IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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先日、友人とこんな会話がありました。



私「打鉄弐式とかラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡとかさー、名前からしてすでにアップグレード版じゃん? セカンド・シフトしたらどんな名前にするか、悩むんだよね」
友「ラファール・リヴァイヴ再び改善とかでいんじゃね」
私「ぶっ殺すぞ」


第90話 紅の剣姫

「……おう、フォルテ後輩」

「なんスか、ダリル先輩」

「すげえもん見ちまったなー」

「いやー……すごかったッスねー」

 

 第三アリーナの中央に、二機のISが浮いている。片方はIS学園三年生で唯一の国家代表候補生、ダリル・ケイシーの専用機〔ヘル・ハウンドver2.5〕。もう片方は、二年生の国家代表候補生、フォルテ・サファイアの専用機〔コールド・ブラッド〕。

 ダリルとフォルテが待機していたピットを突如襲撃してきた、四機のIS。彼女たちはアリーナに出て応戦していた筈だが、その機体は驚くほどダメージが少なかった。

 

「よう、フォルテ。てめーもよ、後輩なら先輩のためにあんくらい気合い入れて働けよ」

「ええー? いやッスよそんなの。先輩こそ、先輩らしく後輩にカッコイイとこ見せてほしいッス」

「てめー、先輩の命令が聞けねえってのか?」

「後輩のお願い、聞いてくれないんスか?」

 

 それは決して、二人が防御に徹し逃げ回っていたわけではない。二人は鉄壁の防御力を誇る戦術の使い手として有名ではあるが、実際に彼女たちと戦ったことのある者たちはむしろ、研ぎ澄まされたカウンターをこそ恐れるのだ。現に第三アリーナの地面には、撃墜され機能停止した無人ISが五機、横たわっている。

 

 そう。五機だ。

 

「……つーか、こいつら機械だろ? それがしっぽ巻いて逃げ出すとか、一体どーいうことだよ」

「まあ現実的に考えれば、有利な場所に移動するための戦術的撤退とか、そんな感じだと思うッスけど」

「そりゃそーだろうけどよ」

 

 言いながら、ダリルは半ば呆けたような顔で空を見上げた。先ほどまでアリーナを覆っていた遮断シールドは撃ち抜かれ切り裂かれ、今は機能していない。視界には青い空が広がるばかりだ。

 聞きながら、フォルテは顔を引きつらせ地面を見下ろした。五機の無人ISの残骸、その内の一機は、彼女たちが倒したのではない。彼女たちの持つ武器では、胴を両断するような真似はできない。

 

「……こりゃあの話も納得だな。こんなもん見せられちゃ」

「? なんの話ッスか?」

「生徒たちの間での、噂っつーかなんつーか。「校則に載っていない禁則事項」ってやつだよ」

「あー、聞いたことあるッス。一ツ、織斑千冬に刃向かってはいけない。二ツ、更識楯無を敵に回してはいけない。……でしたっけ?」

 

 その機体は、二人が最後の無人機に止めを刺した直後に現れたものだった。

 轟音と共に、アリーナ内部から観客席に出る扉を高出力のビームが破った。すわ敵の増援か、と身構える二人を完全に無視して、ビームが開けた大穴から飛び出して来た三機の無人機がそのまま第三アリーナを飛び去り、殿(しんがり)だろう、盾を持った機体だけが残った。盾を構え、ビームライフルを穴へ向け、防御体勢を取り。

 

 ――直後、銀色の装甲から伸びる紫色の光に、構えた盾ごと両断されたのだ。

 

「まーIS学園自体、歴史も何もない新しい学園だから、そんな時事ネタみてえなのしかねーけどよ。……今年に入って、また増えたんだよな」

「あー……なんとなくわかったッス」

 

 倒した無人機、残ったダリルとサファイアに一瞥すらくれず無人機たちを追って行った、銀色の装甲。一瞬だけ見えた、操縦者の少女の顔。刃のように冷たく鋭く、炎のように熱く激しいその表情を思い出す。

