しっちゃかめっちゃかになるのは確実だろうけど、一度やってみたい……
……甘えていた。
お姉ちゃんと一緒に戦っているつもりで、結局は甘えていた。
お姉ちゃんなら大丈夫だって、信じて疑わなくて、甘えていた。
だから――こんなことになった。
(お姉ちゃんっ)
必死に手を伸ばす。それがなんの意味もないことを私は知っているけれど、そうせずにはいられなかった。
春雷はとっくに撃ち尽くしてしまって、山嵐も残り一回分の弾しかない。一回で倒し切ることを目的にしていない山嵐じゃ、武器腕の攻撃は止められない。夢現で追撃しようにも、この距離からじゃ間に合わない。
(お姉ちゃんっ!)
それでも、他に方法はない。一か八か、山嵐の弾道が偶然敵の直近を通ることに賭けるしかない。四十八発全部が、偶然にもそうなることに。
……それはもう。偶然じゃなくて、奇跡だ。
(お姉ちゃんっ!!)
……本当に、それしかないの?
山嵐を撃ってしまえば、打鉄弐式は立て直しに数瞬かかる。致命的な時間だ。つまり失敗すれば――それで、終わり。
(お姉ちゃん……!)
怖い。
怖い、怖い、怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
撃たなくちゃいけない。だってそれしか方法がないんだから。けれど失敗したら。そう考えると、怖くてたまらない。
他に何か、もっといい方法があるんじゃないの? そんな風に考えてしまい、貴重な一瞬を無駄にしていく。
(お姉、ちゃんっ……!)
撃たなくちゃ。
撃たなくちゃ、いけないのに。
怖くて、恐ろしくて、身体が動かない。ロックオンはとっくに完了していて、あとは撃つだけなのに。
怖くて。恐ろしくて。
どうしても、身体が動かない――
『――撃って!』
「……え?」
突然、回線から誰かの声が聞こえた。とても、とても聞き慣れた声。私が小さい頃から、毎日のように聞いていた声。
けれど今、その声が聞こえるはずがない。あの子のわけがない。だってあの子が、ここに居るなんて――
『撃って、かんちゃんっ!』
「……っ!」
――ああ。間違いない。私を「かんちゃん」なんて呼ぶのは、世界に一人しかいない。
いつもふらふら落ち着きがなくて、見ている人を心配させて、けれど時々頼もしい。どんくさくて気まぐれでわがままで、けれど優しくて、いつも私を気遣ってくれる。
本音の、声だ。
『撃って!!』
「――山嵐、発射!」
本音がいつになく本気の声で、「撃って」と言った。理由はわからない。意図もわからない。けれどきっと、本音のその言葉に、間違いはない。根拠もなしにそう思った。
なら、迷うことなんて何もない。今まで動けなかったのが嘘のように、私は躊躇なく、引き金を引くことができた。
その瞬間に発射される、四十八発のミサイル。ポッドの中に残った全弾が火を噴き、猛然と飛翔する。
それらは武器腕に向かって行くけれど、直撃コースからはほんの少し外れている。やっぱりだ。このままじゃ……!
