IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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 夜、会社帰りにラーメン屋に寄って、疲れてたのでニンニクたっぷり入れていただきました。
 翌日、ニンニク臭いって怒られました。ニンニクぱねえ。


第88話 許されざる者

 なに。これは。

 

 一体、何が起きているの?

 

 私は、織斑くんと一緒に。

 

 お姉ちゃんと――

 

「――さんっ。簪さん!」

「……え?」

 

 織斑くんが、私の名前を呼んでいる。けれど顔は私の方を向いていなくて、私に見えるのは背中だけだ。

 

 ああ、それと。

 

 その背中の向こうに、黒い大きな、金属の人形がある。

 

「――しっかりしろ! 簪っ!!」

「っ……!?」

 

 一喝されて、ようやく僅かに、意識が戻って来た。次いで、状況を理解する。

 

 第一アリーナのBピットで、私たちは今か今かと試合を待っていた。スケジュールからして、そろそろかな――そう思った瞬間、アリーナが大きく揺れて、すごく大きな音がして。

 その直後、ピットゲートを破って、黒い無人ISがピットに飛び込んで来た。

 

「くそ、コイツまさか、あの時の……!」

「あの、時……?」

 

 織斑くんの呟きで、ふと思い出す。そういえば、以前学園を襲撃した黒いISも無人機だったという。あの機体とは大分形が違って人間的になっているけれど、武装や一部のパーツ、それと雰囲気なんかが、確かにあの無人機に似ていた。

 

 あの、生身の篠ノ之さんに向けて、躊躇いなく発砲した、無人機に。

 

「立て、簪っ!! コイツを倒すぞ!」

「あ……」

 

 いまだ思考は混乱したまま。けれど、今目の前に敵が居ることはわかった。

 

 なら、戦わないと。倒さないと。

 

 私はそのために、訓練を頑張ったんだから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 簪さんはどうにか立ち上がりISを展開したが、動きが鈍い。目も虚ろだ。突然の事態に、心が追い付いていないのかもしれない。

 無理もない……と思う。元々戦闘向きの性格じゃなかったし、今回の大会だって、楯無さんという目標が居たからこそあれだけやる気になっていたんだ。

 その目標が奪われ、試合じゃない戦いが始まってしまった。今は恐らく、混乱の極致に達している。まずは落ち着かせてやりたいところだけど、そんな余裕は俺には皆無だ。

 でも、このまま座っていたんじゃ死ぬ。だからまずは、とにかく立たせた。ただの反射でいい、少しだけでも防御ができる状態にさせないといけない。

 

「こんの……やろうっ!!」

 

 ギャリィッ!

 思い切り振り下ろした雪片弐型は、無人機の構えた盾に阻まれた。その表面は丸みを帯び、刃がするりと受け流される。

 

「くそっ、対物理ブレード用のシールドか……!」

 

 真っ向から受けてくれれば白式のパワーで押し切ることもできなくはないが、これでは上手いことかわされるだけだ。零落白夜も、物理的に硬い盾には効果は薄い。

 

 ――だが。

 白式()の武器が、ブレードだけだと思うなよ――!

 

「こいつを」

 

 左手を雪片弐型の柄から離し、五指を大きく広げる。その指に力を込め、少しずつ折り曲げていく。手の平に、力を集めるようなイメージ。

 そのイメージに従い、周囲を漂っていた雪花たちが手の平に集まっていく。散弾の連射や高出力のレーザーをも受けきるエネルギーが一点に集中し、白く発光する。

 それを更に圧縮し、収束し、指向性を持たせて。

 

 一気に解放し――叩き付ける。

 

「喰らい」

 

 繰り出された掌打は、盾に防がれた。だがそれこそが、俺の狙いだ。

 防御が厄介なら、防御できなくさせてしまえばいい。防御の要が盾であるなら、その盾を壊してしまえばいい。

 

 鋭い刃で斬り裂けぬ盾なら。

 

 力任せに、ぶん殴ればいい――!