 ダリルは呆れたように肩をすくめて。フォルテは溜め息を吐き頭を振って。

 同時に言った。

 

「「三ツ――井上真改を怒らせてはいけない」」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 一夏、簪、そして楯無さん……三人と協力して戦い続けること数十分。観客席には観客の姿はほとんど残っていない。どうやらアリーナの制御は大方取り戻したらしく、避難は順調に進んでいるようだった。

 この分なら、先生たちが応援に駆け付けるまでそう時間はかからないだろう。訓練用の打鉄とラファール・リヴァイヴとはいえ、二十機近くのIS。それも操るのは、いずれも歴戦の猛者である実技教官たちだ。無人機が全部で何機いるかはわからないが、このアリーナに来た数を考えると、二十四機前後か。専用機持ちたちと合流すれば、問題なく退けられるだろう。

 

 ――だが。

 

「ぐ、ぅ……!」

「大丈夫か、箒!?」

 

 それまで、私が保ちそうにない。

 

(エネルギーが……!)

 

 私の専用機、紅椿は、一対一の勝負ですらエネルギー管理に悩まされる。四対八という大規模な戦闘ではどれだけ温存してもエネルギーが足りない。

 雨月の光弾も空裂の光刃も、途中から使わずにいるが……ブレードとして最低限の攻撃力を発揮するには、多くはないがエネルギーは必要だ。細身で軽く、片手で振るうこの二刀は、刀身をエネルギーで覆うことで物理的な破壊力の低さを補っているからだ。

 

「くっ……ここまで来てっ!」

 

 この第一アリーナに居る無人機は、残り四機。武器腕が二機と、逆関節と狙撃手が一機ずつ。

 前衛である盾持ちは全て排除し、敵部隊の防御力は大きく落ちた。あとはこのまま、押し切るだけだと言うのに。

 

「!? うああぁぁっ!!」

「箒っ!!」

 

 焦りが隙を作り、反応が遅れ、被弾する。……直撃だ。攻撃力の低い逆関節の光弾だったからなんとか耐えられたが、装甲の一部が焼け砕けた。今のが武器腕や狙撃手の熱線であれば確実に撃墜されていただろう……そうでなくても、次はない。

 

「く、ぅあ……!」

「箒! 紅椿はもう限界だ、撤退しろ!」

 

 大きくバランスを崩し、姿勢制御すらできないほどにエネルギーを消耗していたため、そのまま観客席に叩きつけられる。そんな様子を見られては、一夏の判断も仕方あるまい。

 これ以上は戦えない、と。無理に戦おうとしても、足手まといになるだけだ、と。

 

 そう判断されても仕方ないほどの、体たらく。

 

「くぅぅぅ……!」

 

 悔しさに歯噛みする。私は、こんなにも弱かったのか。

 一夏は、紅椿と同じく燃費の悪い白式を駆りながら、あんなにも立派に戦っている。弱点を補うために、様々な工夫を凝らし、試し、繰り返し、戦術や技にしてきたからだ。

 零落白夜に頼らずとも高い威力が出せるよう、白式のパワーとスピードを刃に載せる斬撃を身に付けた。スラスターエネルギーの消耗を抑えるために、追い掛けるのではなく回り込む機動を身に付けた。

 いずれも高度な技術の数々を、たゆまぬ努力で磨いてきたのだ。

 

(それに比べて、私はなんだ……!)

 

 紅椿の性能に頼っていながら、追い詰められれば燃費のせいにする。戦術はエネルギーを出し惜しむ、消極的なモノばかり。結局は長所を活かしきれず、短所も補いきれず、中途半端な性能しか発揮できない。

 

(この様は、なんだ!)

 

 何故私は、こんなにも弱い。何故私は、こんなところで這いつくばっている。

 私が居るべきはここではない。私が居たいのは、ここではないのに。

 

(なんて様だ、篠ノ之箒!)

 

 楯無さんが、簪が、一夏が戦っている。疲れ果てた身体で、残り少ない弾丸で、底を尽きかけたエネルギーで。

 倒れているのは私だけ。戦っていないのは、私だけ。

 

(なんて様だ……紅椿っ!!)