「こっちも、発射~!」
微妙に間延びした声が、微かに聞こえた。回線を通したものじゃない、空気を伝わって届いた肉声だ。
その方向を見ると、信じられないことに、観客席に本音が立っていた。井上さんの居る第三アリーナに行っていたはずなのに、まさかここまで走って来たのだろうか? それを肯定するように、本音の顔には滝のような汗が流れていた。
あの混乱の中、この危険な場所まで、走って来てくれたんだ。運動が大の苦手な本音が、私が膝を抱えてうずくまっていた時から、ずっと。
……私のために。私を信じて。
その本音の前には、機械仕掛けの大きな
番えられていた矢は、今まさに放たれたところだった。
「……あれは……!?」
多分、手摺か何かに無理やり矢羽と鏃を付けて矢にしたんだろう。けれど鏃は、敵を貫くための形をしていなかった。一部の電子ロック式の扉に使われている、高性能電磁石だ。武器腕に命中した矢は、ダメージは与えられなかったけれど、装甲にピタリと張り付いた。
しかしそんなことをして、一体なんの意味があるのか――そう思いながら矢を見ると、鏃の少し手前に、小さな機械が取り付けられていることに気付いた。
「……! そうか!」
それを見て、ようやく本音の狙いがわかった。
それを造ることができるのは、おそらくこの学園内では――いや、世界中でも本音だけだ。私と一緒に山嵐のプログラムを造った、本音だけ。
山嵐のプログラム、目標の追尾とミサイルの軌道に関する部分は、処理しなければいけない情報量の問題で、今の形を取った。常に動き回る敵の正確な位置を求めるには、膨大な演算能力が必要になるからだ。
けれど、その演算を大幅に省く方法がある。本来ならそれは、デコイ、フレア、チャフへの対策が進歩してきているから、極めて難しいことだけれど。でも本音は、山嵐のプログラムを熟知している本音だけは、それをいとも簡単に造ることができる。
あみだくじと同じだ。スタート地点を一つ一つ試して当たりを探すよりも、当たりから逆に辿った方が断然早い。標的への道筋がわからないのなら、標的自身にその道筋を示してもらえばいい。
本音は。本音だけは。その道筋の示し方を、知っている。
それは即ち、対山嵐専用の。
――誘導ビーコン。
「「いっけえええぇぇっ!!」」
誘導ビーコンに赤い光が灯り、起動したことを告げる。その瞬間、山嵐のミサイルたちは明らかにその動きを変えた。より精密に、より複雑に。狙いを僅かに逸れることもなく、武器腕へと殺到し。
――一発目が直撃。
続いて二発目、三発目、四発目。五発、六発、七発、八、九、十――!
「や、やった……!」
爆煙が濃くて、武器腕の姿は見えない。けれど少しすると、煙の下から大破した武器腕が現れ、落ちていくのを確認した。
――倒せた。思わずガッツポーズをして、すぐに慌てて、お姉ちゃんのところへ行こうとして。
落ちていく途中の、機能を停止したはずの武器腕から、熱線が放たれた。
「――え」
武器腕が再起動したわけじゃない。ただチャージしたエネルギーが行き場をなくし、ひび割れた砲口から溢れ出しただけ。
たったの一発、それも狙いなんか誰に対しても、何に向けても付けられていない、床に落とした拳銃が暴発したようなその熱線は、
本音へと、真っ直ぐに飛んで行った。
――――――――――
無作為に放たれた一発の銃弾が、この広いアリーナで、観客席に立つ一人の少女に当たる。それは確率で言えば、どれほどのものなのだろうか。
けれどそんなことはどうでもいい。今重要なのはたった一つだけ。このままじゃ、熱線は本音に直撃する。ISに対して大きなダメージを与えるほど強力な熱線が、生身の本音に。
「ほん――」
お姉ちゃんが追い詰められた時とは違う。あまりにも突然で予想外の事態に、私の思考は混乱を通り越して、完全に停止していた。反射的に呼んだ名前も、最後まで声にする間もなさそうだった。
熱線は、もう本音の目の前まで来ている。次の瞬間には、布仏本音という女の子は骨の一欠片に至るまで蒸発し、この地上から消滅してしまうだろう。
全てを出し切った私たちには、その未来を変える力は残っていない。何もできないまま――それこそ、反応すらろくにできないまま、その結末を見届けるしかない。
だから。
一体何が起こったのか。私がそれを理解するには、結構な時間が必要だった。
――ドォォォォン――!
