変えるために。

 吉と出るか凶と出るかはわからない。だが、何かが変わるかもしれない。

 妹と、面と向かって話したい。そんな、小さな願いだった。

 

(……でも)

 

 だが、箒が心配なのも決して嘘ではない。何より、大会で手を抜くつもりは毛頭無かった。そんなことをすれば、きっと怒られてしまう。

 

 簪は今、一夏と共に一生懸命頑張っている。出来ることなら、決勝で戦いたい。自分は雲の上の存在などではなく、あなたの姉なのだと、気付いて欲しい。

 

 だから、全力で。精一杯ぶつかろう。

 

「……うん、よしっ」

 

 努めて明るく頷いて、楯無は俯いていた顔を上げた。今日の訓練は終わったのだから、まとめと反省、そして明日の準備をしなければならない。それと心の潤いに、少しばかりのいたずらを。

 

「ふっふっふ……さぁーて、どうしましょうかしらねー♪」

 

 そう言って浮かべた笑みは、誰もが知るIS学園生徒会長、更識楯無の笑みだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「………あ、あの……山田先生……」

「はい。なんですか、更識さん?」

「まだ……続けるんですか?」

「もちろんです! ようやく形になってきたんですから! 鉄は熱い内に打て、です!」

「…………」

 

 気合い満々で言う真耶に、簪はげんなりする。

 

 既にアリーナの使用時間の終わりが近くなっているが、真耶が訓練終了を告げる様子はない。使用時間いっぱいまで――あるいは教師権限で延長してまで訓練を続けるつもりなのは明白だった。

 

(こ、ここまでスパルタだなんて……思ってなかった……)

 

 涙目で射撃を続ける簪のすぐ後ろには、巨大なジェネレーターが鎮座していた。それから伸びるコードは打鉄弐式に繋げられ、春雷により消耗したエネルギーをすぐさま回復させている。

 

「いやあ、私は実弾兵器ばかり使っていましたが、エネルギー兵器も便利ですね! リロードしなくていいですし、何より薬莢を片付けなくていいので、訓練に集中できますね!」

「……そう……ですね……」

 

 この小さな身体のどこにこんな元気が詰まっているのか――一瞬そう思ったが、簪はすぐにその先を考えることをやめた。

 真耶に失礼だと思ったからではない。くだらなくも悲しい答えに行き着いてしまう気がしたからだ。

 

「では、ターゲットをランダムに表示させますので、順番に、残さず撃ってください。もぐら叩きの要領ですね」

「はあ……」

 

 簪はもぐら叩きをやったことがなかったが、それを言う気力はもはやない。そもそももぐら叩きは分からなくても、どのような訓練かは想像がつくので言う必要がない。

 むしろ疲れきっていて、なんでもぐらなんか叩かなきゃならないんだとわけの分からないことを考えていた。

 

「では、スタートです!」

「っ!」

 

 高らかに宣言すると同時、ターゲットが一つ現れる。簪は慣れた様子で狙い、ほぼ同時に発射。眩い光がターゲットを貫き破壊する。

 

 その瞬間、二つ目のターゲットが現れた。

 

「くっ……!」

 

 撃破と同時に現れる、新たなターゲット。どこに現れるのか事前に察する手段がないため、現れてから狙うしかない。

 そして僅かではあるが、ターゲットを狙うために砲身を動かす以上、そのたびに機体が引っ張られる。重心も僅かに動く。一回一回は無視出来る程に小さな影響だが、何度も続ければ、体勢を整える間もなく続ければ、次第に大きくなっていく。

 身体がブレれば照準もブレる。照準がブレれば当たらない。照準のブレを抑えるためには身体のブレを抑える必要があり、そのためには常に正しい射撃姿勢を維持しなければならない。

 

 それが、想像以上に難しい。

 

「くっ、はっ、ふっ……!」

 

 ペースを落として一息つこうなどと考えれば、その瞬間真耶に見抜かれ初めからやり直しだ。簪は集中力を自身の限界まで高め、指の先にまで意識を張り巡らせる。

 銃口をターゲットに向ける。僅かな動きだからこそ、無駄が顕著に表れる。

 その無駄を、徹底的に削ぎ落とす。

 

「まだ、まだぁ……!」

 

 照準の速度を落とさぬまま、崩れつつある体勢を立て直す。少しずつ、少しずつ。

 