 

 強くなりたかった。だが人間の力など、兵器(IS)の前では塵芥に等しい。紅椿は私にとって、希望そのものだった。

 だから頼った。その性能に、その機能に、その武器に。それ自体は、悪いこととは思わない。自身の専用機を頼りにするのは当然のことだ。それ自体は、決して悪いこととは思わない。

 

 問題は――

 

(この程度か、お前は! こんなものなのか、お前の力はっ!!)

 

 問題は。

 

 頼っていながら。

 

 信じて、いなかったこと。

 

(これが……お前の限界か!!)

 

 ……私は、信じていなかった。姉さんが造った機体でありながら……いや、姉さんが造った機体だからこそ。自分の力で手に入れたわけではなく、ただ私が、「篠ノ之束の妹」たがら与えられただけだから。

 身の丈に合わぬ絶大な力を、信じることができなかった。紅椿の性能について行けず、成功も失敗も、自分の物だと思えなかった。

 

 紅椿を、私の専用機なのだと、信じられなかった。

 

「情けないな……お前も、私も」

 

 ISはパイロットとシンクロすることで、その性能を発揮する。だからこそ、ただ一人のパイロットのためだけに存在する専用機は、より深くパイロットとシンクロできる。性能を限界まで引き出せる。

 しかしパイロットが専用機を信じていなければ、シンクロなどできるはずもない。……当然だ。自分を信じてくれない者と、どうして心を通わせられると言うのか。

 

 ……なのに。

 

「情けないなっ……私たちは!」

 

 なのに、それでも。

 

 紅椿は、私に尽くしてくれた。力を貸してくれたのだ。

 

「あああああああああっ!!!」

 

 両脚に渾身の力を込めて、立ち上がる。展開しているだけで精一杯なほどにエネルギーを消耗した紅椿は、パワーアシストすら機能していない。ISの装甲は疲労した身体で支えるにはあまりに重く、ガクガクと膝が笑う。

 だが倒れるわけには、地に手をつくわけにはいかない。

 今、この両手は。武器を持ち、振るうために――戦うために、あるのだから。

 

「ぐ、ぅお……! どうだっ……私は、立ったぞ! お前はどうだ!!」

 

 紅椿は、私でなければ動かせない。私は、紅椿がなければあまりに弱い。

 

 ならば、互いを頼らなくてどうする。

 

 互いに信じ合わなくて、何ができる!

 

「どうした! お前がこの程度のはずがないだろう! 見せてみろ、お前の本当の力を! この私に!!」

 

 もはや、声を出すだけでも辛い。だが身体の奥底から湧き上がる想いが口を衝き、止まらない。

 頭を下げて謝りたい。手を取って感謝したい。そしてそれ以上に、私は、しっかりと向き合いたかった。

 

「お前が、篠ノ之箒(この私)専用機()を名乗るなら――」

 

 そして何より、はっきりと言いたかった。自らの愚かさ、その一つに、ようやく気付けたことを。その愚かさを、正せたことを。

 

「――信頼に、応えてみせろっ!!」

 

 私は、お前を頼り。

 

 そして、信じる。

 

「紅椿ぃぃぃぃ!!!」

 

 そう、声を大にして、言いたかったのだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おおおおおおおおオオオオオ!!!」

 

 特別なことなんてしていない。私はただ、心に決めただけだ。

 紅椿を、私の刀を信じると。姉さんの思惑も周囲の嫉妬も関係ない、紅椿は私の専用機なのだ。紅椿自身がそう認めたからこそ、私はこうして機体を展開できている。

 疑う余地など初めからなかった。私一人が、どっちつかずで空回りしていただけ。それももう、終わりだ。

 

「行くぞ、紅椿……ついて来い!!」

 

 装甲に包まれた足を持ち上げ、前に出す。いまだ沈黙している駆動系は枷のように関節を固め、私の動きを束縛する。

 