轟音が耳に届く一瞬前に、本音の姿が消えた。突然現れた黒い壁――違う。空から降ってきた、左腕が付いたままの大盾が、観客席に突き刺さって。
熱線から、本音の姿を遮ったんだ。
『――――、――!』
『――、――、――――!?』
「――オオオオオオオオオオッ!!」
次に聞こえてきたのは、獣のような咆哮。回線から聞こえてくる音声情報でも、スピーカーで増幅された音波でもない、正真正銘の肉声。さっきの轟音すら掻き消すほどのその声は、ある少女が戦いの際に発する、自分の力を限界まで出し尽くすための雄叫びだ。
「なっ、い……井上さん?」
見上げると、そこに居たのはやっぱり彼女だった。
いつもの静かさからは想像もつかない、犬歯を剥き出しにした憤怒の表情。無人機の一つ、逆関節の頭部を鷲掴みにして、彗星のように急降下している。
その周りを、井上さんを追うようにして降りて来るのは武器腕と狙撃手だ。けれど武器腕は井上さんの速度に追い付けず、狙撃手に至っては盛大に体勢を崩し、錐揉みしながら落ちている。よく見れば、その左腕にあったはずの大盾は――というよりも、左腕そのものがなくなっている。
……月光で、斬り飛ばされたんだ。いまだ赤熱している切断面が、振るわれたであろう一太刀の鋭さと愛刀の威力を物語っていた。
「……ッ!!」
『――――!』
瞬く間に高度を下げ、地面に激突する寸前、井上さんは逆関節を掴んだまま右腕を振り上げた。直後、朧月の背中で爆発が起きる。専用スラスター〔水月〕のカートリッジの起爆だ。その狂的な加速力を余さず乗せて、逆関節を地面に向けて投げつける。
「オオオァッ!!」
背中から叩きつけられた逆関節は、大型トラック同士が正面衝突したかのような破壊音を轟かせて地面にめり込む。凄まじい衝撃に一瞬、地面に縫い止められたように大の字になる逆関節。そこにギロチンの刃のように振り下ろされるのは、朧月の特殊スラスター兼大型ブレード、〔月輪〕。まるで体当たりのように全身で繰り出された一撃は、逆関節の胴を真っ二つにして、地面にまで深々と剣閃を刻んだ。
……まるで「胴田貫」の逸話だ。と言ったら、「井上真改」さんはどう思うだろうか。
「っ! 危ない!」
逆関節の機能停止を確認する間もなく、次の攻撃。武器腕が追い付き、井上さんに向けて集中砲火を浴びせたのだ。
装甲の薄い朧月には武器腕の熱線は脅威だ。それに取り回しの悪い月輪で渾身の一撃を打ち込んだから、回避するにも一拍遅れる。広範囲にばら撒かれる乱射の範囲からは逃げきれない。
その危機に対して、井上さんは――
「疾っ!」
『――――!?』
――両断された逆関節の上半身を武器腕に向けて蹴り飛ばし、即席の遮蔽物にすることで熱線を防いだ。
当然、朧月同様軽装甲の逆関節じゃ、あっという間に貫かれる。保って精々数秒……井上さんには、十分な時間だった。
「……ッ!」
『――――!』
逆関節の上半身を逆側から貫いて、紫色の光が伸びる。その凄まじい熱量は一切衰えることなく武器腕の胸部に突き刺さり、ISコアと機体の繋がりの全てを完膚無きまでに焼き尽くした。
文字通りに、糸の切れた人形のように力を失い、井上さんに寄りかかるように倒れる武器腕。それを無造作に振り払うと、井上さんは最後に残った一機、遠く離れた場所に落ちた狙撃手を睨む。
「…………」
身を守る大盾を失った狙撃手は、防御を諦め捨て身の攻撃を選択した。腰から伸びる補助脚を展開し、地面に突き立てて身体を固定し、右腕そのものである巨大な砲を構える。
「……意志も無く、覚悟も無く……」
すると狙撃手の砲が、突然形を変えた。砲身を支える機関部がガバリと開き、内側に納められていた様々な装置が剥き出しになる。
一目でわかった。過剰に生成されたエネルギーのロスによって砲が破壊されないよう逃げ道を作り、同時に冷却効率を向上させたんだ。それはつまり、通常の砲撃をはるかに上回る出力の一撃を繰り出すための――
「……心も無く、魂も無い……!」
不意に、アリーナ全体が暗くなった。一体何が、と考えるまでもなく、すぐに思い当たる。実際に見たのは初めてだけど、私はこれを知っている。
井上さんの専用機、朧月・双月の
「……人形風情が」
狙撃手のビームカノンが放たれる。ISの保護なしで直視すれば目を灼かれかねない光。それはそのまま、光が持つ熱量の膨大さだ。
けれど井上さんは、その光に微塵も怯むことなく、真っ直ぐに飛び込んだ。光に呑み込まれる直前、右腕の月光から紫色の光が伸びる。白銀月夜で溜め込んだ光を、細く鋭く束ねた剣。迫り来る熱線に立ち向かうにはあまりに小さいその剣はしかし、秘める破壊の力ではまったく劣ってはいない。
ビームカノンとレーザーブレード、光と光が、激突する。
「己の前に、立つな――!」
『――――!?』
……それは、こうして実際に見ていても、信じられないような光景だった。
ISの全身を呑み込んで余りある、巨大な熱線。その真正面、中央に突き立てられた光の剣。禍々しい赤い光を、神秘的な紫の光が斬り裂き、霧散させていく。