 

「やがれぇ!!」

 

 雪花が、溜め込んだエネルギーを放出する。そのエネルギーがごく狭い範囲に圧縮され、故意に空けた逃げ道に殺到する。

 その先にあるのは、分厚い壁。だが一度勢いのついた群は止まらない。眼前に障害物があるのなら、踏みしだいて進むだけだ。

 

「つぅおおおぉぉぉっ!!!」

 

 文字通りに、爆弾で直接殴るようなものだ。左掌から放たれた白い閃光は盾を一撃で粉砕し、無人機を壁に叩き付けた。

 

「ちぃ、固い……!」

 

 だが、盾の強度は想像以上だった。この攻撃は威力が大きい分、俺にも結構な衝撃が来るのだが、盾が頑丈だったため反動もさらに大きくなってしまった。ダメージを受けるほどではないが、左手がビリビリと痺れ、回復には数分かかりそうだ。

 それでも、今はチャンスだ。白式のパワーなら片手持ちでもそこそこの攻撃力はある。盾を失い、小さくないダメージを受け、体勢を崩している今の無人機が相手なら十分なはずだ。

 

 なのにどうしてか、嫌な感じがする。

 

(何かある……のか……?)

 

 逡巡しているうちに無人機は体勢を立て直してしまったが、それはあまり問題ではないように思えた。あの盾がない以上、防御力は格段に落ちる。なら仕切り直しても十分に攻め切れる。

 今は追撃するよりも、この悪寒の正体を探るべきだ。そう判断し、一歩距離を取る。

 すると無人機は、俺にビームライフルを向けて牽制しながら、入って来た穴へと向かっていった。ピットゲートに空いた穴、それはアリーナへの出口だ。接近戦に強い武装でありながら、わざわざ広い空間へ行く理由はそう多くない。

 

 今思い付く理由の一つは、自分よりも相手の方が接近戦に特化している、ということ。これは当てはまりはするが、しかしこちらには簪さんもいる。戦闘にはほとんど参加していなかったが、打鉄弐式が射撃戦型なのは一目見ればわかる筈だ。一対二の戦いで、敵の片方を封じられる――そんな大きな利を捨てるには、余りにも弱い理由だろう。

 となると、狙いは他にある――

 

「あ……お、追わなきゃ……」

「!? 簪さん、ま――」

 

 待て。そう言う間もなく、全速力でタックルし、床に引き倒す。

 

 その瞬間。直前まで簪さんが居た場所を、凄まじい熱量のビームが薙払った。

 

「な、え……え……?」

「くそっ!」

 

 そのまま簪さんを抱え上げて、ピットの奥まで飛ぶ。壁へ寄って、射線が通っていないことを確認し簪さんを下ろす。

 

「な……なに……? 今の……」

「狙撃だ! 迂闊だった、考えてみれば当然だ、アイツだけじゃあんな大穴空けられない……!」

 

 つまり、他に仲間がいるってことだ。さっきのは逃げたんじゃない、狙撃手の狩り場に誘い込んでいたんだ。もしほいほい追いかけていたら、撃たれていたのは俺だった。

 しかもその狙撃手の得物は桁違いの出力を持っているらしい。打鉄弐式の肩にある荷電粒子砲、春雷の片方がなくなっている。爆発すらせず、一瞬のうちに蒸発した。こんな物が直撃すれば、確実に死んでいただろう。

 

「あ……あ……!」

「!? まずいっ……」

 

 見れば簪さんは瞳孔が開き、全身を震わせていた。目の前に迫った「死」に、恐怖に呑まれてしまったか……混乱している時にあんな攻撃を受けたんだ、この反応は仕方ない。

 だが今の状況じゃあ、簪さんの恐怖を和らげている余裕はない。そしてこの状態の簪さんを戦わせるわけにもいかない。

 ……酷なようだが、足手まといになるだけだ。

 

「……聞いてくれ、簪さん」

「っ……!?」

 

 声をかけただけで、ビクリと肩を跳ねさせる。できるだけ優しい声を意識して、ゆっくり、簡潔に伝える。

 

「ここで、待っててくれ。必ず、戻ってくるから」

「っ……あ……」

 

 本当なら避難してもらいたいが、どうやらアリーナの扉はどれも開かなくなっているようだ。奴らがシステムに割り込んでいるんだろう、これじゃあ今の簪さんが逃げることは難しい。