「くぅ、おおおおおっ!!」

 

 一歩踏み出すだけでも全身が軋みを上げる。今までの戦闘、圧倒的な機動力で動き回ったことにより蓄積していたダメージが、ここに来て一気に表面化していた。

 

「あああ、ぁぁぁあああああっ!!」

 

 それでも、歩みは止まらない。この痛み、この重さ、この不自由さ――それらは全て、私が今まで紅椿に強いてきたものだ。私が不甲斐ないばかりに。私の力不足のせいで。

 

「ぐ、がっ……あああっ!!」

 

 この程度で、借りを返せるとは思わない。こんなものは、始まりに過ぎないんだ。

 私はこれから、紅椿の誠意に報いて行かなければならない。

 

「はぁっ、はぁっ、ぜぇっ……く、ああああ!!」

 

 ガツン。必死に持ち上げた足が、観客席の縁に当たる。普段は遮断シールドに覆われているそこも、今は機能していない。流れ弾でも飛んで来れば、まず間違いなく即死するだろう。

 だが……不思議と、恐怖はなかった。

 

「ぜぇっ、ぜぇっ……どうだ! ここまで……来たぞ!」

 

 もはや呼吸もままならない。手足は痺れ、ちゃんと武器を持っているか、ちゃんと立っているか、目で見て確認しないとわからない。

 それでも、ここまで来た。戦場に、戻って来た。

 

「……待たせたな、紅椿。永く、待たせた」

 

 一人でも戦う覚悟なんて、私にはない。今はもう、必要とも思わない。

 紅椿(お前)がいなければ、私は戦えない。しかし紅椿(お前)がいてくれるのなら、私はいくらでも戦える。

 それでいい。それで十分じゃないか。ただあと一つ、敢えて欲を言うとすれば。

 

「さあ。始めよう、もう一度。篠ノ之箒()紅椿(お前)の戦いを」

 

 戦うのであれば。

 

 私は、最強を目指したい。

 

「始めよう、今ここから。私たちの、闘いを!」

 

 勝利も敗北も分かち合おう。長い道のりを共に歩もう。そしていつか、目指す場所に辿り着けたなら。

 そこからの景色を眺めながら、語り合おう。

 

「行くぞ……紅椿っ!!」

 

 どれもこれも、自分勝手な言い分だ。機械であるISは答えなど返さないし、当然、何を感じ、何を思っているのかなどわからない。

 

 それでも私は。ようやく紅椿の隣に、並べた気がした。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――…………再起動します――

 

 頭の中に声が響く。

 聞き慣れた機械音声。それが何故か、僅かな温かみを帯びているように感じた。

 

 ――搭乗者とのシンクロ率が規定値に到達。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、〔絢爛舞踏〕を発動します――

「はあああああぁぁぁ!!!」

 

 紅椿の展開装甲、全身に組み込まれたそれらが、全て開く。そこから溢れ出したのは、いつものような紅い光の刃ではなく、黄金に輝く光の粒子だった。

 

 ――絢爛舞踏、稼働率30パーセント……40パーセント……50パーセント……――

「エネルギーが回復していく……これがお前の、本当の力か!」

 

 単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、〔絢爛舞踏〕。一体どのような仕組みなのか見当も付かないが、絢爛舞踏が発動した瞬間から、紅椿のエネルギーは回復し始めた。

 花弁のように舞っていた光の粒子は次第に数を増やし、今では花吹雪と呼ぶべきほどになっている。

 幻想的な光景だった。状況が違えば、きっと心奪われていただろう。

 

 ――60パーセント……70パーセント……警告。損傷箇所の負荷が増大しています。これ以上の出力上昇は危険です――

 

 しかし泉のように湧き続けるエネルギーは、機体にも大きな負担をかけるようだ。先の戦闘で傷付いた装甲が出力に耐えられず、徐々に亀裂が広がって行く。

 

「出力を下げろ」

 ――稼働率……60パーセント……50パーセント……40パーセント――

 