その様はまるで、悪しき龍が吐く炎の中を突き進む、神話の英雄のようで。
文字通りに。私の脳裏に、焼き付けられた。
「オオオオオオオオオオオオッ!!!」
『――――!?』
一人と一機の距離は瞬く間に縮まり、刹那の内にすれ違う。その瞬間聞こえたのは、金属が瞬間的に蒸発する、悲鳴のような音。アリーナに荒々しく両足の轍を刻みながら減速した井上さんは、停止すると同時に素早く振り返り、見惚れるような残心をとった。
「…………」
『――――、――、――――……』
その視線の先にあるのは、脳天から股下までを一刀の下に斬り裂かれた狙撃手。誰が見ても致命的とわかるダメージを受けて、それでもなお、命なき無人機は何らかの命令を遂行しようと振り向いた。
……振り向こうとして、左右二本ずつの脚に分かたれた身体ではそれも叶わず、地に倒れ伏して――機能を停止した。
「……す……す、ごい……」
「……ふぅぅぅぅ……」
なんていう、戦いぶりだろう。全身に溜まった熱を排出するように深く息を吐く井上さんの姿には、歴史に残る名画たちに劣らない凄みがあった。
私みたいにシミュレーションや訓練をいくら続けたところで、決して届くことのない、本物の戦士。
殺伐とした命の遣り取りであるにもかかわらず、どこか神々しさすら感じさせ「こおらあ~!」――え?
――ゴィン!
「ぐぉ……!?」
「え? は? え……?」
全ての敵が完全に沈黙したことを確認して残心を解こうとした井上さんの頭に、何かが直撃した。見ればそれは、ゴミ収集所のプレス機で圧縮されたみたいに丸められた金属片だった。それがどこからか、微妙に気の抜ける速度で放たれたのだ。
……まあ誰がやったのかなんて、直前に聞こえた声からすれば、一人しか考えられないのだけれど。
「いのっち~! またそんな~、無茶な戦い方して~!」
「…………」
案の定、不意打ちの犯人は観客席に居る本音だった。自分を守った大盾の影からひょこりと顔を出して、袖に隠れた手をぶんぶんと振り回していた。
「もおう~! 無茶しちゃだめって、いつもいつも言ってるでしょ~! ちょっとそこに座りなさい! 正座~!」
「…………」
金属片は、多分あのバリスタで発射したんだろう。本音が投げても当てられるとは思えないし、そもそも届くはずがない。井上さんが微妙にふらついていることから考えても、結構な威力だったみたいだし。
「まったく、まったく~! いのっちは女の子なんだから、顔とか髪とか、大事にしなきゃなんだからね~!?」
「…………」
本音は観客席から見ていて心配になる動きで飛び降りると、眦を水平にしながら走ってきた。本音にしては精一杯の、激おこの表情だ。
「ああっ、髪の端っこが焦げてる~!? ……も~怒った~……いのっち、後でさよりん式ヘアサロンの刑だから~!!」
「……!?」
本音がなんだかよくわからないことを言うと、井上さんは途端に慌てて飛び上がった。……余人には計り知れない、複雑な事情でもあるのかな……?
けれど井上さんは体力も機体も限界だったのか、飛行速度はとても遅かった。
「かんちゃ~ん、おりむー! しのの~ん! 確保かくほ~! であえ~い! であえぇ~い!」
「え? え? えぇ?」
「はあ……やれやれ」
「まったく……」
本音がぐるんぐるんと腕を振り回しながら言うと、織斑くんと篠ノ之さんが溜め息を吐きながら飛び上がった。決して速くはないけれど、今の井上さんと比べれば随分マシだ。あっと言う間に追い付き前に出て、肩に手をかける。
「シン、落ち着けって。お前結構ヤバいぞ。髪云々は置いといても、とりあえず保健室に行こう」
「もうすぐ先生たちも来るだろう、後は任せればいい」
「…………!」
けれど二人の制止もあまり効果はなく、井上さんはびちびちともがいている。さすがに振り切られることはないと思うけど、やっぱり私も加勢したほうが良さそうだ。
井上さんは傷だらけで、このままだと本当に倒れてしまいそうだから。
「い、井上さん……あの、ちゃんと……治療して、休まないと……」
「…………!」
……本音の言う、「さよりん式ヘアサロンの刑」とはそんなに嫌なのだろうか。井上さんは尚も逃げようと、弱々しく暴れている。どうにかなだめようとするけれど、全然聞いてくれない。
しかも井上さんは、スラスターを噴かして飛ぼうとした。最後の力を振り絞って逃げるつもりだ。慌てて後ろから腰に抱きつき、押さえようとする私。
――すると。
ぷすん。
「「「「あ」」」」
井上さんがスラスターの推進力で浮き上がり、飛ばせまいとする私の身体が伸びきった瞬間。エネルギーの尽きたスラスターが、情けない音を立てて沈黙する。
ただでさえ体力が残っていないのに、力が入らない体勢のところに急にISの重みがのしかかればどうなるか。少なくとも、支えられるはずはない。
私は伸びきった姿勢で井上さんを抱えたまま、後ろに倒れ込む。
……つまり。
ズドォッ!!