 ここも安全とは言い難いが、少なくともピットまで入られなければ射線は通らない。上手く立ち回れば、簪さんが狙われることはないはずだ。

 

 ――つまりは、迎撃すればいい。

 

「お、おりっ……」

「大丈夫だよ」

 

 外に出ようとする俺を、簪さんは縋りつくように止めようとする。さっきの光景が頭をよぎったんだろう、目に涙を浮かべて、俺の右手を両手でしっかりと掴んでいた。

 その手を解いて、笑顔を浮かべて、おどけた口調で言う。

 

「俺には閻魔サマよりおっかない姉貴が二人もいるからさ。怒られたくないから、ちゃんと帰ってくるって」

 

 ポン、と頭に軽く手を置いてから、ゲートに向かう。簪さんに背を向けると、自然と顔が険しくなった。

 

 ……と言うより、怒りに歪んだ。

 

「……許さねえ」

 

 許さない。絶対に許さない。

 

 俺たちの勝負を邪魔しやがって。簪さんの決意を踏みにじりやがって。

 

 簪さんと、楯無さんの。二人の想いを、穢しやがって。

 

「絶対に……許さねえ――!」

 

 雪片弐型の柄を強く握り締め、ピットゲートから飛び立つ。

 

 敵はさっきの盾持ちと狙撃手、それ以外にもおそらく何機か居る。だが、どれだけ居ようと関係ない。

 

 全て、悉く、根刮ぎに。

 

 ぶった斬ってやる――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「うおおおおあああぁぁぁっ!!!」

 

 ゲートを出た瞬間、あの熱線が襲いかかる。だがどれだけ強力だろうと、対処法がありどこを狙いいつ撃って来るのかもわかっているのなら、恐れる理由はない。

 俺は零落白夜を発動し、熱線を斬り捨てた。

 

「温いんだよっ!!」

 

 照準が合ったと同時に放たれた最速の一撃。それだけ聞くと凄まじいように思えるし、実際に高等技術ではあるのだが。なんの工夫もない、機械特有の精密さは、こっちにとっては読みやすいだけだ。意図的な「外し」や僅かな「ずれ」がない。だからなんの迷いもなく、射線に飛び込める。

 

「てめえら……覚悟はできてんだろうなぁ!!」

 

 激昂しながらも、何度となく繰り返した習慣で状況を確認する。

 観客席は混乱し、逃げ惑う来賓を生徒や先生たちが必死に落ち着かせ誘導している。しかしやはり扉がロックされているのだろう、避難はほとんど進んでいないように見えた。

 そしてアリーナには、四機の無人ISが居る。

 

 正面には、最初に襲って来たやつが居る。失った盾の代わりか左手にナイフのようなブレードを持っていた。肉厚で幅の広い、攻撃よりも防御を目的とした一振りだ。

 

 俺から見てアリーナの反対側には、右腕全体が砲になったかのような巨大なビームカノンを構えた無人機が。通常の脚と腰から生えた二本の脚、計四本の脚で身体を固定し、全身を覆うほどの大盾で身を守っている。

 

 右に居るのは、両腕の肘から先が太く短い砲になった機体。砲の形は射程距離や命中精度よりも、とにかく威力と速射性能を求めているように思えた。撃ちまくって、相手の動きを封じるためだろうか。

 

 そして――

 

「!? くっ!」

『――――』

 

 頭上から光弾の雨が降り注ぎ、慌ててその場を離れる。振り返れば、鳥のような奇妙な関節の脚を持った機体が居た。攻撃を外したと見るや動き出し、両手の銃を構えながら俺の死角へと回り込もうとする。間違いない、機動力で敵を攪乱するタイプだ。

 

「ふん……いいぜ、まとめて相手してやるっ!!」

 

 相手は四機。それも、各々の役割が明確に分担された、チームとしての完成度が極めて高い、難敵だ。

 

 だが、それがどうした。俺が憧れる背中の持ち主は、数の劣勢も、相性の不利も、能力の不足すらも。全て斬り捨てて自らの信念を貫く、大馬鹿者なんだ。

 