 粒子の噴出が抑えられ、亀裂の拡大も止まった。どうやら今の状態では、この出力が限界か。

 エネルギーの残量はおよそ二割。十全とは言い難いが、絢爛舞踏により今も少しずつ回復している。それは言い換えれば、戦闘による消耗を抑えることができるということだ。

 奴らを倒すには、十分だ。

 

「……済まなかった。これほどの力を持っていながら満足に振るえないのは、窮屈だっただろう?」

 ――状況を確認…………敵IS、四機。友軍三機と交戦中です――

「……そうだな。今は、そんなことを言っている暇はない」

 ――作戦目標を更新。敵ISの全機撃墜をもって、作戦完了とします――

「了解だ。……篠ノ之箒、紅椿、推して参る!!」

 

 雨月と空裂も真紅の輝きを取り戻し、全身の展開装甲からスラスターのようにエネルギーが噴き出す。今までならば瞬く間にエネルギーが枯渇するだろうが、消費に追い付いていないとはいえ、常にエネルギーは回復し続けている。

 あと数分ならば、この性能を維持できるだろう。

 

「出し惜しみはしない……一気に片を付ける!」

 

 一夏たちの体力も限界が近いはず。これ以上戦いを長引かせるわけにはいかない。

 絶え間ない飽和攻撃で圧し潰す――それが、紅椿の攻撃力を最大限発揮できる戦術だ。

 

(まずは……数を減らす!)

 

 一夏たちは分断され、それぞれ相性の悪い敵と戦っていた。素早く視線を巡らせ、誰に合流すべきかを考える。

 判断は、一瞬だった。

 

「し、篠ノ之さん!? もう、大丈夫なの……?」

「ふん、他人の心配をしている場合か?」

 

 戦い慣れておらず、そもそも一対一の戦闘に不向きな簪。私は彼女のもとへ飛び、追い掛けていた無人機の前に立ちふさがった。

 

「それに。その呼び方はやめてもらおうか」

「え……?」

「私のことは箒と呼べ。私もお前を、簪と呼ばせてもらう」

「……うん! 一緒に……戦おうっ……箒!」

「ああ! 行くぞ、簪!」

 

 戦線復帰した私を警戒してか、距離を空け滞空していた無人機――武器腕に刀を向ける。この敵を相手に近距離・中距離で戦うのは危険だ。本来ならば穿千(うがち)を使いたいところだが、そこまでの余裕はない。

 それに、紅椿の攻撃力を引き出せれば、あの分厚い弾幕にも対処できる筈だ。

 

「簪……山嵐はあと何回使える?」

「……一回だけ……」

「そうか。では温存しておけ。私が隙を作る、機を見て斬り込め!」

「……うん!」

 

 力強い返事を受け取り、一気に加速する。それに対し武器腕は、退がりながらビームカノンを乱射した。

 相も変わらず凄まじい量の熱線に、怯みそうになる。葉を食いしばり、無意識に回避しようとする本能をねじ伏せた。

 できる筈だ。……いや、できる。私と、紅椿なら――!

 

「おおおおおおっ!!」

 

 二刀を振るい、光刃と光弾を乱れ撃つ。同時に全身の展開装甲からエネルギー刃を生み出し、一斉に射出。

 紅椿の高性能なFCSは、無数の熱線を余さず捉えていた。あとは示された軌道に、迷いなく刃を乗せればいい。

 

「はあっ!!」

『――――!?』

 

 剣ならば、幾千幾万と振るってきた。必要な動きはこの身体に刻み込まれている。心にさえ曇りがなければ、剣閃を現実に映し出すことなど容易い。

 

「貴様らにはあるまい……自らに積み上げてきた技など! ならばできまい、自らを信じることなど!」

 

 空中で激突する光と光。それらは一瞬眩く輝き、弾けて消え――一つ残らず、撃ち落とされた。

 

「機械如きにはわかるまい! 信じ信じられることが、どれほどの力になるのかっ!!」

 

 武器腕は繰り返し熱線を乱射する。私は絶えず二刀を振るい、その全てを撃ち落とす。

 