「…………っ!!」

 

 ――そして。

 

「……はい! 大変、よくできましたっ!!」

「……っ! はぁ! はぁっ!」

 

 百以上のターゲットを破壊し、ようやく真耶から合格を告げられる。評価は満点、全ての的の中心を射抜いたことを表していた。

 

 ――やった。疲れ果てて腕を持ち上げることは出来なかったが、心の中でガッツポーズ。随分と久し振りに得た達成感に、崩れ落ちながら笑顔になる。

 

「素晴らしいです、更識さん! 姿勢がとてもしっかりしてましたよ!」

「あ、ありがとうございます……山田先生の、ご指導のおかげです……」

「そんなことありませんっ! これも全部更識さんの頑張りの結果です!」

「は、はあ……」

 

 自分の成長を喜んでくれるというのは嬉しいものだ。だがこうまでテンションに差があると、疲れた身体には堪える。

 

「いやあ、思い出してしまいます! 私も候補生時代は、時間を忘れて訓練に……」

「……?」

「……時間、を……忘れて……」

「…………」

「…………」

「…………」

「あああああああああああああっ!!!」

「「!?」」

 

 突然絶叫する真耶に、簪が驚く。やることがないのでその辺でターゲット斬ってた一夏も何事かと戻って来た。そんな二人の様子も目に入らないようで、真耶はいつもの調子に戻りわたわたしだした。

 

「じじじじ、時間っ……もうこんな時間になってますー!? ああっ、アリーナ閉めないと! そういえば書類もいくつか残ってました!? ああどうしよう、明日朝一で会議なのにー!!」

 

 大慌てでアリーナから飛び去って行く真耶。その後ろ姿を呆然と見送って、一夏がぽつりと呟く。

 

「いい先生なんだけどな」

「……一生懸命すぎる……」

「そんな感じだな」

「悪いこと……しちゃったかな……」

「いや、そんなことないんじゃないか? 簪さんに教えてる時、山田先生、すごく楽しそうだったぜ」

「……そう、だね」

 

 確かに、訓練中の真耶は楽しそうだった。その後大変なことになっているようだが、そんなドタバタした日々も、きっと楽しいに違いない。

 少なくとも簪は、ほんの少し前の静かな日々よりも、今の喧しい毎日の方が好きだった。

 

「んじゃ、俺たちもあがるか」

「人……もう、残ってないね……」

「そりゃあ、もう時間ギリギリだからなあ。後片付けとか考えれば、もう上がっ……て、ない……と……」

「………………あ」

 

 ふと重大な問題に気付き、二人して硬直する。

 

 視線の先には、ついさっきまで使っていた、巨大なジェネレーターがあった。

 

「「……………………」」

 

 言うまでもなく、それは学園の備品だ。それも普段はピットの倉庫にしまってある、教師の許可と立ち会いがなければ使用してはならない代物。

 

 この場合における立ち会った教師とは勿論真耶であり、倉庫の鍵も彼女が持って来た物であった。

 そしてたった今、彼女が持って行ってしまった物でもある。

 

「「………………………………」」

 

 これ、どうやって片付けよう。

 

 半ば思考停止状態に陥った二人が居るアリーナ内に、無情にも、使用時間終了のブザーが響いた。

 

 

 




なんの前触れもなく唐突に思い付いたネタ



 魔法少女 ロジカル☆メルツェル



メルツェル

 魔力量などの分かり易い才能が物を言う魔法業界に突如現れた、最低限の才能しか持ち合わせていないくせにガッチガチの理論で組み上げた隙のない魔法により成果を上げる異端児。
 策、罠、物量、物理、懐柔、なんでもござれ。お前のような魔法少女がいるか。


テルミドール

 マスコット一号の黒猫。メルツェルに魔法の力を与えた。普段は紳士的な物腰だが、気に食わないことがあると平然と暴言を吐き毒舌を炸裂させる。見た目も腹の中もブラックなやつ。多分友達少ない。


ヴァオー

 マスコット二号の白猫。元は別の魔法少女のマスコットだったが捨てられ、メルツェルに拾われた。なぜ捨てられたのかと言うと、うるさいから。その経験から何も学ばず今もなおうるさい。が、裏表が全くなくどこまでも前向き。見た目も中身もホワイトなやつ。ただの馬鹿とも言う。

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