 その背中を追う俺に、たかが四倍程度の戦力に、怯んでいる暇はない。

 

「おおおおおっ!!」

『――――』

 

 雪片弐型を肩に担ぎ、突撃する。狙いは鬱陶しく飛び回る、逆関節の機体。

 高速機動の先に回り込むように飛ぶ。ドンピシャリのタイミングでやってきたそいつ目掛けて、袈裟切りを――

 

『――――』

「!? ちぃっ!」

 

 しかし逆関節機は、まるで見えない壁を蹴ったかのような急反転でその一撃をかわした。その時一瞬だけ見えた、逆に曲がった関節部分の光。スラスターの噴射光だ。

 どうやらあの脚は、単に逆に曲がっているんじゃなく関節が一つ多いようだ。よく見れば脚の付け根のすぐ下に、膝らしき関節がある。そして追加された関節には、高出力のスラスターが内蔵されているんだろう。それを使って、さっきのとんでもない機動をしたのだ。

 

「無人機ならでは、ってことか……!」

 

 パイロットがいない分、関節なんかはかなり融通が利く。それにあの機動は、普通ならパイロットにも相当な負担が掛かるはずだ。無人機というのは、思っていたより厄介な相手かもしれない。

 

「くそ、逃がさね……っ!?」

『――――』

 

 逆関節機を追おうとしたところに、さっきの盾持ちが突撃してきた。今はもう盾はないが、左手に持つ分厚いナイフを盾代わりに構えて、銃剣付きのビームライフルを俺に向けている。

 

「……そんなちんけなナイフで」

 

 ライフルから放たれた熱線をかわし、一気に肉迫する。突進の勢いを載せて左から胴を薙ぐが、ナイフに止められた。

 

「俺の剣を」

 

 一太刀で亀裂の入ったナイフから、逆方向に回転しつつ雪片弐型を引き抜く。背中のスラスターと脚部のスラスターを使い、ぐるりと一回転。大型ブレードである雪片弐型は大きな遠心力を生み出し、それをそのまま、逆胴に叩き込んだ。

 

「受けきれると、思うなよ――!」

『――――!?』

 

 素早く引き戻され胴を守ったナイフを断ち切り、刃が脇腹の装甲に食い込む。武器がビームライフル一つしかない分、余ったエネルギーを防御に回しているのだろう。直撃したというのに、手応えが重く、固い。

 

「おおおおおっ!!」

 

 しかし言うまでもなく、一撃で倒せないことなんかわかりきっている。俺は盾持ちを蹴りつけて突き放し、零落白夜を引き抜いた。その際に空いた短い距離で一気に加速し、渾身の袈裟切りを放った。

 

「はぁっ!!」

 

 盾持ちはブレードを半ばから失ったナイフと左腕の装甲、そして肩の装甲を使い受け止める。白式のパワーも、三点に分散されては十分に発揮されない。この一撃で墜とすつもりだったが、大きなダメージは与えられなかった。

 

 ……読みが甘かった。コイツは盾がなくても、存在そのものが「盾」として機能し得る。

 

(なるほど、そういうことかよ……!)

 

 そう。コイツは「盾」だ。敵の攻撃を一身に引き受け、全体の守りを一手に担う、部隊の盾。コイツがいる限り、俺の攻撃は通らない。

 そして盾が攻撃を防げば、その次は――

 

「っ!」

『――――』

 

 盾持ちが構えたビームライフルの射線から逃れるために、旋回しつつ距離をとる。その瞬間、上から光弾の雨が、下からは噴き上がる間欠泉のような熱線の連射が襲いかかってきた。

 

(動きを止めるのはマズいな……!)

 

 盾で受ければ、その次は攻撃だ。逆関節の機体と、両の腕自体が武器になっている機体、二機による挟撃。威力こそ狙撃手の一撃には劣るものの、逆関節は高速移動しながらあらゆる方向から撃って来るし、武器腕は広範囲に撒き散らすように乱射して来る。全てかわしきるのは不可能だ。

 

「ぐぅっ!」

 

 雪花によりダメージは軽減できるが、しかし手数が多すぎる。しかも武器腕の熱線は、一発一発の威力も高い。連続で受ければいくら白式といえど一溜まりもないだろう。常に動き続けなければ、あっと言う間に捉えられて――

 

『――――』

「なに!? コイツっ……!」

 

 ……ああくそっ。また、読み違えた。

 そうだ、「盾」ってのは、ただの防具じゃない。

 相手を殴りつけて体勢を崩し、あるいはその一撃で殴り殺すことすら可能な、立派な「武器」なんだ。

 

 こうして、守勢に回っている時にこそ。

 

 コイツ()を、警戒すべきだったのに――!