「それを私に教えてくれたこと、それだけは感謝してやる!」

 

 私に射線を集中したせいで、武器腕は正面以外に致命的な隙を晒していた。無論、それを見逃す簪ではなく、最大速度で後ろに回り込んでいる。

 武器腕が気付いた頃には、既に間合いの内。簪は大薙刀、夢現(ゆめうつつ)を振りかぶっていた。

 慌てて振り返り、ビームカノンを片方後ろに向けるが――余りに遅い。

 

「やあああああっ!!」

 

 長柄武器特有の、膨大な遠心力を載せた薙払い。そこに簪の技術と夢現の超振動刃が加われば、その切断力は尋常ではない。腕と一体化した巨大なビームカノンは、一太刀で斬り飛ばされた。

 

「その礼に、魅せてやろう!」

 

 そして、半減した火力では私を抑え切ることなどできない。熱線を撃ち落としながら接近し、瞬く間に一足一刀の間合いに入る。

 

「これが……!」

 

 空裂を左肩に担ぎ、雨月を左腰に据えて居合いのように構える。

 最後の踏み込み。同時に振るわれた二刀は武器腕の装甲を斬り裂いても止まることなく、身体ごと回転しながら二回、三回と斬り付けた。

 勢いのまま武器腕の後ろに飛び抜けた直後、放たれた光刃と光弾が殺到し、斬り裂き、貫き――武器腕を完膚なきまでに、破壊した。

 

「私と、紅椿の剣だっ!!」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 今までにない、確かな手応え。モノクロだった世界が色彩を取り戻したかのように、あらゆる感覚が研ぎ澄まされる。四肢だけでなく、手にした刀の切っ先や、人体には備わっていないスラスターにまで神経が張り巡らされている。

 もちろんそれは比喩であり、錯覚だ。実際は、紅椿から送られてくる情報を脳がそのように認識しているに過ぎない。だが逆に言えば、それらがまるで私自身が感じているかのように思えるほどリアルで、良く馴染むということだ。

 

「……ぐっ」

 

 だがその感覚も、一瞬の後に霧散してしまった。敵を倒した安堵からか、限界まで酷使した身体と機体の疲労が唐突に蘇る。

 ……なにをしている、篠ノ之箒。まだ一機墜としただけだ、敵はまだ残っている。最後まで緊張を緩めるな、集中を途切れさせるな。どれだけ優勢であろうと詰めを誤れば敗北する、それをいい加減学べ!

 

「……すぅ……」

 

 素早く、深く呼吸する。平時の状態に戻りつつあった精神を再び戦闘のそれへと切り替え、残りの敵に意識を向け――

 

「うぁっ……!」

「お姉ちゃん!!」

「!?」

 

 堪えきれずに漏れ出たような小さな悲鳴を、ハイパーセンサーが耳聡く捉える。一体何が起こったのか――直接見るまでもなく、誰よりも早く反応した簪の様子が、全てを物語っていた。

 

「なっ!?」

「楯無さん!」

 

 一瞬の隙を突かれたのだろう、楯無さんは彼女を追いかけていた二機の片方、逆関節の体当たりを受けていた。抗うだけの力も残っていないのか、そのままアリーナの壁に叩き付けられ、押さえ込まれる。

 ……迂闊だった。いや、冷静に考えれば当たり前のことだ。学園最強の生徒会長、ロシアの国家代表……いくら凄まじい肩書きを持っていようと、彼女は超人でもなんでもない。動きから徹底的に無駄を削ぎ落とすことで消耗を抑えてはいるが、体力的には十代の少女に過ぎない。

 数で勝る敵に絶え間なく攻められ続ければ、いずれ力尽きるのは当たり前なのだ。

 

「こ、の……!」

 

 なんとか逆関節を振り払おうと楯無さんがもがくが、その腕には見るからに力がこもっていない。

 ……心のどこかで思っていた。楯無さんならば、どのような苦境も笑いながら乗り越えるだろうと。だから、率先して多くの敵を引き付ける彼女に、なんの心配もせずに任せた――いや、押し付けた。その甘えが、こんな事態を招いた。

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 悲鳴のような簪の声。見れば楯無さんを追っていたもう一機、武器腕と、一夏を近づけまいと牽制し続けていた狙撃手が、その凶悪な砲を楯無さんへと向けていた。

 ……数がこちらを下回り劣勢になったからか、逆関節ごと撃ち抜いて、楯無さんを道連れにするつもりか――!