「ぐっは……!?」
「きゃあああああっ!? ご、ごめんなさい大丈夫っ!?」
「なっ……あれはまさかバベルバックドロップ……!」
「知っているのか一夏!?」
「ああ、伝説のプロレスアニメ「マスク・ザ・ドーザー」の主人公が、最終回で魅せた必殺技だっ……!」
「マスク・ザ・ドーザー」とは、正義のプロレスラーマスク・ザ・ドーザーが違法建築物をプロレス技で解体していく人気アニメだ。十シリーズ以上続いた名作で、私も大好きだった。そしてバベルバックドロップは、マスク・ザ・ドーザーが最終回で、世界最古の違法建築物を柱ごとぶっこ抜いて解体した超必殺技である。
あのシーンは、今でもよく見返すほどに大好きなシーンだ。それに織斑くんが、もう何年も前に放送終了した「マスク・ザ・ドーザー」を知ってただなんて……今度一緒に見てくれないかな…………じゃなくって!
「おお~、さっすがかんちゃんやで~。いのっちを一撃でノックアウトとは~……」
「ち、違う! わざとじゃないよ!? ああっ、それより井上さんだいじょ……き、気絶してるー!?」
「昔夢中になったアニメの一番好きな必殺技が生で見られるとは……感動した……」
「そ、そうか。私にはよくわからんが……」
「ごめんなさい井上さん! わ、私が保健室まで連れて行くから……!」
「ほ~い。じゃあ私が足持つから~、かんちゃんは頭のほうを~」
「本音のペースに合わせてたら日が暮れちゃうよっ!!」
……ようやく全部の無人機をやっつけたと思った直後にとんでもないことになって、私たちは大混乱だった。みんながみんなギャーギャーと騒ぐだけで、まったく事態が進まない。
そんな中。
「……誰か、私のことも心配してくれないかなー……」
遠くのほうで、お姉ちゃんが悲しそうに呟くのが聞こえた気がした。
「胴田貫」について
読み:どうたぬき
特殊能力がなく上位武器への変化もしないので、装備が整ってくると使われなくなりがち。しかし普通に手に入る武器の中では基本攻撃力がかなり高い方で、これより強い武器となると「レア度がハンパない」「数が限られている」「入手方法が特殊」と厄介な代物が多い。そのため、アイテム持ち込み不可なダンジョンでは主力として重宝する。
また性能には関係ないが、見た目や攻撃のSEがかっこいいので愛用する人も多いとか。
……真面目に説明すると、正しくは「同田貫」と書き、切れ味鋭く見た目も美しい「名刀」ではなく、無骨で重く頑丈な「剛刀」と呼ぶべき刀です。
「胴田貫」は「田んぼに横たえた死体を切ったら下の田んぼまで切れた」という逸話(簪が言ってたやつ)からですが、これは時代小説や時代劇等の創作だそうです。残念。
戦国真っ盛りの時代に大量生産された実用性オンリーの刀なので、基本軽装で戦うようになった江戸時代や刀剣が美術品として扱われる現代での評価は低いですが、甲冑着込んだ相手にはかなり効果的だった模様。達人が扱えばガチで「兜割り」ができるようですし、様々な合戦で活躍したことでしょう。まあ合戦では刀よりも鉄砲とか弓とか薙刀とか槍の方がメインですが。