 

「離し……やがれっ!!」

『――――』

 

 腰に抱き付くようにタックルしてきた盾持ちに、そのままがっちりとホールドされてしまった。膝蹴りを叩き込んでも、まるで怯んだ様子はない。

 雪火で吹き飛ばそうかと考えたが、アレを使えばしばらく雪花の守りがなくなる。その状態で攻撃を受ければ耐えられない。

 力ずくで振り解けないわけではないが、しかしそれにはどうしたって、僅かな時間がかかる。

 その時間があれば十分だ。敵はこの盾持ちごと、俺を撃ち抜くだろう。なにせコイツらは無人機だ、意図的な同士討ち(フレンドリーファイア)さえ、必要なら躊躇わない――!

 

「う……おおおおおっ!!」

 

 ……ダメだ。間に合わない。直撃する。

 撃墜まではいかないだろう。だが相当なダメージだ。こんなことなら、さっき零落白夜で盾持ちを倒しておくんだった――そんなことを後悔しながら、雪花の防御を最大レベルに上げた。

 

 こちらを狙っている狙撃手の攻撃は、恐らく防げる。問題は残りの二機の猛攻だ。避けることも防ぐこともできない以上、機体の防御力で耐えるしかない。

 

(頼むぜ……雪花っ!)

 

 無人機たちの持つそれぞれの銃口を、そこから溢れ出る光を睨み付けながら。

 俺は衝撃に備え、奥歯を強く噛み締めた――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「箒ちゃん! 一機行ったわよ!」

「はい! はあああああっ!!」

 

 第一アリーナ、Aピット。そこで待機していた私たちは、無人のIS部隊による襲撃を受けていた。

 

「くっ……こいつら、まさか!?」

「考えるのは後! 今は倒すことにだけ集中しなさい!」

「は、はい!」

 

 敵は四機。突撃を繰り返し、こちらの注意と攻撃を引き付ける盾持ちの機体。複雑怪奇な機動で攪乱する逆関節の機体。凄まじい手数で分厚い弾幕を張る武器腕の機体。未だ手を出して来ていないが、明らかに恐るべき火力を持つであろう狙撃砲を持つ機体。

 楯無さんが盾持ちを抑えている間に、私は武器腕を狙っている。こいつの連射は、狭いピット内でかわしきるのは難しいからだ。

 武器腕は決して動きは速くなく、装甲も厚いようには見えない。攻撃力にだけ気をつければ、恐ろしい相手ではないのだが――

 

「く、ぅ……また貴様か、鬱陶しいっ!!」

 

 問題は、私の動く先々に回り込み邪魔してくる、逆関節だ。

 

「せぇい!」

『――――』

 

 素早く左手の〔空裂〕を振るう。それはかわされたが、空裂から放たれた光刃が追う。避けた先を塞ぐ、必中の追撃だ。

 だが、その「必中」の基準は、相手が通常のISであればに過ぎない。人の乗らぬ無人機、さらには関節をも増やした異形が相手では、追いきれるとは限らない。

 

「むぅ……奇っ怪な動きを……!」

 

 まるでそこに壁があるかのように、逆関節は宙を蹴って機動を変えた。逆方向への反転を二度、高速で繰り返し、元の方向へと移動していく。人が操る機体であればまず不可能な動きだ。だが全身が鋼をも超える硬度の金属で成る無人機には、容易いことなのだろう。

 

「……だがっ!!」

『――――!?』

 

 紅椿の機動力は、それすらも凌駕する。全身がギチギチと音を立てながらも、しっかりと弧を描いて旋回する。狭いピット内だからこそ、その機動力は活きてくる。

 