 

「させるかぁっ!!」

「その人を離せ!!」

 

 一夏が狙撃手へと全速力で飛び、私は穿千に残りのエネルギー全てを叩き込んだ。

 武器腕と逆関節に素早く狙いを定める。狙いを外れ、楯無さんに当たるかもしれない――そんなことを考えている猶予はなかった。一瞬も躊躇うことなく、穿千を発射する。放たれた二条の閃光は真紅の尾を引きながら直進し、逆関節と武器腕を貫いた。

 ビクン、と一度痙攣し機能を停止する逆関節。元々薄い装甲と蓄積したダメージで、既に限界だったのか。これなら武器腕にも、十分なダメージを――

 

「……な!?」

 

 ……なんということだ。私はまだ、機械を相手にしているということの意味を理解していなかったらしい。

 回避する猶予もなく耐える余裕もない武器腕は、あろうことか自らの右腕を切り離(パージ)して射線上に置くことで、穿千の一撃を凌いだのだ。

 

「ま……まずいっ」

 

 慌てて接近しようとするが、穿千を放つ為に機体を空中で固定させたせいで、加速に手間取る。そうでなくても、もはやエネルギーは空だ。体当たりをするにしても、十分な速度は出せないだろう。

 

 一夏を見る。

 丁度、零落白夜を狙撃手の砲に突き立てたところだった。白式の残りエネルギーから考えて最後の零落白夜だが、敵の唯一の攻め手を潰すことはできた。しかし今からではどうやっても、一夏が武器腕を止めることはできない。

 

 簪を見る。

 春雷は既に使い切った。山嵐もあと一回分の弾しかない。その一回でも大きなダメージを与えることはできるが、仕留めるには至らない。そして遠距離攻撃の手段が残っていない打鉄弐式では、山嵐を受けた武器腕が体勢を立て直す前に追撃を仕掛けるのは難しいだろう。

 

 楯無さんを見る。

 逆関節は機能を停止したが、がっちりとしがみついていた両腕はそのまま固まってしまった。それでも楯無さんなら、例え疲れ切っているとしても抜けられるだろう。……時間さえあれば。

 

 ……何か。何か、ないか。

 楯無さんに向けられた武器腕の砲に、光が集まっていく。片方だけとは言え、身動きが取れない状態であれを受ければどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 必死に前へ進もうとするが、ひどく遅く感じる。身体が思うように動かない中、意識だけが加速していく。何もかもがゆっくりで、しかしいくら考えても、どうすれば良いかわからない。

 

 何か、ないのか。何か、手立ては。

 

 武器腕の砲から漏れ出る光は見る間に強くなっている。一瞬の後には放たれ、逆関節の残骸ごと楯無さんを焼き尽くすだろう。それを止めるため必死に考えるが……何も思い付かない。

 敵を睨み付ける目に涙が滲む。悔しさか、情けなさか、それとも別の何かか。泣いている暇などないというのに、視界は少しずつ歪んでいき。

 

 その端に。見慣れない、細く長い何かがどこかから飛んで来て。

 

 吸い込まれるように、武器腕へと突き刺さる様が見えた――

 

 

 




――体は仕事で出来ている――

――血潮はコーヒーで、心はリポD――

――幾たびの土日を越えて不休――

――ただ一度の遅刻もなく――

――ただ一度の定時退社もない――

――家に帰ってもどうせ一人――

――柿ピーつまみに発泡酒に酔う――

――故に、たまの休みは惰眠を貪り――

――その体は、酒と仕事で出来ていた――



   ――unlimited works.

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