「はあああああっ!!」

 

 逃げる逆関節を追って、こちらも急反転する。まさか付いて来るとは思っていなかったのだろうか、逆関節の反応は鈍い。そこに左右の刀を交叉させて、斬撃を叩き込んだ。

 

「ああああああああっ!!!」

『――、――――!!』

 

 刃が食い込んだ瞬間に、エネルギーを放出。内部から機体を焼き尽くす。

 本来なら、それでこの機体は倒せた筈なのだが――

 

「箒ちゃんっ!!」

「!?」

 

 楯無さんの警告と、悪寒。それらに従い、逆関節から距離を取る。その瞬間、私がいた場所を、巨大な熱線が貫いた。

 

「!?」

「やっぱり……あいつは狙ってたのよ、私たちの動きが止まる瞬間を!」

「なるほど……つまり、こいつらは……!」

 

 今の一撃、ともすれば逆関節にも命中していた。いや、私が避けたから、それを追い逆関節から照準が外れただけだ。避けなければ、諸共に撃ち抜くつもりだったのだ。

 たったの一度だが、余りに異質な行動により、私にもわかった。

 この無人機たちに、仲間意識(チームワーク)などない。ただ自分に与えられた役目を、忠実に実行する――

 

「……ふ、ざ…………な」

 

 その有り様に、怒りがこみ上げる。

 いや、そんな生易しいモノではない。

 火山が爆発するかのように。

 一気に、噴出した。

 

「ふざ、けるなっ」

 

 この試合は、元々は私と楯無さん、一夏と簪が戦う筈だった。

 口下手な私でも、剣を通じてだけは自分の想いを表現できる……それはきっと、楯無さんも同じだ。器用なあの人だからこそ、自分の想いを隠してきた。

 

 それを、勝負を通じて、妹に伝えようとしていたのに。

 

「ふざけるなあああああああああっ!!!」

 

 その願いが、その想いがっ。

 

 こんなガラクタ如きに、踏みにじられたと言うのか!

 

 人形風情が、何様のつもりだ――!!

 

「おおおおおっ!!」

 

 再び逆関節へ向かう私に、狙撃手が砲を放つ。微塵の狂いもない精密さに、凄まじい弾速。そして、当たれば撃墜は免れ得ない威力。それらを併せ持つ必殺の一撃はしかし、ただ放つだけでは当たりはしない。

 

「しぃっ!」

 

 熱線に炙られた空気が膨張する音を聞きながら、身体を回転させる勢いに載せて二刀を振るう。同時に放たれる光弾と光刃が逆関節を捉え、装甲を焼き抉る。

 

「はあ!」

 

 さらに刀を振るい、狙撃手を牽制する。攻撃は全て巨大な盾に防がれたが、無数の光が視界を塞ぎ、反撃を許さない。

 

「せぇいっ!!」

 

 その隙に、逆関節へ更なる攻撃を仕掛ける。二刀を揃えて袈裟切りに振り下ろし、空裂の光刃で壁を作り、雨月の光弾で追いかけた。案の定逆関節は急速反転し、その攻撃から逃げて行く。

 そして、その先には。

 

「完璧♪」

「いざっ!!」

 

 盾持ちをドリルランス――〔蒼流旋〕で突き飛ばした楯無さんが、満面の笑みを浮かべて待ち構えていた。そして盾持ちが飛ばされた先では、私が剣を振り上げており。

 

「とりゃー!」

「はあああああっ!!」

 

 楯無さんの蒼流旋が逆関節の脇腹を抉り、私の雨月、空裂が盾持ちの足を切り裂く。いくら盾があっても、二刀で首と足を同時に狙われては、両方は防げない。

 そして首と足、どちらか片方しか守れないのなら、どちらを守るかなど自明だ。

 

『――――!』

『――――!?』

 

 いくら浮遊することが基本であるISでも、足を片方失えばバランスを取ることは難しい。重心が大きく変わるからだ。

 バランスが取れないということは、踏ん張りがきかないということ。踏ん張りがきかなければ、盾の効果は半減どころではない。逆関節も、ダメージは致命傷に近いだろう。パイロットがいないから絶対防御はないだろうが、それでも機体の損傷が大きくなればそれだけ大きな影響を受けるはずだ。

 

「よし、このまま……!」

「油断大敵よ、箒ちゃん。機械っていうのはね、いくら性能が落ちても、目的のために最期まで動き続けるんだから」

「は、はいっ!」

 

 うむ……やはり楯無さんは、実戦経験の数がまるで違う。私はすぐに熱くなってしまうが、楯無さんはどれだけ優勢になっても、逆に劣勢に立たされても、思考は変わらず冷静を保っているだろう。

 敵に回すと恐ろしいことこの上ないが、味方にすると実に頼もしい人だ。

 

「……けど、まあ」

 

 それまでおどけた調子だった楯無さんの声が、急に冷ややかなモノになる。途方もない激情を無理矢理に抑え込んでいるかのような、煮えたぎるマグマを内に封じた岩のような、声。

 

「お人形遊びにも、もう飽きちゃったし」

 

 ……そうか。この人も、怒っているのか。ただ上辺だけ、冷静を装っていただけなのか。

 

「終わらせましょうか」

 

 楯無さんの怒りに呼応するように、無人機たちの姿が揺らぐ。楯無さんの専用機、ミステリアス・レイディの第三世代兵装であるナノマシンだ。

 このナノマシンは一定以上集まると、ある強力な攻撃が可能になる。

 

 ――〔清き熱情(クリア・パッション)〕。ナノマシンにエネルギーを送り込み熱量に変換し強力な爆発を引き起こすという、気化爆弾に似た攻撃だ。

 限定空間でこそ威力を発揮するその技は、この狭いピットの中では回避も防御も不可能な、文字通りの必殺技だ。

 

 楯無さんはそれを、四機の無人機全てを巻き込むように準備し、発動させ――

 

『――――』

「なっ!?」

 

 ――ようとした、瞬間。狙撃手が私たちを狙っていた照準を動かし、ピットゲートへ向けた。間を置かず放たれた熱線がゲートを貫き大穴を空け、そこから無人機たちが飛び立って行く。

 

「……読まれて、た……?」

「…………」

 

 まるでクリア・パッションのことを知っていたかのような逃走に、呆然と呟く。それしかできない私とは対照的に、楯無さんは深く、何事かを考えているようだった。

 

「……追いましょう、箒ちゃん。アレらが何物であれ、捨て置くわけにはいかないわ」

「……はい」

 

 そうだ。今すべきことは、奴らの正体を探ることではない。学園を襲撃するということがどれだけの暴挙か、思い知らせてやらなくてはならない。

 クリア・パッションを見切られ、発動が難しいアリーナへ逃げられたとしても、それで私たちが不利になるわけではない。ただ、有利が一つなくなっただけだ。

 だから追撃をかけようと、迷わずゲートの穴へと向かい。

 

 そして、見た。

 

「…………な」

 

 それは、私たちが居たAピットとは反対の位置にある、Bピットで待機していたはずの一夏の姿。

 白式を展開していることから、戦闘中であることがわかる。一夏の周囲に居る機体から、学園を襲撃して来たのが一部隊だけではないことも。

 

 そして、一夏が危機に瀕していることも。

 

「一夏ぁ!!」

 

 一夏は腰に抱き付かれ、機動力を殺されていた。その状態で、逆関節と武器腕の二機が狙っている。このまま撃たれれば、ただでは済むまい。

 スラスターを全開にして飛んだ。後先を考えず、紅椿の最大速度で飛んだ。

 

 だがそれでも、間に合わない。雨月の光弾も空裂の光刃も、一手遅い。

 

(く、これではっ……!)

 

 このままでは、一夏が撃たれる。集中砲火を受ければ、白式の防御力をもってしても耐えられないかもしれない。

 通常では考えられないほど大量のISが戦っているこのアリーナ内でISが解除されれば、どうなるかなど目に見えている。それは、なんとしても避けなくてはいけないのに。

 

 私には、紅椿には、その手段がない――

 

(……いや。無いはずがない)

 

 そうだ。無いはずがない。無いはずが、ないんだ。

 

(近接ブレードとしての雨月、空裂……それらから放たれる、連射できる光弾と、広範囲を薙払う光刃。

 それだけでは、ないだろう)

 

 近距離・中距離での圧倒的な手数と、攻撃力。紅椿自身の高い機動力で距離を詰めることができるから、それだけあれば十分に思えるが――

 

(姉さんが……それだけで終えるはずがないっ!)

 

 篠ノ之束が、あの天才が、それで良しとするはずがない。

 間合いを詰められるから、遠距離武器は必要ない。そんな考えに落ち着くはずがない。

 

 有るはずだ、紅椿には。

 

 近距離格闘戦。中距離射撃戦。

 

 それらに続く、遠距離狙撃戦用の武器が。

 

 有るのだろう? 紅椿――!

 

『――新しい武装が解放されました。出力可変型ブラスター・ライフル、穿千(うがち)を展開します――』

 

 ガシャン、と音を立てて、紅椿の両肩のアーマーが開く。内部機関が外へと張り出し、クロスボウのような形を成す。

 その中央で光を放つエネルギーは、まさに番えられた矢だ。

 

(行ける……これならっ!)

「ああああああああっ!!!」

 

 展開装甲により全身からエネルギーを放出できる紅椿の特性のおかげか、穿千のチャージは一瞬だった。前進に使っていたスラスターを閉じ、全身の展開装甲からエネルギーを噴出させ、身体を固定する。

 両肩、つまり砲は二門。狙うべき敵も二機。

 

 照準は既に合っている、ならば迷わず、引き金を引け――!

 

「貫けっ!!」

 

 瞬間、放たれたエネルギーが一夏を狙っていた逆関節と武器腕に直撃する。

 射線上の空気を焼くほどの熱量が命中した二機を吹き飛ばした。当然、一夏を狙っていた照準は外れ、一夏も腰に抱き付いた敵を力ずくで引き剥がした。

 

「今のは箒か!? 助かっ「後にしろ! 今は、こいつらの相手が……先だっ!」……ああ!」

 

 一夏は危機を脱したが、状況は依然危うい。一夏の方にも四機行っていたのか、アリーナ内を八機もの無人機が闊歩している。

 

「一夏くんっ、簪ちゃんは!?」

「無事です! ですが……」

 

 楯無さんの慌てた声で、簪が居ないことに気付いた。一瞬恐ろしい考えが過ぎったが、一夏によって否定され安堵する。

 しかし、ピットの方を見ながら表情を険しくさせる一夏の様子に、何事もなかったわけではないと知る。

 

「……そう」

 

 楯無さんは、それだけで全てを悟ったようだった。ほんの数秒、辛そうに、耐えるように顔を伏せ。

 顔を上げた時には、冷徹な顔になっていた。

 

 その内に、濁流のような激情を秘めて。

 

「……許さない」

「ええ……許しません」

「ああ。……許さん」

 

 楯無さんの呟きに一夏が呼応し、私も怒りを増幅させる。

 簪とは、仲が良いわけではない。それどころか、まともに会話したことすらない。知り合いとも言えないような関係だ。

 それでも、この襲撃が彼女に何を齎したのかは、容易に想像できる。

 

 簪は、奪われたのだ。鍛錬の成果を実感する機会。自身を変えるきっかけ。疎遠になってしまった姉との対話。

 それら、全てを。

 

「絶対に……許さん」

 

 その痛みも知らぬ人形が、一体なんの権利があって。

 その痛みを知るとしても、一体どんな道理があって。

 

 ……なんであれ。

 

 許す気など、毛頭ない。

 

「突いて、穿って」

「斬って、抉って」

「焼き尽くしてやる――」

 

 敵は八機。対するこちらは三人。

 容易い戦だ。一人で三機を墜とせばいい。

 

「覚悟しろ……人形どもっ!!」

 

 振り上げた二刀に、渾身の力と感情を込めて。手近な無人機に、斬り掛かった。

 

 それが、十一機ものISが入り乱れる、激戦の始まりだった。

 

 

 




 簪ちゃんはヘタレだと思う。ヘタレなだけじゃないとも思いますが。ヘタレなキャラが頑張ってる姿って可愛いですよね。

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